個人戦ブースに入る。
相手は、小柄かつ機動力に富んだ攻撃手。
この手の相手の場合。
待っていても相手から近づいてくれる分準備はしやすいのですが。
その分、機動力で詰めてくるので間合いの管理が非常に面倒です。
「一応。もう一度自己紹介させて頂きます。僕の名前は勝山市です。よろしくお願いします」
「.....黒江双葉です」
黒江さんは実にこちらを訝しげに見ております。
この年代の女子に嫌われるというのは、僕にとってあまりにもショックなのです。何とか機嫌を直してもらいたい。
まあ、その分のカバーは後から考えましょう。
鞘を左手に。
柄を逆手で右手に。
体軸は斜めに。
弧月を前に押し出す。
「....」
「これが僕の構えです。侮っている訳ではありません」
ふざけて変な構えを取っているとでも思われたのでしょうか。更に眉を顰める黒江さんに、一応そう声をかけます。
とほほ。ええ。そうでしょうとも。おふざけと思われても致し方ありませんよね。ええ。頓珍漢な構えだって自覚してますよ。ええ!
そして。
個人戦が開始される。
黒江さんが動き出す。
右斜め側に飛び跳ねるようにこちらに近付き、弧月を振るう。
動きは鋭い。
振るわれる弧月も、しっかり急所を捉えている。
とはいえ。
タネが明かされていない一本目。ここでは負けられない。
逆手に抜刀し、それを受ける。
踏み込み、振りかぶり、振るわれたその一太刀。
弧月同士がぶつかり合うその瞬間。勢いがいい分だけ、黒江さん側に返る反動も大きい。
その勢いを逆利用し、グッと手首に力を籠め、一気に黒江さんとの距離を詰める。
「幻踊弧月」
こちらの腕が伸ばされ。
あちらの腕が守りに入り、曲がる。
その瞬間。
体軸をずらし、相手の太刀筋からその身をずらし。
幻踊で刀身を変形させ、鍔競り状態からすり抜け、首を斬り飛ばす。
一本目は、それで終了した。
※
二本目は。
一瞬でケリが付いた。
構えからの抜刀を行使するその直前。
黒江さんが目にも止まらぬ急接近を行使し、こちらの首を刎ね飛ばしたからだ。
間合いが急激に詰められ、何も対応できずに。
「──韋駄天かな?」
見たことはないが、聞いた事はある。
韋駄天。
使用者を急加速するトリガーが開発されたと。
「急加速ですか.....。扱いも難しいでしょうに、よく使います。まあでも、手の内を知ればやりようはあります」
※
三本目。
剣戟が、一つ響いた。
急加速により詰められた間合い。
そこから。
ステップを一つ横方向に行使。
太刀筋から逃れる動き。
それを追う、少女の横薙ぎの太刀筋。
その筋の中に抜刀した弧月を置く。
急加速からの横薙ぎの抜刀は、それほど力が入っていない。
ステップを踏んでいようとも、体勢を崩すほどの力は籠めれない。
地に足がついたとき。
相対距離は、一メートル弱。
抜いた刀身は、背中側に回す。
互いが踏み込めば刃が届く距離だ。
相手が踏み込むと同時。
踏み込んで。
その太刀筋の間に、シールドを挟む。
シールドを割るのに少し太刀筋が鈍ると同時。
重心を下げ、下段から跳ね上げる軌道から──旋空。
両足を叩き斬り。即座に間合いを詰め。
首元に弧月を突き立てる。
※
四本目。
今度は急加速のタイミングを掴めた。
その軌道上に踏み込み、抜刀で仕留める。
※
五本目。
この辺りで。
黒江も冷静になってきた。
同じ弧月使いの人間だが。
この男──勝山市という人間が持つ、はっきりとした強み。
その全ての強みが。
初撃に込められている。
逆手に持った弧月を押し出し、手首と体幹の返しだけで斬撃を構成する。
肘と手首を利用し、距離を稼いで行使される斬撃よりも、明らかに斬撃の出が早い。
こちらの斬撃を誘い、その軌道上にシールドを置き太刀筋を鈍らせた瞬間──カウンターとして初撃を叩き込む、という方法と。
こちらの斬撃に当て、鍔競り状態にして幻踊ですり抜け叩き込むという方法。
この二択がある。
斬撃の間合いに足を踏み入れれば、こちらの斬撃よりもはるかに速い斬撃が叩き込まれる。
だが。
「──くっ」
その斬撃の外側から対応しようとすれば。
旋空が飛んでくる。
ならばと旋空で対応しようとするも。勝山の太刀筋の中に入り込みたくない心理が踏み込みを鈍らせ、その分旋空の距離が稼がれて不利となる。踏み込めば、相手も踏み込んできてあの斬撃の範囲まで足を踏み入られる。
あの初撃を完璧に避けきることが出来れば。
あの逆手持ちでは、連撃での斬り合いには不向きだ。初撃さえ防げれば、畳みかけることが出来る。
だが。
それが出来ない。
発生が早く、タイミングが読めない太刀筋。
機動力はこちらの方が上なのに。
あの斬撃だけ。あれだけが、自身よりも遥かに上回るスピードを保持している。
ただでさえ速いのに、その上で幻踊を使ったすり抜けすら存在する為、防御すら難しい。
踏み込む。
斬撃を行使する。
下段からの初撃で刀身を跳ね返され、返す刃でトリオン供給体を貫かれる。
恐らく、初撃のバリエーションに関して彼はまだまだストックがあるのだろう。
直接叩き込むものから、こちらの斬撃を抑え込んだ上での斬撃もある。
対応が追い付かない。
※
六本目。
黒江は旋空で応対する。
しかしその太刀筋から逃れる動きで黒江に肉薄し抜刀を叩き込む。
七本目。
旋空を匂わせての、韋駄天。
しかし直前に読まれ、斬撃は防がれる。そのまま幻踊でのすり抜けからの斬撃により仕留められる。
八本目
旋空を放ち、斜めからの立体軌道で近づき、空中からの韋駄天の使用を行う。
前進され、斬撃を避けられると同時に背後から弧月を突き立てられる。
九本目──
十本が終わる頃には、韋駄天を利用して取った一本以外全て敗北という結果に終わった。
※
「──ケッ。一本取られてんじゃねぇか」
「そういう影浦先輩こそ」
「しゃーねぇ。予想以上の動きをしていたんだからよ」
「僕もそうですから」
影浦先輩と、少年──緑川君との個人戦は。
同じく、九対一という結果に終わっていました。
影浦先輩から新人で一本取るとは。素晴らしい成果です。
「あー! 悔しい~! ボロ負けじゃん!」
「はん。こっちこそ同じ気分だぜクソ。十本余裕で取るつもりだったってのに」
「勝ち逃げしないでよ、影浦先輩!」
「はん。誰がするかバーカ。もうちっと腕を磨いて出直してくるんだな」
黒江さんは。
苦々しくこちらを見ていました。
「今日はお付き合いいただきありがとうございました」
「......こちら、こそ」
悔しさを滲ませながらも。
それでも彼女もまた一礼する。
それ以上に言葉を紡ぐことはせず。
彼女はすぐにブースから出ていきました。
「.....」
「嫌われたな」
「嫌われたね」
「嫌われましたね.....」
僕は。
自分の対人関係の欲求を自覚しています。
後輩には。
慕われていたい。
慕われていたいのです。
「....」
ふふふ。
死にたい。
「──でも」
緑川君は。
僕と影浦先輩を交互に見ながら。
「俺は戦えてよかったとは思っているよ」
笑って、言葉を続ける。
「影浦先輩、強かったもん」
そして。
ビシ、と影浦先輩を指差して。
「待ってろよ、カゲ先輩! また腕を磨いて出直してくるから! ──あ、そこのナントカ先輩も、今度手合わせしてねー! それじゃあねー!」
疾風の如く、少年は去っていきました。
「リベンジ宣言されましたね、影浦先輩」
「ケッ。──やれるもんならやってみやがれ」
そう嘯き、地面を蹴り上げる仕草を見せながらも。
影浦先輩は、笑っていました。
この表情を見ただけでも──個人戦、やってよかったかなと思うのでした。
※
三門市には多くのリハビリ施設が存在します。
理由はとにかく簡単で、三年前の大侵攻があったからです。
倒壊する家屋に足をやられた人々も多く、中には脊椎にダメージが入っていて起き上がる事すら困難な程の後遺症を負った方もいます。
僕は今、ボーダーと提携する医療機関にデータを出している関係上、その機関系列のリハビリ施設を割安で使うことが出来ます。
正直。
ボーダーという組織にいる時よりも。
ここにいる時の方が、あの時の大侵攻があったというリアルが、如実に感じられます。
そして僕は。
週に二度ほど、ここに来ることがあります。
「ぐ......」
ここには。
非日常を味わい尽くした人々が。辛酸を舐めつくした人々が。
そして。
──家族を失った人々が、多くいます。
息が切れる。
さあ、動かせ。
自分の足を。
骨が変形して、関節が動かしにくくなると。
その周辺にある筋肉もまた機能しなくなる。
なので、こうして適度に動かしつつ、筋肉を動かさないといけない。
負荷をかけつつ。
歩く。
この街に来て。
思った事は幾らでもあるけれど。
一番は──自分に降りかかった悲劇なんて、何処までもちっぽけなものだったと思い知った事でした。
ここにあるリアルは。
何処かにある悪意が振りまいた悲劇の集合体です。
市内に多くあるリハビリ施設も。
再開発と復興の為に今も進められている再開発の現場も。
バリアフリーに作られた公共施設も。
そして警戒区域周辺にある物々しい立ち入り禁止のマークも。
その中央に鎮座するボーダー本部も。
全てが全て。
悲劇によって出来上がったもので。
悲劇で醸成された傷は。
割り切る事さえ出来れば、時間の経過でどうにでもなるものです。
家族の喪失も。夢や将来が潰えてしまう事も。
僕は自分の夢が潰えた時。
とても苦しかったけれども。
それでも、この悲劇は誰のせいでもなくて、誰のせいにも出来ないのだから受け入れてもう一度別の希望を見つけ出すしかないという割り切りを心の中で行って、そして整理できた。
そして時間がたった今。新しい希望を見つけることが出来て、それに向かうことが出来ている。
でも。
この街の人々は。
自分に降りかかった悲劇を引き起こした誰かがまだ何処かに存在しているという現実が目の前に在って。
そしてその原因が未だ散発的にこの街に現れていて。
時間の経過による悲劇の記憶の忘却が許されず。
割り切りを行う切っ掛けも作れず。
苦しみながら、それでも足掻きながら生きている。
「.....」
この悲劇の外側である自分がここにいる理由。
その一つは。
この街にいる人々の事を知って。
そして──ここにいる人々が、いつか。
またこの場所から歩き出せるような希望を提示できれば、と。
そう心から願っている。
だから。
まずは──自分が、決して諦めない姿勢を貫徹しなければならない。
難病が何だ。
大したことなんて何もない
僕の夢を打ち壊した、こいつを。
あらゆるものを利用し尽くして、駆逐する。
※
現在僕は三門市立第一高等学校に通っています。
ボーダーが提携を行っている高校の一つで、その為ボーダー隊員が多く在籍しております。
他にも提携している学校があるようで、そちらは進学校との事です。
僕は別段頭が良くも悪くもなかったので、こちらに通う事となりました。
この学校はボーダーの隊員に対して非常に多くの便宜を図ってもらっている学校であり。
防衛任務や訓練の為に出席が出来なくとも卒業は出来ます。
さて。
一年B組の東側中段辺りの席に座る僕の両端を埋める人物をご紹介しましょう。
左手側。
米屋陽介君。
右手側。
仁礼光さん。
「よっす。勝山。課題やってきたか~?」
「おぉ、勝山! 課題やってきたか」
「.....」
僕は無言のままショルダーバックから課題を取り出すと、そそくさと前列の提出箱に忍ばせました。
彼等は至極当然とばかりにそれを提出箱から引っぺがすと、僕の机を占領し、二人してせっせと内容を写し始めたのでした。
疑問があります。
課題をやっていないまでは、まあ。
それを写すまでも、まあ。
ただ解らないのが──何故わざわざ僕を待ち構え、僕の内容を写すのでしょうか。
理解が出来ないのです。
一言で言えば──他の人のを写してください。
「あの」
「何だよ勝山。今お前の課題を写すのに忙しいんだ。ヒカリ姉さんに何か頼りたかったら、後で言ってくれ」
仁礼さんは勝気そうな表情を更に思い切り歪め、僕を睨みながらそう言います。
えっと。
何故僕が睨まれているのでしょうか。
「そうだぜ。空気読んでくれよ。後でいいだろ、後で」
「もう何度も言っていると思うのですけど。他の方に頼んでください」
「チッチ。解っていないな~勝山は」
ニッと。
猫のような笑みを浮かべ、仁礼さんが呟きます。
「俺達はなんだ、勝山」
「ボーダー隊員ですね」
「そうだ。普通さ。同じ内容の課題を提出したら、”写しただろ! ”って言われるじゃん。特に優等生のノートなんか取っちまったらさ」
「でしょうね」
「でもよ。──俺達はボーダー隊員。ここにいる三人が同じ内容の課題を提出したらよ。”時間がない中、三人で協力して課題を取り組んだんだな”って思われるじゃん」
「間違いなくそうは思われないので安心して別の方のを写してください」
「そう言い訳したら、この前通ったぜ?」
「もう手遅れだと思われているんじゃ.....」
嘆息を一つ。
米屋陽介君。
仁礼光さん。
この方たちは。何というか。
うん、こう。はい。
学生の本分を鑑みれば、実に実に実に残念な方なのでした。