界境の市   作:丸米

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息抜き用の思い付き連載。
もう二つのワートリの連載と並行してゆっくりやっていくつもりです。


The Skilled

 父は、昭和を彩った映画が大層好みであったらしく。

 特に武侠ものが非常に好みという事もあり。

 その様相を色濃く引き継いだ名前が、僕の名前です。

 

 勝山市。

 この名前についての解釈は様々あるでしょうが、割愛させていただきます。あはは。

 

「いいですか、太刀川さん」

 さて。

 どうしたものでしょうか。

 

「僕は、第一の刺客です」

「ふむん。刺客と来たか」

「ええ。そうです。僕は刺客です。──貴方にレポート課題を大学に提出させるための。しかし僕はことさら気が弱いのです。太刀川さんがその意思を貫徹するとあらば僕は身を引かざるを得ません。ですが。刺客は僕だけではありません。第二、第三の刺客がここに到来するのです!」

「ほほぉ。そいつは誰だ?」

「考えられるのは......まずは風間さん辺りですね。あの人は非常に冷徹です。冷酷ではないですよ。冷徹です」

「どう違うんだ?」

「残酷な冷たさではない。私情を抑え、やるべきことに徹することが出来るという意味での冷たさを持っている。風間さんという人は、そういう人です」

「お前は風間さん大好きだなぁ」

「何を言いますか。僕は好き嫌いで言えば太刀川さんも大好きですよ。いつまでもそのままでいてもらいたいと思っています。ただ.....」

「ただ?」

「大好き故に、こんなたかだか3000文字程度のレポートの為に一年を棒に振るような愚行をしてほしくないのです」

 

 そうです。

 僕は第一の刺客です。

 第二の刺客が風間さん。第三の刺客が根付室長か鬼怒田室長辺り。そして最後の刺客が忍田本部長でしょう。

 僕は太刀川さんよりも大きく年下ですし(高校一年生です)、あまり人に強く言えるような性格でもないですし、今こうしてレポートの催促をする人間としては最も軟弱です。

 頼みます。

 太刀川さん。

 僕は貴方の事を尊敬しています。同じ攻撃手として本当に凄いと思っています。

 だからこそ。

 そんな貴方がボーダーのタコ部屋に押し込められて周りの人からなんのかんの言われながら嫌々文字を埋めていく作業をやらされている未来にただただ悲観しているのです。

 

「そんな事より、ランク戦しようぜ勝山」

「そのレポートを終わらせてからです。後でいくらでもお付き合いしますから」

「頼む! 一本でもやってくれたら、やる気も出る! 十本勝負一回。これ一回きりだから」

「本当ですか。本当に一本でちゃんとレポート書いてくれるんですね?」

「本当本当。マジだって。だから頼む。な?」

 そうなのでしょうか? 

 いえ。

 太刀川さんにとってランク戦をする、という行為はある意味では食事のようなものなのでしょう。

 人生における至福の時であり、そして日常であり、与えてやらねば飢えて乾くもの。

 そういう、人生におけるかけがえのないものを奪ってしまっていることを自覚しておりますし、申し訳ないものとも思っているのです。

 ですが。

 今この段階において絶対に引いてはならないのです。妥協してはならないのです。この人の為にも、心を鬼にしなければならないのです。

 

 でも。

 一本だけなら。

 これから苦行に歩む人に恵みのミルクを与えるような、その程度の喜びなら。与えてもいいのではないのかと。僕の心は非常に迷っています。どうするべきなのでしょうか。

 

「わ......解りました」

 本当に。

 僕は押しが弱い。

 結局押し切られてしまう。

 

「一本.....だけですよ?」

 

 勝山市。

 心を鬼にする事が出来ない、甘い男なのでした。

 

 

 ボーダーという組織があります。

 細かい事を言えば色々言える事はあるのですが、敢えて一言で言うならば。

「異世界からの侵略者と戦うために設立された組織」です。

 

 僕が住んでいる三門市という場所には──「近界民」と呼ばれる異世界人からの侵略を現在進行形で受けています。

 三年前。

 三門市は、戦火に包まれておりました。

 突如として『門』から現れた化物はまるで怪獣映画のモンスターのよう。

 あらゆる兵器による攻撃も意味はなさず。

 ただ、あらゆる人々を攫い、そして死に追いやった忌まわしき事件です。

 県外からやってきた僕のような人間でも、テレビでその様を何度も見ていました。

 

 それから。

 三門市は大災害の後に幾らかの復興を果たしましたが──それでも散発的な近界民からの侵攻は受けています。

 

 

 トリオン、というエネルギーが存在します。

 それは僕ら人間の中にある、肉眼では見えない器官から供給される器官によってもたらされているらしく。

 近界民と呼ばれるその化物たちは──そのエネルギーにより侵攻を行い、そしてそのエネルギーを狙い人を攫って行きます。

 

 ボーダーという組織は。

 そのトリオンという技術を応用し武装化した人員とそれによって形作られる換装できる肉体を用いて、異世界人からの防衛を行うために設立された民間組織です。

 

 そして。

 僕はそのボーダーの一員です。

 

 大いなる夢と希望、そしてちょっぴりの正義感。

 それだけを胸に、日々研鑽を積み重ねる数ある隊員のうちの一人です。

 勝山市。

 僕にとってボーダーという組織は。

 本当に。夢と希望そのものなのです。

 感謝しかありません。

 だからこそ。この組織の為に尽力をしたいと、そう心から思えるのです。

 

 

 結局。

 10本勝負に付き合う事に。

 後で風間さんに怒られやしないかびくびくしながらも、とにかくこの十本は全力でやらねばならないです。手を抜いてやる気を削いでもいけませんから。

 訓練ブースに入り。

 すぅ、と息を吸い込み。

 吐く。

 

 太刀川さんとの戦いは、やはり緊張します。

 この人に対しては、本当にどう戦えばいいのやら解らない。

 

 太刀川慶。

 この方はボーダーにおける文字通りの最強のお方です。

 

 誰よりも戦いを積み重ね。

 誰よりも勝ち続け。

 誰よりもその強さの証明をしてきた。

 

 その果てに、積み重ねた功績に比例して与えられたり没収されたりするポイントを誰よりも保有している方です。

 

 負けるつもりで相対はしません。

 されど、敗北そのものは覚悟をして臨まねばなりません。

 

 では。

 

「──勝負の合図はどうする?」

「お互いが構えて、静止したタイミングで」

 

 構える。

 ボーダーから与えられる、武装である『トリガー』

 その一つである──近接型のトリガーである弧月を握る。

 

 弧月は、日本刀に近い形態をしたトリガーです。

 

 それを。

 僕は左手で鞘を握り、自分の身体の前に持っていきます。

 そして体軸を斜めに置き。逆手に柄を握ります。

 

 これが。

 僕の構え。

 

 吸いつく柄の感覚が、頭を少しずつ冷やしていく。

 その冷たさが全身に駆けた時。

 それが──僕にとっての鉄火場の思考が出来上がる瞬間。

 

「それじゃあ──いくぞ」

 眼前の男は、変わらぬ笑みを浮かべて。

 駆けた。

 

 握り込んだ柄口。

 そこから放たれる斬撃。

 

 全てが、鋭い。

 

 襲い来る斬撃と僕の間に防御用トリガーのシールドを張る。

 刃がそこに通った瞬間。

 シールドは砕ける。

 弧月の斬撃は、あらゆるトリガーの中でも最高クラスの威力を誇る。シールド一枚で防げるものではない。

 それは織り込み済み。

 今ここにおける斬り合いにおいてシールドは斬撃のスピードを鈍化させる以外の意味はない。

 

 瞬間、太刀川さんに肉薄する距離を、踏み込む。

 シールドを砕く瞬間。

 逆手に握った柄を下段に降ろし、鞘を握った左手を跳ね上げて。

 すれ違いざまの、一撃。

 

 握る弧月は。

 鞘から出た瞬間に、その『形状を変える』。

 踏み込んだ至近距離に合わせ刀身が変化した弧月を、太刀川さんの腹部に振り下ろす。

 

 太刀川さんはそれを見越したのだろうか。

 斬撃と共に行使した右足の踏み込みの力を横方向に向けステップし、斬撃の軌道から身を捩り避ける。

 

「──やっぱり速いな。お前のそれ」

「これだけが僕の持ち味ですから」

 

 太刀川さんの腹部から漏れ出すトリオン。

 読んでいたであろうが、それでも避け切れなかった証を刻む。

 

「だが」

 

 捩じった体軸から。

 太刀川さんは捩じる方角から更なる斬撃を放つ。

 ステップし随分と開いた距離。

 それを埋め合わせるように、刀身が『伸びる』。

 

 ここで。大きく回避をしてはならない。

 最小限。

 最小限だ。

 

 太刀川が弧月を振りぬくスピードを想定し、『伸びる』斬撃の先端位置を読み取る。

 

 ぶしゅ、と。

 太刀川さんと同じく、腹部からトリオンが噴出する。

 

 さて。

 ここからだ。

 

 太刀川さんは二刀。

 両手に握るその刀が、武器。

 対する僕は一刀。

 

 この差が、この距離の中で。

 著しい差を生み出す。

 

 二刀が繰り出す。

『伸びる』斬撃の連撃。

 トリガーの中でも最強の威力を誇るその斬撃が、間断なく襲い掛かる。

 手数豊富な、必殺の一撃。

 その雨あられを紙一重を維持しつつ何とか避けつつ、その連撃に身をねじ込める隙を探す。

 

 斜めの体軸に。

 逆手に握った弧月を背中側に置く。

 斬撃を放つタイミングを、相手に悟らせてはならない。

 

 一つ、斜めに足を運ぶ。

 応じた一刀の斬撃が足元に襲い来る。

 くるり身を翻し、背中を見せながら──そこから斬撃の中に身をねじ込む。

 肩口が斬り裂かれる。

 左手も飛ぶ。

 でも構わない。

 右手は生きている。

 太刀川さんは残る一刀で斬りかかる。

 

 それを。

 逆手の弧月の刀身で受け止める。

 

 ここだ。

 この瞬間だ。

 

 刀身が、変化する。

 受け太刀で止まったままの態勢。

 それが。

 ぬるり、と変化する刀身により──受け太刀状態から抜け出し、太刀川さんの首元向けて、一撃をお見舞いせんと振り下ろす。

 

「残念」

 

 が。

 その刃が素っ首に到来するその寸前。

 体軸を下に置いた太刀川はそれを当然のように避け。

 

 僕の腹部に、その刀身を突き立てた。

 ──戦闘体、活動限界。緊急脱出。

 トリオンで形成された僕の戦闘体が。破壊されると同時に換装が解かれる。

 そして──トリガーに格納された僕本来の肉体は、ブース内のベッドまで飛ばされるのでした。

 

 

「──お前って、誰か師匠いたんだっけ?」

「いえ。いませんよ」

 結局。

 僕は太刀川さん相手に二本のみ取るだけで、完敗を喫しました。

 

「面白い戦い方だよな。──鞘と身体で刀を隠して幻踊で間合いを変えて初撃を撃ち込む。中々できる事じゃない」

「そうでもしないと、怪物揃いの攻撃手の方々には勝てませんから」

 

 僕の戦い方は。

 いわば対人に特化した戦法と言えます。

 

 トリガーには二種類あります。

 メインとなる武装トリガーと。

 その補助をするオプショントリガーです。

 

 武装トリガーには僕や太刀川さんが使う弧月をはじめとした「攻撃手」用のトリガーをはじめ。

 突撃銃をはじめとした「銃手」用のトリガー。

 トリオンを空中でキューブ上に形成し、それを直接敵にたたき込む「射手」用のトリガーや。

 遠く彼方から敵を撃ち抜く「狙撃手」用のトリガー。

 

 等々、あります。

 その中で僕は攻撃手用トリガーの「弧月」を選び、それをメインに戦いをしております。

 

 して。

 

 オプショントリガーと言うのは、対象を攻撃するのではなく『武装や装備者の補助』を目的としたトリガーです。

 その中で、弧月を使う上で非常によく使われるオプショントリガーは、旋空と呼ばれるトリガーです。

 

 これは弧月の刀身を伸ばし、斬撃の範囲を広げるためのトリガーです。

 これは太刀川さんも積んでいるトリガーであり、弧月を使う攻撃手は積まない方が稀でしょう。距離を詰めなければならない攻撃手にとって、距離を延ばせるこのトリガーはとにかく利便性が高いのです。

 

 僕はそれに加え。

 幻踊、というトリガーを積んでいます。

 これは旋空とは逆に、使い手が非常に少ないトリガーで。僕が知っている限りですと二人程度しかいなかったように思います。

 

 これは。

 弧月の刀身を変化させることが出来ます。

 刀身を横長にしたり。逆に縦長にしたり。刀身を伸ばすのが旋空だとしたら、こちらは刀身を変化させる。

 

 僕は基本的に。

 鞘で刀身を隠し、相手との間合いを図り──初撃を叩き込むという手法でB級まで上がってきました。

 

 対攻撃手を想定した際に。

 相手と相対する距離によって幻踊で刀身の形を変え、一番的確な長さに調整する。

 また弧月使い同士で鍔競りが発生した時や、シールドを張られた際も。幻踊を的確に使用すればすり抜けさせる事が出来ます。

 接近すれば、幻踊。

 距離が空けば、旋空。

 これにより。

 旋空か、幻踊か。

 相対する相手に二択を迫り、その上で防御不能の一撃を形成する。

 

「風間さんも太刀川さんも。どちらもとんでもない攻撃の密度と手数を持っているじゃないですか。僕は手数じゃ勝てませんから」

 

 故に。

 一撃に重きを置いたスタイルが出来た。

 

「太刀川さん。満足していただけたでしょうか?」

「ああ」

「ではレポートに取り掛かっていただきますようよろしくお願いします」

「ああ。──ちょっと待って。あそこに米屋がいるじゃないか」

 訓練用ブースの手前。

 髪を束ねるカチューシャと、常に貼り付けられている笑みが特徴的な隊員──米屋陽介君の姿があります。

 太刀川さんは彼を見かけると、声をかけようとします。

 いけません。

「待ってください。約束だったはずです。僕と十本勝負をしたらレポートに取り掛かるって」

「何もランク戦しようって話じゃない。ちょっと話を聞こうとしているだけだ」

「いえ。このパターンを僕は存じております。このまま世間話をするままに個人戦を行うつもりでしょう。約束を守ってください」

「そんなことしないさ」

「申し訳ありません。信用できないです」

 

 個人戦という餌を前にすれば、この人は口が利ける野良犬と同様だ。

 餌を前にして「我慢できるから餌の前まで連れて行け」と言われ信用する人間がいるだろうか? 僕は出来ない。

 

 僕は太刀川さんを羽交い絞めにしつつ、そのまま訓練ブースの外に引っ張り出そうと画策します。

 逃がさぬ。

 

「──何をしている」

 さて。

 そんな光景の前に。

 

 意図せぬ──第二の刺客が現れた。

 あ、と。

 僕も太刀川さんも、声を出したのでした。

 

 眼前に。

 小柄ながら、凄まじい冷気と威圧を誇る、風間蒼也隊長の姿がありました。


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