コードギアス~あの夏の日の絆~   作:真黒 空

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前話で神楽耶様の口調について多くの意見をいただきました。
彼女の口調に関してはSound Episodeや復活のルルーシュのイラストドラマを参考に、公ではない少女としての皇神楽耶の話し方をイメージしています。ですのでアニメのみを視聴されている方は違和感を覚えられるかもしれませんが、公式の場と身内相手で話し方を使い分けていると考えていただければと思います。
そんなわけで本編です。鬱回です。お気をつけください。


26:行動の結果

 

『ゼロって正義の味方なんだよね?』

『どうしてお父さんを殺したのかな?』

『私、やり方間違えちゃった……』

『キスだけしてもらっても、嬉しくないのにね』

『嫌! 嫌あぁぁぁぁ!』

『ルル、助けて……』

 

 離れない。

 彼女の声が。彼女の言葉が。彼女の顔が。

 感情が廃された問い。悲しみに満ちた涙。罪悪感を抱えた謝罪。後悔に歪んだ表情。悲痛な慟哭。縋るように求められた救済。

 本来なら彼女が抱く必要などなかった感情の渦。

 その嘆きを生んだのは誰だ?

 罪のない彼女の父親を殺したのは、なんの変哲もない穏やかな幸福を奪ったのは――――誰だ?

 分かっている。知っている。

 全てを承知で、この道を選んだ。

 その覚悟を持って、引き金を引いた。

 なのに、俺は――

 

「いつまでそうしているつもりだ」

 

 片膝を抱えソファで考え込んでるルルーシュの背中から、ピザのポイントをためてようやく手に入れたチーズ君のぬいぐるみを抱いたC.C.の声が飛んでくる。

 びしょ濡れでデートから帰ってきた日、ルルーシュは一言も言葉を発しなかった。

 そして今日も、友人の父親の葬儀から帰宅し、それ以降一言も喋ろうとはしない。

 ルルーシュを心配して、わざわざ人目を忍んでアッシュフォード学園クラブハウスにあるこの部屋まで駆け付けたスザクがいるにも関わらず。

 

「キョウトとの協力も取り付けたんだ。やるべき事などいくらでもあるだろう? なのに辛気臭い面をして部屋に引きこもって、お前は何がしたいんだ?」

「……黙れ」

 

 押し殺したルルーシュの言葉が室内に響く。

 落ち込んでいる人間にぶつけるにはあまりに辛辣な言葉に、スザクも責めるような視線を彼女に向けたが、C.C.はまるで頓着しない。

 

「今更何を後悔したふりなどしている。これまでもお前は直接的にせよ間接的にせよ、多くの人間を死に追いやってきた。それが友人の父親になったからといって、何が変わる? まさか身内だけは巻き込まれないなどと考えていたわけではあるまい? ならこれはお前の想定通りの事態のはずだ」 

「C.C.、やめて」

「何を迷う? 何を躊躇う? 状況は全てお前にとって都合の良いように動いている。顔も合わせた事のない中年の男が一人死んだところで問題など発生のしようもない。なのに一体なんだ? その様は」

「…………黙れ……!」

「お前は言ったな。何もしない人生なんて、ただ生きてるだけの命なんて、緩やかな死と同じだと。言えるか? もう一度同じ台詞を。いまこの場で」

「C.C.!」

「言えないのなら、所詮お前の覚悟など口先だけのものだったという事だ。お似合いだよルルーシュ。そうやって何もできず膝を抱えているお前は真実、無力な屍そのものだ」

「黙れ!」

 

 あからさまに自身を嘲る言葉にとうとう耐えきれず、ルルーシュは怒鳴り声と共に立ち上がってC.C.を睨みつける。

 その様子にC.C.も嘲笑を引っ込めるが、物怖じした気配はなく、無言で怒りの込められたルルーシュの視線を受け止める。

 そんな硬直状態が、たっぷり10秒は続いた。

 

「反論があるなら聞いてやる」

 

 激情に駆られたルルーシュにまるで臆さない平坦な声音でC.C.は告げる。

 それに動揺したのはルルーシュの方だった。

 表情が歪み、何かを言おうとして――しかしそれは言葉になる事はなく、身体を震わせて結局ソファに再び座り込んで片手で顔を覆った。

 いままで何度も口喧嘩をしてきた二人だったが、ルルーシュが反論すらできずに黙り込んだのは初めての事だった。

 その様子を見てスザクも声を掛ける。

 

「ルルーシュ、大丈夫?」

 

 反応はなかった。

 一瞥すらしようとせず、ルルーシュは沈黙を保つ。

 

「もし……」

 

 取り繕うのが得意なルルーシュが、ここまで感情を隠せずにいる事は珍しい。

 だからこそスザクは、悩みながらもそれを口にした。

 

「もし君がゼロを辞めるっていうなら、僕は止めないよ」

 

 勢い良く顔を上げたルルーシュがスザクを見る。

 その瞳は驚愕に見開かれており、動揺がありありと窺える。果たしてそれは思いもしなかった事を言われたからの動揺なのか、密かに考えていた内心を言い当てられたからの動揺なのか、感情の機微を読む事に長けていないスザクには分からなかった。

 

「なにを……」

「僕にとって大事なのは君とナナリーの安全だ。君が望むなら、このままゼロの仮面を捨ててEUにでも逃げよう。元々ブリタニアと戦う前はそのつもりだったんだし、三人で暮らせるくらいのお金なら僕が稼ぐよ。だから僕と君とナナリー、ブリタニアから隠れて静かに生きるのもいいんじゃないかな?」

 

 言葉選びに気をつけながら、スザクはなんでもない事のように穏やかにそう提案する。

 実際問題、スザクとしてはどちらでも良かった。ルルーシュがブリタニアへの反逆を決めているから自分もその道を歩いているが、スザク個人としてはブリタニアを破壊しようとか、日本を解放しようなんて積極的に考えているわけではない。むしろ戦うのをやめてくれた方がルルーシュにとって良いのかもしれないとすら考えていた。

 だがそれを決めるのは自分ではない事もスザクは理解していた。

 

「ルルーシュ。引き返すなら、いまだよ」

 

 その言葉に、ルルーシュの瞳が分かりやすく揺れる。

 彼も分かっているのだろう。

 ゼロの仮面を捨てさえすれば、誰にも正体を知られていないのだからブリタニアへの反逆をやめる事は簡単である事を。桐原にはゼロの正体を示唆してしまっているとはいえ、明言したわけでも証拠があるわけでもなく、友好的な関係を築けているいまなら多少困難ではあっても暗殺する事だって不可能ではない。

 ルルーシュの意思一つで、争いなどない穏やかな日々に戻る事はできる。もちろんそれはブリタニアから逃げ続ける逃亡生活の始まりでもあるが、それでもいまのように無用な犠牲を強いる闘争の世界からは離れられる。

 しかしそれは同時に、己の覚悟に背き、望みも願いも全てを諦めるという事だ。

 母親が死んでから、ナナリーが光と自由に歩ける足を失ってから、祖国に捨てられてから、ずっと望んできた復讐と本当の平穏への道を捨てなければ、その道を選ぶ事は許されない。

 それはルルーシュにとって死ぬのと同じくらいつらい選択である事を、スザクは知っていた。

 

「今更引き返す道など、俺には……」

 

 震える声で自らの退路を潰そうとするルルーシュ。

 しかしスザクははっきりとそれを否定した。

 

「あるよ。いまならまだ、引き返せる」

 

 同じ言葉を繰り返すスザクに、ルルーシュは唇を噛み締めた。

 両手を合わせて強く握り締め、差し出された二択を前に苦悩する。

 その葛藤はしばらく続いた。

 そして俯いていた顔を上げたルルーシュは、力ない瞳でスザクを見つめる。

 

「……お前は俺に、ゼロをやめてほしいのか?」

「ハッ!」

 

 その問いに反応したのは、スザクではなくC.C.だった。

 間髪入れずに鼻で笑い、失望したと言わんばかりの視線をルルーシュへと向ける。

 

「らしくもないな、ルルーシュ。そいつがやめてほしいと言えば、お前は素直にゼロをやめるのか?」

「っ……!」

 

 C.C.の問いにルルーシュは悔いるようにまた顔を俯かせた。

 しかしC.C.は容赦なくルルーシュがさらけ出した迷いを嘲る。

 

「お前の思いは、意志は、人に言われてコロコロ変わるような脆弱なものだったのか? だとすればあの娘の父親も浮かばれないな。ゲーム感覚のガキのお遊びに巻き込まれて命を落としたのだから」

 

 自身に向けられた罵声をルルーシュは黙って受け止める。

 普段ならこんな侮辱を許すルルーシュではないが、C.C.の言葉は的確に彼の心の弱い部分を抉っていた。

 

「ルルーシュ。僕は正直どっちでもいい。このままブリタニアと戦うのでも、君とナナリーと一緒に逃げるのでも構わない」

 

 ルルーシュが自己嫌悪の沼に沈んでしまう前に、スザクは先程の問いに答えた。

 このままC.C.に喋らせ続けてしまえば、彼の心が壊れてしまうかもしれないと危惧して。

 

「でももし、君に少しでも躊躇いがあるのなら、戦うのはやめた方がいいと思う」

 

 ルルーシュが顔を上げずに視線だけでこちらを見る。

 その弱り切った心にこんな事を言うのは酷だと理解しながら、それでもこれだけは言わなければならないと覚悟を決めてスザクは告げる。

 

「ここから先の道はきっと、迷いながら進めるものじゃないから」

 

 ハッとルルーシュは息を呑む。

 それはスザクだから言える言葉だった。

 自らが犯した罪に囚われながら、贖罪を求めてずっと迷い続け歩んだ7年が、生半可な思いではその先には進めないとその覚悟を問う。

 

「っ……!」

 

 ルルーシュはそれに答えられず全身を震わせると、乱暴な足取りでシャワー室へと引っ込んでいった。

 何も言い返せず相手から逃げるルルーシュを、スザクはこの時初めて見た。

 

「なんだかんだ言っても、まだ尻の青い坊やだな」

 

 冷めた目でシャワー室の扉を見ながら、C.C.はルルーシュそう評す。

 そのあまりに辛辣な評価にスザクは控えめに物申した。

 

「誰だって親しい人の身内が自分のせいで亡くなったらショックを受けるよ」

 

 わずかに批難するようなスザクの言葉にC.C.が振り返る。

 ルルーシュにだけ向けられていた金色の瞳が、今日初めてスザクにも向けられる。

 

「お前は変わらないな。まぁそれも当然か。お前からすればルルーシュの友達の父親なんて、遠すぎて赤の他人と変わらないだろうしな」

「そうでもないよ。とても痛ましいと思うし、ルルーシュの友達の身内ってだけで、僕にとっては守る相手としては充分過ぎるくらいだしね」

 

 きっと軍にいた頃だったならもっと傷付いて動揺していたのだろうと、スザクは自分を振り返りながら改めて思った。

 

「でも僕は、そういうもの全部を背負って戦うって決めたんだ。ルルーシュとナナリーを守ると誓った、あの時に」

 

 父親殺しも、戦争で亡くなった数えきれない命も、全てを背負ってここにいる。

 なら今更、背負う命が一つ二つ増えたところで自分が迷うわけにはいかない。

 たとえどれだけの不幸をこの手で作ってしまうとしても、どれほどの命を奪ってしまうとしても、動揺したり立ち止まる事は許されない。その一瞬の迷いが、ルルーシュやナナリーを殺してしまうのかもしれないのだから。

 

「できるなら、こんなもの背負わずに済む方がいいに決まってるんだけどね」

 

 全てを投げ出して、ただ与えられる平和を享受できるならそれが一番良い。

 できるならスザクも、そういった幸せをルルーシュやナナリーには感じてもらいたい。

 それが叶わない願いだという事は、分かっているのだけれど。

 

「だがあいつは、それを覚悟して立ち上がる事を決めたはずだ」

「うん。きっとルルーシュは、どれだけ苦しんだとしても全部を背負って進んじゃうんだろうね」

 

 諦めたように、悲し気にスザクは答えた。

 C.C.もそれを否定しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 曇天の空の下を、シャーリーは歩いていた。

 目的もなく、たった一人で、租界の道をさまよい歩く。

 心を占めるのは父の事、ルルーシュの事、自分が――してしまった事。

 昨日、ルルーシュを置き去りにして家に帰った後は一日中泣き続けた。

 泣いて泣いて、枯れるくらい涙を流しきった。

 でも葬儀が終わって諸々の手続きを済ませた後、また涙が溢れてきた。

 お父さんは死んだのだと。もう二度と名前を呼んでくれる事はないんだと。そう実感して、お父さんとの思い出が走馬灯みたいにいっぱい思い浮かんでは消えていった。

 そのうち泣き疲れて眠ってしまって、目が覚めたら数時間経っていた。

 このまま塞ぎ込んでいてはどうにかなってしまいそうで、シャーリーは家を出た。

 身体を動かして何も考えないようにしたいとも思ったが、水泳部に行けば気を遣われてしまうのが目に見えていたので行かなかった。

 会長や生徒会のみんななら普通に話してくれて気が紛れるかもしれないとも考え、でももしかしたらルルーシュがいるかもしれないと考えると、自然と足は遠のいた。

 どうして、あんな事をしてしまったのか。

 あの時はただ悲しくて、苦しくて、どうしようもなくて、とにかく誰かに支えてほしかった。助けてほしかった。

 でもだからといって、あんなの、あんなやり方、望んでなんかいなかったのに。

 ルルの優しさにつけこんで、キスしてもらって、私は少しでも楽になったんだろうか。

 

 何も、分からなかった。

 

 色んな感情がごちゃごちゃになって、自分が何を思ってるのかも良く分からない。

 お父さんの死が悲しいはずなのに、どうして私はルルや自分のした事について考えてしまってるんだろう。

 私は本当は、お父さんの事が大事じゃなかったんだろうか。

 私は自分が思ってたよりもずっと、薄情で、自分勝手で、嫌な人間なんじゃないだろうか。

 

 いまにも雨が降りそうな曇り空を見上げて、お父さんはあの雲の向こうで私をどんな風に思っているのだろうと、そんな事を考える。

 そんな事に意味なんてないのに。

 そんな事、分かっているのに。

 また泣き出しそうになって、シャーリーは慌てて首を振って涙を押しとどめる。

 こんな往来の真っただ中で泣き出すわけにはいかない。

 必死に溢れ出そうになる涙をシャーリーが堪えていると、その背中に声が掛かった。

 

「シャーリー・フェネットさん」

 

 自分の名前を呼ぶ声に反射的にシャーリーは振り返った。

 振り返って――しまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普段なら学校に行っている昼時、カレンは黒の騎士団のアジトにいた。

 最近は黒の騎士団の用事がある時以外は真面目に学校に通っていたが、今日ばかりは行く気にはなれなかった。

 というより、どんな顔をして登校すればいいのか分からない。

 友達の父親を殺す原因を作った身で、何食わぬ顔でその友達と過ごせるほどカレンの面の皮は厚くなかった。

 

「……」

 

 手持無沙汰でナイトメアのマニュアルを開いてはいたが、中身はまるで頭に入ってこない。

 乱暴に頭を掻くと、カレンはマニュアルをテーブルに放り投げてソファに寝転んだ。

 正しい事を、しているつもりだった。

 実際問題、世間からも黒の騎士団は正義の味方と称えられており、その活動もその名に恥じるようなものではなかった。

 カレンも最初は懐疑的ではあったが、リフレインの撲滅や助けた人達からの感謝の声などもあって自身の活動に誇りを持ち始めていた。

 そんな矢先だった。

 黒の騎士団は級友の父親の命を奪ってしまった。

 それを知ったカレンは、冷や水を浴びせられたように思い出した。

 結局、自分達がしているのはテロでしかないのだと。

 いくら正義の味方と持て囃されても、黒の騎士団はテロリストであり、やっている事はテロ行為だ。

 人を殺し、殺され、それに巻き込まれて無関係な人がさらに死んでいく。

 そんな不毛な殺し合いの世界にいる。

 分かっていたはずだ。

 ゼロはそんな自分達の行いを糾弾していたのだから。

 なんのビジョンもなくブリタニアに嫌がらせのようなテロをしていた自分達に、やり方を間違えるな、民間人を巻き込むなと告げたゼロ。

 しかしそれを言っていたゼロも、結局は同じ事をしていた。

 ゼロの作戦に従った結果、シャーリーの父親は死んだのだから。

 だったらゼロも同じ穴の狢だったという事だろうか。

 口では大層な事を言っていてもやっている事は私達と変わらない、ただのテロリストだったと、そう言う事なのだろうか。

 

「わたし……もう分かんないよ、お兄ちゃん……」

 

 昨日まで信頼し、憧れていたはずのゼロすら信じられなくなって、カレンは亡き兄に弱音を零す。

 腕で目元を覆いカレンが沈みこんでいると、扉の開く音と共に誰かが入ってくる。

 殆ど幹部しか入ってこない部屋なので、顔見知りだろうとカレンは起き上がって誰が入ってきたのかを確認する。

 

「やあ、カレン」

「スザク……」

 

 いつも通りの人の良い笑みを浮かべて手を上げてくるスザク。

 カレンが横になっていたのを気にしたのか、同じソファではなく少し離れた椅子に腰掛ける。

 普段ならいくらか雑談をするところだが、カレンは談笑などできる気分でもなかったので話し掛けず、スザクもそんな気配を察して積極的に話を振ってはこなかった。

 スザクの気遣いに感謝しながら再び横になろうとしたカレンだったが、このまま寝転んでもまたさっきと同じように出口の見えない迷路に迷い込んでしまうだろう事が目に見えて、盛大なため息をつくと体勢を変えて座り直した。

 けれど再びマニュアルを読む気にも、何かをする気にもなれない。

 どうしようか迷い、 散々悩んだ末にカレンはスザクに話し掛けた。

 

「スザク、聞いてもいい?」

「ん? なんだい?」

 

 新規団員のリストに目を通していたスザクが顔を上げてカレンと視線を合わせる。

 そこに自分のような迷いや悩みは見られず、カレンは二の句を躊躇う。

 スザクは急かす事なく、不自然に黙り込むカレンの言葉を待ってくれた。

 

「私達……このままでいいのかな?」

 

 ようやくカレンが口にできたのは、そんな漠然とした問いだった。

 案の定伝わらなかったのか、スザクは首をかしげる。

 

「どういう意味だい?」

「……ゼロは言ったわよね。黒の騎士団の目的は、弱者を守る事だって」

 

 黒の騎士団の設立理由。

 それは他のテロリストとは違い、力ない弱者を守る事。

 カレンはその前提を確認した上で続ける。

 

「でも私達って、本当に弱い人を守れてるの? 確かに救える人もいるとは思うけど、でも、私達が戦う事で傷付く人もいる。ならそれって結局、別のところで犠牲者を出してるだけなんじゃないかって、そう思って……」

 

 歯切り悪く、カレンはそう訴えた。

 黒の騎士団の活動で救われている人がいるのはカレンにも分かっている。母を苦しめていたリフレインだって撲滅し、それで被害に遭う人がいなくなったのだから間違いない。黒の騎士団はそれ以外にも多くの活動をしてきて、そのたびに多くの人を救ってきている。だからこそ日本人にとって黒の騎士団は英雄で、正義の味方なのだ。

 だがそれは、日本人から見た黒の騎士団に過ぎない。

 この地に住んでいるのは日本人だけではない。ブリタニア人もだ。ブリタニア人は日本を占領した側であるし、軍と戦う事にカレンも否やはない。しかし一般市民は違う。この地に住むブリタニア人の多くは軍や政府とは無関係の一般市民だ。占領した日本の土地を我が物顔で歩いているとはいえ、彼らにまで復讐心を向けるのは間違っているとカレンは思う。そしてその考えは、全ての弱者の味方であり、河口湖でブリタニア人の人質を解放した黒の騎士団の思想と同じもののはずである。

 弱者を助ける。理不尽な力を振るう強者と戦う。

 その信念の元に設立されたのが黒の騎士団という組織なのだから。

 だからこそカレンは疑問を抱かずにはいられない。

 シャーリーの父親という弱者を殺した黒の騎士団は、本当に正しいのだろうか。

 いまの黒の騎士団は、本当に弱者の味方と言えるのだろうか。

 もしかしたら自分達は、知らないうちに間違った道に進もうとしているのではないか。

 

「カレンの言う事は正しいと思うよ」

 

 カレンの言わんとするところを察し、スザクはその発言の正当性を認める。

 しかしその上で告げた。

 

「でも僕達は万能じゃない。守れる数には限りがあるし、全てを救うには力が足りない」

「だけど私達が戦う事で生まれる犠牲もある。なら、私達がしてる事ってなに? 結局被害を増やしてるだけなんじゃないの?」

 

 自分の言っている事が理想論だという事はカレンにも分かっていた。

 全部を守る事も、全部を助ける事もできるわけがない。もしそれが可能だったなら、こんな事にはなっていない。

 だがそれが不可能だと諦めてしまったら、仕方ないと妥協してしまったら、結局自分達はなんのために戦っているのか。

 そんな風に犠牲を容認して戦う事は、許される事なのか。

 

「ごめん。でも考えちゃうの。私はこれが正しいと思って戦ってきた。だから人も殺した。だけど……だけどそれは本当に正しかったの? 私達のやり方で、本当に世界は変えられるの?」

 

 ブリタニアは間違ってる。その意見を変えるつもりはない。

 一方的に攻め込んで日本を占領し、いまなお日本人を虐げるブリタニアが正しいなんて事あるはずがない。

 だが、それと戦う自分達が正しいとは限らない。

 無関係の人を巻き込んで、命を奪う自分達も、ブリタニアと同じくらい間違っているのではないだろうか。

 もしそうなら、間違ったまま戦い続けて、それで本当に望む結果は得られるのだろうか。

 最終的に私達が立つ場所には、数えきれないほどの罪のない人の屍が転がっているかもしれない。

 そんな光景を想像すると、カレンは恐怖で何も考えられなくなる。

 

「カレンは……僕と似てるね」

「えっ……?」

 

 カレンの悲痛な訴えを聞いて、スザクは穏やかに笑った。

 

「正確に言えば昔の僕に、かな。正しいやり方で世界を変えようと、必死に戦ってる。迷いながらも、苦しみながらも、懸命に」

 

 どこか懐かしむように目を細めるスザク。

 しかしすぐに揺るがぬ声で自身の思いを語った。

 

「前にも言ったと思うけど、僕は黒の騎士団のやり方が正しいとは思ってないよ。誰かを傷付け、殺める選択が正しいなんて、僕は絶対に思わない」

 

 強い口調でスザクは断言する。

 確かに出会った時からスザクは言っていた。間違っていてもこの道を選んだのだと。

 しかし真っ向から己の正義を否定されたカレンは、到底納得できないと叫ぶ。

 

「なら私達はどうすればいいの? 正しくないって言うなら、何を寄る辺に戦えばいいの? みんながみんな、あなたみたいに戦えるわけじゃないのよ!」

 

 本当は否定してほしかった。

 正しいのは自分達で、間違っているのはブリタニアだと、そう言ってほしかった。

 そう言ってもらえれば、戦えたはずだから。

 無理やりにでも自分を納得させて、ナイトメアに乗る事ができたから。

 

「それは僕には答えられないよ。君の戦う理由は、君が見つけるべきものだ」

 

 しかし無情にもスザクはカレンの望んだ答えを返してはくれなかった。

 

「ただ君が正しい道を選びたいって言うなら、取るべき行動は一つだ」

「……そんな道、あるの?」

 

 縋るようにカレンは問う。

 しかしスザクが示す道は、カレンが予想もしない最悪のものだった。

 

「紅月カレンじゃない。カレン・シュタットフェルトとして生きるんだ」

「っ!」

「黒の騎士団を辞めて、学校をきちんと卒業して、大学に入って、官僚になるんだ。そしていつか、正しい方法でブリタニアを変えればいい」

 

 淡々とスザクはカレンが進むべき道を語る。

 しかし自身の生き方を否定するその提言に、カレンは激高して立ち上がった。

 

「ふざけないで! そんな事できるわけないでしょ!」

 

 我を忘れるほどの怒りで顔を真っ赤にして、スザクが語る未来をカレンは否定する。

 しかしカレンとは対照的に顔色一つ変えずにスザクは問い返した。

 

「どうして?」

「私は日本人よ! シュタットフェルトなんかじゃない。私の名前は紅月カレンだ!」

 

 それだけは誰にも否定させないとばかりにカレンは胸に叩きながら叫ぶ。

 自分をその名前以外で呼ぶ事は許さない。それは自身に対する最大の侮辱だと、カレンはスザクを睨みつける。

 スザクは何も言い返さなかった。

 ただ黙ってカレンの瞳を見返す。

 その視線が静かに、カレンの覚悟を問うていた。

 カレン・シュタットフェルトではなく、紅月カレンとして生きる事の覚悟を。

 

「っ……」

「ふぅ。やっと終わったぜ」

「組織が大きくなると管理も色々大変だな」

 

 カレンが何かを言おうとしたタイミングで、扉が開いて泉や扇達が入ってくる。

 そしてすぐにただならぬ雰囲気を醸し出す二人に気付いた。

 

「お、おい、何かあったのか?」

「なんでもない!」

 

 泉の問い掛けにカレンは荷物を持って部屋を飛び出した。

 後ろから呼び止める声が聞こえてきたが、振り向かずに走り続けた。

 目的地も分からない逃避は、まるでいまの自分の在り方を示しているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 母が死んだ。

 妹は立つ事もできなくなり、目も見えなくなった。

 父には存在を否定され捨てられた。

 仲の良かった兄弟は誰一人として助けてくれなかった。

 険悪だった外国に人質として放り出され、見知らぬ地で用意された住居は埃っぽい土蔵。

 しかしそんな中でも友達ができた。

 母が死んでから笑わなくなった妹にも笑顔が戻った。

 妹と友達と過ごす穏やかな日々。

 しかしそれも一年と続かなかった。

 呼び戻される事もなく為された祖国からの宣戦布告。

 戦争になれば人質である敵国の皇族がどうなるかなど火を見るよりも明らかだ。

 自分達兄妹は、祖国から、父親から、死ねと言われたのだ。

 許せなかった。

 自分達を捨てた父親が。

 やっと手に入れた平穏すら理不尽に奪っていくブリタニアの在り方が。

 だから誓った。

 自らが強者だと傲慢にも言い放ち、強ければ何をしてもいいなどと驕るブリタニアを、必ずぶっ壊してやると。

 そのために刃を抜いた。人を殺した。スザクを巻き込んだ。

 なのにどうして、今更迷う。

 迷う必要などないはずだ。

 あの時の怒りも憎しみも無力感も何もかも、風化する事などなくこの胸の中にある。

 今更知り合いの身内が死んだくらいなんだというのか。

 元よりなんの犠牲もなく進めるなどとは思っていない。

 C.C.の言っていた通りだ。これまでにも自分は敵味方関わらず多くの人間を殺してきた。命令一つ、銃弾一発で、数多の命を奪ってきた。

 シャーリーの父親の死もそれと変わらない。

 たとえ彼女が嘆き、苦しもうが、それは予想された被害の一つでしかない。

 こんな事で一々足を止めている暇はない。

 ブリタニアを破壊するためには、やむを得ない犠牲なのだ。

 

 ――そう割り切れたら、どれだけ楽だっただろうか。

 

 ずっと考えていた。

 彼女の父親を救う方法はなかったのかと。

 日本解放戦線と共闘できたのなら他にやり方があったんじゃないか。

 事前に戦場は分かっていたのだから避難誘導をする事も可能だったかもしれない。

 そもそも本当に成田の戦いに介入する必要はあったのか。

 無意味な思考だという事は分かっていた。今更起こった事を変えられるわけでもない、愚かな考えだという事は。

 しかしそんな無意義な思考の果てに出した結論は、無情なものだった。

 自分は指揮官として最善の選択をした。それが幾度の試行錯誤の末に導き出した答えだった。

 黒の騎士団の今後を考えても、あの状況下での作戦においても、自分の行動に間違いはなかった。

 もし山崩し以外の作戦を選んでいれば、黒の騎士団の被害は甚大なものになっていた可能性が高く、また作戦自体の成功率も大幅に下がっていた。それは武力介入を再考せざる得ないほど致命的なものであり、しかしあの状況下での傍観は選択肢としてあり得ない。

 つまりシャーリーの父親は、死ぬべくして死んだのだ。

 もし彼が死なない状況があったというなら、それは黒の騎士団が存在しない世界でしかありえない。

 黒の騎士団がテロリストとして存在する限り、シャーリーの父親が死ぬ運命は変えられない。

 そしてこれからも、彼のような犠牲者は生まれ続ける。

 それを止めたいのならば、ゼロの仮面を捨てる以外に方法はない。

 

 スザクは言った。

 引き返すならいまだと。

 いまならまだ、引き返せると。

 だが引き返してどうなるというのか?

 ブリタニアはこれまでと変わらず弱者を虐げ、自分達はそれから逃げる生活を強いられる。

 世界は何も変わらない。己の手が血で汚れないだけで、どこかで別の誰かが血を流すだけだ。

 それにいまやめてしまえば、それこそシャーリーの父親のように犠牲になった命が無駄になる。

 これまで己の戦いに巻き込んで流された血を無駄にしないためには、犠牲にしてきた命に報いたいのなら、もう進み続けるしかない。

 そうだ。引き返す道があるからなんだというのだ。

 この道を進むと決めた時から、退路など捨て去った。

 立ち止まる資格など、振り返る資格など、自分には初めからない。

 だから、だから俺は――

 

「俺は……踏み越えてみせる」

 





悩み迷う少年少女。思春期は大変です。

超憂鬱回。
正直ある程度批判も覚悟の1話です。

次回:贖罪の言い訳

次話の投稿日は既に決まっていますので、お待たせする事はないかと思います。そう記念すべきあの日です。

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