東春秋さん。
この方がボーダーに残した功績を上げれば本当にキリがないのですが。
何よりも──今ボーダーに存在する兵科である「狙撃手」のポジション。その理論を作り上げ、自ら実践し、そして組織に取り入れた。
文字通り、比喩ではない「はじまりの狙撃手」
そんな方です。
いざ実戦の舞台に立てば八面六臂の鬼神と化します。
ボーダーでもトップクラスの狙撃技術に加え、卓越した戦略眼に裏打ちされた隠蔽術が生み出す脅威の生存能力。
生き残る事。
相手が嫌がる事を徹底する事。
この二つの能力が抜きんでたこの方は、数多くこなしてきたランク戦の中倒されたことは数えるほどしかありません。
「成程な」
東さんは三上さんが持ってきたお茶を静かに啜りながら、一つ頷いた。
「面白い試みだ。1シーズン限定でチームを組み、ランク戦を行うのか」
「はい」
僕は東さんにこれまでの経緯を説明しました。
1シーズンに限定した即席のチームを作る事で、各々の目的に合わせた課題を解決する。
僕は集団戦の経験を積む事。
三上さんはランク戦のオペレート経験を積む事。
そして、樫尾君は嵐山隊に入隊した木虎にリベンジを果たす事。
それぞれ違った目的を持つ者同士が、利害関係の一致によりチームを組む。
「それで。どうして俺を引き込もうと?」
「むしろフリーなら引き込まない理由がないです」
東さんを要らない、と言えるチームはないでしょう。間違いなく。
この人がいるだけで、チーム力が何段階も上のレベルになる。
「──最初にはっきり言っておくが。基本、俺がランク戦に参加するのは人材育成のためだ」
「はい」
理解しています。
東さんが最初に隊長を務めた部隊はA級1位まで上り詰め、そのまま解散しました。
その後──隊員の二宮さん、加古さん、三輪君は現在それぞれで部隊を組み、隊長となっています。
この変遷を見るだけでも。東さんという人間は、一つの隊に縛り付けられる人間ではない事が如実に理解できます。
あくまで東さんは隊を組み、組んだ隊員の育成の為にいる。
「だから。俺に戦術面や戦略面の貢献に期待するならそれは無理だ。俺は献策しない。この部隊に入るとしても、狙撃手の駒の範疇内でしか動かない。戦略はお前らで考えてもらう」
「はい」
それは最初から想定していた事だ。
東さん程の人間が、たかだかランク戦一つで指揮を執るわけがない。ランク戦の大いなる目的の一つは、隊員一人一人に戦術の重要性を叩き込む事です。この人の指揮の下で動くことに何の意味があるというのか。
その事をちゃんと自覚しているのでしょう。
「むしろ。こちらがどう戦術を捉え、思考すればいいのか。その辺りの方針みたいなものを教えてもらえれば、と」
「.....ふむん」
東さんは、ジッとこちらを見つめる。
「では。そうだな。俺がこの隊にいるべきだと。そう言える理由があれば教えてほしい」
さて。
ここからが交渉のスタートです。
まあ、交渉と言えるほどのものではないかもしれないですけど。
大丈夫大丈夫。
僕は元々野球をやっていたのだから。野球を信じるんです。
「東さん程の人でしたら。東さん自身のメリットとかデメリットとか。そういう観点で部隊に入る入らないを決めている訳ではないと思います」
「.....」
「東さんが入り、その部隊が成長する事でボーダー全体にとってどれほどの価値を創出させられるか。その部分に重きを置いていると、僕は想定しています」
続けてくれ、と東さんはいいます。
頷く。
「第一次、第二次とも。東さんが率いた方々は今やボーダーにとってなくてはならない人材になっています。──そういう意味での価値を僕等が作れるか、と言えば。正直微妙でしょう」
「そう謙遜するな」
「いえいえ。──その上で僕等が東さんに提示できるメリットは。まず第一に僕等の部隊が1シーズン限定、という事です」
「どういうメリットだ?」
「単純に、東さんの拘束期間が非常に短いです。他のどの部隊に入るよりも、間違いなく短期間で東さんは自由になれます」
「成程な」
「先月第二期の部隊を解散して、それから二週間フリーだったことを考えると。東さんもまだご自身がどう動くのかまだ未定だったと思われます」
「そうだな」
「東さん自身がどう動くのか。もしくはボーダー上層部の方々がどう東さんを運用するのか。それを決める期間として、1シーズンというのはかなりいいのではないかと」
この部隊は、どういう結果になろうとも1シーズンで解散する。
それが決まっているからこそ、東さんも割り切って動くことが出来る。
こちらに所属しながら、解散した後にどう動くのか。それを考える期間を得られる。
完全フリーな状態でいるよりも、こちらの方が幾分有意義だろう。
「成程な」
「そして。──これも1シーズンだからこそのメリットですが。長期的視野に基づく育成を全部無視して、短期での育成を主眼とした育成に集中できます」
「ふむん」
「着実に時間を重ねてすべてのパラメーターを上げるというより、僕ら三人に足りない所を重点的に埋めていく。要は──短期間での育成、というサンプルを、僕等が僕等自身を差し出すことで提供できます」
ある程度の目標を以て長い時間をかけて育成をする事と。
定められた期間で最大効率を求め育成をする事。
今まで東さんは前者を中心に取り組んでこられたと思われます。
僕等は、後者の育成が出来る環境を東さんに提供する。
「僕等は東さんの加入によって実力が少しでも上がってくれるなら本当にありがたいですし。東さんも僕等を自由に使ってもらって構いません。ここで利害の一致を見ました」
僕等は、東さんに時間とサンプルを。
東さんは僕等に育成と力添えを。
それぞれ与えられるものがある。
──例え、東さんと言えど。交渉する時は対等の目線を維持しなければいけない。
それが。
僕にとっての、東さんへの誠実さでした。
「.....俺が言える事ではないかもしれないが、普通に”入ってくださいお願いします”でも話は聞いていたぞ」
「多分それだと入ってくれないかと思いまして」
「まあな...」
東さんは笑いながら、頷く。
「俺は別段──人を選んで育成している訳ではないぞ」
「そうなんですか?」
「ああ。──まあでも、やっぱり。望む結果を手に入れるために、必死に考えて行動する奴は嫌いじゃない」
そう東さんが笑うと。
言った。
「いいだろう」
と。
「俺もお前の所に世話になる。──よろしくな」
こうして。
東さんという、飛びっきりのジョーカーが入隊する事となりました。
※
という訳で。
当然。
年の功とか実績の功とか人徳の功とか。
その諸々を合算して──当然、東さんが隊長をするべきであろうと、隊の名称を変えんと即座に本部事務室に向かおうとしたのですが。
「ん? 勝山隊でいいだろう」
と。
何と──東さん自身がそんな事を言うものだから。
「いやいやいやいや」
あり得ません。
絶対にありえません。
東さんを差し置いて隊長に慣れる人間なんて間違いなくボーダー全体を見渡してもいないでしょう。
ましてや僕の如き若輩者が。
あり得ません。
と──あの手この手で口八丁を駆使し主張を続けていたのですが。
「1シーズンで隊を作って、それぞれの利害を解消するアイデアはお前らから生まれたんだ。なら、お前らの中の誰かが隊長になるべきだろう」
「.....皆さんは、それでいいのでしょうか?」
三上さんも樫尾君も異議なし、と声をそろえて言うものだから。
逃げ場が無くなってしまいました。
という訳で。
勝山隊(仮)は、勝山隊として正式に決まりました。
ええ......。
「取り敢えずは──この三人でやっていくという事で、よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします勝山隊長」
「よろしくな隊長」
「よろしくね、隊長」
......うわぁ。うわぁ。
東さんに隊長と言われるのは、何というか、凄まじい罪悪感がある。
※
「それでは。一応俺から方針を伝える」
東さんはそう言うと。
以下の事を伝えました。
・作戦会議時。東さんは問題提起はするが献策はしない。戦略・戦術共に他のメンバーで決める。
・短期間での実力の向上を目指すに辺り必要であるので、他部隊との合同試合を積極的に行う。
・ランク戦時においても、基本的に東さんは隊の指示を仰いだうえで動く。
「二つ目の方針だがな。これはこの隊を結成したコンセプトがそもそも集団戦への慣れを作るためのものだったから、ランク戦だけでそれをしてしまうのも勿体ないと考えて、こうさせてもらった。合同訓練のメンツは、適時俺が声をかけて人を揃えよう」
なんと。
本当に願ったりかなったりです。
ランク戦以外でも、集団戦の機会を与えてくれるのだと。
「取り敢えず。──そうだな。勝山。樫尾。お前らの動きを知りたい。訓練室で、手合わせをしてもらっても構わないか?」
了解です、と僕と樫尾君は言い。
訓練室に入ります。
「──よろしくお願いします、勝山先輩」
「こちらこそ」
そうして。
一先ず二十本勝負を執り行う事になりました。
※
結果は
17-3でした。
「.....完敗です」
そう言うと、樫尾君は項垂れました。
.....まあ、これも経験の内という事でしょう。
「成程な。──勝山は、十分にエースを張れる能力がある」
「ありがとうございます」
なんと嬉しい言葉でしょう。
「とはいえ。かなりはっきりとした欠点もある。そこを隊全体でカバーしながらの戦いになるかな」
「欠点?」
樫尾君がその言葉を反芻すると、東さんは一つ頷きます。
「奇襲をかける場合には非常に強い。そしてタイマンでも非常に強い。だが射程持ちの隊員と連携を組んで襲い掛かられると途端に弱くなる」
「ですね」
それは僕も自覚している弱点でした。
僕は基本的に、そこまで多角的に動く攻撃手ではない。
弧月使い同士の戦いでは積極的に鍔競りを狙いますし、基本は初撃を当てるために間合いを詰めながら戦うスタイルです。
これはつまり、戦闘の中で脚を止めてしまう瞬間が多く、その分射程持ちにとって格好の餌食になる瞬間が多いという事でもあります。
影浦先輩のように射撃を一早く察知できる能力もないですし、そこが非常に弱みになっています。要は、攻撃手同士でやりあっている時に射撃系の隊員に囲まれたら割と簡単に死んじゃいます。
「基本的に、勝山が暴れられる環境をいかに整えられるかが肝だな。タイマンなら、B級で渡り合える人間は余程でないといない」
よし、と東さんは言って。
「早速明日からちょくちょく合同試合を組んでいくかな。A級もB級も混合で。要は経験だ」
と。
そう続けました。
明日から。
集団での戦いが出来る。
よし、と一つ気合を入れました。
こうなったからには、頑張らねばなるまい。
※
「お疲れ様」
東さんの加入手続きを終え。
樫尾君と東さんが一足先に帰った部屋の中。
僕と三上さんだけが残されていました。
夕暮れの朱色が、窓から差し込んでいて。
デスクに座る三上さんと、僕が互いに部屋を片付けながらいました。
そんな中。
ポツリ、呟かれる。
「勝山君って。割と積極的なんだね」
そう三上さんは言いました。
「そうですか?」
「うん。──多分私達、ランク戦で悪者にされると思うよ」
「東さん入れたからですか?」
「うん」
「まあでも、ルール違反ではないので」
「そうだね。違反じゃないね」
「普通の事だと思うんですけどね。野球部だって、全国大会常連だった子が帰宅部にいたら全力で勧誘するし全力で説得するでしょう?」
「そんな感覚なんだ」
「そんな感覚ですね」
何だか。
いいなぁ、この空気。
他愛無い会話が繰り広げられる、この空間と空気。
すごく、懐かしい。
「──勝山君」
「はい?」
「ありがとう」
三上さんはそう呟くと。
変わらぬ笑みを湛えていました。
「ランク戦、凄く楽しみになった」
「.....それはよかったです」
礼を言いたいのは、こちらの方だ。
あれもこれも。
三上さんが最初に頷いてくれなければ、実現しなかった事です。
チームの結成も。樫尾君と東さんの加入も。
色んな事が動いて。もしくは自分で動かして。
でも、その全ての源流は。
三上さんが、やってみたいと言ってくれたからなのです。
「また、歓迎会やらないとね」
「東さんが行きつけのお店を予約してくれていると言っていましたね」
「あ、それは楽しみかも。──焼肉?」
「お。よく解りましたね」
「だって。以前連れて行ってもらったって子がいたから」
後片付けなんて終わった隊室の中。
お互い、無意識のうちに会話を続けていた。
「あ...」
窓を見ると。
朱色が褪せていく。
「──帰ろうか」
「はい」
玄関口まで送り、見届け。
宵に変わる空の月をふと見て、少しだけ風が吹きました。
とても、涼やかだった。