界境の市   作:丸米

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覚悟決めたら

「.....」

 本日。

 樫尾は勝山との連携の訓練を行い、東からの戦術指導を受け、その後に個人戦ブースに入っていった。

 その相手は。

 

「──いい動きだ」

 麗らかな笑みと共に。

 樫尾を両断していた。

 

 ──王子一彰。

 B級弓場隊所属の攻撃手。

 

 彼は。

 狭い路地の中──樫尾の放ったハウンドを掻い潜りながら肉薄し、樫尾を斬り裂いていた。

 弧月での旋空で樫尾の足を動かし、もう片手に握ったスコーピオンで仕留める。

 

 戦っていて、理解する。

 この人は読んでいる。

 樫尾の一つ一つの動きからその狙いを看破し、その上で駆け引きを行っている。

 

 十本勝負の中。狙いに乗っかるふりをして裏をかかれて負ける事が非常に多く、立ち回りの時点で大きく敗北していた。

 

「お疲れ様。──中々の強さだね」

 そう言う王子は、十本勝負の中8本を樫尾から奪い、勝利していた。

 王子は。

 少なくともこの戦いの中での印象ではあるが。木虎や勝山といった、特定の戦闘技術が突出している訳ではないように思う。

 しかし強い。

 立ち回りの時点でこちらの有利を取ったうえで、詰め将棋のようにこちらの戦闘手段を着実に奪っていく。こちらの思考と行動を読んだ上で、最善を選んでいく強さがそこにあった。

 

「....あの」

「うん?」

 

 負けたうえで、その上で食い下がる。

 何とも格好のつかない、情けない姿だ。

 甘えるなと斬り捨てられてしまえば何も言い返せない。

 こちらから与えるものがないのに、それでもこちらの成長に繋がる何かを求める行為なのだから。

 

 ──でも。

 ──ぐしゃぐしゃに壊されたプライドなんて、もう投げ捨てた。

 

「....お願いします。どうして僕は負けたのか、教えてください....」

 そう。

 樫尾は腰を曲げ、王子に懇願した。

 

 ──勝山隊長。東さん。そして三上先輩。

 ──この人たちがいて上位まで行けない訳がない。

 

 あの試合。

 囮としての役割だけでも果たせていたならば。

 東の狙撃地点まで那須をおびき寄せることができたのならば。

 それだけで一気にポイントを取れた可能性があった。

 

 仮にあの役割を勝山が行っていれば、きっと達成できただろう。

 ──今この部隊で何も出来ていないのは自分だ。

 ──そんな自分がいま持てるプライドなど、枷にしかならない。

 

「.....ふむ」

 王子一彰はその樫尾の姿を見て。表情を変えた。

 

「どうして君が負けたのか──という問いは、自分で解決しなきゃいけないものだよ。何せ僕にはそこまで君のことを理解していないからね」

「......はい」

「でも。どうして僕が君に勝てたのか、という問いには答えることができる」

 

 王子はそう言うと。

 樫尾に十本勝負の内容を詳細に語らせた。

 どういう思考で王子と向き合い。どういう戦術をもって立ち向かったのか。

 

 語らせたうえで、王子は話す。

 

「話を聞いている感じだと。基本的に君は僕を”攻撃手トリガーと射手トリガーを同時に装着している相手”として見ていて、それを基に戦術を組み立てていた印象があるね」

「.....はい」

「そして、それは僕も戦闘の中で思っていたことなんだよね。ちゃんと、万能手相手の戦術が確立させているな、って」

「....」

 

 対万能手相手の戦術を持ち込み、王子と相対していた。

 それは、確かな事実だ。

 

「でもね。万能手と一言でいっても色々なタイプがある。機動力を生かして多角的に射撃と近接で戦うタイプもいれば、じっくりと射撃で牽制しつつ有利な形で斬りかかれるタイミングを狙うタイプもいれば、完全に相手の得意な距離感に応じて使い分けるタイプもいる。色々なタイプがいる中で、そのタイプの中でも一人一人持っている武器が違う。身体能力が高めの隊員もいるし、カメレオンを使った隠蔽術を持っている人もいる。──結局のところ、その時々に応じて別な戦術を瞬時に切り替える柔軟性が求められるんだよ」

「....」

「僕は勝山隊の戦いは記録でチェックしていた。その中で分析した君の戦い方を頭に入れた上で戦ったんだ。ハウンドで相手を有利なポイントに追い込んで、近接で仕留めにかかるタイプだ、って。でも三本目辺りかな。僕が一本取られた試合で、予想以上にグラスホッパーの使い方が上手いな、って感じたから。あんまり開けた場所で戦うのはいけないと考えて、路地での戦いに誘導する戦術に切り替えた。だから対応できた。──これが僕が君に勝てた理由かな」

 事前に仕入れた情報。

 そして変化する状況。

 状況の変化に合わせて──如何に戦術を切り替えるか。

 切り替えを、素早く、正確に行う。

 それが出来ていたのが王子で。

 出来なかったのが、自分。

 

 そういう格差が両者の間にあった。

 

「仮にだけど。この前のランク戦なら......僕に指揮権があるなら、かつやんと東さんを合流させただろうね」

「.....!」

「あの吹雪という特性は、当然仕掛けた那須隊に軍配がある気候状況だったけど。同時に東さんの能力を存分に活かせる場面でもあった。あの人の隠形能力だったら、どれだけ動かしても決して居場所は割れない。そういう特性を持った駒だ」

 

 王子は。

 まだまだ勝山隊は東春秋という駒を過小評価しており、

 敵の戦力を過大評価している、と指摘した。

 

「那須隊はあの環境下であっても、かつやんと東さんが組めば勝てない相手ではなかった。そしてかつやんの初期位置も、離れてはいたけど合流が絶望的なほどの距離ではなかったはず。かつやんが隠れながら移動すれば十分に東さんとの合流は可能だった。──それでも、勝山隊はあの場面。最大戦力である勝山を2ポイントの為に犠牲にし、そして最後に隠れ合いの状況にして生存点も稼げなかった。正直、勿体ない気もするんだ」

 

 ──戦術レベルの把握。

 以前もそうだ。

 相手のことも、自分のことも、過小評価も過大評価もしない。

 

 自分は。

 自身の事すらも、──過小評価していたのか。

 

「見る限り、かつやんは冷静に見えてとんでもない武闘派だね。多分生存点で2点稼ぐ、という思考よりも、敵を狩り出して2点稼ぐ方に舵を切るタイプで、その上そっちの思考だととんでもなく頭が回る。それはとてもいい面ではあるんだけど、同時に手綱を握ってやらないと生存率がとっても低い攻撃手になると思う」

「.....そう、ですね」

 

 記録を見直したときに、印象に残ったのが──隊長である勝山の戦い方だ。

 2対1の状況下において──あの場から逃れよう、という意識は一切感じられなかった。むしろ、あの状況からどうやって──二人を斬り伏せようかを必死に思考していたように感じた。

 あの時。

 勝山は笑っていた。

 それが──すべての答えだと思う。

 

「王子先輩......懇切丁寧に、ありがとうございました」

「いや、いいんだよ。──君たちが上に来るのを、楽しみにしているよ」

 

 そう言って。

 王子は立ち去って行った。

 

「.....」

 

 ──柔軟性。

 ──戦術レベルの把握。

 

 自分が持っていると思うばかりで、持っていないものばかりが浮かんでいく。

 樫尾はグッと、拳を握りしめていた。

 

 

「次の対戦相手が決まった」

 柿崎隊作戦室の中。

 隊長である柿崎国治は──対戦相手の名前を告げる。

 

「諏訪隊と、勝山隊だ」

 

「勝山隊....」

 その名を。

 照屋文香は何故か反芻していた。

 

「ああ。──勝山も、ついに自分の隊を持ったんだなぁ」

「1シーズン限定みたいですけどね」

「勿体ないよなぁ。東さんも樫尾も、いい隊員なのに....」

 

 本当に。

 勿体ない、と照屋は思う。

 

 東というトップの狙撃手がいて、そして伸びしろが十分な樫尾。

 あれだけのメンバーが一年きりで解散するとは、本当に勿体ない。

 

「勝山に関しては何度か合同任務をしているから解るが.....絶対に1対1で相手にしちゃいけない」

「.....ですね」

「という事は、いつものように基本は合流を最優先する」

 

 隊長である柿崎を見ながら。

 照屋は思う。

 

 ──今。自分は同期で入った勝山と比べてどうだろうか。

 当初は、新人王候補だのなんだの騒がれて。

 その時に比較台に上げられた奈良坂は三輪隊で頭角を現している。

 そして──自分よりも長くC級時代を過ごした勝山は、今やマスターランクの攻撃手。

 

 今自分は。

 あの時よりどれだけ伸びたのだろうか。

 

 間違いなく言えるのは。

 ──その成長は、勝山のそれとは比較にならないという事。

 

「.....」

 

 自分は。

()()()()()()()──口だけの人間になりたくない。

 

 なぜ自分はここにいるのか。

 その理由は、自分の視線の先で虎太郎とじゃれあっている純朴そうな青年にある。

 

 いつか勝山に言われたことがある。

 支える、という言葉は他者主体の言葉で。

 甲斐、という言葉は自己主体の言葉なのだと。

 

 支えてあげたい真心と。

 その行為に充足を得たい自己満足の心と。

 それが、今──照屋文香の中に同居している。

 

 だからこそ、思う。

 今の自分は。

 今の立ち位置に──何となしに満足しているのではないのか。

 甲斐を、感じているのではないか。

 あの人の役に立っている自分に。

 

 ──あの人がどれだけこの隊を大切にしているのか。それは本当に理解している。

 大切にしているから。

 責任を感じていることも。

 隊員たちを駒として扱う非情さを持てない事も。

 その感情が嬉しくて。

 ──いつしか、それだけで満足している自分がいるのではないか。

 

 今ここで。

 漫然といることが正解なのだろうか。

 

 B級中位の間を上がったり下がったり。

 調子が悪くなると下位に下がることもある。

 残念ながら──そこから大きな浮上も沈下もなく、漂っている現実がある。

 

「....」

 

 勝山は。

 当初から頭角を現し、結果を残した照屋を眩しいと言っていた。

 

 でも。

 思うのだ。

 自分がいま欲している力は。

 最初から持ち合わせているものじゃなくて。

 

 ──変わっていける力。

 ──変えていける覚悟。

 

 そういうものじゃないかって。

 

 あの時。

 ボーダー隊員としての異様なまでな覚悟を示した嵐山ではなく。

 純朴な感情のまま、頑張りたいと答えた柿崎に意識が持っていかれた訳は。

 

 支え甲斐がありそうだったからだ。

 あのありのままの姿が目に焼き付いていたからだ。

 そこに易々と言語化できる理由はない。

 支えたい。

 支える人間は自分でありたい。

 他者主体の感情にエゴが乗っかったそれが、心の内側からこんこんと流れだしたからだ。

 

 支えるとは? 

 何だろう? 

 

 その答えは簡単には見つからない。

 でも今のままでいることではないと、何となしに理解している。

 

 そんな自分にとって。

 勝山は──強固な自己を持ちながらも、それでも変化することを恐れない人間であった。

 

 一度たりとも。

 彼はメインの弧月を手放そうと考えたことは無かった。

 確かな戦闘センスを持ちながらも、C級の環境とは適合しない戦い方をしていた勝山。

 それでも彼は。

 その戦い方の根幹を一切変えることは無く、されど経験の積み重ねと工夫を凝らし続けた結果として──今の姿がある。

 

 普段の温厚極まりない態度で見え辛いが、勝山は自分のスタイルに関しては恐ろしく頑固だ。彼は自己のスタイルを適応化する事に躊躇いはないが、同時に自分のスタイルを決して捨てることはしなかった。

 だからこその、彼の戦い方がそこにあり。

 強さがあるのだと思う。

 

 ......今求められる強さは。

 自分の心を変えることなく。

 それでも──何かを変える為の強さだ。

 

「──ランク戦で同期と当たるのって、何か緊張もするけど。楽しみでもあるよな。なぁ、文香?」

 

 柿崎から言葉をかけられる。

 そうだ。

 次のランク戦で──否応にも、勝山とぶつかるのだ。

 

「そうですね」

 

 緊張。

 楽しみ。

 どっちだろう。

 確かにどっちもあるかもしれない。

 

 今の自分を勝山はどう判断するのだろう。

 今の自分は勝山をどう判断するのだろう。

 

 緊張もわくわくも、同居している。

 

「──願わくば。勝山君と当たれればいいなと、思います」

 

 照屋文香は。

 ──無性に戦いたくて仕方がなくなっていた。

 

 何かが得られる。

 そんな予感が、確かにしているから。

 

 

「では、よろしくお願いします」

「あいよー。──それじゃあ、前置きなしでさっさとやろうか」

「よろしく」

 

 僕の眼前には。

 二人の人がいました。

 

 犬飼澄晴先輩と辻新之助君。

 共に、A級二宮隊において名サポーターとして名を馳せる二人です。

 

「──勝山君と、俺と辻ちゃんの1対2。結構厳しいものがあるんじゃないの?」

「かなり厳しいですね。──ですが厳しいのが訓練だとも思いますので」

 

 まだまだ。

 まだまだある。

 自覚している欠点も。いまだ認識できていない気づきも。

 

 次の相手は、柿崎隊。

 万能手二人を揃えた、安定感のある部隊です。

 合流してからの連携が肝となる部隊であり、対策を打たなければならない相手でしょう。

 

 ──この前の試合で解った。

 ──僕は負けたくない。

 

 自分の失策を理解して、日が経って。

 ようやく認識できた。

 負けたくない。

 

 だから。

 打てる手は打つ。

 

「それでは、よろしくお願いします」

 勝山は訓練ブースの中。

 犬飼と辻を前に──刀を構えた。


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