コードギアス~あの夏の日の絆~   作:真黒 空

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たくさんの評価と感想、それに最新の機能っぽい「ここすき」機能まで、ありがとうございます。
調子に乗っておそらくは最多の文字数になってしまっています。
なので次回はこれの半分くらいになるかと。


16:日常と仮面

 

「よぉルル子。俺さ、実はお前の事好きだったんだ!」

「なっ、会長。悪ふざけが過ぎ……」

「ちょーと待ったー! ルル子の事は俺だって!」

「シャーリー!?」

「あっ、なら俺も。ミレイ先輩、私前から先輩の事が好きだったんです」

「リヴァル、お前まで……」

「ふっ、モテモテだな。ルル子」

「カレン……ふざけるなよお前ら!」

「こーら、男に戻ってるぞ、ルル子」

「ダメですよ、お兄様。あっ、違いました。お姉様」

「くっ……」

「ルル子、今日こそはっきりさせてもらうぞ。俺か、シャーリーか、カレンか」

「なんで俺まで混ざってんだよ。関係ないだろ」

「そんな事言っていいのかカレン。こんな美人、そうはいないぞ」

「うっ……」

「怪しい。カレン、もしかして……」

「ふ、ふざけんな。誰がこんなブス!」

「みんな……どうしてこんなに上手いの?」

「ルル子、どうするのよ。誰を選ぶの?」

「リヴァル、憶えてなさい。これが終わったら……」

「まぁ怖い」

「ルル子! どうするの!」

「ま、待って、シャーリー。そもそもこんなの、おかしいわ」

「そうやって今日も誤魔化すつもりか。いい加減はっきりしろ」

「おおっ、シャーリー。今日はいつにも増して積極的だな」

「私も……ああ違った。俺も男ですから!」

「……女だろう」

「その男らしさ、憧れるな」

「サンキューカレン」

「さぁ、もう逃げられないぞルル子。誰を選ぶんだ!」

「わ、私は、その……」

「………………ねぇカレン、ルルーシュマジで可愛くない?」

「素に戻ってますよ、会長。でもホントですね。恥じらって視線落としてるとことか、もう女にしか見えませんよ」

「わ、私は…………私は、ナナリーが大好きよ!」

「「「「あ~……」」」」

「僕も大好きだよ、お姉様」

「ナナリー!」

「…………結局こーなりますか」

 

 

 

 

 

 男女逆転祭りという地獄のイベントが終わり、その片付けを済ました頃にはもう日が沈みかかっていた。

 既に生徒会メンバーは帰路につき、生徒会室に残っているのは生徒会長であるミレイと副会長のルルーシュだけである。

 あとは今回のイベント経費などの書類をまとめれば終わりという段階になって、ルルーシュが沈黙を破る。

 

「まったく、散々な一日だった」

「そう言わないの。楽しかったじゃない」

「あなたはそうでしょうね」

「ふてくされないの。ナナリーも楽しんでたでしょ」

 

 珍しく独り言で不満を漏らすルルーシュをミレイが諫める。

 イベントの開催前はミレイが無茶を言い、イベント終了後はルルーシュが愚痴を言う。

 そこまで含めて恒例行事だった。

 

「いまだけなのよ。こんな風にバカできるのは」

「……会長?」

「モラトリアムはいつか終わるんだから」

 

 雰囲気が変わった事でルルーシュが名前を呼ぶが、ミレイは答えずに寂しそうに呟いた。

 数秒後にうーんと伸びをして、諦めたようにルルーシュに笑い掛ける。

 

「ルルーシュ。あたしまーたお見合い」

 

 突然の話題転換。

 その意味を察し、ルルーシュは書類を捌く腕を止める。

 

「しかも相手はなんと伯爵様だってさ。相手方の都合がついたとかで押し切られちゃって。今度は逃げられないかも」

 

 軽い口調を装っているが、その声からは拭い切れない諦観の色が残っていた。

 彼女の家の事情を知っているルルーシュは、同情していると思われない程小さく表情を曇らせる。

 

「分かるんだけどね。お父様とお母様のアッシュフォード家を立て直したいって気持ちは。私もアッシュフォードの娘である以上、恋愛結婚なんてできるとは思ってなかったし、いずれはって覚悟もしてた」

 

 机の上で指を組み合わせ、その上に顎を置いてミレイは可愛らしく首をかしげる。

 

「でもやっぱり、性に合わないのよね。家の格なんてどうでもいいし、伯爵夫人とか言われてもなんの魅力も感じないの。おかしいかな?」

「それを俺に訊きますか?」

「ははは。それもそうよね」

 

 皇子という立場から一転、庶民どころか死者扱いにまで身を落としたルルーシュ。さらに本人は帝国に恨み骨髄ときている。今更彼が爵位や地位などに惹かれるわけもない。それを理解してミレイは明るく笑った。

 

「でもま、伯爵夫人にもなればアッシュフォードの当主の座をお父様から飛び越えて私が継ぐ事もできそうだし、そうなればアッシュフォードの宝物も守れるって考えたら悪くないのかもしれないけど」

「会長、それは……」

 

 アッシュフォードの宝物というものが何を指しているのかを汲み取り、ルルーシュは複雑そうな表情で意味深な視線を送る。

 その様子を見て安心させるようにミレイは笑んだ。

 

「別にそのために犠牲になろうとか、そんな事考えてないわよ。ただ逃げられそうにないから、それくらいはメリットがあるって思わなきゃやってられないってだけ」

「……」

「あんたは色々と考え過ぎなの。もう少しこの学園の中じゃ気楽でいてもいいのよ。できないのも分からなくはないけどね」

 

 主従という関係が根底にあるとはいえ、ミレイとルルーシュの表向きの関係である生徒会の仲間という図式は決して虚飾のものではない。そもそもが主と臣下という立場で話すこと自体が、いままで年に一度すらなかったくらいなのだ。この学園が平和を約束する限りは、二人はそこらの学生となんら変わる事のない、我儘な先輩と生意気な後輩でいられる。

 

「会長はもっとまじめに考えた方がいいんじゃありませんか? 単位が危ないって聞きましたよ?」

「いいのいいの。たとえ留年したって人生がそこで終わるわけじゃないんだから。それよりもいましか楽しめないモラトリアムを全力で楽しまなくちゃ!」

「その負担は全部俺達生徒会役員に降りかかるわけですが?」

「優秀な役員を持つ私は恵まれてるわよねぇ。これも私の人望かしら?」

 

 満面の笑みで胸を張るミレイに、ため息をつくルルーシュ。

 いつもの調子が戻ってきたところでミレイは話題を変える。

 

「そういえば、お爺様から今回の件の憂さ晴らしというか代価というか、そんなので旅行に行ける事になったんだけど、ルルーシュも行かない? ちなみに生徒会メンバーは全員誘うつもりよ」

「旅行ですか。いつになります?」

「いまからちょうど十日後ね。場所は河口湖のコンベンションセンターホテルよ。美しい湖畔に美味しい食事。薄汚れた都会のストレスを発散するには最適でしょう?」

 

 ウィンクしながら告げるミレイに、ルルーシュは苦笑しながら首を振る。

 これからテロ活動のための組織作りで忙しくなる。到底旅行などしている暇はないだろう。

 

「残念ですが、その日は用事が。また次の機会に誘ってください」

「あら残念。折角の旅行だったのに。シャーリーも残念がりそうね」

「なぜシャーリーが?」

 

 脈絡なく生徒会の仲間の名前を出されルルーシュは問い返すが、我らが会長は答えてくれる気はないらしい。

 そろそろ本格的に暗くなりそうだったので、目の前の書類をまとめルルーシュは立ち上がる。

 ミレイにしても自分の仕事は優秀な副会長に押しつけていたため本日の会長業務は既に終了しており、同時に席を立つ。

 

「俺は行けませんが、旅行、楽しんできてください」

「当然。行けなかったのを後悔するくらいのお土産話を聞かせてあげるわ」

「はいはい。楽しみにしてますよ」

 

 雑談に花を咲かせながら、二人は生徒会室を出た。

 二人が考えるよりずっと早く、モラトリアムの終わりはすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これだけ多くの人間が力なき弱者のために立ち上がってくれた事を嬉しく思う」

 

 埼玉の戦いからちょうど1週間。

 人目を避けた地下には多くの人間が集まっていた。

 その数はざっと見て50人前後。

 前回の戦いでルルーシュやスザクと共に戦ったテロリストである『大和同盟』と『扇グループ』のメンバーは全員揃っている。扇グループの方は前回いなかったメンバーも増えており、大和同盟と合わせて20人程。つまりは元々テロリストでなかった者も30人程度集まった計算になる。

 

「改めて自己紹介をさせてもらおう。私はゼロ。力ない弱者の味方であり、理不尽な暴力を振るう全ての者の敵。そして彼は私の同志」

 

 注目を集めて堂々と話すゼロ。

 そして傍らに控え、一歩前に進み出るのは唯一の同志である枢木スザク。

 

「枢木スザクです。知っている人もいるかもしれませんが、元は軍属の名誉ブリタニア人でした。いまは脱走兵で、軍から追われるお尋ね者です。ゼロの理念に共感して、力ない人のために戦いたいと思ってここにいます。よろしくお願いします」

 

 丁寧に人当たりのいい笑顔を浮かべて頭を下げるスザク。

 その姿は前回の戦いで鬼神の如き働きをし、コーネリアの親衛隊の機体をいくつも沈めた猛者の顔には到底見えない。

 

「ここに集まってくれた君達は私達の理念に共感し、仲間になる事を決めたと受け取って間違いはないだろうか?」

 

 ゼロがそう問うと、静寂が辺りを支配する。

 それを肯定と受け取り話が再開される直前、一人進み出てくる者がいた。

 

「ちょっと待てよ」

 

 いかにも不満だという表情で、噛みつくように現れたのは額にバンダナを巻いた男だった。

 スザクはその男に見覚えがあった。

 埼玉戦の前、新宿ゲットーでブリタニアの子女に因縁を吹っかけていた男だ。

 

「君は?」

「俺は玉城真一郎。ゼロとか言ったな。俺はまだお前を認めたわけじゃねぇぞ」

 

 扇グループの一員であるその男――玉城はゼロを睨みつけながらそう唾を吐く。

 

「何が言いたい?」

「顔も見せねぇで何が仲間だよ! 仲間になるっつうならまずその仮面を取りやがれ!」

 

 扇グループの中で意思統一が行われていなかったのか、それともこれがメンバー全員の総意なのか、一方的にそう要求する玉城。

 しかし喧嘩腰に要求を突き付けられたゼロは至って動じず、冷静に言葉を返した。

 

「ふむ。つまりお前は素顔を見せなければ私を信用できないと?」

「そりゃそうだろ。誰かも分かんねぇ奴についてくバカなんていねぇよ」

「なるほど。ならばこの場から去ってもらって構わない」

「あ?」

「私はこの仮面を取るつもりはない。顔を見せなければ信用できないと言うのであれば、致し方ない。帰ってもらって結構だ」

 

 あっさりとそう告げられ、玉城はぽかんと口を開く。

 だがすぐに我に返って怒鳴り声を上げた。

 

「なんでそうなんだよ! お前がその暑苦しい仮面を取ればいいだけの話だろ!」

「先程も言った通りだ。如何なる者の前であろうと私がこの仮面を外す事はない。それを不満に思うなら、無理に仲間となってもらう必要はない」

 

 ゼロは玉城から視線を外し、全体を見渡しながら告げる。

 

「他にも彼と同じ意見を持つ者がいるならば、引き留めるつもりはない。この場から退場してくれ」

 

 戸惑う気配が地下に充満する。

 ざわざわと騒然となるが、出て行こうとする者はいない。

 それを確認しながらゼロは再び玉城に視線を戻すと改めて問う。

 

「お前はどうする?」

「どうするって……なんでそこまでして顔を隠したがるんだよ! なんかやましい事でもあるんじゃねぇのか!」

「私は素性ではなく言葉と行動で自らの意思を表明する。私の意思は既に伝え、行動も示した。それでもついてこれないと言うなら、それまでの事」

 

 あらぬ嫌疑を掛けられ、執拗に仮面を取る事を迫られながらゼロは冷静な態度を崩さない。

 

「勘違いしているなら言っておこう。私は仲間になってくれとお願いしているわけではない。あくまで私の理念に共感してくれる者がいるなら共に歩もうと誘っているだけだ。意を違えてまで手を取り合う必要はない」

 

 その宣言に地下室が静まり返る。

 

「退出者がいないのであれば、続けさせてもらう」

 

 玉城からの反論がないのを見て取り、ゼロは再びこの場にいる全員に向けて語り掛ける。

 

「私の理念は先程も伝えた通り、力ない弱者を助けるというものだ。これからの活動もそれに準じたものになる。だがそれには戦う力が必要不可欠であり、君達の中には武器など手に取った事がない者もいるだろう。そのため最低限の武器弾薬の扱い方や戦う術を身に着けてもらうところから始めたいと思う」

 

 強者から弱者を守る。言うのは簡単だが、当然それを成すには強者に負けない力が必要となる。埼玉の戦いを経験しているこの場の人間はそれを既に実感として理解しているのか、緊張を露わにする者は多かったが、ゼロの発言に異を唱える者は誰一人としていなかった。

 最低限の心構えはできているのを見て取り、ゼロは続ける。

 

「だが今回はまだ集まってもらったばかりだ。互いの事を良く知りもしないだろう。よって今日のところは、とりあえず親交を深めてもらいたい。専門的な知識や技術を身に着けるのは次回からにしよう。そのための人選は次回までに私から声を掛けさせていただく」

 

 まだ隣にいる人間がどんな人かも知らないような状況だ。そんな中で訓練をしても上手く事が運ぶはずもない。

 ゼロの言葉に緊張していた空気がわずかに緩む。

 

「質問があれば答えるが、何か意見のある者はいるか?」

 

 今度は進み出てくる者はいなかった。

 

「ないようであれば、しばらくは周りの人間と親交を深めていてもらいたい。元々テロ活動をしていたグループのリーダーは話があるので、私の元に来てくれ」

 

 その言葉に大和同盟のリーダーである泉と、扇グループのリーダーである扇がゼロの元へ集う。

 おそらくは今後の方針について話すのだろう。

 枢木スザクはその話し合いには参加せず、元々テロ活動などした事がない埼玉の人達の元へ行き挨拶をしていた。

 それをカレンが遠目で見ていると、先程ゼロに食って掛かった玉城が地面を蹴りながら文句を言う。

 

「ったくなんだよあいつ。結局顔も見せねぇじゃねぇか」

「確かにあれだけ言って仮面を取らないなんて怪しいよな。もしかしたら、テロリストを一網打尽にするためのブリタニアの作戦とか……」

「さすがにそれはないだろ。枢木スザクは脱走して指名手配までされてるんだぞ。しかも埼玉じゃコーネリアの親衛隊の機体を何機も沈めてる」

「なぁやっぱやめようぜ。あんな奴信用できねぇよ」

「でもゼロと枢木スザクの力は本物よ。そもそも私達だけじゃもうどうしようもないから埼玉に行ったの忘れたの? 他に協力してくれるレジスタンスの当てもないのに、ここを出て行ってどうするつもりよ」

「けどあいつらの功績が軍とつながってたからできたんなら、このままあいつらについて行ったら全滅もあり得るぞ」

 

 玉城、杉山、吉田、井上、南が声を潜めて意見をぶつけ合う。

 反対側が玉城、吉田、南の三人。賛成側が杉山と井上の二人。これを見ると、やはり実際にゼロと枢木スザクの活躍をその目で見た事が大きいのは明らかだった。

 

「やめましょうよ。その事はここに来るまでに飽きるだけ話したでしょ。それでも手を組む価値があるってみんなで決めて来たんじゃない」

 

 この場においても煮え切らない仲間達を見て、カレンは仲裁に入る。

 

「そりゃそうだけどよ。お前も見ただろ、ゼロのあの態度。しかも弱者を助けるとか、そんなもんレジスタンスの活動じゃねぇよ!」

「その話も散々したでしょ。確かに目的は違うけど、ゼロはブリタニアと戦うって明言してる。なら多少の意見の違いは呑み込むべきだって。何より私達には、ゼロと枢木スザクの力が必要なのよ」

「っ……ああ分かったよ! しばらくはあのいけすかねぇ仮面野郎に従ってやるよ。でも勘違いすんなよ。俺は認めたわけじゃねぇからな」

 

 そう吐き捨てると、玉城はこの場から離れていく。

 埼玉の人達の方に向かわないところを見るに、親交を深めるつもりはないらしい。

 それにため息をつきながらも、カレンは玉城の気持ちも理解できた。

 不安なのだ。玉城だけじゃない。他のみんなも。

 カレン達はいままでずっとレジスタンスとして活動してきた。細々と地道な活動を続け、その成果として十人にも満たない少数グループなのにも関わらずナイトメアまで手に入れる事ができた。このままいけばきっとブリタニアを変えられる。いまは小さい力かもしれないけれど、きっといずれは。みんなそう思っていた。

 だがカレンの兄であり、組織のリーダーだった紅月ナオトが作戦中に死んだ事でそれは勘違いだったのだと思い知らされた。

 彼が死んでからリーダーは扇が継いだが、これまでとは打って変わってどんな作戦も上手くいかなかった。情報収集はおろか、武器弾薬の補給さえおぼつかない。自分達がどれだけ紅月ナオトという人間に頼り、そして重荷を背負わせてきたのかが如実に知れた。いままで漠然と、言われるがままに作戦をこなしていけば目標に近付けるのだと、そんな子供が聞いても笑ってしまうような近視眼的な考えでしか戦っていなかったのだという事を、カレンはようやく理解した。事態を打開しようと、ナオトが生きていた時に考えていた策を用いて一発逆転を狙った新宿の作戦も、結局は被害を増やすだけに終わり、カレン達は己の無力を自覚するしかなかった。

 

 そんな中で彗星のように現れたゼロと枢木スザク。その華々しい活躍を聞かされた時、格が違うと認めるしかなかった。

 私達と同じ状況にありながら、結果は正反対。いくつかナイトメアは持っていたらしいが、あの状況で自分達にナイトメアが数機あったからと言って結果が変わったとは到底思えない。突然の停戦命令がなければ、全員死んでいただろう。だからこそそれができるゼロにつく事を決めた。そんな成果はナオトにだって出せはしないと、みんなそれが理解できてしまったから。

 けれど思ってしまうのだ。彼らが凄ければ凄いほど、どうしようもなく。

 いままで自分達がしてきた事はなんだったのかと。

 そんな無力な現実を認めたくないから、ゼロと枢木スザクを否定する。ブリタニアのスパイだからあんな事ができた。あれは実力ではなく、最初から仕組まれた茶番だった。そんな風に思い込もうとする。

 そうでなければ、惨めすぎるから。

 もちろんその可能性がないとは言えない。けれど限りなく低いだろう。わざわざそんな手間の掛かる事をブリタニアがするとは思えない。それも武人と名高いコーネリアが。

 でもそう思わなければやってられない程、カレン達は打ちのめされていた。

 

 ゼロは言った。私達がやっているのは現実を受け入れられない子供の癇癪だと。その行動で傷付くのはなんの罪もない日本人だと。

 その通りだと思った。ブリタニアが間違ってると考えて、それに抗うために戦ってきたけれど、私達の活動は同じ日本人を苦しめてきただけなのかもしれない。少なくとも、結果だけを見ればゼロの言葉に反論できる余地などない。

 でもだったらどうすれば良かったのか。ただ黙って、ブリタニアに従えばよかったのか。大切な人が傷付くのを、尊厳と誇りを踏みにじられるのを、唇を噛み締めて耐える事が正しい道だとでも言うのか。

 いくら考えても正解なんて出なかった。ブリタニアは間違ってる。その意見を覆すつもりはない。でもそれを声高に叫ぶ事で傷付くのが、現実を受け止め必死に耐えている人達だと言われれば、感情の矛先をどこに向ければいいか途端に分からなくなる。傷付くのが自分一人であれば迷う事なんてないのに。どうして世界はこんなにも上手くいかないのか。理不尽にできているのか。

 ナオトが生きていれば、答えてくれたのかもしれない。兄は賢く、カレンの分からない事にはなんでも答えてくれた。でもその兄はもういない。

 

 だからその答えを知りたくて、ゼロについて行く事を決めた。

 自分達の罪を追及したゼロがどんな道を歩むのか、それをこの目で見たかった。

 情けない結論だという事は分かってる。結局自分の罪と満足に向き合う事すらできていない。それどころか、自分で出さなければいけない答えを他人に委ねてしまっている。紅月カレンはこんな弱い女だったのかと自分を殴り飛ばしたくなる。

 それでももう、この答えを探さずにいままで通りに歩く事は出来そうになかった。彼ならきっと答えを教えてくれる、なぜだかそんな確信があった。

 だから私は、ゼロについて行こうと決めた。

 

「こんにちは」

 

 挨拶され振り向くと、そこには件の有名人――枢木スザクが笑顔で立っていた。

 

「さっきも前で言ったんですが、改めまして、枢木スザクです。みなさんこれから、よろしくお願いします」

 

 そう言って丁寧に枢木スザクは頭を下げた。

 あの有名人に先に頭を下げさせてしまったと、慌ててみんな自己紹介を始める。

 

「杉山だ。いや、です。会えて光栄、です。枢木さん」

「井上です。これからよろしくお願いします。枢木さんみたいに強くはありませんが、精一杯力になれるように全力を尽くします」

「そんなに畏まらないでください。僕の方が年下ですし、普通にしてくれて大丈夫ですよ。なんならため口でも大丈夫です。お二人は埼玉にいましたよね?」

 

 その指摘に杉山と井上は目を丸くする。

 まさかあれだけいた人間の中から自分達を憶えているなんて露にも思っていなかったからだ。

 一緒に戦ったと言っても、顔を合わせたのは最初の接触の時の数分と、最後にゼロが演説していた時の2回だけ。会話もしていなければ、視線が合った覚えすらない。

 

「憶えててくれたのか? いや、ですか?」

「ため口でいいって言ってくれてるんだから、もう甘えさせてもらいなさい。柄が悪いんだから、違和感丸出しよ」

「うるせぇな。しょうがないだろ。あの枢木スザクだぞ」

「そんなに大した事ないですよ。僕なんて。父が総理大臣だったってだけです」

 

 そう言って年相応に枢木スザクは笑う。

 埼玉でゼロの後ろに立っていた時とはまるで雰囲気が違う。これが彼本来の性格なのだろうか。

 南と吉田も挨拶を終え、枢木スザクが最後にこちらを振り向く。

 それを契機にカレンも手を差し出した。

 

「紅月カレンです。よろしく。枢木さん」

「えっと、同い年くらいだよね? 敬語なんて使わなくていいよ。僕もその方が楽だし。スザクって呼んで」

「あーうん。ありがと。スザク」

「うん。よろしくカレン」

 

 握手を交わし、正面からその顔を見る。

 17歳の同い年という事だったが、どこか幼さの残る顔はどちらかと言えば年下にも見える。とてもブリタニア軍を相手に大立ち回りを演じた男には見えなかった。

 

「ねぇちょっと聞いてもいい?」

「ん? なんだい?」

「会ったばかりでこんな事聞くのもどうかと思うし、嫌だったら全然答えなくていいんだけど……」

 

 そう前置きし、それでも口にする事を躊躇いながら、恐る恐るカレンは訊ねる。

 

「その……どうして軍なんかに入ったの?」

 

 その質問を聞いたスザクは目を少し見開いて驚きを露わにする。

 やはりまずかったかと、カレンは慌てて手を振った。

 

「ごめん。忘れて。こんなのやっぱり聞くべきじゃ……」

「子供の頃、凄く大切な友達がいたんだ」

 

 少し遠い目をして、スザクは話し始めた。

 

「なのに戦争後は別れなくちゃいけなかった。僕のせいで」

 

 悲しさを滲ませながら語るスザク。

 あの戦争は至る所で悲劇を生んでいた。だが、僕のせいとはどういう意味なのか。

 

「僕が間違わなければ、別れる事はなかったかもしれない。たとえ別れるとしても、つらい別れなんかじゃなくもっと違う形があったのかもしれない」

 

 悔やむようなニュアンスを言葉の節々に感じさせながら、スザクの表情からは後悔した様子は見られなかった。

 少しだけ悲しそうにはしているが、それだけのように見える。

 

「その時思ったんだ。間違った方法じゃ、こんな間違った結果しか生み出さないんだって。だから僕は、ブリタニア軍に入ってブリタニアを中から変えようと思った」

「中からって……」

「それが無謀な事は分かってた。でも、間違った方法じゃ意味がない。また酷い結果を出すだけなんだって、そう思ったから」

 

 間違った方法で生み出す、酷い結果。

 それを聞いてカレンはゼロの言葉を思い出す。

 新宿の時に見た光景が脳裏にチラつく。

 

「でも結局、軍を辞めた……というか、脱走したのよね?」

 

 彼も答えを知っているのかもしれないと、カレンは口を挟む。

 自分がゼロに求める答えを。 同じような罪悪感を抱え、それでもこの道を選んだ枢木スザクという人間なら。自分には出せないこの問いの答えが。

 

「うん。正しいだけじゃ守れないものもあるって気付いたからね」

 

 カレンの問いにスザクは揺るがぬ態度で頷いた。

 そして逆に問う。

 

「新宿の件、知ってる?」

「えっ? う、うん。知ってるけど……それがどうしたの?」

「あの事件にね、僕はブリタニア軍として参加していたんだ」

 

 その言葉にカレンは息を呑んだ。

 他のみんなも目を見開いている。

 まさかこんなところで目の前の人物とつながっていたなんて思いもしなかった。

 

「あの事件の本当の目的は、テロリストが強奪した毒ガスの奪還だった。僕はそれを捜索する部隊で、実際に見つける事もできた」

 

 見つけた、そう聞いてカレンの背筋に冷や汗が流れる。

 あのトレーラーには仲間である永田が乗っていたはずだ。つまり永田を殺したのは――彼だったのか。

 緊張しながら次の言葉を待つ。

 だが彼が口にしたのは予想外の一言だった。

 

「でもね、そこでトラブルがあった。僕の友達が、たまたまそこに居合わせたんだ」

「えっ……?」

「トラックが事故に遭ったと思ったから助けようとして近付いたら、いきなり走り出して巻き込まれたんだって。なんてドジなんだって思ったけど、それを笑ってられる状況なんかじゃなかった」

 

 初耳の事実にカレンの顔から血の気が引く。

 愚かな行動の末に回ってきたツケを、よりにもよって自分達を助けてくれようとした人に払わせた。

 それは言い訳のしようもない程に許しがたい己の罪の証明だった。

 

「そこで僕の報告でやってきたクロヴィス元総督の親衛隊が命令したんだ。その友達を殺せって」

 

 スザクの言葉はその一つ一つがカレンを含めた扇グループの罪を白日の下に晒す。

 たとえ自覚がなかろうが、自分達の犯した行いが裏で生んでいた悲劇を、改めて突きつけられる。

 

「僕にはできなかった。たとえルールを破る事になっても、友達を殺す事なんて。そしたら僕も反逆罪で殺されそうになって、彼と一緒に逃げたんだ」

 

 なんて事のないようにスザクは話す。

 だがそれが決して気楽に話せるものでない事は、当然その場の全員が理解していた。

 スザクの人生はその日を境に、大きく変わったのだ。

 カレン達の行動が、目の前の少年の道を塞いでしまった。

 

「そのまま逃げてたら停戦命令が出て、僕と友達はなんとか助かった。しかも親衛隊はクロヴィス元総督を守れなかった責任を追及されて、僕の件は有耶無耶。軍に戻ってもなんの罰もなかったよ」

 

 助かったという言葉を聞いて、カレンは心底安堵した。

 それで自分達の罪が消えるわけではないが、それでも助けようとしてくれた人を死に追いやる事がなかったという事実は、カレンの心を幾分か楽にした。

 だがそれと同時にわずかに余裕を持った心が、発言の違和感を捉える。

 

「どうして軍に戻ったの? 殺されそうになったんでしょ? そんなの、死にに行くようなものじゃない」

「そうだね。でも戻らなかったら、ブリタニアを中から変える事ができなくなってしまうから」

 

 当たり前の事のようにスザクは答えた。

 その言葉にカレンは絶句する。

 信念のためなら死んでも構わない。あまりにあっさりとその覚悟を見せつけられて。

 

「でも結局、その後で親衛隊に国家反逆の容疑で拘束されたんだ。尋問室でめちゃくちゃに殴られて、それが済めば殺される。そんな状況まで追い詰められて、でもそれも仕方ないと思った。僕は罪を犯した。なら罰は受けなきゃいけない。そう思ったから」

「そんな……」

 

 仕方ない。そんな言葉でスザクは自身の死を片付ける。

 潔さの過ぎる決意。

 そこまでしてルールを守ろうとするスザクの心をカレンは理解できなかった。

 

「そんなに大事だったの? 正しい事のためなら死んでもいいって言うの!?」

「あの時の僕にはそれしかなかった。もし僕が自分の都合でルールを曲げれば、それはもうただの無法者だ。ブリタニアを中から変えるなんて言う資格もなくなる。僕は正しい方法で、自分の罪を贖う事ができなくなる。それは僕にとって死ぬよりも耐え難い事だったんだ」

 

 あまりにかけ離れた価値観にカレンは言葉を失う。

 自らの罪とどこまでも真正面から向き合い、死をも受け入れるその姿勢を受け入れられない。

 でもそれが正しいのだろうか?

 大勢の人を巻き込んで、死なせてしまって、それなのにのうのうと生きている自分の方がおかしいのだろうか?

 動揺するカレンに構わずスザクは話を続ける。

 

「でも親衛隊の隊長が尋問室で僕に言ったんだ。僕の友達も国家反逆罪で捕まえて殺してやるって」

 

 それはスザクがルールを破った原因。

 もしスザクが己の罪の贖罪を考えるなら、友が殺されるのを認めるしかない。でなければ、筋が通らない。

 

「その時にようやく気付いたんだ。ルールを守るだけじゃ、守れないものがある。間違ったやり方に価値はなくとも、だとしても、僕には守らなきゃいけないものがあるんだって。だから僕は、友達を守るために親衛隊を殺して逃げ出したんだ」

 

 ようやくニュースで語られていた事実と真相が重なる。

 話し始めてから初めてスザクは笑顔になって話を締める。

 

「その後はゼロに拾われて、ゼロの理念に共感していまに至るって感じかな」

 

 まるで後悔などしていないという顔でスザクは笑う。

 その壮絶な顛末をカレンは受け止めきれなかった。

 色んな感情や思いがごちゃ混ぜになって、何を言えばいいのかも分からないし、なんならいま聞いたものを自分がどう感じているのかすら把握できていない。

 でもたった一つだけ訊いておかなければならない事があった。

 

「……未練はないの? その……もう無理だったとしても、正しい方法でブリタニアを変えられない事に」

「ないよ。守りたいものを守るためならね」

「でもそれで苦しむ人も……」

「もちろん、出ると思う。でも何を犠牲にしてでも、僕には守りたいものがある」

 

 カレンの言いたい事を汲み取り、それを肯定した上で躊躇わずスザクは言い切った。

 

「これが正しい道だとは思わない。でも迷いはないよ。間違っていても、誰かを傷付ける事になっても、僕は大切なものを守るって決めたんだ」

 

 それが枢木スザクの答え。

 自分の戦いに巻き込む者がいたとしても、それでも己の守りたいものを守るという覚悟。

 一見してそれは酷く身勝手な信念だ。

 自分の大切なもののためなら、誰を巻き込もうが傷付けようが構わないという、近くいる者に被害を振りまく在り様はまるで災害のよう。ともすればそれは、悪と呼ばれるべきものなのかもしれない。

 けれどその生き方を否定する権利は、カレンにはない。

 だって枢木スザクという人間にその道を選ばせてしまったのは、カレン達なのだから。

 自分達の行いは、枢木スザクの運命を大きく変えた。

 話を聞く限り、新宿の件がなければ彼はいまでもブリタニアの軍人だったはずだ。国を中から変えるという信念の元に、正しい方法でその道を邁進していたはずだ。

 それを捻じ曲げてしまったのは、カレン達が毒ガスを奪ったから。

 ブリタニアに対する憎悪だけで、深く考えもせず作戦を決行し、結果数多くの無関係の人達を巻き込んだ。

 あれがなければ、数多の命は失われずに済んだ。あれがなければ、彼の友達を――自分達を助けてくれようとした人は巻き込まれなかった。あれがなければ、枢木スザクの運命が変わる事もなかった。

 無理やり人生を踏みにじった自分に枢木スザクの決断を、その生き方を、否定できるわけもない。

 ――いや、たとえそれがなかったとしても、未だに進むべき道を、答えを、見つけられていないカレンに何が言えるだろう。

 彼のように全てを受け止めてそれでも進む覚悟も持てず、自らが犯した罪の沼に溺れてもがき、自力で抜け出す事もできず泳ぎ方を他人に教えてもらおうとする恥知らずの私に。

 

「なんだか、とりとめもなく話しちゃったね。ごめん。僕って話したりするのそんなに上手くなくてさ」

 

 屈託のない笑みを浮かべスザクはそんな風に謝罪する。

 空気を重くしないための気遣いに、カレンは内心を押し隠して笑顔を返した。

 

「ううん。ありがとう。あなたの事、分かった気がする」

「そっか。それなら良かった」

「それとごめんなさい。新宿の件、クロヴィスの機密を盗んだのは、私達なの」

 

 カレンは深く頭を下げた。

 もしこの事実を明かす事で出て行けと言われても仕方ないと考えながら。そうなったら仲間達にも頭を下げようと決めてカレンは謝罪する。

 見知らぬ他人である自分の不躾な質問に誠実に答えてくれた枢木スザクへの礼儀として、これだけは言わなければならないと考えて。

 

「気にしないで。僕達は怪我をしたわけでもないからね」

 

 拍子抜けする程あっさりとスザクはカレンの謝罪を受け入れた。

 あまりの人の良さにカレンは少し呆ける。

 だが取り違えてはいけない。罪が許されたわけではないのだ。スザクが言っているのは自分達の事は気にするなというだけで、私達が巻き込み傷付け、そして死んでしまった人達の事は話が別だ。

 それを有耶無耶にしてはいけない。

 そんな事をすれば、私はきっと戦う意味すら見失ってしまう。

 重たい話が終わり、それからは扇グループの面々とスザクは当たり障りのない話で盛り上がった。

 色々と話し、だいぶ打ち解けたところでスザクは別れの挨拶を切り出す。

 

「それじゃあ、今日のところは僕はこれで。また話しましょう」

「あっ、ちょっと待って」

 

 慌ててカレンはスザクを呼び止める。

 

「どうしたの? カレン」

「最後に一つだけ聞いていい?」

 

 無言で頷くスザク。

 それを受けカレンは自己紹介をした時からずっと気になっていた事を訊ねた。

 

「どうして私に何も聞かないの?」

 

 言いたい事が伝わらなかったのか、わずかに眉根を寄せてスザクは首をかしげる。

 カレンは分かりやすいように改めて言い直した。

 

「どう見たって、私日本人には見えないでしょ。なのになんで何も聞かないの?」

 

 赤髪に白い肌。カレンの容姿は一見して日本人のそれではない。ブリタニア人のものだ。なのにスザクは、これまでの会話で一切その事については触れず、気にする様子もなかった。

 カレンの質問に合点が行ったのか、スザクは事も何気に答える。

 

「誰にだって話せない事や、話したくない事はあると思うから」

 

 カレンの表情に納得は見えず、それだけでは足りないと思ったのかスザクは続けた。

 

「隠し事なんて僕にもあるよ。ゼロなんて、もう見るからに隠し事だらけでしょ? でもね、人の秘密っていうのは無理に話す事でも、聞き出す事でもないと思う。会ったばかりで全て包み隠さず話せなんて言うのは傲慢だし、それを明かさなきゃ信頼できないなんて言うのは本当の信頼なんかじゃない、秘密を聞き出すための体のいい言い訳だと思うんだ。秘密がある事を受け入れた上で、いつか話してもらえるような関係を築く努力をする。それが信頼につながるんじゃないかな? 少なくとも僕は一度、友達が何も聞かないでいてくれた事で救われた事があるんだ。だから無理して言う事なんてないよ。カレンが話したいと思えるようになったら話してくれればいい」

 

 まだ覚悟が決まる前、ルルーシュが自分の抱える秘密を問い詰めずいてくれた事を思い出しながら、スザクは語る。

 もしあの時に、ルルーシュが無理やり自分から何があったのか聞き出そうとしたなら、スザクは頑なに拒んで唯一の友達を失ってしまっていただろう。何かあると察しながら、何も言わない自分の思いを汲んで、あえて追及せずにいてくれた。それがスザクにとってどれだけ嬉しく、どれほど救われたか、きっとルルーシュはいまも知らない。

 

「私ね、ハーフなんだ」

 

 唐突にカレンは語った。

 自らの生い立ちを。テロリストになったわけを。

 

「父親がブリタニア人で、母親が日本人。そのせいで大好きだったお兄ちゃんとも一緒に暮らせなくなって、私は父親の屋敷暮らし。しかも母親は私の使用人。また家族一緒に暮らせるようにってレジスタンスでリーダーをしていたお兄ちゃんは作戦中に死んじゃって、私は家族をそんな風にしたブリタニアが許せなくてテロをしてる」

 

 カレンにとってそれは、進んで話したいような内容ではなかった。

 複雑な家庭事情も、血を分けた兄の死も、忌々しい母の事も。だがきっとそれは先程のスザクも同じだったはずだと思い、カレンは包み隠さず打ち明ける。

 

「そう、なんだね……」

 

 いまの日本ではありふれた、けれど決して一緒くたに語るべきではない悲痛な境遇に、スザクは沈痛な面持ちで頷く。

 歪な形の家族。しかしその中でも唯一良かった点を引き上げてスザクは口を開いた。

 

「それでもなんとか、お母さんとは一緒に暮らせてるんだね」

「あんな人、母親なんて思ってないわ。プライドもなく昔の男に縋って、みっともない」

 

 反射的に、吐き捨てるようにカレンはスザクの言葉の内側にあったものを否定した。

 それほどに、絆なんてものがあの人との間にあると思われるのは嫌だった。

 

「いつか助けてもらえるとでも思ってるのか、正妻に何を言われてもへらへら笑って、仕事もできないのにメイドなんてするから失敗ばかり。ホントに鬱陶しい」

 

 家にいる母親の顔を思い出してカレンは表情を歪める。

 本当は目の前から消えてほしい。いなくなってほしい。実の母親の惨めな姿を見たくなくという思いは日に日に募る一方で、カレンの中の嫌悪もまた、膨れ上がるばかりだった。

 しかしカレンのそんな様子を見て、スザクは慰める事も謝る事も、ましてや同情する事もなかった。

 

「誰にだって話せない事や、話したくない事はある」

「えっ……?」

 

 先程聞いた言葉が繰り返され、無意識に俯いていたカレンは顔を上げた。

 目の前のスザクは悲しそうな顔で笑いながら、カレンに問い掛ける。

 

「君のお母さんも同じなんじゃないかな?」

 

 一瞬何を言われたのか分からなかった。

 時間が経ってようやく脳に意味が浸透して、反射的に否定の言葉がついて出る。

 

「そんなわけ……だって、わざわざあの家に住む必要もないのに、あの人は……!」

「ごめん。事情も知らないのに変な事言って。でもお母さんがどうしてそうしているか、カレンは聞いたの?」

 

 思ってもいなかった問い。

 当たり前だと思っていた事がわずかだが揺らぐ感覚がして、カレンはか細く呟くように答えた。

 

「それは……聞いてない、けど……」

「ならお母さんにも何か事情があったのかもしれない。それだけの扱いを受けながら、それでも君の屋敷でメイドをしている理由が。少なくとも事情を聞かずに一方的に決めつけるのは、止めた方がいいんじゃないかな? 僕はそれで一度、取り返しようのない失敗をするところだったから」

 

 スザクの忠告に頷く事はカレンにはできなかった。

 青ざめた顔で俯き、言われた言葉をただ脳内で反芻する。

 

「踏み入った事言っちゃったね。でも考えてみてほしい。まだ取り返しのつくうちに」

 

 付け加えられた一言を聞き、カレンは思い出した。

 スザクの父、枢木玄武が既に亡くなっている事を。

 もしかしたら、スザクは父親の事で何か後悔している事があるのだろうか。

 思わず問いかけそうになって、口を噤む。

 誰にだって話せない事や話したくない事はある。直前に言われたその言葉を思い出したから。

 ただでさえ自分は既に、とてつもなく重い話をスザクにさせているのだ。これ以上根掘り葉掘り聞くような恥知らずな真似はできない。

 

「ありがとう。少し……考えてみる。あなたの言った事」

 

 混乱したまま、それでもカレンは自分の事を考えて色々と助言してくれた男にお礼を言う。

 スザクは笑顔でそれに答えた。

 

「うん。こんな事言えた義理じゃないかもしれないけど、頑張ってね」

 

 それだけ言うとスザクはゼロの所へ戻って行く。

 入れ替わるように扇が戻ってきてゼロと話した事を語ってくれたが、カレンはそれをまともに聞く事もできず、ただ答えの出ない問いに頭を悩ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼロの元につく事を決めて初めての集まりが終わり、カレンが家に帰る頃には既に日は沈んでいた。

 いつもなら口うるさく突っかかってくる継母は男漁りにでも行っているのか姿を現さず、代わりに早足でやってきたメイドが笑顔で出迎えてくる。

 

「お帰りなさいませ。カレンお嬢様」

 

 その言葉に苛立ちが湧く。

 メイドはカレンの実の母親だ。それが当然のように娘に敬語を使って頭を下げる。

 戦争前はこうではなかった。自分達の関係は、こんな歪んだ親子の形では絶対になかった。

 

『あら、おかえりカレン』

 

 唇を噛み、視界に入れる事すらしたくない己の母親の横を通り過ぎて自室へ向かう。

 だがその途中でスザクに言われた事を思い出して、カレンは立ち止まった。

 深呼吸を2度、3度と行う。

 そして意を決して振り返った。

 

「ねぇ」

 

 珍しく話し掛けられた事で母は目に見えて狼狽える。

 そして慌てながらもどこか嬉しそうに返事した。

 

「は、はい。なんでしょうか?」

「話があるの。部屋に来て」

 

 それだけ告げて、反応も見る事なくカレンは部屋に戻る。

 たったの二言口にしただけなのに、どっと疲れた気がした。

 だがこんな事で弱音を吐いている場合ではない。

 これから話し合うと言うのに、一方的に言葉をぶつけただけで疲れ切っていたのでは、まさしくお話にもならない。

 

「カレンお嬢様、お伺いに上がりました。入ってもよろしいでしょうか?」

 

 しばらくすると控えめなノックと共に扉の外から問い掛けられ、カレンはそれに是と返す。

 入ってきた母をテーブルを挟んで対面に腰掛けさせた。

 なんと切り出していいか、母が来るまでずっと考えていたはずなのに言葉は出ず、気まずい沈黙が部屋を支配する。

 

「お帰り……遅かったんですね。最近は物騒ですし、あまり遅くならない方が……」

「あなたには関係ないでしょう!」

 

 今更母親面する言葉に思わずカレンは怒鳴り返してしまう。

 ダメだ。そう思っているのに、苛立ちは燃え滾るマグマのようにぐつぐつとその温度を上げていく。

 下手な回り道は自分の心が持ちそうにないと判断して、カレンは単刀直入に聞く事にした。

 

「どうして、こんなところにいるの?」

「えっ……?」

「なんで使用人になってまでこの家にいるのかって聞いてるのよ! シュタットフェルトのご当主様が手を差し伸べてくれるとでも思ってるの? そんな風に男に縋って、情けないとは思わないの!?」

 

 冷静に、冷静にと、心に言い聞かせていたのに、やっぱり無理だった。

 いままで抱え込んできた不満が堰を切って溢れ出す。

 

「自分の母親が継母にいびられて頭を下げるところを見る私の気持ちが分かる? 実の母親に敬語を使われる気持ちが! それがどれだけあたしにとって苦痛か、あなたに分かる!?」

 

 思い描いていた大人の話し合いとは真逆に、子供のように一方的に気持ちをぶつける。

 やめろ、そう心の中で叫ぶ半面、何が悪い、と開き直る自分がいた。

 私は子供なのだ。この人の子供なのだ。我儘を言って何が悪い。本音をぶつけるのは当たり前じゃないか。そんな風に暴走する心は止まってくれない。

 

「ねぇ教えてよ! あなたは何がしたいのよ! 私はどうすればいいのよ! こんなの、こんなの……私は望んでなかったのに!」

 

 迷子の子供のように途方に暮れてカレンは叫ぶ。

 激情のままに吐き出された怒声は、部屋どころか屋敷全体にすら聞こえるのではないかと思う程に沈黙を切り裂いて響き渡る。

 そんな思いを真正面からぶつけられ、母親は目を見開いてマジマジと娘を見つめる。

 直後。驚愕するその瞳から、つーと涙が零れた。

 

「ごめん。ごめんねカレン……ごめんなさい」

「っ……!」

 

 真っ直ぐに自分を見て謝る母親に耐えきれず、カレンは部屋を飛び出した。

 後ろから名前を呼ばれた気がするが、気にする余裕なんてなかった。

 そのまま屋敷を飛び出して、日の沈んだ街を全力で駆ける。

 息が乱れるのも、足が痛くなるのも構わずただただ走り続ける。

 気付けばカレンは誰もいない公園にいた。

 そこに、まだ幸せだった頃の母と兄と自分が仲良く手をつないで歩いている光景を幻視して、カレンは涙を零す。

 

「もう私、どうしていいか分かんないよ………………お兄ちゃん」

 

 空に浮かぶ一番大きな星に向かって、カレンは呟いた。

 疲れとは別の理由で、カレンの膝が崩れ落ちた。

 





カレン回。単に組織結成の場を書こうと思っただけなのですが、思いの外筆が乗ったため、赤毛の彼女にスポットが当たる話となりました。

そして前に少しだけ話が出ていたルルーシュ・ナナリー帰還祝い兼、カレン歓迎イベントは男女逆転祭りでした。読み飛ばしても問題ない話ですが、どの発言が誰のものか考えるのも一つの楽しみ方かも。

ここからは原作イベントをサクサクと消化していこうかと思います。

次回:湖面に揺蕩う命

出典
・ピクチャードラマ⑦
STAGE:9.33
『男女逆転祭り』

・ピクチャードラマ⑨
STAGE:23.95
『たとえ別れるとしても、つらい別れなんかじゃなくもっと違う形があったのかもしれない』

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