俺は我に帰った。夜道、仕事終わりだ。首からカメラをぶら下げているのがその証拠だ。何故ぼうっとしていたかはわからないものだ。
時刻を確認しようとスマホを開いた。待ち受け画面の花枝とのツーショット写真が目に入る。
何かの記憶が蘇ったかのように、俺は走り出したのだった。
恐ろしい衝動に駆られ、俺は夜10時だというのに花枝のマンションのチャイムを鳴らした。お互い社会人1年目。今日は金曜日だからまあ大丈夫だろうと考えていた。
ドアが開いた。
「え、どうしたの?」
当然の反応を示す。目が点になっている。この時の花枝は肩にかかるくらいの髪の長さだった。
俺は無言のまま彼女を抱きしめた。しっかりと肉感がある。実物だ。花枝は戸惑い、驚いた声を漏らし続ける。どさくさに紛れて尻を撫でていたことに気づかれた。背中を叩かれる。
一旦突き放された。
「どうしたの?」
「会いたく、なっちゃって」
くすっと花枝は笑みを浮かべた。黙って俺の手を引くと、脱衣所へと連れていかれた。
服の匂いを嗅がれた。ちょっと嫌そうな顔をされる。
「どうせお風呂まだでしょ?あたしもさっき帰ってきたばかりだからさ」
よく見れば、カジュアルではあるが化粧を落としていなかったり、ストッキングを脱いでないあたり、花枝も仕事から帰ってきたばかりなのだとわかった。俺はただ静かに首を縦に振った。
前々から思っていたが彼女はムードを作るのが上手い。
そして快楽へと落ちていった。もう叶うはずのないことを体験しているのが楽しかった。
いや待て。なんで叶うはずのない?なんで今考えたんだ。
我に帰った時、俺は力が抜けて花枝の胸に滑り込んだ。
「今日一段とやる気あるね」俺の頭を両腕で包み込む。「まだ元気みたいだし」
そういうと、花枝は俺を仰向けにさせてから腰を持ちあげた。
刹那、俺の頭がスパークした。
「え?」
さっきまで花枝と好意に至っていたつもりだったが、今何が起こったのか?何もわからないまま、俺はとりあえず左右を見る。
花枝がまた目に映った。しかしポニーテールになっている。いつの間に髪を結んだのか?
いや部屋の背景もおかしい。俺は懐かしさを感じていた。大学時代の部屋だ。
「え?って何え?って、あたしのセリフなんだけど」
「ごめん」俺は後頭部を掻いてよく考えた。「ってなんで謝ってんだ」
「はあ?何言ってんのさっきから」
というと彼女は俺の顔を覗き込んできた。顔が近い。目が合う。しかしすぐ逸らす。
「ねえ、....」
「何?」
「やっぱ恥ずかしい」
「何言ってんだお前」
気づけば花枝は俺の両腿に乗っかっていた。滑らかすぎて気づかなかった。
一年生の時に彼女とサークルで知り合って、一年が経つ。お互いの気持ちはなんとなく察していたし、サークルの仲間も冷やかしを入れることが多かった。この頃から俺は記者志望で、フリーペーパーを作るサークルに入っていた。花枝とは同じ担当になっていた。それが全てのきっかけだった。
「開斗から言ってよ。あたし恥ずかしいから。ほら、こういうの、男子から言うもんでしょ?」
何の話だ?と逃げたかったが、もう無理だ。これ以上逃げると逆に関係が崩れる。
しかし逃げたい気持ちは変わらず、俺は花枝をそっと抱きしめた。
「そうじゃないでしょ」
「わかってる。わかってるから」もっと強く抱きしめる。「落ち着かせて」
「...」
沈黙が訪れたが、痺れを切らした花枝が俺の背中を叩く。
「好き」
「うん」
「うんって何」
「いやあたしも」一呼吸置いたのが、抱きついた心臓越しに伝わってきた。「好きだから」
再び目を合わせた。その瞬間、花枝が唇を交わしてきた。
「よくよく考えたらキスくらい、酔っ払った勢いで結構してたね」
「ムードぶち壊しだけど大丈夫か?」
俺はこの後何をするかはわかっていた。
「いやそっちの方が壊してるでしょ」
再び目を合わせた。そしてまたキス。
舌を先に入れたのは俺だった。今度はこれが起爆剤だったようだ。
俺はどこにいるのか?
まるで裸でプールに浮かんでいる気分だ。気持ちがいい。ずっとこうしていたい。このまま、夢から醒めなければいいのに。
一度は目が覚めてしまったが、また眠りにつこう。そう思った。
獣?いやもっと強大な存在の咆哮が聞こえた。龍か?...ドラグレッダー??
「開斗君!」
「真司さん?」
俺は目が覚めた。
「金色の羽を殴れ!」