三輪秀次君は。
あまりにも。
あまりにも、三門市の悲劇の象徴だった。
理不尽に家族を殺された人。
未だ憎悪から逃れらずにいる人。忘られぬ過去を持つ復讐人。
彼は。
近界民による侵攻によって、お姉さんを亡くしている。
この方も。
過去があって、その過去を忘れる事を許されなくなった、そんな人です。
そんな彼は隣のクラスに在籍していて。
それでもよそ者の僕に親切にしてくれる。
とても優しい方です。
優しいが故に発生した憎悪。
それを抱えてしまっている。
僕は所詮他人です。
彼のパーソナルな部分に踏み込む資格なんてありません。
でも。
それでも想像してしまうんです。
この方は──ボーダーがその役割を終えてしまったら、どうなってしまうんだろう、と。
※
二本目。
先程の勝負で理解した事ですが。
三輪君と樫尾君を鉢合わせてしまうと、もうその時点で勝負がついてしまうという事です。
三輪君は樫尾君と非常に相性がいい。
近接での身のこなしが凄まじく、また射撃も出来る三輪君は樫尾君の良さを全て叩き潰せる要素を持っている。
だから。
僕がやるべきことは──まずは、樫尾君と鉢合わせる前に、三輪君の足を止める事。
僕は三輪君と対峙した瞬間、狭い路地の間を駆けながら散弾銃を放つ。
こうして三輪君の足を止めている間に、樫尾君を障害物の背後に逃がします。
僕は逃げてはいけない。
三輪君の足を止めなければいけない。
鉛弾が襲い掛かる。
食らえば様々な制限を食らってしまうが、それでもデメリットは幾らでもある。
その中でも最も重要なのは。
弾速がどうしても遅くなる、という事でしょう。
とはいえ。
三輪君は流石だ。
細かく分割したシールドを僕と三輪君の間に敷き詰め、そこを透過する鉛弾で攻勢を仕掛けていく。
僕は一撃を入れたいけれども。
斬道に幾つものシールドが撒かれている。
こうやられると、幻踊によるシールドの透過斬撃が非常にやりにくい。
とはいえ。
鉛弾拳銃とシールドの組み合わせですと、こちらもシールドを張る意味が薄いので散弾銃を積極的に利用しつつ、旋空を放つタイミングを見計らいます。
とはいえ。
これから、奈良坂君がどう動くか。
周囲は変わらず家屋で射線が切れている。
アイビスで障害物ごと圧し潰して援護をするか。
それとも、三輪君が狙撃地点まで僕を引っ張り出すか。
奈良坂君は当たらない弾丸を非常に活かすタイプの狙撃手です。
単純な狙撃能力という点でも極めて厄介なのですが、彼は当たらずとも有効な狙撃も迷わず行使できる、いわば援護上手の狙撃手。
だからこそ。
ここで様々な選択肢が生まれてくる。
アイビスで足を止めさせて三輪君が襲い掛かる連携をしてくるだろうか?
それとも三輪君が路地から僕を追い立て狙撃地点に追い込むだろうか。
それとも三輪君がこちらの足を止めさせているうちに、もっと寄ってきているのだろうか。
選択肢が多い分、その対処の為に動きが慎重にならざるを得ない。
見えぬ狙撃手の存在が、こちらの行動を大きく阻害していく。
ですが。
こちらも一人ではない。
壁奥に逃げた樫尾君がハウンドを放つ。
対三輪君を想定した時。
壁際から放てるハウンドは最適解に近い気がします。
樫尾君のハウンドにシールドを割かせ。
僕が散弾銃を放つ。
この連携により、三輪君のシールド負荷を上昇させる。
ハウンドによる全方位攻撃。そして正面から来る散弾銃の面攻撃。
防ぎきれず、三輪君の身体が削れて行く。
ここで。
奈良坂君の援護が入る。
南西地点。アイビスを使用しての、家屋を突き抜けさせての援護。
それを避けんとその場から離れた瞬間。
三輪君は即座に樫尾君がいる壁側に弾丸を撃ち込みます。
弾丸をアステロイドから、バイパーに変えて。
バイパーとは、威力を代償に弾丸の軌道を幾つも変化させる事の出来る弾丸です。
樫尾君は壁を乗り越え降り注ぐ黒い弾丸を避け切れず、全身に重石が張り付き──張り付いていた壁ごと三輪君に斬り裂かれ、緊急脱出を受けます。
その最中。
僕は散弾銃を撃つ。
正面に向け、三輪君がシールドを展開したその瞬間──銃口を下に向けて。
放つ散弾の一部が、三輪君の足を削ります。
よしよし。
これで三輪君の機動力をある程度削ることが出来ました。
悔し気に睨みつける三輪君を尻目にその場から離れ──奈良坂君が狙撃した方向へと向かう。
対策はシンプル。
奈良坂君に、「当たらない援護」を引き出す事。
僕が三輪君の足を止め、樫尾君を隠し。
その状況から三輪君を脱出させるために、狙撃をさせる。
この状況が設定できたならば。
僕は安心して奈良坂君の追撃へ向かうことが出来る。
「──とはいえ」
現在オペレーターの支援が存在しない。
なので、弾道解析からの逃走ルートの割り出しなどのサポートが受けられない状態である。
一級の狙撃手は狙撃の腕もそうだが、自らを隠蔽する技術もまた凄まじい。
自らを隠す術を、全て心得ている。
とはいえ。
ここまでの短時間ならば、そうそう遠くに逃げる事は出来ないはずです。
逃走ルートを想定し、索敵を行う。
「──見つけました」
存外に早く見つかりました。
奈良坂君は狙撃地点から幾らかの建造物を経由し、北東へ逃げていっています。
すぐさま追撃をかけようかと思いましたが──。
「.....」
僕の視線の先には。
追ってくる三輪君を捉えました。
思いました。
奈良坂君がここまで移動している意図を。
仮に僕がこの状況で時間を稼ごうと思ったならば、付近の建造物に隠れてやり過ごすように思う。
アレは。
釣りではないかと、反射的に思いました。
ここで奈良坂君を仕留めにかかると同時。
三輪君が急襲をしてくるのではないかと。
「.....」
僕もまた。
バッグワームを着込みました。
奈良坂君の位置も三輪君の位置も把握している今。
焦る必要はない。
合流するのならば、それでも結構。
二人が同時にいたとしても、奇襲さえ出来れば片方は仕留められる。その自信はある。
僕はバッグワームで身を隠し、三輪君が追う地点から迂回しながら両者の行方を追います。
ここで三輪君もバッグワームを着込みました。
三人とも、レーダー上で消える。
この行動をしたという事は。
三輪君は、自分を餌として釣り出して奈良坂君の狙撃で僕を仕留める、という形を取るつもりはないのでしょう。
──さて。ここからが連携を崩す、という部分での本懐でしょう。
相手にとって。
今の僕を仕留めるのに最適な行動はどれでしょう。
奈良坂君のいる位置は把握している。
三輪君の足は削れていて、機動力が落ちている。
よって。
三輪君は逃げようと思えばいつでも逃げられる駒であり。
奈良坂君は僕がいつでも仕留められる駒だ。
さあ。
行動を考えよう。
相手側の勝ち筋は。
僕が奈良坂君を仕留めに行ったところに三輪君が急襲する形か。
奈良坂君の援護を受けた上で三輪君が僕と戦う形にするか。
そのどちらかだ。
ならば。
僕が今やる事は、奈良坂君の視界から逃れつつ。
三輪君を誘い出す事。
その為の手段としては。
「......」
バッグワームを解き、奈良坂君に自らの位置を晒して。
その上で僕は奈良坂君を視界に収める。
この立ち位置を維持しながら、
三輪君がこちらにやってくるのを待つ。
その狙いは奈良坂君も理解しているのでしょうか。
こちらの動きを阻害する為か、ライトニングに切り替えこちらに撃ってきます。
ライトニングは、トリオン量に比例して弾速が早くなる狙撃銃です。
足止めに一番いい狙撃銃でしょう。
さあて。
この状況。
三輪君としては。このタイミングで来るのが一番いいのではないでしょうか。
奈良坂君に足止めされていますし。
急襲を予測していたとしても、それでもタイミングを見計らえば仕留められるのではないでしょうか。
やりますか?
おお、やはりやりますか。
ここで僕を足止めできれば、奈良坂君に仕留めてもらう事が出来ますものね。
でも。
そうはさせない。
「──ぐぉ!」
僕は体軸を少しだけ傾け、奈良坂君を視界に収めながらも──三輪君に散弾銃を浴びせます。
三輪君はバッグワームを解除すると同時、弧月で斬りかかりにきましたが、散弾銃に思わず足を止める。
ここで奈良坂君に向かう。
放たれたライトニングを避けつつ、奈良坂君に肉薄し散弾銃を浴びせる。
奈良坂君が、緊急脱出する。
「......」
僕は散弾銃を捨て、弧月とシールドを装着する。
肉薄する。
三輪君は鉛弾を僕に浴びせながら、弧月で斬りかかる隙を探している。
黒い弾丸。
遅い。
遅いが、触れてはいけない。
しかも体勢を崩した状態で避けてもならない。相手の弧月がその瞬間に襲い掛かる。
重石つきの弾丸。それによって制限される行動。弧月で仕留めるタイミングを見計らう相手。
とはいえ。
やる事はそこまで変わらない。
弾雨の中。
体をねじ込める場所を探す。
左腕は別に鉛弾に当たってもいい。
あの弾丸に動かされた歩幅だと三輪君に対応される。
ならば。
あえて。あえてだ。
鉛弾に当たる。
当たる間合いから、歩を詰める。
そこから体をねじ込んでいこう。
左腕に被弾。脇腹と背中両方に被弾。
構わない。
踏み込みの足と右腕さえ生きていれば。
全身でそれらを庇いつつ、柄に手をかける。
今回は逆手ではなく、正常の居合の要領で斬りかかろう。出来るだけ斬撃の距離を稼いでおきたい。
踏み込む。
体が重い。
大丈夫。
重い分、体軸への踏ん張りがきく。
軽い右腕を振るって。
重い体を支柱にして。
振ろう。
さあ。
届いた。
※
「──よくやった。二本目でちゃんと対処できたのは順調だ」
ブースから戻ると。
そう東さんは言ってくれました。
「今回の訓練で教えたかったことは、狙撃手の存在がどれだけこちら側の行動を阻害するのか、という部分だ」
「......成程」
「今回、敢えて狙撃が通りにくい路地をスタート地点として設定したのは、狙撃が一見通りにくい場所であっても十分に狙撃手が脅威となる事を伝えたかったんだ」
一見、狙撃が通りにくい場所であっても。
アイビスを使った壁越しの援護もできる。
そしてその脅威を利用して路地に閉じ込めておく事も出来る。
「それはお前らにとっても同じことだ。俺という狙撃手の駒は案外便利だ。活用の仕方次第では、盤面を常にコントロールする事も出来る」
東さんはそこまで言うと、
「それじゃあ今日の訓練はこれで上がりだ。──三輪、奈良坂。付き合ってくれてありがとう」
「いえ。東さんの頼みですから」
「また何か奢るよ」
「ありがとうございます」
三輪君は。
一期の東隊の隊員です。
東さんが積み上げてきた実績と人脈。その凄まじさと言うのが、如実に理解できました。
「こちらからも、ありがとうございます三輪君」
「.......あの馬鹿が世話になっているからな。時々はこうして返させてくれ」
「三輪君に返済の義務はありませんよ」
「返済の意思すら持っていないあいつの尻拭いだ......」
前髪で隠れた眉間には多分思い切り皺が寄っているのでしょう。多分ボーダーでも屈指の苦労人だと思われます、三輪君。
「まあ、なんだ」
「はい」
「東さんは本当に色々な事を教えてくれる人だ。無駄にするなよ」
「はい。──頑張ります」
はい。
無駄にはしません。
その為に、東さんを引き入れたのですから。
※
訓練を終え、特にやる事もなく。
僕はブースに備えられた椅子に座ってまったりとしていました。
「......」
「あ、こんにちわ香取さん」
その脇を同期の香取さんが通り過ぎたので、声をかけます。
無視されました。
「......」
僕の対人欲求は。
年下に好かれたいのです。
香取葉子さん。
僕の同期で、今は中学三年生の女性の方です。
非常に毀誉褒貶が激しい方ではありますが、僕としては非常に感謝している方です。
C級時代。僕は彼女にコテンパンにされてから、訓練の仕方が大きく変わりました。
彼女はとにかくすさまじい器用さを持っている方で。スコーピオンのマスターランクに昇りつめた後、すぐさま銃手に転向し結果を残し、そして遂には万能手に転向。自分の部隊を率いて、更に常にB級の上位に食い込みながらこれだけ個人でも努力を積み重ねているのです。本当に心から尊敬しています。
一度手合わせを願いたいのですが、何度かお願いをしても相手にされず、最終的には存在そのものを無視されるようになりました。さあて。僕は何処で地雷を踏んでしまったのでしょうか。
根本的に僕は年下の女性との付き合い方に非常に難があるのではないのでしょうか。僕は訝しんだ。
「──どうしようもないなぁ」
まあ仕方がない。
こうなってしまうならば──自分もまた、自分の隊で彼女とぶつかるしかない。
そういう意味でも──これから始まるランク戦が、非常に楽しみであった。
先輩にワートリ好きな人がいました。
話をしてみると、好きなカップリングは影浦×ゾエとの事でした。
先輩は男でした。
報告は以上です。