↓
出した私がバカでした。ごめんなさい。叩かないで。死んじゃう。うわあああああん!
忍田さんから、橘高さんに変更しました。許して.....。
ボーダーという組織は、基本的に隊ごとの運用を前提として体制を敷いています。
防衛任務も基本的には隊ごとにシフトを組みますし、隊の中に入っておけばランク戦で集団戦の経験を積むことが出来ます。
給金もA級以外は基本的に出来高制であるという事もありますし、部隊に入る事のメリットは計り知れません。
さて。
僕はどうすればいいのでしょうか。
B級に上がってから。
僕は何というか──対攻撃手かつ1対1の状況下という極めて限定的な状況下において力を発揮できる酷く歪な駒でした。
なので、個人ランク戦の中での勝率は悪くはなく、どうにかこうにかポイントを積み重ねることが出来ているのですが。
恐らく、射手や銃手に囲まれた場合であったり、狙撃手の援護を受けた上で攻撃手と向かい合う場合など。
連携を行いながら戦ってくる相手に対して非常に弱い。
僕は間合いを詰めながら相手を追い詰めていくタイプの攻撃手なので狙撃地点に釣り出される事が多いでしょう。射手・銃手の弾幕が張られている中で距離を詰められるだけの図抜けた機動力があるわけでもありません。
集団戦、という観点から見れば──僕はとことん、欠点が多い駒なのです。
そこを自覚しているが故に。
部隊に所属する事に躊躇いがあるのです。
部隊は基本的に戦闘員数人+オペレーター一人の体制で作られています。
一番多い構成は戦闘員3人とオペレーターの構成。
基本的に上限は4人です。
それ以上の数となると、まず間違いなくオペレーターの支援が間に合いません。4人でも、オペレーターの並列処理能力が図抜けて高くなければミスが目立ってきます。
つまるところ。
部隊の一員になるという事は、その貴重な枠を一つ埋める事と同義なのです。
明らかな戦術的欠陥を抱え、更にそこに対して自覚もしているというのに、部隊の貴重な枠を割くというのは、幾分不誠実な気がしているのです。
「うーん。考えすぎだと思うけどねー」
と。
眼前の女性が軽い感じで言います。
「A級の人たちだって、初めから全てが出来てたわけじゃないし。経験を経てすっごく強くなった人たちも、やっぱり出来ない事もあるし。そこまで重く考える必要はないと思うけどねー」
そう語るのは、就寝時以外の如何なる状況下であろうとも眼鏡は外さないと思われる女性──宇佐美栞さん。
おおらかかつマイペースな様相に反し、A級3位部隊、風間隊のオペレーターとして辣腕を振るう、非常に優秀な方でもあります。
だというのに。こうして時折風間隊の隊室に訪れるたびに色々と親切にしてくれる優しい方でもあります。
この人の善意に絆された部分もあったのでしょうか。時々伊達眼鏡をつけるようになりました。この方は全人類メガネ化計画なる野望を抱いているようでして、その一環としてファッションとしてのメガネも多いに推奨しているというのです。メガネを付けてきた時に泣きながら喜ばれたことは今でも忘れられません。
「はい。僕もそうは思っているんですけど.....。ただ、上に行っている人たちはチームの中で互いに最善の行動が何か、って部分をちゃんと理解して動いていると思うんです」
「だねぇ。そこがここの人たちの凄い所だから」
全員が全員。
その場において何をすれば、一番部隊の利益になるのか。敵の被害となりえるのか。
その部分の──いわゆる戦術レベルの高さが、図抜けている。
敵の行動から盤面の構図を読み取ったり、その中で自分がどういう立ち位置にいるのかを知ったり。
それすらも、今の自分はあまり理解できていない。
自分という駒が、相手にとってどれほどの脅威になるのか。どう活かすのか。
その部分すら酷く曖昧で、部隊戦以前の問題のように感じるのです。
「成程ね~。うーん、とっても真面目さんだなぁ勝山君は」
うーん、と宇佐美さんは首を傾げ、顎に手を置き暫し考えると。
そうだ、とポンと手を合わせます。
「ふっふっふ~。お姉さん、妙案を思いついたぞ~」
「お、妙案ですか。それは嬉しい。是非とも聞かせて頂いてもいいですか?」
「よしよし。──それじゃあ、ちょっとだけお姉さんについてきなさい」
※
その後。
連れて来られた場所は、本部オペレーター室。
ここは基地の全体的な情報処理を行う場所であり、部隊に所属していない新人オペレーターが基礎的技能を学ぶ場でもあります。
「こんにちわ~橘高さん」
「あら宇佐美さん。お久しぶり」
連れて来られた先には。
シュ、とした美人の女性がいました。
豊かな髪を後ろで部分的にまとめ上げた髪型が特徴的な、非常にしっかりした印象の女性です。
「はじめまして。橘高です。本部付きでオペレーターをやっているわ」
「勝山市です。B級でフリーの隊員をやっています」
「それで、宇佐美さん。何か用があるって事でしたけど....」
「あ、そうなんですよ~。今みかみか何処にいますか~?」
「あ、三上さんは.....」
橘高さんが指差すその先。
機材から離れた外周通路に、小柄な女性がいました。
その女性は携帯を手にして、誰かと会話をしているようでした。
「うん。うん。解った。今日はもう材料があるから、買い物はしなくていいのね。はぁい。じゃあ仕事が終わったらまっすぐ帰るから。うん。それじゃあ」
少し楽し気に、そんな会話をして。
彼女はちょっとだけ名残惜しそうに、通話終了のボタンを押します。
「すみません橘高さん。ちょっと電話が入ってしまって」
「ああ、うん。いいのよ三上さん。──それよりも、ほら」
「あ。──宇佐美ちゃん、お久しぶりです」
「久しぶり~、みかみか~。会いたかったよぉ~」
宇佐美さんは三上さん、と呼ばれるその女性を見るや否や、何の躊躇いもなく抱き着きました。
その唐突な行動に一瞬気圧されながらも、──仕方がない人だなぁ、とちょっとだけ笑って、抱き着かれたままにさせていました。小柄な三上さんですと、丁度宇佐美先輩の胸元に来るくらいで抱き着かれていることになり、少し息苦しそうでした。それでも笑みは崩しません。何という母性でしょう。
「おっとそうだった。──今回ちょっとみかみかにお願いしたいことがあって、お話に来たんだ」
「はい。何でしょうか?」
「うん。ちょっとだけでいいから──この勝山君に協力してくれないかな」
そう宇佐美さんが僕に視線を向けると、三上さんがこちらに向き合います。
「はじまして。三上歌歩といいます。──あ、確か同期の」
「あ」
そう言えば。
入隊時に、顔を合わせたことがあるような気がします。
「お互い、顔は知っていましたね。では、改めて。勝山市と申します。B級のフリー隊員をしています」
「そっかぁ。二人は同期かぁ。ふっふっふ」
互いに自己紹介をする中。
ちょいちょい、と宇佐美さんが時計を指差します。
「いい時間だし。今日はお姉さんが二人にご飯を奢るから。ちょっと食堂まで移動しようか」
※
という訳で。
僕と、宇佐美さんと、三上さん。
三人で、食堂に集まりました。
「それでだね。今回なんだけど」
「はい」
「勝山君と、みかみか。二人で隊を組んでみないかね、という提案なのです」
え、と。
僕も、三上さんも、同時に呟きました。
その困惑の声にふっふーと笑いかけながら。宇佐美さんは僕と三上さんを交互に指差します。
「勝山君は。他の隊の負担になりたくはない。でも集団戦の経験が欲しい」
そして、
「みかみかは、今後の事も考え、ランク戦でのオペレーター経験を積みたい」
と。
そう言い終わって。
「1シーズン限定で、二人がチームを組めばいいんじゃないか、という──栞お姉さんからの提案なのです」
と。
そんな事を、言いました。
「えっと....」
まだ状況が追いついていないのか。
僕も三上さんも、少し頭を捻っていました。
「勝山君は後々他の隊に入る事は考えているけど、今集団戦に慣れていない状況下では迷惑になると考えて、控えているんだよね」
「えっと、はい」
「そしてみかみか。──ふっふーん。実の所君はねぇ、君が思っている以上に優秀なんですよ」
「えっと.....そうなんですか」
「そうなのです。現時点でもどのA級オペレーターにも見劣りしない位に優秀なの! しかも可愛くて頼りがいがあってしかも可愛い! あーもー、本当に目に入れても痛くない!」
貴女は三上さんの親か何かですか。
「で、これからバシバシ勧誘を受けると思うけど──流石に初めから三人四人集まった状態でオペレーターやるのは不安だと思うの」
「あ、はい....」
「ここで利害の一致が図れました」
つまり。
集団での立ち回りを経験したい僕と。
そしてこれから部隊のオペレーターとして働くことになるであろう三上さん。
1シーズン限定で部隊を組ませることで、どちらの要望も応えさせよう──という、宇佐美先輩からの提案なのでした。
成程。
最初に聞いたときはあまりにも寝耳に水でしたが──こう聞けば、悪くはないどころか、とんでもなくありがたい提案です。
集団戦環境の中、僕が一人投入されて。その中で自分が生き残り、そして点を取るために立ち回る。
これを1シーズン10試合繰り返す。
とても得難い経験になるでしょう。
それも──宇佐美さん公認で優秀だとお墨付きが入った三上さんのオペレート付きともあれば。これほど恵まれた環境はないでしょう。
「どうかね、勝山君や」
「いえ。こう説明を受けたら僕にとっては非常に魅力的なのですが....」
とはいえ。
三上さんにとっては、あまり旨味がない提案にも思えます。
僕一人がランク戦に乗り込んで、上位まで行けるかと言えば間違いなくノーでしょう。
そんな状況の隊に、宇佐美さんが認める程に優秀な三上さんがわざわざ時間をかける価値があるとは、とても思えません。
「──もし勝山君がいいのなら。私、やりたいです」
が。
三上さんは、予想外にも──首肯したのでした。
「えっと....いいのですか?」
「一人に集中してオペレート出来るので、その分難易度は低いでしょうし....それに、二人でやる分、相手部隊の戦術を叩き込みながらやらないと勝てないでしょうし。戦術を勉強する機会としては、凄くいいと思ったんです」
そう。
三上さんは実にはきはきとした口調でそう言いました。
「1シーズン限定ですし。その意味でも互いに修行の一環として、いい意味で結果に拘らずに出来ると思うので。そういう意味でも、貴重な経験だと思います」
三上さんはそう言うと。
僕を見ました。
「あの....いいでしょうか、勝山君」
「はい。三上さんがよければ」
「決まりだね。──とはいえ、何かしら目的がないと張りがないだろうから。提案者の私から、目標設定!」
宇佐美さんはそう言うと。
ピースサインをしながら、こういいました。
「このチームで、最終的に中位まで残る事。これを目標に、頑張っていこう。おー!」
という訳で。
僕と三上さんで1シーズン限定で部隊を組むこととなりました。
「で。隊長はどっちがやる?」
「三上さんで」
「勝山君で」
そして。
互いにどちらが隊長をするのか、という事で一時間ばかり議論が交わされ──結局僕が隊長をする事となりました。
「この条件で飲んでくれる隊員がいるなら、積極的に入れていくのもアリかもね。1シーズン限定で、それでも隊でやってみたい、っていう人がいれば」
「そうですね。──でもいるかなぁ、そんな人」
「まあまあ。取り敢えず、次のランク戦は二週間後からだから。二人とも頑張っていこう」
それから。
1シーズン限定の部隊──勝山隊が、しれっとランク戦に参加する事となりました。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
わくわくしている自分がいました。