界境の市   作:丸米

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雪ノ革命

「ランク戦第2ラウンド昼の部。実況はこのあたし──」

 実況席に座るこの女は。

 実に、実に、迫力があった。

 

「弓場隊オペレーター、藤丸ののだ」

 女傑。

 女傑がそこにいた。

 

 はだけたシャツから垣間見える胸部も。

 その物々しい口調も。

 溢れ出す刺すような雰囲気も。

 

 全てが全て、その女を周囲に主張していた。

 

「こんにちは。本日解説を務めさせて頂きます。B級嵐山隊、嵐山准です。精一杯解りやすく解説しますので、よろしくお願いします」

「どーもどーもこんにちは! A級草壁隊の里見です! よろしくお願いします!」

 

 解説席には、端正な顔立ちの男と、シュッとした目鼻立ちが特徴の男の二人がいた。

 共に、とても気持ちのいい笑顔をしていた。

 嵐山准。

 里見一馬。

 この二人が、座っていた。

 

「それじゃあ──ランク戦実況・解説はこの三人で行う! 気合入れるぞお前ら!」

「了解!」

「はーい、了解でーす!」

 

 藤丸が檄を飛ばすと。

 嵐山と里見は素直にそれを返す。

 ちゃんとコミュニケーションは成り立っているのに、微妙にノリだけがすれ違っている。そんな風景だった。

 

「今回は、那須隊・荒船隊・勝山隊の三つ巴戦。那須隊にマップ選択権があり、選ばれたのは──市街地Aだ」

 そう藤丸が述べると、マップが映し出される。

 市街地A。

 イメージとしては住宅地が近く、背の低い建築物が並ぶ中でところどころマンションなどの背の高い場所や開けた空間がある。特徴がそれほどないマップだ。

 

「意外といえば意外でしたね」

「うん。がっちり狙撃手が不利になるマップにしてくるかなー、って思ってたのにね」

 今回。

 勝山隊には隠蔽・狙撃技術共にトップクラスの狙撃手である東春秋がおり。

 そして荒船隊にはマスタークラスの狙撃手二人を揃えている。

 那須隊にも日浦という狙撃手がいるが、この二隊に比べると狙撃に関してどうしても一歩劣る。

 

「市街地Aは基本的に建物の背が低く、狙撃地点が限られてきます。極端に、という訳ではありませんが。狙撃手に不利な条件がぱらぱらとある印象です」

「ただ那須隊にとっては有利な点がいっぱいあるマップでもあると思う。那須さんの特性を鑑みた時に、背の低い建物がいっぱい集まっている所、っていうのは那須さんの戦い方にはぴったりだ」

 うんうん、と頷きながら里見が解説する。

 

「那須さんの特徴は大別すると二つ。①動きがめっちゃ速い事。②弾を自由に動かせる事。この二つ」

「だね。俺達も那須さんのバイパーには本当に苦しめられた」

「特に、銃手の視点から見ると本当に厄介な事この上ないんだ那須さんは。射線の外に逃げられるし。その上で射線の外からばんばん弾を撃たれるし。同じだけの機動力を持っていないと、それだけで倒されちゃう」

「確かに。その観点を鑑みれば、背の低い建物から撃ってくる狙撃手は即座に那須さんが対応できる。地上にいる攻撃手に対しては上を取りながら一方的に攻撃できる。──那須さんに有利を取らせる観点から鑑みると非常に理にかなっているとも言えます」

「逆に言うと、荒船隊はかなり辛い戦いになりそうだね。狙撃手が機能しにくいうえに、那須さんがいるから。今回は攻撃手の荒船さんがどれだけ点を稼げるかにかかっているかな」

 荒船隊は、狙撃手二人に攻撃手一人の編成。

 攻撃手を援護する役割も、彼方にいる狙撃手しかいない。

 故に。

 狙撃手が動きにくければ、一気に不利になる弱点を抱えている。

 

「このマップにどう対処するのか、って部分でも。勝山君に注目したいですね」

「おお。この前茶野隊を散弾銃で粉々にしていた奴か」

「あの試合凄かったね! 散弾銃だよ散弾銃! 使い手が中々いないから記録見て、おーってなっちゃったよ!」

「多分、那須さんは勝山君のスタイルを鑑みたら相当な鬼門になると思うんですよね。弧月と散弾銃のスタイルは、近接戦では無類の強さがありますけど。那須さんのように動きながら撃ってくるタイプには、対処法が中々見えない」

「対策もしてくるだろうしね」

「──さあて。そろそろ試合が始まるぞ。転送まであと十秒だ」

 

 

「市街地A、ですか」

 意外と言えば意外。

 されど納得は出来るマップ選択だ。

 

「──勝山先輩を孤立させる為でしょうね」

「よかったです。──これで、考えた作戦が無駄にならずに済む」

 

 さて、と呟く。

 

「作戦の方針に変更なしでいいか?」

 東さんの質問に、僕等は二人して頷きました。

 

「了解だ。──それじゃあ、手はず通り」

「はい」

 

 二戦目。

 相手は強力なエース擁する部隊と、狙撃手主体の部隊。

 上手い事いなしつつ──勝ちを取りに行きましょう。

 

 

 ──各部隊が転送される。

 

 その眼前では。

 

「──成程」

 轟々と横殴りの風が響き。

 降り注ぐ雪が身体を吹き抜ける。

 

「設定を、吹雪にしましたか」

 

 那須隊の意図は。

 これで理解できた。

 

 ──これで、高所からの狙撃も非常に難しくなった。

 

 市街地Aは。

 高所が取れる建造物が少ない。

 逆に言えば、その数少ない高所のマップを取ることが出来れば非常に有利になるのだが。

 

 吹雪により、狙撃の距離が大きく削がれる事となる。何せ、吹き付ける雪のせいで視界が恐ろしく悪い。

 その上で降雪により、移動能力が大きく削がれる。合流も非常にしにくい。

 

「──徹底していますね」

 

 狙撃能力への大きな下方処置。

 そして機動力の低下。

 

 ──勝山を完全に孤立させるつもりだ。

 

「.....」

「隊長.....!」

 

 そして。

 運もまた──那須隊を味方していた。

 

「大きく離されてますね....」

 

 勝山と、樫尾。

 転送位置はほぼほぼ東西を挟み、真逆の位置であった。

 東の位置は樫尾寄りの南方区域で、勝山から微妙に遠い。

 

「樫尾君。こうなっては仕方がありません。次善策で行きましょう。僕の役割を、樫尾君にお渡しします」

「隊長はどうしますか?」

「開幕バッグワームをしていて良かったです。暫く雲隠れをしつつ──那須さんの位置を確認します。その後は──」

 勝山は、一つ白い息を吐く。

「出来るだけ点を取ります。僕はもう生きていないものとお考え下さい」

 何とも寂し気なセリフを吐きながらも。

 勝山は実ににこやかだった。

 

「それに──この条件は、むしろ東さんだからこそ活きるとも言えます。では樫尾君。頼みました」

「──はい!」

 

 さて。

 ここでの役割は実に単純だ。

 隠れて、隠れきれなくなったら。

 点を取って死のう。

 

「まあ、こういうのが解りやすくていいですね。──死ぬまでどれだけ点を取れるかデスマッチです」

 

 ふふ、と笑み。

 勝山は走り出した。

 

 

 こんにちは。

 荒船隊狙撃手半崎です。

 まず一言。

 嫌がらせでしょうか? 

 

 雪で中々思うように移動できなくてダルいです。

 その上視界が悪すぎて索敵すらまともにできません。

 この状態に陥ったら高所のマンションを取ったとしても、下の様子なんて解るはずもありません。

 でも背の低い建物の陰に隠れても近いうち那須さんにやられると思います。

 完全に狙撃手を殺しに来ています。

 まあ多少条件が悪くとも索敵さえ出来れば当てる自信はありますが。

 はい。

 無理ですね。

 

 この場合の索敵というのは、即興での攻撃手段を持つ攻撃手や銃手、射手が足を動かし行うものです。

 狙撃手がやったらどうなるのか? 

 近付かれた段階で死にます。寄られちゃ終いです狙撃手は。

 

「あ」

 ふらり、と。

 白い影が見えました。

 

 白い吹雪に紛れて、ぼやけたトリオンの光が見えます。

 

「ダルっ」

 

 即座に。

 逃げ出す。

 シールド全開! 

 逃げろ逃げろ! 

 

 雪で揺らめく景色の中。

 悠々とその女性は──半崎を捉えていた。

 

 

「──これは、中々ハードな設定ですね」

 そう。

 嵐山は呟いた。

 

「吹雪、か。──うーん、これは本当に戦いにくいだろうなぁ。視界が悪くて足も満足に動かせない。外にいればばったり敵と鉢合わせちゃう可能性があるわけで」

「この場合、攻撃手なんかはある程度敵の位置が判明するまで建物に引っ込んで隠れるのも選択肢の一つとなりますね。射程持ちに発見された時に対応策が見つからない」

「うん。そう。──攻撃手は隠れるでしょ。攻撃手がいなくなったら、残る駒は──」

 

 勝山隊は、攻撃手二人と狙撃手一人の構成。

 荒船隊は、攻撃手一人と狙撃手二人の構成。

 

「──成程なぁ。狙撃手しかいなくなるわけだ」

「そう! あとは那須さんが住宅の天井を走り回るだけで、狙撃手は居場所がなくなってくるんだ」

 

 高所を取れば、高さの距離の分、狙撃がしにくくなる。

 ならば背の低い建物の上を取っても、機動力で攻め立てる那須が襲い掛かってくる。

 この状況下。

 高所から那須を止める狙撃手もいない。彼女に追い縋れる攻撃手もいない。

 

「本当に思い切った作戦ですね。──那須隊としても、日浦さんという駒が大きく弱体化される作戦でもあるのに」

「ただ。この組み合わせの中の那須さんは確かに、とっても強い」

 

 狙撃の心配もなく。

 攻撃手の追っ手の心配もなく。

 

 只今、那須玲は──狙撃手にとっての、白い悪魔と化していた。

 

 

「──半崎。西南部の地点で交戦を確認。那須だ」

「了解です。──東さん」

 東の報告を受け。

 樫尾が東に尋ねる。

「どうした?」

「この環境下で、狙撃の精度はどれだけ落ちますか」

「移動標的に当てるのは厳しい。足さえ止めてもらえれば、当てる事は出来る」

「──解りました」

 

 とはいえ。

 有利不利の相対性で言えば、勝山隊はそこまで悪くはない。

 

 ここまで狙撃手に制限がかけられる中であるならば。

 必然的に──その制限の中で最も大きな効用を得られる狙撃手が、相対的に最も価値のある人員という事になる。

 

 東春秋は。

 この条件下でも十分に機能できる駒だ。

 

「──東さんは、援護目的の弾は終盤まで撃たなくて大丈夫です」

「いいのか。那須が全域を走り回っているが」

「はい。──この環境下なら、最悪でも東さんは生き残れます」

 

 ここまで極端に視界も足も悪くなるマップ設定ならば。

 隠形の達人である東は、派手に動かさなければ最後まで生き残れる。

 

「今回は。俺も隊長も落ちる前提で動きます。最後に東さんが残って生存点の確保を防ぎつつ、総得点で勝ちを狙います」

「成程な。ならばタイムアップ狙いも十分にあり得る訳だ」

「はい。──その為にも、那須さんは一刻も早く落ちてもらわなければいけない」

 

 今の状況において。

 那須は凄まじい強敵だ。

 

 放置しておけば、どんどんと点を取られていく。

 

「──俺が、何とか那須さんの足を止めます。その時が来れば、お願いします」

 

 樫尾はそう言うと。

 那須がいる方向を思い切り睨んだ。

 

 荒船隊狙撃手、半崎が緊急脱出していた。

 

 

「──取り敢えず、那須さんとの距離は開けているみたいですね」

 

 勝山は、一つ安堵の溜息をついた。

 一先ず──那須との交戦は暫くなさそうだ。

 

「とはいえ、あんまりぼやっとしてられないですね」

 距離が開いているとはいえ。

 位置が判明すれば、すぐにでも彼女は飛んでくるだろう。

 樫尾君と東さんとの連携で仕留められなかったら、もう打つ手がない。

 それまでに、一ポイントでも多く取っていかなければならない。

 

「では。那須さんの居所も掴めましたし──敵を探しに向かいましょうか」

 

 この状況。

 おちおち隠れている訳にもいかない。

 探し出して、落として、ポイントを稼いでいかなければジリ貧になる。制限がかけられているからこそ、ここは大胆にいかなければならない。

 

「──ここら辺で」

 住宅街の交差点。

 敢えて、踏み入る。

 

「──やっぱり」

 

 勝山は。

 自身の左手側から襲い来る弾丸を、弧月を解除しシールドで防ぐ。

 

「ここに来れば狙撃が来ると思っていました。さて──」

 

 バッグワームを解除し。

 三上から送られる弾道解析図を見ながら、駆け出す。

 

「ポイントを頂きに行きましょう」

 

 

「──すまない、荒船」

「いや、いい。俺が足止めするから、後は援護を頼む」

 

 荒船隊穂刈の狙撃は、完全に読まれていた。

 シールドで弾かれ、その方向へ勝山が動き出している。

 この吹雪の中でも、しっかりと相手の狙撃技術を鑑みて──撃ってくるタイミングを計っていたのだろう。

 

 荒船の眼前に。

 鞘を手に持ち、駆けてくる淡い影がある。

 それは雪の中揺らめいていて。

 

 辻斬りめいた恐怖感が、走る。

 

「──来いよ後輩。ぶった切ってやるからよ」

 

 荒船もまた弧月を抜き。

 その影と対峙する。

 

 揺らめくそれが、構えを取る。

 鞘を前に突き出し。

 柄を逆手に取るその構え。

 

 それは──かつて見た、古い映画の剣豪に、構えがそっくりであった。

 

「──記録で見たが、やっぱりそそられる構えじゃねぇか」

 

 荒船の心の中にあるロマンに。

 一つ火を灯した。

 

 雪の中。

 居合の使い手と対峙する。

 

 何だか。

 古めかしい映画の中のようだ。

 

「いくぞ」

 両者ともに。

 踏み出した。


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