界境の市   作:丸米

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ちなみにサブタイは考えるのを放棄し適当に好きな楽曲の名称をつけてます。
特に意味はない。



WHO ARE U ?

「例えばですけど」

 休日のとある日。

 訓練室の中。

 僕と樫尾君が鍔競りで向かい合っていた。

 

「この硬直状態に陥った時に考える事は押し込む事じゃなくて、ここからどう相手の姿勢を崩すかです」

「...はい」

「相手も自分も両足がしっかり開かれて安定している状態です。そしてお互い斬りかかっている訳ですから、前に体重がかかっている。なので一番やりやすい崩しとしては、相手を前側に倒れ込ませる事です」

 

 少し力を加える。

 そうすると樫尾君はそれに押し負けんと、更なる力を加える。

 

「あ」

 更に力を籠めようと前に体重が向かった瞬間。右足を後ろに引く。

 そうするだけで、たたらを踏んで樫尾君の体勢が崩れる。

 

「と、いうように」

 

 崩し。

 返し。

 

 本当に奥深い技術です。

 

 刀剣での差し合いの中。

 相対する相手が力を加える方向を読み解く。

 

 左に込めるならば、こちらも左に。

 右に込めるならば、こちらも右に。

 

 相手が引くならば押し込み。

 相手が押すならば引く。

 

 後の先。

 

 相手が取るであろう行動を「先」に想定し。

 実際に行われる行動を「後」で対処する。

 

 鍔競りの場合。

 相手が加えた力の方向に、自分の力をちょっとプラスしただけで崩れるし、刀剣を動かせば返しすらできる。

 

「僕の他には、熊谷さん辺りが弧月を合わせての崩しを多用してきますね。最近めきめき攻撃手ランクに殴り込んでいる村上先輩なんかは、レイガストでの防護で崩しを入れてきます。タイマンで崩しが入ると軽くても手足は飛びますね。返しが入ると間違いなく首が飛ぶ」

「.....成程」

「向き不向きがありますので、無理に覚えようとする必要はないですけど。ただ積極的に使ってくる相手がいる事は覚えておいてください」

「了解です。──では」

「はい。実戦形式で戦いましょうか」

 

 ランダムに五十メートルほど離れた地点まで転送してもらい、実戦に入る。

 こちらとしても、まだまだ負けるわけにはいきません。

 頑張りましょう。

 

 

 ひたひた。

 ひたひた。

 

 勝山市の足運びは、異様だ。

 彼は鞘を前に掲げ刀身を隠し。

 こちらに不定の歩みで近づいてくる。

 

 ひたひた。

 ひたひた。

 

 一歩一歩が、それぞれ歩幅が違う。

 すり足に近いじりじりとした間合いの詰め方。

 恐らくは、足運びで位置関係を把握されない為だろう。意図は理解できるが、それでも何とも言えない恐ろしさがその姿にはある。

 

 ここで間合いを空けようとすれば。散弾銃の乱射が行使され、シールドで防御態勢に入った瞬間一気に踏み込まれ旋空で仕留められる。

 そのパターンで、何度か樫尾は仕留められている。

 だからこそ。

 この状態になり、なおかつ周囲に味方がいなければ──相手をせざるを得ない。

 

「ハウンド」

 まずは。

 勝山の足を止める。

 ハウンドを周囲に形成し、それを勝山の左右に散らす。

 

 勝山はシールドで一部のハウンドだけを防ぐと、防いだトリオン弾の軌道に自分を押し込むように、それを避ける。

 複数展開したハウンド。

 その一部を消し、消した軌道に身を割り込ませることで最小限の動きで回避動作を行う。

 樫尾は。

 その動きを見越し、ハウンドの誘導半径内に踏み込みを行う。

 ハウンドの軌道の中に足先を動かしたという事は、これは樫尾に動かされたものだ。

 彼の意図する間合いではないだろう。

 ここで、攻めなければならない。

 

「──ぐっ!」

 その動きも見越していたのだろう。

 抜刀と共に樫尾の足元に旋空を浴びせる。

 

 それをバックステップで避けると同時。

 勝山が一気に間合いを詰める。

 詰めながら、勝山は第二の斬撃の体勢に入っている。

 

 まずい、と考え弧月を構えなおし勝山の剣戟を受け止めようとするが。

 勝山の刀身は、彼の身体に隠されている。

 斬撃の軌道が。タイミングが。

 解らない。

 

 だからどうしても斬撃よりも前に弧月を前に出してしまう。

 その瞬間に。

 斬撃が行使される。

 

 弧月の軌道にかからない斬道の一撃が樫尾の上半身を斬り裂いていた。

 

 

「解ってはいた事ですが、ハウンドは非常に便利ですね」

 勝山はそう呟き、うんうんと頷く。

 

「ハウンドで左右の退路を塞いだうえで、誘導半径内で斬りかかる。銃手や射手相手ならば、確実に仕留められる連携技になれそうですね」

「そ、そうですか」

「例えば樫尾君がハウンドを放ったうえで、僕が散弾銃を撃つという連携であってもかなり厄介になるでしょう。それにハウンドでシールドの拡張性を分散させておけば、東さんにスナイプしてもらって仕留める事も出来る」

 

 僕等のチームは

 攻撃手、万能手よりの攻撃手、狙撃手という編成です。

 中距離が少し足りない。

 そこを埋め合わせる要素を幾つか考えた時。

 三上さんから提案がありました。

 

 ──敵の中距離戦力を潰せる戦術を幾つか用意しておこう、と。

 

 その中の一つとして。

 僕と樫尾君の連携で銃手・射手を狩る事を提案された。

 

 要は。

 中距離を中距離で叩く方向ではなく。

 中距離で戦ってくる相手に、近距離での戦いを強制する連携だ。

 

 その中で。

 樫尾君のハウンドを利用し相手の足を止め、その内に僕が相手との距離を詰める連携を取り敢えず用意しようと。

 

 そういう訳で。

 今樫尾君と僕は互いに訓練を行っていました。

 

「逆でも全然構わないんですよね。僕が散弾銃で攻撃手の足を止めて、樫尾君のハウンドで仕留めるってやり方も出来る。狙撃手の援護が敵にある状態だと、攻撃手相手でも出来れば近づきたくない時もありますから」

「はい。──もっと、ハウンドの練度を上げます」

「うん。お願いするね」

「はい!」

 

 樫尾君は非常に明瞭な声で、そう返事を返します。

 

 樫尾君は、非常に真面目です。

 勤勉であり、常に思考を働かせながら動いているのがとてもよく解ります。

 

 先程までも、ずっとB級ランク戦の過去の記録を漁りながら戦術を学びつつ、そのたびに東さんに何事かを聞きに行っている様子が伺えます。

 連携の訓練一つとってみても、彼は嫌な顔一つもせずに付き合ってくれます。

 偶然とはいえ、本当にいい隊員を得られたと思ったものでした。

 

「──さて」

 一通り訓練メニューを終えて。

 さてどうしたものでしょうか。

 

「お疲れ様です」

「お疲れ様です、三上さん。訓練室の調整、ありがとうございました」

「これが私の仕事だから。──うーん、お腹が減ったなぁ」

 三上さんがそう言うと同時、時計を見る。

 おお。もう中々いい時間ですね。

 

「一緒に食堂に行きましょうか。樫尾君はどうしますか?」

「はい、お供します」

 

 という訳で。

 食堂に行く事になりました。

 

「勝山君はお弁当?」

「はい」

「小さい....」

「小食なんです....」

 

 そう。

 僕は小食なのです。

 

 野球をやっていた時。

 小食ではどうしてもやっていけなくて無理矢理に飯を掻き込んでいた時期もありますが、もうその必要もなくなり体重もどんどん落ちていっています。食事に苦痛が伴っていたため、無理に食べることもなくなり更に体重が減っていっている。成長期の男としては割と致命的な状況ですが。まあいいでしょう。

 

「樫尾君は食堂で何か頼みますか?」

「はい」

「奢りますよ」

「いえ、流石にそれは。親から昼食代もいただいていますし、お気になさらないで下さい」

「.....二人とも、話し方が固いね」

 

 三上さんが、僕と樫尾君の会話を聞きながら、そんな事を言いました。

 

「僕はまあ、アレですね。色々と必要に応じてこうなった感じですけど」

「俺は、家の方針ですね。年上の方であれば、両親相手でも敬語を使っていましたので....」

 なんと。

 両親相手でも敬語とは。これまた珍しい。

 

「樫尾君は──お、サラダバーですか。いいですね」

「はい。俺、ポテトサラダが好きなんです。特に、ボーダーの食堂のものが本当に美味しくて」

「ポテトサラダ.....いいですね。僕も、ジャガイモが余った時によく作っていました」

「自炊していらっしゃるんですか?」

「はい。実はやっているんです」

 

 僕の両親は共働きでした。

 両親ともに、子供のころからの夢を叶えた人で。

 父は編集者。そして母はイラストレーター。

 二人とも多忙な日々を送っておりまして、自然と僕は身の回りのことを自分でやるようになりました。

 自炊も、その時から始めていました。

 病気になってやらなくていい、とも言われていましたが。ここまで来たら完全に意地でした。病気を原因にやらなくなるのはとても癪だったので、今も続けています。。

 

「この前。太刀川隊のお部屋にお邪魔していたのですが」

「うん」

「太刀川隊長が七輪でお餅を焼きながら”俺も自炊している”と仰られていたのですね」

「.....」

 僕は弁当を開きます。

 ブリの照り焼きと千切りのキャベツと卵焼きとちびた握り飯。卵焼き以外全て余りものでした。

 キャベツを口にします。いい感じにしなびています。

 

「自炊と定義していいのでしょうか?」

「まあ、ダメでしょうね....」

 樫尾君はそう言います。

 はい。

 僕もそう思います。

「太刀川さんこの前国近先輩に首絞められていたんですよ」

「何故ですか.....」

「ゲーム機の調子が悪かったから、分解して清掃をしたらしいんですね。そうしたらホコリと一緒に大量のきな粉がでてきたらしくて」

「.....」

「.....うん。それは怒るだろうね、国近先輩」

 

 ボーダー一のゲーマーこと、国近先輩。

 まさかまさか隊長の愚行のおかげで自身の生命線が破壊されようとしていたのです。

 

「よう」

 

 ん? 

 声が聞こえました。

 とても、聞きなじみのある声です。

 

「あ、太刀川さん」

「おう。久々だな勝山」

 

 そこには顎髭をたたえ、ロングコートを着込んでいる方が一人。

 向かいの座席に座り、海苔に巻いた餅をのびのびと食べておりました。

 鉄輪を携えて。

 

「....」

「....」

 三上さんと樫尾君は閉口しています。

 まあ、気持ちは解ります.....。

 

「首を絞められて少しは懲りましたか」

「ん? 何言ってんだ。アイツが首絞めんのなんていつもの事だ。ゲームで負けが込むといつもそうしているぜ」

「では、何故食堂に」

「この前レポートの為にタコ部屋に押し込められた時にさ」

「はい」

「腹が減ったから餅焼いてたの」

「はぁ」

「でさぁ。炭火の勢いがあんまりにもよすぎて。もくもくと煙が立っちまってて。でも脱走防止用に鍵もかけられてるしで」

「あ....」

「いやー。その時トリオン体に換装してなきゃ、俺何か死んでたっぽいんだよね。ほら、あれだ。イッサンコタンギ中毒だっけ?」

「一酸化炭素中毒ですね....」

「おお、それだそれだ。それから忍田さん大激怒しちゃって」

「しちゃって?」

「部屋で餅焼くの禁止になっちまった」

 当たり前です。

 

 

「それで」

「はい」

「レポートはどうにかなったんですか?」

「馬鹿を言え。ならなきゃ押し込められた意味がねェじゃねぇか」

「それは.....よかった.....」

 本当に。

 よかった。

 この人の為でもありますけど──何より風間さんや忍田本部長の為にも、心からよかったと思える。

 大変だなぁ。

 こんな人がナンバーワンなせいで。

 

「よし」

「何がよしなんですか....」

「レポートの呪縛はあと二週間ばかり消え去った」

「準備しましょうよ」

「という訳で」

「はい」

「──鍋するぞ」

 

 ん? 

 んん? 

 

「すみません太刀川さん」

「なんだ?」

「意味が解りません」

「解らねぇか」

「解らないです」

「お前は隊を組んだらしいじゃないか」

「ええ、まあ、はい」

「俺とお前の仲じゃないか」

「はい、そうですね。本当に良くして頂いています」

「しかも──お前の隊に東さんもいる」

「そうですね、はい」

「だから、鍋だ」

 

 ん? 

 んん? 

 何故でしょう。僕の理解力が及ばない。

 

「お前の所の寮の部屋を使ってだな。お前らの隊結成を祝って今夜鍋をする。酒の準備は俺等がする。メンバーも俺等が集めよう。必要ならば金も出そう。コンロも鍋も用意しよう。──で、お前は食材を用意しろ」

「ええ....」

「この前お前鍋作ってくれたじゃん。確か、三輪隊がA級上がったお祝いに。あれ美味かったからさー。いいじゃないか。東さんもいるし」

「東さんにはもう許可を.....?」

「おう」

「.....」

 

 ピピピ。

 東さんに確認。

 あら、本当に。

 本当に許可を出しちゃったんですね東さん。

 

「じゃ、頼んだ。メンバーは後からメールするから、よろしく」

 そう言うと。

 太刀川さんは颯爽とその場を去っていきました。

 

「.....」

「.....」

「.....」

 

 黙りこくる。

 

「あの.....お前ら、って事は。俺達も強制参加ですか?」

「用事があるなら本当に帰って大丈夫ですよ.....」

「いえ、特段の用事とかはないのですけど.....」

「私も、用事とかは特にないけど.....」

 

 言いたい事は解ります。

 はい。

 余りにも唐突すぎて──ちょっと頭が回らないのでした。

 

 という訳で。

 今夜──唐突に鍋パーティーが始まる流れとなりました。

 

 何じゃあそりゃあ、と。

 心の中で叫びました。


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