界境の市   作:丸米

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今作はちょっとずつ恋愛要素も入れていこうかと。はい。


Self Control

 恋情と親愛。

 その間には確かな差があるのだと思います。

 恋情はどんなものでしょうか。

 僕個人としては未だ体験していない感情ですのでそういう意味での主観的情報として記すことが出来ないのが実に残念ではありますが。

 ただ自分なりの解釈を申しますと、恐らくは「自己主体」の感情であると解釈します。

 もっと踏み込んで言うのならば。

「自己の幸福の為」の感情であると。

 

 誰かを好きになる、という一つの現象から。

 好きになった誰かを自分が手にして独占したい。特別な存在でありたい。

 そういう感情。

 

 では親愛はどうでしょうか。

 親愛は僕でも理解できる感情です。

 要は「他者主体」の感情。要は「他者の幸福の為」の感情です。

 好きな誰かに幸福になってもらいたい。

 この感情に関しては男女関係ありません。僕であれば好きな友達も両親にも幸せであってほしいと願っていますから。

 

 ではでは。

 照屋文香という人にとっての柿崎国治という人に向ける感情とはどのようなものなのでしょうか。

 彼女は言う。

 柿崎先輩は実に「支え甲斐のある人」だと。

 解釈に悩みます。

 支える、という言葉は柿崎先輩に向けられた他者主体の言葉でありながら。

 甲斐、という言葉には自己主体の言葉です。

 

 柿崎先輩のこの先の幸福を願っていることは間違いなくそうなのでしょうけれども。

 そこに自分が関わっていたという意思も確かに感じられる発言だ。

 

 という事を。

 素直に僕は照屋さんに告げました。

 

 未だ僕も照屋さんもC級時代だったときです。

 

 何というロックな人なのでしょう。

 

 何故ボーダーに入ったのか? 

 →柿崎先輩の事を支え甲斐がありそうと思ったから。

 

 僕にとってこれは、照屋文香という人物を知るうえで一番のパンチラインでした。

 

「はじめてです」

「何がですか? 勝山先輩」

「貴方のボーダーに入った理由です。特定個人に向けられた感情で、というのは聞いた事ないですね」

 

 照屋文香という女性は、お嬢様です。

 佇まいや身に纏う雰囲気には隠せない高い品位と教養が感じられますし、その所作一つ一つが実に洗練されているように感じられます。

 ですが。

 その品位だったり教養だったりを一切損なわぬまま、恐ろしいまでのバイタリティが同居している人物でもあるのです。

 恐ろしや。

 

「それとあの記者会見で嵐山先輩ではなく柿崎先輩をピックアップする人物も珍しい」

 かつて。

 柿崎先輩は、かつて嵐山先輩と共に記者会見をしておりました。

 その際──目立っていたのは嵐山先輩で、柿崎先輩は良くも悪くも「普通」な会見だった覚えがあります。

「そうでしょうか?」

「少なくとも私の周囲では照屋さんだけですね」

 

 現在照屋さんが所属している柿崎隊隊長、柿崎国治隊長は。

 とても気さくで、素朴で、何処を切っても隙の無い人格者です。

 その良さと言うのは、一般的な人が持つ優しさを集合させたような人で、付き合ってみてその素晴らしさに気付く類の人です。

 

 恐らく。

 その素晴らしさをきっと一目で、直感で理解できたのだと思います。

 恐ろしや。

 

「それを言うなら勝山先輩だって」

「はい?」

「何で年下の私にまで敬語を使うんですか」

「経験則ですね」

「経験則?」

「僕が元々野球やっていたのをしっていましたか?」

「そうなんですね」

「そうなんです」

「それがどうしたのですか?」

「基本的に、人によって態度を変える人は信用されないんですよ。僕、その時キャプテンをやっていまして」

「キャプテンですか」

「はい。──前任のキャプテンがとにかく部員に嫌われている人でして」

「ふむふむ」

「何でかな、って考えてみたら。結局人によって別な顔で接しているからだなって思ったんですよね。自分よりも立場が下か上か。この二点で思い切り態度を変える。そのくせ自分には甘い」

「ああ。それは嫌われますね」

「なので試してみたんです。自分に出来るだけの丁寧な言葉使いと態度で人と接してみようと。そうしたらビックリするほど上手く行ったんですよ」

「成程」

「結局尊敬できる人には、敬意を示して接すればいいのです。そしてどんな人でも、ちゃんとその人を見てれば尊敬できる部分は幾らでも見つかるんです。はい。これが僕が貴方に敬語を使う理由です」

 

 敬意を払われて気を悪くする人間はいない。少なくとも今までの人生で見たことはない。

 だから僕は誰にでも敬語を使う事を心がけています。

 払えるだけの敬意を払う。そして敬意と言うのはどれだけ払っても無くなることはない。素晴らしき無限の財産。無限にあるものはいつでもどこでも払い続けなければならない。

 

「まあ、でも僕がキャプテンをやれるのはよくてシニアリーグまででしょうね。高校野球のように、円滑な人間関係だけじゃなくて、毅然とした態度まで求められるキャプテンシーに関して僕は皆無でしょうし。だから、僕がどこかの隊に入る事になっても、隊長だけはやらないでしょうね。無理です」

「押しに弱そうですもんね、勝山先輩」

「はい。実に弱い」

「では押しに弱い勝山先輩」

「はい」

「柿崎先輩は押しに強い人に思いますか」

「一度しか会話したことがないので、その時の印象でしかないのですが」

「はい」

「弱いでしょうね。特に女性からの押しは弱い」

「それを聞いて安心しました」

 安心したみたいですよ、柿崎さん。

 よかったですね。

 これから貴方に猛烈な押しが始まります。

 

 そんなこんなで。

 照屋文香という女性と僕は不思議な友人関係を築いていたのでした。

 片やバイタリティ溢れるお嬢様。

 片やうだつの上がらない男。

 本当に不思議な事です。

 

 

「柿崎さんは」

「ん?」

「何か、こう、凄く充実している感じがありますよ」

 

 防衛任務が終わり、柿崎隊の隊室に戻ると同時。

 僕は柿崎先輩に、そう言いました。

 

「そうか?」

「はい。凄くスポーティーなイメージがありますね、柿崎先輩。熊谷さんとこの前バスケやっていたみたいじゃないですか」

 

 ピクリ、と。

 ほんの。

 ほんの少し、照屋さんの表情が変化している感じが。

 

 お。

 おお。

 

 ほほう。ほほお。

 

 もう少しだけ、探りを入れてみましょうか。

 

「熊谷さんとは、よく一緒に遊ぶのですか?」

「ああ。俺はスポーツは好きだからな。そういう意味じゃ、アイツとは趣味が合う」

 

 趣味が合う。

 成程。

 なーるほど。

 

「──そういえば照屋さんも、身体を動かすことは好きだと以前仰ってましたね?」

 

 さあ。

 照屋文香さん。

 私は私が出来る限りのパスを出しました。

 流すか受けるか──どちらだ!? 

 

「はい。トリオン体での訓練もいいですけど、やっぱり生身の身体で思い切り身体を動かすのもとっても気持ちいいですから」

 

 照屋さんが。

 チラリ、流し目で僕を見る。

 心得ました。

 

「おお、照屋さんもスポーツをされているのですね」

「はい」

「柿崎さんは隊で遊びに誘ったりはしないのですか?」

 

 いや、と柿崎は一つ断りを入れて。

 

「いやー。文香も虎太郎も、結構年が離れているからな.....。空いている時間は、同年代の友達と遊びたいだろうし」

 

 そう。

 ここです。

 柿崎さんは隊員を大事にしていますが、同時に多少なりとも遠慮がそこに存在しているのです。

 その本心を、この会話の中で提示させました。

 さあ。

 

「──いえ、そんなことはないですよ。時には、隊で遊びに行きたいです」

「俺もですよ、柿崎さん」

 照屋さんの発言。

 そして、それに続く巴虎太郎の声。

 

 流石です、照屋さん。

 投げ込まれた好機は見逃さない。素晴らしき人です。

 僕は照屋さんに、心の中からのエールを送ったのでした。

 是非とも色々と頑張って頂きたい。

 

 

「あ」

 防衛任務を終えると、僕は個人戦ブースにやってきました。

 他の攻撃手に漏れず、僕もまた個人戦は好物です。太刀川さんや米屋君のように他の全てをなげうつほどに入れ込んではいないというだけで。

 だから、本部にやってくると基本的にはここに常駐し、時間があれば積極的に個人戦の申し込みを行いますし、相手がいなければ近くのラウンジで課題をこなしつつ声をかけられるを待ちます。空き時間を課題に回せる容量があるかどうかで、ボーダー隊員の成績が決まると個人的には思っています。

 

「お久しぶりです、影浦先輩」

「......勝山か」

 

 そこには。

 もさもさとした髪と、獣のように鋭い目つきが特徴的な影浦先輩がおりました。

 僕を見かけると、ニカリと笑みを浮かべてこちらに寄ってきます。

 

「個人戦ですか?」

「誰かおもしれ―奴がいねぇか見に来ただけだ」

「おお。見つかりましたか?」

「あれを見てみろ」

 影浦先輩が指差す方向を見る。

 そこには、

「おお。──速い」

 そこには、一人の少女と、一人の少年が戦っていました。

 二人とも非常に小柄でありながら、その速さたるや。周囲の障害物すら自らの武器とし立体軌道をもってお互いに肉薄せんと競り合いを続けている。

 少女の方は弧月。少年の方はスコーピオンを使用しているようです。

「二人とも最近B級に上がってきたやつみたいでな。──中々動きがいい」

「あの動きが出来るのなんて、ボーダー全体を見渡してもほんの一握りでしょう。──今年の新人、本当に凄まじいですね。ここ最近B級に上がった方々全員、A級でも遜色ない」

「そりゃあ言い過ぎだろう」

「木虎さん。村上先輩。そしてあの二人──最近昇格した方と言えば、緑川君、黒江さん辺りでしょうか」

「さあな」

「して、ここでこうやって見ているという事は。あの二人の個人戦が終わり次第、申し込むつもりですか」

「おう」

「解りました。──影浦先輩。あんまり威圧しないようにお願いしますね」

「ああん?」

「ほらほら。そういう顔つきですよ。影浦先輩優しいんですから、もっとにっこり笑いましょうにっこり。ほら、にこ~って」

「.....チッ」

「はい、舌打ち頂きました。無理そうですね。では代わりに僕が交渉してきますので、背後で睨みをきかせておいてください」

 

 程無くして。

 少年と少女はブースを出てきました。

 影浦先輩を背後に、僕はゆっくりと近づきます。

 

「こんにちは」

「こんにちは!」

 近付き、挨拶をすると。

 少年の方が挨拶を返しました。

 はきはきとした、とてもよく通る声です。

 

「先程の試合凄かったですね。僕の名前は勝山市と申します。そして後ろで腕を組んでいるのが、影浦先輩です」

「影浦先輩って。あの......」

 少年は、少しだけ後ずさる。

 ああ。

 あの事件の噂を聞いているようですね。

 

「影浦隊隊長の、影浦先輩です」

「......何の用ですか?」

 少し警戒するように、少女が呟く。

 仕方がないとはいえ。

 少しだけ、悲しい。

 

 影浦先輩には。

 幾つか流れているうわさがあります。

 感情の振れ幅が大きく、不機嫌になるとC級にトリガーで攻撃する人間だ、だとか。

 ブチキレて上層部の人間に暴力を振るった、だとか。

 そういう類の噂。

 

 影浦先輩は。

 副作用と呼ばれる──トリオンを多く保有する人間に現れる、特殊な感覚を持っています。

 感情受信体質。

 影浦先輩は、そう呼ばれる体質を保有しています。

 自分に向けられた感情。

 それを探知する。

 穏やかな感情なら、緩やかに。

 憎悪や敵意といった激しい感情なら、鋭く。

 そういう風に。

 人の感情を、探知する。

 

 そこから、影浦先輩は様々な問題を起こしてきました。

 悪意には悪意で返す事で。

 その積み重ねの中で、暴力沙汰を起こし、そして隊務規定違反を繰り返してきた。

 それによって、更にうわさが広まり、そしてそれがまた影浦先輩への敵意を増幅させる。負のスパイラルです。

 

 僕は知っています。

 この人は悪意には悪意で返すけれども。

 善意に悪意を返す人では、決してないという事を。

 

 だからこそ。

 噂だけでこの人を判断してほしくはないのです。

 

 だから。

 ここでしっかりと伝えよう。

 

「影浦先輩が、君たち二人と個人戦をしたいみたいなんです。──純粋に、さっきの戦いで二人が凄かったから」

 

 訝し気な視線を向け続ける少女。

 その前に、──少年が立っていました。

 

「いいよ。受けて立つ」

 と。

 そう少年は告げました。

 

「じゃあ──俺と戦って」

 少年は影浦にそう言うと、にやりと笑う。

 

「ああん? 俺は二人同時で戦うつもりだったんだぜ。それ位してやらねぇと、ハンデにもなりやしねぇ」

「俺はそれでも一対一で戦いたい。──たとえボロ負けになっても」

「ケッ。──後悔すんじゃねぇぞ」

 台詞に反して、笑みを浮かべる影浦先輩。

 どうやら──少年から自分に発せられる感情がよっぽど気に入ったのでしょうか。

 

「おい、勝山。お前暇だろう」

「審判ですか?」

「要らねぇよそんなもん。──お前はそっちのチビの相手をしてろ」

 

 ありゃ。

 ありゃりゃあ。。

 いやいや影浦先輩。その言葉のチョイスだと、「余り者同士戦ってろ」と言ってるように聞こえますよ。そんな意図微塵もないんでしょうけど。そう聞こえちゃうんです。

 

「.....」

 あ。

 あーあ。

 やはり先程の影浦先輩の発言に若干イラつきがあるのでしょうか。

 こちらを睨むように、見つめてきます。

 

「あの。嫌でしたら無論大丈夫です。ほ、ほら。一緒に個人戦の観戦でもしましょう。はい」

 この雰囲気の中戦いたくないです。

 それが僕の心からの本音でした。誰か助けてヘルプミー。

 

「──いえ」

 少女は、言う。

「やります」

 

 少女は。

 かなりの意地があるのでしょう。

 

「解りました。──あ、名前聞いてもいいですか?」

「黒江。黒江双葉です」

「では黒江さん。隣のブースまで移動しましょうか」

 

 はい。

 最悪の空気の中で。

 僕と少女──黒江双葉さんと戦う事になりました。

 最近こういう事が多くなっている気がします。以前の太刀川さん然り、今回然り。

 

 まあでも仕方あるまい。

 僕は僕が出来る全力をぶつけるほかありません。頑張ります。


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