大変お待たせしまして本当にすみません。
まさか一カ月も掛かるとは……。
ブリタニアが有する皇室専用陸戦艇――G1ベースにてコーネリアとその側近が目前に迫った作戦に関しての話し合いを行っていた。
といっても、作戦内容に関してはこの場にいる将校の全員が理解している。そのため突然同行が決定し、唯一作戦について知らされていないユーフェミアに対しダールトンが説明をしている、というのが実態だった。
「日本解放戦線と黒の騎士団。反ブリタニアを掲げるテロ組織はエリア11に数あれど、警戒に値するのはこの二つの組織だけです」
ユーフェミアに前提とする知識がない事もあり、ダールトンの話はまずエリア11におけるテロリストの脅威から始まった。
「日本解放戦線は言わずもがな。エリア11における最大のテロリストグループであり、NACという内政省管理下の自治を司る組織が支援を行っているという噂もあります。奴らがこのエリアで幅を利かせる限り、イレブン共は真の意味でブリタニアの支配を受け入れる事はないでしょう。逆に言えば、この組織を叩けば他のテロ組織など烏合の衆。相手するまでもなく消え去る事になると思われます」
元は日本軍を母体としているだけあって、日本解放戦線は組織の規模以上に他の反ブリタニアの人間からの期待を集めている。つまるところ彼の組織は、日本という名を捨てきれない者達の精神的支柱だ。日本解放戦線すらブリタニアには敵わないと示す事ができれば、イレブンの反ブリタニアの希望は打ち砕ける。
「また黒の騎士団は新興の組織ではありますが、その活動の頻度と知名度は他のレジスタンスとは比べ物になりません。河口湖でのデビュー、そして埼玉、新宿の件から2ヵ月程度しか経っていないにも関わらず、奴らの名前を知らぬ者はこのエリア11にはもはや存在しない程です。やっている事は正義の味方気取りの義賊染みた一方的な粛正ですが、それゆえに愚かな民衆の支持も大きい。奴らを放っておけばこのエリアの治安は加速度的に悪化するでしょう」
ゼロと枢木スザク。この二人の台頭は、日本解放戦線以外は烏合の衆というエリア11のテロ組織に対する認識に変化を齎し始めていた。その活動頻度や鮮やかと認めざるを得ない手並は、ブリタニアとしても既に捨て置けるものではない程だ。枢木スザクが元日本国首相の息子というのも、民衆が黒の騎士団に扇動されてしまう要因の一つだろう。旗揚げして間もない黒の騎士団だが、日本解放戦線に次いでイレブンの希望となり始めているのは間違いない。むしろテロに関わっていない一般民衆の間では日本解放戦線よりもその人気は高く、一部では英雄と褒め称える者もいる程だ。
「そのためこの二つのテロ組織を叩くのは急務となりますが、黒の騎士団を率いるゼロは埼玉の件でも分かる通り狡猾な男です。こちらがアジトと目星をつけた場所は全てダミー、もしくは移動した後で足取りは未だに掴めておりません」
いまにして考えれば、枢木スザクの脱走後の足取りが掴めなかったのもゼロの元に身を置いていたからだろうと、ダールトンは語る。
「しかし日本解放戦線の方は既にアジトが判明しております。奴らは我々が現在向かっている成田連山の中に引きこもり、愚かにもブリタニアに突き立てるための牙を研いでいる最中でしょう。今回の作戦はその成田連山を包囲し、日本解放戦線を殲滅する事を目的としております。また、先程述べたNACとつながっている証拠を押さえる事も作戦目的の一つに数えられますね」
NAC――キョウトと日本解放戦線。この二つを押さえる事ができれば、エリア11の抵抗活動はもはや風前の灯火になる。黒の騎士団は残っているが、いくら勢いづいているとはいえ新興のテロ組織。戦力が整う前に潰せば脅威とは成り得ない。
「作戦内容はシンプルです。現地に到着次第4個大隊を7つに分け包囲網を形成し、総督の合図を持って一気に包囲網を狭め殲滅を敢行します。敵にも備えはありましょうが、戦力差を覆せる程のものではないでしょう」
話が具体的な作戦の内容に移り、ユーフェミアは険しい表情で疑問を呈した。
「包囲網の外から敵が現れる事はないのでしょうか?」
その懸念の内容にすぐに思い至り、コーネリアは妹の不安の正体を口にする。
「ゼロか?」
「ご安心ください。作戦開始と同時に、周辺道路及び山道を封鎖します」
ユーフェミアの心配をダールトンはすぐさま払拭し、主であるコーネリアも期待するように口の端を吊り上げた。
「むしろ奴らには現れてほしいくらいだ。そうすればエリア11の膿の大半を掃除できる上に、埼玉での借りも返せる。なぁギルフォード?」
話を向けられ、先日怪我が完治し軍に復帰したギルフォードが慇懃に頭を下げる。
「ハッ。前回の作戦では騎士にあるまじき無様な姿を晒してしまい、殿下の顔に泥を塗ってしまった事を――」
「よい。汚名は本作戦にて返上せよ。まさか入院生活で身体が鈍ったのでできません、などとは言うまいな?」
「イエス・ユアハイネス。早々に名誉挽回の機会を頂けた事、誠にありがたく存じます」
打てば響く返事にコーネリアは満足そうに頷く。
「だが不幸中の幸いだな。あれだけの崩落に巻き込まれたにも関わらず、こんなにも早く復帰できるとは。さすがは我が騎士だ」
「運が良かっただけですよ。それに復帰したのは私だけではございません」
「ああ、そういえば純血派の男もお前と同じく軍に復帰したんだったか。確か……ジェレミアと言ったか?」
「ええ。ジェレミア・ゴットバルト辺境伯です。入院中は退屈でしたので話す機会も多かったのですが、非常に忠誠心の強い尊敬できる人物でした」
その称賛にコーネリアは意外そうに目を細める。
自らの騎士の性格は知っているが、ここまで他人を手放しに讃えるのは珍しい。
「ほう。お前にそこまで言わせるとは中々の男のようだな。そういえばまだ共に戦った際の所感を聞いていなかったか」
「パイロットとしての腕も非常に優れておりました。私やダールトン将軍と比較しても劣るものではないかと思われます」
「ふむ、それほどか。サザーランドに搭乗していながらそこまでの実力を有するとは、一度私も見ておいた方がいいかもしれんな」
「殿下に腕を見込まれたと知れば、ジェレミア卿も大層お喜びになる事でしょう」
入院中に耳にタコができるほど聞かされた皇族への忠義を思い出してギルフォードは答える。
すると通信士から声が掛かった。
「総督、純血派のジェレミア・ゴットバルト辺境伯から通信が入っております」
まさしくいま話していた人物の名前に、コーネリアとギルフォードは苦笑する。
「噂をすれば、か。だがこのタイミングでどんな要件だ?」
「分かりかねますが……目的地も近くなっているので、もしかしたら何か異変に気付いたのでは?」
「ふむ。とりあえず聞いてみるとするか。つなげ」
「イエス・ユアハイネス」
直後、正面の画面に青髪の将校の姿が映し出される。
『お忙しい中、時間を頂きまして誠にありがとうございます、コーネリア総督。私めは純血派を指揮しておりますジェレミア・ゴットバルトでございます』
『うむ。要件を話せ』
『ハッ。作戦開始間近のこの時に非常識であるとは重々承知の上ではありますが、願わくば私を総督の隊に入れていただきたく存じます』
『なに?』
唐突な上申にコーネリアは眉を顰める。
ジェレミアの方も不躾な希望だと分かっているのだろう。その表情は硬い。だがそれでも撤回する様子はなかった。
『部隊の編成は既に済んでいる。それに貴様は部隊を率いる立場だろう。そのような勝手が許されると思っているのか?』
『許されるとは思っておりません。しかし何卒、ご検討いただけないでしょうか。この作戦が終わったのち、如何なる罰も受ける所存にございます故』
理由も語らずただ頭を下げるジェレミア。
コーネリアの機嫌が急降下するのを感じながら、隣で見ていたギルフォードも訝しげに眉根を寄せる。
望まぬ入院生活で親しくなり、事あるごとに皇族への忠義を語っていたジェレミアがこのような無作法を理由もなく働くとは思えなかったからだ。
『なぜそこまで私の隊に入る事に拘る? 処罰が覚悟の上というなら、出世が目当てでもないのだろう?』
部下からの無礼な要求に普段なら問答無用で通信を切っていただろうコーネリアだったが、直前にギルフォードからジェレミアの心証を聞いていた事もあって、最低限理由だけは問い質す。
問われたジェレミアは答えに迷ったかのようにわずかに沈黙し、しかし皇族からの質問に返事をしない無礼を重ねるわけにもいかずに重たい口を開いた。
『……私はかつて、忠義を果たす事ができませんでした。にも関わらず、私は先の新宿でクロヴィス殿下をお守りする事が叶いませんでした。もう二度と、私はそのような不忠を犯すわけにはいかぬのです』
深い悔恨の込められたジェレミアの答え。
だがそれを聞いたコーネリアが露わにした感情は憐憫でも同情でもなく、怒りだった。
『それは私が日本解放戦線相手に後れを取ると、そう言っているのか? だとすればジェレミア・ゴットバルトよ、これ以上の不敬はないぞ』
『滅相もございません。しかし万が一――いえ、億が一でも殿下に危害が及ぶ可能性があるのであれば、たとえどのような目に遭おうとも私はそれに対し備えを怠る事はできません。我が忠義に懸けまして』
コーネリアの怒りを受けても、ジェレミアが希望を撤回する事はなかった。
頭を下げ、皇族への忠誠を一心不乱に語るその姿に偽りは見られない。
その姿勢にコーネリアはもう少しだけ話を聞く価値を認める。
『かつて、と言っていたな。お前が果たせなかった忠義というのはなんの事だ』
その言い回しからして、先のクロヴィスの件だけでない事は理解できた。
だが以前にも失態を犯しているというのなら尚の事、自らの部隊に置く事はできない。
弱肉強食。それを国是とするブリタニアにおいて、失敗とは弱者の証明だ。事情があるにせよ、二度も無能を晒した弱者に与える慈悲をコーネリアは持ち合わせていない。
『忘れもしない8年前。初任務でした。敬愛するマリアンヌ后妃の護衛任務』
『っ!』
想像もしなかった名前に珍しくコーネリアは動揺を露わにする。
しかし懺悔するように自らのトラウマを語るジェレミアはそれに気付かない。
『殿下であれば事の顛末はご存じかと思います。私は守れなかった。忠義を果たせなかったのです』
アリエス宮の悲劇。
8年前に侵入してきたテロリストによって一人の后妃が殺害され、その息女も足を撃たれ歩けなくなった凄惨な事件。
事情を知っているどころではない。当時警備主任を任されていたコーネリアにとっては到底忘れがたい事件だった。
それがまさか、このような状況で他者の口から聞かされるなど予想外であり、マリアンヌ様に言われたからとはいえ、警備を最低限に絞った事でその責任の一端どころか大部分を背負っているコーネリアは顔色を青くする。
『私が不甲斐ないばかりに、マリアンヌ様はお亡くなりあそばされ、その遺児であられるルルーシュ様とナナリー様も、この地でお命を落とされました』
涙交じりに語るジェレミア。彼の悔恨の言葉はそのまま、かつてのコーネリアの罪を語るものでもあった。
『純血派を立ち上げ、これで今度こそ尊き皇室の方々をお守りできると浅はかにも考え、その驕りが先の新宿でクロヴィス殿下の襲撃を無様にも許してしまったのです。私は8年前のあの頃と何一つ変われてなどいませんでした。マリアンヌ様を、そしてルルーシュ様とナナリー様をお守りする事ができなかった、あの時から』
身体を震わせながら懺悔するように過去を口にしていたジェレミアは、心臓に拳を当て画面越しにコーネリアの瞳を真っ直ぐと射抜く。
『殿下が私の行いを不敬と取られる事も覚悟の上です。ですがたとえ不敬を犯そうとも、私は同じ過ちを繰り返すわけには参りません。どれだけ可能性が低くとも、危険の芽は全て私が摘み取り排除致します』
それが理由だと堂々と告げるジェレミア。
その忠義の姿勢は、コーネリアの騎士であるギルフォードからしても尊敬すべきものであった。
コーネリアはそれを受け、静かに瞑目する。
『マリアンヌ様は私の憧れであった。閃光のように戦場を駆け、誰よりも大きな戦果を掴んでくるその姿はまさしく戦場の女神と呼ぶに相応しかった』
脈絡なく懐古の思いをコーネリアは口にする。
瞳を閉じて優しさすら感じさせる声音で語る姿は、ブリタニアの魔女と呼ばれるコーネリアには珍しい。
『しかしマリアンヌ様が亡くなり、ルルーシュとナナリーも卑劣なイレブンにより殺された。それから7年、この地は未だに平定されず、あやつらは静かに眠る事もできていない』
瞼を開くコーネリア。
その瞳は先程までの穏やかな様子とは打って変わって、苛烈な炎を宿している。
『いまこそあの二人に安らかな眠りを与える時だ。そのためにもまずは、この地を乱す日本解放戦線を殲滅する! 私についてこい! ジェレミア・ゴットバルトよ!』
『イエス・ユアハイネス! ルルーシュ様とナナリー様の安寧のために刃を振るえる事、望外の喜びにございます!』
歓喜を露わにするジェレミアは、ありったけの感謝を述べて通信を終える。
どこか張っていた気が緩むのを感じて、コーネリアは椅子の背凭れに身体を預けた。
「ジェレミアか……まさかあの日の関係者がこんなにも近くにいるとはな……」
「人との縁というのは分からぬものでありますね」
「全くだな。しかし、ルルーシュとナナリーか……」
コーネリアの視線が中空に漂う。
彼女が誰を思い浮かべているのかは容易に察せられた。
「あの子達のために戦ってくれる者がいると言うのは、存外嬉しいものだな」
「姫様……」
「ふっ、柄にもなく感傷に浸ってしまったか。作戦前に腑抜けている暇はないな。ジェレミアが抜ける事になった部隊の再編をどうするか」
身体を起こしたコーネリアは既にいつもと変わらない。
軍人として感情を律し、視線を己の騎士へと向ける。
「純血派は統率の取れた組織です。ジェレミア卿がいなくとも部隊の指揮に問題はないでしょう。おそらく純血派の誰かに引き継ぎを済ませ、すぐに連絡が来るかと思いますのでこちらで調整する必要はないかと」
「元々奴らの部隊には要地を任せているわけでもないからな。今更部隊を再編するよりその方が建設的か」
最初から自身が率いていた部隊以外には作戦の重要な部分を任せるつもりがなかった事もあり、ジェレミアの部隊移動は簡単に話がついた。
「お姉様……」
先程の話を聞いていたユーフェミアが静かに姉の名前を呼ぶ。
自身を慮ってくれている事を察し、コーネリアは微かに笑む。
「ユフィよ。この戦いが終わったら、クロヴィスが作ったあの庭園で少し思い出話でもしよう」
「……はい。お姉様」
この時ばかりは他者の目も憚らず二人は姉妹として言葉を交わす。
この地で散った、彼女達が大好きだった異母兄弟に思いを馳せて。
その頃ゼロ率いる黒の騎士団は、ブリタニア軍よりも先に成田連山への侵入を果たしていた。
当然その目的は日本解放戦線を殲滅するべく動くコーネリア軍に襲撃を仕掛けるためだ。
しかし、その作戦目的を知らされているのは極一部の者に限られていた。
ゼロ本人にその懐刀である枢木スザク、元々テロリストグループのリーダーだった扇と泉、そして無頼改のパイロットを任されスザクに次いで第二のエースとなったカレンと、一部の工作部隊だけだ。
理由は色々とあったが、一番大きなものを挙げるなら単純だ。話したとしても理解が得られるとは思えなかったから。これに尽きる。
正義の味方としての活動を行い、表立ってではなくともブリタニアを潜在的な敵として見据える黒の騎士団だが、構成員全員がブリタニアと戦う覚悟を持っているかと言われればそうではない。
もちろんいずれ相対する事になるのは覚悟しているだろう。しかしそれは他のテロ組織などと同じく、単なる嫌がらせのような規模の小さいものしか想定していない者が大半だ。幹部ですらいまだその程度の覚悟しか持っていない者が多い中、コーネリア軍と日本解放戦線の戦いに介入すると告げたところで、殆どの者が物怖じし賛同しない事は目に見えている。
だがそれではダメなのだ。
黒の騎士団をブリタニアと戦うための軍隊に仕立て上げようとしているルルーシュにとって、戦えない軍隊など無用の長物でしかない。だからこそルルーシュはこの戦いをもって、黒の騎士団を自らの軍隊へ育て上げるための足掛かりにする事を決めた。
表と裏、どちらの意味でも正しい背水の陣を敷く事で、黒の騎士団の民兵を戦士へと変える。
そのための準備はした。作戦も用意した。
だがこの作戦の成否を分けるのはルルーシュではない。
作戦を成功させるためにはいくつかの難所がある。
そして全ては、ルルーシュが最も信頼を置く男が、当初ルルーシュが不可能だと断じた前提を覆すところから始まるのだ。
「この成田連山が貴殿ら日本解放戦線の本拠地である事は理解している。しかしそれを承知で我ら黒の騎士団の登頂を認めていただきたい」
「ふざけるな! そのような事ができるわけないだろう!」
現在ゼロの仮面を被ったルルーシュとスザクは麓に黒の騎士団を待機させ、日本解放戦線の見張りの者と対面していた。
河口湖で日本解放戦線の一員である草壁徐水を殺害した事で、彼らの黒の騎士団に対する心証は最悪に近い。当然許可など下りるわけがなく、それどころか銃すら向けられる。
「落ち着け。我々に日本解放戦線と敵対する意思はない。この行動はキョウトにも賛同を得た上でのものだ」
「なに、キョウトだと!」
「これがその証拠だ」
懐から一枚の手紙を取り出してそれを日本解放戦線の者に渡すゼロ。
それを見て、手紙を渡された男達は驚愕に目を見開いた。
「この紋章は、皇家の……!」
手紙に記された家紋、日本で最も尊い血筋の証明に日本解放戦線の顔色は目に見えて変わる。
この時のためにわざわざスザクから手紙を出して、神楽耶から皇の名の元に成田連山への登頂許可を求める文をしたためてもらったのだ。
「わ、我らの一存では決めかねる。伝令を出すため、この場で少し待て」
「いいだろう。しかし早急に頼む。事態は切迫している」
ゼロの言葉に怪訝な顔をしながらも、すぐに手紙を持って男が走り去る。
椅子に座ってしばらく待っていると、残った日本解放戦線の男の通信機が反応を示し、二言三言会話を交わす。
そして通信が終わって振り向いた男から出た言葉はルルーシュの想定通りのものだった。
「許可が出た。黒の騎士団の成田連山の登頂を認める。しかしゼロと枢木スザクの両名はこのまま我らの本部へとご同行いただく」
「感謝する。だが私は総帥として、急ぎ戻って指揮を執らねばならない。よって君らの本部へは枢木スザク、彼だけが同行する。私の名代として、全権を彼に委ねよう」
「なに、しかしそれは……」
「軍に所属していた者ならば、私の言葉の重みは分かるはずだが?」
「……」
ゼロの言葉に息を呑んだ男はすぐに通信機で確認を取り頷いた。
「……分かった。では案内しよう」
「ではスザク。そちらは頼むぞ」
「任せて、ゼロ。そっちも頑張ってね」
「問題ない。黒の騎士団の方は心配するな」
ゼロと別れ、スザクは案内に従って日本解放戦線の本拠地へと足を踏み入れる。
そこでスザクを待っていたのは、厳かな雰囲気を纏った初老の男だった。
「貴様が枢木玄武元首相の息子、枢木スザクか」
値踏みするようにスザクを見て、男は自らの素性を明かす。
「私は日本解放戦線少将、片瀬帯刀だ」
片瀬の印象はまさしく軍人そのものだった。
「率直に聞こう。貴様らはなにゆえ我らの本拠地であるこの成田連山へ来た? ご丁寧に皇家の手紙まで持参して」
軍人である片瀬であれば、枢木家であったスザクと皇家の間につながりがある事は理解しているだろう。それをコネとして使ったスザクにどういう心証を抱いているのかは分からないが、少なくとも好印象ではない事だけはスザクの目から見ても察せられた。
友好的か反抗的か、どういうスタンスで行くべきかスザクは迷い、結局交渉時はできる限り感情は顔に出すな、というルルーシュの助言に従って淡々と口を開く。
「コーネリア率いるブリタニア軍が、あなた達を襲撃すべくこの場所に向かっています」
「……なんだと?」
「間もなくこの山は包囲されます。すぐに迎撃準備を行ってください」
スザクの進言を聞いた片瀬は齎された情報に驚きはしなかった。
しかしそれは混乱されるよりも厄介な反応だった。
「何を言うかと思えば戯けた事を。そのような情報はこちらに入ってきてはいない」
「ですが……!」
反論しようとするスザクを制するように、片瀬はその言葉を遮る。
「それとも貴様は自分達の情報収集能力が我らよりも上だと言うつもりか?」
「……そうは言いません。でも……だけど、本当なんです!」
上手い言葉が思いつかず、だが頷く事もできず、声を大にしてただ信じてくれとスザクは訴える。
これがルルーシュであれば即座に状況に沿った切り返しができただろうが、そんなスキルはスザクにはない。
案の定、片瀬は猜疑心の強い視線をスザクへと向けてきた。
「それは何か、貴様らはブリタニア軍に包囲される山をわざわざ登りに来たと、そういう事か?」
「はい。僕らはやってくるコーネリア軍を撃退するために……」
「くだらん! 妄言を撒き散らすのもいい加減にせよ!」
片瀬の皮肉を純粋な疑問と捉えて答えを返すスザクだったが、話にならないと怒声をぶつけられる。
しかしこれは当然の反応と言えた。
普通に考えて、襲撃を受ける場所にわざわざ巻き込まれに行く人間などいない。
スザクがここにいるという事実そのものが、スザクの言葉の信憑性を限りなく下げているのだ。
「草壁を殺しただけでは飽き足らずくだらぬ虚言を持って我らを惑わそうとは、それでも貴様は枢木の嫡子か!」
「違います! 僕達は本当に……」
「まだ言うか!」
スザクの言葉を端から信じず、まるで取り合う様子を見せない片瀬。
真偽を疑われるどころか、全く信じてもらえない状況にスザクは途方に暮れた。
黒の騎士団が日本解放戦線に目の敵にされている事を知らなかったわけではない。だが自分達に危機が迫っているという情報の真偽を確認すらしない程に敵対視されているとは思っていなかったのだ。
しかしそれが全て、自分達の行動の結果である事にスザクは思い至れなかった。
「貴様はあくまでも、自らの言葉に嘘偽りはないと申すか」
「はい。ですから迎撃の準備を……」
「ならばこの話は終わりだ。妄言に付き合う暇など我々にはないのだからな」
「そんな……!」
取り付く島もなく一方的に話を打ち切られ、スザクは愕然とする。
このままでは無防備な日本解放戦線の本拠地にブリタニア軍が攻め込んできてしまう。
「待ってください! 本当なんです。ブリタニア軍がいまにもここに向かって来てるんです! だから……」
「話は終わりだと言ったはずだ。もしそれ以上口にするなら、黒の騎士団共々この山から追い出させてもらう」
「っ……!」
あからさまな脅しにスザクは唇を噛む。
作戦のために成田連山を離れるわけにはいかないスザクは、そう言われれば引き下がるしかない。
「それではこちらの話に移らせてもらおう。枢木よ、ゼロの元を離れ、我ら日本解放戦線の仲間となれ」
その要求はここに来る前にルルーシュと想定していた通りのものだった。河口湖でも同じ要求をされているのだ。予想できない方がおかしい。
「……理由を、伺っても?」
念のためスザクは問う。
しかし答えはスザクの予想通りのものだった。
「貴様が枢木元首相の息子だからだ」
臆面もなく片瀬はそう言い放った。
「いま日本は苦境に立たされている。ブリタニアの横暴に民は疲弊し、生きる事だけに精一杯となってみな牙を抜かれておる。ならばこそ、その暗雲を晴らす希望が必要だ。そしてその希望には、分かりやすい象徴がある事が望ましい」
「つまり、僕にその象徴になれと?」
「その通りだ。我ら日本解放戦線は日本の抵抗活動の要。枢木の嫡子である貴様が所属すべきは、ぽっと出の義賊気取りの組織ではなく、由緒正しき日本軍の誇りを継ぐ我々日本解放戦線ではないか?」
疑問の形を取っているものの、それが断定である事は明白だった。
その目が枢木の人間としての務めを果たせと如実に告げている。
「僕にゼロを裏切れというんですか?」
「裏切るのではない。正当な組織へと移るだけだ」
なんならゼロ共々組織丸ごと傘下に加えてやろうと、片瀬は一方的に告げる。
その態度からはこちらを見下す傲慢な考えが透けて見えた。
当然、スザクの答えは決まっている。
こんな返事考えるまでもない。
しかしスザクはそれをすぐには口にしなかった。
「返事をする前に、一つ聞かせてください」
「なんだね?」
「あなた達は、なんのために戦っているんですか?」
片瀬の瞳を、その奥まで見抜こうとして強い視線をスザクは向ける。
答えだけでなく、そこに込められた思いまで感じ取るために。
「在りし日の日本を取り戻すためだ。ブリタニアに汚された、我らが故郷を再びこの手に。それは我ら日本人の悲願。貴様も同じであろう?」
片瀬はスザクも同じ考えだと疑っていないようだった。
大半のテロリストが同じ思いを抱いているのだからそれはおかしな事ではない。
友達のためだけに戦うスザクの方が異端なのだ。
「答えを聞こう、枢木スザク。我らと共に来るか。否か」
鋭い視線がスザクを射抜く。
その眼光はさすが元日本軍の将校と言えるだけの圧力を伴っていた。
だがその程度で怯むスザクではない。
「僕は――」
返事をしようとスザクが口を開いたのとほぼ同時に、けたたましい警報が鳴り響いた。
「どうした! 何があった!」
片瀬が状況把握のために叫ぶと、すぐに返事が返る。
「ブリタニア軍です! 既にこの成田連山は包囲されている模様! その数、100以上!」
「なにぃ!」
「来たか……」
突然の報告に驚愕を露わにする片瀬と日本解放戦線の面々。
静かに呟くスザクを見咎め、片瀬は憎々し気な視線を向ける。
「僕は言ったはずです。ブリタニア軍が迫っていると」
「くっ……」
自らの失敗を突きつけられ、片瀬は歯噛みする。
その間も通信士からは悪い報告が矢継ぎ早に上げられる。
「我々は完全に包囲されました。地下協力員も一斉に逮捕されたようです!」
「片瀬少将、コーネリア軍から投降せよとの連絡が入りましたが……」
「馬鹿め! ここで我らが下ったら日本の抵抗活動はおしまいだ!」
意識を切り替え、片瀬は指揮官として部下に向き直る。
日本最大の反ブリタニア勢力、その矜持を持って白旗など降るわけにはいかないのだと、そう叫んで。
「では少将、打って出ますか? それとも籠城策を……」
「藤堂は……藤堂はどうした!」
自らの最も信頼する将の名前を片瀬は叫ぶ。
しかし返ってきたのは到底望むものではない。
「無頼改を受け取りにキョウトまで。四聖剣も行動を共にしています」
「予定ではそろそろ戻るはずですが……」
芳しくない答えに地図を見る。
コーネリア軍はもう既に包囲網を狭め迫ってきていた。
「藤堂は間に合わん、無頼出撃準備! 包囲網の一角を崩し、脱出する。日本の誇りと意地を懸けよ! 回天の時である!」
部下を奮い立たせ片瀬は号令を掛ける。
そしてその視線をスザクへと向ける。
「枢木よ、こうなれば是非もない。貴様らも我らの指示に従いブリタニア軍を――」
「すみませんが、それはできません」
「な、に……!」
片瀬が言い切る前にスザクはそれを拒否する。
まさか断られると思っていなかったのか、片瀬は驚愕に目を見開いた。
「貴様、状況が分かっておらぬのか! 我らは包囲されているのだぞ!」
「分かっています。でも僕達はそれを見越してここに来ました」
初めからスザクはブリタニア軍が来ると訴えていた。
それを考えればスザクの言葉は予想してしかるべきものでもあったが、突然の事態に狼狽えている片瀬はそこまで頭が回らない。
「ゼロからはこう言われています。『日本解放戦線が黒の騎士団の指揮下に入るのであれば、力を貸すのも吝かではない』と」
「ふっ、ふざけるなぁ! この状況で何を世迷言を言っている! そのような事、できるわけがなかろうが!」
先程とは立場が逆転した発言に、片瀬は怒りで顔を赤く染める。
それはそうだろう。ついさっきまで傘下にしてやると上から目線で告げていた相手に、下につけと言われているのだ。怒らないわけがない。
しかしスザクにも引けないわけがあった。
ルルーシュは言った。
協力ではダメだと。
ただ手を組むだけでは、頭の固い元日本軍の人間は新興組織でしかない黒の騎士団の策になど耳を貸さない。草壁を殺しているのだから尚更黙って従えと一方的に命令してくるのは目に見えている。だからこそ明確に、こちらの指揮系統に組み込まなければいけないのだと。
そしてそれができなければ、この戦いは負けるだろうと。
「あなたほどの軍人であれば分かっているはずです。味方でもない第三勢力が、戦場においてどれだけ厄介な存在であるかを。コーネリア率いるブリタニア軍を相手に、そんな不確定要素を残して戦う事はできません」
「ならば貴様らが我らの下につくべきであろう! 枢木の家に生まれただけの若造が! 粋がるのも大概にせよ!」
スザクは丁寧に理由を説明するが、片瀬は一顧だにしない。
ただ生意気を言う子供を怒鳴りつけるように喚き散らす。
「このままでは貴様らもブリタニア軍にやられるのは明白だろう! ふざけた事を言っていないで力を貸せ!」
「ゼロにはこの状況を利用してコーネリアを追い詰める策があります。だから……」
「知った事かそんなのもの! ゼロ如きの奸計など、この状況においては子供の悪巧み程度にしかならん!」
スザクは必死に提案の利を訴えようとするが、聞く耳を持ってもらう事すらできなかった。
その頑なな態度に、とうとうスザクも声を荒らげる。
「ゼロの力は本物です! ゼロなら絶対にこの窮地を切り抜ける事ができます!」
「信用ならんと言っておるのだ! ゼロも、貴様も!」
しかしそれでも片瀬の心を傾かせる事は出来なかった。
むしろより一層、片瀬は激しく拒絶する。
「もういい! 貴様は黙ってそこで見ていろ!」
挙句、スザクを放置して迎撃の指揮を執る片瀬。
なんとかもう一度説得しようとするが、全て無視されてしまう。
ここにきて相手にもされない絶望的な状況にスザクは呆然と立ち尽くす。
これではここに来た意味がない。
友に託されてやって来たというのに、この様はなんなのか。
「ダメです。第二次攻撃も通じません!」
「くっ……なんという制圧力か……」
スザクが悔やんでいる間にも戦況は動く。
ブリタニア軍の圧倒的な戦力前に、通信機からは思わしくない報告ばかりが流れてくる。
いままで相対してきたクロヴィスが率いる軍とは明らかに別の軍隊となっている事に片瀬はようやく気付くが、もはや後の祭りだった。
「中村隊、通信途絶」
「第三区画、反応ありません」
「田畑少佐、戦死!」
「黒田と久保田もやられました!」
矢継ぎ早に飛び込んでくる絶望的な報告に、片瀬は拳をテーブルに叩きつける。
「藤堂が、藤堂さえいれば神風が吹くものを……! 厳島の奇跡をもう一度……」
「片瀬少将……」
縋るようにそう呟く片瀬を見てスザクは表情を歪める。
このままでは日本解放戦線は全滅する。
そして黒の騎士団もただでは済まないだろう。
「片瀬少将。もう一度お訊ねします。あなた達は、なんのために戦っているんですか?」
片瀬に近付きながらスザクは問うた。
そんなスザクに困惑を露わにし、片瀬は眉根を寄せる。
「こんな時に何を……」
「あなた達にとって最も大切なのは、日本の解放のはずです」
先程の答えを思い出して、スザクははっきりと断言する。
そして怒鳴るように訴えた。
「だったらいまだけでいい! 僕達の指揮下に入ってください! 絶対に助けて見せます!」
「その言葉にどれだけの信が置けるというのだ! 日本の誇りを失った貴様の言葉など、そこらの木の葉よりも軽い!」
「僕は嘘なんてついてません! ゼロは最高の指揮官です! 彼ならブリタニア軍と互角以上に戦えます!」
「私の指揮がゼロに劣ると言うのか!」
「そうは言いません! でも……!」
「たとえ貴様の言う通りゼロが稀代の指揮官だとして、それのどこに貴様らを信用できる要素がある! 草壁のように、我らも囮にして殺すつもりだろう!」
「そんな事はしません!」
「信じられるかそんな言葉が!」
お互いに至近距離に顔を近付けて、二人は喧嘩するように怒鳴り合う。
それはお世辞にも交渉などとは言えないものだった。
「枢木の名と、僕自身に誓って言います! あなた達が僕らの指揮下に入ったとしても、囮にするような卑怯な真似は絶対にしない!」
「我ら日本解放戦線との協力を拒んでおいて、そんな事が良く言えたものだな! もし共に戦うつもりがあるなら初めから手を貸しているはずだろう!」
「それはさっきも説明したはずです! 別々に指揮を執れば混乱してブリタニア軍につけ入れられる隙を生むだけです。だから……!」
「それが信用できんと言っているのだ! 体良く我らを利用したいだけの建前だろう!」
「ではあなたはこのまま死ぬつもりですか。それでいいんですか?」
「だから貴様らに従えと? 草壁を殺した貴様らに? 冗談ではない!」
スザクが何を叫んでも、片瀬にそれが届く事はなかった。
それほどまでに、日本解放戦線にとってスザクと黒の騎士団に対する猜疑心は強かった。
「これはプライドだとかそういう問題ではない! 私は指揮官として大事な将兵の命を、どこぞの馬の骨に預けるわけにはいかんのだ!」
「ならあなたにはこの窮地を脱する事ができるんですか! コーネリア軍を退け、彼らの命を救うだけの起死回生の策がありますか!」
「っ……!」
その言葉に片瀬は言葉に詰まる。
だがスザクは片瀬を言い負かすために来たわけではない。そんな事に意味などないのだ。
舌論で勝ちたいのなら、この場にいるのは自分ではなくルルーシュだったはずだ。
「違う。こんな事を言いたいんじゃないんだ……」
焦って感情のままに叫んでしまい、スザクは唇を噛み締めて首を振る。
スザクは改めて片瀬を見た。この部屋にいるみんなを見た。
必死に走り回り対処に追われる面々。
軍服と共に誇りを纏い、日本のために奔走する彼ら。
河口湖ではその手段を受け入れられず対立してしまった。
だが日本を取り戻したいという彼らの思いは、決して間違ってはいない。
確かに日本解放戦線は頑迷で融通の利かないところがある。だがそれは逆に自らがしてきた事に誇りを持っている証だ。その誇りを捨てる事は一筋縄な事ではないだろう。たとえ命が掛かっていても、その誇りを支えに彼らは戦ってきたのだから。
だからこそ、その誇りを捨ててまで自分達の指揮下に入ってほしいと図々しくも願うなら、スザクは誠意を見せなければならない。日本のために戦ってきた、彼らの誇りに敬意を表して。
いつの間にか助けてやるんだと傲慢になっていた自分を恥じ、スザクはその場に正座した。
「片瀬少将、お願いします。僕達にあなた達を助けさせてください」
地べたに正座したまま床に手をついて深く頭を下げる。
ルルーシュは日本解放戦線の説得は不可能だろうと言っていた。
元々草壁を殺した事で信用はないどころかマイナスであり、何より軍人というのはプライドが高い。いままで自分達が反ブリタニアの最前線で戦ってきたという矜持もある。そんな奴らが最近旗揚げした、しかもトップが仮面で顔を隠した怪しい組織に従うわけがないと。
しかしスザクの意見は違った。
これまで日本のために戦ってきた彼らだからこそ、最後には自分達の言葉に耳を傾けてくれるはずだと。誇りや矜持ではなく、日本にとっての最善を選んでくれるはずだとスザクは主張した。
それを聞いたルルーシュは少しだけ考え込んで、日本解放戦線の説得をスザクに任せてくれた。交渉事が得意なルルーシュが、自分で行うのではなくあえてスザクに託した。
その意味を考えれば、理屈での説得など愚行でしかないと分かる。ルルーシュは言外に、スザクのやり方でやれと言ってくれていたのだ。
「僕の言葉なんて信用できないのは分かります。草壁中佐を殺した僕が何を、とお思いでしょう。でも僕はそれでも、あなた達を助けたい! どうかお願いします。あなた達を助けるために、あなた達の力を僕らに貸してください!」
スザクはスザクらしく、真っ直ぐ愚直に訴える。
ただ思いつく言葉を、感情のままに。
「ゼロなら、この窮地を必ず切り抜けられます! それどころかこの状況を利用して、ブリタニア軍を追い詰める事だってできるんです! でもそれにはあなた達の力が必要だ! 僕達だけじゃダメなんだ! これまでブリタニアと戦い続けてきた、あなた達日本解放戦線の力が必要なんです! だから、だからどうか日本のために、この戦いの間だけでいい! 力を貸してください!」
亀のように丸くなりながら、空間全てに聞こえるほどの大声量でスザクは懇願する。
沈黙が片瀬とスザクを支配した。
いまだ周囲では不穏な報告が飛び交い騒がしかったが、二人の間には痛いほどの静寂が漂う。
「……日本のため、か」
しばらくして、ポツリと片瀬は呟いた。
それは周りの喧騒に紛れて誰にも聞こえないような声量だったが、スザクの耳にははっきりと届いた。
「頭を上げよ。枢木スザク」
今度は明確に自身に向けられた言葉に従い、スザクは顔を上げる。
視線で立ち上がるように促され、両の足を踏みしめ視線を合わせた。
「貴様は藤堂の弟子という話だったな」
「はい」
先程までとは打って変わって落ち着いた問い掛けにスザクは頷く。
真っ直ぐと目を合わせて初めて、スザクは組織の将校ではなく、軍人片瀬帯刀という人物と向き合っている実感を得た。
「今度は私が問おう。枢木スザクよ」
その威厳はまさに日本解放戦線の首魁として相応しい風格だった。
「一時とはいえ貴様とゼロに、日本の希望を背負う覚悟はあるか?」
鋭く細められた視線に射抜かれる。
この問いを口に出すまでにどれだけの葛藤があったのか、それを想像してスザクは思わず唾を飲み込んだ。
たとえ一時的にとはいえ、目の前の男はこれまで自分達を支えてきた誇りをそのまま自分達に託そうとしている。
その重みを理解できない程スザクは愚鈍ではなかった。
「あなた達が預けてくれるのならば」
真っ直ぐと見返し、スザクは真摯にその言葉を紡いだ。
数秒、二人の間の時が止まる。
「よかろう」
スザクの答えに片瀬は厳かに頷いた。
そして深く息を吸うと、この場にいた全員に聞こえるように声を張る。
「我ら日本解放戦線は、これより黒の騎士団の指揮下に入る!」
一瞬の静寂。
しかしすぐにざわめきが起こる。
誰しもが良い感情を持っていない事は明らかだった。
だが片瀬は意見を翻さず堂々と続けた。
「戸惑いはあるだろう! 不満もあるだろう! しかしいまこの時だけは、その全てを呑み込むのだ! これは日本解放戦線少将、片瀬帯刀が全責任を持って決断した大事である!」
そう言い切った片瀬に反論しようとする者はいなかった。
軍隊というのは上の者の命令は絶対だ。それはブリタニア軍に所属していたスザクにも良く分かる。
時に捨て石になれという命令にすら従う事を強要されるのが軍人の在り方。
まだ日本軍だった時代から部下を率いてきた片瀬少将が、全責任を持ってまで決めた選択に異を唱える者はいない。
たとえ不安や不満があろうと、彼らは上官を信頼し、その命をずっと預けてきたのだ。
「枢木よ、ゼロと通信をつなげ」
「分かりました」
片瀬の要請にスザクはすぐに答え、懐から通信機を取り出す。
『ゼロ、いま大丈夫かい?』
『待ちわびたぞ。片瀬に代われ』
交渉が上手くいったのかも聞かずにそう命令するゼロ。
その態度から成功する事を微塵も疑っていなかった事が分かり、スザクは思わず破顔する。
『初めまして片瀬帯刀殿。早速だが時間がないので本題に入らせてもらう。まずあなた達日本解放戦線には、我ら黒の騎士団の指揮下に入っていただく。これは間違いないだろうか』
『ああ。しかしゼロ。一つだけこちらとしても条件がある』
『条件?』
スザクとしても聞いていなかったその言葉に、眉間に皺が寄る。
しかしこの状況では聞かないわけにもいかない。
『枢木スザクを私と同じ部隊で運用してもらいたい。貴様を全面的に信用するのは難しいのでな』
「片瀬少将!」
『なるほど。人質というわけか』
予想外の要請に驚愕するスザクとは対照的に、言葉の裏を読んだゼロの冷静な答えが響く。
片瀬がスザクを要求した意図は明確だ。
枢木スザクがゼロの懐刀である事は周知の事実。まだ新興の組織である黒の騎士団にとっても、枢木玄武元首相の息子であるスザクは大切な旗印であり、求心力の要だ。
実力的にも対外的にも重要な立ち位置にいるスザクを同じ部隊で運用させる事で、自分達を切り捨てる事ができないよう人質にしようというのだろう。ちょうどブリタニアが幼い皇族の兄妹を日本に送り人質としたように。
『もしこの要求が通らないのであれば、我らも貴様らの指揮下に入る事は出来ん。いつ囮にされ見捨てられるかも分からない相手に利用されてやるわけにはいかんからな』
不信感を隠そうともせず片瀬はそう言い切った。
黒の騎士団が草壁を殺している事を考えれば当然の要求だろう。
しかしスザクにとってそれは到底受け入れられるものではなかった。
「片瀬少将、それは……」
『いいでしょう。あなたの要求を受け入れよう』
「ゼロ!」
『元々日本解放戦線の方にはこちらから部隊を送るつもりだった。その部隊と役割を入れ替えるだけだ。むしろ交代がない分ロスは少なくなる』
「でもだからって……」
『安心しろ。この作戦が成功すれば戦力は問題ない。それよりもここで問答に時間を費やす方が危険だ』
コーネリア軍に奇襲を掛けるという、いままでとは比べ物にならない危険な作戦において自身がゼロの傍にいられない事を危ぶむスザクだったが、当のゼロによって説き伏せられる。
事態が切迫しすぐにでも行動を起こさなければいけない現状、ゼロと片瀬相手にここで悠長に説得している時間はなかった。
「っ……分かったよ」
『よし。ではすぐに陽動に移れ。ランスロットは既にそちらへ回している。作戦内容は頭に入っているな』
「もちろん。任せておいて」
スザクが日本解放戦線の人間に案内され場を去り。ゼロと片瀬はそのまま通信を続ける。
『これでそちらの要求は呑んだ。指揮権は譲渡していただけるかな?』
『ああ。我らは貴様に従おう。ゼロよ』
『よろしい。ではあなた達の部隊のデータ、それから武器弾薬などの兵装の情報を送っていただきたい。それから工作部隊の人員をすぐに集めてくれ』
『工作部隊? 何に使うつもりだ』
『スザクが動けばすぐに行動してもらうため事は急を要する。そのため詳細をここで話している時間はないが、今回の作戦の要であるとだけは言っておこう』
『……分かった』
問い詰めたい気持ちはあるだろうが、片瀬はそれを呑み込む。
指揮官に不要と言われれば追及など以ての外。軍人としての矜持が自身の感情を律した。
『それからこれだけは先に確認しておきたい。貴公らは持っているな? 流体サクラダイトを』
『っ! ゼロ、なぜそれを!』
『簡単な話だ。成田連山を要塞とするなら、掘削は必須。そのために用いられる爆発物で最も効率が良いのはそれだ。そして何より、いまのように追い詰められた時、キョウトとのつながりと共に自分達を始末する自決用には最適だろう?』
『……!』
この場においてようやく片瀬はゼロの底知れなさを実感する。
本来なら所持する事すら難しいはずの貴重品の存在を見抜き、その用途すら言い当てる読みの深さは、確かに枢木スザクがあれほど賞賛するだけの事はある。
『本作戦にはそれを用いる。ありったけの量を用意しろ』
『……よかろう。すぐに準備する』
一度従うと決めた手前、片瀬は従順にゼロの指示通り動く。
余計な質問を挟まないその姿勢はルルーシュにとっても好ましいものであり、送られてきたデータに目を通しながらコックピット内で笑みを浮かべた。
「これで条件は全てクリアだ」
そう呟いた時、通信機からスザクのランスロットが動き出したと報告があった。
日本解放戦線のアジトから出て、既に運ばれていたランスロットに騎乗したスザクはすぐに通信を開いた。
『カレン、聞こえるかい?』
『えっ、スザク? どうしたの? というか、大丈夫だった?』
作戦の概要について知っていた数少ないメンバーであるカレンは、突然の通信に驚きながらもスザクの身を案じる。
『うん、平気だよ。それより君に頼みたい事があるんだ』
『良かった。心配だったから。でもこんな時に何? もう作戦開始間近よね?』
怪訝そうに訊ねてくるカレン。
スザクは一度深呼吸をし、いくらかの覚悟と共にその言葉を口にした。
『ゼロを、君に頼みたい』
『えっ……?』
『成り行き上、僕はそっちに合流できなくなった。つまり僕は、ゼロの傍にはいられない』
カレンがわずかに息を呑む音が通信機越しに聞こえる。
何を言いたいのか理解したであろうカレンに、スザクはもう一度はっきりとその願いを口にする。
『だからカレン。君に守ってほしい、ゼロを』
もはやこの状況は止めようもない。
これほどの大一番を前に、自分はどうやってもゼロをすぐ近くで守る事ができない。
だからこそスザクは自らの役割を彼女に託す。
『お願いできるかい?』
しばらくの沈黙があった。
その言葉の意味を噛み締めるような重たい沈黙。
そしてカレンはスザクの願いを受け取る。
『分かった。ゼロは必ず、私が守る。――スザク。あなたに代わって』
『ありがとう。カレン』
深い感謝をスザクは告げ、操縦桿を握り込んだ。
『それじゃあ僕は作戦に移る。気をつけてね、カレン』
『あなたもね、スザク』
通信を切り、スザクはランスロットを発進させる。
日本解放戦線が作戦ポイントに移動できるよう、ルート上にいるブリタニア軍を単機で引き付けるために。
成田戦直前のダブル陣営説得回。
ぶっちゃけた話、今回の話はめちゃくちゃ大変でした。
最期までクールスザクと感情スザクのどちらで行くか悩み、結局どちらも書いた後で部分的手直しをして今回の話に至るという、いままでの話で一番の難所だったかもしれません。
頭の固い解放戦線と説得が不得意なスザクという、字面だけで面倒な組み合わせと展開だと分かるものを考えてしまった自分に何度恨み言を吐いた事か……。
もう解放戦線なんて嫌いだ。
とうとう始まる成田編ですが、長くやるつもりはありません。予定では次の1話かその次の話で大体終わります。
そして実はこの成田における主人公は、私の中ではルルーシュでもスザクでもありません。じゃあ誰かというと、この先をお読みいただければお分かりいただけるかと思いますので、お楽しみに。
次回:成田奇襲作戦
原作の成田攻防戦や太平洋奇襲作戦と若干被るサブタイトルですが、ご容赦を。