俺がいた。
間違いなかった。服装まで同じだ。違うのは、その表情だけ。今の俺は怯えていて、頬が強張っていた。今の俺は口元を歪めて、不敵な笑みを浮かべていた。
「に、逃げよう!」
瑠維の咄嗟の判断が俺の脳に刺激を与え、我に帰らせた。
二人で逆方向に走る。
周りの群衆の視線が時々俺たちの方を向く。その視線を気にしながら、無我夢中で走った。なんで俺は逃げてるのか。何から逃げているのか。それもそう、周りから見ればその様子は滑稽で仕方ないだろう。
何故なら俺たちは今何かに"追われては"いないからだ。
リュウガの特性を知らなかったというべきか、忘れていたのか。走っていて偶々、本当に偶々鏡の前で立ち止まった。
肩で息をしながら,二人で鏡の中を覗き込んだ。
そこには当然のように俺が映り込んでいた。また笑った。対照的に、俺は恐怖の表情を自然としていた。しかし鏡に映り込んでいる俺は違う顔をしている。
刹那、俺たちは意識を失った。
目が覚めた時には、俺と瑠維はそれぞれ龍騎、ナイトに変身していた。戦いはまだ終わっていなかった。
漸くと言っていいのか、俺の目の前に立ちはだかるのはリュウガへと変わった。決着をつけねばならない。逃げられない戦い。
それぞれのライダーはカードを引いた。ナイトとリュウガはサバイブに、俺はユナイトベントを使ってドラグセイントを合体召喚させた。
戦いの火蓋を切ったのは、リュウガのシュートベントだった。ブラックドラグバイザーツヴァイから放たれたレーザー光線が俺たちを襲う。間一髪で避けると、ナイトも対抗してシュートベントの矢を放った。
リュウガは矢を、ソードベントで振り払う。そこに畳みかけるように俺がウイングスラッシャーを振り回してリュウガを攻撃した。見事攻撃は決まったが、サバイブ相手にはそこまで痛手になっていないようだった。多少怯みはしたものの、リュウガは冷静にカードを1枚切った。
『ガードベント』
俺が更に長刀を振って攻撃をしようとしたところに、ブラックドラグランザーが飛来して相手を守った。それどころか、衝撃で今度は俺が吹っ飛んだのだった。
兎に角カードを使わせようとしているのか、ナイトが更に攻撃を仕掛ける。
『ブラストベント』
ダークレイダーの翼が巻き起こす竜巻がリュウガを襲う。
瑠維は今突破口が開けたと思ったのか、更にカードを引いた。そのイラストが俺の目に写った時、咄嗟に叫んだ。
「待て、瑠維まだだ」
いきなり声をあげたのは、引いたカードが金色のバックルの紋章を示したファイナルベントだったからだ。リュウガはまだ隠し玉を持っている。一緒にとどめを刺そうという俺の算段は、決して初めからタッグを組んでいたからという仲良しごっこではない。リュウガに一人では敵わないと分かっていた故の話だった。
しかしナイトが手にしたカードは既にバイザーに装填されていた。
『ファイナルベント』
瑠維は想いを叫びながら、ダークレイダーと共に走り出していく。
案の定リュウガは隠し球を持っていた。
『ストレンジベント』
その音声が聞こえた時、俺は何が起きるか予想がついた。反射的に俺も対抗しようとカードを切る。
『ストライクベント』
ドラグクローを装備して、火炎弾を右手から放った。だが時は既に遅かった。リュウガは高速でもう一度カードを読み込むことに成功していた。絶望の音が鳴り響く。
『コンファインベント』
コンファインという単語が制限するという意味だと俺は知っていた。大学の英語の授業で意味がわからず、花枝に聞いたのを思い出した。
コンファインベントの影響力で、ナイトサバイブのファイナルベントは掻き消されたのだった。その代わりに、打ち消すことができなかった俺のストライクベントの攻撃をリュウガサバイブはもろに喰らう。
ナイトサバイブの後ろを走っていたダークレイダーが一瞬姿を消した。背後にブラックドラグランザーの魔の手が迫る。
「瑠維!」
咄嗟に名前を叫んだ。今度は振り向いてくれた。だが、だからといって俺がこの状況を打破出来るとは思えなかった。
ナイトはサバイブを解除し、サバイブ疾風のカードを俺に向かって投げた。
「開斗さん!あとは、頼んだぜ」
同時に相手の黒龍が吐き出した息がナイトに降りかかる。距離が遠い故、俺が伸ばした手は届くはずもなかった。また命が一つ、消える音がする。
足元から石化していくナイト。そこへリュウガは容赦なくソードベントの一太刀を振り下ろしたのだった。
「瑠維!!!!!」
伸ばした手が掴んだのは、ナイトの手ではなくサバイブ疾風のカードだった。
爆発音が轟く。塵と化したナイトの欠片の一粒が俺の仮面に当たった。仮面の中で涙が俺の頬を伝う。
「うああああああ」
今まで死んだライダー、仲間。それぞれの記憶が走馬灯のように駆け巡った。もう俺しかいない。俺を信じろ。
ドラグバイザーにサバイブ疾風を近づける。
『サバイブ』
鏡が割れたような演出とともに俺の体は蒼く染まっていく。烈火を使ったときに存在した肩のアーマーは存在せず、代わりに背中に翼が四つ生えた。
俺が変身すると同時にドラグセイントと消えていたダークウイングが復活し、自動的にユナイトする。
仮面の中でドラグサファイアーと表示された。
ドラグバイザーは杖状に変形し、新たなドラグバイザーツヴァイと化した。
ドラグサファイアが俺の近くに降臨し、蒼い龍騎サバイブが誕生した。
「オマエハナニモノナンダ。ドウシテ、カテナイオレニタチムカウ?」
「俺は記者だ。真実を知る。真実を明かし伝える。ただそれだけだ」
俺は杖を槍のように振り回して立ち向かっていった。距離を詰める中でカードを一枚、杖の先にあるカードの装填口に装填する。
『ソードベント』
杖先が鋭く尖り、剣のようになる。
長いリーチを生かした斬撃をリュウガに打ち込む。
「俺の虚像でしかないお前に、何者でもないお前に、俺が負けるはずないんだよ!」
俺が攻撃している間にドラグサファイアも攻撃を始めた。2体の巨竜が、大合戦を始めた。
連続の斬撃をかましたリュウガも負けじとソードベントで俺に対抗しようとする。
冷徹な戦闘狂と化した俺は、対抗してカードを切った。
『ガードベント』
背中の翼を翻し、羽毛の壁を作った。宙に漂った羽毛は、ウイングシールドが巻き起こしていた幻影攻撃の如くリュウガの視界を遮った。
相手が足止めを食らったことろに、斬撃を打ち込んでいく。リュウガは吹っ飛びはしたものの、咄嗟に受け身を取って体制を整えた。
『ストレンジベント』
リュウガは逆転を狙って2枚目のストレンジベントを使った。出たのは。
『トリックベント』
リュウガサバイブの体が3体に分身する。一瞬戸惑ったが、俺は瑠維の存在を思い出すとすぐにカードを引いた。
「俺は運ゲーなんかしないんだよ」
『トリックベント』
ナイトのトリックベントを使った。そして俺の体も3体に分身し、それぞれのリュウガとぶつかっていく。
分身に対し、更にカードを引く。それはファムのバックルの紋章が描かれていた。
『ファイナルベント』
ブラックドラグランザーとの戦いの中、隙を見たドラグサファイアが白い翼から竜巻を起こした。巻き起こった竜巻がリュウガを襲う。
凄まじいスピードで俺の方に飛ばされてきたリュウガをソードベントで切り裂き、ーミスティースラッシューを決めた。
もう1体の分身に対しても切り札を引きこんだ。次はナイトのバックルの紋章が描かれていた。
『ファイナルベント』
天空へ飛び上がると、背中の翼が身体にドリル状に巻き付く。下にいるリュウガめがけて落雷の如く相手の体を貫き、飛翔斬を決めた。
これで分身は倒した。後は本体だ。最後の切り札を突破されてたじろぐリュウガはせわしなくカードを引いた。
「オレガ、オレガマケルハズガアア!」
くぐもった声で叫びながら、カードを装填する。
『ファイナルベント』
「ゲームセットだ」
俺もカードをドラグバイザーツヴァイに装填する。
『ファイナルベント』
最後に切ったファイナルベントのアイコンは、龍騎のバックルの紋章だった。互いに天空へと飛翔し、モンスターと共に上空へと舞い上がっていく。
ブラックドラグランザーが吐いた火炎弾にリュウガが飛び乗る。
ドラグサファイアーが吐き出した火炎弾と、巻き起こしたドリル状の突風に俺の体が包まれる。
止めの一撃のユナイトドラゴンライダーキックを放った。合計3つのエネルギーを合わせた俺のキック、そして想いが爆発する。
リュウガとぶつかった瞬間、力の差はほぼ無いに等しかった。あとは…互いに背負っているものだけだ。
「何もないお前に、何も背負っていないお前に、負けるはずないんだよ!」
「オサレテイル…ダト?」
「うおおおおおおおおお。ここからいなくなれ!」
競り勝った俺は、リュウガを見事吹っ飛ばし、地面に叩きつけた。
刹那、大爆発が起こり、同時にミラーワールドが崩壊していく。ブラックドラグランザーが消え、俺のサバイブも解除される。
何とか地面に着地はうまくできたものの、上空にいたドラグサファイアーもいつの間にか消えていた。崩壊していく鏡の世界。俺はかろうじて残っている鏡を見つけて、その中に飛び込んだ。
世界から帰ってきた俺を待っていたのは、大量の人込みだった。
俺は今鏡の中から出てきたところらしい。よく見れば俺のことを撮っている人も何人かいる。所々聞こえてくるのは、マジックショーかなにかがあったのかという声だった。
いいやマジックではない。
「あなた今、鏡の中から出てきたわよね」
すぐ傍にいた女性が俺に尋ねてきた。
俺はどう答えればいいのだろうか。真実を伝えるべきなのだろうか。記者の俺なら、そうするべきなのだろう。
編集長や冬沢さんならどうするだろうか。こんな誰も信じないような話。話しても馬鹿にされるだけな気がした。考えれば考えるほど、動きづらくなる。更に野次馬は集まってくる。心拍が上がり、俺の呼吸が荒くなってきた。
「継巳君!」
その人込みの中で、突如俺の名を叫ぶ声が。聞いたことがある声だった。俺の知人には間違いない。
すると、人込みの間を縫って俺に近づいてくる人物が。
噂をすれば冬沢さんだった。冬沢さんは俺の手を取り、再び人込みの間を走っていく。まるで駆け落ちをするカップルのように、俺は冬沢さんに引っ張られながらひたすら走った。
ぶっちゃけ、途中から別に手を繋いでいる必要はなかったが、振り払うという選択肢を取る暇もなかった。無我夢中で走り続け、冬沢さんは取り合えず近くの建物に入った。
建物の玄関で力尽きた。互いに肩で息をしながら話し始めた。
「何かと思ったら継巳君だったからびっくりしたわよ。鏡の前にいたってことは…もしかして」
「そう。…その、もしかして、です」
漸く呼吸が落ち着き、俺はスマホの”アプリ”を開こうとした。しかし、いつもあるはずのあのアプリは消えてなくなっていた。ミラーワールドが消えたことを考えれば合点がいった。
「っていっても信じる人なんかいないですよ。多分マジックかなんかに思われて終わりです」
「そう」どうやら冬沢さんも呼吸が落ち着いたようだった。
なんだか急に慌ただしい様子を見せる。
「え、あたしたちもしかしてホテルに入っちゃったの?」
言われて気づいたが、目の前には部屋を選ぶパネルがあった。冬沢さんとホテルに来るのは二度目だが、ラブホテルとなると独特の緊張感があった。
「少し休憩してく?」
何も考えないで、俺は首を縦に振ったのだった。
エレベーターの中で物思いにふけっていた。あれは一体なんだったのだろうか。ミラーワールドの存在の謎よりも、ライダーバトルの存在意義について疑問に思うことが多かった。だが、結論などは出せるはずもなく。寧ろ一周回ってくだらない戦いだったなと。広い広い世界の、所詮はちっぽけな話だったのだ。鏡の中の、小さな小さな話だ。
残ったのは、虚しさだけだったことに気づいた。
俺は一応勝ち残ったわけだが、だからといってメリットがあるわけでもなく。俺はエレベーターが昇るにつれて増える階数を眺めてぼうっとしていた。
そうこうして部屋に入ったわけだが、俺は疲れてベッドに仰向けで倒れこんだ。
冬沢さんが俺の顔をじっくりと覗き込む。
「お疲れ様」
「…何もかも忘れたい気分ですね」
「…忘れさせてあげようか?」
「そうしますか」
俺は目を閉じた。
完