大変お待たせしました。
全く動きがないのに、文字数だけは多くなってしまいました。すみません。
「ディートハルト・リート。お前に頼みたい事がある」
資料室か物置か分からない地下の一室にやってきたヴィレッタは、その部屋の主であるディートハルトに単刀直入に切り出した。
「何を言うかと思えば……私は左遷された身ですよ」
読んでいた資料から目線を上げヴィレッタを見ると、あからさまにディートハルトはため息をついた。
その姿は競争社会に敗れてやさぐれているようにも見える。
事実ディートハルトは河口湖でゼロとコーネリアの会話、そして黒の騎士団の旗揚げ宣言を上層部の意向に逆らってテレビで流した事により降格させられていた。
本来なら軍人のヴィレッタが目を掛けるような相手ではない。
しかし彼女はディートハルトのあからさまな無礼を咎める事なく淡々と続けた。
「お前の優秀さは知っている。クロヴィス元総督の退任報道とコーネリア総督就任報道の手際、そして何より、枢木スザク脱走事件の際の情報収集能力」
脱走事件があった翌日には枢木スザクに関する情報はかなり細かいところまで報道されていた。
さらに枢木スザクについて調べれば、必ずと言っていいほどこの男が先回りしたように調べていた形跡がある。
それだけでディートハルトという男がどれだけ情報に対する嗅覚が強いかが分かるというものだ。
「実は私も現在枢木スザクを追っていてな。枢木スザクの関係者と思しき人物の情報を掴んだのだ」
「ほぅ……」
自身が調べられなかった内容に興味を引かれたのか、目をわずかに細めるディートハルト。
その反応に手応えを感じ、しかしヴィレッタはそれを表には出さず無表情で依頼内容を明かした。
「私立アッシュフォード学園の黒髪の男子生徒。それを調べてもらいたい」
探るような視線をヴィレッタに向けながら、ディートハルトは手元でパソコンを操作し始める。
それを待たずヴィレッタは続ける。
「本来なら私が調べたいところだが、私立の名門校だけあって情報セキュリティがかなり強固だ。成田連山での軍務もあり、腰を据えて調べるだけの時間が私には――」
「成田? 噂では日本解放戦線の本拠地があるとかないとか」
淡々と語るヴィレッタの言葉に気になる単語を見つけ、ディートハルトは目を細め口を挟む。
「好奇心は猫を殺すと言う。お前は猫か? それともブリタニアに忠誠を誓う犬か?」
冷たい声が殺気と共に放たれる。
軍人として数多の戦場を駆けてきたヴィレッタの威圧感は並の人間のそれではない。
しかしそんな殺気を向けられたディートハルトはまるで物怖じした様子もなく肩を竦めた。
「さて。スクープに群がるハイエナでしょうか?」
「食えん奴だ」
わずかに眉を顰め、ヴィレッタは殺気を収める。
「とにかく、お前に頼みたいのはそれだけだ。もしお前の齎した情報が有益であったなら、軍の報道担当にねじ込んでやってもいい。いつまでもこんな埃臭いところにいたくはあるまい」
「私としては、ここも静かで悪くはないと思いますがね」
本音かどうかも分からない台詞を吐くディートハルトを尻目に、ヴィレッタは部屋を出た。
それを見送り、ディートハルトはパソコンと向き合う。
暇潰しに読んでいた資料は机に放って。
いつも通りスザクの隠れ家にルルーシュとスザク、ついでにC.C.は揃って顔を合わせていた。
ルルーシュは机の前に座り持参したノートパソコンの画面を眺め、スザクは飽きる程読んだランスロットのマニュアルを開き、C.C.は変わり映えなくソファに寝転がりながらピザを食べている。
特に会話もなく静かな空間に、入団希望者の一覧を見ていたルルーシュの独り言が響く。
「ブリタニア人か。スパイにしては堂々としているな。主義者か?」
「なんだか楽しそうだね。ルルーシュ」
「ああ。組織作りが思った以上に上手くいっているからな。いまや黒の騎士団はすっかり正義の味方。日本人の英雄だ」
「だが、それも完全ではないだろう?」
機嫌良く喋るルルーシュにC.C.が水を差す。
当初はルルーシュとスザクの会話になんら関心を示してこなかったC.C.だが、最近は退屈なのか気まぐれで話に割って入ってくる。彼女の見解は意外と鋭いものも多く、ルルーシュやスザクにしても忌憚のない意見は望むところなので邪険にする事もなかった。
「確かにその通りだ。黒の騎士団の活動は一方的な悪の断罪。それは見方を変えれば警察の真似事のようにも見える。正義の味方と称える反面、コーネリアお抱えの秘密組織なんじゃないかと、根も葉もない噂が囁かれているな。なんでも、黒の騎士団という餌でテロリストを集め一網打尽にしようというコーネリアの作戦らしい。いまは過渡期で、勢力が集まるまでは軍の犬として国の害悪になる小物を狩ってるそうだ」
自らの組織の汚名だというのに、どこか楽しそうにルルーシュは語る。
その内容にスザクはため息をついた。
「良く考えるよね、そんな事。でもそうやって思われるのを避けるために、河口湖の時にコーネリア総督との会話をわざわざテレビで流したんじゃなかったっけ?」
「よく憶えていたな。コーネリアとの会話の中で新宿や埼玉の話題をあえて出し、さらに敵対的な問答をする事で黒の騎士団がブリタニア軍と対立している事を印象付ける。お前の言う通りそれがあのテレビ中継の目的だ」
あのコーネリアとの会話はホテルに入る交渉であると同時に、ゼロという存在を民衆に紹介する場でもあった。枢木スザクを従え、コーネリアにも敵対者として認識されている。それだけでゼロが只者でない事を示すのは充分な効果がある。
「実際に効果も出ているが、現状を見る限り少しインパクトが足りなかったようだな」
「情報統制で新宿の件は公になってはいない。埼玉の件だって真実はどうあれテロリストは殲滅された事になっている。目端の利く人間なら別だが、民衆には効果が薄い、といったところか?」
ルルーシュの分析の中身をC.C.が正確に言い当てる。
普段だらしなくピザを食べているだけなのに、時折見識の深さが見て取れる。それが彼女がただの昼行燈ではない事を如実に示していた。
「スザクが表舞台に立っている事も議論を呼んでいるようだな。指名手配されているんだからブリタニアとは敵対しているという意見と、指名手配はテロリストを集めるための罠だという意見が対立しているようだ。当然、支持されているのは圧倒的に前者の方だがな。そもそもスザクが指名手配されたのはコーネリアが就任する前だ。クロヴィスが表舞台に立たなくなった事もあって、スザクが脱走した時にはそんな大掛かりな作戦を指示する者がまずもって存在しない。それに名誉ブリタニア人を使って搦手を行うのは、武人であるコーネリアのイメージにもないだろう」
「確かに。あの人なら真っ向から叩き伏せてきそうだもんね」
「実際埼玉ではそうしようとしていたな。まぁそもそもの話、お前にスパイなどできるわけもないがな」
噂がもし本当だとしたら広まる前に軍が対処しているはずだが、そんな理屈など民衆には通用しない。
「しかし、その噂が黒の騎士団への入団にブレーキをかけているのも事実だ。根も葉もない噂とはいえ、万が一でも事実なら入団すれば自分の命が危うい。噂を信じてはいなくても、不安に思って足踏みする者は多いだろう」
理屈で考えればスザクがブリタニアの手先である可能性などない事は誰にでも分かる。
だがそれでも、火のないところに煙は立たないという諺もある。わずかにでも疑念を抱かれれば、求心力は下がってしまう。
「こんな噂がまことしやかに囁かれる大きな理由は、やはり俺達が表立って一度もブリタニア軍と事を構えていないからだろうな。黒の騎士団がブリタニア軍と一戦交えたという事実さえあれば、噂の信憑性はなくなり黒の騎士団は正義の味方という地位を盤石のものにできるだろう。そうなれば入団希望者や協力者はさらに増えるはずなんだが……」
「僕達黒の騎士団の戦力じゃ、まだブリタニア軍とは戦えない」
「そういう事だ。軍と戦うための戦力を揃えるために軍と戦うなんて本末転倒だからな。効率は悪くてもこのまま地道に活動していくしかない。実績を重ねれば入団希望者も増えていく事だろう」
そう言って肩を竦めるルルーシュ。
不本意な気持ちが見え隠れする親友にスザクは慰めの言葉を向けた。
「まぁ焦っても仕方ないよね。当初に比べたら見違えるほどメンバーも増えたし、キョウトからナイトメアや武器弾薬の提供もあったんだから、これ以上は高望みだよ」
「ああ。妙な噂がついて回ってるとはいえ、最初に話した通り組織作り自体は想定以上に上手くいっている。悲観する事はない」
スザクの気遣いにルルーシュも乗っかり、話は組織の今後ではなく現況に移った。
「元扇グループや元大和同盟のメンバーはもちろん、テロ経験のなかった埼玉の初期メンバーもそれなりに動けるようになっている。そろそろ彼らが教わった事を新たに入った新規メンバーに教えられるような体制を作り、同時にキョウトから回ってきたナイトメアの適性試験も行うとしよう。数少ないナイトメアを部隊運用できるようになれば、それだけで活動の幅は大きく広がる」
「そういえばキョウトから一機特別な機体を貰ってたよね? 神楽耶のごり押しが透けて見えたけど……あれのパイロットって誰にするの? やっぱりルルーシュが乗るのかい?」
「無頼改の事だな。操縦技術を考えれば、俺が乗るべきではない。適性試験の結果次第にはなるが、おそらくはカレンが乗る事になるだろうな」
「そうなんだ。……でもいいの? 性能がいい機体ってリーダーが乗るものなんじゃない? ランスロットに乗ってる僕が言うのもあれだけどさ」
「あんないかれた性能の機体に乗れるのはお前くらいだ。ランスロットも無頼改もそうだが、性能が良くてもそれを十全に扱えなければ宝の持ち腐れだ。くだらない見栄で折角の機体を無駄にする気はないからな。俺は通常の無頼にでも乗るさ」
自身のパイロットとしての技量を正確に把握しているからこそ、ルルーシュはランスロットや無頼改のパイロットになる気など欠片もなかった。
スザクとしてもその言い分には納得しかなかったので、特段食い下がりはしない。
「確かにルルーシュが乗らないなら、カレンが乗るのが一番だよね」
「彼女の身体能力や操縦技術はお前に迫るものがあるからな。経験さえ積んで同じ性能の機体で相対すれば、お前も危ういかもしれないぞ?」
「うん。僕もそう思うよ。前にサザーランドで模擬戦したけど、かなり危なかったし」
「無頼改はランスロットには届かないまでもブリタニアのグロースターに迫る性能を有している。カレンにあれを操縦させれば、二人目のエースとして充分だろう。コーネリアの親衛隊とも互角以上に戦えるはずだ」
先を見据えてルルーシュはそう語る。
戦力が整ってブリタニア軍と一戦交える頃にはまた別の機体が手に入っているかもしれないが、それならばまたその時考えればいい。
そうやって話していると、いまの会話で何か思いだしたのかスザクが自身の懐に手を伸ばす。
「そういえば、物資と一緒に神楽耶から手紙も来てたよ。って、ルルーシュは神楽耶を知らないよね」
「皇神楽耶。日本の最も尊い血を継いだ皇の姫だろう。8年前に一度会った事がある」
「えっ? そうなの?」
「会ったのはお前と一緒の時じゃないから、知らなくて当然だ。それに少し話しただけで、あっちは俺の事など憶えていないだろうしな」
「へぇ。そんな話神楽耶からも聞いた事なかったよ」
意外そうに目を丸くしながら、スザクは続ける。
「それでその神楽耶からの手紙なんだけど、内容がね……」
「おい待て。それはお前個人に来た手紙だろう。いくら友達とはいえ内容を部外者の俺に話すのはデリカシーに欠ける」
「まぁ本来ならそうなんだけどね。この手紙って半分は黒の騎士団宛なんだ。だから君にも内容は共有しといたほうがいいかなって」
「……ほぅ。キョウトではなく、皇の姫個人がお前を介して黒の騎士団に手紙か」
「ルルーシュ。君、いま凄く悪い顔してるよ」
「気のせいだ。それで、なんて書かれているんだ? その手紙には」
ニヤリと邪悪な笑みを浮かべるルルーシュにスザクは呆れて注意するが、軽く流される。
「そのまま読むのもあれだから要約すると『元婚約者様。少なくない年月を寝ぼけてとち狂った気分は如何程のものでしょう。ようやくきちんとお目覚めになられた事を大変喜ばしく思います。昔から大層な寝坊助ではありましたが、今回は群を抜いておりましたね。貴方様が寝ているのか起きているのかも分からぬこの7年、私は貴方様の事を思えば気が気ではありませんでした。これほどまでに私の心を乱すとは、貴方様はなんと罪なお方でしょう。この責任はいずれきちんと取っていただきますので、覚悟しておいてくださいまし。それはそれとして、貴方様の覚醒祝いにささやかではありますが物資を送らせていただきますので、何かのお役に立てていただければ幸いでございます。もし私にできる事がございましたなら、遠慮なく仰ってください。従兄弟の誼でできる限りのお手伝いはさせていただきます。貴方様のご健勝を心よりお祈り申し上げております。
追伸:もしまた眠るような事があれば、私が手ずから眠らせて差し上げますので是非仰ってくださいね』だってさ」
全てを聞き終えたルルーシュはスザクにジト目を向けていた。
「お前、それで要約したつもりか?」
「いや、一応神楽耶の僕に対する気持ちとか分かってもらっといた方がいいかなと思って。それに本当にそのまま読んだらこの10倍くらいの長さで、丁寧な口調に皮肉の皮を被せた僕への罵詈雑言が続くからさ」
ハハハ、と苦笑いするスザク。
その姿に珍しくルルーシュが顔をひきつらせた。
「よほどお前が軍にいた事が気に食わないらしいな」
「そうなんだろうね。顔を合わせるのが怖いよ……」
7年前の親戚の姿を思い出してスザクの表情が沈む。
考えなしに触れれば爆発しかけないと見て取ったルルーシュは深く踏み込まず、話題を戻した。
「しかし内容としては悪くない。大方キョウトの方は草壁を殺した事もあって黒の騎士団を警戒しているが、皇神楽耶個人としては支援したいと考えているといったところか」
「でもキョウトは色々送ってきてくれたよね? それなのに警戒されてるの?」
「本来ならもっと多くの物資を届ける事も可能だったんだろうさ。それを皇神楽耶は進言したが、キョウトの面々は許可しなかった。だから何かあれば個人的に協力すると言っているんだ。といっても、物資供給の融通もできない程度なら彼女の権限は大きくないだろう。精々が皇の名を借りられるくらいのものか。しかしそれだけだとしても、悪くないカードだ。限定的とはいえ、上手く使えれば強力な手札になる」
スザクとしてはあまりピンとくる話ではなかったが、ルルーシュがあくどい笑みを浮かべているという事は、きっと自分では想像もできない利用法があるのだろうと納得する。
「お前の親戚だけはあるな。手紙の内容も含めて、中々ユニークなお嬢様だ」
「ユニークっていうか……僕としては破天荒ってイメージだけどね、神楽耶は。子供の頃に何度無茶な命令をされたか分かんないよ」
「婚約者に甘える子供の可愛い我儘を受け止める度量くらい、子供のお前でも持っていただろ?」
「可愛いなんて言えるレベルじゃなかったんだって。ホント酷かったんだから」
「お前の相手ならそれくらいがちょうどいいじゃないか」
げんなりするスザクを笑って、ルルーシュは緩んだ空気を少しだけ引き締める。
「さて、話を戻すか。今後の活動だが、現在は人数が多くなってきた事もあって試験的にいくつかの部隊に分けて運用している事はお前も知っているな」
「うん。元々テロ活動をしていたメンバーを中心に、適性を見て部隊分けしてるんだよね」
「その通りだ。試み自体は上手くいっているし、本格的な部隊編成も近々行う予定でいる。そこでお前にも部下を持ってもらう事になるが、欲しい人材の候補はあるか?」
「えっ? 僕が?」
「ああ。当然だろう?」
「当然って言われても、部隊長なんて僕の柄じゃないよ? 頭も良くないし」
「柄じゃなくてもやれ。そもそも実質的に組織のナンバー2であるお前に直属の部下がいないこれまでがおかしかったんだ。いままでは組織が成熟していない事と人材不足から、お前も望んではいないだろうと部下はつけなかったがそろそろ限界だ。いい加減、少しは人の上に立つ事に慣れておけ」
咄嗟に出た反論は理不尽な命令に叩き潰される。
スザクとしても理屈は理解できたが、気ままにやってきたのに突然人に指示する立場になれというのは、すぐには受け入れがたいものがある。
「そんな事言われても、誰かにあれこれ命令したりするのって苦手だし……」
「お前に部下を与えずに他の人間に部隊を任せれば、ゼロが下克上を恐れて枢木スザクを飼い殺しにしようとしている、なんて邪推をされる恐れもある。心配しなくても、全体的な作戦については俺が考えるし、各部隊が何をするのかもきちんと指示を出す。お前は俺の指示通りに部隊を動かせばそれでいい」
「正直それも難しい気がするんだけど……やらなきゃダメなんだよね?」
「俺の右腕ならそれくらいできてもらわなくては困るな」
「……はぁ。分かったよ。なんとかする」
「なら最初の質問に戻るが、部下として欲しい人材はいるか?」
「いきなり言われても困るよ…………そうだな。僕の指示をちゃんと聞いてくれる人とか、僕が間違った指示を出さないようサポートしてくれる人、とかかな?」
「なるほど。それだと埼玉の連中が適任か。あの辺りは俺達に命を救われた事で命令には従順だからな」
「はは……そんなに恩を感じてくれなくてもいいんだけどね」
苦笑しながらスザクは頬を掻く。
元大和同盟と埼玉で助けた、合わせて40人程になるメンバー。彼らはゼロとスザクに対してかなりの忠誠心を示している。
「扱いやすいんだから結構な事じゃないか。元扇グループの方はまだ俺達、というかゼロに不信感があるようだしな」
「扇さんやカレンはそんな事ないんだけどね。他のメンバー、特に玉城さんは君の事を全然信頼してなさそうだよね」
「あの程度なら想定の範囲内だから問題はないさ。それに信用はなくても指示には一応従っているのだから、文句を言う事でもないだろう」
それでも玉城などは調子に乗って時々命令違反を犯すのだから厄介なものだが。
「元扇グループの作戦遂行能力は思った以上に高いしな。無理に矯正しようとして変にへそを曲げられても厄介だ」
「言われてみれば、扇さん達と一緒に行動してると作戦がスムーズだよね。カレンが凄いから気付かなかったけど」
「おそらく黒の騎士団に入る前はよほど優秀な人間が指揮を取っていたのだろう。あの水準で作戦を行える部隊というのは現状では貴重だ。玉城を除けばだが」
「あの人は話を聞かないから……」
「ああ。まるで再会したばかりのお前のようだな」
ルルーシュの揶揄にスザクは複雑そうな顔を浮かべる。
さすがのスザクもあれと一緒にされるのは嫌なのだろう。
だが玉城のゼロに対する不信感も分からなくはない。それは元々、ルルーシュが懸念していた事なのだから。
「組織を立ち上げる時にも言ったが、初めから正体を隠したリーダーが絶対的な信用を得られるとは思っていない。むしろいまの状況は想定していたよりも反発が少ない程だ」
「あれで少ないって……ルルーシュの中でそれって組織として成り立ってたの?」
「ある程度の実績さえ出せば信用がなくとも人はついてくるものだ。もちろん、信用があるに越した事はないがな」
「知ってたけどそういうところ本当にドライだよね、ルルーシュって。でもそう言われれば、反発があるっていうよりは信用があまりないっていう方がしっくりくるかも。怪しんでる人より好奇心で気になってる人の方が多いっていうのかな? 良くゼロの正体を知ってるのかって聞かれるけど問い詰められた事はないしね」
「その辺りは曖昧にしておくのが一番だから好都合だな。だがもし誤魔化すのが無理そうなら、知ってるが話せないと正直に言ってしまっていいからな」
「僕がゼロの正体を知ってるって分かれば、少なくともブリタニアのスパイとかそんなんじゃないって分かるからだよね?」
「そんな心配をしてる奴など殆どいないだろうがな。しかしもし枢木スザクがゼロの正体を知っていながら顔を隠す事を認めていると知られたなら、よほどのバカでもなければそこに何か事情がある事を察するはずだ」
要は信用できる人間が正体を知っているという安心感があればいいのだと、スザクは以前ルルーシュから聞かされていた。
「さすがにブリタニアの元皇子なんて思わないだろうけどね」
「だろうな。もし勘の良い奴が推察するなら――キョウト六家の人間と予想する可能性が高いか」
「……なんでそうなるのか、僕には全然分からないんだけど……」
突然出てきたキョウトの名前にスザクは首をひねる。
「簡単な話だ。スザク、お前は反ブリタニアの活動の際に顔を隠すのにはどんな理由があると思う?」
そう問われて、スザクは改めて考えてみる。
当然最初に思い当たるのは目の前の親友だ。
「君みたいに元皇子とか、正体を知られれば誰も信用してくれないような人とかかな? あと、普通に生活している人はそんな活動してたら捕まっちゃうんだし、顔を隠そうとするよね」
「正解だ。顔を隠す理由として考えられるのは主に2つ。テロ活動をしていると知られたくない人間、もしくは正体を隠さなければテロ活動を行えない人間だ」
スザクの解答に頷くとルルーシュはすらすらと説明を始めた。
「前者は主に主義者のブリタニア人や名誉ブリタニア人がそれにあたるな。彼らには自分の生活があり、反ブリタニア活動をしているともし軍に知られればすぐに捕まってしまう。もし素顔のまま活動するなら自らの社会的地位を手放し、家族や親戚との関係の一切も絶たなければならないだろう」
テロは言うまでもなく重罪だ。捕まればその罪は本人だけでなく親しい人間も背負う事になる。よほど人格が壊れた者でもなければ、巻き込みたくないと考えるだろう。
「そして後者はお前の言うように俺のような元皇族、そしてブリタニアに捨てられた退役軍人や貴族、そして表の世界で重要な地位にいるような人間――例えばキョウト六家の人間だ」
右手で己を示しながら軽快に続けるルルーシュ。
「俺や退役軍人、貴族などは言わずもがなだろう。元々ブリタニア側で高い地位にいたような人間や、エリア民を虐げる側だった軍人が祖国に反旗を翻すと言ったところで、それを真に受ける人間などいるはずもない。ブリタニアの杜撰なテロリスト殲滅作戦だと笑われるのがオチだ。つまり正体を隠さなければ誰もついてこない」
組織のリーダーをどっちにするかで散々揉めた事を思い出して、スザクは深く頷いた。
もし正体を隠す案が採用されなければ自分がリーダーになってしまっていたのだから、忘れるわけがない。
「そしてようやく話が戻ってキョウト六家の人間だ。だが、ここまで話せばお前も想像がついているんじゃないか?」
「なんとなくだけど……多分。主義者の人や名誉ブリタニア人が正体を隠そうとするのと同じ理由だよね?」
「その通りだ。彼らと違うのはその規模だ。彼らは全てを捨てる覚悟があれば反ブリタニアの活動を行う事ができるが、キョウトの人間にはそれができない」
スザクが正解を導き出した事にルルーシュは満足そうに笑う。
「なぜなら、キョウトの人間が反ブリタニア活動をしていると軍に知られれば、それだけでキョウトは終わるからだ。NACとしてブリタニアへも協力しているキョウトだが、裏ではテロ活動の支援をしており、おそらくだがブリタニアもそれには勘付いている。ブリタニアが手を出さないのは、明確な証拠がなく、NACが潰れれば日本の経済が立ちいかなくなるからだ。しかしそれでも、もし身内からテロリストが出れば軍は即時キョウトの身柄を確保し、調査の名目で後ろ暗い証拠の全てを暴き出すだろう。そうなれば支援を失った日本のテロ組織に未来はない。軍に潰されるにせよ、組織としての形態を保てなくなるにしろ、ブリタニアと戦う力を残す事は不可能だろう」
黒の騎士団は他の大きなテロ組織と違ってキョウトを当てにしているわけではないが、それでも今後の活動は厳しいものになるだろう。それだけエリア11におけるキョウトの力は絶大なのだ。
「ブリタニア人が祖国に逆らってテロリストをしていると考えるよりも、キョウトやそれに類する日本人がやむを得ず正体を隠している。ゼロが正体を隠す理由を、団員達はそう判断するはずだ。お前が顔を見て、それを認めているんだからな」
ブリタニア人を枢木スザクがトップとして認めているとは誰も思うまいとルルーシュは笑う。
その説明に納得し頷くスザクだったが、ふと疑問が浮かびそれを訊ねる。
「いまの話を聞くと、ゼロの正体を聞かれたら誤魔化すより認めた方がいいんじゃないかって思うんだけど?」
「それがそうでもない。いまの理由で、しかも正体がキョウトの人間ならお前も同じ立場だ。幸い軍に入ってからお前はキョウトとの縁が切れているからあっちが責任を追及される事はないが、ならリーダーは枢木スザクがやるべきなんじゃないか、なんて勢力が出てきてもおかしくない」
「あー……それは嫌だね」
「キョウトの人間と確定はしていないんだからそう簡単なものではないが、お前が知っているなら他の仲間にも正体を教えるべきだと主張する勢力は確実に現れるだろう。仲間内にあってゼロの正体をお前だけが知っているというのは、『枢木スザクだけを信頼し、他の人間は信用していない』と取られても仕方ない状況だからな」
実際その通りではあるが、組織としての建前としてそれを認めるわけにはいかない。
ただでさえ正体を隠している事で不和を招いているのだ。余計な波風は立てないに限る。
「とにかく現状でゼロが多少不信感を抱かれていようが問題はない。このまま活動していけば、ゼロがブリタニアと敵対している実績も増えて少しはマシになるだろうしな」
そう結論付けて、ルルーシュは再び話を戻した。
「それでだ、お前の部隊の運用に関してだが――」
『ピピピピピ』
タイミングが良いのか悪いのか、ルルーシュの話を遮るように着信音が鳴り響く。
急ぎの話でもなかったため、ルルーシュは席を立って携帯を取り出しながら部屋を出て行った。
手持無沙汰になってしまったスザクだったが、いままで黙ってピザを食べていたC.C.が話し掛けてきた事で時間を持て余すような事にはならなかった。
「黒の騎士団の連中に教えたらどんな反応をするかな? ゼロがブリタニアの学生なんだと」
「C.C.……」
「怖い顔をするな。冗談だよ。あいつの不利益になるような事はしないさ」
不穏な事を意地の悪い笑みを浮かべて喋るC.C.にスザクはジト目を向けるが、軽く流される。
「それにしても、お前が一部隊の隊長か。良かったな。それだけの戦力があれば本当にできるかもしれないぞ。お前の力でブリタニア軍を壊滅させる事が、な」
埼玉の戦いに赴く前、スザクの言った無茶を掘り返してC.C.が楽しそうに笑う。
あんなにも前の事を憶えている辺り、実は粘着質なのかもしれない。
「別にブリタニア軍を壊滅させたいなんて思ってないよ」
「おやおや、ゼロの懐刀ともあろう者が弱気だな。私に啖呵を切った時の無鉄砲さはどこに行ったんだ?」
「もちろんもしルルーシュやナナリーが危なくなったら、誰とでも、何とでも戦うけどさ」
自分の事を戦闘狂と誤解しているかのようなC.C.の言葉に、スザクはなんと答えていいか迷いながら話を合わせる。
ルルーシュがスザクのところに来る時は必ずと言っていい程C.C.もついてくるのでこういう性格なのは分かっているが、人を手玉に取るような言動は少し苦手だった。
人として嫌っているなんて事はないのだが、正直もう少し手加減してほしいと思う。自分はルルーシュのように弁が得意ではないのだから。
「C.C.はどうなの? あれだけ拒絶されたのに、ルルーシュとの契約を諦めてないみたいだけど」
「ああいうタイプは意地になると痛い目にでも遭わなければ意見を翻そうとしないからな。まぁその時が来るまでゆっくり待つさ」
「気が変わって僕と契約してくれたりなんかは……」
「生まれ変わって出直してこい」
辛辣な返しに思わず苦笑いを浮かべる。
期待はしていなかったが、ここまでバッサリ切り捨てられると逆に清々しい。
会話が途切れたタイミングで、電話を終えたルルーシュが戻ってくる。
しかしその表情は電話する前よりも険しく、眉間に皺が寄っている。
「何かあったの? ルルーシュ」
スザクが問うと、ルルーシュは珍しく即答せず、少しの間考え込んでから答えた。
「問題が生じたわけではない。だが、少し悩ましい案件ができた」
右手を口元に寄せながら、思案顔で元々座っていた椅子にルルーシュは腰掛ける。
「ブリタニア軍が日本解放戦線の根城である成田連山に襲撃を掛ける、という情報のリークが入団希望のブリタニア人からあったらしい」
視線をスザクに向ける事なく、ルルーシュは届いた情報を伝達する。
その内容にスザクは目を見開いた。
「それって……」
「ああ。コーネリアが本格的にテロリスト殲滅に動き出したのだろう」
一瞬で空気が張り詰める。
齎された情報は、ルルーシュとスザクの今後を左右するかもしれない程のものだった。
「誤情報って事はないの? 情報提供者ってブリタニア人なんだよね?」
しばらくしてスザクが訊ねる。
それに対してルルーシュはすぐに首を横に振った。
「これから裏は取るつもりだが、おそらく情報は本物だろうと俺は睨んでいる。直接仕掛けるつもりがないとはいえ、俺も軍の動きは常に探っていた。その調査の結果、近いうちに大規模な作戦行動があるかもしれないという情報はこちらでも掴んでいる。目的までは分からなかったが、このタレコミの通り日本解放戦線の殲滅に打って出るというのであれば辻褄は合う」
もちろん他の理由も考えられるが、あまりにタイミングが良すぎる。
たとえ杞憂になったとしても対応は考えておくべきだろう。
「もし情報が本当なら、どうするの?」
「それが悩みどころだ」
てっきりいつも通り打てば響くように対策が語られるのだろうと考えていたスザクは、その煮え切らない返事に目を瞬かせた。
「珍しいね。君が即決できないなんて」
「値千金の情報ではあるが、いまの黒の騎士団ではそれを十全に活かすのは難しいからな」
難しい顔で答えるルルーシュに、スザクもその理由を察する。
「戦力が足りないって事だよね」
「その通りだ」
スザクの確認に頷き、自身の考えを整理する意味も込めてルルーシュは現況の説明を始める。
「黒の騎士団はまだ組織として未熟だ。人数、練度、部隊指揮官、どれを取っても俺が求める水準には達していない。そして何より、奴らはまだ戦場を知らない。埼玉の時は表立って軍と戦ったのはお前だけで、しかも目的は逃走だ。それまでのテロ活動にしても、戦場を感じられるようなものではなかっただろう。つまるところ、あいつらはまだ単なる民兵上がりのテロリストであって戦士ではない」
自身の仲間に対して辛辣な評価を下すルルーシュだったが、スザクも全くの同意見だった。
軍隊にいた経験から実感として分かる。彼らはまだ命を懸けて戦う事がどういう事なのか、頭では理解していたとしても体感として知らない。それは戦場では致命的だ。
「そんな戦力では、たとえ不意を突けたとしてもブリタニア軍を相手取る事は難しい。キョウトを通じて日本解放戦線に知らせてやってもいいが、草壁を殺した俺達の言う事など奴らは信じないだろう。つまりは情報があったとして、それに対してなんらかのアクションを起こす手段がいまの俺達にはない」
「でも、君は悩んでるんだよね」
「……」
スザクの問いにルルーシュは黙り込んだ。
こうしてどうにもならない事にルルーシュが頭を悩ませるのは非常に珍しい。
できない事はできないと割り切り、ならばと別の方法を考えられるのがルルーシュの長所だからだ。
しかしそんなルルーシュが無視できない程、この情報は重要なものなのだろう。
「正直、どうにかして戦闘に介入できないかとは考えている。この戦いを傍観すれば、日本解放戦線は確実に壊滅するだろう。そうなれば日本の反帝国活動は下火となり、俺達が戦力増大を図る前に軍によって黒の騎士団ごと潰される可能性も出てくる。それにもしこの戦いに参加できれば、得られるものは多い。まだ民兵でしかない黒の騎士団に戦場を体感させる事もできるし、ブリタニアと対立している事を日本人、ひいては世界に示す事も可能だ。ブリタニア軍相手に戦えたという事実も、士気を飛躍的に上げる事になるだろう」
参戦するメリットは大きく、傍観する事でのリスクも大きい。もしここで参戦せずとも、じわじわ追い詰められる可能性もあるとなれば、そう簡単に諦めるのは難しいだろう。
理路整然と語られる説明で、ルルーシュの葛藤の一端がスザクにも理解できた。
「それにこういった機会というのは多いものではない。明確に軍が出動する時間と場所が分かっており、それに奇襲を掛けられる環境がある。これだけの好条件はこちらで揃えようとしてできるものではない」
「軍の出撃情報なんて普通は手に入らないからね」
ルルーシュの調査でも正確な日程はおろか、目的すら探れなかったのだ。軍の機密情報が転がり込んでくる幸運がこの先もあると考えるのは楽観が過ぎるだろう。
「だがいくら有利な情報があっても、それを活かせるだけの土台ができていないのであればどうしようもない。せめてあと一手、何かあればやりようはあったんだが……」
椅子に体重を預け嘆息するルルーシュ。
その表情からは隠しきれない悔しさが滲んでいた。
「ねえルルーシュ」
そんな親友の心をなんとかしたくて、スザクは名前を呼ぶ。
視線だけで呼びかけに答えたルルーシュの目を見ながら、たったいま思い浮かんだ突拍子もない考えをスザクは反芻する。
「……一手あれば、なんとかなるの?」
その言葉にルルーシュは背もたれから身体を起こす。
鋭くなった視線がスザクを射抜いた。
「何か案があるのか?」
問われて、スザクはなんと答えていいか迷った。
スザクからすればこれは案なんてものではない。そもそもルルーシュが思いつかなかった事が自分に思いつくわけがない。いま考えている方法もルルーシュはとっくに検討済みで、それでも不可能だと考えたか、もしくはこの考え自体を実行はできないと判断したのかもしれない。
だからスザクはルルーシュの問いに対して頷く事はできず、難しい顔をしながら曖昧な言葉を口にした。
「できるかどうかも分かんないし、これで突破口が開けるかも分からないんだけど……」
そう前置きし、ルルーシュの目を見る。
真っ直ぐと正面から。
「ルルーシュ。僕に命を預けてくれるかい?」
その言葉に思わずルルーシュは吹き出した。
真剣に問い掛けたであろうスザクは怪訝な顔をしているが、ルルーシュとしてはそれも含めておかしくてたまらない。
それと同時に、少しだけ腹立たしくもあった。
何も分かっていない顔を一発殴ってやろうかと半分本気で考え、そんな考えも笑いに押し流される。
ようやく笑いの衝動が収まってきたところで、口元を押さえていた手を下ろし、ルルーシュは目元に涙を浮かべながら呆れた笑みをスザクに向けた。
「今更か?」
『これほどまでに私の心を(殺意)で乱すとは、貴方様はなんと罪な(万死に値する)お方でしょう。この責任(落とし前)はいずれきちんと取っていただきますので、覚悟しておいてくださいまし』
という事で、元婚約者である14歳の乙女からの可愛らしい手紙に胸がキュンとするスザク君でした。
ルルーシュとスザク(とついでにC.C.)の相談もすっかりお馴染みになりましたね。
本来こんな長く書くつもりはなかったんですが、あれも入れたいこれも入れたいと書いてるうちにこんな事に。
今話もそうなのですが、成田は難所が多く、若干執筆意欲が下がり気味のため更新は遅くなってしまうかもしれません。
できる限り早めに投稿したいとは思いますので、これからもお読みいただければ幸いです。
次回:決死の嘆願
出典
R2 Sound Episode6
「皇神楽耶鬼に会う」
『ルルーシュと神楽耶が会った事がある』
『スザクが神楽耶の元婚約者』