世にも奇妙な俺ガイルの世界   作:スポポポーイ

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彼氏の隠し事と彼女の矜持

 四月を迎えたある日の奉仕部。

 とある悩み事を相談したいと、比企谷くんの妹である小町さんが私たちの部室を訪ねてきた。

 

「……それで小町さん。比企谷くんには聞かれたくない相談って何かしら?」

 

 けれど、彼女は比企谷くんの同席を拒み、彼もまた妹の相談を他の奴に任せる訳にはいかないと譲らない。侃々諤々の言い争いの末、最終的には小町さんが『お兄ちゃんが有頂天でブレイクダンスしてたときの動画インスタにアップしようか?』の一言で比企谷くんを黙らせて追い出した。

 ……ちょっとだけ見てみたいと思ってしまったのは内緒。

 

「あれかな。もしかして、好きな男の子ができた……とか? それとも、誰かに告白された? 小町ちゃん、かわいいし」

「あー、それなら先輩に聞かれたくないっていうのも納得ですね。先輩、重度のシスコンそうだし」

 

 私の横に座る由比ヶ浜さんが小町さんの相談内容を推測して、それに苦笑を浮かべた一色さんが同意して頷く。

 ちなみに一色さんが居るのは成行きね。生徒会の仕事が一息ついたからと部室にやってきて紅茶を飲んでいたところに小町さんが相談に訪れたから、比企谷くんの代理ということでそのまま参加する流れになってしまっただけ。……まぁ、それもどうかと思うのだけれど、相談者である小町さんが了承しているのだから良しとしておきましょう。

 

「いえ、そういうのじゃ……なくはないと申しますか、当たらずとも遠からずと言いますか……」

 

 どうしてか言葉を濁して言い淀む小町さん。それは由比ヶ浜さんの推測が的外れではないということかしら? あと、小町さんの相談事とは脱線するから指摘はしないのだけれど、『当たらずとも遠からず』という言葉は誤りよ。この子、総武高校での授業についていけるのかしら。比企谷くんの事だから何か対策を講じるとは思うのだけれど、まさか留年とかしないわよね? 由比ヶ浜さんでも無事に進級できているのだから大丈夫よね?

 私がひとり小町さんの学力について危機感を抱いていると、目を瞑って何度か深呼吸を繰り返していた小町さんが意を決したように口を開いた。

 

 

「その……お兄ちゃんの性癖のことで、ちょっと相談がありまして」

 

 

 その言葉に、部室の空気がピキリと音を立てて凍った気がした。

 チラリと横を見てみれば、由比ヶ浜さんは比企谷くん並みに瞳を濁らせて俯き、一色さんは引き攣った笑みを浮かべたまま固まってしまっている。かく言う私も震える手を何とか宥めて平静を保とうと紅茶に口を付けるのだけれど、カップの縁が小刻みに歯に当たって地味に痛いわ。

 

「すみません。雪乃さんからしたら、こんな相談聞きたくないかもしれないんですけど」

「……いえ、仮にも比企谷くんの彼女を名乗るのだから、知っておくべきだと思うわ」

「え……? ゆきのんってヒッキーの仮の彼女なの? もしかして、まだ正式には付き合ってない……」

「違うわ。そうじゃないの由比ヶ浜さん。言葉の綾よ。だから、そんな期待に満ちた目を私に向けるのは止めて。……その失望に満ちた目もできれば止めてちょうだい。とても胸が痛いのだけれど」

 

 怖い。怖いわ。由比ヶ浜さんはともかく、一色さんまで光を失った瞳でこちらをジッと見詰めてくるのはどういうことなのかしら? 納得がいかないのだけれど。

 でもここで逃げ出したらダメなのは、いくら恋愛事に疎い私でも理解できる。そもそも、私と比企谷くんがお付き合いをすることに文句を言われる筋合いなど無いのだし、別に何か疾しいところがあるわけでもないのだから、こちらは毅然としていれば良いのよ。そうよ、そうだわ、そうなのよ。私は誰憚ることなく、比企谷くんの恋人であると胸を張って──、

 

 

 

「実は、日課であるお兄ちゃんのスマホチェックをしてたら、お兄ちゃん秘蔵のえっちな画像フォルダを見つけてしまいまして。その中に『妹』フォルダなるものが……」

「……Fuck」

 

 

 

 あらいけない。私としたことが思わず品のない言葉を吐いてしまったわ。

 

「……いま雪乃先輩の口からあり得ない放送禁止用語が飛び出しませんでした?」

「気のせいよ」

「あたしにも聞こえたんだけど」

「ほら、私って帰国子女だから」

「え、そういう問題なんですか?」

 

 そんなことより、今は小町さんの相談事の方が重要ではないかしら。

 世の中には『妹』という存在に対して、そういう性癖を持っている人がいるということは知っているわ。けど、そういうのって実妹がいない人が憧れから抱く劣情ではないのかしら? 前々からシスコンだとは思っていたのだけれど、まさかそこまで拗らせていたなんて……。

 

「それで小町さん。その『妹』フォルダの中身は見たのかしら?」

「あ、はい。一応、見ましたけど……」

「も、もしかして、小町ちゃんの着替えとかをヒッキーが隠し撮りしてたとか?」

「あー……、いえそうのじゃなかったです。マンガとかアニメの妹キャラっぽい女の子のえっちな絵がいっぱいあるだけでした」

「……それはそれで、なんかオタクみたいで気持ち悪いんですけど」

 

 小町さんの口から語られた真相に由比ヶ浜さんがホッと安心したように胸を撫で下ろしているのだけれど、一色さんが微妙に嫌そうな顔をしながらボソッと呟いた言葉に私も思わず首肯してしまう。由比ヶ浜さんが想像したような最悪な結果ではなかったけれど、それでも女子としては受け入れ難い内容なのは変わらないもの。どこか困惑したような雰囲気に包まれてしまった部室の空気に誰もが口を噤み、しばらく無言の時だけが過ぎていく。

 

「それで、ここからが相談なんですけど……」

 

 やがて思い詰めたような表情で顔を上げた小町さんが、恐る恐るといった風に口を開いた。

 

「小町、これからどうしたらいいんでしょうか」

「……そうね。いくら対象が二次元とはいえ、一つ屋根の下で暮らす小町さんとしては安心できないわよね。ならもう比企谷くんを去勢したらいいんじゃないかしら」

「ゆきのん。そんな犬じゃないんだから」

「あら、猫だって飼うときは去勢するわよ?」

「……雪乃先輩、冷静そうな顔して実はめっちゃ怒ってますね」

 

 性犯罪者は予備軍含めて全員去勢してやればいいのよ。そこに慈悲などないわ。どうせ付いてても碌なことに使うことはないのだから、いっそのこと切除してやれば犯罪率の低下にも繋がるし、新たな被害者も出さなくて一石二鳥だと思うの。痴漢も露出狂もストーカーも小学生のときの担任教師も総じて滅却されればいいのよ。私のリコーダーを盗んだ罪は万死に値するわ。

 私がかつての屈辱を思い出して怒りに震えていると、怯えた様子の小町さんがビクビクしながら手を上げる。

 

「あ、あの……話戻してもいいですか?」

「そうだったわね。比企谷くんの去勢の話で良かったかしら?」

「振り出しに戻った!?」

「え、えーと、雪乃先輩たちは放っておくとして、先輩の妹さん的にはどうしたいんですか?」

「どうしたい、ですか?」

 

 一瞬だけこちらに呆れたような視線を向けた一色さんが小町さんへ問いかけると、彼女は質問の意味を図りかねたように首を傾げた。

 

「ほら、先輩に性癖を直してもらいたいーとか、もうこんな変態いらないから誰か引き取ってくれたらなーとか、どこかの生徒会長が責任もって躾けてくれないかなーとか」

「そう、ですね……」

 

 一色さんの言葉を受けて、顎に手をやりながらムムム……っと呻きながら考え込む小町さん。

 でもちょっと待ってほしいの。ねぇ、一色さん。何か最後さらっと変な例えを挟まなかったかしら? どうして私からサッと目を逸らすの? こっちを見なさい。ねぇ、ちょっと、マフィンを口に詰め込むわよ!?

 

「……うん。小町、決めました!」

 

 私が一色さんと壮絶なあっち向いて睨めっこをしていると、覚悟を決めたような表情の小町さんが音を立てて椅子から立ち上がり、両の拳をギュッと握って宣言する。

 

 

「小町、お兄ちゃんが求めてくれるなら、もっと積極的に攻めようと思います!」

 

 

 ………………え?

 

「ありがとうございました。やっぱり皆さんに相談して良かったです。小町なんだかモヤモヤした気持ちが晴れて、心がスッキリしました!」

「待って小町ちゃん! ちょ、ちょっと待とう!? お願いだからちょっと待って!」

「……なんでこう先輩といい、その妹さんといい、問題に対する解決方法が斜め下にぶっ飛んでるんですか?」

 

 私が聞きたいわよ、そんなこと!

 

「でも具体的にどう攻めるか……。ここはやっぱり定番の『朝起きたら裸の妹が布団に潜り込んでてお兄ちゃんのお兄ちゃんが起きちゃった大作戦』しかないですかね?」

「止めて。お願いだから止めて。止めてください」

「これ小町ちゃんガチのヤツだ! あと、ゆきのんも必死だ!?」

 

 当然でしょう。当然じゃない! だって慌てふためきながらもあっさり陥落する比企谷くんの姿が容易に想像できるもの!!

 ……いえ、もちろん私は比企谷くんのことを信じているわよ? でもほら、彼って押しに弱い部分があるじゃない? 何だかんだで一色さんにもよく仕事押し付けられているし。つまり何が言いたいのかと言うと、小町さんがブラコンを拗らせてて私の彼氏が危うい。

 

「そもそも最初に気付くべきだったのよ。どうして小町さんの日課が比企谷くんのスマホチェックなの。普通に考えたらおかしいじゃない」

「あ、確かに……」

 

 ぼやくように呟いた私の言葉に、ハッとしたように目を瞬かせた由比ヶ浜さんが同意の声を上げた。『妹』フォルダの件ですっかり頭から抜け落ちていたのだけれど、いくら兄妹とは言え、それはやり過ぎでしょう?

 けれど、そんな私たちの言葉に小町さんはキョトンとしながら心底不思議そうに首を捻っていけしゃあしゃあと宣う。

 

「雪乃さん、何言っているんですか。妹が兄のスマホを常にチェックするなんて当たり前じゃないですか」

「……妹ってそうなの、ゆきのん?」

「お願いだから同じ妹というだけで一括りにしないでちょうだい。私は姉のスマホに興味を抱いたことなんて一度たりともないわ」

 

 薄々気付いてはいたのだけれど、これ比企谷くんが妹離れできないのではなくて、小町さんが兄離れできていないのではないかしら。

 

「で、でも! 妹さんはどうやって先輩のスマホのロック外したんですか? 暗証番号でロックかかってたはずですよね? 四桁の!」

「そんなの小町の誕生日で余裕でした」

「なるほど……。ところで、つかぬことを伺いますけど妹さんって誕生日はいつ? 別に深い意味はないんだけど」

「ねぇ、いろはちゃん。それ隠す気あるの? もう無いよね? 開き直ってるよね?」

「だいたい、どうして一色さんが比企谷くんのスマホのロックが四桁の暗証番号だって知っているのかしら。試したの? 試したのね?」

 

 私と由比ヶ浜さんが目を眇めて追及すると、一色さんがダラダラと額に流れる汗を制服の袖で拭いながらそっぽを向く。由比ヶ浜さんの言じゃないけれど、本当に隠す気あるのかしら? あまりにも訝しくて一周回って演技かと疑うのだけれど。……これどっちにしろ疑ってるわね。堂々巡りだわ。

 

「そ、そうだ! 他には何か無かったんですか!?」

「いろはちゃん?」

「だから、先輩のえっちな画像フォルダ! 『妹』以外には何かなかったのかなーって! 他にもあるんだったら、一概に先輩が妹さんを求めてるって事にはならないじゃないですか!」

「一色さん、そんな適当なことを言っても私たちは騙されないわよ」

 

 あからさまに話を逸らそうと小町さんへ質問する一色さん。そういう姑息な手管は比企谷くんそっくりね。どうして彼から学ばなくてもいいような部分だけしっかりと身につけているのかしら。頭が痛いわ。

 思わず由比ヶ浜さんと顔を見合わせて苦笑する私たちだったけれど、続く小町さんの反応に緊張が高まった。

 

「むむっ! そう言われてみれば、確かに他にも色々あったような……」

「え……? マジであるんですか? ちなみにどんな?」

 

 一色さんもまさか本当にあるとは思っていなかったのか、ちょっと狼狽え気味に小町さんへ問いかける。でも、目を瞑って眉根を寄せながら何事かを思い出そうとしている小町さんは私たちの動揺に気付くことなく、比企谷くんの新たな性癖をカミングアウトした。

 

 

「えっと、確か……『巨乳』フォルダがありましたね」

「……っし!」

 

 

 動揺から一転、由比ヶ浜さんがテスト勉強中でも一度として見せたことがないような真剣な表情でガッツポーズを決めて立ち上がった。

 

「キタ! キタよ、あたしの時代! よっし!! やる気でてきた!!!」

「……待って。待ちなさい、由比ヶ浜さん。待ってください」

「最悪、はじめは体だけの関係からでも…………うん、大丈夫。ゆきのんには負けない!」

「ねぇ、ブツブツと不穏なことを呟くのは止めて。あとどうして途中で私の胸元を見てグッと拳を握ったのかしら。納得いく説明をしてほしいのだけれど」

 

 遺憾よ。誠に遺憾だわ。遺憾の意を発動するわよ。訴訟も辞さない。やると言ったらやる女よ、私は。出るところに出て決着をつけましょう。

 

「あと他に……」

「他にもあるのっ!?」

「あ、はい。『後輩』フォルダがありました」

「しゃーんなろーーーっ!!!」

 

 私と由比ヶ浜さんの間に走る徒ならぬ気配を察知したのか、さり気なく部室から逃げ出そうとしていた一色さんが小町さんの発言を聞きつけるや踵を返して気勢を上げた。

 

「ふむ……。そうすると、ライバルは妹さんと結衣先輩ですか。分かってはいましたが、これは強敵ですね……」

「ふふん。いくら小町ちゃんといろはちゃんがヒッキーから可愛がられてるからって、胸の大きさじゃ負けないし!」

「馬鹿言わないでください、結衣さん。胸なんて飾りです。エロい人にはそれが分からないんですよ!!」

「小町さんの意見には心の底から同意するのだけれど、そもそも比企谷くんの恋人である私を無視してそんな会話をしないで……どうしてそこで憐れんだような眼差しを向けられないといけないのかしらっ!?」

 

 やめて! そんな憐憫の目で私を見ないで! なんか腹立つ! 腹立つわよ、こいつら!!

 

「雪乃さんは、お兄ちゃんの妹じゃないですし」

「後輩でもないですもんね、雪乃先輩」

「あと、その……ゆきのんはほら、胸がちょっと……」

「Shut up bitch!」

 

 勢いよく両の掌を長机に叩きつけて、でもそのままヘナヘナと膝から頽れる。

 ……知らないわよ、そんなの。胸の大きさなんてどうしようもないじゃない。私だって信じていたわよ。高校生になれば私も姉さんと同じくらい大きくなるんだって。これでも一年前と比べて大きくなったのよ。

 

「あー……。ゴメン、ゆきのん。さすがにちょっと言い過ぎたかも」

「ちゃんと成長してるもん。萎んでないもん」

「……泣ーかしたー、泣ーかしたー! ユーイ先輩がー泣ーかしたー! せーんぱいとーはるさん先輩にー言ってやろー!」

「うぇっ!? いや、あの、その……小町ちゃん! ほかっ、他には何かなかったの!?」

「え、えぇっと、まぁありましたけど……」

「聞いたゆきのん!? だ、大丈夫! ヒッキーのことだからゆきのんに似たえっちな画像がきっとあるよ!!」

 

 その励ましはどうなのかしら、由比ヶ浜さん。それはそれで嫌なのだけれど。……複雑だわ。

 落ち込む私を見兼ねたのか、オロオロとした由比ヶ浜さんに促されて、小町さんが必死に思い出そうとウンウン唸る。

 

「そうですねぇー。……あっ!」

「あったの、小町ちゃん!?」

 

 左の掌を反対の手でポムっと叩いた小町さんの様子に、由比ヶ浜さんが喜び勇んで駆け寄るのだけれど……。

 

 

「はいっ! 『姉』フォルダがあったはずです!」

「呼ばれて飛び出てひゃっはろー! 雪乃ちゃんよ、お姉ちゃんは帰ってきた!!」

「陽乃さん!?」

「……帰って」

 

 

 もうイヤ。なんなのこれ。私に何の恨みがあると言うのよ……。

 力なく項垂れて蹲る私に、小町さんが優しげな顔をしてそっと膝をつく。そして、まるで迷子の幼子をあやすような声音で優しく私に言葉を投げてくれる。

 

「待ってください。まだ他にもあるんです」

「……小町さん」

 

 グッと拳を握って力強く頷くと、小町さんは笑顔で言った。

 

「『ヤンキー』フォルダというのもありました!」

「……ぐふぅっ!」

「話しは聞かせてもらったよ。比企谷はあたしがもらうから」

「小町ちゃんがトドメを刺しにきた!? てゆーか、沙希はドコから現れたし!?」

「だがしかーし! まだです! お兄ちゃんの飽くなき探究心はこんなものじゃありません!!」

 

 邪悪な笑みを浮かべた小町さんが高らかにそう宣言すると、部室の扉から、窓から、掃除用具ロッカーから、挙句の果てには天井に床や壁と一体いままで何処に潜んでいたんだと言いたくなるような所からも次々と人が飛び出してくる。

 

 

「『金髪ギャル』フォルダに!」

「あーし、気付いた。隼人ガード固すぎだし。だからヒキオで妥協しとく」

 

 

 三浦さんが──、

 

 

「『メガネ』フォルダも!」

「ホモが好きです。でも、ヒキタニくんの方がもっと好きです」

 

 

 海老名さんが──、

 

 

「『ロリ』フォルダだって!」

「……八幡とはもう名前で呼び合う仲。これはもう結婚せざるを得ないのは小学生の私にでもわかる」

「けーちゃんねー! 大人になったら、はーちゃんとケッコンするのー!」

 

 

 鶴見さんと川崎さんの妹さんが──、

 

 

「『癒し系』フォルダなんてのも!」

「うーん。やっぱり比企谷くんは不真面目で最低だから、私がしっかり面倒みてあげないと!」

 

 

 城廻先輩が──、

 

 

「『サバサバ系』フォルダが、『ショートカット・ピアス』フォルダで、『人妻』フォルダだってあったりして!」

「うわっ、比企谷マジうける」

「ウチは別にその、比企谷のことは何とも想ってな……くはないと言うか。まぁ、アリかナシかで言えば断然アリなんだけど」

「うふふ。ごめんねー、ゆきのんちゃん」

 

 

 比企谷くんと同じ中学だったらしい海浜総合の女生徒が、相模さんが、由比ヶ浜さんの母親が──、何処からともなく現れては由比ヶ浜さんや一色さん、川崎さん達に混ざって私を取り囲む。

 

 

「っ……。う、嘘よ。こんなの私は認めないわ……」

「大丈夫です。大丈夫ですよ、雪乃さん」

 

 怯えたような震える声で虚勢を張る私に、けれど小町さんは慈愛の篭った満面の笑みでそっと私の耳元で囁いた。

 

「まだお兄ちゃんの秘蔵フォルダには続きがあるんです」

「ほ、ホントに……?」

「えぇ、安心してください。何を隠そう『黒髪ロング──」

 

 小町さんの口から紡がれた『黒髪ロング』という単語に、私は思わず色めき立って体を起こし、我武者羅に両手を突き上げる。

 

 

「やっ……!」

「──巨乳女教師』フォルダというのがありまして」

「自分かと思った? 残念! 静ちゃんでした!」

「shit!」

 

 

 私が天高く伸ばした両手は重力に負けて部室の床へと逆戻りした。あんまりよ、こんなの……。あんまりじゃない……。

 

「話は最後まで聞いてください。まだ小町はこれで終わりだなんて言ってませんよ?」

「……え?」

「落ち着いて聞いてくださいね? 残るフォルダはあと二つです」

「ふた…つ……」

「そう、そうです。そしてそれは、『黒髪──」

 

 まるで祝福する女神のような微笑みで、小町さんが労わるように私の両手を優しく包み込む。

 ふと周りを見渡せば、由比ヶ浜さんが、一色さんが、姉さんが、誰も彼もが微笑ましそうに、穏やかな笑みを浮かべて私を見守ってくれていた。

 

「……いいのね? 私は今度こそ信じてもいいのね?」

「えぇ、もちろんですとも。小町は雪乃さんに嘘なんて吐きません」

「なら、なら今度こそ! 私も……っ」

 

 縋るように小町さんの手を握り返して、私は溢れそうになる涙を必死に堪える。

 良かった。本当に良かった。もしこれで私だけ比企谷くんの好みから外れているなんて事になったら、女としてのプライドが木端微塵に砕け散るところだった。目尻に溜まった涙を制服の袖で拭いながら背筋を伸ばし、私は居住まいを正して毅然とした面持ちで小町さんと相対する。

 

「さぁ、小町さん! 心の準備は整ったわ! 続きをお願い!」

「はいっ! お兄ちゃんの秘蔵フォルダ、それは『黒髪──」

「黒髪……っ!」

 

 お腹の底から沸き上がるような歓喜が私の体を支配する。ここまで小町さんの言葉に踊らされて何度となく絶望の淵へと立たされたけれど、それもようやく報われるのね。

 私は神託を授かる巫女のような気持ちで小町さんが紡ぐ言葉に全身全霊で耳を傾けて、その唇の動きが形作る音を読唇し、あらん限りの声を張り上げて叫んだ。

 

 

 

「──和服義母』フォルダだったんですよ!」

「そういうことなの。ごめんなさいね、雪乃」

 

「 H o l y S h i t !! 」

 

 

 

 ……母さんは止めて。お願いだから実母だけは止めて。止めてください。私の精神が死んでしまうわ。

 

「どうしたんですか、雪乃さん。まるで豆鉄砲を喰らった鳩がキツネに抓まれて化かされたような顔してますよ」

「こ、まち…さん。あなた、私を騙したの? さっきの言葉は嘘だったの?」

「ほえ? 小町、嘘なんて吐いてませんよ?」

「だって、小町さんは私に嘘なんて吐かないと言ったのに、私じゃなくて母さんが……」

「あぁ、そのことですか」

 

 合点がいったとばかりに手を叩いた小町さんがニッコリとえくぼを作るようにして微笑んで、清々しいほど無邪気に一片の悪意もなく言い放つ。

 

「ヤダなぁ、雪乃さん。なに勘違いしてるんですか」

「かん、ちがい?」

「そうですよ。だって小町、一言たりとも次が雪乃さんの番なんて言ってないですよ?」

「あっ……」

 

 その言葉に愕然としながらも、それでも諦め悪く足掻くように先ほどまでの会話を思い出して、そうして一言一句違わず暗唱した私は言葉を失う。

 そうだ。確かに小町さんはそんなこと言っていない。私が勝手に信じると縋って、小町さんは嘘は言わないと応じただけで……。どうして、こんな簡単な誘導に引っかかってしまったのかしら。どうして、そんな単純な思い込みに縋ってしまったのだろう。そんな自分がひどく情けなくて、とても惨めで、どうしようもなく遣る瀬無い。

 絶望に打ちひしがれて、それなのに私の頭の中ではまだ未練がましく小町さんとの会話が延々とループして……、そこでふと違和感を覚えた私は最後の希望を見出した。

 

「あと…ひとつ……」

「……はい?」

「さっき、小町さんは残りは二つあると言ったわよね? なら、最後のひとつは……?」

 

 極度の緊張で喉が掠れてしまったけれど、それでも私の言葉はハッキリと小町さんに届いているはずで、その証拠に彼女の双眸が僅かに瞠られるのを私は見逃さなかった。

 

「……よかったです。雪乃さん、ちゃんと小町の言ったこと覚えててくれてたんですね」

「ゆきのん。あたし、ゆきのんなら気付いてくれるって信じてたよ」

「ギリギリじゃないですか。もう冷や冷やさせないでくださいよ、雪乃先輩」

 

 小町さんが、由比ヶ浜さんが、一色さんが、部室にいる誰もがほっと安心したように眉尻を下げながら息を吐く。

 そんな彼女たちの反応に困惑する私を尻目に、はにかむように笑った小町さんが私のそばに膝をついて、静かに私の両肩へと手を置いた。

 

「雪乃さん。聞き逃さないように、しっかり、よーく聞いてくださいね。最後のフォルダの名前は──」

「な、名前は……?」

 

 ゴクリと、自分でも気付かぬうちに生唾を飲み込んでいた。

 小町さんは、まるで焦らすようにゆっくりと、けれど私が聞き逃してしまわないように、ハッキリと大きな声で言葉を投げつける。

 

 

 

「『男の娘』フォルダだったんです!」

「雪ノ下さん。八幡は僕が幸せにするから、安心して身を引いてね」

 

 

 

 小町さんの背後から突然現れた戸塚くんが天使のような微笑みを浮かべて私に笑いかける。

 そのとき、なんだか私の中でナニか大事なものがブツッと音を立てて切れてしまったような気がした。

 

「ねぇ、雪乃さん。男の戸塚さんにすら負けちゃいましたけど、今どんな気持ちですか? ねぇ、どんな気持ちなんですか?」

「確かにヒッキーはさいちゃんのこと大好きだけどさ、それでも女として男の子に魅力で負けるってどうなの?」

「雪乃先輩って美人ですけど、でもそれだけですよね。なんというか、こう……色気がないと言いますか。あれです。残念美人!」

 

 気がつけば先ほどまでの優しげな笑顔が抜け落ちて、虚ろな目をした小町さん達が嘲笑うように唇の両端を吊り上げて私を見下ろしていた。

 

「失望したよ、雪乃ちゃん」「あんた、それでも女なわけ?」「ありえないし」「もう諦めて腐女子として生きなよ」「ダサ」「ぺったんこー」「もう休んでいいんだよ、雪ノ下さん」「まじウケないから」「ウチより最底辺の存在」「ヒッキーくんはこっちに任せて?」「実に残念だよ、雪ノ下」「貴女には最初から期待などしていませんでした」「ぶっちゃけ僕の方が胸大きいんじゃない?」

 

 どうして、こうなってしまったの? 私が比企谷くんと付き合いだしたから? それで全てが狂ってしまったの?

 そうして混乱する私にトドメを刺すように、悪魔のような愉悦の表情を浮かべた小町さんが私の首へと腕を伸ばして──

 

 

「だから雪乃さん。もうお兄ちゃんのことは諦めて楽になってください、ね?」

 

 

 ──その小さな手からは想像もできないような力で私の首を締め上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぃ、や……っ、いやぁあああああああああああああああああああああああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

「──という夢を見たのだけれど」

「……雪ノ下。おまえ疲れてるんだよ」

 

 

 ようやく桜が咲き始めたかという春休みのある日。

 想像を絶するような悪夢から目覚めた私は、兎にも角にも比企谷くんに会いたくなり、朝も早い時間から彼の自宅へと押し掛けていた。

 ひどく憔悴して訪ねてきた私に、はじめこそ狼狽していた比企谷くんだったのだけれど、すぐに真剣な表情に切り替えて自分の部屋へと案内してくれる。そうして私は今朝見た夢の話を比企谷くんへと相談したのだった。

 

「そう、ね。そうよね。確かにこの一年は今までの私の人生からは考えられないほど激動に満ちたものだったから、自分でも気付かないうちに心労が溜まっていたのかもしれないわ」

「だろうな。おまえストレス耐性なさそうだし。なんなら煽り耐性もゼロだもんな」

「何か言ったかしら比企谷くん? 喧嘩なら言い値と言わず問答無用で買い叩くわよ」

「……そういうとこだからな」

 

 どこか呆れたような声音でぼやく比企谷くん。

 でも何故だかその声にひどく安心する自分が居て、けれども実はこれもまだ夢の続きなんじゃないかという漠然とした不安に押しつぶされそうになる。

 

「……ったく。んな不安そうな顔するなつーの」

「だって本当に怖ろしかったんだもの。思わず起き抜けにAmaz○nでフロイトの『夢判断』を注文してしまう程度には動揺していたのよ」

「動揺の仕方が冷静過ぎるだろ……。まぁ、それも雪ノ下らしいっちゃ雪ノ下らしいけどな」

 

 比企谷くんはそう言って苦笑すると、そっと優しく私の頭を掻き抱いてくれる。

 

「見縊るなよ、雪ノ下。いくら俺でもそこまで愚かじゃない。そういう画像に興味がないと言えば嘘になるが、考えなしにそんなフォルダを拵えるような度胸なんてねぇよ。俺はきちんとリスクヘッジができる男だ」

「……ばか」

「そんな馬鹿馬鹿しい夢に振り回されてんのはどこの誰なんですかね」

「黙りなさい。……でも、ありがとう」

 

 そうして暫くの間、私と比企谷くんはそのままの体勢で二人だけの時間を過ごした。

 彼の部屋で二人きり。肌と肌で触れ合えるような距離感。今更ながらそんなシチュエーションに思い至って、らしくもなくドキドキと胸が高鳴ってしまう。ああ、ダメね。私はやっぱり重症みたい。だって一向に動悸が収まる気配がないもの。

 

「……ねぇ、比企谷くん」

「なんだよ」

「私ね、安心したいの」

「安心?」

「そう、安心。私の見た夢がただの悪夢であるという証明が欲しくて、アナタのこの温もりが夢じゃないのだという証拠が欲しいの」

 

 ゆっくりと、名残惜しい気持ちを押し殺して、私はそっと比企谷くんの両腕から抜け出した。

 私は右手を撫でるように彼の頬へと添えて、微かに潤んだ視界をそのままに、比企谷くんの少し濁ったような瞳を見据えて口を開く。

 

「だから比企谷くん」

「……雪ノ下」

「お願い、……ほしいの」

「雪ノ下!」

「比企谷くん!」

 

 いつになく真剣な面持ちの彼に、私はしなだれかかるようにして体を預けてそっと彼の耳元で囁いた。

 

 

「あなたのスマホの中身、ちょっと見せてほしいのだけれど」

「…………うぇあ?」

 

 

 私のお願いに、比企谷くんが何故だかポカンと間の抜けたような顔で固まってしまう。

 一体何をフリーズしているの、比企谷くん。そのだらしなく半開きになった口を閉じなさい。

 

「さ、ほら早く見せてちょうだい。別にあなたの個人情報を盗み見るつもりはないの。ただちょっと画像データが入っているフォルダだけ確認させてもらえればそれでいいから」

「いや、急にそんなこと言われてもだな……」

「私の心の安寧のためにも見せて欲しいのだけれど」

「あれー、そういえば俺のア○フォンちゃんは何処にやったかなー。おっかしーなー見当たらないぞー。これは失くしてしまったかもしれないなー」

「見せて欲しいのだけれど」

「だ、だから失くして……」

 

 あら、おかしいわね。どうして比企谷くんはそんなにも汗をダラダラとかいているのかしら。春の陽気で温かくなってきたとはいえ、まだそんなに汗を流すような気温ではないはずよ?

 実に不思議だわ。実に不可解ね。実に不愉快よ……。

 

「……ねぇ、比企谷くん」

「ひゃ、ひゃい!?」

 

 だから私は私に出来る最大級の笑顔で比企谷くんへと告げる。全ての表情筋を動員して吊り上がりそうになる眉を全力で抑え込み、引き攣りそうになる頬を強引に持ち上げて、戦慄く唇を無理矢理動かして最後通牒を突き付けるのだ。

 

 

「──引き千切るわよ?」

「……ヒェ」

 

 

 ようやく観念したのか、おずおずといった風に比企谷くんが勉強机の上に置いてあったスマホを持ってきて私に手渡す。そう、はじめから素直にそうしていれば良かったのよ。軽い憤りを覚えながら端末横の電源ボタンを押した私の目に飛び込んできたのは、ここから先は通さないとばかりに立ち塞がる端末のロック画面。

 

「比企谷くん、ロックを解除しなさい」

「……」

「 ひ き が や く ん 」

「……」

「そう、黙秘するの。いいわ。あなたがそういう態度なら私にも考えがあるもの」

 

 私は端末のディスプレイをタップすると画面に映し出されたキーボードに指を這わせる。

 

「……解けたわ」

「はぁっ!? どうやってこの短時間で俺のパスワードロック解いたんだよ!?」

「『0303』。まさか本当に小町さんの誕生日を設定しているなんて。呆れるのを通り越して軽蔑するわ」

「通り越したら尊敬……しないですね、はい」

 

 無駄な抵抗を試みる比企谷くんだったけれど、半眼で睨む私の視線に射竦められて、がっくりと諦めたように肩を落として項垂れる。

 ……その哀愁漂う姿には微かな罪悪感を覚えるのだけれど、別に私だって好き好んでこんなプライヴァシーの侵害みたいなことをしているわけじゃないのよ。もうこの際、比企谷くんが濫りがましい画像を所持していてもいいの。彼だって思春期男子高校生だもの。むしろそういうものに興味を抱いていることの方が健全だとすら思うわ。下手に拗らせて将来自転車のサドルや上履きなんて無機物に劣情を催すようになられても困るもの。リコーダーだけは絶対に許さない。こう見えても私にだって刑法に触れるようなことでなければ許容するくらいの度量はあるのよ。

 

「ビューアアプリは……これね」

「もう好きにしてくれ」

 

 両手を万歳するように上げて無抵抗の意思を示す比企谷くんを尻目に、アイコンから推測してアプリを立ち上げた私は、せかせかと端末のディスプレイに指を這わせる。

 ふむ……。手始めにアプリのアルバムをチェックしてみたのだけれど、変なところで律儀と言うか几帳面な比企谷くんらしく、アルバムにはきちんと名前が付けられていて彼が自分で撮ったと思われる写真やインターネットからダウンロードしたと思しき画像まで内容ごとにきちんとカテゴライズされていた。

 『ネタ』『おもしろ』『風景』『猫』……ねこ。ハッ!? いけない惑わされてはダメよ今はそれどころじゃあっこの子猫の写真可愛い欲しいしっかりしなさい雪乃そうよ慌ててはダメこれはお猫様の罠よ…………にゃー。

 

「……雪ノ下?」

「にゃ……んんっ! なにかしら、比企谷くん?」

「いや、もう満足したか?」

「えぇ、堪能した……違う、そうじゃないの。ま、まだ途中よ」

「……はぁ。さいですか」

 

 危なかったわ。まさか比企谷くんがこんな高度なトラップを仕掛けていたなんて。断腸の思いで猫の誘惑を振り切った私は改めてアルバムの一覧に目を向ける。

 さすがに全ての画像を一枚一枚チェックするつもりはないので、サムネイルで流し見ているのだけれど、これといって不審なものはなかった。一瞬、やはり私の考え過ぎだったのかとも思ったけど、そうすると先ほどの比企谷くんの狼狽えぶりが説明つかない。

 

「……あら?」

 

 そのとき、ふと気になったのは『その他』と銘打たれたフォルダ。中を確認してみると、その名に違わずメモ代わりに撮ったと思しき広告やポスター、他にも自室の風景や道端の雑草などの写真が雑多に詰め込まれている。一見、おかしな点は無いように思えるのだけれど、私の直感がこのフォルダが怪しいと告げていた。

 そう、そうよ。変よね、これ? 他の写真や画像は几帳面に分類されているのに、どうしてここだけ『その他』なのかしら? 確かに分類に困るような内容かもしれないけれど、一時的に撮っただけなら削除すれば済む話だし、目的が有って保存したのなら分類できるはず。そして、何よりも疑わしいのがここだけがフォルダ管理されているという点ね。他の写真はただのアルバムなのに、『その他』だけはフォルダ配下に『その他(1)』『その他(2)』『その他(3)』『その他(4)』……という風にアルバムが作られていた。

 

「ねぇ、比企谷くん。この『その他』というフォルダは何かしら?」

「いや何って聞かれても……。どうでもいいような写真なんかを放り込んでるだけだけど」

「……そう、どうでもいいの」

「なんだよ。疑うんなら好きに見ればいいだろ」

「いえ、それには及ばないわ。それより、どうでもいいのなら私が削除してしまっても構わないわよね?」

「…………え゛?」

 

 淡々とした口調で問いかけた私の言葉に、比企谷くんがギョッとしたような顔で瞠目する。

 

「……」

「……」

 

 静かに交わされる私と比企谷くんの視線。そこに飛び交うのは、疑念、困惑、懐疑、動揺、確信、焦燥といった形のない言葉たち。

 

「消すわ」

「それを消すなんてとんでもない!」

 

 ……釣れたわね。

 ダラダラと額に汗を流し、決まりが悪そうに私から視線を逸らす比企谷くんを無視して、私はカバンから自分のスマートフォンを取り出す。画面をタップしてブラウザを起動させると『ファイル 隠蔽 アプリ』で検索をかけた。

 

「比企谷くん、知っているかしら? 世の中には秘密を守るために、第三者から見つからないようデータを隠してしまうアプリがあるそうよ」

「ほ、ほーん……。それは知らなk」

「あら、ごめんなさい。私としたことが『釈迦に説法』だったわね。だってほら、あなたの端末にそのアプリがインストールされているもの。当然、その存在も使い方もご存知のはずよね?」

「……」

 

 そこで沈黙するのは悪手よ、比企谷くん。

 私は先ほど調べた隠蔽アプリの使い方を見ながらアプリを操作し、ロック解除のためのパスワードを入力した。

 

「比企谷くん、隠し事をしたいのなら二つほど忠告しておくわ」

「ゆ、雪ノ下……?」

「一つ、隠蔽工作は確かに重要だけれど、度が過ぎれば却って不審を招くものよ」

 

 先ほどの『その他』フォルダ。『その他(1)』といった名前のアルバムがズラズラと並ぶなかで、最後に『その他(未使用)』という空のアルバムが存在していたのよね。本当に未使用ならそんなアルバムをわざわざ用意する意味はないでしょう?

 

「二つ、パスワードの使い回しは厳禁」

 

 『0303』と入力されたことで、アプリはあっさりとその役目を終えた。

 

「では、拝見するわね」

 

 慌てて私の手から端末を取り上げようとした比企谷くんを小手返しで投げ飛ばし、私がディスプレイをタップして隠されていたフォルダを開いた──そのときだった。

 

 

 

 カチャ……。

 

 

 

 ──と背後から小さく聴こえた部屋の扉を開く音。同時、背中に走る悪寒。言いようのない、何かネットリとした悍ましい視線の感覚。

 それは、これまでの人生で私が一度も味わったことがないモノだった。母に抱いていた畏怖とも違う、姉に無理矢理連れ回されて苦手となったジェットコースターへの怯えでもない、幼い頃にトラウマとなった犬に対する恐怖なんかとはまったく異なるベクトル。

 

「っ……」

 

 ソレを見てはダメだと、私の本能が警鐘を鳴らす。それなのに、私はまるで何かに導かれるようにゆっくりと、背後を振り返った。振り返って……しまった。

 

 

 

 

 

「あぁーあ、みぃちゃったぁ」

 

 

 

 

 

 小さく開いた扉の隙間から顔を覗かせて、ニヤァと背筋に怖気が走るような笑みを浮かべた小町さん。

 彼女は目を虚ろにさせながら、仄暗く濁った瞳で、ただ只管に私を凝視していた。

 

 

 いつまでも、いつまでもずっと……。

 

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