ボーダーに入隊した後の数か月。
どうにもならない日々が続いていた。
ああ。
ここは──全ての常識が通用しない所なんだ、と。
そう思い知らされた。
与えられる身体能力は一定。
差をつけるのならば──この体を活かすための才覚と、純粋な技術のみ。
勝山は。
入隊直後の個人戦で年下の女性C級隊員にボコボコにされていた。
照屋文香と、香取葉子だ。
彼女たちの動きには、確かな才覚があった。
年下の女性にフルセットで叩きのめされる経験というのは、これまでの人生で中々なかった経験であった。
ああ。
これが──ボーダーという組織なのだな、と勝山は思った。
年下だろうが年上だろうが関係ない世界。
なぜなら与えられているものは平等だから。
平等故に、──戦いに出せるものだけが、秤となる。
障害物を蹴り上げ立体的な動きをするその動きも。
その動きの中でしっかりと照準を合わせる技術も。
自分には持ち合わせていないものであった。
与えられたスペックを活かすための発想力であったり、その動きに自らに合わせるセンスであったり。
そういうものは自分に持ち合わせてはいない。
──でも。
──理解している。
無い物ねだりしてどうにかしようとすることがそもそもおこがましい。
あるものを使うのだ。
彼等の動きを追いかけて、それに倣う。
出来ない。
それをやってどうする。
誰かの動きを羨んだところで──誰か以上にその動きが出来るようになるというのか。
違う。
それは違う。
持っていないものを中心に考えるな。
今自分にできることを、他者が持ち得ていない自分の強みを探し、磨かなければならない。
──時間がかかってもいい。
──自分の強みを探せ。そして、その強みを磨け。その先にしか道はない。
そして。
超えたい。
何を以て超えたといえるのか──はっきりとした答えは、そこにはないけれど。
それでも、超えたい。
自分の全霊を以て。
自分が磨いてきた技術と。そんな自分に集まってきてくれた隊員と。
彼女が信じた隊長と。それを支え続けたいと願う彼女の想いごと。
その全てを、ぶつけ合って。
どちらがこの場で生き残れるか。
試してみたいじゃないか。
──そうだ。こうして今まで生きてきた。
積み上げたものをぶつけて叩きつける。
そうして自分が壊れるか相手が壊れるか──その結末を見んと。
ならばこそ。
超えて見せよう。
鼻を伸ばしたことは無い。伸び始める前に散々に叩き壊されてきた。
敗北の味だって幾らだって味わってきた。ボーダーに入る前も。入った後も。
でも。
辛酸を舐め尽くした後の、美酒の味だって知っている。
味わうのは自分であると、そう信じられるだけのものを。ここに──。
※
柿崎隊との交戦地区から東に百メートルほど走った先に。
巴虎太郎がいた。
──左腕を斬ってくれていましたか。
よし、と心中呟く。
ならば相手がとるべき手段としては、武器とシールドの組み合わせでしょう。巴は隻腕でも扱える射手トリガーを持っていない。
幻踊をセット。
ついでに散弾銃もセット。
散弾銃を向けると同時。
巴もまた拳銃を向ける。
正面から来る弾丸と、側面から来る弾丸。
斜め前に体を押しやり、弾丸の軌道から身をそらし──向けた散弾銃を撃ち放つ。
銃口が身体に押し付けられる程の至近距離で放たれたそれは、張ったシールドすらも粉々に砕きながら巴の体を貫く。
散弾銃の反発を用いて後ろに下がりながら──勝山は横薙ぎの斬撃を首元に走らせる。
「.....く!」
「おぉ...」
仕留めた、と思った。
しかし──首の代わりに頭頂部の毛髪が僅かばかり散るだけ。
──何という反応。
巴は屈めた身体を両足で右手側に跳ね上げる。横側に身体を倒しながら、拳銃を変わらず勝山に向ける。
斬撃と入れ替わるように散弾銃を巴に向けたのは、巴が引金に指をかけた時。
一寸、遅れる。
勝山の右足がハウンドで削られると同時。
巴虎太郎の身体も──また散弾に全身を貫かれる。
「....あちゃあ」
勝山は一つ顔をしかめる。
「──東さん。巴君は仕留めました。ただ、足が削られましたね。合流ポイントに行くまでに、確実に残り二人に追いつかれます」
「了解だ。──俺が援護するから、これから指定した場所に向かえ」
「....了解です。三上さん、誘導お願いします」
足が削られた以上。
追ってくる柿崎と照屋を振り払う事は出来ない。
ならば──東自身を動かして振り払っていくしかない。
削られ、満足に動かない足を引き摺るように。勝山はその場を後にした。
※
東に指定された場所は、狭い路地が連続する裏通りであった。
周囲の建築物の大きさはまちまちで、錆びた飲食店の看板が立てかけられた飲み屋通りのような場所であった。
ここでは東の射線が通る場所が少ない代わりに、開けた場所が少なく柿崎・照屋が得意とする連携での中距離での弾幕制圧が行いにくい。それと、路地のあちらこちらに狙撃が通るポイントがある。
勝山は散弾と斬撃が活きる狭い路地が連続する場所を選択し、東の援護を受けながら柿崎・照屋を誘い込む。
──ここで、迎え撃つ。
思えば。
C級時代に照屋に敗北をしてから──未だ彼女とは戦えていない気がする。
そう言えば、香取ともだ。
一つ、微笑む。
奇しくも──ランク戦は、自分にとってもリベンジの場所であった。
「──こんにちは、先輩」
そして。
正面には──照屋が現れる。
「こんにちは。柿崎先輩はどうしました?」
「ご心配なく。──いずれ解ると思いますので」
「了承しました。──それでは仕合いましょう」
全身が沸き立つ。
眼前の照屋文香は。
あの時のままではない。
自分を叩きのめしたあの時よりも。更に強くなって、ここにいる。
勝山が弧月を構えると。
照屋は拳銃を構えた。
──左手側の建造物から柿崎の突撃銃が勝山に襲い掛かると同時、互いが動き出した。
※
柿崎の弾幕が建物から放たれた瞬間、勝山は即座にその場から離れる。
これも想定していた事態だ。
柿崎・照屋の二人が連携をするには、周囲に散る建物の中からどちらかが援護する形になるであろう、と。
だから、別の路地に行く。
それだけで柿崎は、別の建物に移動するしかない。
移動は、建物を降りて、別の建物へ行くほかない。
屋上から向かおうものならば──東の狙撃が通ってしまう。
柿崎が別の建物に向かう間。
この空白の時間だけが──勝山が照屋に全力で照準を向けられる時間だ。
拳銃が放たれる。
心なしか重い弾音に感じる。
実際に、その威力も速度も、とにかく重く、速い。
バン、バン、と放たれる弾丸の一つに、シールドを張る。
やはり。片面のシールドは砕かれる。
──厄介ですね。
旋空をセットし、放つ。
その斬撃範囲から逃れ、弾丸を繰り出す。
そうだ。
弓場拓磨が操るあの拳銃が、あまたの攻撃手を屠ってきたのは──高威力でありながら、旋空の射程範囲よりも僅かながら上の射程を保てるという特質があるからだ。
旋空をするために踏み込み、放ったところで。
その射程外に逃げられ、一方的に撃ち放たれる。
銃弾を掻い潜り、間合いを詰めるか?
無理だ。
足が削れている。
ならば。
ここは弧月による攻撃は諦める。
散弾銃を生成。そして弧月をシールドに切り替える。
シールドを幾らかに分散して敷きながら、前に向かいつつ散弾銃を撃つ。
そうなると照屋は。
拳銃と同時に弧月を取り出し、旋空を放つ。
シールドを破砕する必殺の一撃が勝山の目前に迫り、前進する足を止められる。戒めの如き一撃。
照屋の攻撃には、勝山が持っている攻撃に対する解答がすべて存在している。
こちらの旋空には拳銃。
シールドを張って無理に前進すれば旋空。
それを嫌って後退を選べば、突撃銃がやってくるのだろう。
いや。
ここまで見事な対策を立てられるとは。
照屋は、途中で膝を曲げ、シールドを張りつつ低い姿勢でこちらに銃弾を放つ。
その背後には──柿崎の姿。
柿崎のアステロイドの放射と照屋の拳銃弾が勝山の前に踊りだす。
──そうか。前に出ていても、拳銃で撃てる距離感ならば柿崎さんの援護も受けられるのか。
狭い路地であっても。
姿勢を下げて、ある程度勝山との距離もあれば──前と後ろの陣形での連携が可能となる。
──いや。これはまずい。ここでの勝ち筋は見えない。
足さえ削れていなければ、それでも前に出ることは出来たかもしれない。
だが。今は無理だ。
機動力が死んでいる今──巧妙に作られた照屋の手札と柿崎との連携を超えられるわけがない。
ならば。
こうしよう。
勝山は──自らの真横にある建造物を旋空にて叩き斬る。
ガガ、という音と共に。シャッターと建物の正面部分が叩き斬られ、蹴りと共に勝山は建物の中に入る。
さあ。
ここからはスピード勝負だ。
「──東さん。頼みます」
旋空で建物を斬る事が、合図。
「──文香、前に出ろ!」
柿崎がそう照屋にそう指示を飛ばすと同時。
──照屋と柿崎が固まっている個所に、アイビスが叩き込まれる。
建造物の薄い壁面を破砕しながら。
所謂、壁越しでの狙撃であるのだが──東と言えど、即興で決められた狙撃地点でそれを当てるだけの技術はない。
しかし。
タイミングに関しては、まさしく完璧であった。
柿崎が下がり、照屋が一歩前に出る。
その瞬間に勝山は建物から建物への移動を完了し、一瞬分断された柿崎の側面位置の建物まで移動していた。
壁ごとの旋空で柿崎を狙う。
右手を斬られながらも、その奇襲に柿崎は対応するが──。
勝山の左腕には、散弾銃もまた存在している。
「しまった.....!」
横殴りの散弾の雨を叩き込まれ。
柿崎は──緊急脱出。
よし、と心の中で一つ声を上げる。
これで──2対1だ。
勝山は散弾銃を放り捨て──照屋と向き合う。
「さあ。照屋さん。──貴方には時間がありません」
勝山は。
告げる。
「このまま東さんが狙撃地点からこちらに移動してきます。僕はこのまま時間稼ぎを行って、東さんの到着を待ちます。──それまでが僕を倒す為のタイムリミットです」
「いいですね。心理戦ですか。──とはいえ、その策はそれらしいですね」
「でしょう。──こうやって会話をしている事すらも時間稼ぎかもしれません」
こう言っているのだ。
だからこそ。──さっさと、かかってこい、と。
東が到着するまでさほどの時間はない。
今照屋がとるべき行動は。
東が到着するまでの間に勝山を仕留め、東との一騎打ちに持ち込むこと。
「──乗りました」
照屋は。
ふぅ、と一つ息を吐き。
拳銃を構えた。
銃声が響く。
その音と共に勝山は左足を踏み込み膝と腰を曲げ──照屋に斬り上げを行使。
弾丸を避けながら行使されたそれを、照屋は弧月にて受ける。
鍔競り。
この状態に持ち込まれて、どうにか出来るだけの技量を照屋は持っていない。
なので、すぐさま剣先をのけて後ろに下がる。
下がりながら、片手に握る拳銃弾を幾らか撃つ。
弾丸は──勝山の更なる踏み込みと共に回旋する体軸の背後に向かう。外れた。
初撃の斬り上げ。
そこから体軸を転化しての袈裟斬り。
襲い来る二撃目を、照屋は右足に力を籠め、ぐるりと側面へステップする動きで避ける。
下から上。
上から下。
こう刀が動いている様を見せられれば。
自然と刀に視線が向かう。次なる斬撃を予感して、その対処をせんと。
だからこそ。
袈裟へ走らせた斬撃で、下がった肩。
そこから当身を食らわせば──面白いように決まる。
照屋の胸元に、肩からぶち当たる。
衝撃に身を崩す中──ぶつけられた肩から延びる、腕先から──何かが生えるのを、照屋文香は見逃さなかった。
「く....!」
それは。
スコーピオンであった。
身体のどの部位からも刃を発生できる性質を持つその刃が──体当たりする勝山の右腕から照屋へと延びていく。
「──くぅ」
無理矢理に体勢を変えて。
照屋はその刃から逃れる。
当身から崩れた体勢から無理矢理に捩じった足先から左に身体を倒し。
何とか心臓部分から僅かに横の部分へのダメージで済ませる。
しかし。
そこから勝山は左に倒れる照屋に対し、ぐるりと回転しての足払いを行使。
足払いする右足の踵には、当然のごとくスコーピオンの刃が形成されている。
照屋の左足が、回転する足に巻き込まれ──斬り飛ばされる。
「──ここまで、ですね。先輩.......」
体勢を崩され、足さえも斬り飛ばされた照屋文香が最後に見えた光景は──。
視界を埋める、勝山の刃先であった。
頭上から振り下ろされた勝山の斬撃。
それが──照屋の喉元に叩き込まれる。
片膝をつき、逆手にて喉元への斬撃を行使。
照屋はまるで──磔のように喉に刀が突きさされていた。
「私の......負けです....。ああ、本当に──」
強くなったんですね、という言葉と共に。
彼女のトリオン体は崩れ落ち、緊急脱出。
「ランク戦中位、第3ラウンドの勝者は──!」
そして。
アナウンスが響く。
「6-3-0で、勝山隊の勝利!」
そのアナウンスが聞こえた瞬間。
勝山は一つ息を吐いた。
.....照屋文香。そして彼女を擁する、柿崎隊。
まさしく、強敵だった。