コードギアス~あの夏の日の絆~   作:真黒 空

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毎度誤字訂正していただいてありがとうございます。


14:目に見える秘密

 

 紅月カレンは走っていた。

 学校で生徒会の仕事をしている時に突然流れたニュース。コーネリア総督による埼玉のテロリスト殲滅作戦。それを見た時、カレンは心臓が止まるかと思った。カレンの仲間である扇、井上、杉山の三人が埼玉に交渉に行くという話を聞いていたからだ。

 急激に青ざめる顔色に生徒会のみんなが心配してくれ、それを好都合とばかりに体調が悪いので早退すると言い残して学園を出た。そしてすぐさま扇の連絡を取ろうと携帯に電話を掛けるが、コール音が鳴り響くばかりでつながらない。それは井上も杉山も同じだった。メールも送ってみるが、当然返信はない。

 いてもたってもいられず埼玉へ向かうが、当然包囲作戦が展開されている埼玉ゲットーに入る事はできない。なんとか潜り込めないかと周りをうろついている間に殲滅作戦が開始された。何もできず埼玉の周りをぐるぐる回って仲間の無事を祈っていると、携帯が鳴った。それはいままさに埼玉にいるはずの扇だった。慌てて電話に出ると、仲間は全員五体満足で無事な事と、脱出に成功して埼玉の西側の地下にいる事を告げられ、カレンは仲間の元へと向かって息を切らせながら全力で走っていた。

 教えられた場所につき、尾行がいないか慎重に確認しながら地下へと入る。

 そこには大勢の人がいた。おそらく全員が埼玉ゲットーの住人達だろう。ざっと見ても100人、200人はくだらない。1000人はいないと思うけれど、こんな人数を伴って逃げられたという事実にカレンは驚愕した。

 不安と安堵に満ちた人達の中から知り合いを捜しながら歩いて行くと、奥の方に心配していた仲間がいるのをようやく見つける。

 

「扇さん!」

「カレン!」

 

 怪我をした様子のない姿に安心して思いきり胸の中に飛び込む。

 扇も嬉しそうにそれを受け止めた。

 

「良かった。無事だったんですね!」

「ああ。なんとか生き延びれたよ」

「良かった。本当に良かった」

 

 目に涙を浮かべながら喜ぶカレンの頭を、横から井上が優しく撫でる。

 カレンが落ち着くまで数分間、ずっとそうしていた。

 

「すみません。みっともないところ見せちゃって」

「いいのよ。私達だって正直信じられないくらいなんだもの」

「そうだった。どうやってここまで逃げて来たんですか? コーネリアが埼玉全部を封鎖してましたよね」

「それは――」

 

 井上が説明しようとした矢先、カレンが入ってきたのとは別の入り口から誰かが入ってくる。

 そしてそれを確認した人は一様に黙り込んだ。

 一人は最近ニュースで良く見る男だった。軍属の名誉ブリタニア人でありながら、クロヴィス元総督の親衛隊を殺害して軍から脱走した指名手配犯、枢木玄武元首相の実子、枢木スザク。

 そしてもう一人。その人物は異様の一言に尽きた。まるで自分が主だとでも言うように枢木スザクを伴い歩く姿。顔は見えない。肌も見えない。その人物は自身の存在を全て隠すいでだちをしていた。

 黒いマントで身体を全て隠しているのはまだしも、ラグビーボールのような縦長のフルフェイスマスクで顔全体を覆っている。

 戸惑う気配がそこら中からする。そしてそんな中で口火を切ったのはやはりその仮面の人物だった。

 

「埼玉ゲットーの人々よ。もう心配はいらない。ブリタニア軍は既に撤退を始めている。あなた達を追ってくる事はない」

 

 仮面の人物の断言に安心する人はそれほど多くなかった。みんなきっと信用できないのだ。顔を隠す得体のしれない人物の言葉が。

 

「私の名前はゼロ。ここにいる枢木スザクの同志であり、今回の脱出作戦を考案、指示させてもらった者だ」

 

 その言葉に後ろに控えていたスザクが一礼する。その姿は同志というよりは騎士か従者のようだった。しかし少なくともそれに不満を抱いている様子は一切感じられない。あまりに目立つ仮面の人物がいたせいで枢木スザクに気付いていない者も多かったのか、ニュースでも明らかにブリタニアの敵だと分かっている枢木スザクが仲間だと知り、安心している人は多かった。

 

「まずは誤解を解かせていただこう。私達は埼玉ゲットーでテロ活動をしていた大和同盟の者ではない。私と枢木スザクは同じ志を有していたため、今回の件を見過ごす事ができずあなた達を助けに来た」

 

 仮面の人物――ゼロの声は叫んでいるわけではないのに良く響いた。

 機械を通して声を変えているようだったが、その声はとても力強い。

 

「私と枢木スザクは、あなた達のような力ない弱者を一方的に虐げる強者から守る事を目的とする者。武器を持たない全ての者の味方であり、理不尽な暴力を振るう全ての者の敵」

 

 胸を張り、右腕を真横に掲げて堂々と話す姿に、この場の全員が注視する。

 

「だが今回私達の助けが遅れてしまった事で救えなかった住民は数多い。その事を謝罪させてもらいたい。犠牲になった者の中にはあなた達の家族や恋人、友人もいた事だろう。申し訳なかった」

 

 唐突にゼロは胸に手を当てて頭を下げる。

 助けられた相手に謝罪されるとは思っていなかった住民達からは困惑の気配が漂うが、反応を待たずにゼロは続けた。

 

「全ては我々の力不足が原因だ。全ての弱者を救い上げるだけの力が私には足りなかった。そしてあなた達全員の今後を保証する事もいまの私達には難しい」

 

 そう告げると、ゼロは懐から何かを取り出し後ろにいる枢木スザクに渡す。

 枢木スザクはそれを受け取ると、それを近くの壁に張りつけた。

 

「せめてもの助力として住居に余裕のあるゲットーをいくつか見繕ったので参考にしてほしい。少なくともこれらの場所へ行けば、路頭に迷う心配はないはずだ」

 

 よく見れば、張りつけられたそれは地図のようだった。何やら赤で丸やら数が書き加えられているのが遠目にも分かる。

 

「これがいまの我々にできる精一杯の誠意だ。力になれず、本当にすまなく思う」

 

 命を助けたにも関わらず謝罪を繰り返すゼロだったが、次の瞬間マントをはためかせ力強い言葉を発する。

 

「しかしもし再び今回のような事があったなら、今度こそ私達が必ずあなた達みなを助けよう。たとえその相手が、どれだけの力を持っていようと」

 

 拳を握り込み、ゼロはそう宣言した。

 それは一方的な約束であり、まだ見ぬ敵への宣戦布告のようでもあった。

 

「私が言いたかったのはそれだけだ。時間を取らせてしまった。失礼する」

 

 そう告げ、ゼロはマントを翻して入ってきた出口へと向かう。枢木スザクもそれに追従した。

 しかしその背に慌てた声が追いかける。

 

「待ってくれ!」

 

 飛び出したのは複数人の男達だった。

 隣で扇さんが大和同盟のメンバーだと耳打ちしてくれる。

 

「ゼロ、枢木さん。あんた達もブリタニアとこれからも戦っていくつもりなんだろう! だったら俺達と一緒に……」

「勘違いをしてもらっては困る」

「えっ……」

 

 早口で勧誘をする大和同盟のリーダー――泉というそうだ――にゼロは歩みを止めて振り返り、その泉の言葉を否定した。

 

「確かにブリタニアがこのような横暴を働く限り、私達はそれに対抗するためブリタニアと戦うだろう。しかし、私達の目的はあくまで弱者を助ける事。テロではない」

 

 それがどう違うのか。ブリタニアという国を考えればやる事は一緒じゃないか。そんな困惑が大和同盟からは感じられた。声には出していなかったが、それくらい分かりやすく表情に出ている。

 

「お前達大和同盟は、今回の件をどう考えている」

 

 意図が伝わっていないのを感じ取ったのか、ゼロは問うた。

 明確な回答が返ってこず、戸惑う大和同盟にもう一度問う。

 

「お前達が行ってきたテロ活動のせいで、今回埼玉に住む数多の日本人は死んだ。それをどう考えているのかと聞いているんだ」

 

 明確に責任を問う言葉に、大和同盟のメンバーは息を呑んだ。

 そしてそれはそのまま、私達扇グループへの問いでもあった。

 ブリタニアの機密を盗んで新宿に逃げ込んだ私達のせいで、新宿の住民は皆殺しにされた。それをどう考えているのか、どう責任を取るのか、心の中に答えを探してもそんなものは出て来ない。責任を取れるような問題じゃないのだ。全てブリタニアのせいだと押しつけていた欺瞞をゼロに暴かれているようだった。

 

「これまでのテロ活動で、少しでもブリタニアは変わったか? 日本人の暮らしは良くなったか?」

 

 答えを返せない大和同盟にゼロは詰問をやめない。

 落ち着いた声音であったが、容赦ない口調でゼロは大和同盟を断罪する。

 

「お前達がしているテロなど、現実を受け入れられずに騒ぐだけの嫌がらせ、子供の癇癪に過ぎない。そのせいでどれだけの命が無為に消費されたと思っている」

 

 その言いざまにさすがに大和同盟も黙ってはいられなかった。

 色を成してリーダーの泉がゼロに食って掛かる。

 

「癇癪だと……! 俺達だってな、命を懸けてブリタニアに目にもの見せてやろうと……!」

「その考え方が子供だと言っているのだ! ブリタニアに一矢報いたところで何になる! イレブンは反抗的だと待遇が悪くなるだけだ! それで割を食うのは何もしていない一般市民だという事にどうして気付かない!」

 

 初めて怒鳴り声を上げたゼロに、泉は何も言い返せないどころか、気迫に押されて後ずさる。

 ゼロは舌峰を緩めず、大和同盟の欺瞞を鋭く追及した。

 

「やり方を間違えるなと言っている。ただ武器を持って叫ぶだけでは何も変わらない。日本を解放したいというなら、それなりのビジョンを持って行動を起こせ。お前達の無責任な行動がブリタニアを刺激し、結果なんの罪もない民間人を犠牲にするのだ!」

 

 ゼロの迫力に圧倒され、大和同盟は反論できなかった。

 ただ「日本を解放とかそんなのできるわけ……」とか「そんな事言われたってどうしたら」とか情けない愚痴を零すだけだった。

 

「私達は弱者を守るという理念を変えるつもりはない。これからもブリタニアがこのような残虐行為を行うのであれば、命を賭してでもそれを止め、理不尽を推奨するブリタニアという国の在り方と刃をまじえる事になるだろう」

 

 ゼロは決してテロを行うという言い方をしなかった。敵がブリタニア軍だという言い方もしなかった。その目的は弱者を守る事、敵は弱者を虐げる者、その理念に相反するものとして国家としてのブリタニアと戦う可能性を示唆しただけだ。

 それは闇雲にブリタニアと戦っていた自分達とは似ているようで、まるで違った姿勢なのだとカレンは悟った。

 何より、ゼロの言葉には力があった。たとえ顔が見えていなくとも、ゼロの言葉はここにいる全員に届き、それを真実だと納得させるだけの迫力がある。

 そしてその言葉は口だけのものではなく、行動を伴っているのは埼玉の住民を救いだしたこの状況が物語っていた。

 たった二人で加勢に来て、コーネリア率いるブリタニア軍からこれだけの住民を逃がしたゼロの才覚を疑うものなどこの場にはいない。口に出した理想を叶える力が、少なくともそれを目指す力があるのだと、ゼロは命を懸けて証明していた。

 

「もし私達の理念に共感してくれる者がいるのならば、1週間後のこの時間に、再びここに集まってくれ。弱者のために武器を手に取る者を、私達は歓迎する」

 

 そう言って、今度こそゼロは去って行った。当然枢木スザクも彼と共に出口へと消える。

 それを見送り、場が騒然とし始める。話題はゼロと枢木スザク一色だ。

 

「なんか、凄かったな……」

「ええ。あれだけの事をするだけあって、圧倒されたわ……」

 

 杉山と井上も一連の騒動に嘆息する。

 しかしそんな中、カレンだけが表情を曇らせていた。

 

「でも、あの人の言う事、その通りだと思った。私達のテロのせいで、新宿の人達は……」

「カレン……」

 

 改めて罪を突きつけられたカレンの顔色は真っ青だ。

 気遣って扇がその肩に手を置く。

 

「仕方なかったんだ。俺達じゃ、どうしようもなかった……」

「そうかもしれないけど、でも……」

 

 いまにも泣くか吐くかしそうなカレンの様子に、突然井上が手を叩く。

 

「やめましょう。いま考えてもいい結論は出ないわ」

 

 その言葉にこれ幸いと杉山が頷く。 

 

「そうだな。今日のところはもう帰ろう。ブリタニア軍が撤退したって言っても早く離れるに越した事はないし、正直色々ありすぎて、考えるどころじゃない」

 

 大袈裟に疲れた様子を見せる杉山に一同が賛同する。

 カレンも罪悪感に押しつぶされそうになりながら、迷惑を掛けるわけにはいかないと無理に感情を飲み込んだ。疲れているのは巻き込まれた仲間達で、それなのに自分が我儘を言って困らせたのでは本当に何をしに来たか分からない。

 

「帰れるんだな。俺達……」

 

 そう呟く扇からは、信じられないという感情がありありと滲んでいた。

 

「そうですね。正直、今度こそ終わったと思いました」

 

 井上も、それから杉山も、扇と同じ気持ちを抱いていた。それは実際に体験していないカレンも同じだ。

 そしてそう思えば思うほど、一つの疑問が頭をもたげる。

 

「ゼロ。彼は一体何者なんだ……」

 

 この場にいる全員に同じ疑問を残した仮面の人物。

 その正体を知る者はこの場にはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜も更け、ルルーシュはアッシュフォード学園のクラブハウスに帰ってきた。

 コーネリア軍と一戦交え、その後もランスロットやサザーランドを見つからないように隠れ家に運び、証拠や痕跡が残らないよう後処理を入念に行ったりと、色々しているうちに太陽はとっくに沈んでいた。

 さすがに疲れが身体にのしかかり、ナナリーと話してすぐに休もうとルルーシュはいつも通り妹がいるはずの食堂の扉を開く。

 

「ただいま。なな――」

「おかえり。ルルーシュ」

 

 こちらが挨拶を終える前に返ってきた挨拶に、ルルーシュは硬直する。

 ナナリーは身内にも礼儀正しい自慢の妹なので、人の挨拶を遮るような無作法はしない。そしてこの声は聞き慣れたものではあるが、ルルーシュに癒しを与えてくれる最愛の妹のものではない。

 改めてルルーシュが正面を見れば、妹の他にもう一人、ここにいてはいけない人物がナナリーの隣にふてぶてしく座っていた。

 

「おかえりなさい。お兄様。いまC.C.さんと折り紙をしていたんですよ」

「これが中々どうして奥が深い。お前もやってみるか、ルルーシュ?」

「C.C.、お前どうして……」

 

 その問いにニヤリと笑うC.C.にようやくルルーシュの脳が正常に回り始める。

 C.C.が自室でなくここにいて、しかもナナリーと折り紙をしている。そこから導き出されるC.C.の意図は18通り。そしてその中で最も可能性が高いのは――

 

「変わったお友達なのですね、イニシャルだけなんて。ひょっとして、お兄様の恋人?」

「残念ながらナナリー。それは間違いだ」

「あら、そうなのですね。C.C.さんならお兄様にお似合いかと思ったのですが」

「ああ私もそう思うんだが……。しかしナナリー、私がどれだけアタックしてもお前のお兄様は首を縦に振ってはくれないんだよ」

「なっ……!」

 

 爆弾発言にルルーシュは己の推測が的を射ていた事を悟る。

 これは制止に従わず埼玉に飛び出していったルルーシュに対する嫌がらせだ。

 

「私の情熱的な誘いはルルーシュに冷たくあしらわれるばかりで、だが何度袖にされても諦めきれず、こうしてルルーシュに会いに来てしまうんだ」

「そう、だったんですね……」

 

 沈痛な面持ちでナナリーがC.C.に同情するのを見て、咄嗟にルルーシュは誤解を解こうとするが、この状況を仕掛けた魔女の方が一枚上手だった。

 

「すまないなナナリー。こんなストーカーみたいな女、嫌いだろう? 気持ち悪いだろう? これからはもう、すっぱり諦めてここには……」

「そんな事ありませんC.C.さん! お兄様を想う気持ちが気持ち悪いなんて、そんな風に絶対思いません。これからもいつでも……」

 

 そこでナナリーは言葉に詰まる。

 この件についてナナリーは当事者ではない。兄の思いを確認しないまま安易にその先の言葉を口にするのは躊躇われたのだ。だからこそナナリーは続きを口にする前にルルーシュの方を見る。

 

「あの……お兄様は嫌なのですか? C.C.さんが来られるのは……」

「いや、それは、その……」

 

 ここで肯定してしまうのが最善の選択だとルルーシュの明晰な頭脳は当然理解していた。何も口出しできないまま話がここまで進んでしまっている以上、今更誤解を解くのは困難を極める。もし誤解を解こうと事情を説明しても、C.C.が余計な茶々を入れて台無しにするだろう事は目に見えているからだ。ならばナナリーの問いを肯定してしまえば、少なくともC.C.がナナリーに接触する大義名分は失われる。この女に余計な事をさせないためにも、ここでの問いはYESが最善。それは分かっている。

 だが妹至上主義のルルーシュが、ナナリーの沈んだ表情を見てそのままにしておく事ができるはずもなかった。

 

「…………嫌、ではない」

 

 苦渋の決断の末、なんとかその言葉を絞り出すルルーシュ。

 それを聞いたナナリーは花が咲いたように笑顔になった。

 

「良かったです! C.C.さん、これからも気兼ねせずいらっしゃってください。お待ちしていますから」

「ありがとうナナリー。お前は本当に良い子だな」

 

 よしよしとナナリーの頭を撫でるC.C.を苦虫を噛み潰したような顔でルルーシュは睨みつける。

 ナナリーには見えないと思って勝ち誇るその顔を殴りつけたい。女性の顔をグーで殴りたいと思ったのは生まれて初めてだった。

 

「ナナリー。すまないけれど、C.C.と話があるから俺達は部屋に戻るよ」

「はい。C.C.さん。またお話ししましょうね」

「ああ。その時はまた折り紙でも教えてくれ。楽しみにしているよ」

「私も楽しみにしています」

 

 食堂を出て自室へと歩く。

 その間、二人は一言も口を開かなかった。

 部屋に戻り、扉が閉まるのを確認するとルルーシュは怨嗟の声を吐き出した。

 

「なんの真似だC.C.……!」

「お前の部屋に住んでいる以上、何かあった時に言い訳できるようナナリーとは面識を持っておいた方がいいだろう?」

 

 ルルーシュの怒りなどどこ吹く風でいつも通りに答えるC.C.。

 それが余計ルルーシュの怒りを増加させる。

 

「お前が出て行けば済む話だろうが!」

「出て行くつもりはないからな」

 

 悪びれもせずC.C.は笑む。

 

「ふざけるな! 100歩譲って居座る事は置いておくとしても、あの言い方はないだろう!」

「他に思いつかなかったんだよ。そう怒るな。お前が設定でも決めていてくれれば、それに従ったんだがな」

 

 暗にお前のせいだと責任転嫁してくるC.C.にルルーシュは拳を震わせる。

 C.C.の目的が嫌がらせにあった事は明らかだが、こちらの落ち度を指摘されれば反論は難しい。

 先手を取られた上に頭に血が昇るルルーシュが、口先でC.C.に勝つのは至難の業だった。

 

「それにあながち間違いというわけでもあるまい?」

「……なんの話だ」

「本格的にブリタニアに反逆するなら必要ではないか? 更なる力が」

 

 さっきまでのふざけた調子ではない、余裕を含ませながら無視できない真剣味を窺わせC.C.は問うてくる。

 

「埼玉での戦いはどうだった? コーネリアの軍相手にお前の思う通りに進んだか? 不測の事態には陥らなかったか? 力不足を感じる場面はなかったか?」

 

 矢継ぎ早に問い掛け、真っ直ぐとルルーシュの目を射抜くC.C.。

 その瞳にはそんな上手くいったわけはないだろうと嘲るような感情が透けて見える。

 

「枢木スザクがいても、ランスロットがあっても、相手は大国ブリタニア。たった一つのイレギュラーでお前の大事なものはいとも容易くその掌から零れ落ちる。ならばいざという時のために、少しでも力を蓄えておく必要があるんじゃないのか?」

 

 そう言って、ベッドから立ち上がったC.C.は右手を差し出した。

 初めて会った時のように。底知れない気配を漂わせて。

 

「約束しよう。ルルーシュ。私が与える力は必ずお前の役に立つ。だから、この手を取れ」

「……」

 

 ゴクッとルルーシュの喉が鳴った。

 時たまこのC.C.という女は背筋が寒くなるような得体のしれない気配を発する。

 普段はだらしなく飄々として掴みどころのない、ピザばかり食べる女とも呼べない奴なのに、いまはまるで英知に長けた壮年の識者のようにも、全てを見通し許しを与える聖女のようにも見える。

 それは本名すら分からないC.C.という人間が醸す気配としては正しいのかもしれない。彼女について何も分からない。何も知り得ない。そんな事実だけがはっきりと感じ取れるのだから。

 

「いくつか、質問がある」

 

 C.C.の気配に気圧されそうになりながら、それを持ち直しルルーシュは切り出した。

 この状況はチャンスと言えた。何せこれまで何も話そうとしなかった、こちらから問うてもはぐらかしてきたC.C.が自ら話し合う場を作っているのだ。

 

「お前が俺に与える力とは具体的にどういうものだ。王の力、だとか言っていたな」

 

 以前に契約を持ち掛けられた時の文言を思い出す。

 あの時はC.C.が信用できない事や状況が差し迫っていたため確認できなかったが、C.C.は漠然とした事を言うばかりで詳しい事は何一つ話していない。

 しかしC.C.の答えは予想外のものだった。

 

「分からない」

「なに?」

「私は力を与える事はできるが、それでどういった力が発現するかは各々で異なる。だからお前が発現する力がどのようなものかは、与えてからでないと分からない」

「そんな事でよくも必ず役に立つと豪語できたものだな」

「王の力は強大だ。お前がどんな力を得るにしても、それは間違いない」

 

 胡乱な目つきになるルルーシュに、C.C.ははっきりと断言する。

 それを信じたわけではなかったが、これ以上追及しても意味がないだろうと考えルルーシュは次に移る。

 

「だったら2つ目の質問だ。お前の願いとはなんだ?」

「……」

 

 その問いに、C.C.は黙った。

 まさかそんな反応が返ってくるとは思わなかったルルーシュは、怪訝な目つきでC.C.を見る。

 

「…………いまはまだ、答える気はない。契約し、それを履行する時にこそ明かそう」

 

 しばらくしてようやく口を開いたC.C.が話したのは、そんな答えだった。

 当然納得できるわけもなくルルーシュの眉が吊り上がる。

 

「ふざけているのか。代価を秘匿して契約を迫るなど、とても対等な取引とは言えない。そんな話に乗るほど、俺が愚かだと思うか?」

「………………それでも、答えられない」

「話にならないな」

 

 深刻な顔で首を振るC.C.に、ルルーシュは苛立たし気に吐き捨てた。

 

「本当に俺と契約を結びたいというならその秘密主義をなんとかするんだな。契約内容の詳細も、名前も、素性も明かせない。そんな人間を信用などできるものか」

「……」

「二度とこの話はするな。お前が何も語らないというのであれば、もう話す事はない」

 

 それだけ言ってルルーシュは部屋を出て行った。

 残されたC.C.は乱暴に閉められた扉を見ていたが、しばらくすると深く息を吐いてベッドに仰向けに倒れ込む。

 

「…………甘い。それに、青いな」

 

 ポツリとC.C.は呟いた。

 らしくないと首を振り、C.C.は目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある病院の一室。

 完全な個室である病室に、いま三人の人間が集まっていた。

 入院着を纏い痛々しく所々に包帯を巻いているのはその三人の中でも一番位の高い男、ジェレミア・ゴットバルトである。

 

「すまぬな、キューエル。ヴィレッタ。このような無様な姿を見せる事になって」

「何を仰いますか。そのような――」

「まったくだ。誇り高き我ら純血派が元名誉ブリタニア人のイレブンに敗れるなど、恥を知れ」

 

 ジェレミアの謝罪に、ヴィレッタが答えようとしたところを遮って罵倒をぶつけるキューエル。

 純血派という組織に所属するだけあってキューエルはその血統に誇りを持っている。今回のジェレミアの失態は上官とはいえ許せるものではなかった。

 しかし上官に対する物言いとは思えないその発言にヴィレッタは遠回しに苦言を呈する。

 

「キューエル卿。相手は枢木スザクだけではありませんでした。実際枢木スザクは捕らえる寸前まで追い詰めており、ジェレミア卿が実力で後れを取ったわけではないと思われます」

「しかし取り逃がしたのは事実だ。それに一人ではなかったとはいえ相手は所詮テロリスト。そのような輩に一杯食わされるなど、誇り高きブリタニア軍人の名誉を汚す行為に他ならな――」

「キューエル卿」

 

 熱の入るキューエルの語りを、ヴィレッタは不敬と承知しながら名前を呼ぶ事で止める。

 

「それ以上はジェレミア卿と共に戦われたギルフォード卿の侮辱にもつながります。控えた方がよろしいかと」

「ムッ……」

 

 その一言でさすがのキューエルも口を噤む。

 コーネリア総督の騎士を侮辱するなど、他に人がいないこの場であっても控えるべきであり、キューエルも帝国の先槍とまで呼ばれた人間に唾を吐くつもりはなかった。

 

「よせヴィレッタ。私が不甲斐ない結果しか残せなかったのは事実だ」

 

 しかしそれを当のジェレミア本人が止める。

 キューエルから罵られた事に対する怒りはジェレミアから感じられない。あくまでも穏やかにジェレミアは口を開く。

 

「重ね重ねすまないが、このような状態であるため軍務への復帰にはしばらくかかる。その間、貴殿らには純血派の面々を取りまとめ、コーネリア皇女殿下のお力になって差し上げてくれ」

「言われずとも、我ら純血派は皇室のために。その理念を曲げる気はない」

「至らぬ身ではありますが、粉骨砕身務めさせていただきます」

 

 ヴィレッタとキューエルはそれぞれ全く違うニュアンスでジェレミアの頼みを受け入れた。

 重傷者の病室に長居する理由もなく、二人は話が終わってすぐに病院を出る。

 

「ジェレミアめ、まったく情けない」

「キューエル卿」

「分かっている。まずはきっちり組織の手綱を握る。ジェレミアが負傷した事で動揺している者も多いだろうからな」

 

 不正もなく、公明正大なジェレミアは純血派でも頼れるリーダーだ。彼が一時的にでもいなくなる事で組織が浮足立つのは避けたい。それを取りまとめるのはジェレミアの右腕と左腕であるキューエルとヴィレッタにしかできないだろう。

 だがヴィレッタは庶民の出であるため能力はあっても人望は高くない。おそらくは彼女がいたところで組織をまとめる助けにはならないだろう。

 冷静に自分を客観的にそう評価したヴィレッタは、キューエルに提案する。

 

「そちらの方は任せてもよろしいでしょうか? もし許可をいただけるのであれば、私は枢木スザクの捜索に当たりたいかと思います」

「ああ。そっちもジェレミアが指揮を執っていたな。あれほど堂々と姿を現した以上、見つかる可能性は低いと思うがやらないわけにもいくまい。良かろう。貴公は枢木スザクの捜索に尽力せよ」

「イエス・マイロード」

 

 役割分担を終え、キューエルとヴィレッタはそこで別れる。

 いま話題の脱走兵を捜す事になったヴィレッタは改めてその情報を思い返しながら端末を開く。

 

 枢木スザク。元日本国首相枢木玄武の実子。どういう経緯かは不明だが敗戦後は名誉ブリタニア人となり軍属に入る。反抗的な様子はなかったが、新宿事変の作戦後、特別派遣嚮導技術部のデバイサーとしてヘッドハンティングされ、ナイトメアフレーム騎乗のため一等兵から准尉に昇格。しかしその後すぐにクロヴィス殿下の親衛隊から国家反逆の容疑で捕らえられ、親衛隊を全員殺害し特派の最新型のナイトメアフレーム――ランスロットを強奪し逃走。特派から軍への連絡が遅れた事で取り逃がし、潜伏を許す。今回の埼玉殲滅作戦の際にランスロットに騎乗し現れ、ブリタニア軍に多大な被害を与え再び逃走。行方は知れず、今回の件でギルフォード卿やジェレミア卿とも渡り合う実力を示した。

 

「……経歴を浚っただけだが、とんでもないイレブンだな。愚かな事には変わりないが……」

 

 いくら力があろうと、これだけブリタニアに唾を吐いて生き残れるわけがない。遠からずこのイレブンは捕らえられ残酷な方法で殺されるだろう。

 だがだからこそ、枢木スザクという男には価値があるとヴィレッタは笑う。

 

「皇族の親衛隊を殺し、総督の騎士まで取り逃がしたこいつを捕らえる事ができれば、相当な手柄になる。あわよくば爵位すら……」

 

 ふふっ、と不敵に笑い、ヴィレッタはどうやって捜索するかに思考を切り替えた。

 埼玉であれだけ暴れたにも関わらずその足取りが一切掴めていない以上、正攻法での捜索では望みが薄い。かといってゲットーの情報網などをヴィレッタは持っておらず、そちらから探る事も難しい。

 

「プロファイリングは専門ではないが、まずは相手を知るところから始めてみるか」

 

 ため息をついて、ヴィレッタは目的地を決める。

 車で移動をし、その間に管理者へ許可を取る。

 そうしてヴィレッタがやってきたのは名誉ブリタニア人の訓練所だった。

 話は通っているため、目的の一団は既に集まっていた。

 先の新宿事変の際、枢木スザクと同じ部隊だった名誉ブリタニア人。訓練の時間を削らせ彼らから話を聞く事くらい、純血派の一員として高い地位にいるヴィレッタには容易い事だった。

 

「無駄な話はしない。この中で枢木スザクの人となりを知っている者は話せ」

 

 一通り自己紹介をした後に、単刀直入に命令する。

 名誉ブリタニア人相手に無駄な時間を使う気は、彼女には一切なかった。

 すると、一人の男が一歩前に出てくる。

 

「名誉ブリタニア人第三部隊サトウマナブであります。枢木スザクはとても真面目で、規律に厳しい男でした。身体能力が極めて高いにも関わらず、それをひけらかす事なく気さくに私達に接してくれる男でありましたが、あのような凶行を犯した事を考えるにそれは周囲を欺くための擬態であった可能性が――」

「貴様の私見はどうでもいい。客観的な事実だけ話せ」

「は、はい! 申し訳ございません」

 

 脱走兵を好意的に評価する事で反意を疑われると思ったのか、余計な推測を付け加えようとするのをばっさりと切り捨てるヴィレッタ。

 サトウは慌てて謝罪を口にし、その後は必死になってあるがままを話す。その顔は可哀想になる程青ざめていた。

 枢木スザクが脱走してから軍に所属している名誉ブリタニア人の風当たりは最悪なものとなっている。元々酷いものであったが、それよりも下があるのだと確信せざるを得ない程、その扱いは惨いものとなった。給金は半分以下。訓練はもはや名ばかりのしごきとなり、休もうとすれば気絶するまで殴られる。軍でブリタニア人とすれ違えばあからさまな侮蔑の言葉と共に何発か拳が飛んでくる。いままで悪意を向けてこなかった無関心な軍人達までそれに加担し、もはや名誉ブリタニア人に軍での身の置き場はないような状態だ。

 それがいま、軍でもそれなりの地位を持つヴィレッタに呼び出されているのだ。何か失礼があれば文字通りの意味で首が飛ぶ。そのような状況では、ただの事情聴取だとしても必死になるのは当然と言えた。

 

「なるほど、こんなところか。最後に新宿事変の際の枢木スザクの様子を教えろ」

 

 一通り聞き終え、念のため枢木スザクが軍から脱走する前の作戦について訊ねる。

 しかしいままで聞かれた事に即座に答えていたサトウマナブは難しい顔をして口を開かなかった。

 

「どうした? なぜ黙る」

「申し訳ございません。新宿事変での作戦では我々の部隊は散開し任務に当たっていたため、枢木スザクの任務中の動向は把握しておりません」

「なるほど。そういう事か……」

 

 あの件の主目的はテロリストが盗み出した機密の奪還だ。ならば広範囲捜索のために単独行動が合理的になる。

 当てが外れたと、ヴィレッタがため息をつく直前、いままで黙っていた男達の中から一人歩み出てくる者がいた。

 

「よろしいでしょうか?」

「どうした?」

「私は新宿の作戦の折、わずかですが枢木スザクを目にする機会がありました」

 

 坊主頭のその男の言葉にヴィレッタは目を細める。

 

「続けろ」

「ハッ。私が目にしたのは親衛隊の方々が枢木スザクに銃を向けている姿でした。なんらかの軍規違反をしたものと思われます」

 

 枢木スザクは新宿の作戦後、親衛隊に国家反逆の容疑で拘束されている。男の報告はそれを裏付けるものであった。

 そして男は、さらに重要な情報を続ける。

 

「また、枢木スザクの背後には学生服を着た黒髪の男と、ブリタニアの拘束衣を着た緑髪の女がおりました。関係は分かりませんが、枢木スザクはその二人を庇っているようにも見えました」

「その二人に見覚えは?」

「ありません」

「男はどこの学校の制服を着ていた?」

「申し訳ございません。見た事のない制服でした」

 

 聞かれた事だけに実直に答える男。

 制服の件は名誉であれば仕方ないと納得するしかなく、ヴィレッタはならばとその男に命じる。

 

「近日中に貴様宛に学生服の資料を送る。その学生の制服と同じものがあれば私まで連絡を入れろ」

「イエス・マイロード」

 

 聞きたい事は全て聞き終え、ヴィレッタはその場を後にした。

 その最中に名誉が言っていた学生の男と拘束衣の女について考える。

 

(あの場にいたというなら、学生はテロリストか? ならば枢木スザクは元々テロリストとつながっていた? いや、そもそも拘束衣の女とは何者だ? 盗まれた機密は毒ガスのはず。囚人をテロリストが機密を奪うついでに逃がしたのか? そうなると、そもそもなぜ機密の強奪という作戦の最中に、わざわざ女を助けたんだ? 元々テロリストの狙いは女か? いや、緑の髪をしていたというし、イレブンではないはず。なら毒ガスの効果を測るための実験体という線が濃厚か……)

 

 軍に戻ったら死亡者リストを確認する事を決めながら、ヴィレッタは思索に耽る。

 

(やはりどう考えても拘束衣の女と枢木スザクはつながりそうにないな。だとすると、やはり学生が枢木スザクと知り合いであるという線が濃厚か。枢木スザクはテロリストとつながっていて、学生もテロリストの一員。仲間である学生が殺されそうになり、枢木スザクが庇ったと考えれば、辻褄は合う)

 

 もし枢木スザクが学生を逃がしているのであれば、その学生を捕らえ尋問にかければ、枢木スザク共々テロリストの住処を突き止められる可能性も出てくる。

 そしてそれは大きな功績となって自分に返ってくるだろう。

 

「待っていろ。枢木スザク」

 

 静かに、車の中でヴィレッタはほくそ笑む。

 目先に転がる出世のチャンスに、ヴィレッタは早速租界にある学園を調べるため端末を起動した。

 





仮面の男がようやく登場。怪し過ぎるリーダーについてくおバカさんは果たしているのか。
そして外堀を埋められるルルーシュ。
人生経験の差から翻弄され、純真な妹が魔女の手に落ちる。
スザクのストーカーの魔の手も迫る中でルルーシュは起死回生の一手を打てるのか。

次回:魔女の達眼

出典
なし

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