俺は。
怠けない兎だ。
才能があって。
努力をすることも厭わず。
走れば走るほど、先に行ける人間だ。
そう思い続けていた。
努力をして飛び越えられないハードルをこの人生の中で知る事もなく。
自身の才能を使って。
されど驕る事もなく。
才能という武器に努力という硬い鎧をまとい、歩き続けてきた。
自分が歩き続けてきた道の中。
この二つさえあれば、どうにでもなった局面ばかりであった。
が。
今、ここにある現状は。
何だろう?
今。
俺は眼前にいる同い年の女の子にコテンパンにされている。
B級に上がりたての、女の子に。
目の前からすっと消えるままに、側面から弾丸が突き刺さる。
振るう刀身も届かない。
何をしても攻撃が通らない。
勝てない。
負けるしかない。
十本連続で負け続け。
思い知った。
携える才能と、積み上げてきた努力。
そんなものが通用する世界はここで終わりだ、と。
まだまだ。
まだ積み上げなければ届かない。
そして。
どれだけ必死に積み上げても、お前以上のスピードで積み上げていく者がいるのだと。
それが今眼前に広がっている世界で。
それはつまり──現実と呼ばれる代物で。
「......」
個人戦ブースから出て。
樫尾由多嘉は、ブース内の椅子に座り込んでいた。
積み上げて。
どうにかなるものなのだろうか。
解らない。
こんな事は、はじめての事だから。
樫尾由多嘉。
現在──人生はじめての挫折の真っ最中。
※
「人集め、進捗はどうかな?」
「ダメですね」
「そっかぁ」
「そうです」
うん。
どうにもならない。
そもそも条件として「一年で解散」という文言が入っている時点で。
折角入隊しても1シーズン終わればまたチーム探しをしなければならないとなると、中々首を縦には振りづらいだろう。
そもそもが。僕と三上さんがランク戦で経験を積むことが第一の目的だったわけですし。
となると、狙いは当然僕等と利害の一致が図れる人員という事になります。
チームに無所属で。
その上であくまで「ランク戦の経験」を求めている人材。
後者の条件が中々に厳しい。
基本的に皆々が所属できるチームを求めるのは、その分様々な特典が存在するからだ。
ランク戦に参加できる。隊として防衛任務のシフトが組める。
こういった諸々の特典を、たかだか1シーズンで手放すのは普通ならばデメリットしかないでしょう。
そんなデメリットまみれの条件で入隊してくれる人間が、ピンポイントで見つかるわけもなく。
「まあ、焦らずに行こうよ」
「ですね」
最悪。
一人でランク戦をするのもそれはそれで面白そうですし。
現在。
僕と三上さんは本部から与えられた隊室にいます。
お互い特段持ち込むものもなく(そもそも1シーズンで解散する予定の隊ですし)、簡素なソファとデスクセットだけが備えられている実に地味な装いの室内でした。
「それじゃあ、勧誘もかねて、個人ブースに行ってきますね」
「うん。気を付けてね」
さて。
個人戦ブースに来たはいいのですが。
周囲を見渡せど、やはりどこかの部隊に入っている方々ばかりです。
取り敢えず、人の出入りを見る為にも。
僕はブース近くのソファに座る。
そこに。
「.....」
隣に。
何やら今にも死にそうな顔つきの隊員がいました。
その顔つきの死の気配たるや。青みがかった顔色。吊り上がった目つきに噛み締める下唇。いつこれからボーダー本部から飛び降りを敢行してもおかしくはない、何とも切羽詰まった顔つきをしていました。
恐らくは中学生でしょうか。
大人びた顔つきをしていますが、その分余計に顔つきに刻まれているあどけなさが目立っています。
「あの、大丈夫ですか? 何処か具合が悪いのですか?」
「いえ.....大丈夫です。お気遣いなく」
「頭を抱えながら言っても説得力がありませんよ。何か悩みがあるなら聞きますから。ここで話しにくいなら、落ち着ける場所を用意しますから。──ここでこんな風にしていたら、皆に心配されますよ」
その隊員は結局意地を張る気力すらも失ったのか。
そのまま食堂まで連れて行く事になりました。
「まずは自己紹介からしましょうか。僕は勝山市と申します。B級隊員です」
二人分のコーヒーをテーブルに置く。
まずは少し人心地つきましょう。
「.....樫尾由多嘉です」
「樫尾君ですね。──それでどうしたのですか?」
それから。
彼はぽつりぽつりと。
話してくれました。
「そっか。木虎さんか...」
「はい」
木虎藍。
粒ぞろいと言われる今年の新人の中でも、ぶっちぎりのセンスを持つ女性だ。
彼女に、一本も取れずに負けてしまったという。
「木虎さんは天才だから.....っていうのは慰めにはならないですか?」
「それは、解っているんです」
うん。
僕も解っている。
「でも.....何というか、どうしようもない差がそこでついてしまった気がしたんです」
「どうしようもない..... 」
「はい。──俺が努力しても。多分、木虎は同じだけ努力をすると、思うんです。そして──同じだけの努力で、多分俺の何倍も彼女は強くなっていくんだろう、って」
自分が持っている才覚。
そして積み重ねてきた努力。
それら二つとも──上には上がいると知ってしまって。
ああ。そうか。
樫尾君は──はじめての挫折を味わってしまったのか。
「樫尾君」
「はい」
「はっきり言っておくと。ボーダーは君が敗れた木虎さんよりも、更に強い人が多くいる」
「.....」
「僕も。何度挑戦しても勝てない人たちがいる。どれだけ努力しても勝てない人たちが」
「.....はい」
「この先。その差を埋められるかどうか──それは保証できない」
「.....」
どうしようもなく。
この組織に集まり、B級に上がり、そして上で戦い続けている人たちは。
常に自分を磨き続けている。
最善を行い続けている。
こちらがたとえどれだけ最善を積み重ねても──それはもう、ボーダーにとっては前提条件の一つでしかない。
「挫折をして。それを乗り越えるためには。──覚悟する以外の方法は、無いと僕は思っています」
「覚悟....」
「はい。──努力をしても、望む結果が出ない現実と向き合う覚悟です」
「....」
「努力が自分を救ってくれる訳ではなく。それが、この先の結果を保証してくれるものでもなく。──それでも、ずっとその結果を求め続けられる覚悟を、持てるかどうかです」
挫折は。
保証の喪失だ。
自分が積み重ねてきたもの。
そしてこれから積み上げていくもの。
これらの合算物が──望むものに届かないかもしれない、という恐怖と向き合い、打ち克つ。
その覚悟。
それを持たなければ、挫折は乗り越えられない。
「──樫尾君。どうですか?」
「......俺は」
樫尾君は。
絞り出すような声を、喉奥から。
「──やっぱり。勝ちたい。木虎に、勝ちたいです」
「.....そうですか」
「木虎は.....次期のランク戦から、B級嵐山隊に入ります。多分、彼女が入れば──次期が終われば、嵐山隊はA級だと思います。それだけ──木虎が入った嵐山隊は、強い」
「そう、ですか」
「──リベンジできるのは、今しかないんです」
樫尾君はそう言うと。
グッと拳を握り締めていた。
「──よし」
決めた。
「ねえ、樫尾君。──とても面白い話があります。ちょっと来てくれますか?」
僕は出来る限りの笑顔を作り、そして──樫尾君を隊室に連れて行きました。
※
結論から言えば。
樫尾君は即、入隊を決めてくれました。
「よろしくお願いします」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
彼は、嵐山隊in木虎へのリベンジを目標に到達する為に、この隊を利用すると。
そうはっきり目的を告げ。この隊に入る事となりました。
「これで二人隊ですね」
「ええ。──とはいえ、流石に二人だと上位にはまだきついですね」
「うん」
勝山隊(仮)の隊部屋の中。
新規入隊者の樫尾君と共に、今後についての話し合いが執り行われる事となりました。
「勝山先輩は攻撃手のマスターランク。そして僕は.....まだポイントが追いついていないですけど、弧月とハウンドを使っての万能手を目指しています」
「ふんふむ」
「だから──あと一人。理想を言えば、狙撃手が欲しいです」
そう樫尾君が言うと、三上さんが頷く。
「うん。樫尾君が凄く動ける駒だから。狙撃手がいれば、自由度がグッと上がると思う」
「狙撃手.....狙撃手ですか」
誰かいたかな、と。
そう思いつつ。
「あ」
ここで。
ひらめきを感じ取りました。
いました。
暇をしている狙撃手の方が。
それも──飛びっきりの一流の中の一流の方が。
※
「──それで、話というのはなんだ、勝山」
「ちょっとお願いしたいことがありまして....」
勝山隊(仮)の室内
眼前には。
つい先月、第二期の自らの部隊を解散し、フリーとなったばかりの方がいました。
三上さんも。
樫尾君も。
目を大きく見開き、その方を見ていました。
東春秋さん。
ボーダーが誇る怪物狙撃手が、にこやかに僕の目を見ていました──。
仲間集め編。
監督探し編に続く。