ギアス新生   作:真黒 空

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裏事情

 

 神聖ブリタニア帝国、玉座の間。

 普段なら護衛も含め多くの人が敷き詰めるその部屋には、現在ただ二人の人物しかいなかった。

 一人は当然、神聖ブリタニア帝国の皇帝、シャルル・ジ・ブリタニア。

 そしてもう一人は、皇帝直属の騎士、ナイトオブラウンズの一人であるアーニャ・アールストレイム。

 通常なら跪いて頭を垂れるべき騎士は、あろう事か皇帝の玉座の肘掛けに腰を下ろし、暢気に欠伸をしている。

 しかし即刻打ち首にするべき不敬を前にして、皇帝は咎める事すらしなかった。

 

「V.V.にも困ったものね。私を殺して満足してればいいのに。自分の軍隊でも作ろうって言うのかしら?」

 

 足をプラプラさせながら気安い口調で皇帝に話し掛ける騎士に、皇帝は淡々と答える。

 

「嚮団独自の戦力を必要としたのだろう。あそこはギアスユーザーばかりで、扱いが難しい」

 

 V.V.がジルクスタンに行ったのは皇帝の要請ではなく、V.V.の独断であった。

 しかし后妃暗殺の事件があった後、被害者本人から犯人を聞いた皇帝はギアス嚮団に自らの手の者を送り込んでいるため、今回の件は筒抜けとなっている。

 

「でもどうして今更? そもそも嚮団に戦力って必要なの?」

「お主が殺された時の事を考えれば、自ずと答えは出るであろう。マリアンヌよ」

 

 呼ばれた騎士――アーニャの中に精神だけ潜り込んでいる死んだはずの后妃マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアはその言葉に少しだけ思案を巡らし、すぐになるほどと頷いた。

 

 自身が殺される時、V.V.は自ら出向いてマリアンヌを殺害している。厳重な警備が敷かれた後宮にV.V.が侵入できたのは、皇居を自由に移動できるだけの知識と手段があったのに加え、マリアンヌが警備を下げるよう命令を下していたからだ。しかしV.V.が入れたという事は、V.V.の手の者も侵入が可能だった事を意味する。

 V.V.は性格上自らが直接手を下すようなやり方を好まない。口は出しても手を出す事は滅多になく、自らは観察者だとでも言うように引っ掻き回した事態を高みから傍観するのがV.V.の手口だ。それは幼少よりコードをその身に宿したため、表舞台に出られなくなったが故の必然だったのかもしれない。

 

 しかしそのV.V.がマリアンヌを暗殺する時だけは直接手を下している。もちろん計画を行う仲間として自身が姿を見せる事で油断を誘う意味もあっただろう。だが全盛期にはナイトオブラウンズになり、閃光のマリアンヌとまで謳われた女傑を暗殺するのは、いかに不老不死のV.V.といえどあまりにリスクが高い。全盛期のマリアンヌであれば、たとえ武器がなくともV.V.の銃弾を避けて取り押さえる程度は可能であったし、使用人が割って入りさえしなければ、いくら出産や子育てで勘が(なま)っていたとはいえ、あんなにもあっさりと殺される事はなかっただろう。

 失敗すれば弟の信頼を失う可能性があったにも関わらず、V.V.は配下の者を殆ど連れずに、荒事に向いていないのを理解していながら自らの手でマリアンヌ暗殺を実行した。つまりそれは、V.V.以外にそれを行える人間がいなかった事を意味する。

 

 しかしそれは考えてみれば当然の事でもあるのだ。ギアス嚮団とは研究施設であり、本来荒事とは無縁の組織である。ギアスが対人において脅威になるからと言って、訓練もしていない素人ではよほど実践向きの能力が発現でもしていない限り戦力とは成り得ない。唯一戦力となるプルートーンも、ギアス嚮団直属の組織というわけではなく、あれは元々皇族の汚れ仕事を請け負う裏組織だ。皇帝であるシャルルに内密で動かす事は難しい。

 となれば、今後マリアンヌの時のような事態に備え、V.V.が弟に頼らない秘密裏の戦力を欲するのは当然と言えるだろう。

 

「なるほどね。だけどもうあれから五年以上も経ってるのよ。戦力補強としては遅すぎないかしら?」

「C.C.が見つからない事で兄さんも焦っておるのだろう。必要になった時に探すのでは遅い。万が一に備えるのは常道よ」

 

 これまでは計画を進めるための研究に掛かりきりだったのだろうが、その研究の結果、計画を達するためにはコードが二つ必要だと判明したのも、今回のV.V.の行動に大きく影響しているのかもしれない。

 

「万が一って言うのは、私の時みたいにまた嘘をついて何かするって事かしら?」

 

 自分の死に関する事を笑みを浮かべながら口にするマリアンヌ。

 重々しく、かもしれん、と頷く皇帝に彼女は大きく息を吐いた。

 

「懲りないわねぇ、V.V.も。で、どうするの? もう奪っちゃう?」

 

 気軽に問うマリアンヌだったが、その内容は口調とは裏腹に過激なものだった。

 マリアンヌが奪うと言ったのは、V.V.のコードである。コードはコードユーザーがギアスユーザーに押しつける事もできれば、逆に達成人にまで至ったギアスユーザーがコードユーザーから奪い取る事もできる。コードを奪われればV.V.はただの子供となんら変わりない只人に成り下がり、ギアス嚮団を率いる事も、陰で暗躍する事もできなくなるだろう。計画が達成するまで適当な部屋に軟禁しておけば危険もない。

 

 しかし生まれてからずっと共にあったV.V.に対し、シャルルはそこまで非情な決断を下す事ができなかった。それこそ、最愛の妻を殺されていようとも。

 

「まだ嘘をついたわけではないのだ。今回は見逃そう。だが……」

 

 甘い判断を下すシャルルが言い掛けた言葉に被せ、マリアンヌが続きを口にする。

 

「戦力増強はともかく、管理ができなきゃまた暴走しそうよねぇ」

「うむ」

 

 こちらがギアス嚮団の戦力が増えた事を把握しているとV.V.が知っているなら、その戦力を使って暗躍などしないだろう。

 しかし秘密裏に派遣している者からの報告なので、当然V.V.はこちらが知っている事を知らない。となればファルラフと手を組んだ事を報告せず、秘密にしたまま暗躍するだろう事はマリアンヌの件からも大いにあり得た。事実を隠しただけで、嘘はついていないという詭弁を弄して。

 

「じゃあ報告がないようなら潰しちゃえばいいのよ。戦士の国と言っても、たかだか一万ちょっとの戦力しかない小国でしょう? 潰して取り込んじゃえば手っ取り早いし簡単だわ」

 

 短慮ともいえるマリアンヌの提案に、シャルルは一度目を閉じる。

 しばらくして再び目を開いたシャルルは、自分の思考を吟味するかのように静かに呟いた。

 

「ジルクスタンは分派だけあってアラムの門がいくつもある稀有な国。理由としては充分すぎるか」

 

 それはマリアンヌの提案を採用する事を示す呟きだった。

 V.V.に問い詰められた時の建前は問題なく、侵略する事のデメリットは殆どない上にメリットはあまりある。

 外交的な宣戦布告の理由については考える必要がない。適当な理由をつけて侵略するのは、もはやブリタニアのお家芸となっているのだから。

 それにたとえ言いがかりであろうと、最後にはラグナレクの接続で誰もが本当の目的を理解するのだ。わざわざ手間を掛けて説得する意味もない。

 

「良かろう。ジルクスタンに兵を出す。マリアンヌよ、お主はどうする?」

 

 主語のない問いだったが、伊達に長年夫婦をやっているわけではないマリアンヌには、夫が自分の欲望を汲んでくれたのだという事がすぐに分かった。

 

「戦士の国って言うくらいだから中々興味は引かれるけど、やめておくわ。まだ長時間ナイトメアに乗れるほど成長しきれてないのよ、この子。素材はいいのに、もったいないわ」

 

 心底残念そうにマリアンヌが告げる。

 恐るべき身体能力を発揮し最年少でナイトオブラウンズに就任したとはいえ、アーニャ・アールストレイムの身体はまだ十歳そこそこのもの。短い時間ならまだしも、長い時間ナイトメアに乗るには身体の成長がわずかに足りない。

 マリアンヌが昔のようにナイトメアに乗れるのはまだ先の事になるだろう。

 

「えっと、確かエリア15になるのかしら? 随分と増えたものね」

「数など無意味なものよ。どうせ最後は一つになるのだ」

「ふふっ、ラグナレクの接続までもう少しだものね。アーカーシャの剣はどうなってるの?」

「もう生成には着手しておる。だがいましばらく時間は必要だろう。そのためにも研究場はいくらあっても良い」

「力しか取り柄のない小国も、意外と役に立つものね」

 

 他国を見下すどころか利用するだけの物扱いし、神聖ブリタニア帝国皇帝はジルクスタン侵略を決める。

 それは万人が死ぬ戦争を起こすには、あまりにも気軽な決断だった。

 

 

 

 

 

 皇歴2015年9月、神聖ブリタニア帝国は戦士の国・ジルクスタン王国に宣戦布告した。

 物資に乏しいジルクスタンが侵略の対象とされた事は、人々に疑念と戸惑いを生んだ。

 

 そんな中で語られた

「ジルクスタン王国は軍事力を輸出し、世界に無駄な争いを助長する国家である」という大義名分。

 

 自国民こそが優れた民族であり、それ以外は劣等民族だと公言して他国を侵略するブリタニアが語るにはあまりに白々しい大義名分だったが、この宣戦布告によって世界中の国がブリタニアの声ない脅迫を感じ取った。

 

 侵略価値のない国でも逆らう者は容赦なく叩き潰す、というブリタニアからのメッセージなのだと。

 

 ジルクスタン王国の傭兵部隊が各国に派遣され活躍しているのは、耳聡い者には周知の事実である。

 今回の宣戦布告は、それを看過できないと見たブリタニアの制裁行為である事は明白だった。

 

 ジルクスタン王国一万二千の戦力に対し、ブリタニアが派遣した軍は五万。

 およそ四倍以上の戦力で侵攻するブリタニアに、ジルクスタン王国がその名を失い、エリアの名を冠される事は時間の問題と思えた。

 

 しかし戦争開始からおよそ二月。ジルクスタン王国は侵攻するブリタニア軍の悉くを撃退し、遂には撤退へと追い込んだ。

 

 それは戦士の国ジルクスタンの力が決して眉唾のものでなかった事実の証明であり、誰も想像しなかったその結果は、確かな波紋となって世界へと広がっていった。

 

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