――ここではない、どこか。
兄弟の愛が、絆が、そして熱き『覚悟』が世界を救った物語。
あるいは、あらゆる『火』が消えようとする中、それでも己が『罪』を以て、いずれ滅ぶ運命にある人類を守らんとする七人の戦士の物語。
それとも、世を支配する理不尽に抗う為に、その身を怨念によって身変させた『鬼』と化し、人を人とも思わぬ覇府に挑んだ、衛府の七忍の物語。
もしやすれば――そのどれでもない、本来ならばあり得ざる物語。
これなるは、生まれ変わりてなお正義を為さんとする少年と、数多の物語にて語られる英霊達との絆を紡ぐ、人の物語。
「……ん」
冷たい床の感触が、頬と両手に伝わってくる。
そして、何かが上を向いたもう片方の頬を、舐めている。
フォウ、フォウと、今まで聞いたこともないような鳴き声を上げながら。
なんとも言い難い感覚を受け、少年はゆっくりと目を覚ます。
「……あれ、ここは」
知らない廊下だ。少なくとも、少年の覚えている限りでは。
一面を支配する白は、無機質で機械的な印象を感じさせ、まるで自分が未来の世界にでも来たのかと錯覚させる。大体のSF映画の未来的な施設といえば、大体こんな感じだろう。
ふと、近くに何かの気配を感じ、そちらを向いてみれば、見たこともないような白い小動物が。
……そして。
「あ、あの。大丈夫、ですか?」
そんな小動物が懐いている、どこか儚げな印象のある眼鏡の少女と。
「大事ないか、
いつものように仏頂面の、かれこれ十年来の長い付き合いになる眼鏡の親友がいた。
唐突だが、葉隠覚悟は
その事に気付いたのは、覚悟の
はて、と覚悟は疑問に思う。というのも、前世における最後の瞬間が、何も思い出せないのだ。そもそも、自分が往生したのかすら分からないと来た。
少なくとも覚悟自身は、自分が極楽浄土に逝く事は無いと思っている。己が満足して逝く事などあり得ないと、確信をもって言える。それは、今はいない彼の相棒もまた同じ。一度極楽浄土に招かれた際に自ら切腹をして戻ってきたと言っていたのだから、間違いあるまい。
故に、覚悟はこれを、所謂『輪廻転生』と称されるものだと考えた。どうやら彼の魂は地獄へと落つることなく、輪廻の
――で、あるならば。覚悟の為すべき事は一つ。
記憶を取り戻した覚悟は、両親に悟られぬよう、生前の感覚を取り戻すべく、己を鍛え始めた。修行を両親に見せまいとするのは、彼らは己とは違い、牙無き民であったからだ。
しかし、覚悟は彼らを他人だとは決して思わなかった。
(今生の両親は、我が父、朧とも、物心つく前に亡くなられた母上とも違う。さりとて、彼らが私を生んでくださった事には変わりなし。なればこそ、敬意は払わねばならぬ)
覚悟は、生まれ変われどもドのつく真面目男であった。
――そうして、平和な日常生活と、正義を行う者としての修行の日々を送り続けること、はや十数年。
「零。現在位置を特定できるか」
『何らかの妨害により、特定不可。恐らくは魔術師による隠匿であろう』
彼はどこかの雪山を歩いていた。白い学ランに学帽を被り、その手に黒く大きな鞄を手に。
それは偶然の事であった。ある経緯でかつての相棒と再会した覚悟は、その経緯が原因で疎遠になっていたかつての級友が怪しげなバイトに応募したのを聞きつけ、不審に思い彼らの跡をつけた。
いざ向かってみれば、そこに漂うのは裏の世界を生きる者特有の気配。
気づき問い詰めてみれば、なんと彼らは国連傘下の組織らしい。そして同時に、ある目的の為に一般人を集めているのだという。
『答えろ。目的はなんだ』
『す、全ては人類の未来の為……』
そこまで聞き、彼らの言葉が偽りではない事、そして彼らが倒すべき悪ではない事を悟った。
幸か不幸か、覚悟はどうやら彼らの言う『適性』を持っていたようで、そのまま彼は組織――人理継続保障機関『フィニス・カルデア』に招かれたのであった。
しかし――招かれたというのに、
組織の職員曰く、「魔術師は秘匿主義」らしく、それが関係してのことなのは把握できる。が、極限の修練によって培われた鋼の肉体と精神を持つ覚悟はともかくとして、雪山での行軍など行った事のないであろう旧友を含む他の一般人は生死を彷徨う可能性が高いのを、あちらも理解できている筈である。その点で言えば、覚悟はこの組織の中核を担うと言われる魔術師に対し、悪印象を抱いていた。
さりとて、彼らに冷たく当たるなど言語道断。その程度の感情に流されるほど、覚悟は未熟ではない。
(雪山、か)
日本のどこか、山の奥深く。前世における、雪の降りしきる葉隠一族の隠れ里での、兄、そして父との修行の日々を思い出し、覚悟は人知れず微笑む。
そうして、彼は何とかカルデアに辿り着き、シミュレーターの影響か、廊下に倒れていた旧友……藤丸立香を発見。
そして
なお、本来であればこの後のミーティングで、入り口でのシミュレーションの影響による多大な睡眠欲に襲われ、オルガマリー・アニムスフィア所長の雷を受けるはずだった立香は、覚悟が機転を利かせた事で無事に難局から脱出に成功。
その後の彼の顛末は
「ぬ、う」
迂闊であった。まさか、このような妨害行為を行う者がいたとは。
覚悟は身動きの取れない状態で、己の不甲斐なさを猛省する。
恐らくは、彼を異なる時代へと転送する為のコフィンが損壊しているのだろう。
覚悟の優れたバランス感覚は、コフィンが今倒れた状態にある事を理解していた。まさに文字通りの棺桶と化しつつあるわけだ。
最も、この程度の惨事で死ぬような覚悟ではないが。
(これは、単なる事故に非ず。恐らくは、内部の者による犯行の可能性が高い)
それも、レイシフト要員、そして恐らくは司令部も纏めて吹き飛ばせる程の爆薬を用意できるような、それなりの地位にある者。
そこまで推理できた覚悟だが、生憎彼は探偵ではない。この施設に勤務する職員の事も、全て把握しているわけではない。
覚悟の直感は、ある一人への疑念にまで辿り着いてはいたが。
(ともかく、このコフィンからの脱出、及び生存者の救助が最優先である)
幸いにも、彼が自らの礼装として、零の鞄を持ち込めたのは心強い。
無くとも任務は必ず遂行するが、しかし作戦の成功確率が飛躍的に上昇するであろうという自負はあった。
無論、それ以上に覚悟が心を重ねた唯一無二の相棒であるという部分が一番強いのだが。
「ふんッ!」
覚悟が押し込められていたコフィンが、盛大に弾け飛ぶ。
内部より現れたるは、ややボロボロになった白い襟詰めを身に纏う覚悟。
その肉体は人のものとは思えぬ程に青白く染まり、頭部、上半身、下腹部、両脚部にかけて、皮膚が鋼鉄と化している。
『零式鉄球・防弾形態』
覚悟はその肉体に埋め込まれた特殊な鉄球、『零式鉄球』を体内吸引によって取り込む事により、その形態を自在に変化させられる。
零式鉄球一個につき、肉体の約8%を覆うことが可能。
そして、覚悟はその身に8個の鉄球を所持している。
即ち、覚悟はその身体の半分以上を
覚悟は爆発が起きるその直前、戦士としての勘により、瞬時に体内吸引を完了させていたのだ。
しかし、それでも完全に防ぎきれる訳ではない。実際、零式鉄球が覆いきれなかった部分からは、それなりの量の血液が流れ出ている。
覚悟は皮膚に露出させていたメタルスキンを戻すと、体の損傷を零式鉄球で補いつつ、周囲を見渡す。
そして、少し離れたところに、見覚えのある黒鞄を発見。
超重量を誇るこの鞄も、あの爆発でそれなりに吹き飛ばされたようだ。
「零、大事ないか」
『あの程度の爆風ではヒビすら入らぬ』
姿はない。しかし、零と呼ばれた何者かは、まるで覚悟の傍にいるかのように返答した。
その声は男のようであり、女のようでもあり。
子供のようでもあり、老人のようでもあった。
黒鞄を手にした覚悟は、制服の胸元から眼鏡を取り出す。……否、それは単なる眼鏡ではない。
『多目的アイプロテクション』
眼球の保護・防御のみならず、暗視装置やサーモビジョン等、様々な機能が搭載されている。
炎や瓦礫、更には爆発の際に巻き上がった粉塵や火の粉が飛び交う中でも、覚悟の視界は良好を約束されているのだ。
「零、生体反応は」
『任務参加要員四十六名、全員重症! 生命力が希薄なり! 事は急を要するぞ、覚悟!』
「分かっている」
努めて冷静であろうとする覚悟だが、しかしこの状況はまずかった。
幾ら覚悟に負傷者を運搬する手段があれど、一人ではあまりにも時間がかかりすぎる。それでは間に合わない可能性の方が高い。
故に、覚悟は懐に忍ばせた、ある薬液を用いる事にした。
『細胞賦活剤・桜』
注射器によって注入する薬液ではあるが、覚悟のような戦士にとって、任務中の非常食にあたる。
10ccの注入で五日間の生命活動を約束するが、それと引き換えに魂の活力とも言うべきものが消耗してしまう。
はっきり言って、戦士以外の使用は推奨されていない、ある種危険な代物ではあるが、背に腹は代えられぬ。
覚悟は目に映ったレイシフト要員に、片っ端から賦活剤を投入して回る。
(無責任極まりないが……後は、彼らの生への渇望に賭けるしかない)
己の無力さを噛み締めながら、覚悟は管制室を巡る。
――そして。
『覚悟! 管制室に侵入者あり!』
「何ッ!」
敵か、と構える覚悟。しかし、零が告げた内容は、それとは真逆であった。
『この生体反応は……藤丸立香なる少年のもの!』
「馬鹿な!」
確か、彼は立香自身の部屋にいた筈だ。そして恐らく、この管制室の爆発に気付いているだろう。
だというのに、彼は自ら、この地獄に飛び込んできたというのか!
「そうであった! 彼は私に負けず劣らずの頑固者! 親しき者を見捨てられぬ人間!」
幼稚園辺りからの付き合いである覚悟は、不意に藤丸立香という人間についての認識を思い出す。
だとしても、これは無茶というもの。
「急ぎ救援に向かう! 方向は!」
『そのまま真っすぐだ!』
そうして瓦礫の積みあがる管制室を、さながらパルクールのように――超重量の鞄を片手にしながら――駆け抜けていく。
途中、何やらアナウンスが聞こえてきたが、今は些末事と切り捨てる。
数秒後、彼が見たのは、巨大な瓦礫の前で膝をつく立香と……その瓦礫に押しつぶされたマシュの姿だった。
マシュの意識を繋ぎとめようとしているのか、立香はマシュの手をひしと握りしめ、必死に名を呼びかける。
だが――覚悟の目から見れば、既に手遅れ。
「せん、ぱい。はやく、に、げ――」
「――置いてけるわけ、ないだろっ!」
手に取るようにわかる。マシュの
しかし、それでもなお、立香は決して、彼女を諦めようとしない。
もし、これが異なる歴史を歩み、在りし日の己を失ってしまった覚悟であったならば、彼女は既に死んだ者として弔う事だろう。
(……否! それは諦める理由にはならぬ!)
しかし、この覚悟は諦めない。あの荒れ果てた大地に生きる人々の生命力をしかと記憶に刻み付けた覚悟は、決してその現実に屈しようとはしない。己は牙無き人の剣であると同時に、牙無き人の強さを知る者であるが故に。
「……藤丸、離れろ」
「覚悟!? でも!」
「彼女を救助する」
「!」
覚悟は立香を諭すと、静かにアイプロテクションを外し、胸元に仕舞う。
そして、手にした黒鞄を地に着け、拳を構え――
『中央隔壁 封鎖します』
施設のアナウンスが、無常にも告げる。
「……隔壁、閉まっちゃい、ました」
「構いません。あの程度であれば突破可能。君はただ……生きる事を考えなさい」
しかし、覚悟は焦らない。この程度の状況では、覚悟の精神は決して屈したりなどしない。
覚悟は、その拳を鞄に突き立てた。
『レイシフト 定員に 達していません』
『該当マスターを検索中……』
『適応番号47 葉隠覚悟』
『適応番号48 藤丸立香 を マスターとして 再設定 します』
『アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始 します』
『レイシフト開始まで あと 3 2 1―――』
――戦士よ。人を守りし者よ。人類の牙よ。
――我らは、人の総意。人の意志。人の祈り。人の持つ『火』なり。
――人の世が理不尽により陵辱されようとしている今、我らは汝に……前世にて人類を救いし者に、この祈りと、理不尽に抗う為の力の一端を託す。
――さぁ、目覚めよ。■■■■■■■――