一枚の羽根・長谷川千雨   作:Reternal

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2日!
2日で次話!
けど今後一月クソ忙しいのでごめんなさい出せないかもです。
とりあえず努力はします。
戦闘回です。


【19】大地の魔法使い

顔のすぐ横を掠める豪腕。

圧倒的なまでの威圧感。

退路はなく、縋る物もなし。

さて、打てる手は。

 

 

********************

 

 

「‥あ、桜咲さんじゃないあれ」

「あら、本当ね」

 

和美と千鶴の声に釣られて指さす方を見ると、確かに遠くの売店で商品を見ているのは刹那、そして木乃香だ。

もうシネマ村に入っていたのか、と二人に近づこうとする千雨だったが、なぜか和美に肩を掴まれて止められる。

 

「なんだよ?」

「ままま、ちょっと様子を見ない?急を要しているわけでもなさそうだし‥」

「確かに攻撃を受けてるなんて感じじゃねえけど何で待つ必要があるんだ?」

「ん~?あの二人を見てさぁ、何か思うこととかないの?」

「思うこと‥?」

 

改めて刹那と木乃香を見る。

刹那は江戸末期の侍の装いだろう、派手な羽織がよく目につく。

模造刀に加えて神鳴流の刀を合法的に堂々と腰に差しているが、正直貸衣装と神鳴流の伝統は合っていない。

木乃香は長く艶やかな黒髪を花の髪飾りで後ろにまとめ、着物に包まれて和傘を指す姿はさながら避暑地に遊覧しに来たお姫様だ。

そして、その二人が仲睦まじく歩く姿といえば。

 

「‥‥仲が良いんじゃねえの」

「それだけ!?‥うーん、千雨ちゃん鈍いねぇ」

「鈍いって‥‥ああ、そういう意味か?あの二人が?」

「うんうん」

「‥」

 

無言で夏美と千鶴の方を向く。

ここで役に立ちそうなのはこの二人だけだ。

委員長は千雨よりも遥かに鈍く、ザジに至っては返答がないだろう。

 

「え、ええ?た、確かに普段あんな感じだっけ?ってくらいくっついてるけど~」

「そうねぇ‥。‥ここは陰から見守るのが面しろ‥‥‥よさそうね♡」

「ち、ちづ姉今何か」

「なぁに?」

「いえ!!」

 

軍人並みの敬礼を見せた夏美を放っておき、刹那達を建物の影から覗く千雨たち。

しかし、刹那は千雨たちに気がついた様子がない。

木乃香はともかく、武人である刹那なら30m程度の距離から覗く人間程度ならあっさり看破しそうなものなんだがな?と首を捻る。

刹那の表情は、はにかんで幸せそうだった。

 

「‥なるほど。確かに腕も鈍っちまうかもな」

「誰の事?刹那さん?」

「いや‥‥」

 

刹那の表情と環境は誰にでも起こりうるものだ、と考えていた。

何かを必死に追っている者が途中で見つけた幸せに浸る。

刹那の場合は少し事情が特殊で、護るべき人間も共に幸せを過ごせそうな人間も木乃香ただ一人だ。

幸せも戦いもそばにあるなら、両立できる道はある。

だが、千雨は違う。

彼女が行く道は、まだ幼い彼と行くには千雨の良心が痛む。

たとえ千雨が一人で行ったとしても、その後の千雨には彼と会わす顔なんてない。

自分が背負う物は使命などではなく、罪なのだから。

 

くだらない妄想だと頭を振るったとき、もう一人の千雨の感覚に違和感を覚える。

 

何かがあった。

 

木乃香は刹那のすぐ近くで今もはしゃぎながら甘味処でお茶をしている最中だ。

それなのに、木乃香とは関係のないところで戦闘が起きようとしている。

 

戦力低下狙い。

しかも恐らく新顔だ。

一昨日現れた猿女とも月詠とも背格好が違う。

 

だが、こちらも敵戦力の情報を得られることは戦果として大きいし、更に仕留められれば最上。

戦いが起きるだろうからと分身と本体とを分けておいてよかった。

 

その間こちら側も何かが起きないとは言い切れない、と刹那達を警護するつもりの千雨だが、委員長たちと一緒に二人を見守るような形になってしまっている。

 

やはり刹那は穏やかに笑っていた。

 

 

********************

 

 

笑い声や弾んだ声が遠くに聞こえる。

シネマ村の観光客のものだろう。

外からの声や光景といった情報は案外入ってきやすいのかもしれない。

だが、こういう時はこちらからの情報や人間は出ることは適わないのが定石だと考える千雨。

その証拠に、大路地の方へと通じる細道の方から男性がこちら側を覗き、明らかに千雨と少年、更には歪んだ空間が目入ったはずが、何事もなかったかのように大路地の方へ戻っていく。

もう一つの反対側の通路からなど一瞬細道の方に入ろうとしてすぐに出て行ってしまった人もいた。

 

空間歪曲・隠ぺい効果・更に人払い。

 

「‥随分手間暇かかってる結界だな。しかも二種類も使ってやがる」

「ああ、それはわかるんだ。目はあるみたいだね」

「流石にそれはわたしのことを下に見過ぎだろ」

 

頭を下げたまま、風来坊が被っていた三度笠に手が伸び、笠が下ろされる。

覗いた目からは、何も読み取ることができなかった。

宙に舞う笠。

それに一瞬目が奪われた刹那の刻に。

千雨の懐に小さな身体が滑り込みながら小刀を突き立てていた。

 

「‥!」

 

驚いたのは少年の方だった。

千雨の目は確実に笠を向いていた。

だが、彼女の指先は小刀の鋒を捉え、万力のような力で留めていた。

笠が取れた顔は、端正な顔立ちの少年の顔。

白い髪に白い肌、銀の目。

造り物のように無表情の顔。

小さな人間ではなく、本当にガキなんだなとちょっとやりにくく感じる。

刹那から受けた連絡の内容では、ネギたちの前に現れたのも獣人の少年。

月詠も恐らく千雨や刹那と同世代。

敵は猿女を除いて皆子供ばかりということになるが、戦力が結構乏しいんだなと変なところに目がいってしまう。

 

「‥サムライみてーな格好してる癖に女に不意打ちたぁな。士道もクソもねえガキだ」

「この格好かい?これは月詠さんに着せられたものでね。何の意味があるかはよく知らない」

「月詠‥!」

 

勿論その名を覚えている。

つい一昨日の夜、街中の駅というありふれた場所で殺し合いをしたばかりの、殺意高い神鳴流ゴスロリ剣士。

推測が確信に至る。

関西呪術協会———。

 

「しかし変だね。月詠さんは、貴方のことを海のようだと言っていたのに」

「海?」

「海は穏やかなものさ。普段はね‥」

 

だが、一度牙を剥くと人や動物どころか、島すら呑みこむ海嘯を起こす。

常の姿からは想像もつかないような猛威を振るう。

けれど、少年の目にはそうは映らなかった。

少年が千雨を見つけた時、千雨は油断なく周囲を警戒する強者にしか見えなかったのだ。

とても普段は力を隠して大人しくしている、などとは信じられなかった。

 

「‥海だか山だかしらねーが、とりあえずお前は敵で良いんだよな?なら話はねえ。今のうちに排除しておくだけだ」

「排除?面白いジョークだ」

 

できるものならね。

 

少年が千雨と密着したまま真上に小刀を蹴り上げる。

顔を逸らして避けた小刀を目で追おうとした時、途中で少年の顔に目がいく。

少年の銀眼。

その周りに魔法陣が映っているのが見え、ギョッとしながらも瞬動術でその場を脱する千雨。

一瞬遅れて少年の片目からレーザー光が発射され、レーザーが触れた地面は跡を追うように石と化していく。

 

「石化の邪眼‥!しかも無詠唱!テメー西洋魔術師か!!」

「そういう君は旗を使う“気”の戦士だとか。面白いね、いくら魔法具とはいえ旗を使って戦う人間は見たことがない」

「面白いとか言いながら顔が変わってねーんだよ気色悪ぃ野郎だ!」

 

一度距離を取る千雨を静かに見つめる少年。

その背後に瞬く間に数百の砂の塊が出現する。

 

「は!?」

「‥さて、どう捌く?」

 

塊がベクトルを得て矢へと変わり、魔法の射手・砂の301矢が一斉に千雨めがけて飛び注ぐ。

千雨もすぐに射手以上のスピードで逃げ始めるが、数が多い。

対象を逃した矢は地面や結界に突き刺さるが、それも半分程度。

残りそうな矢を途中途中叩き落としてはいるものの、エヴァンジェリンの射手よりも重い。

大地が持つ特徴は固定・脈動。

物理打撃は定評があるものの、ここまで重い砂の矢は初めてだ。

 

距離を開けたら魔法で一方的に攻撃される、とすぐに詰め寄ろうと跳ぶ千雨。

瞬動による千雨の、人間が見切れる速度を超えた動き。

少年の横をとり、そのまま端正な横顔目掛けてストレートに拳を放つ。

だが、少年の頬に触れる直前、何かにぶつかって千雨の拳が止まる。

魔法障壁!と少し距離をとってその全容を確かめ、絶句する。

 

少年を覆うように四方八方上下左右と全ての面に魔法障壁が貼られていた。

とてもではないが数え切れない。

そして、千雨の拳撃に対してなにも揺るいでいない。

 

「なんっ‥だ‥こりゃ‥!」

「速くて、そして静か。縮地の入りが見事だ。君ほどの武芸者がこんな極東の島国にいるなんて驚きだよ。これほどなら確かに、月詠さんの提言は正しかったようだ。‥ヴィシュ・タル リ・シュタル ヴァンゲイト」

 

少年が口にした呪文のような羅列に、選択を迫られる千雨。

間違いなく少年の始動キーだ。

先ほどの石化の邪眼や魔法の射手以上の魔法が来る。

だが、今の千雨には魔法が使えず、真正面から魔法の迎撃というのは難しい。

 

「なら選択肢なんざハナから一つだろうが!!」

 

この少年から逃げるという選択肢はなかった。

 

千雨がすぐに少年に肉薄し、接近戦を試みる。

だが、少年は魔法障壁に任せるどころか呪文詠唱を続けながら応戦してきた。

エヴァンジェリンと同じだ。

しかも少年の動きには一連の流れがある。

恐らく、中国拳法の一種。

一発一発が大振りな千雨の戦い方では少年の攻め方に対してやりにくくて仕方がないが、それでも千雨は接近戦を続ける。

 

今の魔法障壁の数を見ればわかるが、間違いなく月詠よりも格上の相手だ。

予め敵の人数は4,5人程度だろうと刹那と予測を立てていたことを思い出す。

1人はネギたちが初日に出くわし、木乃香を一時攫ったという呪符師の猿女。

1人は千雨が戦った神鳴流剣士月詠。

更に今日、ネギと明日菜(と何故かのどか)の邪魔をしてきた獣人の少年。

そして4人目が千雨の前にいる白髪の少年。

この4人を単純な強さで並べると、白髪の少年>月詠>猿女≒獣人の少年といったところか。

他に敵がいるかは分からないが、目の前の少年がかなり上位に入るのは間違いなく、その少年が千雨を止めに来ている。

千雨が逃げたところで刹那たちの方に行かれては本末転倒であり、なによりわざわざ千雨の前に出てきたというのは都合が良い。

 

ここまで頭の中で並べたが、魔法使いと思われる少年の体術が予想以上に鋭く、思うように攻めきれない。

体格差はあるものの力や耐久力などそれ相応の魔力や"気"があればどうにでもなる。

懐に潜り込まれた千雨が蹴り飛ばされ、そのまま少年は詠唱を終える。

華奢な身体つきの癖してなんつう重い蹴りをしやがる、と唇を噛む千雨。

 

「石の息吹!」

「気合防御!!」

「!」

 

広範囲の魔法に対しすぐに逃げられないと判断する。

全身を“気”で覆ってレジストしつつ、石化の煙に飲み込まれながら少年の方を見据える。

リスクを飲むからこそチャンスが生まれる。

千雨は賭けに出ることにしたのだ。

 

(ネギと同い年くらいにしか見えないが‥恐らくわたしよりも強い!何よりあの魔法障壁を簡単に貫く様な術は今のわたしにはねえ!まずは捕まえる!)

 

「‥」

 

少年の視界は石の息吹で埋め尽くされていた。

千雨の身体も石の息吹で覆い隠された様に見えたが、流石に何かはしただろう。

それに対して不用意に近づくことはない。

確実に、安全に。

 

「‥ヴィシュ・タル リ・シュタル ヴァンゲイト」

 

やはり詠唱を始めた。

石化の煙の中で千雨は想定通りの状況に至ったことに少し安堵する。

なんの魔法かまではわからないが、少年はこの場に留まることに決めた様だ。

もしこのまま放置されていったら罠の張りようがなく、すぐに飛び出さなければならないところだった。

 

詠唱が続く。

時間が迫る。

どうやら千雨の苦肉の策は間に合いそうだ。

 

石の槍(ドリュ・ペトラス)

 

少年の足元の大地からいくつものランスの様な土塊が出現し、煙の中の人影に殺到する。

石の槍は人影に到達し、人影は簡単に吹き飛びバラバラと飛んでいった。

 

「‥!」

 

殺した?

まさか、こんな簡単に?

石の槍の勢いで煙も晴れていく。

目を凝らして破片を見ると、石と化した着物の破片が目についた。

他の破片にも目をやるが、全て石化した着物の破片。

石化した着物を立たせて人影のように見せていた?

 

バッと周りを見渡す。

歪めた空間内は半球の様に広がっていたが、通路を歪めた為に障害物などない。

この状況で逃げたのか、と推測するもそれはないとすぐに心中で否定する少年。

結界内に存在する結界の基点を壊すか、術者である自分を殺害・気絶させなければ結界からは出られない。

 

ならばどこに?

何かしらの光学迷彩や魔法で不可視になったか。

更に閉鎖空間を開いて移動したか。

 

それとも、と見渡したその時、背の低い少年よりも更に低い位置に洋服を着た少女がパッと現れる。

千雨だ。

 

「!!」

(バカな。縮地じゃない。今のは一体———)

 

考える間もなく両拳に特大の“気”を籠めた千雨が少年の魔法障壁に向かって掛かる。

羅漢流気合武闘・三。

 

「羅漢萬烈拳!!!」

 

数百の連打が少年に迫る。

一撃では割れない魔法障壁も、数十の連打で一枚一枚が次々と割れていく。

だが、魔法障壁が残り二、三枚になった時と少年の手に魔力が収束し切った時とは同時だった。

 

「石化の邪眼!」

「ぐっ!?」

 

下げられた少年の両手から千雨の両肩に目掛けて石化の光が飛ぶ。

レーザーに貫かれた肩が石化し、勢いついた千雨の連打は止まったものの、拳撃のスピードが乗った両腕が肩から割れて砕け飛ぶ。

だが、彼女は止まらない。

 

「我流気合武闘・三!!」

「!!」

 

この状況で何かする気なのか。

両腕がなくなったその身体でどうにかする気なのか。

普通の人間なら、腕が無くなったらその時点で戦意喪失か、或いは動揺くらいはするはず。

なのに、何故そこまで戦いに向けて動ける。

 

「三薙脚!!」

 

腕がないなら脚を振るうまで。

月詠や近衛右門に放った気弾ではなく、純粋な体技だ。

少年の残った魔法障壁が全て破壊され、蹴りが少年の眼前に迫る。

しかし、それもあと一歩届かない。

正確に言えば届かなかったわけではない。

魔法障壁を全て破壊された少年が立ち尽くしたままならば間違いなく少年の顎に蹴り足が当たり、そのまま顔を吹き飛ばしていたことだろう。

一歩だ。

たった一歩、後ろに下がることができた少年に軍配が上がった。

 

「‥マジ‥かよ!!」

「‥見事だよ。本当に、見事だ」

 

ただの格下の人間が、執念をかけて接近戦に持ち込み、障壁を全て破壊し、あと一歩のところまで使徒たる自分を追い詰めた。

そのことを噛みしめながら、千雨の身体に今度こそ石の槍を突きつける少年———フェイト。

千雨は腹と背中を突き破られ、大量の血を吐く。

 

「‥‥ぐぐっ、がはっ‥‥」

「‥」

 

ちらりと上を見るフェイト。

先程どこからともなく千雨が現れた時のことを考えていた。

恐らく、結界の情報が共有されていたんだろうと推測する。

千雨に仕掛ける直前、犬上小太郎がネギ・スプリングフィールドたちの押さえ込みに失敗したと連絡が入った。

小太郎とフェイトの使用した結界は規模が違うものの同種の結界だ。

恐らく、着物で変わり身を使ったときには既に千雨は上空にいて、タイミングを見計らって結界の境界部に飛び込み、フェイトの目の前にワープさせられた。

敵の術をその場の応用で使ってしまうとは。

 

だが、同時に妙だとも考える。

月詠の報告にあった霧雨の王旗という魔法具を使ってこなかった。

今は使えないのか?

何か月詠が見切れなかった制約がかかっていたのか。

 

それも、考えることに最早意味はないと心中で首を振る。

その理由を知る本人はすでに両腕をなくし、腹を貫かれて虫の息だ。

だが、これほどの使い手を殺すには惜しい。

 

フェイトは退屈していた。

ただ創造主の意向を汲み、仲間たちの指揮を執る日々に。

マスターの言伝を守るのは当然で、それだけで十分なはずの使徒が、こんなことを考えるのはやはりおかしいのかもしれないね、と自分の在り方を否定しかけるフェイト。

 

とりあえず、今回の千草たちの作戦にさえこの少女を出さなければいいのだ。

このまま一度石化封印して、敵方に作戦が終わった後に知らせれば良い。

延命になるし、石化解除と同時に治療になれば間に合うだろう。

 

だがその前に彼女には聞くことがある、と千雨の方を向くフェイト。

何故か目があった。

今にも死にそうな筈の人間が、ずっとフェイトの方を見ていたのだ。

 

「‥随分殺気高いことだね。先も君は腕をなくしてでも僕を仕留めようと一切止まらなかった。何故だい?何故そこまでできる。近衞木乃香はただのクラスメイトじゃないのか?」

「‥」

「‥もう喋れないのか。君には訊くことがもう一つあったが、また今度でいい。このまま君を石化させる。死ぬことはない、今作戦では依頼主に死人を出す気はなさそうだしね。また腕を上げて僕のところへ来てくれたら、僕の少ない楽しみが一つ増えるよ」

 

すっと腕を上げるフェイト。

そのまま無詠唱で石の息吹を放とうとするも、千雨の表情に気づいて止まる。

千雨は口元を血だらけにしながらも、にやりと笑った。

笑っていた。

次第にかすれた笑い声が口から出てくる。

 

「‥虚勢かい。人間というのは面白いね。死ぬ間際ですら相手に与えようとする。それが善意であれ、嘲笑であれ。僕たちには一生わからないことだよ」

「ああ、そうだな。間抜けなテメーのおかげでまた一つ情報が増えたからな」

 

かすれながらも今度ははっきりと千雨の口から声が出た。

これにはフェイトもどういう生命力だ、と驚く。

 

「‥どういうことだい?」

「一つ、お前らの狙いはあくまで親書ではなく近衛だということ。一つ、お前は人間じゃねえ何かだということだ」

「それを知ったところでどうする気?情報をここから君の仲間に届けようと?」

 

どんどん声がはっきりしていく千雨に違和感を拭い切れないフェイト。

だが、目の前の千雨は明らかに瀕死だ。

ここから何かできるとは思えない。

 

「無駄だよ、この結界のことは知っているだろう‥‥外から中へ入るのは至極あっさりできるけど、外から中へ出るのはこの結界をどうにかしない限り無理だ。それをできるのは術者である僕だけ。何より瀕死の君に何ができるんだい」

「簡単だよ」

「?」

 

「テメーを潰せる」

 

「!!?」

 

千雨の後方。

結界の境界部から光る津波が押し寄せる。

千雨の後方だけではない、フェイトの後ろからもだ。

光と水の上位魔法、光の溢水だろう。

左右から、上空から、大量の水が押し寄せる。

逃げ場がない。

 

(一旦結界を解除して水の行き場を作らないと、押し潰される!)

 

「オンソワカ‥!?」

 

無間方処の呪を解除しようとするも、腕が無い千雨に飛びかかられ、倒れ込むフェイト。

石の槍から身体を抜いて飛びかかってきたようだ。

 

「道連れのつもりかい」

「違うな。死ぬのはテメーだけさ」

 

魔法障壁の構築も間に合わず、フェイトと千雨は光の溢水に飲み込まれた。

フェイトは体が潰されそうな水圧に何とか耐えつつ、千雨の方を見る。

千雨の身体が水圧に押し潰されてべこりと一瞬縮むかと思われたその時、ポンと間抜けな音と共に千雨の身体も血も煙と化した。

フェイトは再び驚きの表情になってしまう。

 

(‥分身!分身が‥あれだけの傷を負っても尚動いた‥!)

 

分身はその出来にもよるが、ある程度のダメージを受けるとすぐに消えてしまう。

そのダメージにどれだけ耐えられるかどうかは分身の本人の体力や分身に分けられた“気”で決まるのだ。

つまり、それほどまでに千雨本人はタフネスが凄まじいということになる。

 

バッと上を見上げ、フェイトは結界より外、遠くに小さな人影を見つけた。

間違いなく千雨本人だろう。

 

軋む身体を動かし、無理矢理にでも光の溢水から抜けようとするフェイト。

だが、千雨はそれを見咎めつつ次の手を打つ。

 

「‥凍てつく氷躯」

 

千雨の手から結界内部に冷気が伝わり、端から隅々まで半球となった水塊が氷塊へと変わる。

フェイトも漏れなく凍りついていた。

 

分身で魔法障壁を破壊できていたのは大きかった。

アレがなかったら、まともに戦うことになっていた上に勝つ算段もついていなかったのだ。

まさか関西呪術協会の人材に千雨に勝ち目が低いと思わせるほどの実力者がいたとは。

最初に少年と遭遇したのが自身の分身で良かったと胸を撫で下ろす千雨。

千雨以外の人間どころか千雨本人でも恐らくこのような最善の結果にはならなかっただろう。

楓に前日分身を見せられていたのもよかった。

元々千雨が使っていた分身はナギが使用していたもの‥を、ラカンが真似て千雨に伝授したものだ。

ラカンの技の精密さを疑ってはいないし便利だとも思っていたが、千雨がそれを忠実にできるかと問われると現実そううまくはいかない。

千雨が使う分身と楓が使う分身の密度はやはり楓の方がうまかったと思う。

 

曼荼羅のような魔法障壁を持つ魔法使いに強力な魔法をほとんど使わせずに勝ったのは大きい。

加えてその魔法使いを封印できたのも良い結果と言える。

エヴァンジェリンと戦って魔法を一度見ていだおかげで、うまく水から氷に繋げられる魔法を使えることができた。

あのポンコツ吸血鬼も存外役に立つ、と失礼なことを考えつつその場に降りる千雨。

 

「‥何故って言われてもなぁ」

 

ネギが木乃香を護ろうとするから?

明日菜が放っておけないと言ったから?

刹那が人生を捧げてでも守り行くと決めたから?

 

どれも決定的な答えではないだろう。

 

「‥‥クラスメイトだから。やっぱりこれだよな」

 

クラスメイトなんて基本的に自分と同じくして授業を受けるだけの人。

関わらない人間もいるだろうし、1人片隅でじっとしていればそのうちいなくなるようなものだろう。

 

だが、千雨が共に過ごした一年半の思い出は、誰かを見捨てるには余りにも濃すぎた。

結局、千雨が誰かを見捨てておけない人情家なだけなのかもしれない。

 

氷塊になった結界を見上げながら、外側を向く。

人払いの結界と空間歪曲の結界は別物で、人払いの結果が外側にでているようだ、と観察する。

このままの状態で放置していくのは魔法の隠匿的にはよろしくないのかも知れないが、その為には少年を一度解放する必要がある。

生きているか死んでいるかもわからない上に、もし今一度戦う羽目になったら流石にごめんだ、と見て見ぬふりをしてそのまま人払いの結界に向かう。

 

和美に委員長たちを任せてこちらに駆けつけたのだ、何事かと怪しまれないようすぐに戻らなければ。

とりあえずまずは委員長に対する言い訳を考えないといけないのが一番憂鬱だよなぁ、と溜息を吐きつつ、人払いの結界を抜け出て大路地に戻って行く千雨。

 

‥だが、氷塊の中にある筈の少年の遺体が水へと変わり、すぐに凍りついたことには気がつかなかった。

 

 

********************

 

 

『もしもし、長谷川さんですか?今どちらに!?』

「わるい、助けに行けなくてよ。大丈夫だったか?こっちも敵と戦ってた」

 

とりあえず無事そうだ、と茶屋に寄りながら電話を続ける。

流石に分身を遠隔操作であそこまで働かせるのは中々キツく、少々疲れた。

今度楓に正しい分身のやり方を教わろうと頷く。

 

『そ、そうだったのですか。ご無事で良かったです』

「ああ、そっちはどうだ?」

『神鳴流剣士月詠と、敵の呪符師の女が攻勢をかけてきました。いいんちょさんたちの協力もあり、なんとかその場を凌いでシネマ村を離れたところです』

 

刹那の言葉に目が点になってしまう。

誰の協力だって?

 

「おい、委員長たちに魔法がバレたのか!?』

『あ、そこは問題ないかと。敵の月詠が一般人は巻き込みまいと一手打ちました』

「‥委員長はともかく他にバレるとめんどくさそうだからな。そこは良かった、ホントに」

『それで、その‥』

「ん?」

『今から木乃香お嬢様のご実家へ向かうのですが‥‥』

「んん?なんでだ?」

『恐らく、今一番安全なのです。関西呪術協会総本山並びに近衛詠春様の庇護を受けます』

 

近衛詠春。

間違いなく、かつてのナギの仲間。

千雨も会った回数としては紅き翼(アラルブラ)の中では少ない方だが、凄腕の剣士だということは知っている。

剣さえ握ればラカンやナギとも互角に戦うサムライマスター。

 

「詠春さんって今どんな立場なんだ?」

『詠春、さん?‥今は関西呪術協会の総長をされておられます』

「へ?それ近衛のジジイと一緒‥‥。‥‥ん?」

 

近衛近衛右門。

近衛詠春。

更に近衛木乃香。

 

見事に名字が同じ。

まさか。

 

「‥‥もしかして学園長と詠春さんって、親子だったりするか?」

『あ、いえ。親子というわけでは』

「‥ああ、よかった」

『義理の親子ということになるのでしょうか』

「そっちかよ!!」

 

詠春は元々青山詠春という名前だったはず。

それが名前が変わってーとか本人から説明を受けて、当時はよくわからなかった千雨だが、今ならわかる。

結婚していたのだ。

しかも近衛右門の娘と。

あんな性悪クソジジイと血縁関係にあるなんて!と少しショックを受けかけた千雨だが、これはこれで少し詠春を勝手に気の毒に思った。

 

「‥あれ?じゃあ、あれか?もしかして‥‥近衛は、詠春さんの?」

『あ、はい。御息女になります』

「関東魔法協会理事の孫で関西呪術協会会長の娘って‥日本の魔法使いのお姫様じゃねーか」

『そ、そうなりますね』

 

これは狙われても仕方がないな、と同情する千雨。

しかも渦中の木乃香は魔法について何も知らず、何故狙われるかなどわかるはずもない。

こんな状況になるまで放置していた近衛右門並びに詠春は何を考えていたのだろうか。

本人たちの問題かもしれないが、魔法から遠ざけたとしてもそのうち万が一が起きてしまいそうだ。

 

「話はわかった。詠春さんの元に行くってことなら安心だろ。とりあえずお前らはもうシネマ村にいないんだな?」

『はい。いいんちょさんたちは今はシネマ村で千雨さんを探しておられるはずです』

「げ、そうだったな‥。わかった、とりあえずわたしは委員長たちのとこに戻るよ」

『ええ、では後ほど』

 

携帯電話の電源ボタンを押して通話を切り、茶屋の勘定を済ませて歩き始める千雨。

ひとまずシネマ村での戦いは落ち着き、木乃香は詠春の元に一度入るようだ。

これならもう今回の騒動はもうケリがつく、と肩の荷を下ろす。

例えどれほどの実力者が今後出てきても詠春には勝てはしない。

ラカンが負ける姿が想像をつかないのと同じで、詠春とて膝をつくところなど見たことがなかった。

 

‥ラカン相手に女性型の魔法生物みたいな囮を使われてポカやらかしてたのは忘れることにして、委員長たちを探しに行く千雨だった。

 

 

********************

 

 

「! 長谷川!」

「村上、それに那波も。悪い、買い物が長引いてよ」

「ううん、合流できて良かったよー」

「今皆に連絡するわね」

「ああ」

「‥うん、あやかはザジさんと忍者コーナーの方に行っているそうよ。合流しましょ」

「おっけー!」

「あれ?朝倉はどこだ?」

「パルやゆえきちと一緒に刹那さんと木乃香についていったよ?」

「‥‥‥え゙?」




分身の定義がいまいちわかりませんが、多分使う人によってそれぞれ違うと思うんですよね。
小太郎と楓の分身は同じコマに入った時がありましたが少し描写がちがいました。
じゃあナギはどうなんだというと、この小説では日本で一度見たものをなんとなく使ってみたらできたという体でいきます。
この分身実はこの千雨にはめちゃくちゃ相性がいいのですがそれはまた今度。

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