コードギアス~あの夏の日の絆~   作:真黒 空

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武装説明。
ケイオス爆雷――光ニードルを射出する兵器。


23:雪のような少女

 

『なに? ゼロが転進した?』

 

 黒の騎士団を足止めしていた部隊からの報告を聞きギルフォードは眉を顰めた。

 

『はい。我々はこのままそちらの援護に回ります』

『それよりゼロだ! 位置情報を送れ』

『は、はい!』

『……これは!』

 

 送られてきた予測進路にギルフォードは目を見開く。

 それは自らの主君が誘い込むよう指示したポイント。つまり単機でコーネリアが待機しているはずの場所だった。

 

『ギルフォード卿、いかがされました?』

 

 戦闘中でありながらギルフォードが動揺しているのに気付いたジェレミアが通信をつなげてくる。

 一瞬伝えるべきか迷い、だがギルフォードは偽る事なく告げる。

 

『コーネリア殿下がいらっしゃる場所へ、黒の騎士団が向かっています』

『なんと!』

 

 驚愕の声が返り、しかしジェレミアは冷静さを失った様子はなかった。

 

『もしやこ奴ら、最初からそれを狙って……』

『かもしれません。黒の騎士団と日本解放戦線が手を組んでいるのは分かっていたはずが、なんたる醜態……』

『ギルフォード卿。いまは悔やむよりも、一刻も早く殿下の下へ参らなければ』

『ええ、分かっています。ですが……』

 

 自分達が相対しているのが噂に聞いた藤堂とその腹心だとギルフォードは確信していた。

 エリア11にあり、唯一将軍と騎士の器を持つ者、藤堂鏡士郎。

 おそらくは日本解放戦線最大戦力である部隊は、ギルフォードと親衛隊とはいえ一筋縄ではいかない。

 いまも周囲を取り囲む形で一糸乱れぬ連携でこちらを取り囲んでいる。

 焦って飛び出せば即座に落とされるだろう。

 

『くっ、これではコーネリア殿下の下へは……』

 

 機体、操縦技術、練度、どれを取っても殆ど互角。

 時間を掛けずに突破できるような、甘い部隊ではない。

 焦燥ばかりがギルフォードの心を蝕む。

 

『ギルフォード卿』

 

 焦るギルフォードにやけに落ち着いたジェレミアの声が届く。

 

『ケイオス爆雷はございますか?』

『は? ええ、ありますが……』

『私に頂きたい』

 

 武装の一つを要求され、意図が分からず怪訝に思いながらも言われた通りに渡す。

 それを受け取ったジェレミアは脈絡のない言葉を吐き出す。

 

『埼玉を思い出しますな、ギルフォード卿』

『ジェレミア卿? 何を……?』

『あの時は足止めをしていた私達が、今度は足止めされる側とは……』

 

 突然の思い出話にギルフォードは困惑を隠せない。

 しかしそれに構わずジェレミアは続ける。

 

『さりとてイレブン如きにできた事が、この私、ジェレミア・ゴットバルトにできぬ道理なし!』

 

 力強くそう言い切って、ジェレミアは静かに告げた。

 

『ギルフォード卿、この場はお任せ致します』

『ジェレミア卿……!』

『我が忠義は、皇室のために!』

 

 そう叫ぶと共にギルフォードからもらったケイオス爆雷をジェレミアが操るサザーランドは前方へと投擲する。

 空中に放られたケイオス爆雷のカバーが開き、細かい光ニードルが地面に向けて打ち出される。

 ナイトメアフレームの装甲さえ打ち抜く光ニードルの雨だったが、発射前にそれを察知した日本解放戦線の無頼改は散開しそれを回避する。

 しかしジェレミアとてそう簡単に撃破できるとは思っていない。

 回避するために崩れた包囲陣の一角に向けてサザーランドを突撃させる。

 だがそれを阻止するために、すぐさま左右から無頼改が迫ってくる。

 挟撃を受ける形となったジェレミアだが、当然覚悟の上。

 右方の敵を右手に装備したアサルトライフルで牽制し、接近を阻止する。

 そうなれば当然、左方の敵への対処は遅れる。

 ジェレミアがサザーランドの体勢を整える前に、無頼改の廻転刃刀が機体に向けて振り下ろされた。

 それに対しジェレミアはサザーランドの左腕を無造作に振り上げた。

 スタントンファーを装備しているものの、威力も伴っていない雑な動き。洗練された軍人の一撃に耐えきれるわけもなく、サザーランドの左腕には刃が通りそのまま切断されそうになる。

 だがそれを読んでいたジェレミアは切断される前に左腕をパージした。

 

『爆散!』

 

 切り離された左腕はその場で爆発し、ジェレミアは勢いが削がれた廻転刃刀の一撃を逃れる。

 そして腕をなくし身軽になった機体で包囲を抜け、そのままコーネリアがいる地点へと疾走する。

 

『くっ……待て!』

 

 ジェレミアを逃した無頼改はすぐさまサザーランドを追おうとしたが、ギルフォードと親衛隊がそれを許さない。

 追撃をしようとする無頼改へと躍りかかり、その場に釘付けにする。

 

「ジェレミア卿、なんという覚悟か……」

 

 一歩間違えれば死んでいてもおかしくない突撃に、ギルフォードは尊敬の念と共に呟く。

 無謀でありながら計算しつくされた動き。もし腕をパージするタイミングがわずかにでもずれていれば、あっさりと死んでいただろう。

 高い操縦技術と死を恐れぬ決死の覚悟がなければできない神業は、まさしく騎士という存在を体現しているかのようだった。

 

「姫様を頼みましたよ、ジェレミア卿」

 

 彼の御仁であれば必ず自らの主君を助けてくれると信じ、己がそれを為せない事にわずかばかりの悔しさを感じながら、ギルフォードは目の前の敵機を逃さぬよう全霊を振るった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『すまないゼロ。1機逃した』

『了解した。こちらで対処する』

 

 藤堂からサザーランドを取り逃がしたと報告を受け、ルルーシュはわずかに奇跡の藤堂への評価を下げる。

 戦力的には充分だと判断していたが、完全には抑えきれなかったのは、藤堂への評価が過大だったか、もしくは親衛隊が予想以上に手強かったか。

 しかし大勢に影響はない。

 コーネリアの捕縛は目前であり、向かってくる敵機もサザーランドが1機。しかも片腕だという。

 このままコーネリアをカレンの部隊に任せ、自分達の部隊でサザーランドを迎撃すればいいだけの話だ。

 

『敵のサザーランドがこちらへ向かっている。各機、迎撃準備』

 

 指示を出し待ち構えていると、程なく藤堂の言っていた通り左腕をなくしたサザーランドが見える。

 猪突猛進という言葉が相応しい程、サザーランドはスピードを落とさず真っ直ぐ向かってくる。

 射程距離まで迫るのを待って、ゼロは指示を出した。

 

『斉射』

 

 ゼロの部隊のナイトメアが一斉にアサルトライフルを放つ。

 だがそれを読んでいたように直進していたサザーランドは蛇行し射撃を回避する。

 驚くべきはそのタイミングだ。射撃と回避の誤差が殆どなかった。あれほどのスピードだ。もしわずかにでも動くのが遅れていれば、回避は間に合わず大破していた事だろう。心を読んだかのようなその嗅覚に、ルルーシュは舌打ちする。

 しかも回避行動を取ったにも関わらず速度が殆ど落ちていない。

 なんとか突進を止めようと部隊の1機が焦って突撃するが、サザーランドは片腕に装備したアサルトライフルであっさりと無頼を迎撃した。

 

「……っ! まさかこんな簡単に……!」

 

 もはや目前まで迫ったサザーランドに向けてルルーシュはアサルトライフルを放とうとするが、それは機先を制したサザーランドに逆に撃ち返され阻まれる。

 そしてゼロの部隊はサザーランドの突破を許してしまう。

 

『コーネリア殿下ああぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!』

 

 高所から飛び出すように突っ込むサザーランド。

 その際にカレンに対してアサルトライフルを、他の2機にスラッシュハーケンを撃ち出す。

 突然の襲撃に対応できたのはカレンだけだった。

 素早く後方へ下がる事でカレンはアサルトライフルの斉射を回避するが、他の狙われた2機はまともにスラッシュハーケンを食らい撃墜される。

 これでカレンの部隊は彼女を含め2機しかない。ゼロの部隊も合わせて4対2。数の差は一気に詰められた。

 

『無頼改はサザーランドを破壊しろ。コーネリアは私達が相手をする』

『分かり……っ!』

 

 カレンが返事をする前に、サザーランドは無頼改に向けて果敢に距離を詰めていた。

 片腕にも関わらずまるで臆する事なくアサルトライフルを放ちながら接近してくる。

 無頼改もそれに応戦しながら、しかしサザーランドの一歩も引かない攻めに後退を迫られる。

 そこにはカレンの機体をコーネリアから引き剥がそうという強い意志が見て取れた。

 

『こんの……! 壊れかけの癖に!』

 

 アサルトライフルの斉射を掻い潜り、無頼改はサザーランドに迫る。

 近接戦闘ではサザーランドよりも無頼改の方が優れている。しかも敵のサザーランドは片腕だ。近付きさえすれば勝負は決められる。

 無頼改の突進に対し、サザーランドはそれでも後退しようとはしなかった。

 廻転刃刀を振りかぶる無頼改に弾切れしたアサルトライフルを放り投げる。

 その程度で虚を突かれるほどカレンも甘くはなく、廻転刃刀で容易くそれを切り裂いた。

 しかし余計な動作をしたため次の攻撃にわずかに正確性が損なわれる。

 その差は達人同士の戦いには大きく、カレンの一撃は虚しく空を切る。

 そしてアサルトライフルからスタントンファーに武装を替えていたサザーランドの一撃が無頼改へと迫る。

 必殺の一撃を躱された無頼改は、正確にコックピットを狙って放たれた攻撃を防げるような体勢ではない。

 防御が不可能と判断したカレンは、超人的な反応速度を持ってランドスピナーを逆向きに作動させ、間一髪後方へ逃れた。

 しかし追撃をしようと追ってくるサザーランド相手に思った以上の後退を強いられ、崖際へと追い込まれる。

 これ以上下がる事はできないと廻転刃刀を構え直し迎撃態勢を取る無頼改だが、サザーランドは間合いに入る前に急停止しスラッシュハーケンを放ってきた。

 これが自身に向けられたものであれば、カレンも対処できただろう。廻転刃刀でスラッシュハーケンを弾き飛ばし、逆に距離を詰めて一撃を見舞う事すら可能だったはずだ。

 しかしサザーランドのスラッシュハーケンは無頼改ではなく、その真下――足元の地面に向けて撃ち込まれた。

 咄嗟に意図を掴めずカレンは硬直した。そしてそれが致命的だった。

 ただでさえ山崩れによって緩んでいた地盤に楔を撃ち込まれ、地面そのものが崩れ落ちたのだ。

 

『なっ……ああぁぁぁぁぁぁ!』

 

 足場が崩れた事で無頼改は崖下へと落ちていく。

 それほど高い崖ではないのでそのまま大破とはいかないが、一度落ちれば戻ってくる事はできない程度の高さはある。戦線への復帰はもはや不可能であり、撃墜はされなかったとはいえどちらに軍配が上がったかは明白だった。

 戦力差で言えばカレンの方が有利だっただろう。機体性能は殆ど互角であり、相手は片腕を失っていた。そしてコーネリアを狙わせないため、サザーランドは後退する事ができない状態だったのだ。

 だからといってカレンに油断があったわけではない。勝負を決めたのは偏に、経験の差だろう。

 片腕でありながら一歩も引かない気迫の攻めによって後退を強い、装備をフルに使った巧みな攻撃で崖元まで追い込んだ。撃破が難しいのは最初から分かっていたのだろう。初めからその選択肢を除外し、捨て身の特攻に見せかけて足場を崩す事で戦線の離脱を余儀なくする。

 視野が広く、経験を重ねた、才能だけでは届き得ない厚みがわずかな戦いから見て取れた。

 

 これはカレンが知らない事ではあったが、サザーランドに搭乗していたジェレミアは先程まで藤堂達が乗っていた無頼改と相対しており、その性能を肌で知っていた。機体性能が変わらないのであれば、操縦技術にもよるが、できること自体は大きく変わらない。優秀なパイロットであれば廻転刃刀を用いた接近戦を仕掛けてくると考え、ジェレミアはそれを読んで戦いの流れを作ったのだ。無頼改の動きを読む事ができなければ、近接戦に向かないサザーランドで、しかも片腕でありながらカレンを上回る事などできなかっただろう。さらに付け加えるなら、埼玉の戦いで崩落に巻き込まれた手痛い経験が、無頼改を崖下に落とすという発想を生むのに一役買っていた。

 

 無頼改を退けたサザーランドは再び主君のいる戦場へと戻る。

 虎の子のエースパイロットを失った黒の騎士団はコーネリアのグロースター相手に苦戦を強いられていた。3対1とはいえ、グロースターと無頼、数多の戦場を駆け抜けたコーネリアと民兵上がりのテロリストである黒の騎士団では、機体性能も地力も違う。

 グロースターは片腕を失っているとはいえ、取り囲んではいるものの決め切れない。一進一退の攻防が繰り広げられていた。

 

 だがゼロからすれば、膠着状態はむしろ好都合だった。

 ブリタニア軍が作戦を開始してからかなりの時間が経過している。それも最初から前線にでているコーネリアの機体はおそらくエナジーが限界に近い。ならば援軍が到着する前にエナジーは切れるはずだと読んでいたからだ。

 また無頼改とサザーランドの勝負にしても、敵側の技量の高さはわずかな相対からも窺えたが、カレンも並のパイロットではない。機体性能は殆ど互角な上、近接戦では無頼改が有利。さらにサザーランドは片腕を失っているとあれば、負ける可能性は限りなく低い。となれば無頼改が決着をつけて戻ってくるのを待った方がリスクは低いと考えるのも自然だろう。

 

 しかし現実はそうはいかなかった。

 片腕のサザーランドが戻ってくるのを目にしたルルーシュは、己の計画が音を立てて崩れていくのを悟った。

 サザーランドが戦線に加われば、状況は3対2。いまでさえ決め切れないところに、相手側の戦力が増えればこちらが撃墜される可能性も高まる。しかも相手は損傷したサザーランドでありながら無頼改を退けている。ただのサザーランドと見るにはあまりに危険だ。

 

『チィッ! 退くぞ!』

 

 ゼロらしからぬ苛立ちの込められた乱暴な指示が黒の騎士団の通信機から響く。

 

『これ以上は消耗戦になる。各隊、脱出ルートのデータを送る。全軍撤退だ!』

 

 言うや否や、ゼロは即座に離脱し逃走を図る。

 しかし未だ戦場慣れしていない団員は絶好の好機に迷ってしまう。

 ゼロの指示に従うべきか、無理してコーネリアを撃墜するべきか、一瞬の戸惑いが空白の間を生む。

 それを見逃してくれる程、コーネリアは甘くはなかった。

 殆ど尽き掛けているエナジーで大型ランスを振るい1機を沈める。

 その動きに気付いてもう1機はグロースターに突撃するが、接近してきていたサザーランドがグロースターの腕と共に落ちていたアサルトライフルを拾って斉射する事で無頼改を撃墜し、それを防いだ。

 結果、最後の足掻きとばかりに動いたグロースターがとうとうエナジーを吐き切り活動を停止する。

 すぐさま傍まで近寄り、ジェレミアは主君の安否を問う。

 

『コーネリア殿下、ご無事ですか?』

『助かったぞジェレミア。だがお前はすぐにゼロを追え』

『何を仰います。殿下を置いてそのような……』

『エナジーフィラーが尽きただけだ! 黒の騎士団ももうこの場にいない! 早く行け!』

『っ……イエス・ユアハイネス!』

 

 有無を言わせぬ命令に、ジェレミアはサザーランドを走らせる。

 守るべき皇室に牙を向けた、愚かなテロリストを捕縛するために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『各隊、脱出ルートのデータを送る。全軍撤退だ!』

 

 突然通信機から響いたその命令に、スザクは目を見開いた。

 命令そのものもそうだが、仮面を被れば感情すらも覆ってしまう親友が、その声に焦りと苛立ちを隠しきれていなかったからだ。

 

『ゼロ。何かあったのかい? 作戦は上手くいったの?』

 

 即座に個別でチャンネルを開き、状況を問う。

 答えはすぐに返ってきた。

 

『作戦は失敗だ。コーネリアの捕縛は叶わなかった。お前もすぐに日本解放戦線を連れて戦場を離脱しろ』

 

 現状を端的に説明するゼロ。

 声音からはいま現在危機に見舞われている様子はないが、ゼロがいたのはコーネリアと対峙する最前線のはずだ。

 どういう経緯で撤退に至ったかは分からくとも、作戦が失敗したというなら部隊の中では最も脱出が困難であり、危険が大きい事は明白だった。

 

『君は? 脱出できるの?』

『俺も既に離脱を開始している。お前も早く――――グゥッ! あのサザーランド……!』

『どうしたの? ゼロ! ゼロ!』

 

 スザクの問いに答える途中で呻き声を上げ、怒りの声を発するゼロ。

 心配したスザクがその後何度呼び掛けても、ゼロから答えが返ってくる事はなかった。

 その事態を前に、スザクは即座に決断する。

 

『片瀬少将、脱出ルートに従ってすぐに撤退してください。僕は行きます』

『なに? 行くとはどういう事だ! おい、枢木!』

 

 混乱する片瀬の声を無視して通信を切ると、スザクはランスロットを転身させて真っ直ぐに地図上に表示されているゼロの元へと走らせた。

 

「ゼロおおおおぉぉぉおおおおぉぉぉぉぉおぉおぉぉぉぉぉ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルルーシュはあの新宿の時以来初めて、絶体絶命の窮地に立たされていた。

 追ってきたサザーランドのアサルトライフルによりランドスピナーを破壊され、走行手段を失ったところに機体に射撃を受けて脱出装置が作動。幸い身体にダメージはなかったが、ナイトメアを破壊されたため仮面をつけて脱出ブロックから出たところで、件のサザーランドにアサルトライフルの銃口を突きつけられた。

 

『終わりだ、ゼロよ。大人しく投降してもらおう。貴様には皇族を害した罪をその身で贖ってもらわなければならないからな』

 

 傲慢な、ブリタニアらしい物言いがスピーカーから放たれる。

 いつものように皮肉交じりに答えを返す余裕はルルーシュにはなかった。

 いかにルルーシュと言えど、生身で味方もいないこの状況下、ナイトメア相手に逃げられる策は存在しない。

 

(たかがサザーランド相手に、こんなところで……!)

 

 仮面の下でこの状況を打開する方法を全力で考えながら、これまでもかという程に表情を歪め歯噛みするルルーシュ。

 しかしそんな崖っぷちの場に無遠慮に足を踏み入れる人影があった。

 彼女が呼んでもいない場に勝手に現れるのはいつもの事だ。

 だがこの時ばかりはルルーシュも驚愕せざるを得なかった。

 

「やめろ! この男には手を出すな!」

「C.C.!」

 

 いつもの拘束衣ではなく、黒の騎士団の制服を着て叫ぶC.C.。

 なぜこの場にだとか、何をしに来ただとか、聞きたい事は山ほどあったがそれを問えるような状況ではない。

 

『貴様も黒の騎士団の者か。ブリタニア人でありながらテロリストに加わるとは、なんたる愚挙』

 

 サザーランドから侮蔑の言葉が吐き捨てられるが、その銃口はゼロから動かない。

 この場において何よりも優先すべきはゼロだと、サザーランドの操縦者は理解しているのだ。

 C.C.は両手を広げてゼロを庇うわけでもなく、迷わずサザーランドに近付くとその足に手を触れる。

 

「おい、何をするつもりだ。相手はナイトメアだぞ!」

「お前に死なれては困る。間接接触だが、試す価値はある」

『何を言って……』

 

 その瞬間、C.C.の額の紋章が輝いた。

 それと共にサザーランドからの声も止まる。

 いやわずかに喘ぐようなか細い息遣いがスピーカーから聞こえてくる。

 まるで反応を見せなくなったサザーランドを怪訝に思いながら、ルルーシュは銃口から逃れC.C.に近付く。

 

「おい、何をしている。まさかこれが、お前が言っていた力か?」

「ショックイメージを見せているだけだ。何を見ているのかは知らないがな。それより逃げろ。いまの内だ」

「お前はどうする?」

「いまは動けない。先に行け」

「冗談じゃない。お前に借りを作ったままで……」

「やめろ! いまは!」

 

 C.C.の肩に手を置いた瞬間、ルルーシュの景色は歪んだ。

 どこか遠くからC.C.の苦しむような声が聞こえた気がしたが、それは目の前の景色を前に塗り潰される。

 断続的な映像が、まるで脳内に直接映し出されているかのように切り替わる。

 民衆が何者かに石を投げる姿、C.C.と同じ紋章を額に持つシスター。戦争中の景色。枢木神社。母マリアンヌ。

 他にもつながりがあるとは思えない光景が次々に脳内に投影される。

 

「やめろ……私に……入って、くるな。やめろ……どうして…………私が、開かれる……」

 

 胸を押さえて苦し気に訴えるC.C.の声もルルーシュには届かない。

 

『うわああああぁぁぁあああぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ』

 

 だが突如として叫び声と共に暴走し出したサザーランドによって事態は一変する。

 アサルトライフルの弾を無造作にばら撒き薬物中毒者のように暴れ回るサザーランドにルルーシュも正気に戻るが、味わった衝撃から抜け出せず危険な状況にあるにも関わらず呆然としてしまう。

 

「なんなんだ、いまのは……」

「バカ! いまのうちに逃げろ!」

 

 動こうとしないルルーシュにC.C.が叫ぶが、その時運悪く、アサルトライフルによって砕かれた木っ端がC.C.の胸に刺さる。

 

「C.C.!」

 

 だがC.C.は倒れなかった。

 木っ端が胸に刺さったままの状態で両手を広げ、ルルーシュを守る。

 

「はやくっ、逃げろっ!」

「なんでそこまで……」

 

 血を吐くような叫びにルルーシュは戸惑いながらも、負傷したC.C.を抱きかかえ逃走を図る。

 

「わたし、の事は……置いてけ……」

「黙っていろ!」

 

 暴走したサザーランドの流れ弾が当たれば死にかけない状況で、ただひたすらに走る。

 そんな中でルルーシュの心を占めていたのは、死の恐怖でも先程の体験への疑念でもなく、命を懸けて自分を守ろうとするC.C.への困惑だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スザクは後悔していた。

 やはり何を言われようとルルーシュの傍を離れるべきではなかった。

 コーネリアを追い詰めるためには日本解放戦線を指揮下に置く必要があり、日本解放戦線を指揮下に置くためにはスザクが部隊から離れて行動を共にするしかなかった。

 振り返ってみても、スザクにはどうする事もできない理屈の壁が立ちはだかっていたが、それでも自分はルルーシュの傍にいるべきだったとスザクは悔やむ。たとえそれで日本解放戦線に協力を得られなくなろうと、作戦の遂行が困難になり包囲されてしまっている黒の騎士団が壊滅的な被害を受けようと、ルルーシュと共にあるべきだった。

 

 スザクの目的はコーネリアの捕縛でも、黒の騎士団の組織拡大でもなく、ルルーシュの安全なのだから。

 

 極端な事を言ってしまえば、スザクは日本解放戦線や黒の騎士団がブリタニア軍に壊滅させられたとしても、ルルーシュが生きてさえいればそれでいい。

 確かに日本を解放したいという思いは自分にもある。だがそれはルルーシュが無事である事を前提としたものだ。もしルルーシュが日本解放の結果死んでしまうのだとすれば、スザクはどれだけルルーシュがそれを望んだとしても、力づくで止めるだろう。

 何よりも優先されるのはルルーシュの命。それなのにスザクは、作戦の成功を優先したルルーシュの判断に従ってしまった。もちろんルルーシュとて自らの身に危険が及ぶ事が分かっていたわけではないだろう。だが少しでもその可能性があるのであれば、スザクは彼の傍を離れるべきではなかったのだ。

 だって近くにいなければ、守れないのだから。

 どれだけ力があろうと、守りたいと願っても、遠く離れた場所にいてはどうする事もできない。

 もしルルーシュの元へ辿り着いた時、そこにあるのが彼の死体だったなら。

 そんな想像をしてスザクは呼吸が止まるほどの恐怖を抱く。

 それを振り払うために必死にランスロットを操作し、途中で障害となるブリタニアのナイトメアや土砂も全て力づくで粉砕し、最短距離でルルーシュの元へと急いだ。

 そして無頼の信号が途切れたところまでやって来たスザクが見たのは、予想していたどんな状況とも違うものだった。

 

『あああああ! 申し訳ございません! 私は、私がいながら、ジェレミア・ゴットバルトはああぁぁぁぁ!』

 

 狂ったように叫びながらひたすら暴走する片腕のサザーランド。周囲の木々は銃弾を受けた跡があるが、弾切れになったのかアサルトライフルは地面に放られており、サザーランドはスタントンファーを使って木々を殴り倒している。

 その間も身を切るような絶叫がスピーカーから放たれる。

 

『なぜ、なぜ私はあの時に! 私の忠義はああぁぁぁぁぁ!』

 

 スザクはサザーランドに構わずルルーシュを捜すが、あるのは無頼のコックピットだけで本人はどこにもいない。

 周囲を見渡しても人影にもどこにもなく、焦燥だけが募る中でスザクの目があるものを見つける。

 それは地面についた血の跡だった。

 

「――――!」

 

 ランスロットが神速の速さで駆ける。

 暴走するサザーランドとの距離を即座に詰め、その頭を掴んで木に押しつける。

 もがいて攻撃してこようとする右腕を手刀で斬り飛ばし、抵抗を封じた上でスザクは感情のままに問い詰めた。

 

『ゼロはどこだ! お前が、あれをやったのか! 答えろ!』

『私が不甲斐ないばかりに……お許しください。どうか、どうか……』

 

 無頼のコックピットを指しながら問うスザクだったが、サザーランドのスピーカーから漏れる声は、ここにいない誰かにひたすら許しを請うばかりだった。

 

『申し訳ございません……マリアンヌ様……』

 

 その謝罪に、どこかで聞いた事のある名前が混じる。

 そして続けて、スザクが予想もしていなかった名前を口にした。

 

『お守りする事ができなかったこのジェレミア・ゴットバルトを、お許しください……ルルーシュ様、ナナリー様……』 

 

 自分の最も大切にする二人の名前にスザクは目を瞠る。

 

『どうして……』

 

 7年前の極東事変でルルーシュとナナリーは死んだ事になっている。いかにブリタニアにおいて皇族が特別とはいえ、それほど昔に死んだ幼い兄妹をただの軍人が憶えているというのは不自然だ。それも、ルルーシュがピンチに陥っているはずのこの状況でその名を口にしたとなれば、意味合いは自然と最悪の方向に捉えられる。

 

『どうしてその名前を……お前は!』

『申し訳ございません。申し訳……ございません……』

『っ!』

 

 もはや謝罪を繰り返す事しかしなくなったパイロットに、これ以上問い詰めても何も得られない事を察してスザクはサザーランドの頭を握り潰す。

 脱出装置が作動しコックピットが射出されるが、スザクはそちらに見向きもせず探索に走った。

 

『ゼロ! ゼロおおおぉぉぉぉ!』

 

 親友が生きている、わずかな可能性を信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは人気のない洞穴だった。

 成田連山の中にひっそりとできた鍾乳洞。

 自分達以外には誰もいないその場所で、ルルーシュは自らの作戦が打ち破られた時以上の驚愕に見舞われていた。

 

「傷が、再生している……?」

 

 負傷したC.C.の手当てをしようと服を脱がせたところで、異変に気付いた。

 負ったはずの傷が既に再生を始めていたのだ。確かに人の身体は傷付くと、負傷した細胞を時間を掛けて他の細胞が補う事で傷は癒える。しかしそれには膨大な時間を有する上、適切な処置をしなければ悪化してしまう恐れもある。

 にも関わらずC.C.の傷は、なんの処置もしていないのに既に癒え始めていた。これは尋常ではない回復速度であり、到底普通の人間では考えられないものだ。

 

「これが、この女の言っていた力なのか……」

 

 だとすれば、既に人間の域を超えている。

 ゴクリと、ルルーシュの喉が意図せず鳴る。

 人は得体のしれないものを恐怖する。それはルルーシュとて例外ではなかった。

 明らかに人間とは異なる現象を見せられ、ルルーシュの目には岩の上で瞳を閉じているC.C.が、まるで自分とは違う生き物のように映る。

 C.C.が言っていた王の力とはこの事なのか。だとすれば、確かに契約すればルルーシュの役に立つだろう。自らの身体を気にせず戦えるというのは、これからもブリタニアと対峙していく上で非常に有効な力となる。だが――

 

「……いまは、そんな事を考えている場合ではないな」

 

 首を振り、ルルーシュはC.C.の身体から木っ端の破片を摘出する。その後、感染症に掛からないよう傷口を念入りに洗った。既に回復し掛かっているので必要はないかもしれないが、やっておいて間違いはないだろう。下手に不純物が残ったまま回復し、後遺症が残らないとも限らない。

 得体のしれないC.C.への恐怖心は未だにルルーシュの中に色濃く残っていたが、自らを守ってくれた相手の怪我を放置する事はルルーシュのプライドが許さなかった。

 

「ん……」

 

 吐息のような声が漏れ、目が覚めたかとそちらに目を向けるが、まだ目覚める様子はない。

 魘されるように身動ぎし、何かを呟く様子が気になり、ルルーシュは耳を近付けた。

 

「――――」

「っ」

 

 それは人の名前だった。

 

「……やっと呼んでくれたね、私の名前」

 

 どこか安心した様子で、目覚めないままそう呟くC.C.。

 それはとても人外の何かには見えず。

 それどころか迷子になっているところに親が現れた子供のようにも見えて。

 ルルーシュにはC.C.がなんなのか途端に分からなくなった。

 

「んんっ」

 

 しばらくして、C.C.が再び声を発する。

 様子を見れば、身体が動き、その瞼がゆっくりと開かれていく。

 

「気付いたか」

 

 ルルーシュの言葉にC.C.は身体を起こし、自分が服を脱がされゼロのマントに身を包んでいるのを見て、すぐに状況を察する。

 

「ほぉ。お前こそ気付いたんじゃないか? 乙女の秘密に」

 

 ニヤリと挑発的な笑みを向けてくるC.C.に、意識して感情を込めずルルーシュは答えた。

 

「肉体の回復スピードが尋常ではないようだな。明らかな深手だったにも関わらず、一時間もしないうちに完治している。それがクロヴィスの研究成果というわけか?」

「いいや。元からさ。だからこそクロヴィスに捕まっていたんだ」

 

 眉間の皺をさらに深く刻むルルーシュ。

 対してC.C.は笑みを崩さない。

 

「お前、何者だ?」

「言っていなかったか? 私は魔女だ」

 

 ルルーシュの問いに即座にC.C.は答えを返す。

 

「情を持たず、住処を持たず、悠久の時を彷徨う魔女。それが私だ」

 

 到底ルルーシュが求めていたのとは異なる返答。

 だがそれを分かっていながら話しているだろうC.C.は楽し気にルルーシュに問い返す。

 

「どうした? 恐れをなしたか? さすがのお前でも人ではない者は怖いと見える」

「今更お前が何者かなどに興味はない。新宿でクロヴィスに停戦命令を出させた時点で、常識外の力を持っている事にも予想はついていた」

 

 自身を侮る言葉を向けられルルーシュはキッとC.C.を睨みつけ、だがすぐに視線を逸らしながら答えた。

 その分かりやすい反応をC.C.が見逃すわけもなかった。

 

「ならなぜ訊いた? 誤魔化すのならもっと上手くやるのだな。坊や」

 

 意地の悪いC.C.の笑みにチッと大きく舌打ちするルルーシュ。

 下手に反論するのは下策と判断し、話を進める。

 

「その異常な治癒速度が、お前が契約で俺に与えようとしている力なのか?」

「いいや。これは別物だ。尤も、まるで関係ないわけではないがな」

 

 人知の及ばぬ力を匂わせ、しかしそれについて説明する事なくからかうようにC.C.は訊いた。

 

「どうした? あれだけ追い詰められて、ようやく契約する気になったか?」

 

 C.C.からすれば即座に否が返ってくると思っていた。

 しかしルルーシュは意外にも考え込むように顎に手を当てる。

 

「検討するくらいの価値は……あるかもしれない。お前がいなければ、俺は捕まっていただろうしな」

 

 その答えに数度瞬きを繰り返すC.C.。

 先日まであれほど取り付く島もなく拒絶していたにも関わらず、ここまで前向きな反応をされるとは思ってもみなかったのだ。

 

「いつになく殊勝だな。死にかけて身の程を知ったか?」

 

 理由があるとすれば、今回の作戦失敗だろうと当たりをつけC.C.はからかい混じりに問う。

 

「ふん。使えるものは使った方がいいかもしれないと考えを改めただけだ。だがそれも、お前が契約の詳細を明かす事が前提だ。前にも言ったが、対等でない取引をするつもりはない」

 

 顔をしかめたルルーシュの物言いはいつも通りのものに戻っており、あえてC.C.もそれに乗っかる。

 

「やれやれ。頭が固いのは死にかけても変わらないらしい」

「それはお前の方だろう」

 

 C.C.が目覚めてからどこかよそよそしかった空気はどうにか元の距離感に落ち着く。

 ルルーシュも、そしてC.C.も、無自覚でありながらお互いを過剰に意識していた事になんとなく気付いていた。

 

「C.C.、一つ訊いておきたい。お前に触れた時に見えた光景、あれはなんだ」

「……」

「あれはまさか、お前のかこ……」

「やめろ」

 

 そこまで言い掛けたところで、C.C.の冷たい声が遮った。

 その言葉には驚く程、感情が込められていなかった。

 

「私に過去など存在しない。あったとしても、もう全て忘れてしまった。C.C.はまっさらな雪のように、真っ白な存在なんだよ」

 

 まるで自分に言い聞かせるようにそう告げるC.C.。

 それを否定するだけの材料をルルーシュは持っていた。

 おそらく過去の夢を見てC.C.が呟いた名前。十中八九、彼女の真名。

 だがそれを口にする事は憚られた。

 頑なに自らの領域に他者を踏み込ませようとしないC.C.の心に無遠慮に立ち入ろうとする程、ルルーシュは無神経ではない。

 だからこそルルーシュは、いつものように挑発的に笑う。

 

「自分が雪のように綺麗だと言うつもりか? 傲慢な女だな」

「そうとも。私はC.C.だからな」

 

 普段と変わらないように見えて、それが無理しているのが丸分かりの笑顔。

 あえてルルーシュはそれには触れない。

 だが話をそれだけで終わらせるつもりもなかった。

 

「C.C.、俺はずっと言っている通り、お前と契約するつもりはない」

「なんだ今更?」

「だがお前には感謝している。さっきの事も、新宿での事も。俺は二度もお前に命を救われた」

 

 きょとん、という表現が相応しい程、C.C.はあどけない顔で何度も瞬きしてルルーシュを見た。

 まるで動物が人間の言葉を話したかのような態度だ。

 

「お前がいなければ、俺はこの場に立っていなかったかもしれない。スザクと共に歩む事も、ナナリーを守る事もできずに」

「拾い食いでもしたか? 素直なお前など、気持ちが悪いだけ……」

「だから契約とは別に、お前の願いは俺が叶えてやる」

 

 気味の悪いものを見るような視線をこちらに向けてくるC.C.を遮り、ルルーシュは告げた。

 その言葉にC.C.は心底驚いたように唖然とした。

 口が半開きになり、まるで年相応の少女のように感情を隠せていない。

 逆にその態度にルルーシュが面食らう。

 多少は驚かれるかもしれないと思っていたが、まさか感情を隠すのが上手い彼女がここまで動揺を露わにするとは思っていなかったのだ。

 震える唇は言葉を紡ごうと何度もその形を変えるが、それは音として空気を振るわせる事はない。

 ようやく彼女が声を発せたのは、それから一分も経った頃だった。

 

「何を、言っている……」

「新宿の時はともかく、今回の件は完全に俺の落ち度だ。その尻拭いをさせて、さらに怪我まで負わせた相手に何も返さないなど、俺の沽券にかかわる」

 

 C.C.が言葉を発した事でようやく話を進められると、ルルーシュは早口に言い切る。

 

「もちろん最初に言った通り、契約するつもりはない。お前の言う力がどんなものなのかも分からないのに、無策に力をもらってリスクを負うなどバカらしいからな。だがお前と契約する事と、お前に借りを返す事は話が別だ。お前の願いがどんなものであろうと、俺が必ず叶えてやる」

 

 矢継ぎ早に語られるルルーシュの説明にC.C.も少しは動揺が抜けたのか、表情から感情を覆い隠し表面上は平静を装っていた。だがその瞳は胡乱気にルルーシュへと向けられている。

 

「無茶苦茶だな。力はもらわないというのに、代価である願いだけは聞くと?」

「言ったはずだ。それとこれとは話が別だと」

「お前には力が必要なはずだ。なぜあえて拒む?」

「それも言った。どんなリスクがあるとも分からない得体のしれない力に頼る気はない」

「力を持たないお前に、私の願いが叶えられるとでも思うのか?」

「力のあるなしは関係ない。たとえそれがどれほど困難であろうと、お前への借りは必ず返す。これは俺の、プライドの問題だ」

 

 願いの詳細も知らないにも関わらず自信たっぷりに言い切るルルーシュ。

 C.C.はその姿に少しだけ目を細め、すぐにやれやれと首を振った。

 

「理屈がまるで通じない。スザクとでも話しているみたいだな」

「一緒にするな。少なくとも俺は、あいつほどの無理無謀を語っているつもりはない」

 

 かつて一人でブリタニア軍を壊滅させるとまで言い切った友の姿を思い出しながらルルーシュは顔をしかめる。

 それに対しC.C.は分かりやすく、大袈裟にため息をついた。

 

「まぁいい。期待しないで待っておいてやるさ」

「ああ。精々首を洗って待っていろ。お前が期待しようがしなかろうが、俺は必ずお前の願いを叶えてやる」

 

 まるで戦いを挑むかのように断言したルルーシュは、迎えを呼ぶと言って少し離れた場所で連絡を取り始めた。

 いましがた言われた事を振り返り、C.C.は小さく笑った。

 そしてどこか優しい瞳で、ルルーシュの後ろ姿を見つめる。

 

「残念だが、それは不可能なんだよ。ルルーシュ……」

 

 寂しげな呟きは、誰に聞かれる事もなく洞穴の中に小さく響いた。

 





成田編決着。
埼玉では活躍できなかったあの男がやってくれました。

スザク覚醒までがプロローグ、そして反逆開始からが本編になるのであれば、この成田編以降からは私にとって本番となります。
ここから徐々にですが原作とは明確に変わっていく予定になります。

次回:敗北の味

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