一枚の羽根・長谷川千雨   作:Reternal

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半年間沈黙していましたごめんなさい。
このたび新生活が始まり‥とかいう長ったらしいのは文章だけにしておきます。
これからは定期的に更新する予定なのでご容赦ください。



【24】大地の魔法使いと剣闘士

宙に浮かぶ大地。

大理石で作られた古城の数々。

終わりが見えない滝。

青空に打ち上げられる筋肉達磨と、諦観した小さな少女———。

 

 

********************

 

 

「ひっさつわざ?」

「おうよ。呂律が回ってねえぞ?」

「うさんくせぇ」

 

数年前の幼い記憶。

1人の幼い少女がその小さな眉を歪ませている。

目の前には物心ついた以前からいつでも一緒にいる養父、ラカン。

この大男には世話にもなっているが苦労もさせられており、この縁は切っても切れそうにないんだよな、と諦めた様な顔だ。

既に七歳の感想ではない。

いわゆるマセた子供である。

 

「ラカンインパクト?アレでいいだろ」

「ハッ、ちげーよ。もちろんアレも覚えりゃ良いけどな、お嬢。お前だけの必殺技を編み出すんだよ」

「何でだよ」

「そりゃ男なら自分だけの専用必殺技いるだろう?」

「おれは女だ!」

「じゃあ“私”って使えよなー。ナギにも言われてたろ?」

「チッ」

 

この言葉遣いは仕方がない様に思える。

何せラカンとナギにずっとひっついて育ったのだ。

たびたびテオドラにもアリカにも直されていたが、どうにも彼女のお嬢様としての英才教育は上手くいっていなかった。

おそらく本人の性格の問題だろう。

その代わりに、戦闘者の影響を受けに受けまくっている真っ只中だ。

 

「じゃあ先ずは気合の正拳突き千回な」

「なんでだよ!!わ、わたしの必殺技だろーが!!そりゃケリだろ!?」

「あ」

「うぉい!!」

 

ラカンの後頭部にツッコミの蹴りを入れるが、全然堪えた様子がない。

はっはっはっ悪い悪い、と笑っている始末。

こんなのが必殺技になんのか、とやる気をなくす少女。

なおラカンを堪えさせるような蹴りを突き出せる人間は世界に5人といないだろう。

 

「まあ必ず殺せる技と書くようなモンだ。そりゃ当たれば死ぬような強力な奴考えねえとなぁ。つまり、普段のような修行じゃあダメだってことだよなあ?」

「‥おい?」

「てゆーわけだ、あのババアのとこ行くか。‥ん?」

 

ラカンが振り向くと既に少女は遥か後方へと逃げ去っているところだった。

中々良い瞬発力である。

勘も良い。

ラカンがババアと言う前から既に逃げていたようだ。

 

「ったく、まーた鬼ごっこかよ。どうにもお前はあのババアが苦手だな?それでも俺様の娘かぁ?」

「うるせーーー!!!修行で普通に殺そうとしてくるようなやつだろうが!!苦手に決まってんだろ!?ってかババアとか言うなよ聞かれてんぞこの会話!!」

「そりゃ態々こっちから行く手間が‥‥ぬ」

「げ」

 

ラカンが少女に追いついた途端、2人の足元に大きな狭間が開く。

見慣れた黒い渦が、今回は更に色濃く見える。

虚空瞬動ですぐに浮こうとする少女だが、ふわりとラカンの大きな腕に担がれてしまう。

 

「ぎゃあああああ!!?なに掴んでんだこのバカ親父ぃ!!!てか落ちる!!」

「はっはっはっ。本当に反応はええなあのババア」

「テメーが相手しろよ!!?また着せ替え人形になるだろこれ!!?」

 

ギャーギャー騒ぐ少女だが、ラカンと共に成す術なく狭間へと落ちていく。

その結果確かに必殺技なるものは得られたものの、少女の意地と尊厳がかなり削られたのも事実だった。

 

 

********************

 

 

拳の嵐が吹き荒れる。

千雨の体内には今、身体の外部から取り込んだ魔力と内部から湧き出る“気”が共存していた。

だが、二種のエネルギーが干渉し合うことはない。

千雨の身体、それを二つに分かつ正中線。

その正中線が境となって、二つのエネルギーを完璧に分けているのだ。

そして、魔力と“気”はそれぞれ独立して千雨の身体を強化している。

 

(つまり、今彼女はリソースを通常の生物の二倍持っていることになる。魔力のみ、“気”のみで彼女と渡り合うのはエネルギー論的に得策ではないということ)

 

だが、それも普通の術者の話。

少年——フェイト・アーウェルンクスは違う。

魔力・魔法・近接格闘・胆力。

その全てが一から創造主に造られた、創造主の理想を叶える為の人形。

故に強い。

普通の人間なら千雨という本来有り得ない(・・・・・)戦闘者を前にして動揺し、良くて防戦一方、悪くて瞬殺されるところ。

まずは分析、理解し、反撃に移る。

それだけで良い。

 

「そこだ」

「!?」

 

突き出された千雨の右拳を千雨の腕の内側から逸らすように受け、身体を千雨の懐に滑り込ませる。

右肘によるカウンター。

入った。

 

「入ってねーよ」

「へえ」

 

肘の角を千雨の左手が掴んでいた。

あまりの握力にミシリとフェイトの腕が軋むほどの力だ。

すぐにフェイトが左手を拳の形に作って引く。

 

「今のは中国拳法のいわゆる化勁ってやつだな?」

「!」

「おらよ!!」

 

蹴り脚がフェイトの小さな身体を打ち上げる。

すぐに浮遊術に移ってピタリと身体を空中で静止させ、始動キーを唱え始める。

だが、千雨の方が早かった。

 

火精召喚(エウォカーティオー・スピリトゥアーリス)

石の(ドリュ)‥!?」

「槍の火蜥蜴73柱!!」

 

瞬く間に73匹の燃え盛る炎が人の形となって、水面に立つ千雨の周囲に現れフェイトへと飛び掛かる。

昼間、フェイトの分身が受けた光の溢水。

アレを使ったのは千雨以外の人間ではないかと半信半疑だったが、どうも嫌な方の推測が当たっていたようだ。

千雨は魔力だけではなく魔法も使う。

戦いの歌のような簡単な強化魔法のみだったらまだわかるが、精霊召喚まで使えてしまうのならばほぼ確定だろう。

 

「だが、それが僕に通じるかどうかは話が別だね」

 

今度はフェイトの周囲を黒い刃が埋め尽くす。

黒曜刃。

大地から生まれる魔法がほとんどの地の魔法の中でも、殺傷力が高く空中を自在に動く黒曜石の短剣だ。

 

「さてどう捌く?」

 

既に千雨の火精召喚は攻め手ではなくなった。

黒曜刃を撃ち落とす為の迎撃のミサイルとなってそれぞれ相殺される。

火煙が空中で上がる中、次の手をと“気”を貯めるが、黒曜刃が次々と煙から殺到する。

 

「目論みが甘いね」

「どういう飛ばし方したらそんな数をそんな勢いで飛ばせんだよ!!」

「教えようかい?」

「金貰っても御免被る!!」

 

千雨の両拳が迫り来る黒い短剣を次から次へと弾いていく。

短剣の数を数えようとしてすぐにやめた。

視界の黒色が短剣だか夜だか判別つかないほどの数だったのだ。

ならば、とすぐに短剣を弾く方向を変える。

 

「返すぜ」

「器用な真似を‥!?」

 

千雨の弾いた短剣は放った持ち主の元へと返り、受けるフェイト。

だが、フェイトはすぐに黒曜刃の異常に気がつく。

上下左右に放物線状に返される黒曜刃。

その正確さと、軌道の違和感が、フェイトを呆れさせた。

 

「本当に器用な人だね」

「何のことだか‥な!」

 

「‥‥何ノコトダ?」

「よく見ろ、チャチャゼロ。千雨の奴が返した黒曜刃の軌道を」

「ア?‥‥アー、ナルホド。何シテンダアリャ」

 

いつの間にかエヴァンジェリンの横に来ていたチャチャゼロが千雨が返した黒曜刃の軌道と、フェイトが飛ばした黒曜刃の軌道を見比べて気がつく。

千雨が返した軌道はフェイトの描いた軌道にそっくりそのまま逆方向に乗せていたのだ。

千雨なりの挑発だろう。

だが、そこで生じる疑問が一つ。

 

「ケドヨーゴ主人。アノ白ガキハ魔法デ飛バシテルカラナ、ドンナヘンテコナ曲線デモワカルンダケドヨ。メガネハドウヤッテマゲテンダ?」

「‥恐らく石刃を掌打している時に何かかけているな。いや、無詠唱ですらないから‥魔力か。なにかしらの属性が付与されているな」

「曲ガルッテコトハ風カ?水ニハ見エネーナ」

「奴がこの前の戦いで使っていたのは水、火、光、闇。今更属性が増えたところで驚きはないが‥」

 

自らを納得させるような言葉を絞り出したエヴァンジェリン、黒曜刃を受けつつ滑らせるフェイト。

両名は同様の疑念を抱いていた。

この魔力(・・・・)には覚えがある。

千雨が出している魔力量が少な過ぎて特徴を捉えにくいが、誰かが使っているところに出会ったことがあるはず。

 

「慣れてきたぜ‥!」

「む」

 

フェイトめがけて円弧を描いていた一本の黒曜刃がぬるりと角度を変え、上空へと旋回する。

それと同時に一斉に千雨が弾き返していた黒曜刃が全て同様の動きを始め、遂には二人の上空で水平の渦を作る。

 

「慣れる?」

「というより、思い出すだな。てめーの潰し方を決めたんでな、その準備だ」

「潰し方を選べるような力を持っていると?大した自己評価だ」

「‥プラ・クテ・ビギナル」

 

フェイトの言葉には応えず、右手をかざして黒曜刃の渦を勢いが増した黒い竜巻へと変貌させる千雨。

彼女が攻勢に出る。

魔法障壁を更に重ねようとしたフェイトだが、次の瞬間には地面に叩きつけられていた。

 

「がっ‥!」

 

「!!」

「オイオイマジカヨ!アレ、アノヘンタイイケメンノ‥!!」

 

地面に叩きつけられた衝撃から意識を呼び戻し、衝撃が下った自らのお腹へと目を向けるフェイト。

彼の腹部には、拳大の黒い球体が埋まっていた。

 

小さく重く黒い洞(スペーライオン・ミクロン・バリュ・メラン)

 

それは、かつて皮肉屋と呼ばれた司書が得意としていた魔法。

星の引力、重力魔法。

チサメ・ハセガワ・ラカンが受け継いだモノは、ジャック・ラカンの"気"だけではない。

千雨の詠唱と共に黒い球体が大きく展開され、フェイトの身体に更に負荷がかかる。

 

「さあ堪えてみろよ!!」

 

地面に縫い付けられた形になったフェイトめがけて黒曜刃の群星が降りかかる。

常時展開されている魔法障壁で刃を受けながら、視界の端に、宙に浮かぶもう一つの黒く渦巻く球体を見つける。

二つ目の球体と一定距離を保ちながら回遊する黒曜刃を見て、カラクリに合点がいくフェイト。

 

「黒曜刃を衛星のように見立てたのか。ただの重力球としてではなく、重力を発する星として考えることで。それを可能にするには地球の重力そのものを無効にする必要がある‥けれど、浮遊の魔法を併用していないのか?」

「余裕綽々で推察立ててんじゃねーよ‥!!お次はこれだ!!」

 

更に詠唱を重ねていく千雨の周囲に様々な大きさの重力球が現れ、千雨の口角が上がる。

その横顔を見たエヴァンジェリンは嫌なモノを思い出し、千雨とは対照的な苦い顔を浮かべる。

やはり、なんという似た者師弟。

アーティファクトとその身のみで戦に赴き、最後にはアーティファクトすら捨てて徒手空拳と“気”で何もかもを圧砕する。

その顔。

両者の顔が、血の繋がりなどなくとも正しく親子であり、師弟であると。

言葉なき証明が成されていた。

 

「とっとと潰れろ!!」

「大地の魔法使いに対して重力で挑むとはね。見かけによらず傲慢だ」

 

腹に落ちた重力球を握り潰し、残りの黒曜刃が降るその場を離れるフェイト。

大地は星に根付いているものだが、それは、星の発する重力が大地の下へと向かっている場合の話。

重力球の周囲では重力球へと向かうのだ。

フェイトが注意すべきは重力球の重力の範囲。

まずは重力球の攻撃範囲、とフェイトの身体に渦巻く魔力が集束し、掌に収束し始める。

 

「ヴィシュ・タル リ・シュタル ヴァンゲイト 小さき王(バーシリスケ・ガリオーテ) 八つ足の蜥蜴(メタ・コークトー・ボドーン・カイ) 邪眼の主よ(カコイン・オンマトイン)

「石化の呪文程度のおっそい魔法が!」

時を奪う(プノエーン・トゥー・イゥー) 毒の吐息を(トン・クロノン・パライルーサン)

「今の私に当たるかよ!」

石の息吹(プノエー・ペトラス)!!」

小さく重く黒い洞(スペーライオン・ミクロン・バリュ・メラン)!」

 

確かに大きな石の息吹だ。

そこら辺の魔法使いでは出せない規模だろう。

だが、宙に浮かぶ千雨を軽く覆えるほどの石化の煙の中心に、重力球を放る千雨。

通常の重力よりもよほど強い重力球によって、石の息吹は重力球によって丸められる(・・・・・)

こんなもんで何ができる、とバカにするような目でフェイトの方を窺うと、対するフェイトは

千雨に追撃をするどころか、重力球と石の息吹の様子をじっと見ていた。

すぐに自分の手の内を探られたことに気が付く千雨。

 

魔力の絶対量ではフェイトが有利だろう。

その点にだけ観点をおいて考えれば、時間をかけると不利になるのは千雨の方だと自ずとわかる。

時間をかけてじっくり戦うのは得策ではない。

自ら持つ手札は。

千雨の脳内に高速で今まで習得した心得と技の記憶が流れる。

 

「‥」

「‥どうして攻めて来ないんだい?重力魔法で潰す、と言っていた気がするけど」

「‥」

「‥来ないならこちらから」

武装召喚(アルミス・コンボカーレ)

 

千雨の首元にぶら下げられた指輪が光り、千雨の両手に白銀に光る始雲のガントレットが現れる。

月詠からの情報にはなかった武具。

また何かしら効果のあるものか、と見覚えのない武具に警戒する。

 

「‥お前が強いのはわかってる。昼間のお前が分身だったってことからな」

「‥」

「光栄に思えよ、フェイト・アーウェルンクス。これを使うのはてめーで三人目だ」

「‥大した能書きだね」

 

不意に両腕を広げる千雨。

大きく息を吸い、吐き出す。

息を整え、身体に巡るエネルギーと、身体から湧き出るエネルギーを感じ、右と左に搔き分ける。

そうして、両腕を静かに体の前へと構える。

 

「‥まさか!」

 

いままで静観していたエヴァンジェリンに衝撃が走る。

バカな。

あの技法を、14歳かそこらの小娘が扱えるはずがない。

それに、千雨が使うのは少々変だ。

何故なら、千雨は魔法(・・)が使える。

 

「‥左腕に魔力」

 

静かに渦巻く魔力が左腕に集まっていく。

 

「右腕に"気"」

 

荒々しく発する"気"が右腕に宿り、千雨の前で両掌が近づいていく。

 

「合成」

 

千雨を中心に、眩い光と風圧がその場にひろがっていく。

フェイトはようやく合点がいく。

エヴァンジェリンも同様だ。

 

ラカン・インパクト。

重力魔法。

そして、魔力と"気"を合わせる独特の戦法。

 

彼女は、紅き翼(アラ・ルブラ)縁の者どころではない。

紅き翼(アラ・ルブラ)の後継者。

 

「それとも、紅き翼(アラ・ルブラ)の‥最後の一人ということかい?」

「最後じゃねえよ。どいつもこいつもみんな生きてる」

 

光が収まったとき、千雨を覆っていたのは"気"でも魔力でもないものだった。

 

「咸卦の気!やはり咸卦法‥気と魔力の合一(シュンタクシス・アンティケイメノイン)か!!」

「なんだ、知ってんのか?」

「たわけ!タカミチに指導したのは私だぞ!」

「ああ、やっぱりタカミチは使えるようになったのか。そりゃそうだよな、師匠の技だもんな‥」

 

勝手に納得する千雨。

だが、逆に納得していないのはエヴァンジェリンだ。

何故千雨は咸卦法を習得する必要があったのか?

気と魔力の合一(シュンタクシス・アンティケイメノイン)を習得する必要があるのは、本来何かしらの欠陥を持つ魔法使いだけ。

タカミチは呪文詠唱が生まれつき使えないという魔法使いとして致命的な欠点があったため習得する必要があった。

そうでもしないと魔法使いは戦えないからだ。

だが、千雨は違う。

魔法でも広域殲滅呪文を使えるし、"気"だけでも間違いなくAAAクラスはある。

気と魔力の合一(シュンタクシス・アンティケイメノイン)の習得難度を考えればほかの道などいくらでもとれたはず。

それに、今の千雨には少々違和感を感じる。

 

紅き翼(アラ・ルブラ)に関わりがあると睨んで来たけど‥良い方に予想が外れたね」

「あ?」

 

そりゃどういう意味だ、と訊こうとする千雨に大きな薄い影が差し掛かる。

見上げると巨大な石柱が6本。

つうと、額に冷や汗が出る。

 

「君なら知っているよね?お姫様のことを」

「やっぱり狙いは‥!!」

「君を捕えよう、紅き翼(アラ・ルブラ)No.9」

「やれるもんならやってみろ!!」

 

両者が同時に掌を前に出す。

すぐに呪文詠唱を始めるはずのフェイトだったが、千雨の掌が光った瞬間にその場を離脱していた。

フェイトがいた地点を千雨から放たれた光線が貫く。

咸卦の気による気弾。

なんという速さ、と息つく間もない。

ノータイムで放たれる気弾の嵐。

一介の武道家は気弾を使えたとしてもそう簡単に連発しない、というよりできない。

自らの身体エネルギーである"気"を撃ち出すのだ、そう何度も使えばすぐに力つきるのは目に見えている。

 

なら、その威力はどうだと試しに一撃を魔法障壁で受けてみるが、簡単に数枚が砕けてしまう。

創造主の使徒は、攻撃面でも破格の性能を誇るが、何よりも防御の要である魔法障壁が優れている。

数がそもそも少ないのだ、数に勝るために個で生き残る術が必要だった。

その使徒であるフェイトの魔法障壁を一撃で叩き割るとは。

昼間の分身体の千雨は、拳数発で何とか魔法障壁を一枚割る程度だった点を考えるとかなりの飛躍だろう。

 

落ちてくる石柱を気弾で破壊し、そのまま気弾を撃ちながらフェイトを追う千雨。

創造主の使徒としての力を過信していたわけではないが、既に受け身の戦闘になってしまっている事実に衝撃を隠せなかった。

 

「ケケケケケ。アイツ、引キ出シノ多サダケナラナギモ凌グゼ」

 

"気"、魔法、武装召喚(アルミス・コンボカーレ)による武具多数、咸卦法、アーティファクト。

魔法は複数の属性に重力、武具も何をどの程度持っているかもわからない。

数百年生きているエヴァンジェリンから見ても十分な戦闘技能。

 

「タフネスも相当なものだ。神楽坂明日菜の話によれば今日はこれで4戦目のはずだぞ」

「長期戦ヲ念頭ニ置イテ鍛エテルッテコトカ」

「‥にしては、あの飛ばし方はなんだ。それに何故居合拳を使わない?‥いや、使えないのか?」

 

違和感の正体はなんとなくわかった。

タカミチによる咸卦法とどこか違う、と見ていたが、明らかに出力配分がオーバーペースなのだ。

あれでは5分もせずに動けなくなってしまう。

更に、タカミチは居合拳と併用することで近中長距離全ての間合いを網羅しつつ、リソースも居合拳の為の僅かな魔力のみとなっている。

 

そのことは千雨も理解していた。

自分の咸卦法による戦い方は余りにも効率が悪い。

師であるラカン曰く、千雨の“気”と魔力はバランスがそもそも成り立っておらず、“気”の方が魔力よりもエネルギーとして多いのだ。

さらに言うと、魔力のコントロールも上手くできていない。

咸卦法による魔力消費をうまく抑えられず、咸卦法の間は魔力が必要とした分の“気”だけ勝手に引き出される為、咸卦法をやるときはいつでもオーバーペースなのだ。

つまり、咸卦法で戦えば千雨の魔力は5分と経たずに底を尽きる上に、尽きるまで咸卦法を止めることもできない。

 

「それでもお前を叩きのめせるだけの力はある!」

「後先考えない戦い方で僕を仕留め切れると思うその傲慢は、やはり人間の持ち得る愚かさだよ」

「仕留め切れたら勝ちだからな!!」

 

決着を急ぐ姿勢なのは明らか。

おそらく時間に制限がある。

律儀に正面から相手するには些か面倒なまでのパワーとスピードを有している。

ならば逃げ切るまで。

 

「‥って考えてんだろ。逃さねえよ!」

 

フェイトめがけて突き出された拳が空を切り、先程から何度も爆発している水面がより大きく爆ぜる。

風圧だけでも吹き飛ばされそうになるほどの拳。

魔法障壁ですら簡単に破られる為、躱すしかない。

だが、逃げてばかりではいずれ捕まる。

 

石化の邪眼(カコン・オンマ・ペトローセオース)

「当たるかよ!」

「それだけならね」

 

千雨の方を見もせずに撃ったフェイトの石化の邪眼を、最小限の動きだけで躱す千雨。

だが、避けられると予期していたフェイトに軍配が上がる。

無詠唱呪文によって放たれた砂の魔法矢が200本近く千雨の身体に殺到し、集約した矢は千雨の身体を穿った。

 

「これで少しは‥」

「だからそもそもの目論見が甘いんだよ」

「!?」

 

砂煙の中から瞬動術で移動していた千雨から右腕が伸び、フェイトの頭を正面から掴んでいた。

千雨は魔法の射手を避けたわけではない。

咸卦の気が強力すぎて、魔法の射手を全て受け切っても無傷で済ませてしまったのだ。

 

「やれやれ‥君にはせめて石の槍程度じゃないと傷にもならないみたいだね」

「状況わかってんのか?このまま頭潰してやっても良いんだぜ。人間じゃないみたいだがな、てめーの頭でモノ考えてんだろ?」

「やるなら早めにやったらどうだい?君のその技法‥ 気と魔力の合一(シュンタクシス・アンティケイメノイン)は未完成だ。それにそもそも長期戦向きの技じゃない」

「わかってんじゃねーか。望み通りにしてやるよ」

 

空いている左腕を引き、咸卦の気を左腕に集中させる。

滅多に使わない組み合わせだが、千雨が使おうとしているその技(・・・)と咸卦法は彼女が持つ最大の攻撃力と範囲を誇る。

使わない理由は幾つかあるが、やはり最大の理由は咸卦の気を一気に使い切ってしまうことだろう。

だが、5分とせずに咸卦の気が尽きるなら、5分後に使い切るかすぐに使い切るかのだけの違いだ。

しかも相手は一人。

 

「トドメだ———?」

 

おかしい。

正しく左腕を撃ち出すその時、フェイトの表情が一切変わりないことに気がつく。

昼間の様子を見る限り、人間ではないにしても感情はある筈。

なのになぜ焦らない。

この状況で、絶体絶命ではないと言えるのか。

 

「‥違和感に気がついたかい?」

「!」

「遅いけどね」

 

二人の足場である湖面が揺れる。

湖に何かしたのか!と下を見るが、特に魔力の作用は感じない。

 

「何しやがった!?」

「忘れたのかい?僕は大地の魔法使いだ」

「! ‥まさかてめー‥」

 

先程の千雨が纏った龍樹。

先の龍樹は木々で作られた仮初の姿であり、その木々は湖の底から創った。

湖の底、つまり湖を支える湖底、その大地。

 

「ゴ主人!」

「上がるぞ茶々ゼロ!」

 

湖の上にいた千雨にはわかりづらかったのだろう、彼女の視界にその異常を収め切ることができなかった。

だが、湖岸にいた吸血鬼の主従から一目で分かった。

フェイトが仕掛けたのは湖ではない。

湖底から隆起させ、地の利を得る為に大地を押し上げるのだ。

 

「長谷川千雨‥だったね」

 

二人が立つ水面が球体のように膨れ上がる。

大地が、天との距離を縮めんとしていた。

 

「君は強い。その歳で大したモノだよ。基本スペックだけなら確実に僕より上。ならば僕の取る手は一つだ‥」

 

次の瞬間、二人は空中にいた。

水飛沫が視界を覆い、フェイトの姿を見失う千雨。

だが、轟音の中なぜかフェイトの声は耳に届いていた。

 

「普段は下にしかない大地が、上下左右前後の全てにあるとしたら。君は何処に向かって歩けると思う?」

「フェイト・アーウェルンクス‥!!」

 

千雨の視界が今度は土塊や石柱で埋め尽くされ、大地の球体で形成された密室となっていた。

何処を向いても岩、岩、岩、岩、と逃げ場がない。

岩盤の押し上げによる浮遊が終わり、ついに落下し始める千雨。

虚空瞬動で浮き上がるが、何故か周囲の石柱や巨岩は浮遊したままだ。

 

「この岩全部魔法で作った‥いや、操ってるってわけか‥!?」

「僕が代わりに答えてあげよう」

「‥!」

「君は何処にも歩けない。ただの石と同じく、土に埋もれてそのままさ」

「たかが土が私の先を阻んでんじゃねーよ!!」

 

言葉と同時に気弾が3発、フェイトの声が聞こえた方へ放たれる。

球体に風穴が空き、見えたフェイトの顔。

 

「ぶっ飛ばす」

「冥府の石柱」

 

今度はフェイトから無詠唱(ノータイム)で魔法が行使される。

千雨とフェイトの間に見た目そのものの質量を持つ巨大な石柱が出現し、千雨に向かって動き始めた。

驚きながらも一撃で粉々に撃ち砕くが、更に2本左右から冥府の石柱が迫り、対処を迫られる千雨。

その隙に千雨が空けた球体の穴が、瞬く間に蠢く土で埋もれてしまう。

 

「次々行くよ」

「なんっで!!こんなに冥府の柱がポンポン!!」

「なら石蛇はどうかな」

 

冥府の石柱程の大きさではないにしろ、千雨を簡単に押しつぶせる大きさの棒のような直方体。

それが10本以上、球体を突き破って現れる。

グネグネと蛇のような動きをしながら迫る巨大な石蛇だが、冥府の石柱とは比べ物にならないほど動きが速い。

気弾でそれぞれ破壊していくが、破壊する物のサイズがサイズである。

魔法障壁を割るのとは違い、一発で粉々にするにはそれなりに溜めが必要だ、とすぐに見定める千雨。

だが、千雨の気弾の発射間隔よりもフェイトによる冥府の石柱・石蛇の生成速度の方が明らかに速い。

次第に気弾ではなくガントレットによる破砕へと変わっていく。

 

「何でこんなでかい魔法が無詠唱で使えるんだ!?」

「ここは今現在地の精霊で溢れかえっている。言うなれば地中とほぼ同じだ。故に‥」

 

球体の外側に浮かぶフェイトが手を振り下ろすと、千雨の頭上の大地が赤く爆発し、千雨に溶岩が降り注ぐ。

 

「ハイ・エンシェントまでこの通りだ」

 

「地を裂く爆流か!!」

 

溶岩は球体内部をほぼ覆ってしまうほどの量だ。

全て吹き飛ばすよりも自分の方へ来る溶岩だけ吹き飛ばそうと構えるが、フェイトの囁きのような声が千雨の耳に届く。

 

「君は‥今、魔法が使えないんだろう?」

「‥てめー、それを見抜いた上で物量戦か」

「魔法が使えないなら咸卦法を使ってるとはいえ、今の君は並外れた“気”の使い手なだけだ。確かに近接戦なら“気”の使い手の方が有利だ。けれど、火力の押し付け合いなら僕の方が有利と見ただけのこと。それでも押し切る自信があったのかは知らないけどね」

 

フェイトの声に耳を傾けるのをやめ、無言で構える千雨。

だが、今度は下方から鍔鳴りのような音がずらりと耳に届く。

上空の千雨めがけて先程の倍の量はある黒曜刃が発射される。

フェイトが居ると思われる場所は上半球外部だが、フェイトの場所に関わらず球体内部の大地からならどこからでも魔法を撃てるようだ。

 

絶体絶命。

上からは地を裂く爆流、下からは空間を埋め尽くすほどの黒曜刃の群れ。

魔法障壁はなく、魔法は使えない。

 

「だったらこれしかねーだろうが!!」

 

右腕に光が灯る。

豪傑の中の豪傑、ジャック・ラカン。

そして、その技法を持っていた男、ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグ。

その二人の技を識る千雨だからこそ、未だ届かぬ本家の威力に近づくことができる。

後方に迫る黒曜刃を左腕の一振りによる気弾だけで雑に蹴散らし、溶岩へ向き直る。

右腕からは咸卦の気で強化されたラカン・インパクトを放ち、地を裂く爆流どころかその奥の球体を表面積の1/3ほどを消し飛ばしてしまった。

咸卦法が解除される。

その力の差分と、魔力不足の倦怠感に耐えながら、爆煙の中で球体内部の土が盛り返し、巨大な穴を塞ごうとしているのが見えた。

先程までの球体の再生速度なら、余裕で抜け出せる。

 

足に力を溜めて、虚空瞬動で一気に球体を抜け、フェイトの眼前に現れる千雨。

フェイトの目が見開かれる。

左腕に今度は“気”を集中させ、魔法障壁を撃ち抜く準備を始める千雨。

 

「今度はこっちの台詞だな?‥終わりだ」

「君は‥僕の想像を超えてくるね」

 

だからこそ、備えてあるわけだが。

 

フェイトのぼそりと出たような言葉が聞こえた瞬間、千雨は大量の大地に呑み込まれていた。

腕や足が先程よりも小さい何本もの石蛇に巻き取られ、身体全体も大地に巻きつかれていく。

 

「なっ‥!」

「地の魔法使いのアドバンテージをあっさりと破るとまでは思わなかったけどね。けれど、大地の再生速度を落としておいてよかったよ」

 

その一部始終を見ていたエヴァンジェリンたちも驚いていた。

大地の再生速度にではなく、フェイトの用心深い罠にである。

大地の球体がフェイトの奥の手だと思わされていた。

事実、咸卦法を使い始めた千雨に防戦一方だったのに対し、大地の球体を形成してからのフェイトの涼しい言動は余裕を感じさせていた。

それを破った千雨も流石だが、破る為に見極めが必要な大地の球体の強度である、大地の再生速度に罠を張るとは。

熟練の戦闘者からでもそのような余裕は出てこないだろう。

わざわざ自分の防御を緩めるのだ。

隙を作るのとは訳が違う。

 

「う‥ご‥かね‥!」

「君はこのまま封印するとしよう。君はまだ若い‥けれど、強すぎる。未来が想像できないほどに、君は危険だ。君に守られる黄昏の姫御子は余程堅牢だったろうね」

「‥!!」

 

ガキに若いなんて言われたくねーよ、と言い返してやりたかったが、声が出ない。

動けないまま大地の球体内部に再度引きずり込まれていく。

 

「さようなら、長谷川千雨。世界が完成された時、君を迎えに来てあげよう。それまで、待っているんだね」

 

表情を変えないフェイト。

その姿が見えなくなるまで、千雨はフェイトを睨み続ける。

まだ、終わらない。

まだ、終われない。

 

世界なんて勝手に完成させれば良い。

そんなことはチサメの知ったことではないのだ。

だが。

 

(お前らに‥‥アスナ姫も、ナギも。くれてやるわけにはいかねえ!)

 

そして、小さな眼鏡をかけたあどけない赤髪の少年の顔が思い浮かぶ。

 

その少年の名を思い出そうとして、千雨の意識は闇に落ちた。

 

 

********************

 

 

「‥さて、どうする?エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル」

「‥」

 

腕組みしながらフェイトを一瞥し、すぐに大地の球体に目を向けるエヴァンジェリン。

横のチャチャゼロは千雨の姿が見えなくて不満そうだ。

殺戮を繰り返した時代が長すぎて、人の壊れる姿が好きになってしまったキリングドール。

イカれた従者はさておき、近衛近衛右門からの依頼を思い出す。

 

『ネギくんたちを助けに行っておくれ』

 

簡単に言えばこれだけ。

だが、千雨がその“ネギくんたち”に入っているかと言われたら確実に入っているだろう。

 

「‥チャチャゼロ、仕事だ。掘り返して来い」

「ナンデコンナビッグチャンスニ土木作業ヤンナキャイケネーンダヨゴ主人。俺ニモヤラセロ」

「馬鹿を言うな、封印とか言っていたがあのまま本当に封印されるかもわからん。最悪窒息死だ。それに個人的にだが‥千雨に死なれても困る。奴はナギに繋がる鍵だからな」

「ソレダケカヨ、本当ニ?」

「つべこべ言わず行け」

 

チャチャゼロの白けた顔が目に映るが、再度顔で促すと渋々と言った感じに球体に向かうチャチャゼロ。

チャチャゼロの後ろ姿を見送るのと同時に、フェイトに気を配る。

だが、チャチャゼロを止める気はないようだ。

静かにチャチャゼロを見送るフェイト。

 

「‥止めないのか?」

「止める必要もないね。これで封印できないなら、次に敵対した時は別の対処をするだけだ」

 

別の対処、と明言はしないフェイト。

だが、次は命を奪うくらいしかないだろう。

封印と殺害ではまた難易度が違う為、次があるとしたらこの二人はまた激戦を繰り広げるのだろう、といつかの未来を想像するエヴァンジェリン。

 

「‥それで、どうするんだい?闇の福音」

「特にどうもせん。奴を回収したら帰るさ。貴様が何もせんならな」

「成程。貴女は何も関係がないんだね」

「貴様をどうこうしたところで何か得られるわけでもない。恨みつらみもない。何処へなりとも行くと良い」

「‥そうだね、僕も今夜は空振りに終わった。リョウメンスクナノカミ復活も潰えたことだ、今日はここで‥」

 

フェイトは次の言葉を告げなかった。

いや、告げることができなかった。

背後から立ち登る魔力に、今日一番の驚きを得たからだ。

 

「‥バカな」

「チャチャゼロにしては早すぎる!まさか‥」

 

そのチャチャゼロは斬撃でとりあえず砕くしかない、ついでにメガネを切ったらそれはそれで、とお気に入りのマチェーテを取り出したところで固まっていた。

マダ何モシテネエ。

なのに、何故か大地の球体全体的から電光が漏れ出ていた。

しかも、その電光から感じるのは明らかに魔力だ。

有り得ない、有り得るはずもない。

先の咸卦法が切れた時点で千雨にはほとんど魔力がなかったはずだ。

では、どこからか魔力を補充した?

いや、そもそも封印が完璧に決まった後に自力で破ったことが有り得ないのだ。

そんなことができてしまっては封印の定義が覆される。

フェイトは動揺していた。

創造主の使徒である自分に、理解ができない。

そんな人間が今、目の前にいる。

 

「‥君は、誰だ?」

「‥‥寝惚けたこと抜かしてんじゃねーよ」

 

丸い大地の上に立った、七匹の小動物を従えた少女。

ガントレットをつけた両腕で、なにやらおもちゃのような杖を抱えていた。

満身創痍の様相だったが、目の光は鋭く、不敵な笑みだけは失わない。

 

「千雨。千雨・長谷川・ラカン。てめーも、てめーらも、てめーのボスであるあの女(創造主)も。全部ぶっ飛ばして終わらせる女だ」

 

 

********************

 

 

目の前が、暗い。

身体が、動かない。

気配も、感じない。

ここはどこだ。

私は今何をしている?

ダメだ。

やっぱり身体が動かない‥。

せめて、光を。

目は開いてる筈だ、なのに何で何も見えないんだ?

何も見えないし、何も聞こえない。

ならば、何かないか。

だが、手すら動かない。

脚も石のように固まって動かず、身じろぎすら出来ない。

そもそも手や足に何も感触を感じない。

これは、もうダメか。

そうだ、私はフェイト・アーウェルンクスに。

負けたのか。

負けたのなんて久しぶりだ。

それこそラカンと、あのおばさん以来だ。

負けたのか‥。

 

‥いや。

ここで折れるのか。

ここで折れたら、今後はどうなる?

黄昏の姫御子は?

ナギは?

ネギは?

いつか来たる時に、私はこうしてまた蚊帳の外なのか?

またあの無力感を迎えなきゃいけないのか?

有り得ない。

あっていい筈がない。

私の現実を、勝手に進めるな。

私は私の手で掴み取る。

理想の現実を、この手で。

 

だが、この現状をどうすればいい。

何か、何かないか?

“気”も働かない、魔力もない。

当然武装召喚(アルミス・コンボカーレ)も使えない。

となると、外部による作用がある物しか使いようがないが‥。

鍛造神の小瓶は使えない。

いや、そもそもアーティファクトが出せるかどうかわからないし、マスターであるナギの助けも期待できない。

ならばもう一枚の方は、とネギの顔を思い浮かべる。

途端に、暗闇に一人だけだった筈なのに何かが光る感覚を知覚した。

見えはしないし手も動かないが、それがネギとの仮契約(パクティオー)カードだと何故かわかった。

 

ネギ。

まさか、この状況に気がついたのか?

それは逆にまずい。

ネギがフェイトと再び遭遇するなんてことがあれば、今度こそ危ないかもしれない。

動かなければ。

早く、早く。

 

「‥ご無事ですか?」

 

誰だ?

ネギの声じゃない。

 

「‥ネギ?」

 

私の思考が筒抜けなのか?

なんだ、お前は。

どこにいやがる。

味方か、敵か、どっちだ。

 

「‥ネギ、ネギ‥」

「ねぎだって!」

「って!」

 

複数いんのか。

とりあえず質問に答えろ。

 

「ぼくは‥‥ねぎ」

「ぼくたちは貴女のお側にいます!」

「もちろん味方ですとも!」

 

いや、ねぎって‥今私が名前をつけたみたいになったのか?

味方‥味方なのかどうか確信は持てないが、この際なんでもいい。

ちょっと手を貸してくれ、ここから出たい。

 

「手を貸すなんて!」

「ぼくらは貴女の僕」

「貴女はぼくらの主」

「そんなことはぼくたちが生まれた時から決まっていること」

「ここは封印の中ですね」

「解析します!」

「術式分析‥完了!」

 

どんどん声が増えるな。

どこまで増えんだよお前ら。

それより、解析完了とか言いやがったか?

 

「もう増えません、ぼくらは七匹だから」

「貴女に仕えるのは七千匹ですけど、貴女に直接付き従えるのはここに居る者のみ」

「魔力経路確認!」

「結界境界線把握完了!」

「楔を打ち込めば綻びが生まれます、ちうさま!」

 

なんでてめーらまでその呼び名知ってんだよ!!

超の回し者か!?

‥いや待て、そもそも身体が動かねーんだよこれ。

 

「魔力がもうないのですね」

「魔力不足のところを封印を受け、ちうさまの魔力経路にも封印による侵食があるようです」

「そこを取り除けば魔力と“気”が使える筈です、ちうさま!」

「‥取り除きました!」

 

早いな‥‥優秀じゃねーか。

けどこの封印、見たところ魔力による楔で、正式な解凍の仕方しねーと解けねーだろ。

今の私には魔力がない。

 

「流石ちうさま、われらの解析結果の突然の共有すら泰然と受け入れられるとは」

「大丈夫です、一時的に魔力をちうさまに供給します!アーティファクトに残存していた魔力が少しだけあるので‥」

「更に、ちうさまの魔力コントロールをサポートいたします!」

「咸卦法も行けますよちうさま!」

「予測ですが、2分程度咸卦法が持続されます!」

 

‥2分。

この封印を抜け出したら外部からの助けがあったことと魔力がまだ残ってることはバレるな。

なら、逆に‥。

よし、咸卦法を1分に縮めるぞ。

これならいけそうだ。

 

「おお‥流石ちうさま!」

「発想が悪魔的です!」

「計略的な笑み!お綺麗です!」

 

褒めてんのかお前ら特に後ろ。

‥そういえば、結局お前らは何なんだ?

姿が見えねえからわからねえ、気配もない。

 

「我らは上位電子精霊」

「そして、貴女は我らが王」

「電子の王、長谷川(ハセガウァ)千雨(ティサメー)

「貴女が戦いの道を選ぶなら、我々も従いましょう」

「いずれ貴女がその拳を開くまで」

「いずれ貴女が魔道から逸れるまで」

「さあ、立ち上がって」

 

電子精霊が何で封印解析出来るんだよ。

それに、立ち上がるって———。

 

 

********************

 

 

「何をぼーっとしているんだい?」

「!!」

 

眼前にフェイトの拳が迫っていた。

拳が顔を捉える前に千雨の受けの手が入り、拳が逸らされる。

戦いながら少し回想していたようだ、そろそろ1日の戦いの疲れが出てきているかもしれない。

だが、それももう終わると先程と同じ構えを取る。

 

「合成!」

「やはり魔力が少し復活している。外部からの助けでも受けたのかい?」

「てめーに言う必要あんのか?」

「ないね。それに君をここで殺せればそれで終わる」

「なんだ、気が合うな。ちょうど私もそう思っていたとこだ!」

 

ネギとのアーティファクト、力の王笏から供給された僅かな魔力で咸卦法を発動し、魔力コントロールを力の王笏を介して上位電子精霊たちに委ねる。

本当なら力の王笏を使用して、千雨が千雨の魔力を無理矢理コントロール出来るらしいが、そんなことをできる状況ではない。

 

「1分でカタをツけてやる」

 

羅漢萬烈拳が湖面を爆裂させる。

拳は躱したものの、暴風と高波に襲われるフェイト。

咸卦法を使われた状態では正面対決はできない、と自ら作った大地の球体に立つ。

 

「少々派手にいくよ」

「今までも十分派手だったろうが!」

「ヴィシュ・タル リ・シュタル ヴァンゲイト」

 

フェイトの足元から、先ほどよりも更に大きい石蛇が20本以上出現する。

それと同時に詠唱を始め、千雨の動きを予測する。

対する千雨は左腕で石蛇を10本以上薙ぎ払いながら、右手を高速に動かしていた。

ねずみのような電子精霊たちが出してくれた魔法陣型キーボードだ。

ねぎと呼んでしまった電子精霊が中心となって、頼んだ魔力制御を行なっているようだ。

 

「これなら間に合いますちうさま!」

「急げよ、もう20秒で決めるぞ!」

「はい!」

 

詠唱を終えたフェイトが、石蛇の群れから瞬動で千雨の背後に現れる。

振り下ろされる蹴り。

両手が塞がれている千雨は虚空瞬動で何とか逃げる。

まさかの逃げを選択した千雨に懐疑の念を顕にする。

おかしい。

彼女の性格なら向かってくると思ったのに。

 

フェイトに背を向けていた千雨が、背中越しにフェイトを見た。

途端に触れる膨大な敵意。

何かやる気だ、と構えるフェイト。

だが、移動した千雨を更に石蛇が追う。

そしてフェイトも無詠唱による石化の邪眼を放つ。

彼が扱う魔法の中で最もスピードのある魔法だ。

 

石化の邪眼の光線。

その先にフェイトが居る。

光線と並行になるように気弾を振り向き様放つ千雨。

 

(避けない!?)

 

それぞれ技後硬直と術後硬直でお互いの攻撃を避けられない二人。

一足先にフェイトによる石化の邪眼が千雨に肉薄し——。

石化の邪眼が千雨の()()で何かに干渉して止まる。

 

「障壁‥‥!?」

 

馬鹿な。

彼女は‥いや、彼女だけではない。

咸卦法を使う時に魔法が使えるはずが無い。

そして。

 

何故、気弾が魔法障壁をすり抜けた?

 

自らの魔法障壁の強度なら、咸卦法による気弾とはいえ一撃は確実に耐えられる、と確信していたフェイト。

しかし、フェイトの魔法障壁を嘲笑うかのように、気弾はフェイトの肩にぶつかり、フェイトを大きく弾き飛ばす。

 

(損傷確認、左腕部は動かない。体勢を——)

「我流気合武闘・必殺」

 

2回目の虚空瞬動でフェイトの真上に位置していた千雨。

既に咸卦法は切っていた。

僅かな魔力が水流へと変わり、千雨の身体をフェイトに向かって押し出す。

対するフェイトも右腕を向けた。

 

解放(エーミッタム)

(ディレイ・スペル!)

引き裂く大地(テッラ フィンデーンス)

「滝穿一点蹴!!」

 

引き裂く大地。

地の広域殲滅呪文にして、フェイト最大の魔法。

大地を溶岩と化し、敵に対してそのまま放つ。

燃ゆる大地へと変貌した大地の球体と、湖一帯の地面。

それらが石蛇と共に全て千雨に迫る。

 

急いで避難したエヴァンジェリンとチャチャゼロ二人。

二人の目には溶岩と石蛇の群れに迫られる千雨が、流星の様なスピードでフェイトに蹴り込む姿が映っていた。

フェイトの魔法障壁を軒並み破壊しつつあるが、確実に減速している。

あれでは後ろから迫る石蛇と溶岩に追いつかれ、そのまま下から噴き上がる溶岩に呑まれてしまう。

 

だが。

 

(離‥‥れない!?)

 

千雨の白い脚から循環した水の輪が発生し、フェイトに巻き付いていた。

流水の縛り手を変化させた様な魔法を発動している。

円環の水輪。

接近戦に持ち込み、そのままの状態を保つためだけに創った魔法だ。

魔法障壁を破壊させながら、この近距離で発動されては防ぎようが無い。

意識が飛ぶほどの衝撃に耐えながら、フェイトの耳に千雨の嘲笑いが聞こえた。

 

「言ったろ?必殺技だよ、これは。当たりさえすれば、必ず殺せる技なんだよ」

「‥こんな‥ことが!!」

「これで終いだ!!」

 

二人は凄まじい勢いで下方の溶岩へと突っ込む。

溶岩が大きく跳ねるが、浮き上がった死の岩石が落ちる前に、石蛇も大地の球体だったものも二人目掛けて落下する。

さながら流星群である。

だが、二人とも既に魔法障壁はない。

千雨も石化の邪眼を防げても引き裂く大地や大質量を持つ石蛇までは防げないだろう。

 

「オホ、アリャ死ンダゼ!?」

「‥」

「‥‥死体ガ残ンネーノハ残念ダケドナ」

「‥」

「‥」

 

チャチャゼロはチラリとエヴァンジェリンを見るが、自分の主人は微動だにせず、二人が落ちた地点を見つめていた。

てっきり途中で助け舟を出すものだと思ったが、どうやら違ったらしい。

ナギのことを抜きにしてもある程度はあの武闘少女を気に入っているものだと勝手に勘違いしていたのか。

 

(‥イヤ、ゴ主人ハ確実ニアノメガネヲ気ニ入ッテタ。ナノニ何デ‥)

 

まさか、とチャチャゼロも二人が落ちた地点を見る。

もうもうと立ち込める火煙と砂煙が混ざった溶岩帯は、とてもでは無いが見通せるものではない。

だがそれでも注視する。

次第に砂煙が晴れていき、火煙のみになっていく。

煙がふわりと揺れ、溶岩の上で咳き込みながら上を仰ぐ少女。

 

「‥見ろ、チャチャゼロ‥」

「‥」

「奴なら確かに、そう呼べるかもしれんな」

 

「‥九人目ノ‥紅キ翼(アラ・ルブラ)‥‥」

 

「‥んなことどうでもいいからとっとと引き上げてくれ、ガントレットが溶ける」

 

もう跳び上がる気力もねえ、と煮え滾る岩石と縦に連なる白銀のガントレットの上で器用に座り込んでいる千雨。

エヴァンジェリンが魔法の準備をしようときたその時、森から白刃の閃光が届いた。

驚く間もなく千雨に斬撃が降り注ぎ、溶岩が巻き上がった。

 

「千雨!!!」

 

更に溶岩帯へ何かが突入し、更に大きく溶岩の波を起こす。

だが、エヴァンジェリン肝心の千雨は既に第三者の手を借りて抜け出していた。

 

「‥どういうつもりだ?」

「ケケケ、今死ナレルト楽シミガ一ツ減ルカラナ」

 

木製の身体に少し煤がついているが、千雨を助けた人形——チャチャゼロもまた無事だった。

千雨の腕を引っ張り、魔力駆動の勢いそのままに抜け出したのだ。

助けられた千雨は、溶岩に入っていった何かをその目で正確に捉えていた。

 

「何してんだお前は‥月詠」

 

「ふふふ‥‥よもや生きていたとは。心の底から、嬉しゅう思います‥♡」

 

溶岩帯が斬撃によって繰り抜かれ、地面の下の地中にあった表層に立つ月詠。

地中に残っていた溶岩の熱が、月詠の穿く白のヒールを焦がして煙を吐かせていた。

それも、白い脇差を持たない手にフェイトを抱えて。

 

「何の真似だ?お前ら仲間なのか‥。てっきりあの天ヶ崎とかいう女に雇われた傭兵仲間だと思ってたぜ」

「あら、いややわぁ。仲間じゃないんと助けちゃあかんと?」

「お前はどう考えても善悪で動くタイプじゃねーだろ」

「ええ、その通り。このフェイトはんは次の雇い主ですから」

「次‥!?」

 

名を呼ばれて顔をあげるフェイト。

所々溶岩によって服や身体が溶けてはいるが、未だに意識を保ったまま先程と表情は変わっていなかった。

抱えられたまま話し始めるフェイト。

 

「生きていたね、お互いに」

「‥本当に人形か。気持ち悪りぃヤロウだ」

「ありがとう月詠さん。トドメを刺される前に動けてよかった」

「そんな気力もなかったようですえ?これは引き分け‥といったところ」

「生意気抜かしてんじゃねー。‥と言いたいとこだが‥確かにトドメは刺せてねーな」

「ふん、そこは貴様も認めるのか」

「言っとくけどこの前のは完全に私の勝ちだからな」

 

余計な一言を言って余計なとばっちりをもらうエヴァンジェリン。

額に青筋を浮かべながら右手に断罪の剣を掲げているが、千雨からは完全に無視されていた。

 

「んで?まだやんのか」

「まさか。今の君を仕留めるのは僕には無理だ」

「ほう?つまり次は‥」

「僕が君に対処する。それだけだ」

 

表情は相変わらず変わってないが、少し語気が強くなったか。

相対する千雨はフェイトとは打って変わってニヤリと笑う。

やれるもんならやってみろと言わんばかりだ。

だが、細い指がするりと伸びてフェイトの頬をプニと突く。

 

「フェイトはんは今日もう戦ったんや、次はウチの番です〜」

「む」

「次こそは‥貴女様の血を流させてみますえ♡」

「んじゃ次はせめてもう少しまともな態度で来い」

「うふふふ♡ほなまた、これにて‥♡」

 

都合の悪いところだけ無視してんじゃねー、と足元にあった小石を蹴飛ばすが、石をさらりと空中で真っ二つに斬り捨て、フェイトを抱えたまま視界から消え去った月詠。

追えば追いつけるかもしれないが、今の千雨はもう動けなかった。

エヴァンジェリン主従も特に追う理由もない。

主犯の天ヶ崎千草も捕らえ、獣人の少年——犬上小太郎と言ったか、その少年も大人しく牢に繋がれたらしい。

そして、刹那も木乃香を取り戻した。

ネギたちも無事だ。

 

「‥長い一日だった」

「さすがの貴様も応えたか」

「ああ、もう動く気も起きねえ‥‥運んでくれ」

「よかろう、首を出せ。動かしてやる」

「いやそれ吸血鬼にして操る気だろうが!!」

「ナラバラバラニシテ‥‥」

「皆まで言うなお前は論外だボケ人形」

 

何とか一人で立ち上がり、ふらふらと歩き始める。

その横にエヴァンジェリンがつき、チャチャゼロはケケケと態とらしく声を出して千雨の肩に飛び付く。

チャチャゼロの重みに思わず毒を吐くが、チャチャゼロは全く気にする様子がない。

チャチャゼロで思い出したが、電子上位精霊だとか言っていたねずみたちがいつの間にかいなくなっていた。

恐らくアーティファクトから出てきたのだろうが、アーティファクトを無意識にカードに戻していたのだろうか?

手元にはいつの間にかネギとの仮契約(パクティオー)カードがあった。

また調べなければならない。

 

横で歩く千雨を見て、エヴァンジェリンは彼女を想う。

何故そこまで戦う。

フェイト・アーウェルンクスは一体何者なのか?

あの人形が一体なんだというのだ?

それに、創造主(ライフメイカー)だと?

まさか赤き星の創造主のことを言ったのか?

そんな筈は無い。

創造主(ライフメイカー)の名前に則った程度の筈。

そうでなければ‥‥。

 

そして、一つわかったことがある、とエヴァンジェリンは千雨を見る。

確かにこの少女はラカンに似ているし、ナギ達紅き翼(アラ・ルブラ)にも通じるものがある。

だが、決定的に違うことが一つ。

紅き翼(アラ・ルブラ)は持ち得ず、千雨にだけある暗い意志。

幾度となくエヴァンジェリンがぶつけられた感情。

復讐の意を宿した目を、その眼鏡の下に光らせていた。

 




京都編はあと1話で終わり、学園祭編に入る予定です。
次はあまり主役級の活躍はしない筈のちうさまですが、そこはキーボードに委ねます(つまりノリ)。
よろしくお願いします。
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