「渚斗っ」「渚斗さん」
…?
「もぅ…いつまで寝てるのかしら」「ふふっ渚斗さんはお寝坊さんですね♪」
……誰かが名前を呼んでいる。
「それにしたって寝過ぎよ〜彼方じゃないんだし…」
「そうですね。そろそろ起きて欲しいかもしれません」
………一体誰なんだ。
「「ねぇ…渚斗(さん」」
…………君は…誰だ。
声だけがあらゆる方向から反響するように聞こえる闇の空間に向けて俺は問い続ける。
しかしはっきりとした答えは返ってこず、重くのしかかるような圧力の闇が轟轟と唸り始める。
吼える風のように。割れる地のように。
闇の中、ひときわ重々しく渦を巻く綿密な影が、ぞわぞわと蠢いて人型を象る。
漆黒に沈む意識の中で、その影は俺の体めがけて無数の腕を伸ばし、痛みを覚えるほど力強く握りしめてきた。
必死で振り払おうともがくたびに、ねっとりとした暗闇が視界を支配していく…
「っっ!?」
首を強く絞められているような息苦しさに目を覚ます。
次いで、身体の上に何かがずっしりとのしかかっている事に気づいた。
ピタリと張り付くようには俺の腹部に体重をかけていて、上手く振り解くことができない。
「ぐっ…っ!?」
得体の知れない重圧にもがき苦しんでいると、眼前に広がる暗闇の中でモゾモゾと何かが動く。
呼吸を感じて俺は目を見張る。
瞬間、暗い視界の中で視線が重なり、その人物は薄ら笑みを浮かべた後こちらに顔をグイと寄せて来た。
「…はむっ♡」
「むぐっ!?」
唐突に口が暖かい物で塞がれ、抵抗する間も無く舌先をじゅるりと吸われた瞬間、背筋が凍りつく。
その感触が一気に俺の意識をはっきりとした覚醒へと導き、慌てて相手を突き放した。
「誰だ!」
ベッドの脇にある照明のスイッチをオンに切り替えると、相手の正体がすぐに反応する。
「…ふふっ美味しい…朝からあなたの味見しちゃった」
吸い出した唾液を指で拭いながら恍惚とした表情をしているのは、歩夢だった。
「お前、何してんだ!」
「何って…一晩中あなたの寝顔を眺めてたの。おかげで少し寝不足だよ」
当たり前かのように平然と答える歩夢。
しかしこんな事は普通あり得ない。
それはとても単純な話で、昨晩俺は戸締りの確認をした後で眠りについていたからである。
となると、何らかの方法で真夜中に歩夢は俺の家に不法侵入した事になる。
恐怖が汗となって額から流れ出す。
「お前、どうやって入ったんだ」
「んっと…ごめんね?鍵が開いてなかったから窓を壊して入っちゃったよ」
可愛らしくニコニコと笑いながらそう言うと、歩夢は手に持った金槌を見せてくる。
この時点で俺は、歩夢に対しての認識を更に変える事を余儀なくされた。
もうこいつは、俺が知ってる幼馴染じゃない…恐ろしい「ナニカ」だ。
俺のためなら、常識を捨ててあり得ない事をいくらだって起こすに違いない。
気を抜いては…絶対にいけない。
「うふふっ…これからこんな日が一生続くんだね…私、幸せ」
「ははっそ、そうか…そりゃ良かったな」
余程幸せな感情に満たされたのか、頬に手を当ててポッと顔を赤くする。そんな歩夢とは裏腹に俺は引きつった笑みを浮かべることしかできない。
「朝ごはん作るから、その間に準備するんだよ?お寝坊さんっ」
いつものように俺の頬をひと撫でして、部屋を出て行った。
「はぁ…これからどうしたもんかな…」
幸せとは程遠い感情を抱きながら、そんなセリフを呟くのだった。
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学校につき、カフェテリアで無料のコーヒー片手に席につく。
今朝の一件はかなりの衝撃を俺に与えたはずだったのだが、あの後の歩夢はいつもよりスキンシップが多い…というくらいの至って普通な歩夢だった。
その様子を見て、あぁ…あれは全部夢だったんじゃないだろうか、と思えもしたが、歩夢の肚の中に一体どれほどの歪んだ感情が入っているのかが分からない内は油断は禁物だ。
おかしくなった女の子の前で他の女の子の話題を出すのはあまりに危険だという事は、彼方さんの時に重々理解してはいるが、歩夢が同好会に対して如何様な反応を見せるのかが気になる。
俺はある一種、賭けと言える質問を歩夢に投げかけた。
「あの…さ。歩夢は、同好会が今どうなってるか知ってるのか?」
チョビチョビとコーヒーを飲む歩夢の顔を覗き込むようにして反応を伺う。
「うん。彼方さんのくだらない妄想のせいで休止したんでしょ?…まったくバカらしいよね、あなたと したなんて嘘。だってあなたと結ばれるのはどう足掻いたって私だけって決まっているのに…。あのね、いつでも心の準備はできてるから…あなたがシたい時は言って欲しいな。私、あなたの を気持ちよくできるように頑張るね♡」
アンニュイな表情で彼方さんを罵倒した後、乙女には堂々と言っては欲しくない単語を連発していく歩夢。
「……練習はしようと思わないのか?」
そんな歩夢を無視する形で、無理やり話を引き戻す。
「えっとねー。あの薄汚い泥棒女達とあなたが一緒にいるのはあんまり嬉しくないな。だからこのまま潰れちゃえばいいと思う♪」
人一倍努力をして、みんなともっとスクールアイドルとして輝きたいと言っていた歩夢が、"潰れればいい"と口に出した時。
それは悲しみという鋭い痛みになって俺の心を切り裂いた。
しかし、俺が今頼み込んでみれば歩夢も来てくれるかもしれない。
そんな淡い希望に、すがりつくように俺は歩夢の肩を掴む。
「なぁ歩夢。…同好会は活動を再開する。来てくれるのは今の所しずくちゃんだけだけど…歩夢も来てくれないか?」
できるだけ歩夢の視線から逃げないように、彼女のよく整った顔を見つめる。
歩夢は俺に肩を掴まれると、少しだけ考えるように腕を組み、思いついたように目を閉じて口をアヒルのように尖らせた。
「……じゃあね、あなたからチュウして?」
んっと小さく呟きながら、接吻を求めて近づく歩夢を慌てて抑える。
「ちょ、お前いきなり何言い出すんだ!?」
「ふふっ私達、両想いなんだよ?いいでしょ?」
くっ、可愛い顔しやがって…こいつは…
辺りでまばらに座っていた生徒達の何人かが、野次馬根性丸出しで俺たちの行く末を見守り始める。
そりゃ側から見れば、「アオハルかよ!」なんて言ってひゅーひゅー言いたくなるような状況だろうけどさ!
くそっ…歩夢をどうにかしようとしたのはやはりまずかった…
もしこんな所を、果林さんやせつ菜に見られたら……
「ゴホンッ…上原さん、九条君。朝から何をしてるんですか?」
「あらあら、イ・イ・コ・トしてるじゃな〜い。私もまーっぜて?」
「ひっ!!」
「……」
背後から咳払いと共に肩をツンツンと突かれて、転げ落ちるように椅子から立ち上がる。
あはは…考えてたら、まじで来ちゃったよこの2人が…
俺が反応に困っていると、歩夢は少しだけ悲しそうな顔で口を開いた。
「あ、あなた…「九条君。学内でこういう事をされるのは困りますよ?元生徒会長として、あなたには人前で何をしようとしていたのかしっかりとお話を聞かせていただきたいです!さぁ、行きますよ〜!」
「お、おいっ!!せつ…じゃなかった中川さん!!首根っこ掴むのはやめて!く、首が締まるってば…」
「知りませんっ!始業まであんまり時間もないですから、使いますよ!!…トラ○ザムッ!」
「それ・・・
せつ菜、もとい中川元生徒会長はズレた眼鏡を元に戻した後、身体を真紅に輝かせ(?)俺の身体を引きずりながら3倍のスピードでこの場から走り去って行く。
渚斗が菜々に連れ去られた後、残された果林は歩夢に声をかける。
「あらあら…菜々ちゃんってば生徒会長なのに廊下を走っちゃダメよね?歩夢」
「……チッ」
「うふふっ舌打ちは人の前でしない方がいいと思うけど?」
「…お前、渚斗くんをどうするつもりだ?」
「お前って……ふふっ別に、どうもしないわ。ただ、あなたには用があるわね。歩夢」
「果林さんってば、嘘が下手ですね…… なに渚斗くんに変なこと吹き込もうとしてるのかな…殺されたいの?」
「先輩に対してさっきから口の利き方がなってないんじゃないかしら?まぁ、近い内に喋れないようにしてあげるから楽しみにしてなさい。歩夢♪」
カフェテリア内で、2人が話す内容について口出しするものは誰もいない。
なぜなら、彼女達は満面の笑顔で楽しそうに話しているからである。
誰も、お互いがお互いの存在を消すという殺害予告をしているとは夢にも思わないのだ。
そんな2人の会話を立ち聞きする影が廊下の隅に複数あった。
そしてそれを上から見下ろす嘲笑の笑みも。
「……」
「……」
「……」
「えへへっ、私ってばやっぱり策士だなぁ」
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「それで…一体何をしようとしていたんですか?九条君…いいえ渚斗さん」
「あれは、その…いろいろあってだな…ってかせつ菜モードでいいのかよ」
「せつ菜は…渚斗さんだけのせつ菜ですから♡」
「あっそ…」
人気のない教室に無理矢理連行された俺は、誰もいないのをいい事に菜々モードを解いたせつ菜に質問…いや正しくは尋問を受けていた。
その証拠に座っている椅子には俺の身体と一緒に幾重にも縄が巻かれている。
「なぁ…本当に何もないからさ…離してくれ。頼む」
「むぅ〜そんな風に言うようでは何にも反省してませんね?ブッブーですよ!NOハラショーNOスピリチュアルですっ!」
よく分からん発言をしながら、せつ菜は楽しそうに俺の顔を撫でたり、引っ張ったりつついたりといじくりまわす。
その間中、俺は全力でムスッとした表情を顔面に貼り付け体を椅子ごとガタガタ動かしたのだが、縄はキツすぎて一向に解ける気配がない。
「あ、分かりました!いいですよ、離してあげます」
「最初からそうしてくれ…とっとと頼「ただし…」
俺の唇に人差し指を突き立てると、悪戯っぽくせつ菜は微笑む。
そうして、制服のボタンを一つ一つ外していく。
露わになった水色の可愛らしいブラジャーが目に入った所で、彼女は俺の膝の上に小さな身体を跨る形で乗せると、
「私と今ここで、エッ○してくださいっ」
そう言った。
「……」
「あれ?渚斗さん?フリーズしてますよ?」
せつ菜のとんでも発言は俺の脳内回線をあっという間にショートさせて不通にするのに十分すぎる破壊力を持っていた。
当然今、この場で動かすことが可能な首から上は指示が来ないのでその動きを止めている。
「……」
「あっ、冗談ではなく、本気ですからね??私今日、危険日なので♪」
「お前、自分が何言ってるのか分かってるのか?そういう事したら、俺との子供ができるぞ?お前にそんな覚悟あるのか?ふざけて言ってるのなら怒るぞ」
なんとか回復した脳内伝達物質が口元に指示を出し、俺は怒声混じりの声をせつ菜にかける。
ふざけて言っていい事と言ってはいけない事くらい、しっかり者のせつ菜は十分理解しているはず。
そんなせつ菜が臆面もなく、淡々と話すことができるのはやはり…
「?ふざけてなんかいませんよ?私は渚斗さんの子供、妊娠しても構いません…あっでも…そうなったらすぐに堕しちゃうかも…だって子供ができたらその子に渚斗さんを取られちゃいますからね」
「…せつ菜。お前も…もうっ!?むぐっ!」
狂ってるんだな…と言おうとすると、せつ菜の手が俺の口に何かを突っ込んだ。
何か布のようなものが丸められて口いっぱいに詰め込まれて、何も喋られなくなる。
「早くしないと…始業になりますから。少しだけ黙っていてください」
せつ菜はいつの間にか、靴もサイハイソックスも脱いでいる。
無機質な声に反応して顔を見ると、既に瞳にはなんの光も映っていなかった。どこまでも飲み込まれて行ってしまいそうな暗闇が無限に広がっていた。
そこで、俺の口に入っているものが何か理解する。
ヤバイ。ヤバイヤバイヤバイヤバイ。
このまま行くと俺も抑えられなくなる!!
依然、抜け出す事のできない縄の輪を両腕で交互に広げようと必死に動かすが、無情にもピクともしない。
「ふふっ…渚斗さん…愛しています♡」
くっ…もうダメなのか!!
せつ菜の透き通るような白い柔肌が、俺の頬に触れた瞬間ーー
〜♪
『2年A組中川菜々さん。至急、職員室にお越し下さい。繰り返します…』
閉じた瞳を片方から開いて、近づいて来ていたせつ菜の表情が呆れ顔になっているのを確認して、止まりそうだった呼吸を再開する。
「いいとこだったのに……仕方ないですね、渚斗さん。続きはまた今度にしましょう」
心底残念がるせつ菜はしぶしぶ俺の拘束をときながら、俺に一枚のメモを押し付ける。
続きだと?ふざけるな、誰がするか…………!?
"同好会も生かすも殺すも、私が書く部活動報告書の内容しだいですよ♡"
再び、ショートした脳内回路の内に残った伝達信号が目でせつ菜の姿を追うように指示を下す。
「あなたは逆らえませんよ?絶対にね?」
正常:愛 しずく 璃奈 エマ 彼方
正常(?):かすみ
異常:果林 せつ菜
末期:歩夢
いかがでしたか?
いかがわしいですね…なんも上手くねぇわぁ!!!
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