コードギアス~あの夏の日の絆~   作:真黒 空

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24:敗北の味

 

「父さん単身赴任してて、でも私のご機嫌取りにってよくこういうの送ってくるの。それでなんだけど……だから、その……ルル! 一緒にコンサート行かない?」 

 

 

 

 

 

 

 ブリタニア政庁の屋上には、建物の用途とは掛け離れた庭園が広がっている。

 それは前総督であるクロヴィスが命じて作らせたものであり、その理由は見る者が見れば明らかだった。

 出来上がった庭園は、とある場所と酷似していたから。

 アリエスの離宮。

 クロヴィスが作ったその場所は、かつてヴィ家が住んでいた庭園を模したものだった。

 

「本当に……似ていますね」

「ああ。何度見ても驚かされる。やはりこういった才能は、兄弟の中でもクロヴィスが抜きん出ているな」

 

 成田連山での戦いが始まる前に交わした約束を果たすために来た屋上で、リ家の姉妹は懐古の情に心を傾かせていた。

 

「懐かしいですね。思えばあの頃が、一番楽しかったような気がします。私がいて、お姉様がいて、ルルーシュとナナリーがいて……」

「お前達が仲良く遊んでいるのを、マリアンヌ様が穏やかに見守られていたな。確かにあの頃は、流れる時間がとても心地良かった……」

 

 遠い目で昔の事を振り返りながら、庭園の開いた空間に腰を下ろす。

 ユーフェミアが正座で座ると、その膝の上にコーネリアは頭を乗せた。

 

「憶えてらっしゃいますか、お姉様。私とナナリーが遊ぼうって誘っているのに、ルルーシュったらお兄様達とチェスばっかりしてたんですよ」

「マリアンヌ様と違って、あれは身体を動かすのが苦手だったからな。シュナイゼル兄上とクロヴィスも、良くあの離宮には足を運んでいたものだ。尤も、クロヴィスとは喧嘩ばかりしていたようだが」

「喧嘩するほど仲が良いと、日本では言うそうです。きっとライバルだったんですよ、クロヴィスお兄様とルルーシュは」

「あんなに年が離れているのにか? だとしたら、クロヴィスも大層大人げないな」

「ふふっ、そうですね。でも二人の事を大切に思ってなかったら、こんな場所を作ろうとなんてしませんよ」

 

 細部まで再現された庭園。

 ゴミ一つ落ちておらず、その景色の美しさから管理が行き届いている事が見て取れた。

 

「そうだな。その通りだ……」

 

 穏やかな時間が流れる。

 いまはない兄妹との思い出を語り、胸中を満たす一時。

 それは忙しない日々を送る姉妹にとって、とても幸せな時間だった。

 

「お姉様、一度だけ届いたルルーシュの手紙に書いてありました。日本人のお友達ができたって」

「イレブンの?」

「ええ。ナナリーとも仲良くなったみたいで、毎日三人で遊んでいるって」

「そう、なのか……」

 

 イレブンに対しマイナスの感情しか持っていなかったコーネリアは、その言葉に複雑そうな表情を浮かべる。

 ユーフェミアもそれに気付き、青く晴れ渡った空を見上げながら言った。

 

「ルルーシュとナナリーはこの国に来て、幸せに過ごせていたんでしょうか?」

 

 見知らぬ土地に、たった二人で放り出された兄妹。

 母を亡くした直後の幼い二人にとって、それがどれだけ大変な事なのか、想像するだけでユーフェミアは胸が苦しくなる。

 だからこそせめて戦争が始まってしまうまでの、短い平穏の時間だけは幸せであればと切に思う。

 

「分からない……だが、そうだといいな」

「はい……」

 

 寂しげな笑みを交わし、二人は無言で空を眺める。

 すると不意にコーネリアが口を開いた。

 

「早くこのエリアを平定し、ゼロを捕まえねばな。ルルーシュやナナリーにも申し訳が立たん。ここはあの二人が命を散らせた天地なのだから」

「お姉様……」

 

 そう言ってコーネリアの顔が優しい姉の顔から、エリア11の総督の顔へと変わっていく。

 

「埼玉でも先の成田でも、私はゼロに負けた。将として、その敗北は認めなければならん。だがこれきりだ。次は必ずゼロと枢木スザクを捕らえ、処刑台へと送ってくれる。二人のためにもな」

 

 姉の瞳に厳しさが宿っていくのを、どこか悲しそうにユーフェミアは見つめていた。 

 しかしそれにコーネリアは気付かない。

 

「黒の騎士団の台頭に伴って、イレブンが調子づき地域によっては治安も悪くなっている。気をつけろよユフィ。もうホテルジャックのような事はごめんだ。ルルーシュやナナリーに続いて、お前まで失うなど私には考えられん」

 

 膝の上に横になりながら、コーネリアは妹の頬を撫でる。

 その手つきはどこまでも優しく、慈しみが込められていた。

 

「ギルフォードから進言があったんだがな。お前も騎士を持ってはどうだ、ユフィ?」

「騎士、ですか?」

 

 唐突な提案にユーフェミアは首をかしげる。

 

「ああ。副総督であるお前にはその権利がある。警護役を専任の騎士にすれば、その者を中心に親衛隊を構築し、危険もぐっと減らせるだろう。候補はこちらで用意するが……そうだな、ジェレミアなど悪くないのではないか?」

 

 先日の件を思い出しながらコーネリアが一人の候補の名前を出す。

 その名前にはユーフェミアにも聞き覚えがあった。

 

「ジェレミア卿と言えば、先日の成田でお姉様を救った方ですか?」

「そうだ。実際に話しもしてみたが、あの男の皇族への忠義は本物だ。加えてギルフォードと遜色のない実力を有しているし、家柄も辺境伯と問題はない。もちろんもしお前が騎士にしたい相手が別にいると言うなら、その者を優先して構わないがな」

 

 そんな風に言われても、寝耳に水だったユーフェミアには騎士候補などいるわけもない。ジェレミアにしても、会った事も話した事もないので、いきなり騎士にどうかと言われても判断のしようがなかった。

 妹が困惑する思いが伝わったのか、コーネリアは安心させるように笑う。 

 

「いきなりでは戸惑うだろう。だが身の安全のためにも、考えておいてくれ」

「……はい。分かりました」

 

 ユーフェミアにとって騎士とは、常に姉と共にいるギルフォードの印象が強い。

 主君の傍を離れず、信頼を置けて、一緒に歩いてくれる。まさしく姉の右腕と呼ばれるに相応しい人。

 自分の隣にそんな人がいてくれるのを想像して、ユーフェミアが真っ先に思ったのは、自分はそんな立派な人間なのだろうか、という事だった。

 姉のように軍人としても総督としても働き、立派に皇族の務めを果たしているならまだしも、自分はどこまでいってもお飾りの副総督でしかない。回ってくる仕事も何かの式典などの儀礼的なものが多く、それは皇族であれば誰にでもできるものであって、ユーフェミアでなければできないものなど何一つとしてない。

 そんな自分に果たして、騎士を持つ資格など本当にあるのだろうか。

 

「……」

 

 難しい顔で黙り込んでしまった妹の頭をコーネリアは優しく撫でる。

 どこかすれ違う心に気付かぬまま、姉妹の時間は過ぎ去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「土砂崩れであわあわしてるブリキの野郎共を蹴散らすあの爽快感! ホントスカッとしたぜ! なぁ!」

「確かに興奮したけど……もう何度目よその話」

「玉城は結局落とされたのにな」

「うっせえな! 勝ったんだからいいだろ! 勝ったんだから」

 

 黒の騎士団のアジトに楽しそうな声が響き渡る。

 ゼロやスザクも含めた古参のメンバーが揃うその場所は、ここ数日ずっとそんな調子だった。

 いや、その場所だけでなく、アジト全体が成田の戦いの後からずっとそんな雰囲気に包まれている。

 その中でいつも沈黙を保ち、必要以上に話そうとしないのは二人。

 黒の騎士団のトップ2である、ゼロとスザクだった。

 ゼロが浮かれたりしないのはいつもの事ではあったが、スザクがここまで周りと話そうとしないのは珍しい。それも戦勝の後で良い雰囲気であるにも関わらず、だ。

 しかしそれに気付いているのは、扇とカレンくらいのものだった。

 気を遣って話し掛けてみても、スザクは誤魔化すばかりで話してはくれず、その心中は推し量れない。

 それもあって、扇は届いた朗報を嬉々としてゼロに持って行った。スザクの気が少しでも良くなるかもしれないと期待を込めて。

 

「ゼロ、これ」

「ん? なんだこれは?」

「ラブレター」

「は? お前……」

「がっはっはっは! こいつに冗談は通じねぇって」

「玉城笑いすぎ」

 

 扇の冗談に困惑の声を出すゼロを大声で笑う玉城に諫めるカレン。

 場の流れが変な方向に逸れる前に、扇は報告の内容を明かした。

 

「キョウトからの勅書だよ。是非直接ゼロとスザク君に会いたいって」

 

 おおっ、とその場にいた団員達が感嘆の声を上げる。

 ゼロは手紙を受け取り、周りの反応に対しいつもと変わらぬ調子で訊ねた。

 

「それほど騒ぐ事か?」

「それほどって、キョウトですよ?」

 

 日本のレジスタンスの影の立役者とも言えるキョウトに、カレンも喜びを隠せない様子だった。

 扇もゼロの平静ぶりに苦笑しながら、嬉しそうにメリットを語る。

 

「認められれば資金援助もしてもらえる。俺達の苦しい財政も……」

「財政? 私が組んだ予算通りなら、問題なかったはずだが?」

 

 寝耳に水の言葉にゼロが反応する。

 現在黒の騎士団の予算計画は全てゼロが立てている。組織の規模は日を追うごとに大きくなっているが、それも計算に入れてある程度の余裕を持って計画を立てているので、当面の間は金回りで問題は起きないはずだった。

 

「それが……」

「お、俺のせいじゃねぇぞ。もう俺達は大組織なんだ。人間が増えりゃ予定外の……」

 

 扇が言い淀んだところに玉城が自ら自白する。

 それを白い目で見たカレンが横槍を入れた。

 

「大物ぶって新入りに奢りまくるのが予定外?」

「お前なぁ……」

「私知ってんだからね。どんなところ行ってんのか」

「え? そうなの?」

 

 事の重大さに反する悪ふざけのようなノリに仮面の下で眉を顰めるゼロ。

 会話の流れで何が起こったのか把握したゼロは、読んでいた本を閉じて少し離れたところにいた男に仮面を向けた。

 

「今後、会計は泉に任せる」

「えっ、俺か?」

 

 話を振られるとは思っていなかったのだろう。泉が目を丸くして確認してくるのを、ゼロは頷いて肯定を示した。

 

「ああ」

「待てよ。昔からな、金は俺が預かって来たんだ。それを……」

「お前はいつの話をしている?」

「あ?」

 

 仕事を取り上げられた形となった玉城がすかさず文句を口にするが、その全てを聞く事なくゼロは遮った。

 

「いまお前が所属しているのは扇グループではない。黒の騎士団だ。全ての人事権は総帥である私にある。相応の成果を示せない人間に、仕事を任せるつもりはない」

「んだと!」

「当然だろう? 誰が組織の金を私的な理由で使い込む人間に金庫番を任せると言うんだ。お前は自分のした事を理解していないのか?」

 

 あくまでも冷静にそう告げるゼロに、気まずい顔をして旧扇グループのメンバーが顔を逸らした。

 彼らからすれば玉城の金遣いの荒さはいつもの事であり、今回の件もその延長として認識していたのだろうが、改めて咎められればその判断がどれだけ甘いものか自覚せざるを得なかった。

 

「お前がやった事は組織の金の横領だ。れっきとした犯罪であり、組織に属する人間として決して許されるものではない」

 

 黒の騎士団はテロリストではあるが、無法者の集まりではない。

 ゼロは総帥として玉城の行いを見逃すつもりはなかった。

 

「玉城、お前には五日間の謹慎を命じる。それが解けるまでアジトに顔を出す事は許さん」

「はぁ! ふざけんなよ、何様だおめぇ!」

「ちょっと待ってくれゼロ。確かに玉城も悪かったが、謹慎なんて……」

 

 処分を下され玉城がゼロに食って掛かる。

 扇もそこまで大事になると思っていなかったのか、慌てて場を取りなそうとしてゼロに訴えかける。だがそれはもう遅きに失していた。

 

「勘違いをしているようだな」

 

 仮面で表情を隠されているゼロの声は、同じようにまるで感情が見えない平坦なものだった。

 それゆえに聞く側の感情もあってどこか冷たさを含んで響き渡る。

 

「先程玉城が言っていたように、私達黒の騎士団の規模はもはや大組織に近い。いつまで身内ばかりの慣れ合い集団の気分でいるつもりだ」

 

 厳しい言葉がゼロから団員達に向けて放たれる。

 自覚があっただろう団員はその言葉に顔を俯かせた。

 

「本来なら横領というのは問答無用で降格、もしくは追放されてもおかしくない重罪だ。それを咎めもせずなあなあで済ませる事は、組織として決してあってはならない。なぜなら規律が守られない組織というのは、簡単に瓦解するからだ」

「それはそうかもしれないが……」

「だとしても俺は幹部だぞ! なんでその程度の事で罰されなきゃならねぇんだよ! おかしいだろ!」

 

 理解できるが納得できないというように扇が苦悩の声を上げ、玉城は自身が処分を下される事が気に食わず怒鳴る。

 しかしゼロは淡々とその文句を跳ね除けた。

 

「私とスザクが立ち上げた黒の騎士団において、埼玉の件を経て集まってくれた53名は設立当初のメンバーであり、その中でもテロリストとしての経験があったお前達旧扇グループと、旧大和同盟のメンバーは私なりに重用してきたつもりだ。だがそれに驕り規律を乱すというなら、そんな奴を重用する理由はない。自身を幹部だと名乗るのならば、それに相応しい振る舞いをしろ。でなければお前は、幹部どころか武器を持った事のない新人にすら劣る、組織の癌だ」

「んだとテメェ……!」

 

 仲間の前で面罵され、玉城の顔が真っ赤に染まっていく。

 まずいと、それに慌てた扇が咄嗟に声を張り上げた。

 

「おい、ちょっと落ち着いてくれ。ゼロも、玉城も!」

 

 二人の間に割って入り両手を広げて必死に訴える扇だったが、残念ながらそれで収まるような状況ではなかった。

 沸点を超えた玉城が、止めようとする扇と縺れながらゼロに向かって怒りの声をぶつける。

 

「相応しい振る舞いだ!? だったらお前はどうなんだよ! 散々好き勝手言ってるけどな、未だに誰にも顔も見せずに仮面で隠しやがって! そりゃあテメェが俺らを信用してねえって事じゃねぇのか!? それがリーダーに相応しい振る舞いって奴なのかよ、ああ!」

 

 玉城の怒声を聞きながら、ゼロは避難するどころか椅子に座ったまま真正面から玉城を見返す。

 

「私が仮面を取るつもりがない事は入団の際に伝えたはずだ。それはこの先も変わらない。不満があるなら、いますぐ荷物をまとめて黒の騎士団から離れるといい」

「ふ、ふざけんな!」

 

 言外にお前がいなくても組織として問題ないと言われ、玉城が扇を押しのけゼロに飛び掛かろうとする。

 しかしそれは、新たに割って入った人物によって食い止められた。

 

「ストップ。それ以上はただの喧嘩だよ」

 

 肩を押さえられ、足を払われ、突っ込もうとした勢いを潰されて強制的に再び椅子へと座らせられる玉城。

 それを為したスザクは、立ったままゼロと玉城を視界に収め言い放つ。

 

「頭を冷やして、二人とも。そんな状態で何を話し合うのさ」

 

 スザクの言葉に玉城は息を乱しながらゼロを睨みつけるが、ゼロは何も言わない。

 気まずい沈黙が流れる中、ゼロはため息をつくとおもむろに立ち上がった。

 

「キョウトとの会談の準備があるので私は帰る。何かあれば連絡をくれ」

「逃げんのかよ! ゼロ!」

 

 玉城の言葉を無視して、ゼロはアジトを去って行く。それを呆然と団員達は見送った。

 スザクだけはその背中に隠しきれない苛立ちの色を感じ取っていたが、それを口にする事はない。

 そのため残された玉城は怒りのあまりテーブルを思いきり蹴り飛ばす。

 

「なんだよあの態度! ふざけやがって!」

 

 言い逃げされた形となった玉城は、収まらないとばかりに当たり散らし始める。

 それを見た団員の反応は、賛同する者と眉を顰める者の二つに分かれていた。

 

「でも今回は玉城が悪いわよ。あれって元々はゼロのお金なんでしょ?」

「確かに組織のために出した金を身勝手に使われたら怒るのも仕方ないよな」

「んだと!」

 

 井上と杉山が玉城に対して辛辣な意見を口にする。

 すると今度は南と吉田が不満そうに別の角度からゼロを批難する。

 

「だがそれとゼロが顔を隠してるのは違う話だろ」

「初期メンバーの俺達にすら秘密だなんて……」

 

 設立時に語られていたとはいえ、未だに顔を隠すゼロの態度は黒の騎士団内でも疑惑の声が上がっている。

 それは新人よりもむしろ、入団が早かった者の方が多かった。

 しかしそんな中でも埼玉で助けられた者はゼロに対する不満は少ない。不満を抱えているのは主に旧扇グループの面々だ。彼らはいままで身内だけの集まりであった事もあり、顔を隠すゼロに対する不信が強い。しかしその中にあって、扇とカレンだけはその中に入っていなかった。

 

「ゼロの正体が誰かなんて関係ないでしょ。ゼロはあのコーネリアすら出し抜く、私達黒の騎士団のリーダーなんだから!」

「っ……」

「カレン……」

 

 リフレインや成田での戦いでゼロに対する尊敬の念を抱きつつあるカレンは、不満を口にする面々に真っ向から反論した。 そしてその言は尤もなものだった。元々ゼロは仮面を外さない事を明言しており、それでもいいと組織に入団したのは自分達だ。それを今更顔を見せなければ信用できないなどと言うのは筋が通らない。

 それは文句を口にしていた面々も分かっているのか、カレンに対して反論しようとする者はいなかった。だがその表情は到底納得したものではなく、年下に正論を言われたために黙っただけで、その裏に不満が燻っている事は明らかだった。

 その様子を見ていた扇は、険悪な場の空気に顔を曇らせる。

 元々ゼロが顔を見せない事に対する不満はあったが、ここまで明確にそれが表出してしまえば不和の原因にもなりかねない。

 いままで何か理由があるのだろうと考え、話してくれるまで聞くまいと決めていた扇だったが、それでも組織が割れてしまうような状況にあっては口を閉ざしてはいられなかった。

 

「なあスザク君。君はゼロの正体を知ってるのか?」

「扇さん!」

 

 カレンが悲鳴のような声を上げる。

 味方だと思っていた扇が突然ゼロの正体を探る側に回ったのが信じられなかったのだろう。

 しかしカレンの批難の視線を浴びても扇は発言を取り消しはしなかった。

 

「どうしてそんな事を聞くんですか?」

「どうしてって、そりゃ……」

 

 質問に答える事なく、スザクが静かに問い返す。

 それに答えようとした扇を遮って玉城が割って入ってきた。

 

「んなの決まってんだろうが! お前だけ顔を知ってんのに俺らには見せねぇってんなら、ゼロは俺達を信用してねぇって事だろ! なあ、どうなんだよ、スザクよぉ!」

 

 チンピラのように顔を近付けて凄む玉城。

 もはやスザクはゼロの正体を知っていると決めて掛かっているような態度だったが、スザクはそれに怯む事なくかつて言った台詞を繰り返した。

 

「誰にだって話せない事、話したくない事はあります」

「答えになってねぇよ! お前は知ってんのかって聞いてんだ!」

 

 今度はゼロに代わりスザクが玉城と睨み合う形になり、緊迫した空気が漂う。

 旧扇グループと旧大和同盟のメンバーが集まったこの場でここまで注目を集めてしまっては、下手に誤魔化せば取り返しのつかない亀裂を生んでしまう可能性もあった。となれば、ここでの秘匿は愚策になりかねない。

 ルルーシュのように場を上手く収める事などできないスザクは、内心苦々しく思いながらも努めて顔には出さず、苦渋の決断をする。

 

「ええ。ゼロの仮面の下を、僕は見た事があります」

「はっ! やっぱりな!」

 

 スザクの答えを聞いて、それ見た事かとばかりに玉城は捲し立てる。

 

「つまりゼロは俺達の事なんか端から信じてねぇわけだ! 替えの利く駒とでも思ってんだろ!」

「それは違います!」

「口でならなんとでも言えんだよ! 顔を隠すってのは結局そういう事じゃねぇか!」

 

 スザクの否定も鼻であしらい、声高にゼロの不信感を煽る玉城。

 場の空気も玉城の言葉に流されかけているのが如実に見て取れた。

 あちこちから、玉城の言う事も一理あるだとか、ゼロは俺達を駒としか見てないんじゃないかとか、そんな呟きがスザクの耳に聞こえてくる。

 

「いい加減にしなさいよ!」

 

 玉城の言い分に耐えきれなくなったカレンが怒鳴りながら立ち上がった。

 

「さっきから憶測でばっかり話して! あんたの言う事になんも確証なんてないじゃない!」

「ゼロが仮面被って顔見せねぇのが証拠じゃねぇか! お前だって見た事ねぇんだろ!」

「それは……! …………見た事ないけど……!」

 

 猛然と抗議するカレンだったが、ゼロの顔を見た事がない、それだけを理由に反論を封じられ悔しそうに顔を歪める。

 ゼロ擁護派だったカレンが黙ると、途端にゼロへの不信を口にする声が大きくなる。

 ゼロは仮面を取るべきだと、世間で言われてるようにブリタニアのスパイなんじゃないかと、好き放題に身勝手な考えを声高に主張し始める。

 その様をスザクはじっと見ていた。

 正体を明かせない事情も、ルルーシュが作戦の際にどれだけ頭を悩ませ苦心しているかも知っているスザクは、たったそれだけの事でゼロへの疑心を募らせる団員達に拳を握りしめる。

 それは温厚なスザクが仲間に対して初めて抱いた怒りだった。

 

「なら逆に聞きますが、あなた達にゼロの正体を知る覚悟があるんですか?」

「あ?」

 

 内心の憤りをなんとか抑えながらスザクが問うと、玉城は意味が分からないとばかりに言い返してくる。

 

「覚悟だ? なんでそんなもんが必要なんだよ。仲間だと思ってんなら当然、顔くらい見せるべきじゃ……」

「もしブリタニア軍に捕虜にされたなら、僕はゼロの正体を口にする前に自決します」

 

 玉城の言葉を遮って自らの覚悟を口にするスザク。

 それはルルーシュにすら言っていないスザクの決意だった。

 唐突なスザクの宣言にアジトにいた人間は揃って息を呑む。

 

「あなた達には、その覚悟がありますか?」

 

 改めてスザクは問うた。普段の穏やかな様子とはまるで違う、剣呑な雰囲気を纏い。鋭い目つきで全員を見渡しながら。

 ゼロの正体を知りたいなら自分と同じだけの覚悟を持てと、周囲を威圧する。

 まるで敵と対峙するかのようなスザクの圧力に、団員達は気圧されて黙り込んだ。

 そのまま静まり返るアジトで、その空気を破ったのはやはりというか、玉城だった。

 

「な、なんでそんな覚悟しなきゃいけぇんだよ! ただ顔見せろって言ってるだけだろ!」

「さっき僕は言ったはずです。誰にだって話せない事、話したくない事はあると。ゼロが正体を隠してるのはやむを得ない事情があっての事です。それを暴くというなら、見合うだけの誠意と覚悟を示すべきじゃありませんか?」

「俺達は仲間だぞ! それじゃ足りねぇってのかよ!」

「ゼロの正体がもしブリタニアにバレれば、黒の騎士団そのものが崩壊しかねません。それだけの秘密です。だからこそ何があろうと、たとえ自分を犠牲にしてでもその正体は隠す必要があるんです」

「な、なんなんだよ、それだけの秘密って……?」

 

 それを口にしてしまえばゼロの正体を語るのと同じだという事に玉城は気付いていない。

 ゼロが伊達や酔狂で顔を隠しているわけではなく、そこには重大な秘密があるのだと聞かされた団員達は、玉城に負けず劣らず動揺していた。

 その気配を敏感に感じ取り、スザクはさらなる問いを投げ掛ける。

 

「これは例え話ですが、ゼロの正体がキョウト六家の人間だったらどうですか?」

 

 このまま話を打ち切ってはゼロへの疑心が最悪の方向に向かいかねないと察して、以前ルルーシュが語っていた内容をスザクは団員達にそのまま聞かせた。

 

「テロリストのリーダーがキョウトの人間ならゼロの正体がバレた時点でキョウトは確実にブリタニアに潰されます。そうなればただでさえ厳しい日本のテロ活動はどうなると思いますか?」

 

 スザクの話を聞いて団員達は青ざめる。

 日本のレジスタンスがどれだけキョウトに助けられているかを知らない人間はこの場にいない。

 もしその話が本当だとすれば、ゼロが顔を隠すのも当たり前だ。

 しかし引っ込みがつかなくなった玉城だけは尚も反論を口にした。

 

「お、お前だってキョウトの人間じゃねぇのかよ!」

「僕は軍に入った時からキョウトとの縁は切れてます。今更キョウトにお咎めはいきません」

 

 苦し紛れの反論も即答され、ついに玉城も黙り込む。

 多くの団員達が沈痛な面持ちで考え込んでいる様子を見渡し、スザクは止めとばかりに続けた。

 

「さっきも言いましたけど、これは例え話です。でもゼロの正体はそれくらい重要なものです。だから仲間とはいえ、ゼロは気軽に仮面を取らない――いえ、取れないんです」

 

 そう言い切ったスザクに、完全に場が沈黙する。

 そんな団員達の様子を見てスザクは最悪の事態は防げたかと内心少しだけ安堵する。

 これで少しはゼロに対する不信感は拭えればいいのだが、弁舌に長けているわけでもなければ、意識操作などまるで専門外のスザクには、この説明がどんな風に団員達に受け止められるのかは予想がつかなかった。

 

「もし……」

 

 重苦しい沈黙を破り、カレンが静かにスザクに問い掛ける。

 

「もしスザクと同じ覚悟を持てたら、ゼロは顔を見せてくれるの?」

 

 どこか縋るような、そしてわずかに覚悟を覗かせるような瞳でスザクを見るカレン。

 しかしスザクはあえてそれに頓着せず、突き放した。

 

「それは僕じゃなくて、ゼロに訊くべき事だよ」

 

 その答えにカレンは表情を歪ませ、何も言えず俯いた。

 誰も、スザクの言葉に反論ができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒の騎士団本部から自室に戻ってきたルルーシュは、着替えもせずゼロのコスチュームや諸々の荷物が入ったボストンバックを放り投げると乱暴に椅子へと腰掛けた。

 知己であろうと委縮するような常ならぬ様子だったが、ベッドで寝そべっていたC.C.はまるで気にする事なく声を掛ける。

 

「珍しいな、そこまで苛立って帰ってくるとは。何かあったのか?」

 

 普段ならだらしなく寝転んでいるC.C.に苦言の一つもぶつけるルルーシュが、この時ばかりは目だけで一瞥するだけにとどまり、重苦しいため息をついた。

 

「何もない。強いて言うなら、あいつらの能天気さと俺自身の体たらくが腹立たしいだけだ」

 

 ここ最近のルルーシュの様子を見ていたC.C.はその原因にすぐに思い至った。

 

「成田の件か?」

「ああ。下準備は完璧だった。事実、途中までは想定通りに事は運べていた。なのにサザーランド一機に事態を覆された挙句に、お前がいなければ俺は今頃捕まっていた。それだけやって得られたものは黒の騎士団がコーネリア軍と戦ったという事実だけ。一体これのどこが勝利だと言うんだ……!」

 

 よほど頭に来ているのか、ルルーシュは机に拳を振り下ろし怒りを露わにする。

 今日出掛ける前はもう少し落ち着いていた事を考えれば、おそらく黒の騎士団の団員が戦勝祝いでもしてルルーシュの怒りを逆撫でしたのだろうと、まるで見てきたかのようにC.C.は当たりをつけた。

 

「とはいっても、こちらの戦力の損失は最小限にコーネリアの軍と一戦交えて生き残ったんだ。民兵上がりの黒の騎士団の連中が浮かれるのも仕方のない事だろう」

「……」

「それに団員達はお前が追い詰められていた事実すら知らないんだろう? ゼロが捕らえられていれば別だろうが、コーネリアを捕縛できなかったとはいえ、あれだけの戦力差がありながらギリギリまで追い詰めて逃げ切ったのだから、勝ちと断じてもおかしくはない。むしろ、それが普通だ」

 

 あくまでも客観的に成田での一戦をC.C.は評価する。

 ルルーシュの考えは分かるが、一般団員にもそれを押し付けるのは酷というものだろう。

 

「……分かっているさそんな事は。あいつらが戦場を知り自信をつけたというなら、それは当初の予定通りだ。何も問題はない」

 

 両手の指を組み身体を震わせるルルーシュの様子は、言葉とは裏腹に到底納得しているようには見えなかった。

 そして続いた言葉が、その見立てが正しかった事を証明する。

 

「だからこれは、指揮官である俺だけが受け止めるべき敗北だ」

 

 心底忌々しそうに表情を歪めるルルーシュ。

 冷静に振り返れば、分岐点はいくつもあった。ルルーシュの部隊がコーネリアの元まで行く必要はなかったし、スザクにしても片瀬がごねようが無理やりコーネリア側の戦力に当てても良かった。なんならゼロとスザクの立ち位置は逆でも問題はなかったのだ。その場合ルルーシュがコーネリア側の状況を見て指示を出す事は難しくなるが、それでも虎の子のスザクという戦力を送れるメリットはデメリットを上回って余りあり、負担が大きいとはいえデータと報告から二つの戦場を指揮する事はルルーシュならば可能だった。スザクの代わりにゼロが残ると言えば、日本解放戦線も文句は言わなかっただろう。

 考えれば考えるほどに、この結果は自身の詰めの甘さが招いた必然の結果だったとルルーシュは自戒する。

 もし完璧な指揮が執れていたなら、コーネリアを捕縛する事も可能だっただろうに。

 

「だが、このまま終わらせるつもりはない。コーネリアにはいずれ必ず、この借りを返す」

「寡兵で大軍を相手取った事に満足しておけばいいものを。儘ならない男だな」

 

 団員のように目先の成果に浮かれず、初めての敗北を噛み締めるルルーシュにC.C.は呆れた声で言った。

 C.C.からすればこれまでが上手くいきすぎだっただけで、今回の成田の件も充分な結果だと思うのだが、目の前の男はそれだけでは到底満足できないらしい。

 

「そういえば、妹の方は大丈夫なのか?」

 

 これ以上話していてもルルーシュがより一層機嫌を悪くするだけだろうと察したC.C.は、多少強引に話題を変える。

 

「ああ。いまは咲世子さんが見てくれてるはずだ。熱が出たといっても、それほど大したものじゃない」

「それは重畳。だが意外だな。お前が熱を出した妹を放って部屋に戻ってくるとは」

「ナナリーは目が見えない事もあって空気に敏感だからな。頭に血が昇った状態で会いに行っても、却って心配させるだけだ」

 

 本当ならいますぐにでも様子を見に行きたいと言外に語るルルーシュ。

 それをからかってやろうかとも考えたが、それをすれば苛立っているルルーシュが本格的に怒り出す可能性が高かったのでC.C.は珍しく空気を読んだ。

 

「で、お前は妹をほったらかして何をしているんだ?」

 

 中途半端に、ではあったが。

 

「一々癇に障る言い方をするな。キョウトから直々に俺とスザクに会いたいと勅書が来たからな。その準備だ」

「キョウトといえば、確かこのエリアのテロ活動を支援する組織だったか?」

「ああ。旧日本政府の重鎮が集まった組織であり、複数のレジスタンスを支援している日本のテロ活動の要だ。先の成田の件もあって、ようやく黒の騎士団もそのお眼鏡にかなったらしい」

「それは結構な事だ。日本解放戦線を見捨てた甲斐があったな」

「見捨てたわけじゃない。撤退ルートを指示していたにも関わらず、それに従わず藤堂や四聖剣と合流しようとしてあいつらが勝手に自滅しただけだ」

 

 成田での顛末を知っているC.C.が揶揄するが、ルルーシュは淡々とそれを否定する。

 別段日本解放戦線への対応を責めているわけでも不満に思っているわけでもないC.C.だったが、だからこそルルーシュならあっさりと肯定すると思っていただけに、その返答を少しだけ意外に感じた。

 

「そうは言うが、あの状況で人質でもあったスザクが指揮権を放棄して部隊を離れれば、日本解放戦線じゃなくとも見捨てられたと考えると思うぞ?」

「だとしても、指示に従わなかったのはあいつらの判断だ。指示通りに脱出していれば、多少の犠牲は出てもあそこまで壊滅的な被害を出す事はなかっただろうに」

「あくまで自己責任、というわけか」

「こっちは死に掛けたんだぞ。命令を無視した奴らの面倒まで見ていられるか」

 

 投げやりに吐き捨てるルルーシュの態度にC.C.も納得する。

 日本解放戦線は現在、成田での撤退に失敗し殆どの戦力を失って軍から逃げまどっている。

 首魁であった片瀬は藤堂や四聖剣とも合流できず、もはや組織の体を保つ事も儘ならないようだ。

 このままでは、そう遠くない未来にブリタニアに捕まるだろう。

 ルルーシュからすれば日本解放戦線も一時的にとはいえ指揮下に入った相手。それが壊滅的な被害を受けたとあっては、敗戦にさらなる泥を塗られたと感じてもおかしくはない。

 

「まぁいいんじゃないか? 結果として日本解放戦線は壊滅。キョウトも黒の騎士団に乗り換えざるを得なくなったわけだろう? ならこれはこれで結果オーライとも言える」

 

 日本解放戦線が健在であれば、彼らに大きな信頼を寄せるキョウトの支援はなかったかもしれない。共闘は今回限りの一時的なものだったのだから、直接的な支援を受けられる分メリットは大きい。

 そんなC.C.の考察にルルーシュは顎に手を当て、少しだけ表情を険しくする。

 

「判断が難しいところだな。日本解放戦線にはもう少しコーネリアの目を引きつけておいてほしかったところだが、確かにキョウトが支援してくれるというなら総合的にはプラスとみてもいいだろう。しかしそれも、本当にキョウトからの支援を引き出せれば、だがな」

「なんだ? 何か心配事でもあるのか?」

 

 含みのあるルルーシュの言葉に、C.C.も話がそう簡単なものではない事を察する。

 

「常識的に考えてみろ。正体不明の仮面の男が総帥の地位にいる組織を簡単に支援しようと思うか? たとえスザクが仲間にいるとはいえ、あいつも元はブリタニア軍人だ。軍属に入ってからはキョウトとの縁も切れていた事を考えれば、それだけで信用できると判断されるはずもない」

「なるほど。それを見定めるための呼び出しというわけか」

「ああ。まず間違いなく、ゼロの正体を確認しようとしてくるだろうな」

 

 キョウトからすれば、ゼロの正体の確認は必須だろう。

 黒の騎士団の存在自体が巷で噂されているような軍の策略であるのなら、キョウトが本格的に支援をすれば確実につながりは押さえられ、日本の抵抗活動は潰えるのだから。

 

「支援はほしいが、そのためには正体を明かす必要がある。しかしブリタニアの元皇族とバレれば信用は得られない」

 

 現状を端的にまとめ、C.C.は面白がるように眉を上げた。

 

「一見詰んでるように見えるが、策はあるのか?」

「出てくる札にもよるな。12人には絞り込めたが、どれが当たるかによって対応は変わる。7年前に面識がある奴であれば、正体を明かす事を考えてもいいんだが……」

 

 そう言ってルルーシュは顎に手を当てて思考の海へ潜っていく。

 こういう時に話し掛けても答えが返ってこない事を知っているC.C.は、黙ってルルーシュが結論を出すのを待った。

 そして1分も経たないうちに考えをまとめたルルーシュが再び話し始める。

 

「やはりアドリブが必要になるか。できるだけ良好な関係を築きたいところではあるが、人質を取る事も考慮に入れて幾つか作戦パターンを組むしかないな」

 

 非情な手段も厭わないと語るルルーシュに、C.C.は楽しそうに唇を曲げる。

 

「おやおや。正義の味方のリーダーともあろうものが、物騒な事だ」

「何せ、世界一の大国に反旗を翻すテロリストだからな」

 

 C.C.の皮肉にニヤリと笑みを浮かべて返すルルーシュ。

 邪悪な顔で悪巧みをする魔王を、魔女は愉快気に見守った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 咲世子からナナリーは眠っていると聞かされ、起こしても悪いと考えたルルーシュは先に夕食を済ませた。

 その後に入浴も済ませると、せめて顔だけでも見ようとナナリーの部屋の扉を開ける。

 

「……お兄様?」

 

 予想に反して中から自身を呼ぶ声が聞こえ、ルルーシュはナナリーが目を覚ましている事を知り部屋に足を踏み入れた。

 

「咲世子さんから聞いたけど、もう熱は下がったそうだね。体調は大丈夫かい、ナナリー」

 

 起きているのならと、自室には戻らずベッドへと近付くルルーシュ。

 妹の顔色を確認して、朝方よりも良くなっている事に安堵の息を吐いた。

 

「はい。もうへっちゃらです。多分、精神的なものだったと思うので……」

「精神的?」

 

 何か学校で憂鬱になる出来事でもあったのかとルルーシュが聞き返すと、ナナリーは言いづらそうに口ごもりながらその内容を告げた。

 

「その……成田連山のお話を聞いて……」

 

 成田という単語にルルーシュの顔がわずかに強張る。

 しかし目が不自由なナナリーはそれに気付かず続ける。

 

「黒の騎士団がブリタニア軍を襲ったと……そうお聞きしました」

「……そうだね。ニュースではそう話していた」

 

 ルルーシュの返答にナナリーの顔が曇る。

 

「それって、その……」

 

 言いづらそうに何度も口ごもりながらナナリーは問う。

 

「……スザクさんとコーネリアお姉様が……争われたという事ですよね?」

 

 ルルーシュにとってもナナリーにとっても知己の名前が出る。

 それに答えるのに、ルルーシュは幾分かの時間を必要とした。

 

「…………ああ。直接かは分からないけど、黒の騎士団とブリタニア軍が戦ったという事は、過程はどうあれそういう事になるね」

 

 迷った末、ルルーシュは客観的な事実だけを肯定する。

 ここでただ誤魔化しても思い悩む妹の不安が取り除けない事は、それが身体の不調に表れている事からも察せられたからだ。

 

「ご無事……でしょうか? スザクさんも、コーネリアお姉様も」

「無事だよ」

 

 ナナリーの不安を拭い去るため、間髪入れずルルーシュは即答した。

 

「総督が怪我をしたなんてニュースもなかったし、黒の騎士団の中でも有名なスザクを討ち取ったのなら、軍が盛大に発表するはずだけどそれもないからね」

「そう、ですか。良かった……」

 

 胸を手を当てて、心底安心してか細く呟くナナリー。

 その瞳からポロっと涙が零れ落ちた。

 

「本当に……良かった……」

 

 良く見れば、胸に重ねたナナリーの手は震えていた。

 ナナリーからすれば、スザクは友達でありコーネリアは家族だ。どちらも大切な存在であるだけに、何かあったらと考えてしまえば気が気でなかったのだろう。

 しかし安心したのも束の間、ナナリーはすぐに表情を陰らせた。

 

「でも、次も無事とは……限りませんよね?」

 

 その問いにあらゆる意味で即答できず、ルルーシュは黙り込んだ。

 ナナリーは兄の答えを待つ事なく疑問と不安を積み重ねていく。

 

「どうして……こんな事になってしまったのでしょう? スザクさんも、コーネリアお姉様も、あんなにお優しいのに……」

「ナナリー……」

「怖いんです。お兄様。――私が見えていない世界で、何もかもが変わっていってるみたいで……」

 

 知己が命を懸けたやり取りをしている事に、自分では手の届かないところで世界が変化する不安に、ナナリーは泣きそうな顔で訴える。

 目の見えないナナリーには、世界の変化を感じ取る事は人よりも何倍も難しい。だからこそ自身にも感じ取れる急激な変化の流れに彼女は恐怖する。

 また8年前のあの日のような悲劇がやってくるんじゃないかと。もしかしたら、自分が気付いていないだけでそれはもう起こっているんじゃないかと。実は自分以外の、大切な誰かが巻き込まれているんじゃないかと。

 そんな暗い想像が頭をよぎる度に、ナナリーは誰にも共感してもらえない不安に震えていた。

 

「事情も知らないのに推察するのは難しい。でもきっと、一言では説明できない色んな思いがあるんだと思うよ。スザクにも。姉上にも」

 

 事情の全てを説明する事がルルーシュにはできた。

 だがそれを話すだけの覚悟はなかった。

 ゆえに妹の世界を守るために、ルルーシュはあえて知らないふりをする。

 それが妹のためになると心から信じて。

 

「でもねナナリー。お前だけは俺が守る。だから、そんな風に怖がる必要はないんだ」

「お兄様……」

 

 答えになっていない事はルルーシュにも分かっていた。

 だが真実を話せない以上、口にできる事は限られている。

 それがたとえ話のすり替えでしかないと分かっていても、ありったけの思いを込めてルルーシュは告げた。

 その甲斐もあってナナリーの表情は少しだけ和らいだが、それでも怯えや不安の色が完全に消える事はなかった。

 

「もう休むといい。熱は下がったとはいえ、無理をすればぶり返してしまうからね」

「はい……」

 

 起こしていた身体を倒し、またベッドに横になるナナリー。

 だが少ししてナナリーは再び兄の名前を呼ぶ。

 

「お兄様」

「なんだい、ナナリー?」

「…………お兄様は、離れて行ったり……しませんよね?」

 

 不安そうに、ナナリーはか細い声で問い掛けてきた。

 その問いに少しだけ驚き、ルルーシュは己の行動を反省する。

 きっと初めから、ナナリーが聞きたいのはそれだったのだろう。

 スザクやコーネリアの事を心配していたのはもちろん嘘ではないのだろうが、ナナリーの不安の根幹には常に兄である己の存在があったのだ。

 変わってしまったように思えるスザクやコーネリアのように、兄も自分の知らないところで変わってしまっているんじゃないか。

 そんな風に考えてしまった事は予想に難くない。

 思えば最近は成田での作戦もあり、ナナリーと接する時間を殆ど取れていなかった。目の見えない彼女からすれば、兄が突然自分から遠ざかっていると感じても仕方のない事だ。それに追い打ちを掛けるように、親友であるスザクと異母姉であるコーネリアが争ったというニュースが流れたのだから、不安で体調を崩すのも当然と言えた。

 自身の愚かさを悔いながらそれを表に出す事なく、ルルーシュはベッドに横たわるナナリーの手を両手で優しく握る。

 

「当然だろ。何があろうと、俺は変わらない。いつまでもお前の傍にいるよ。ナナリー」

 

 精一杯の慈しみを込めて、誓うように告げるルルーシュ。

 ナナリーはそれを聞くと安心したように表情を緩めた。

 

「じゃあ、我儘を言っていいですか? もう少しだけ手を握っていてください。このまま一人で眠ると、またあの夢を見てしまいそうな気がして……」

「ああ。分かった」

 

 頷いて、妹の手を握る力を少しだけ強める。

 ルルーシュはナナリーが眠るまでその手を離さなかった。

 





成田戦後日譚。

最近スランプ気味なので更新は遅くなっておりますが、なんとか一月以内には投稿していきたいと思います。

次回:スザクという男

満を持して、殆ど出番のなかったあの方の登場予定です。
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