コードギアス~あの夏の日の絆~   作:真黒 空

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10:抜かれるナイフ

 

「ナナリーは、何を願うんだい?」

「優しい世界でありますように」

「お前の目が見える頃には、きっとそうなってるよ」

「本当に?」

「約束する」

 

 創ってみせる。そんな世界を。

 微笑みながら心の中で決意を固め、ルルーシュは最愛の妹の頬を撫でる。

 テーブルには妹が咲世子さんから教えてもらったという紙でできた鶴がちょこんと乗っている。

 これから忙しくなれば、こうして妹と話す時間を取る事すら難しくなっていくだろう。

 だがそれに迷いはない。もし何もしなければ、それはいずれ彼女の命と共に失ってしまう事もあり得るのだから。

 

「そういえばコーネリアお姉様、この国に来ていらっしゃるんですよね?」

「ああ。一週間くらい前から総督に赴任しているはずだよ。クロヴィス兄上と違って、着任の式典をしないのは姉上らしいな」

「コーネリアお姉様は武人でいらっしゃいますものね。昔アリエス宮の警備もしていただきました」

「そうだね。姉上は母さんに憧れていたし、俺達も随分可愛がってもらった」

「はい。とても楽しかったです」

 

 まだ幸せだった頃の話に花を咲かせ、ルルーシュとナナリーは笑い合う。

 そんな話ができる相手は、もうお互いしかいない。スザクですらその頃はまだ会ってすらいないのだ。

 

「ユフィ姉様もこのエリアにいらっしゃってるんでしょうか?」

「どうだろう? 姉上の性格からして一緒に連れてきていてもおかしくはないけど、エリア11はテロ活動も多くて危ないから、本国に残っているかもしれないな」

「懐かしいですね。憶えていらっしゃいますか? 私がユフィお姉様のお皿を割ってしまった事」

「ああ。母さんの騎士叙任祝いのお皿だったな。本来なら母さんの子供である俺達が持ってるわけにはいかないんだけど、ナナリーが我儘を言ってユフィを困らせた」

「はい。しかもその際お皿を割ってしまって、泣きそうだった私にユフィ姉様が『良かった』って言ってくれました」

「『これでナナちゃんと私、二人で持てる』だったっけ。全く、とんでもない屁理屈だな」

「でもとっても嬉しかったです。お皿を貰えた事よりもずっと、ユフィ姉様の優しさが……」

 

 穏やかな笑みを浮かべるナナリー。

 彼女にとって、兄の次に親しい身内。顔を思い浮かべられる数少ない大切な人の一人だろう。

 

「会いたいかい? 姉上やユフィに」

 

 そう訊いた瞬間、彼女の顔がわずかに曇った。

 

「いいえ。私はお兄様がいてくれさえすれば、それだけでいいんです」

「そうか……」

 

 本当は会いたいはずだ。本国にいた頃、リ家の姉妹は母が庶民の出のため疎まれていた自分達と仲良くしてくれた数少ない身内なのだから。ナナリーも懐いていたし、ルルーシュだって憎からず思っていた。だが隠れ住む自分達は万が一にも本国に生存を知られるわけにはいかない。それを理解しているからこそ、ナナリーは会いたいとは言わないのだ。その妹の優しさと強さに、ルルーシュの胸はわずかに痛む。

 ルルーシュとしては昔は仲が良かったとはいえ、彼女達にもはや未練はない。本国に旅立つ時に別れの言葉の一つも掛けてはもらえず、日本に住むようになってから書いた手紙にも返事はなかった。極東事変で自分達が死んだと偽っても、日本に来る事すらなく死亡報告を鵜呑みにする程度の関係性だ。そんなものをいつまでも後生大事にするつもりはない。だがそれをナナリーにも押しつけるつもりなどルルーシュには毛頭なかった。

 

「楽しかったですね。私とユフィ姉様がお兄様のお嫁さんの座を取り合った事もありました」

「あの時は大変だったよ。お前もユフィも、どっちをお嫁さんにするかいま決めて、なんて迫ってくるんだから」

「お兄様は小さい頃からモテモテですね」

「いくら妹にモテても結婚はできないんだけどな」

 

 苦笑を返し、ルルーシュは妹との穏やかな時間を楽しむ。

 しばらく咲世子さんに淹れてもらった紅茶を飲みながら歓談していると、ナナリーが言いづらそうに切り出してくる。

 

「お兄様、その……」

「どうしたんだい? ナナリー」

「えっと、スザクさんは、まだ……」

 

 その名前で何を聞きたいのか理解したルルーシュは形にならなかった疑問を肯定する。

 

「ああ。見つかってないみたいだ」

「そう、ですか……。どうしてスザクさんはあんな事を……」

「分からない。でもスザクは、なんの理由もなくあんな事をする奴じゃない。きっとそれだけの何かがあったんだ」

「そうですよね。でも……」

「事情が分からないんだ。納得できないのは仕方ないよ。無理に理解しようとしなくていいんだ」

「はい……」

 

 ナナリーの思いを汲んで、ルルーシュは優しく追及を諦めさせる。

 7年振りに再会したその翌日には当人が指名手配されていたのだ。驚かないわけがない。しかもスザクはナナリーも共にした食事の際に軍を続けると言い切っており、そこに不満や怒りといったものを感じさせなかった。スザク本人から事情を聞いていなければ、ルルーシュも何が起こっているのかまるで理解できなかっただろう。

 それにルルーシュは納得できたが、ナナリーにスザクの事情を理解しろというのは難しい。ブリタニアの非道の数々。日本人への扱い。それによって成り立っているエリア支配の現状。スザクとルルーシュが密かに会っているという事実を隠して事情を説明する場合、ブリタニアの専横を語る事は避けて通れない。これまでできる限りそういったものからナナリーを守ってきたルルーシュにとって、たとえスザクの行動を思ってナナリーが胸を痛める事になろうと、全てをつまびらかに話すよりはマシと思えた。

 

「スザクの事なら、きっと心配はいらないさ。そのうちひょっこり顔を出してくるかもしれないし、事情はその時にでも説明してくれるだろう」

「そうですね。私達が心配していても仕方ないですものね」

 

 ルルーシュが意識して明るい声を出すと、ナナリーもそれに同意して微笑んだ。

 心優しい妹に本当の事を伝えられない罪悪感を抱きながら、ルルーシュは立ち上がる。

 

「それじゃあちょっと野暮用があるから、俺は出かけてくるよ」

「はい。お兄様。お気をつけて」

「ああ。いってきます。ナナリー」

 

 頭を撫でてその額にキスする。

 最愛の妹の笑顔を守るために、ルルーシュは部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブリタニア政庁。

 配下の腹心二人を控えさせ、資料に目を通す現エリア11総督、第二皇女コーネリア・リ・ブリタニアはその内容に大きくため息をついた。

 

「やはりあれは、優しすぎたようだな……」

「クロヴィス殿下は慈悲深いお方ですから」

「世辞はよい。統治する者にとって優しさなど弱みにしかならん。それを我が弟は理解できていなかった。それだけの事だ」

 

 フォローを入れる腹心ギルフォードの言葉をバッサリと切り捨てるコーネリア。

 弟であれ、政治が関われば容赦ないのは彼女の苛烈な性格ゆえだろう。

 

「だがこれだけあってまだ調査中か」

「ハッ。予想以上に根が深いようでして、全て調べるのにはまだ時間が掛かるかと」

「仕方ないな。それではもう一つの案件を先に済ませるとするか」

 

 彼女が目を通していたのは政庁や軍の不正の調査書だ。

 そこには目を覆いたくなる量の不正の報告が羅列されており、一度に全てを処分すれば政庁や軍が回らなくなるほどの混乱を巻き起こす可能性があるほどだった。しかも未だに調査中であり、その量は今後さらに増えるだろう。これだけの負の遺産を残されたコーネリアが、前任であるクロヴィスに対し辛辣な評価をするのも仕方ないといえた。

 

「ダールトン。お誂え向きの組織は見つかったか?」

「ハッ。埼玉ゲットーを拠点としている大和同盟とかいうテロ組織が妥当かと」

 

 ルルーシュの予想通りコーネリアは総督就任早々に内部の調査を敢行し、そして並行してテロ対策も行っていた。

 ダールトンからの報告にコーネリアは口の端を上げ、落ちていた気分を持ち直す。

 

「組織の規模と現地民との関係は?」

「十数人ほどの組織ですが、ゲットーの半数以上が協力者のようです。そのためクロヴィス殿下も実態を割り出すのが難しかったのかと」

「なるほどな。総生産への影響はどうなっている?」

「第一次生産が0コンマ2のマイナスです」

「予想範囲内か。問題はなさそうだな」

「では……」

「ああ。生かしておく理由はない。このエリア11の礎になってもらうとしよう」

 

 コーネリアの目的、それはいわゆる見せしめだ。同時に自身のテロに対するスタンスを民衆やテロ組織に示すためでもある。

 前任のクロヴィスは積極的なテロリスト狩りは行っておらず、テロが起これば鎮圧に向かうといった消極的な対応を基本としていた。だがコーネリアはそのような甘い対応をするつもりなど毛頭ない。テロリストは積極的に潰して回り殲滅する。そしてもし、現地民(この場合は殆どがイレブン)がそれに対し協力ないしは黙認すれば同罪として処分する事で、消極的な協力すら許さないと示しテロリストを根こそぎ炙り出そうとしているのだ。

 

「それと、作戦の際は報道を行う。準備しておけ」

「報道ですか? 恐れながら姫様、どういったご理由でしょうか?」

「クロヴィスの件、聞き及んでいるな?」

「はい。新宿の作戦の際に旗艦が襲われたと」

「その通りだ。幸い外傷はなかったようだが、我らに仇成す者がこのエリアに潜んでいる事は疑いようがない。となれば、新宿と同じこの状況、クロヴィスの時のように私を狙いに来る可能性は高いだろう」

「ふむ。つまりは釣りですか」

「ああ。それと標的はそいつだけじゃないぞ。特派に脱走した元名誉ブリタニア人がいたな」

「はい。確か、枢木スザク……でしたか」

「兄上の機体まで盗んだそのイレブンが最後に従事した作戦が、新宿の一件だ」

 

 特派のナイトメア強奪事件はコーネリアの耳にも当然入っている。そしてコーネリアは、軍の汚名ともいえるこの事件を見逃すつもりはなかった。

 

「枢木スザクがどうして脱走したのかは知らないが、もし義侠心や愛国心などで脱走したのなら、最後の作戦が契機になった可能性は高い」

「確かに新宿の件は殲滅作戦。しかも枢木スザクは首相の息子だったとか。だとすれば同じ民族が殺害されていく事に耐えきれなかったとしても不思議はありませんな」

「ならばもし、同じ事態が起こると分かったら枢木スザクはどうする? しかも手元には最新型のナイトメアフレームだ」

「なるほど。襲撃者は姫様を、枢木スザクは状況を餌に誘い出そうという事ですね」

「その通りだ。もしこちらで特派の機体を取り戻せれば、兄上に貸しも作れる。まぁ脱走理由も分からなければ戦力差もあるのだ。枢木の方は誘いに乗ってくる可能性は低いだろうが、襲撃者の方が己を過信するタイプなら私の首を狙いに来るはずだ」

 

 旗艦を襲撃し、参謀や親衛隊まで無力化しながらクロヴィス本人には手を出さなかった襲撃者の目的は分からない。だが狙いはこのエリア11のトップである事は間違いないだろう。同じ状況を作れば、同じ行動に出る可能性は高い。

 

「もしのこのこ現れたならば容赦はせん。だが襲撃者は警備の厳重なブリタニアの旗艦に侵入を果たし、そして枢木スザクはイレブンとはいえ世界唯一の第七世代型ナイトメアフレームを所持している。相手どる事になっても、無様な姿はさらしてくれるなよ?」

「「イエス・ユアハイネス」」

 

 撃てば響く返しにコーネリアは鷹揚に頷く。

 埼玉のテロリスト掃討作戦が実行されるまで、残り2時間を切ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポケットにしまっていた携帯が震えるのを感じ、ルルーシュは電話を取る。

 耳元から聞こえるのは聞き慣れた親友の声。

 

『ルルーシュ。ニュース見た?』

『埼玉の包囲作戦の事か?』

『うん。ルルーシュの言ってた通り、総督はテロリストの殲滅に乗り出したみたいだね』

『想定通りだが、こんなにも早いとは思わなかったな。さすがは姉上といったところか』

『感心してる場合じゃないでしょ。どうするの?』

『とりあえず一度合流するぞ。一時間後にそちらへ行く』

『了解』

 

 電話を切り外出着へ着替え始めるルルーシュ。

 そこへベッドの上から声が掛かった。

 

「行くのか、ルルーシュ」

「まだ分からない。結論はスザクと相談してからだ」

「ほぅ。意外だな。もうどうするのかは決めているのかと思ったが」

「俺としての方針は既に決めている」

「つまりは枢木スザク次第か。人の意見なんて無視するタイプかと思ったが、存外聞く耳は持っているんだな」

「俺達の進む道を、俺一人で決めるつもりはない」

 

 着替え終わり荷物を準備していると、なぜかTシャツ一枚だったC.C.も拘束衣に着替え始めていた。

 

「おい、なぜお前まで着替えている」

「退屈だからな。そろそろ私も散歩でもしようかと思ってな」

「ついてくる気か」

「私のような美女と一緒に歩けるなんて光栄だろう?」

「軍に追われている自覚がないのか? ここにいろ」

「出て行けと言ったり残れと言ったり、我儘な奴だな」

「我儘なのはどっちだ。お前が見つかれば俺まで巻き添えになる可能性がある。いいから大人しくしていろ」

「断る。お前の命令を聞くつもりはない」

 

 チッ、と大きく舌打ちを打つルルーシュ。

 目の前の女が言い出したら人の話など聞かない事はこれまでの付き合いで充分に思い知っている。来ると言ったら絶対に来るのだろう。

 

「ならせめて拘束衣はやめろ。そんなものを着て外出すれば一発で捕まる」

「仕方ないな。それくらいは妥協してやるよ」

「そもそもなぜ拘束衣ばかり着たがるんだ。俺の口座を使っていいから、服くらい用意しておけ」

「私にだって遠慮というものがある。ピザに加えて服まで、というわけにはいかん」

「服を買ってピザを遠慮しろ。まったく、今日はとりあえずこれでも着ておけ」

「女の服をぞんざいに選ぶ男はモテないぞ、坊や」

「うるさい。さっさと準備しろ」

 

 拘束衣からルルーシュの外出着へとC.C.は着替え、ようやくクラブハウスを出る。

 途中いくつか寄り道をして、宣言した1時間後ピッタリに二人はスザクの隠れ家へと到着した。

 

「待たせたな。スザク」

「時間通りだよ。でもルルーシュ、後ろの人って……」

「ああ。お前も新宿で見ただろう。毒ガスの女だ」

「人を毒ガス呼ばわりとは、礼儀の知らない坊やだな」

 

 投げやりなルルーシュの説明に口では文句を言いながらも不満そうな顔一つせず口角を吊り上げるC.C.。

 スザクはもう少しで親衛隊に殺されそうになったところを助けられたのを思い出し、素直にお礼を述べた。

 

「無事で良かったよ。新宿の時は助けてくれてありがとう。僕は枢木スザク。君は?」

「ほぅ。お前はあそこの坊やと違って礼儀を弁えているらしいな。命の恩人にちゃんとお礼を言えるとは」

「……ルルーシュ。まさか君、お礼も言ってないの?」

「巻き込まれたのはこちらだ。むしろ謝罪を要求したいくらいだな」

「ま、あの通りだ。私はC.C.。よろしくな、枢木スザク」

「えっ? あっ、うん。……C.C.?」

「そういう名前なんだよ」

 

 疑問符を浮かべるスザクにそう言い切るC.C.。イニシャルだけなど明らかに偽名だが、あれだけ堂々と開き直られると追及しがたいものがあるのか、スザクは曖昧に頷きそれ以上は問わなかった。

 

「それでどうして君がここに? っていうか、なんでルルーシュと一緒にいるの?」

「そいつが無理やり押しかけてきて、それ以来俺の部屋にいついているんだよ」

「無理やりとはご挨拶だな。私のような美少女、それも命の恩人に対し恩を返す機会を与えてやったんだ。むしろ感謝するのが当然じゃないのか?」

「いますぐ出ていけ」

「ルルーシュ。そういう言い方は良くないよ。助けてもらったんだから」

「だから巻き込まれたのはこっちの方だと……いや、もういい」

 

 言い分が理解される事はないだろうと諦め、ルルーシュは本題へと移る。

 

「こいつの件は後回しだ。いまは差し迫っている問題があるだろう」

「埼玉の件だね。どうするつもり? ルルーシュ」

 

 スザクは自分の意見は口にせず問うた。

 その様子からは判断を任せるという意思が伝わってきたが、ルルーシュは安易に方針を告げる事はせず、状況を共有するためにも事態を分かりやすく整理する。

 

「相手はコーネリア軍。こちらは最新型とはいえ脱出ブロックのついていないナイトメアが1機に俺とお前の2人だけ。端的に言って、蟻が象に挑むようなものだな」

 

 冷静に戦力を分析し、首を竦めるルルーシュ。

 それに賛同するでも反対するでもなく、黙ってスザクは耳を傾ける。

 

「埼玉のテロリスト共を味方につけられたとしても、数は十数人といったところだろう。焼け石に水だ。とてもまともに戦えるような戦力差じゃない」

「じゃあ、見捨てるの?」

 

 それでも構わない、とスザクの瞳は言っていた。

 助けられるものなら助けたいとは思うが、スザクにとって一番大事なのはルルーシュの安否だ。安易な人情で助けに入ってルルーシュが危険に晒されるくらいなら、最初から見捨てる事を選ぶのに躊躇いはない。

 

「戦えない、とは言ったが助けられないとは言っていない。コーネリアの首を諦め、住民の脱出だけに戦略目的を絞れば不可能ではないだろう」

 

 そこでルルーシュは言葉を切った。

 口元に手を当て考え込み、やがて鋭い視線をスザクへと向ける。

 

「一つ聞きたい、スザク。もしコーネリアの親衛隊を相対したとして、お前は勝てるか? もし勝てなかったとして、時間を稼いで逃げる事は可能か?」

 

 その質問はルルーシュらしくないものだった。コーネリア軍がエリア11に来るのは今回が初めてだ。つまりスザクはコーネリアの親衛隊がどれほどの力を持っているのかを知らない。さらにエリア11の軍が主に使っているナイトメアはサザーランドであり、コーネリアの親衛隊が使うグロースターは動くところすら見た事がないだろう。そんなものとの戦力比較など、本来ならできるわけがない。

 

「僕は軍人だったとはいえコーネリア総督とは関わった事がないし、その親衛隊がどれくらいの強さか分からないから確実な事は言えないけど……」

 

 険しい顔をしながら、しかし前置きの言葉とは裏腹のはっきりとした口調でスザクは言い切った。

 

「ランスロットに乗れるなら、どんな敵とも十二分に戦えると思う」

 

 その答えを予想していたのか、満足そうにルルーシュは頷く。

 

「分かった。ならその前提で作戦を立てよう。詳細は現地に向かいながら考える。お前はランスロットの準備を……」

「待て」

 

 戦う事を決め、動き始めようと指示を出そうとした言葉はC.C.によって遮られた。

 これまで無言だったC.C.の制止に、出鼻をくじかれる形となったルルーシュは睨みつけるように振り返る。

 

「なんだ、C.C.」

「勝算はあるのか? お前は戦場など経験した事もないだろう。なのにたった2人で百戦錬磨のブリタニアの魔女の軍と一戦交えて、それで無事に帰還できると本当に思っているのか?」

「何が言いたい」

「頭でっかちな坊やの机上の空論に命を擲つつもりかと、そう聞いているんだ」

 

 その問いに空気が張り詰める。

 火花が散るのではないかというくらいに睨み合うルルーシュとC.C.。

 口火を切ったのはルルーシュの方だった。

 

「俺は既に戦いに身を投じる事を決めている。今更怖気づいて引くつもりはない」

「確かにお前はブリタニアと戦う事を決意しているのだろう。だが動くべきは本当にいまなのか? たった2人と1機のナイトメア。それしかない現状で、無理をして戦う必要が本当にあるのか? まずは仲間を集め、組織を作り、万全の準備を整えるのが先決じゃないのか? まさかナイトメアを1つ手に入れた程度で、新宿から出る事もできなかった己の無力をもう忘れたか?」

「……」

「行くなルルーシュ。私と契約する前に死なれては困るのでな」

 

 忠言と挑発を絡ませ自分勝手な理由を持ってC.C.は無謀な行動を制止する。

 そのふざけた言い分に条件反射で言い返そうとしそうになるルルーシュだったが、その言葉の端からいままでにない剣呑さを感じ取り思い留まる。

 普段は何を考えているのか分からない怪しげな瞳に宿る底知れぬ圧力は、ルルーシュに安易な反論を口にする事を封じていた。

 

「俺はいままで、ずっと死んでいた」

 

 唐突に、先程までの刃のように鋭い口調とは打って変わって、静かにルルーシュは語りだす。

 

「いや、いまも死に続けている。無力な屍の癖に生きてるって嘘をついて。戦略的に考えれば、お前の言う通りまずは準備を整えるのが先決だろう。勝算が低い事も否定はしない。俺はまだ戦場というものを知らないし、コーネリアの軍がどれほどの力を持っているのかも実感として理解できてはいない。戦力差だってはっきりしないし、現地でテロリスト共を味方につけられるかも分からなければ、埼玉の住人が恐慌に陥っていて冷静な脱出を行う事が不可能な場合だってあり得る。不確定要素を上げればキリがなく、お前から見ればこんなのはただの博打にしか映らないのだろうな」

「思ったよりは状況を俯瞰できているようだな」

「だがここで何もしなければ、勝算があるにも関わらずリスクがあるからと尻込みをする程度の覚悟しかないのであれば、俺はきっと一生死んだままだ。絶好のチャンスとやらが来るのを待ち続け、きっかけが来るまでただ準備だけを整え、結局は何かしらの言い訳を見つけて動かない、そんな十把一絡げのテロリストとも言えない敗北者に成り下がる。そんなのはごめんだ。何もしない人生なんて、ただ生きてるだけの命なんて、緩やかな死と同じだ。

 俺は今日、戦うと決めた。それに異論を挟む権利があるのは、俺と共に戦うスザクだけだ。契約もしていない赤の他人であるお前に、何かを言われる筋合いはない」

「言っている事は立派だが、お前らしくもないな。リスクよりも意地を取るのか?」

「リスクに怯えるくらいなら、初めからブリタニアと戦おうとなどするものか」

 

 睨みつけるようなC.C.の視線を真っ向から受け止めるルルーシュ。

 彼女の目的はいまだに分からない。なぜルルーシュにこだわるのか、どうして安否を心配するのか、目的のためか、目的は建前で意外と人情深いのか、何も分からない。

 だがその内面の感情がなんであれ、目的がどういったものであれ、ルルーシュに止まるつもりはない。

 立ち塞がるというなら、力づくでも押し通る。

 

「C.C.、大丈夫だよ。ルルーシュは僕が守るから」

 

 いまにも爆発しそうな張り詰めた空気の中に、能天気な響きを持つスザクの仲介が割って入った。

 

「ハッ、たった1機で軍を相手に個人を守るだと? 最新型のナイトメアを持って調子に乗ったか?」

「ランスロットは関係ないよ。たとえどんな状況でも、どんな相手でも、ルルーシュは僕が守る」

「新宿では囮になる事しかできなかったようだが?」

「そうだね。でも、なんとかするよ」

「どうやって守ると言うんだ? お前がブリタニアの軍を1人で壊滅させるとでも言うのか?」

「それしか方法がないなら、やってみせるさ」

 

 理屈も何もない無謀な宣言に、さっきまではそれが口喧嘩に近いものであろうと理詰めで話し合っていたC.C.は目を瞬かせて呆気に取られる。珍しいものが見れたな、と場違いな事を考えていたルルーシュをC.C.は緩慢な動作で振り返った。

 

「おい、こいつ無茶苦茶言ってるぞ」

「……そういう奴なんだよ」

 

 頭に手を当て大きくため息をつくルルーシュ。

 冗談みたいに緩んでしまった空気を少しは引き締めるため喉から声を引っ張り出す。

 

「C.C.。さっきも言ったが、勝算はある。何もコーネリアの首を取ろうというわけじゃないんだ。埼玉の住民を救うくらい、なんとかしてみせるさ。これくらいの奇跡を起こせないようでは、ブリタニアを壊すどころか日本の解放すら夢物語だからな」

「こいつに毒されたか? なんの保障にもなっていないようだが?」

「お前の目的を叶えるためにも、その程度の力が俺になければ困るんじゃないか?」

「……」

「契約するつもりはないがな」

 

 最後に余計な一言を付け加えて、ルルーシュは話は終わりだと言わんばかりに身を翻す。

 今度はC.C.も止める事はなかった。納得したのか諦めたのかは定かではないが、そのどちらでも結果は変わらない。

 準備のために動き出すルルーシュ。その後ろ姿を見つめながら。C.C.はポツリと呟いた。

 

「血は争えないな……」

 

 その後万全の準備を整え、ルルーシュとスザクは埼玉へと向かった。

 埼玉の包囲作戦開始まで、あと30分を切っている。

 





なぜだろう。やっと本編が始まったのに話がまるで進んでいない。
プロローグが終わってから動きがなくて退屈だったかもしれませんが、次でようやく反逆開始です。お待たせしました。

次回:埼玉救出作戦

とうとう二人は自らの意志で戦場へ。


出典
・ピクチャードラマ⑧
STAGE:22.25
『ユーフェミアの皿を割ったナナリー』

・Sound Episode3
STAGE:11.351「拘束衣の女」
『C.C.の服』

・Sound Episode6
STAGE:0.884「帝国の兄妹」
『やはりあれは、優し過ぎたようだな……』
『ルルーシュの手紙』

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