コードギアス~あの夏の日の絆~   作:真黒 空

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なんとか間に合った!
ルルーシュ生誕祭! おめでとう!


27:贖罪の言い訳

 

「よもや再び顔を合わせる事になろうとは、想像もしておらなんだのぉ」

「お久しぶりです、桐原公。当時は何かと世話になりました」

 

 スザクから受け取ったキョウトとのホットラインを使って、ルルーシュは桐原との会談に赴いた。

 挨拶も早々に仮面を外し、その正体を明かすルルーシュに桐原は驚きながらも納得したように頷く。

 

「スザクから支援の話は聞いています。ご助力、感謝致します」

「なに、儂らも世話する大樹がなくなり持て余していたところだ。気にする事はない」

 

 本来ならここで素顔を晒す必要性はない。

 スザクによって桐原はゼロの正体に確信を得ており、今更正体を明かさずともキョウトの支援を得られる事は分かっていたからだ。ルルーシュやスザクがゼロの正体を秘匿したい事は桐原も理解しているはずで、その仮面の下は暗黙の了解にしておいても問題はなく、ルルーシュにしてもわざわざ証拠となる素顔を人前に晒すのは極力避けるに越した事はない。

 しかしあえてルルーシュはこの場で正体を明かす事を選んだ。

 それはゼロとして進む事を決めた、ルルーシュの覚悟の証だった。

 

「武器弾薬やナイトメアについては火急で必要というわけではありません。成田での戦いで数は減りましたが、今後すぐにブリタニアと戦う予定もありませんので、訓練に必要な分だけ用立てていただければ充分です」

 

 顔合わせを終えると、二人は今後についてより綿密な打ち合わせを行う。

 現状報告から始まり、これからの展望とそれに適した支援。互いの政治的立ち位置まで、話す事は山のようにあった。

 

「ふむ、ひとまず喫緊で語るべきものはこんなところかの。……ああ。ところで一つ、お主に頼まれてほしい案件があるのじゃが」

 

 その全てを一通り話し終えたところで、桐原が出し抜けにある依頼をしてきた。

 

「ほぅ。つまりそれはキョウトから我々黒の騎士団への試験、という事ですか?」

「邪推するでない。我らが黒の騎士団を支援する事はもはや決定事項じゃ。今更後付けで条件など出しはせんよ」

 

 あくどく笑うルルーシュに、桐原は肩を竦めて答える。

 

「頼みたいのは日本解放戦線の件じゃ。あ奴らがどうなっておるかは、お主なら知っておろう?」

「成田の件で壊滅的な被害を受け、いまは軍から身を隠し逃げ回っているようですね。もはやブリタニアと戦う力は残っていないものかと」

「その通り。そして現在、片瀬率いる日本解放戦線は中華への逃亡を企てておる」

 

 力をなくしたテロリストなど軍にとっては格好のカモだ。それが最大の武装勢力であった日本解放戦線となれば、大々的に処刑するためコーネリアも血眼になって捜している事だろう。見つかるのは時間の問題であり、国内にいては捕まるだけなので海外に逃げようというのは実に順当な考えといえる。日本を解放するという目的からは著しく外れた行いではあるが。

 

「そこでお主ら黒の騎士団はこれを援護してもらいたい」

 

 その提案に、ルルーシュの眉がわずかに動く。

 

「……援護、ですか?」

 

 ルルーシュの言わんとするところを察したのか、桐原は重々しく頷いた。

 

「我らもできるなら、日本解放戦線にはこの国に留まりお主らと共に歩んでほしかったところだが、それは叶うまい」

「黒の騎士団と日本解放戦線とでは主義主張が異なります。それに成田では一時的に共闘したとはいえ、彼らは私達と足並みを揃える事を良しとはしないでしょう」

「うむ、儂も同意見じゃ。ならばいっその事あ奴らにはこの国を出て行ってもらった方が都合が良い。いつまでも残っていられれば、キョウトの他の連中が再び担ぎ上げようとせんとも限らんからの」

 

 その一言で桐原とキョウトの意見が一致していない事が見て取れた。

 おそらくキョウトとしては旧日本軍が母体となっている日本解放戦線を捨てきれず、いまは潜伏して再起を図ってほしいのだろう。しかし桐原は早々に日本解放戦線に見切りをつけている。そのためキョウトが割れる可能性や黒の騎士団との軋轢を懸念して、早々に国外に出してしまおうと算段を立てたというところか。

 黒の騎士団としても日本解放戦線と物資を分け合うより支援が一極化する方が都合が良い。キョウトからの要請に応えたとなれば、借りを作る事にもなり桐原以外のキョウトの面々も支援に前向きになるだろう。

 つまりはお互いにとって無用の長物になった組織を追い出し、それを利用してキョウトと黒の騎士団の関係を強固にしようというわけだ。

 

「なるほど。理解致しました。日本解放戦線の件、お引き受けしましょう」

「うむ。感謝するぞ。ゼロよ」

 

 表向きには日本解放戦線を助ける約束を交わし、裏では実質見捨てる算段を共有する二人。

 お互いに話が早くて助かると内心ほくそ笑む。

 

「しかしもしブリタニア軍が話を聞きつけ襲撃してきた場合、こちらでは装備が足りません。そうなれば私達も、日本解放戦線を見捨てる以外に選択肢はないでしょう」

「そう言うと思って、既にナイトメアと武器弾薬の供給準備を進めている。これがそのリストじゃ」

「用意周到ですね。さすがは旧日本を陰で支えてきたキョウト六家のまとめ役と言われるだけはある」

「良く言うわ。先の話し合いで黒の騎士団の装備の不足の話題を出したのはこの話を円滑に進めるためだろうに。お主、儂らの要請すら予想しておったな?」

「買い被り過ぎですよ。私はただ今後の展望のためにお話ししたに過ぎません」

 

 桐原の勘繰りをさらりと躱し。ルルーシュは渡されたリストに目を通す。

 その態度に桐原も追及はせず詳細を伝える。

 

「日本解放戦線の海外逃亡は明日の夜に行われる予定じゃ。物資の手配は今夜にでも可能になるだろう。突貫工事になるとは思うが、よろしく頼む」

「お任せください。ご期待には応えさせていただきますよ」

 

 気負う事なく答えたルルーシュは、その後いくつか言葉を交わし会談を終えた。

 その時には、日本解放戦線を生贄にした作戦がルルーシュの脳内では組み上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桐原との会談を終えてアッシュフォードの自室で着替えたルルーシュは、すぐにC.C.を伴ってスザクの隠れ家へと向かった。

 無気力状態から一転して行動的なルルーシュにC.C.は何も言わなかった。

 ただ感情の読めない瞳を怪し気に細めてルルーシュを一度見ただけで、それ以降は特段いつもと変わらない。

 ルルーシュから話し掛ける事もなく、二人はスザクの隠れ家に着くまで終始無言だった。

 

「ルルーシュ……大丈夫なの?」

 

 二人を出迎えたスザクは開口一番にそう訊ねる。

 別れる前のルルーシュの反応を見ていれば当然の問いであり、ルルーシュもその質問を予想していたのか自然な動作で頷く。

 

「ああ。心配掛けて悪かったな。もう平気だ」

 

 その返答にスザクは安心するでもなく、複雑そうな表情を浮かべた。

 そんなスザクの心中をルルーシュは気付かないふりをして、何も話さず中へと入る。

 飲み物を用意し一息つくと、雑談を挟む事なくルルーシュは用件を切り出した。

 

「早速だが、さっきキョウトの桐原と会って来た。詳しい内容は省くが、結果的に日本解放戦線の国外逃亡のサポートをする事になったからその作戦について話すぞ」

 

 塞ぎ込んでいた事実には一切触れずに議論を始めるルルーシュ。

 スザクは何か言いたげに眉根を寄せたが、結局口を挟む事はなく、C.C.は話を聞いているかも怪しい態度で持ってきたチーズ君を抱いていた。

 

「日本解放戦線が船で国外逃亡を決行しようとしてるのは明日の夜。だが入団希望のブリタニア人から軍も日本解放戦線の動きを察知し、海兵騎士団を投入して片瀬の捕獲を目論んでいるとの情報が入った。扇によると情報提供者は成田の件と同じ奴だ。裏付けは取るが、信憑性は高い」

「……戦うつもりなの?」

 

 対立する勢力の不穏な動きにスザクが訊ねる。

 その表情は優れない。不満というよりは、どこか心配そうな目でルルーシュを見ていた。

 

「成田の件に続いてこんなチャンスは滅多にないからな。キョウトからも充分な援助が見込めている。心配しなくとも、勝算は充分にある」

「そういう心配をしてるわけじゃないんだけど……」

 

 ルルーシュの答えにスザクはさらに顔色を曇らせる。

 しかしそれに頓着する事なくルルーシュは話を進めた。

 

「コーネリアが介入してくるというなら、自ずと盤面も変わってくる。よって今回に関しては日本解放戦線の国外逃亡ではなく、コーネリアの捕縛を作戦目的とする」

「総督がいるなら確かにそれが一番だろうけど…………いいの? キョウトからは日本解放戦線のサポートをするように頼まれたんだよね?」

「確たる武力もなく国外に逃げようとしている日本解放戦線にもはや戦略的な価値はない。そんな奴らを助けるよりも、このエリアの総督であるコーネリアを捕らえる方が遥かに重要だ。キョウトもそれが分からないほど愚かではないだろう」

 

 もし何か言ってきても、キョウトの連中は戦場を観察できるわけではない。助けようとしたが失敗したと報告しても見捨てた事が露見する恐れはなく、キョウトの黒の騎士団に対する評価は下がるだろうが、そこは桐原がなんとかしてくれるだろう。

 

「今回も成田の時と同じでコーネリアは黒の騎士団の介入を予期してはいないはずだ。となれば必然的に、奇襲作戦が最も有効になる。日本解放戦線を囮に、手薄になった本隊に攻め込むのが定石だな」

「電撃作戦で敵本陣に奇襲を掛けられれば、相手側にも隙が生まれる。上手くやれば日本解放戦線もその隙を突いて逃げる事ができるかもしれないね」

 

 助ける事を最優先にはしなくとも、黒の騎士団の行動は日本解放戦線の逃亡のサポートになっている。

 ルルーシュらしい一石二鳥の作戦だとスザクは同意する。

 しかしルルーシュの考えはそこで終わりではなかった。

 

「いや、あの役立たず共にはもっと相応しい役割を用意している」

 

 いつものように邪悪な笑みを浮かべるルルーシュ。

 しかしスザクは気付く。その瞳が笑ってなどいない事に。

 

「事前に日本解放戦線が乗るタンカーに爆薬を仕掛け、ブリタニア軍のナイトメアが取りついたのと同時に爆破させ戦力を削る。生きた囮としてな」

「なっ……!」

 

 作戦を聞いたスザクが息を呑む。

 

「まさか軍も国外に逃げ出そうとしているテロリストが自爆するとは思うまい。となれば、動揺し指揮系統が乱れる事は避けられない。その混乱に乗じて奇襲を掛ければ作戦の成功率は飛躍的に上がる」

「ルルーシュ! それはダメだ!」

 

 あまりに倫理からかけ離れた作戦にスザクは悲鳴のような声を上げて制止する。

 だがルルーシュは眉一つ動かさず聞き返した。

 

「なぜだ?」

「無闇に犠牲を増やすべきじゃない。囮にするだけならまだしも、生贄にするなんて非人道的過ぎるよ!」

「何を今更。俺達はいままでも多くの命を犠牲にしてきた。この期に及んで綺麗事など言ってはいられない」

 

 人の道を説いて無道な作戦を否定するスザク。それをルルーシュは鼻で笑い飛ばした。

 そこでようやくスザクは、ルルーシュが後戻りできない方向に進む決意をしてしまっている事に気付いた。

 

「綺麗事なんかじゃないよ。君はいつも言っていたよね。撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだって。君が撃てば、その分撃たれるんだ」

「だから撃つべきではないと? そんな覚悟で、俺はここに立ってはいない。引き金を引くのを躊躇うくらいなら、初めからブリタニアに反旗など翻すものか!」

 

 自身のためにも外道に落ちるべきではないとスザクは語るが、ルルーシュも反論を予想していたのか、まるで怯まずそれを跳ね除けた。

 ここまで真っ向から主張が対立するのは、スザクがルルーシュと共に歩むと決める前、スザクがブリタニア軍人だった時以来だった。 

 

「だとしても、無為に血を流すべきじゃない。流す血が多くなればなるほど、君も多くの血を流す事になる。君の心が、血で濡れる」

「そんなものは覚悟の上だ。流した血を無駄にしないためにも、更なる血を流す。俺が歩くのは、そういう修羅の道だ」

「目的のために血を流す事と、効率のために必要のない血を流す事は違うよ、ルルーシュ。一度効率のために多くの犠牲を容認すれば、次はもっと多くの犠牲を許容するようになる。そうして最後は、君自身が取り返しのつかないほどの血に塗れて破滅してしまうかもしれないんだ」

 

 それがどんなものであるか、スザクは知っていた。

 目の前で見ていたのだから。

 日本を占領するために、幼い兄妹を見捨てて戦争を仕掛けてきた国を。

 そしてその国を破壊しようと必死になる友の姿を。

 

「僕はそれが怖い。結果は全てに優先するっていう君の覚悟は分かるよ。でもお願いだから、君自身の痛みを蔑ろにするような真似はしないでほしいんだ」

 

 ルルーシュを心から案じてスザクは訴える。

 良心を殺し、非道な手段に手を染め、その魂が血色に塗り潰されて血河に没する。そんな未来を迎えさせないために。

 しかしここに至るまでに考え続け定めた意志が、ルルーシュに道を外れる事を許さない。

 

「……俺の痛みなど、些細な問題だ」

「ルルーシュ!」

「お前は俺が破滅する覚悟もなく立ち上がったとでも思っているのか! 撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ! たとえ破滅する事になろうとも、俺はこの世界を変えてみせる!」

「そんなのはただの自己満足だ! 自分を犠牲にして世界を変えて、それで誰が救われるの!? 撃たれる覚悟を持つ事と自分から犠牲になりに行く事はまるで違う事だよ!」

「我が身を捧げる覚悟もなくブリタニアに勝てるものか! その甘えが結果的により多くの犠牲を生み出し、取り返しのつかない敗北へとつながるんだ!」

「たとえ勝てるとしたって、君と引き換えの勝利なんているもんか! 僕は負けたとしても、君が生きてる方がずっといい!」

「っ、ふざけるな!」

 

 ブリタニアに勝つ事すらどうでもいいと叫ぶスザクに、ルルーシュは見た事もないほど取り乱して拳を壁に叩きつける。

 

「勝利などいらないだと? 負けてもいいだと? だったらなんのために戦ってるというんだ! 負ければ全てを奪われる! 矜持も、尊厳も、名前も、命ですら! これはそういう戦いだ。たとえ卑怯だと罵られようが、残忍な手段に手を染めようが、勝つしかないんだ。そうやってブリタニアを倒し世界を変える事だけが、戦いを始めた俺の責任なんだよ!」

「違う! そんなのは責任なんかじゃない。自分を顧みないで、傷付けて、ボロボロになってまで君が戦う事なんて、誰も望んでないよ」

「――だったら、だったら俺はどうすればいいんだ! 友達の――シャーリーの父親を殺してまで俺はこの道を進むと決めたんだ! 彼女を不幸にしてまで戦う俺が、今更我が身可愛さで手心を加えろと言うのか!? そんな事は許されない! 彼らの犠牲を無駄にしないためにも、彼らの血に報いるためにも、俺は止まるわけにはいかないんだ!」

 

 血を吐くような叫びが部屋をこだまする。

 犠牲にしてきた命を踏み越える覚悟を持って、ルルーシュは己の意志を訴える。

 屍の山を積み上げる業の道を進み、血に塗れた剣を持ってこの歪んだ世界を壊すのだと。

 それだけが自らの都合で身勝手に奪った命に贖う方法なのだと。

 悲壮な決意が慟哭に取って代わる。

 

 スザクはそれを悲しげに聞いていた。

 つらそうに、苦しげに、しかし決して憐みだけは向けずに。

 

「ルルーシュ。自分を追い詰める事も、必要以上に血を流す事も、贖罪なんかにはならないよ」

「っ!」

 

 拳で殴られたかのように、ルルーシュの表情が歪み、瞳が揺れる。

 スザクは自分の言葉が彼を傷付ける事になると分かっていながら、それでも続けた。

 

「いまの君は犯した罪に押し潰されてるだけだ。自分を犠牲にして戦って、だから許してくれって、そうやっていもしない誰かに言い訳してるだけだよ」

 

 ルルーシュの気持ちが、スザクには痛いほど分かった。己の罪を自覚しているほど、自分が傷つく事こそが罰に思える。その心の在り様はまさしく、彼と再会する前の自分そのものだったから。

 

「僕もそうだった。日本がこうなったのは自分のせいだって。だから自分がどうなろうとブリタニアを中から変えるんだって。そうしてやっと犠牲になってしまった人達に報いる事ができるんだって。そう思ってた」

 

 傷付けば傷付いただけ罰を受けた気になって、だけどまだ足りないとさらに自分を痛めつける。結局そんなのは自己満足でしかない事は分かっているのに、そうする以外にどうしていいのかも分からなくて、自傷しながらひたすらに自分を追い詰める。

 そんな道の果てに救いなんてあるはずないのに。己の罪と正面から向き合う事から逃げて手に入れられるものなんて、破滅以外にない事は分かり切っているはずなのに。

 

「でも思い出して、ルルーシュ。僕らが戦ってきたのは、贖罪のためなんかじゃないはずだ」

 

 だからスザクは、そんな底なし沼のような後悔から己を救い出してくれた希望をそのまま伝える。

 何を以てしても汚される事も奪われる事もない大切な光が、己の内には確かにあるのだと。

 

「犠牲から目を背けろって、そんな事を言ってるわけじゃない。だけど見失っちゃダメだ。どれだけつらくても、苦しくても、悲しくても、罪の意識に苛まれたとしても、僕らが目指すものは変わらない。それだけは確かなはずだよ」

 

 いくら悔やんだとしても、起こってしまった事は変わらない。己の行動の結果生み出してしまった犠牲は取り返しがつかない。しかしだからといって、目的を、戦う理由をすり替えてはいけない。

 罪を償うために戦っているのではない。犠牲に報いるために命を懸けてるわけじゃない。

 僕らが本当に望んだものは、ただ一つ。

 再び手をつないだあの時、二人で共有した未来。

 それを思い出せとスザクは訴える。

 

「君は、なんのために戦うの?」

 

 真っ直ぐと深碧の瞳がルルーシュを射抜く。

 ルルーシュは思わず目を逸らすが、それでもなんとか答えを返そうと口を開く。

 

「俺は……」

 

 しかしいつもなら即答できるはずのその問いに言い淀む。

 そのまま唇を噛み、何かに耐えるように身体を震わせるルルーシュ。

 結局ルルーシュはスザクの問いには答えず、踵を返した。

 

「……ルルーシュ?」

「少し、一人にさせてくれ……」

 

 遠ざかる背中にスザクが名前を呼ぶと、それだけ答えてルルーシュは部屋を出て行った。

 そこにさっきまでの覇気はない。

 力なく去って行くルルーシュの背中を、スザクと魔女は黙って見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スザクの隠れ家からアッシュフォードに帰ってきたルルーシュは、その足で最愛の妹であるナナリーの元へ向かった。

 この時間なら自室や食堂にいるだろうと思って足を運ぶが妹の姿はなく、ルルーシュは周辺を捜す事になった。

 ほどなくしてクラブハウスの外の庭園で、咲世子と花を愛でながら話しているナナリーの姿を見つける。

 

「ここにいたんだね、ナナリー」

「お兄様」

 

 ルルーシュが近寄って声を掛けると、ナナリーは笑顔で振り向く。

 それに答えながら咲世子に後は自分が世話をすると視線で告げると、彼女は一礼してクラブハウスに戻って行った。

 

「今日はどこかにお出かけになられていたはずでは?」

「ああ。でももう用は済んだからね。久しぶりにナナリーと過ごそうと思って帰って来たんだ」

「嬉しいです。最近は全然一緒にいられませんでしたから」

 

 ナナリーが意図して言ったわけではないと分かってはいたが、ルルーシュには耳の痛い言葉だった。

 黒の騎士団の活動を始めてからというもの、どうしてもそちらの方に時間を取られてナナリーと過ごす時間も大幅に削られていたからだ。

 

「そういえばお聞きになりましたか? ミレイさんが学園祭に向けて何か大きなイベントを考えているそうですよ」

 

 そんなルルーシュの内心に気付かず、ナナリーは楽しそうに世間話を始める。

 

「会長、また何かやる気なのか……。今回のは準備が楽なものならいいんだけどな」

「学園祭ですから盛大にやるみたいです。今年一番のイベントにするって張り切っていました」

「去年までは2メートルの巨大ピザを作ったりしていたな。会長のお祭り好きにも困ったものだ」

「でもミレイさんのイベントはいつもとても楽しいですから、学園祭が楽しみです」

 

 そう言って満面の笑みを浮かべるナナリー。

 毎度毎度ミレイのイベントには苦労させられているルルーシュだったが、ナナリーを楽しませてくれるという、その一点に関しては感謝していなくもなかった。

 

「ニーナさんはユフィ姉様にお会いになられたいそうです。なんでも河口湖の時に助けていただいたみたいで、さすがはユフィ姉様ですよね」

「そうか、ユフィがそんな事を……優しいところも、ちょっと向こう見ずなところも変わらないみたいだな、ユフィは」

「はい。あとリヴァルさんもニーナさんと同じでユフィ姉様に会いたいって言ってました。でも理由は玉の輿だって。だから私、そういう不純な動機では会ってもらえないと思いますって注意しちゃいました」

「まったく、リヴァルらしいといえばリヴァルらしいが、不敬罪で捕まりかねないぞ。そもそもユフィの結婚相手はコーネリア姉上のお眼鏡に適わなきゃ叩きのめされるだけだろうから、どうしたってリヴァルには不可能だろうがな」

「コーネリアお姉様なら、私に勝てる男でなければ結婚は認めん、なんて仰いそうですね」

「確かに姉上なら言いそうだ。でもそうなると、ユフィは一生独身になりかねないな」

 

 妹の事を溺愛しているコーネリアであれば、どんな相手が来ても意地でも負けないだろう。

 そんな姿を想像して、二人は同時に笑みを浮かべる。

 

「お兄様もコーネリアお姉様には良く鍛えられていましたね」

「俺は運動が得意ではないからやめてくれと何度も言ったのに……姉上は強引な人だったな」

「マリアンヌ様の子供ならそれくらいできなくてどうする、なんていつも引っ張られていくお兄様が少しだけおかしかったです」

「母上も笑ってばかりで止めてくれないんだから、酷いものだったよ」

 

 懐かしい思い出に花を咲かせ、笑い合う。

 母が生きていた頃の記憶は、つらい事もあったが二人にとってはそれ以上に楽しく幸せな思い出だった。

 

「そういえば、お母様がこんな事を言っていました」

 

 そう言ってナナリーは話すためにしゃがみ込んでくれている兄に手を伸ばした。

 どこに触れようとしているのか察したルルーシュは自然な動作でその手を自らの頬へ誘導する。

 兄に触れた感触を確かめて、ナナリーは優しい笑みを浮かべる。

 

「人の体温は涙に効くって」

「……!」

 

 柔らかい手が頬を撫でる。

 自分の隠していた心の闇が見透かされていた事に驚き、しかしルルーシュはそれを認めず笑顔の仮面を被った。

 

「俺は泣いてなんかないよ、ナナリー」

「分かっています。お兄様が人前で涙を流されない事は」

 

 ルルーシュの強がりにナナリーは頷いた。

 そしてゆっくりともう片方の手も伸ばし、両手を兄の頬を挟むように添える。

 

「でもお兄様が誰よりも優しい事を、私は知っています」

 

 透き通った言葉だった。

 不純物など一つもない真摯で温かな声は、ルルーシュに否の言葉を返す事を許さず、頬に感じる温もりを直接心に届けてくれる。

 

「だからいまだけは、このままでいてください」

 

 笑顔で停滞を願う妹を拒絶できずルルーシュは流される。

 妹の優しさに甘えて、与えられる温もりを甘受する。

 微睡むような心地良さを感じながら、ルルーシュは静かに己の決意を再確認した。

 どこからが始まりだと、断定するのは難しい。

 人生における分岐点を始まりとするなら、それは間違いなく母が死んだあの日だろう。

 ブリタニアへの反逆を心に決めた時を始まりとするなら、それは7年前の戦場跡でスザクの前で宣言した夏の日だろう。

 この血塗られた道を歩んだ時を始まりとするなら、それはスザクと再び手を結んだその時だろう。

 しかし戦う事を決めた日を始まりとするなら、それは瞳を閉じて車椅子に座る妹を初めて見た、あの時だと断言できる。

 ほんの少し前までは自分の言う事など聞かずに走り回っていた妹が、一人で立つ事すらできず、不安そうにどこにいるとも分からない己に向けて手を伸ばすその姿を見た時、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは誓ったのだ。

 

 妹だけは必ず、自分が守るのだと。

 

 母は死に、父は自分達を捨てた。兄妹達も終ぞ自分達を助けてくれる事はなかった。

 もう頼れる人間などいない。

 だからこそ妹だけは何があろうと自分が守らなければならないのだと、自分が守ってみせるのだと、そう誓った。

 言ってしまえば、この戦いもその延長線上のものでしかない。

 母の死の真相も、父と祖国に対する復讐も、確かに己を動かす原動力であり、目的の一つだ。

 だが何よりも優先するのは、妹の安全と幸せ。

 それが守られるのであれば、他には何もいらない。

 それ以上に望むものなど、何一つとして存在しない。

 ナナリーが何者にも脅かされない優しい世界を創るために、俺は戦っている。

 そしてそのために、この身を血に染めたのだ。

 友人の父親を――殺してまで。

 

 ようやく、スザクの言いたかった事が理解できた気がした。

 所詮は、言い訳だったのだ。

 犠牲を無駄にしないとか、流した血に報いるとか、そんなのは自分の行いを正当化するための言い訳でしかない。

 殺された人間が世界を変えろなんて言ったわけでもなければ、そんなものを望んでいるわけもないのだから。

 結局自分は、ナナリーの命と他者の命、それらを天秤に掛けて前者を選択しただけ。

 己の最も大切な者のために、それ以外の全てを切り捨てただけの事。

 そんな身勝手なエゴのために始めた戦いなのに、自分を見失って戦っていたのでは本末転倒も良いところだ。

 贖罪のための戦いではない。

 これはルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが最も愛する妹を守るための、それだけの戦いだ。

 ならば奪った命も、その罪も、踏み越えるべきではない。

 全てを背負って、進まなければいけないのだろう。

 大義のために犠牲を当然とし、顧みる事もなく乗り越えるのではなく、それが決して許されない事だと受け止めながら、それでも前へと進む覚悟が必要なのだ。

 それが己の願いのために他者を犠牲にする者の義務であり、責任なのだろうから。

 

「ありがとう。ナナリー」

 

 この温もりを守るためなら、自分は戦える。

 たとえどれほどの命を、罪を背負う事になろうと、立って進む事ができる。

 優しく笑うナナリーの笑顔を、ルルーシュは深く心に刻みつけた。

 





ナナリー「お兄様の心を支配する、そんな私はさそり座の女」
C.C.「私の出番……」

というわけでルルーシュ回でした。
スザクと同様、原作とは違う方向へ舵を切ったルルーシュ。
ギアスもなく非道な作戦も使わない彼の明日はどこへ――

さあさあ書くのが楽しくなってきました。
ここからが本番だ!

次回:正義の否定

カレンメイン回の予定です。
年内には投稿できるといいな。

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