コードギアス~あの夏の日の絆~   作:真黒 空

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今回は2万字越えなのでかなり長いです。


25:スザクという男

 

「ジェレミア・ゴットバルト、か」

 

 スザクから一通りの話を聞き、その人物について調べ終わったルルーシュはもう一度その名前を繰り返した。

 

「うん。成田で暴走してたあのサザーランドのパイロットは、自分の事をそう呼んでいたよ。そして君やナナリー、それに君達の母親の名前も叫んでた」

 

 改めて語られる報告にルルーシュは天上を仰ぎ、一度瞳を閉じる。

 静かに深呼吸をして顔を戻すと、視線をソファに寝そべるC.C.へ向けた。

 

「C.C.。確認しておくが、成田でお前がやったあれはその人物のトラウマを見せると解釈していいんだな?」

「間違ってはいない。私が見せるショックイメージはそいつが生きていた中で一番衝撃的だった記憶だ。どんな内容かは知らないがな」

「となると、やはりそのジェレミアが事件に関わっていた可能性は濃厚か」

 

 口元に手を当て、考え込むルルーシュ。

 そこから考えられる最悪の推測が頭をよぎり、スザクは恐る恐る訊ねる。

 

「まさか、その人が君の母親を?」

「それは分からない。だが一通り経歴を洗ってみたところ、この男が軍人になったのはちょうど母さんのあの事件が起きた時期と重なる。きな臭くはあるな」

 

 目を細め、険しい表情でルルーシュは疑念を言葉にする。

 怒りを押し殺しているのが傍から見ていても良く分かる。

 8年前に母親を殺害した犯人が見つかったかもしれないのだから、それも当然だろう。

 

「でも……君達を守れなかった事を後悔してるみたいだったよ。ずっと謝って、許してくださいって泣いてた」

 

 事が事だけに、慎重に自分が見聞きした事をスザクは伝える。

 ルルーシュの視線が一瞬だけスザクを捉え、しかし思考に耽るようにすぐに地面へと落ちる。

 

「……ああ。おそらく関わっていたとしても、直接の犯人ではないだろう。だが例えば、他の后妃に騙されて離宮への侵入を手引きしたという事も考えられる。庶民の出であった母さんは他の后妃から疎まれていた。そこを新米軍人が言葉巧みに利用され、その后妃の手の者がテロリストの仕業に見せかけて母さんを殺したのであれば、あの不自然な顛末の辻褄は合う。国への忠誠心が強い軍人なら、后妃暗殺に関わったというのはトラウマものだろう。しかも告発しようにも、利用されたとはいえ手引きをしたのは事実なのだから処刑は確実だ。保身のためには口を噤む以外に選択肢はない」

 

 いかに庶民の出とはいえ后妃が住む離宮だ。裏で他の皇族が絡んでいたとしても、内通者もなしに警備を突破できたとは考えづらい。

 それに離宮の警護は新米の軍人に命じられる任務としてはオーソドックスなものでもあるので、軍人になったばかりのジェレミアが警備の任に就いていてもおかしくはない。むしろあの一件に関わっているというなら、その可能性が最も高いだろう。

 

「もちろんこれは憶測だ。こいつも被害者という可能性はあるし、母さんと個人的な親交があったからこそのトラウマだったとも考えられる。だがいずれにせよ、ようやく見つけた唯一の手がかりだ。もし戦場で相対する事があれば、できる限り生け捕りにしてくれ。情報を吐かせたい」

 

 剣呑な口調でそう告げるルルーシュ。

 殺意すら感じられる様子にスザクも神妙に頷いた。

 

「……分かった。ごめんね。折角のチャンスだったのに逃がしちゃって」

「いや、あの時は俺が悪かった。身を隠す事とC.C.の手当てが優先だったとはいえ、連絡を疎かにしてしまったからな。お前が俺の捜索を一番に考えた事は何も間違ってはいない」

 

 スザクの謝罪に表情を緩めたルルーシュが首を振る。

 不穏な声を最後に通信が途切れれば誰だって心配に思うだろう。

 実際にC.C.がいなければ捕まっていたのは火を見るよりも明らかであり、スザクが救援に向かった判断は正しいと言えた。

 

「それでもまさか、あんな無茶をしてまで助けに来るとは思っていなかったがな」

「必死だったからね。あの時は君に何かあったらって考えたら気が気じゃなかったよ」

「悪かったよ。次からは気をつけるから、そう睨むな」

 

 非難が込められた視線にルルーシュは肩を竦める。

 ここ数日でスザクの文句は聞き飽きていた。

 

「ひとまず、本題に移るぞ。お前も用件は分かっているな」

「キョウトとの会談、だよね?」

「その通りだ。思惑はどうあれ、キョウトの力は黒の騎士団にとって有益だ。この機会をみすみす逃す手はない」

 

 スザクにとっては古巣といっても過言ではないキョウト六家。

 エリアになる前の日本を支えていた彼らの協力が得られれば、黒の騎士団の活動はこれまでとは比べ物にならないほど向上するだろう。

 

「といっても、話し合う事なんてあるの? 会いに行って協力をお願いするだけだよね?」

 

 スザクの問い掛けにルルーシュは呆れた視線を向ける。

 

「お前はどうしてそんなに呑気に考えられるんだ? キョウトの目的を考えれば、そう簡単に行かない事くらいすぐに分かるだろう?」

「キョウトの目的?」

 

 何一つ理解していないスザクが首をかしげる姿に、ルルーシュは盛大にため息をついた。

 もし軍に入っていなければキョウト六家の中にはスザクがいたかもしれない。そんなもしを考えると、スザクが軍に入った事は正解だったんじゃないかなんてバカな錯覚に陥ってしまう。

 

「いいか。日本解放戦線の母体は旧日本軍であり、ブリタニアに占領される前の日本の政治の中枢にいたキョウトからすれば最後の希望のような存在だったはずだ。それが先の成田の件で実質的に力を失ってしまったのだから、キョウトはもはや日本の抵抗活動は風前の灯火だと考えているだろう。となれば、このタイミングで黒の騎士団に声を掛けてきた意味は自ずと知れるというものだ」

 

 分かるな、むしろ分かれ、と目線で脅してくるルルーシュに、スザクはない頭を絞ってなんとか答える。

 

「えっと、日本解放戦線の後釜って事だよね?」

「ああ。しかしそう簡単にはいかない。何せ総帥であるゼロは素性の知れない怪しい男なんだからな。もしお前がキョウトの立場なら、いくら力をつけてきているとはいえ正体を隠したリーダーが統べる組織に手を貸そうと思うか?」

「……えっとつまり、仮面の下を見ようとしてくるって事?」

「その通りだ」

 

 ルルーシュのガイドに従ってスザクは正答に行きつく。

 話のスタートラインに立てた事で、ようやくルルーシュも本題に入る。

 

「キョウトとの会談は出てくる相手にもよるが、できる限り正体は隠す方向で話は進めるつもりだ。それに合わせて対策も練ってある。お前の知り合いもいるだろうから、一度見て意見をくれ。それによって作戦を組み直す」

「了解。といっても、どんな人か分かるくらいで親しい人って殆どいないんだけどね」

「それでも直接見知っているというのは大きい。お前に具体的な修正案なんて期待してないから、直感的に違和感があるところを指摘してくれればいいさ」

「信用されてるんだか信用されてないんだか分からないんだけど……」

「奇遇だな。俺もその点に関してはなんとも言えない」

「はぁ……」

 

 ため息をつきながら計画書を受け取ったスザクが目を通し始める。

 すると少ししてルルーシュのポケットの中から着信音が鳴り響く。

 

「少し外す」

 

 そう言ってルルーシュは携帯を取り出しながら部屋を出て行った。

 それを見送り再び計画書に目を落とそうとしたスザクだったが、視線を移す際に鮮やかな緑色が見えた事である事を思い出した。

 

「そうだC.C.、機会がなくて言いそびれてんだけど……」

「ん? なんだ改まって?」

 

 話し掛けられるとは思っていなかったC.C.が胡乱気にスザクを見る。

 それに特に不快感を覚える事もなく、スザクは頭を下げた。

 

「ありがとう」

「はあ?」

 

 突然の感謝の言葉にC.C.が気持ち悪いものを見たかのように眉根を寄せる。

 あまりといえばあまりな反応に、さすがのスザクも少しだけ傷付きながら理由を伝えた。

 

「成田でルルーシュを助けてくれたでしょ。そのお礼を言いたくて」

 

 その説明にようやくC.C.も合点がいったのか、どうでも良さげに手に振った。

 

「気にする必要はない。私としても、あいつに死なれては困るから助けただけだ」

「それでも、ありがとう。僕は肝心な時に傍にいる事ができなかったから、君がいてくれて本当に良かったよ」

 

 真っ直ぐにお礼を言うスザクに、C.C.は目を細めた。

 いつもはだらしなく寝そべって適当に口出しするだけのC.C.だったが、何か思うところがあったのか珍しく身体を起こす。

 

「随分と気落ちしてるようだな」

「……分かる?」

「そんな情けない顔をしていればな」

「はは、まいったな……」

 

 あっさりと心中を見抜かれたスザクが渇いた笑みをこぼす。

 全てを見通すような金色の瞳を前に、スザクはルルーシュの前では決して見せなかった悔恨をのぞかせる。

 

「自分の力不足を実感したんだ。君がいなきゃ、今頃どうなってたか分からない。ルルーシュは僕が守らなきゃいけなかったのに……」

「といっても、お前を別の場所に配置したのは当のルルーシュだろう? お前は指示に従っただけで、責任などないと思うが?」

「責任とか、そういう問題じゃないんだ。だって一度取りこぼしてしまえば、もう取り返しがつかないんだから。どんな理由があろうと、ルルーシュの危機に僕は駆け付けられなかった。それが全てだよ。そして僕は、それが許せない」

 

 拳を握りしめ、唇を噛むスザク。

 その姿に自らの采配に満足できず、成田での戦いを敗戦だと言い切って机に拳を振り下ろしたルルーシュの姿を重ねてC.C.はため息をつく。

 

「全くお前もルルーシュも、難儀なものだな」

 

 性格は正反対に見えて変なところで似通った二人にC.C.は呆れて呟く。

 それに何かを言おうとしたスザクが口を開く前にルルーシュが帰ってきた。

 

「待たせたな」

 

 悔恨や弱音をルルーシュに聞かせるつもりはないのか、さっきまでの苦悩に満ちた姿を一瞬でかき消し、スザクはなんて事ない笑顔を彼に向けた。

 

「おかえり。扇さんから?」

「いいや。黒の騎士団とは関係ない。プライベートのものだ」

「ほう。もしかしてこれの話か?」

 

 再びベッドに寝そぼっていたC.C.が懐から取り出したのは、青い紙切れが2枚。

 

「C.C.、なぜお前がそれを持っている?」

「なに、お前が忘れていたようなのでな。代わりに持ってきてやっただけだ」

「忘れたわけじゃない。今日はいつ帰れるか分からないから、断りの電話を入れるつもりだったんだ」

「言い訳はみっともないぞ。一度した契約は守れ」

「ねぇ、なんの話?」

 

 話についていけていないスザクが割って入る。

 それに対しルルーシュが説明しようとしたところで、それよりも早くC.C.が口を開く。

 

「こいつのデートの話だよ」

「へぇ。ルルーシュがデートに……」

「ああ。二人でコンサートに行くらしい」

 

 意外そうに目を丸くしながらも、どこか楽しそうなスザクに意地の悪い笑みで応じるC.C.。

 このままでは厄介な魔女が何を話すか分からないと慌てたルルーシュは、強引に訂正を入れようと口を開く。

 

「おい待て。だから俺は行くとは一言も……」

「おや、もう断ったのか? さっきの電話はその相手からだろう?」

「……それはまだだ。話そうと思ったが一方的に切られた。後でまた掛け直すつもりではいるが……」

「全く、これだから女の扱いも知らない坊やは」

 

 やれやれと呆れたように首を振るC.C.を憎らし気に睨むルルーシュ。

 それを傍目で見ながら、C.C.の話を聞いて何やら考え込んでいたスザクは突然予想もしない事を言い出した。

 

「ねぇルルーシュ。そのデート、行ってきなよ」

 

 話の脈絡をぶった切るスザクの提案に、ルルーシュはバカらしいとばかりに目を細める。

 

「何を言っている、これからキョウトとの会談だぞ。話の内容を考えればいつ終わるかも分からない以上、間に合わない可能性が高い。断るのが礼儀というものだ」

「だからそっちは僕に任せてよ。なんとかするから」

「なに?」

 

 スザクが本気で言っているのが分かったのか、ルルーシュの表情が真剣なものへと変わる。

 しかしその答えは変わらなかった。

 

「バカな事を言うな。キョウトの目的はお前よりもむしろ、ゼロの正体と真意を確かめる事だ。そのゼロがいない会談で話がまとまるわけがないだろう」

「キョウトの人なら大体は一応顔見知りだし、そこのところは僕が上手く言っておくよ。だからさ、君は何も気にせずコンサートを楽しんできて」

「それで上手くいくならわざわざ呼び出されたりしていない。お前だってブリタニアの間者だとキョウトに疑われていてもおかしくないんだぞ」

 

 それにさっきまで自分で親しくないと言っていただろうと、ルルーシュは舌峰を緩めず理屈立ててスザクの提案を否定する。

 

「日本解放戦線の時は誇りや矜持に重きを置く軍人相手だったからお前に説得を任せたが、今回の相手は旧日本政府の重鎮が相手だ。利害関係はもちろん、一言では語れない様々な思惑がキョウトにはあるだろう。しかもキョウトの中の誰が交渉に来るか分からない現状では、アドリブでそれに対応していかなければならない。政略的な側面の調整も必要になるだろうし、そもそも話がまとまったならそのまま今後の支援体制に関して協議する事になる。それら全てを考慮すれば会談にゼロが参加する事は必須であり、お前だけが行ったところで……」

「はいはい。そういうのはいまいいから」

 

 ルルーシュが説明している途中でなおざりにそれをぶった切り、スザクは立ち上がった。

 

「最近は黒の騎士団の活動ばっかりでまともに授業も受けられてなかったでしょ。ルルーシュは高校生なんだから、たまには学生らしい事もしてきなよ」

「だからそういう話ではないと……」

「君が学生らしくしてた方が、ナナリーもきっと安心するしさ」

「ぐっ……」

 

 最愛の妹の名前を出され、ルルーシュが反論に詰まる。

 それに追撃を掛けるようにスザクは話を続けた。

 

「作戦の日とかは仕方ないけど、せめて予定がある日くらいそっちを優先しなよ。キョウトとの話し合いだって、また時間を作ればいいだけでしょ」

「簡単に言うが、キョウトが次も話を持ち掛けてくるとは限らないんだぞ。これが最後の機会という事もありえる」

「そこは僕がどうにかするって」

「だからそんな簡単に……」

「同級生の女よりも腹黒いジジイ共と会うのを優先しようとは、花の男子高校生にしては悲しい青春だな」

「お前は黙っていろC.C.」

 

 なんとか食い下がろうとするも余計な茶々を入れるC.C.に邪魔される始末。

 そうしてなんやかんやで勢いに押し流されたルルーシュは、いつの間にかチケットを片手にコンサートに行く事が決定していた。

 

「いいか、必要以上の事は話すな。今回はダメでも次につなげられればいい。とにかく不信感を抱かれるのだけ避けられれば、後は俺が……」

「分かった分かった。大丈夫だから」

「お前、これがどれだけ重要な事か分かってるのか!? そんなおざなりに……」

「心配しないでって。上手くやるから君は目一杯デートを楽しんできてよ」

「デートじゃない! ただコンサートに行くだけであって、色恋に現を抜かしている余裕など俺には……」

 

 その後も怒鳴り続けるルルーシュをスザクは強引にデートへ送り出した。

 二人のそんな様を呆れた様子で眺めていたC.C.は、スザクに向けて口の端を吊り上げる。

 

「お前相手ではルルーシュも形無しだな」

「きっとこれからもっと大変になるからね。ルルーシュにはいまのうちに、普通の日常を楽しんでほしくてさ」

 

 まるで保護者のような事を口にするスザクに、C.C.は突っ込む。

 

「お前はルルーシュの母親か」

「……そういう君はルルーシュの我儘な姉みたいだよね」

 

 厳しい事を言いながらもお節介をして、だが決してベッドから降りようとはしなかったC.C.に、スザクは複雑そうな表情で苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴィレッタ・ヌゥは苛立っていた。

 彼女は現在、成田連山で黒の騎士団が起こした土砂崩れによって犠牲になった者の身元確認の作業を行っている。

 本来ならこのような仕事は軍でも下っ端の者がやるようなものであり、間違っても高い地位にある誇り高き純血派の人間が行うものではない。

 しかし今回に関しては、純血派の大半がこの作業に従事していた。

 その理由は彼らのトップであるジェレミアのせいだ。

 成田での戦いにおいてジェレミアは獅子奮迅の活躍をした。

 これは身内贔屓の言ではなく、ブリタニア軍の誰に聞いたとしても同じ答えが返ってくるだろう。

 親衛隊ですら破れなかった藤堂の部隊の包囲を突破し、絶体絶命の窮地に陥った総督を単機で救出したのだ。助けられた総督自身がその功を労ったのだから、ジェレミアの功績を否定する人間はどこにもいない。

 しかしただ一人、ジェレミア本人だけはその限りではなかった。

 ジェレミアは総督を救出した後に、命令に従い黒の騎士団の首魁であるゼロを追い詰めた。しかしあと一歩のところで取り逃し、枢木スザクが操るランスロットに機体を破壊されてしまっていた。

 元々機体が損傷していた事もあり、ゼロを捕らえられなかった事を責める者はいなかった。しかしジェレミアはその事を深く悔い、総督に罰を請うたのだ。コーネリア総督本人は最も活躍したといっても過言ではないジェレミアに罰を与える事を望みはしなかったが、ジェレミアの懇願にやむを得ず首を縦に振った。

 しかし功績を上げたジェレミアを大々的に罰しては軍の士気に関わる。そこで本来ならば下っ端がやるような仕事がジェレミア率いる純血派に与えられたというわけだ。

 罰を欲したジェレミアは喜んで陣頭指揮を執ったが、巻き込まれた純血派の面々からすれば余計な事をと思わずにはいられない。ただでさえ成田での戦いは成田連山の裏側から包囲を狭めるという、必要ではあるが要地でもない場所に配置されたため活躍の機会さえ与えられずストレスが溜まっているのだ。なのになぜわざわざ下っ端がやるような仕事を進んでやらなければならないのか。

 本来ならジェレミアの求心力が落ちてもおかしくないような独断専行だったが、しかし今回の戦いにおいて最も活躍し総督から功を労われた事で、ジェレミアはもちろん彼に率いられる純血派も総督の覚えめでたい部隊となった。それは皇室に仕える事を至上とする純血派にとって栄誉な事であり、それを齎したジェレミアの多少の我儘なら付き合おうという空気が生まれた。

 結果、不満は抱きつつも文句を言う事なく純血派は課せられた仕事に従事する。

 

「ああ、フェネットの綴りはこちらでしたか」

 

 担当の親子を案内し、娘の方から学生証を受け取って被害者の名前の綴りを確認する。

 その際に挟まっていた写真が落ちそうになってヴィレッタは空中でそれをキャッチした。

 

(ん? この制服は……)

 

 挟まっていた写真に写っている男子生徒が、自分の調べている学園の生徒である事に気付いてヴィレッタは少しだけ目を細める。

 アッシュフォード学園の制服を着た黒髪の男子学生という容姿は、新宿の時に枢木スザクと話していた者の特徴と同じだ。

 念のため、ヴィレッタは親子が被害者の身元を確認している隙に、その写真を自らの携帯で撮影しておいた。

 

(これで見つかれば苦労はないんだがな……)

 

 テレビ屋に任せた情報収集の参考にするくらいはできるだろうと、無理矢理前向きに考える。

 目の前では家族が犠牲になった事を確信した親子が泣き崩れていた。

 そんな様子も見慣れてしまったヴィレッタは、身元の確認自体は終わっている事を確認して、そっと娘の学生証を親子の傍へ置いて次の被害者家族の元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 案内された屋敷の空気はスザクには懐かしいものだった。

 昔何度も父に連れられて来た事がある。

 父は将来のためとスザクを会合に参加させる事が多かった。そのため口出しする事はできなくとも、こういった密会の場として用意された屋敷に足を運ぶ機会は頻繁にあったのだ。

 キョウトの人が待っているという一室へと案内され、わずかな緊張と共に足を踏み入れる。

 しかしそこには誰もいなかった。

 無人の座椅子とテーブル、そして少量のお酒が置かれているだけで部屋の中には誰もいない。

 誰かが隠れるようなスペースもなければ、もし隠れていたとしてもスザクならば部屋の一室くらいの空間であれば気配で察せられる。

 そこでようやく霧が立ち込める庭園に人影が見える事にスザクは気付いた。

 待っている理由もなく、スザクは庭園に出て人影へと近付く。

 霧の中であっても姿がはっきりと確認できる距離まで近付くと、杖を突いていた老人が振り返ってこちらを見た。

 

「久しぶりだのぉ。スザクよ」

 

 見覚えのある懐かしい顔に名を呼ばれ、スザクは自然体で挨拶を返した。

 

「お久しぶりです、桐原さん。あなたでしたか」

 

 桐原と呼ばれた老人はうむと頷き、しかしすぐにこの場にいるべき人間がいない事に気付いた。

 

「お主だけか? ゼロはどうした?」

「外せない用事があって、今日は来られません」

「なに?」

 

 スザクの言葉に桐原は眉根を寄せ、目つきを鋭くする。

 しかしスザクがそれになんの反応も示さないと、すぐに元の表情へと戻った。

 

「ふむ……まぁよかろう」

 

 杖を突き、改めて桐原はスザクの姿を真正面から見た。

 

「直接会うのは7年振りか。あの時の小僧が大きくなったものよ」

「桐原さんは変わりませんね。お元気そうで何よりです」

 

 皮肉とも取れる言葉に、桐原は値踏みするようにスザクを観察する。

 それは昔のスザクといまのスザクの違いを見極めようとしているようでもあった。

 

「して、スザクよ。ワシらがどうしてお主とゼロを呼んだか、理解しておるか?」

 

 空気が変わる。

 桐原の自身の変化はわずかに眉間に皺を寄せた程度だったが、明らかにその迫力が増していた。

 少しの嘘も許さないと言わんばかりの威圧感は、旧枢木政権の陰の立役者であり現在はキョウト六家をまとめる男に相応しいもので、ただの歳を重ねただけの老人では出せない風格があった。

 

「ええ。黒の騎士団――ひいてはゼロを見極めるため、ですよね?」

 

 しかしスザクは変わらない。

 桐原の変化を前にしても、先程までと同じように声はわずかな緊張すら帯びていなかった。

 

「理解しているなら話は早い。ならばなぜ、お主は一人で来た。お主がゼロの正体を教えてくれるとでも言うのか?」

 

 踏み込んで桐原は問う。

 キョウトにとって何より重要なのは顔を隠したゼロの真意だ。つまりスザクだけがこの場に来てもなんの意味もない。

 桐原の視線はそんな事も分からないのかとスザクに問うていた。

 しかしスザクは何も答えず、表情すら変えない。

 

「お主の事はよく憶えておる。玄武の奴が良くワシらの会合に連れてきていたからのぉ。婚約者だけあって神楽耶とも仲が良く、頻繁に遊んでおったな」

 

 スザクの反応から何も読み取る事ができず、桐原は切り口を変える。

 キョウトを離れていたこの7年の事は知らないが、逆に言えばそれ以前の事は良く知っている。いくら時が流れようともスザクを縛る、最大の鎖の事すらも。

 

「それにお主はあの戦争の立役者でもある」

 

 スザクに反応はなかった。

 その事を桐原は内心意外に思う。

 いくら隠そうとしようが、この話題を出されて動揺を抑える事など、スザクには不可能だろうと読んでいたからだ。

 少しはこの7年で成長したかと、桐原はスザクの動揺を誘いながらその様子をつぶさに観察する。

 

「故に解せん。お主は己が父の血で汚れたその身を清めるために憎きブリタニアへと赴き、他者の血で父の血を洗い流す業の道へと進んだはず。今更になってなぜ道を違える」

 

 それはスザクを揺さぶるのと同時に、本心からの問いでもあった。

 7年前にスザクが父親を殺した後、桐原はスザクを使ってキョウト六家をまとめ掌握しようと考えていた。しかし贖罪にとらわれたスザクは桐原の思惑とは違った方向に進み、その歪んだ自罰意識もあってどう説得しようと止める事は叶わなかった。それがいまになって反ブリタニアの組織に属しているというのだから、桐原からすればまるで意味が分からない。

 

「父の命はお主にとってその程度のものでしかなかったのか?」

 

 明確に過去のトラウマを抉る。

 しかしそれをもってしても、スザクは眉一つ動かさなかった。

 その態度に逆に桐原の方が顔を顰め、睨みつけながら杖をスザクへと向ける。

 

「ワシは見極めねばならん。お主が、そしてゼロが、真に日本の希望足りえる存在か。それとも獅子身中の虫であるかを」

 

 仰々しく、桐原は杖で地面を叩く。

 その姿は軍人でもないのに、日本解放戦線の片瀬と比較してもまるで遜色ないほどの威厳を有していた。

 

「答えよスザク。お主は何を目指し、その刃を誰へと向ける」

 

 沈黙が下りる。

 スザクと桐原の視線が交差し、次の一言で黒の騎士団の今後が決まる可能性すらあるのが、張り詰める空気からは容易に察せられる。

 7年前に遡っても、二人がいまのような対等な状況で対峙した事はなかった。

 スザクの父である玄武は今後のために話を聞かせていただけで、口を挟む権利を息子に与える事はなかったから。それはスザクの年齢を鑑みても当然の事だった。

 だからこそ互いに組織の代表として相対するこの状況は、ほんの少しだけ桐原を高揚させていた。

 キョウトの代表という地位は、スザクにとって生前の父の立場をより強く意識させるもののはず。

 果たしてあの小僧は、どんな風に成長し、どのような言葉を自分にぶつけてくるのか。

 興味半分見極め半分で桐原が睨んでくる長い沈黙の後で、スザクは静かに首を横に振った。

 

「残念ながら僕は、その答えを持っていません」

「なに?」

 

 肯定でも否定でもない答え。

 意表を突かれた桐原が片眉を上げる。

 

「僕は確かに、一度決めた道を踏み外しました」

 

 桐原が何かを言う前にスザクは語り始める。

 

「父さんを殺し、あの戦争を起こしてしまった贖罪として軍に入りました。ブリタニアを中から変える事が、ルールを破ってあんな悲劇を起こしてしまった僕にできる、唯一の償いだと思ったから」

 

 それは桐原も知っていた。

 軍に入るというスザクを思いとどまるよう説得した時に聞かされていたからだ。到底納得できるような理屈ではなかったが、わずか10の子供が父親を殺してしまった事を考えればそんな結論に至るのも致し方ない事だろう。だからこそその道を違える事は、スザクの中では父親殺しの罪の贖罪を放棄する事と同義のはずだった。

 故に信じられない。

 贖罪を放棄し、どうしていまスザクはこうして堂々と立っていられるのか。罪の重さに耐えきれずに狂ってしまったか、甘言に騙され贖罪の方向性を変えられたか、それとも――

 

「僕の背中には父と、あの戦争で犠牲になった数えきれない人達の命が積み上げられている。それを忘れた事はありません。でも――」

 

 真っ直ぐと、曇りない眼で桐原を見据えながらスザクは言い切った。

 

「僕にはその全ての命よりも大切な存在がある。それだけです」

 

 その言葉に、ゆっくりと桐原の目が見開かれる。

 発言の裏を読み取ろうにも、スザクの様子を見ればそこに隠された意図などない事は海千山千のジジイババアとやり合って来た桐原には簡単に察せてしまう。

 目の前の男はただ真実しか言っていない。

 それだけに信じられず、桐原は息を呑む。

 

「それがお主が、道を違えた理由か」

「はい」

「その大切な存在とは、ゼロの事か?」

「はい。彼と、その家族です」

 

 迷いなく答えるスザク。

 その姿には後悔など微塵も感じられない。

 つまりそれは、スザクが父親殺しの罪を完全に乗り越えたという事。

 

「クッ……」

 

 思わず、桐原は声を漏らす。

 

「クハハハハハ! 男子、三日会わざれば刮目して見よと言うが、7年も経てばこうも変わるものか。まるで別人ではないか!」

 

 心底愉快とばかりに笑う桐原。

 しかめっ面ばかりしていたさっきまでとは対照的な姿だったが、スザクは驚かない。

 そのまましばらくの間、桐原の笑い声がこだました。

 

「まさかあの生意気な小僧がこうまで男になっておるとは、思いもよらなんだわ」

 

 ようやく収まった笑いの衝動に、桐原は少しだけ真面目な顔つきになって言う。

 その目が過去を懐かしむようにわずかに細められる。

 

「玄武を殺した時のお主は、まるで幽鬼のようじゃった。抜き身の刀のように鋭く、しかしそれを納める鞘を持たない、危険なだけの鬼の亡霊よ。そこに意志はなく、自らの罪に振り回されるだけの人生。いずれはどこかで破滅するかと思っておったが……」

 

 穏やかに、どこか保護者のような温かみすら感じる瞳で桐原はスザクを見る。

 

「スザクよ。お主、ようやく納めるべき鞘を見つけたか」

 

 桐原の問いにスザクは穏やかに、だが少し困ったように笑う。

 

「どうでしょうか。いまだって僕はブリタニアと戦ってますよ?」

「そんなものは関係ない。要はお主が自らの刃を御しているかどうか、それだけなのだからの」

 

 分かっていて言ってるのか分かりづらいスザクだったが、桐原はまるで気にしない。

 そして興味深そうに顎を撫でながら口の端を上げた。

 

「しかし、となると俄然、ゼロに興味が湧くのぉ」

 

 探るような視線をスザクへと送る桐原。

 

「頑なであったお主をそこまで変えるほどの男。ゼロとは何者なのか」

 

 問うのではなく答えを催促するような言い方を桐原は選んだ。

 しかしスザクは先程とは違って曖昧に笑う。

 

「ふむ。言う気はない、か」

「すみません」

 

 頬を掻きながら頭を下げるスザク。

 それに理解を示しながらも、桐原はキョウトの代表として緩んだ顔を引き締めて告げる。

 

「しかし分かっておろう。ゼロの正体を知らずして、我らは全面的に支援する事は出来ん。それはお主ら黒の騎士団にとってマイナスにしか働かんぞ」

 

 スザクの心情の変化が分かった事、それは桐原にとって幸いな事ではあったが、今回の会談の主眼はあくまでゼロの真意と正体を確認する事にある。そのゼロがおらず、スザクも何も言えないとなればキョウトとしては支援に踏み切る事はできない。

 

「そこをなんとか、お願いできませんか」

 

 スザクが頭を下げるが、桐原はすぐに拒否の答えを返す。

 

「無理を言うでない。あのような怪しい男に協力するには、それなりの理由と信頼が必要になる。ブリタニアの軍人であったお主の存在だけでは到底足りん」

 

 そう言った桐原の目に、先程笑ってからは消えていた剣呑な光が再び宿る。

 

「それにお主が心酔したゼロがブリタニアの間者でないという保証はどこにもあるまい?」

 

 スザクの目的は確かに理解した。そこに偽りはないだろう。

 しかしだからこそ、桐原は全面的にスザクを信じる事はできなかった。

 

「話を聞くに、お主はゼロの剣じゃ。ゼロの心算次第で、その切っ先はブリタニアから我らへと向く」

「……」

「であるならば、お主という剣を持つゼロの意思こそ肝要。それを見定めずして、支援などできぬよ」

 

 おそらくスザク個人がどれだけキョウトの味方をしたいと思っていたとしても、もしゼロがキョウトを潰せと指示したならスザクは迷う事なくそれを行うだろう。

 目の前の男の在り様はそれほどまでに完成されている。

 少ない時間の邂逅で桐原はスザクの精神性を見抜いていた。

 

「ゼロはブリタニアの崩壊を願っています」

「残念だが、ゼロの駒であるお主の言葉は信用に値せん」

 

 ゼロのためであればスザクはなんの迷いもなく嘘をつく。

 そんな人間の言葉が信じられるわけもない。

 

「ゼロにはブリタニアと戦う理由があります」

「どうせその理由も言えぬのであろう?」

 

 決めつけて鼻で笑えば、スザクは予想に反して首を横に振った。

 

「……桐原さんはもう知っています」

「なに?」

 

 訝し気に眉根を寄せる桐原。

 そもそも桐原はゼロと会った事もなければ、通信で話した事すらない。にも関わらずゼロの戦う理由を自分が知っているとはどういう事なのか。

 

「僕がなぜ父さんを殺したか、桐原さんはご存じですよね?」

「戦争を回避するためであろう? 徹底抗戦を唱える玄武がいては、戦争は止められん。だからお主はその手を父の血に染めた。違うか?」

 

 確信を持って桐原は答える。

 実際に聞いた事はなかったが、状況からもそれ以外には考えられなかったからだ。

 

「それも理由の一つではあったと思います」

「ほう。つまり他に理由があるという事か」

 

 含みのあるスザクの言葉に、桐原は改めて思考を巡らす。

 

 あの頃のスザクの父――玄武は現在の己が日本人から呼ばれているように正しく売国奴だった。サクラダイトの分配率を操作しブリタニアを煽り、マスメディアを操って反ブリタニアの世論を作り上げるなど、戦争になれば日本が敗戦する事が分かっていながら積極的に開戦への土台を作り上げていた。その目的は敗戦後の己の身分を確立するためであり、自身の権勢を広げるために日本という国を丸々ブリタニアへ売り渡そうとしていたのだ。

 ならば父親の醜い野心を止めるためにスザクは刃を振るったのか。

 どうにも腑に落ちず桐原は首をひねる。

 確かに子供らしい正義感と言えるだろう。しかしそんな正義感で実の父親を手に掛けられるものだろうか。まだ10やそこらの子供が、説得もなく問答無用で殺害に走るだけの動機とは考えづらい。それならばまだ、先の話のように戦争を止めるためという理由の方がしっくりくる。

 そもそもそういった正義感で動くのは、大志を抱く若者や、覚悟の決まった大人ではないだろうか。幼いスザクよりもむしろ藤堂の方が似つかわしい動機と言える。スザクくらいの子供であれば、そんな信念や正義感ではなく、青臭い友情や恋心に突き動かされて行動したと言われた方がよほどそれらしく――

 

「……友情?」

 

 何かが引っかかって、桐原はさらに思考の海へと潜っていく。

 そういえばあの頃、ガキ大将だったスザクが取り巻きではない、対等な友達を作ったとかなんとか藤堂が言ってはいなかっただろうか。

 いや、そうではない。友達ができた事が重要なのではない。そのようなどうでもいい事を、藤堂が自分に話すわけがない。だからこれは、もっと重要な情報に付随して齎されたもののはずだ。

 そこでようやく、桐原は思い出した。

 あの頃、ブリタニアから送られてきていた人質の存在を。

 戦争前のあの時、藤堂に盗聴器を持たせ間諜として玄武につけていた桐原は、枢木玄武という男が何をしていたか、その全てを知っている。

 世論を動かし、ブリタニアを煽り、その裏でブリタニアの皇族と取引をして保身に走っていた。そしてその取引の中には、人質として日本で預かっていたブリタニアの兄妹の殺害も含まれていた。

 

「まさか……あの幼き兄妹か……!」

 

 信じられないとばかりに呟いた言葉に、スザクが顔を綻ばせたことで桐原は確信する。

 スザクは友を守るために己の父親を刺したのだ。

 幼い兄妹が日本に来た頃は秘密基地が奪われたと敵愾心を抱いていたスザクが、その後なんだかんだあって奇妙な友情を育んだ事を桐原は藤堂から聞かされていた。

 しかし、それだけだ。

 友達になったといえ、所詮は敵国の皇子と皇女。しかも共に過ごした時間など一年かそこらだろう。当初仲が悪かった事も考えれば、四季が一周していたかも怪しい。

 その程度の関係性しかなかった敵国の兄妹のために、わずか10の子供が実の父親を殺したというのか。

 戦争を止めるという大義でもなく、父の醜い野心を正す正義感でもなく、たった一年にも満たない友情のためだけに。

 いや、それだけではなかったのだろう。それらも確かに心の中にはあったのだ。しかしスザクの口ぶりからして、最も重要だったのは、最後の一押しをしたのが、兄妹との友情であった事はもはや疑いようがない。

 

「分かっていただけましたか?」

 

 桐原が真実を受け止めきるのを待って、スザクは問い掛ける。

 未だに全てを納得しきる事は難しかったが、それが事実だという事だけは理解した桐原が動揺が収まらぬまま頷く。

 

「およそ信じがたい動機ではあるが、なるほど。お主らしいといえば確かにらしい。……しかし、なぜいまになってそのような心中を明かし……」

 

 言い掛けて、桐原は気付いた。

 この会話がどんな流れから始まったものであったかを。

 ゼロの意志こそが重要だと述べた自分に対し、スザクはゼロにはブリタニアと戦う理由があると答えた。

 そしてその理由を、桐原自身がもう知っていると伝え、いきなりあのような問答を始めたのだ。

 つまりいまの受け答えそのものが、ゼロの戦う理由。それが示す真相は――

 

「………………カッ……」

 

 それを理解した瞬間、桐原の口からは意識せず笑いが溢れた。

 

「カハハハハハハハハハハハハハ! なるほど! なるほどのぉ! あの幼子が! お主がゼロにつく理由はそれか!」

 

 今日一番の勢いで大笑いする桐原に、スザクは無言で笑む。

 それで全てがつながった。

 スザクの脱走事件からこれまで、不可解に思っていた全部が氷解していく。

 あれほどまでに贖罪にとらわれていたスザクが突然ブリタニアに反旗を翻しテロリストになった事。誰かについてくのではなく常に先頭を進まなければ気が済まないような男だったスザクがゼロの下についていた事、あそこまで頭の切れるゼロがどうしたって不信を招いてしまうにも関わらず頑なに仮面で顔を隠していた事、いくらパイロットとしての素質に優れているとはいえスザクのような元ブリタニア軍人を重宝し右腕として置いていた事、何もかもがゼロの正体というたった一つの鍵で簡単に紐解かれていく。

 

「変わったなどと、儂の目も節穴になったものだ。お主はいまでも、悪童であったあの頃のままよ。自分勝手に他人を振り回し、ただ己の感情に従ってのみ行動する。悪ガキそのままじゃ。この7年はただ、道に迷っておっただけという事か」

「これで信じてもらえますか?」

 

 桐原の笑いが収まるのを見計らってスザクが訊ねる。

 その質問に桐原は昔を懐かしむように目を細めた。

 

「8年前の種がこんな形で花咲かすとはのぉ……」

 

 スザクが嘘をついてる可能性はあった。

 しかし桐原はその考えがもはや空想やいちゃもんの類のようにしか思えなかった。

 なぜならもしゼロがあのブリタニアの皇子ではない、どこかのブリタニアの間者だったとして。このような説得ができるものだろうか。少なくともスザクだけでは絶対にこんな説得は思いつかないだろう。良い意味でも悪い意味でも政治家の息子らしくない真っ直ぐさを持つスザクが、かつての友人をダシにするような狡猾な思考ができるわけがない。

 ならスザクの話を聞いたブリタニアの間者が、この説得方法を考えつきスザクに話したのか。

 それも否だ。

 10の子供が敵国の皇子と皇女のために実の父親を殺したなどという与太話、誰が信じるというのか。キョウトの協力を取り付けたいというならもっとそれらしい説得方法をスザクに吹き込むだろうし、なんなら適当な団員にゼロの仮面を被せて送り出せばいい。こんなバカらしい説得をする必要などどこにもない。

 つまり、全ては真実。

 もはや桐原の中で、スザクとゼロを疑う理由は全て潰えた。

 

「よかろう。我らキョウトは黒の騎士団に全面的に協力を約束しよう。しかし近いうちに必ず、ゼロとの会談は設ける。良いな?」

「ありがとうございます。桐原さん」

 

 ゼロがあのブリタニアの皇子であれば、ブリタニアと戦う理由には得心がいく。

 むしろ日本人よりもあの国を憎む心は強いだろう。

 

「詳しい話は……お主に話しても無駄か」

「すみません。一応緊急の連絡先だけ預かってるので、渡しておきますね」

 

 いままで直接の通信は避けていたため、パイプができたなら渡せとルルーシュから預かっていた連絡先をスザクは桐原に教え、逆に桐原への連絡先も受け取る。

 ホットラインの交換を終え、桐原は何か思案するように自らの顎を撫でた。

 

「しかし最初はゼロの正体を隠しながら協力を取り付けるためにお主だけで来たのかと思ったが、そこまで口にしたという事は本当に何か外せない用があったようじゃな。ブリタニアへの悪巧みでも画策しておるのか?」

 

 悪い笑みを浮かべ問い掛けてくる桐原に、スザクがあっけらかんと答える。

 

「いえ、成田での戦いが終わったばかりでそこまでの余裕はないですよ。ゼロはデートの先約があったみたいなので、そっちに行かせました」

「……は?」

 

 あまりに予想外の答えに、桐原がぽかんと口を半開きにする。

 目を数度まばたかせ、ようやく言われた事を理解し、しかしやはり信じられずスザクの言葉を繰り返す。

 

「デートじゃと?」

「はい」

 

 あっさりとスザクは頷く。

 その場違いな答えに桐原はまた笑う。

 これほど笑った記憶は、戦争前を思い出してもそうあるものではなかった。

 

「カッカッカッカ! まさか我らキョウトとの会談よりもデートを優先するか。ふざけた奴じゃ」

「ゼロはこっちに来ようとしてたんですけどね。僕が無理矢理そっちに行くように説得しました」

「カカ! それはそうじゃ。誰がこの会談よりおなごとのデートを取るものか。お主のその判断がおかしいのよ」

 

 肩を震わせながら豪快に笑う桐原。

 笑い疲れるという感覚を久方ぶりに味わい、桐原は話を締める。

 

「まぁよい。ならばこれで話は終わりじゃ。お主は今日の事をゼロに伝えよ」

「分かりました。では、今日のところはこれで失礼しますね」

「待て待て。話は終わりだが、用はまだ済んでおらん」

 

 立ち去ろうとするスザクを桐原が引き留める。

 そして先程までの気持ちの良い笑いとは違う、あくどい笑みを浮かべた。

 

「実はどうしてもお主らに会いたいと言う者がおってな。今日この場に連れてきておる」

「……それってまさか――」

「おそらくお主の想像通りよ」

「……」

 

 部屋に戻って待っていろという桐原の言に従い、大人しく庭園から戻るスザク。

 そして数分もしないうちにノックもなく襖が開け放たれる。

 姿を現したのは、和服の少女。

 なぜか腰を手を当てて胸を張っている。

 

「久しぶりじゃのう。スザク」

「神楽耶。やっぱり君か」

 

 予想通りの人物の登場にスザクはげんなりしながらその名を口にする。

 その反応が不満だったのか、神楽耶は座るスザクを見下ろしてその声を低くする。

 

「なんじゃ、7年振りに会ったというにその淡白な反応は。しばらく見ぬうちにつまらぬ男に成り下がったものよ」

「そっちこそ久しぶりに会ったのにそれはないんじゃない? 神楽耶の方は相変わらずみたいだね」

 

 7年前と変わらない幼馴染の元気な姿にどこか安心しながらスザクは答える。

 しかし神楽耶はそわそわと落ち着きなく部屋の中を見渡す。

 

「して、ゼロ様はどこじゃ? 来ておられるのだろう?」

 

 目を輝かせながら訊いてくる神楽耶に、嫌な予感を覚えつつもスザクは正直に答えた。

 

「来てないよ。今日は僕だけ」

「なんと! なぜじゃ? お呼びしたはずであろう。ようやく会える事を楽しみにしておったというのに!」

 

 信じられないとばかりに目を見開きながら詰め寄ってくる神楽耶。

 それに驚きながらも、スザクは軽やかな動作で身をかわす。

 

「神楽耶、そんなにゼロに会いたかったの?」

「当たり前であろう。デビュー当初――いや、デビュー前からわらわはゼロ様のファンじゃからな」

「ゼロの、ファン……?」

 

 胸を張って答える神楽耶に、まるで聞いた事のない外来語を耳にしたかのように眉を顰めるスザク。

 そのまるで分かっていない様子に、神楽耶は自称ファンの名に恥じぬ熱量で口を開く。

 

「埼玉で無辜の民衆を危険も顧みず助け出し、単身大国ブリタニアへと挑み、黒の騎士団という一大組織を叩き上げたそのカリスマ、並の男ではないとわらわの直感が告げておる!」

 

 神楽耶は迷いなく大声で断言した。

 確かにスザクとしてもルルーシュは並大抵の男ではないと思うが、神楽耶の熱意が強過ぎてどうにもノリについていけなかった。

 しかしそんな幼馴染には頓着せず、神楽耶は意味ありげな視線をスザクに向けてくる。

 

「我が従兄弟殿も、ゼロ様に出会ってようやく目を覚ましたようだしの。どうじゃ? 久方ぶりに自分を思い出した気分は」

 

 からかい混じりの調子で問われ、スザクは顔をひきつらせた。

 冗談のような問いに込められた、隠しきれない怒りに気付いたからだ。

 それに言葉にできない後ろめたさのようなものを感じながら、スザクは頬を掻いて答える。

 

「別に寝ぼけてたわけでも自分を忘れてたわけでもないんだけど……そうだね。すっきりしたよ。心が晴れ渡ってるみたいだ」

 

 そう答えるスザクを神楽耶は真正面から見つめた。

 数秒、そのまま時が流れる。

 沈黙に耐えきれなくなったスザクが口を開こうとした直前、神楽耶は笑みを浮かべて大きく頷いた。

 

「うむ。一端のおのこの顔じゃな。直に見るまでは半信半疑であったが、それでこそスザクじゃ」

 

 満足したように何度もうんうんと頷く神楽耶。

 理由は分からないが、どうやら許されたようだった。

 

「それでスザク。お主から見て、ゼロ様はどのような方なのじゃ?」

 

 そしてまた無邪気な様子でそう問われる。

 コロコロと変わる雰囲気に懐かしいものを感じながら、スザクはルルーシュの事を思い出す。

 

「どうって言われても答えづらいけど、凄く頭が良いよ。僕が考えもつかない作戦をポンポン思いつくし、その通りに動いていれば大体なんとかなるからね」

「そのような事は言われずとも分かっておる。わらわが聞きたいのは外面的な事ではなくこう、性格とかそういう内面的なものじゃ」

 

 よほど気になるのか、またもや詰め寄られて壁際に追いつめられる。

 このままでは胸倉を掴まれかねないと、慌ててスザクは答えた。

 

「えっと……普段は冷たいっていうか素っ気なく振舞う事が多いけど、誰よりも優しい人だよ。あとは結構おっちょこちょいかな。変に抜けてるところもあって、だから結構心配になるっていうか、とんでもないうっかりとかしでかしそうで不安になるんだけど……」

「ふむふむ。なるほどのぉ。そのような一面があるのか。完璧なだけではなく適度に抜けているとは、やはり素晴らしき殿方よ」

 

 欠点までも美点として褒め称える神楽耶の姿は自分でも言っていた通りファンそのものだった。

 それに若干呆れつつもスザクは気になった事を訊ねた。

 

「でも神楽耶、なんでそんなにゼロの事を聞きたがるの?」

「当然であろう。未来の夫となるべき方なのだから」

「夫!?」

 

 唐突な夫婦宣言にスザクが目を剥く。

 桐原と対峙していた時よりも明らかに心を乱されていた。

 神楽耶は何を当たり前なと言わんばかりに腰に手を当てて答える。

 

「よく考えてみよ。ゼロ様は正体不明の謎のお方じゃ。有名になればなるほど、明確な身分がないという立場は行動が制限され、デメリットとして大きくなってしまうであろう。ならばそれを補う者が必要となるのは自明の理。だからこそゼロ様にはこの皇神楽耶の夫となってもらうのじゃ」

「いや、言ってる事は確かに正論なのかもしれないけど、だからって……」

 

 脳内でルルーシュと神楽耶が枢木神社で結婚式を挙げているところを想像してしまい、スザクはブンブンと首を振ってその光景を振り払う。

 別に何も問題はないはずだが、なんとも言えない複雑な感情が渦巻くのはなぜなのか。

 ルルーシュやナナリーと親戚になる事を考えれば良い事のはずなのだけど、妹のような存在だった神楽耶とルルーシュが結ばれるというのはどうにも腑に落ちないというかもやもやするというか、言いようのない違和感があるし何よりルルーシュは結婚なんて考えていないだろうしナナリーを置いてルルーシュが結婚するとも思えないしいまは一緒に住むC.C.だっているしそりゃC.C.とルルーシュはそういう関係じゃない事は分かってるけどそれでも同じ部屋で住んでる事は事実だし神楽耶にしてもそれは面白くないはずででも神楽耶は昔からそういうところにはおおらかなというか寛容なところがあるから別にそれは気にしないのかもしれないけどだからって倫理的には――

 

「何を頭を抱えておるか、スザク」

 

 スザクが混乱して訳の分からない思考の沼にハマっていると、不思議そうな顔で神楽耶がこちらを見てくる。

 

「いや、なんでもないよ。うん。本当になんでもないんだ」

 

 深呼吸してなんとか平静にスザクは答えた。

 神楽耶はまだ首をかしげていたが、追及してくるような事はなく話を続けた。

 

「まぁよい。とにかくスザクよ、そんなわけで未来の夫婦が顔を合わせるのは早ければ早いほど良い。お主もわらわがゼロ様と一日でも早く会えるよう協力するのじゃ」

 

 一方的にそう告げてくる神楽耶の奔放さに懐かしいものを感じ、しかしその内容にはなんとも頷きがたく、スザクは曖昧に頬を掻いた。

 

「うん。善処するよ……」

 

 満足そうに笑う神楽耶にスザクも自然と笑みを零した。

 こんな風に従兄妹とまた笑い合えたというただそれだけの事が、スザクには言葉にできないほど嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨が降っていた。

 それに気付くまで、どれだけの時間立ち尽くしていただろう。

 右手に持っていたコンサートのチケットは大量の水を吸い込んでもはや使い物にはならないほどしなびている。

 天気予報を見て準備してきた傘は一度も開かれる事なく地面に転がっていた。

 雨の音は雑音を消し去るが、耳に残る嘆きが消える事はない。

 肌も髪も着ている服も水浸しで、すっかり体温は奪われているのに唇だけが与えられた熱を残して熱い。

 その熱が告げているようだった。

 忘れるなと。

 己の罪を。決して。

 雨はまるで禊のように全身を通り抜けるが、その身に染み込んだ血を洗い流す事だけはない。

 不意に、懐のポケットから携帯が鳴る。

 

『あっ、ルルーシュ。いまってまだデート中かな? 掛け直した方がいい?』

「…………大丈夫だ」

『そう? じゃあ用件だけ手短に話すね。キョウトとの話し合いは上手くいったよ。こっちに協力してくれるって』

「そうか。良くやったな」

『ありがとう。で、相手が桐原さんだったから君の計画書にも合った通り、直接名前は出してないんだけどゼロの正体を匂わせて納得してもらったんだ。だから近々、君も桐原さんに会ってもらえるかな?』

「問題ない。都合はつける」

『……ルルーシュ、何かあった?』

「何がだ?」

『なんか変だよ。雨の音もするし、外だよね。どうしたの?』

「何もない。キョウトの件は理解した。後は俺に任せろ」

『いや待って。いまどこにいるの? 僕もすぐにそっちに向かうから一度……』

 

 全てを聞かずに、ルルーシュは通話を切った。

 空を見上げる。

 雨粒が顔の上を跳ねて弾ける。

 曇天の空は陽の光を分厚く遮り、その先はまるで見通せない。

 振り続ける雨がまるで泣いているかのように顔を濡らすが、その瞳からは一筋の涙すら零れはしなかった。

 そんなものを流す資格がない事は、誰よりもルルーシュ自身が理解していた。

 雨が激しさを増す。

 まるでルルーシュが泣く涙を肩代わりしているかのように。

 

「俺は……」

 

 普段のルルーシュからは考えられないようなか細い声が零れた。

 その姿は天に縋っているようにも見える。

 

「俺は……」

 

 もう一度ルルーシュは呟いた。

 しかし今度も、続きの言葉は出て来ない。

 唇の熱が消えるその時まで、ルルーシュは天を見上げその場に立ち尽くした。

 





神楽耶様が作中断トツで書くのが難しいです。
口調から考え方から、恐ろしい子……!

桐原との会談ですが、原作のように富士ではなく、総集編映画に出てきた屋敷で行っています。一番簡単な理由としては、スザクがいるのでキョウトとしての力をわざわざ見せつける必要がなかったからです。

今話は色々な意味で重要な1話となっており、また話の展開から想像はつくと思いますが、これから先しばらくはコメディが一切なくなりシリアスな展開が続きます。

次回:行動の結果

出典
小説0巻
『玄武の開戦のための工作』
『藤堂を間諜として玄武につけていた桐原』
『玄武とブリタニア皇族との取引』
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