復活のルルーシュ2周年!
そして今作開始から1周年になりました!
ここまでお付き合いいただいてありがとうございます!
これからもよろしくお願い致します!
広大な砂漠にポツンと一際盛り上がった小さな山。
その中には周りが砂漠とは思えないほど人工的な空間が広がっている。
人々が住んでいると思われる数多くの建物に、科学的な光を放つ無骨な機械の数々。
そして中心にそびえる鳥のような紋様が描かれた巨大な扉の前には、雰囲気に合わない豪華な椅子に腰掛けた白髪の少年がいた。
「ふーん、つまりこれ以上は検体がないと難しいって事?」
いつもこの場にいる黒服達とは違う、白衣を着た初老の男の言葉に幼さが残る白髪の少年――V.V.は聞き返す。
ギアス嚮団。
コードという不可思議な力から成るギアスという異能を研究するその場所では、コード保有者である嚮主主導の元、日夜様々な実験が行われていた。
「仰る通りです。ギアスは大脳に作用して様々な超常現象を引き起こすため、その大脳への干渉を外部から――」
「詳しい説明はいいよ。後で報告書を読ませてもらうから」
「はっ。申し訳ございません」
研究者らしく専門的な事を口にしようとする男を遮り、嚮主であるV.V.はうーんと首をかしげる。
「その検体って、拾ってきたあの子達じゃ駄目なわけ?」
ギアス嚮団には実験体として拾ってきた子供達が数多くいる。彼らの多くは戦争で身寄りを亡くした戦災孤児だ。たとえ実験の結果死のうが、どこからも文句は出て来ない。
だからこそ手近な彼らを使えばいいのではないかと言うV.V.に研究者の男は首を振った。
「検体は身体を機械化する必要がありますので、未成熟な子供の肉体ではその改造には耐えられないかと思われます」
「つまり検体は大人じゃないといけないって事?」
「できるなら、軍人のような屈強な肉体が好ましいですね」
「ふーん。なるほどね」
横着はできないと説明を受け、元からさして期待もしていなかったV.V.はすぐに頭を切り替え別の疑問を口にする。
「ちなみにその改造の方は検体があればすぐに出来るの?」
「いえ、機械化にはサクラダイトを使用する予定ですので、そちらの調達も必要となります」
研究に必要なものは一通り揃っているギアス嚮団だが、その研究がコードとギアスに特化しているだけあって、ナイトメアのエネルギー源ともなる貴重なサクラダイトまでは用意されていない。
「また機械工学は我らの専門からは外れた分野になりますので、そちらの専門家がいた方が望ましいかと思われます。身体の機械化に伴い人体にどのような影響が出るかは未知数であり、我らだけでは試行錯誤を繰り返し調整する必要がありますので、時間と費用を食い潰してしまう結果になりかねません」
次々と齎される問題にV.V.の顔は曇る。
それに対し周りの人間は過剰な反応を示すが、余計な口を挟む者はいなかった。
「サクラダイトに機械工学の専門家、それから軍人の検体か……」
研究に必要となるものを呟き、思案顔になるV.V.。
それらを調達するだけならそう難しい事ではなかった。V.V.はブリタニア皇帝の兄であり、弟に頼めばその程度のものはいくらでも用意してもらえる。
しかしそれではつまらないと、V.V.は近々行おうとしていた予定を繰り上げる事に決めた。
「一度C.C.の様子も確認したいと思ってたし、丁度いいかな」
買い物でも行くように気軽な調子で呟き、身体の大きさに不釣り合いな椅子からV.V.は立ち上がる。
「必要なものは全部僕が揃えてくるよ。それまで君達は検体の改造準備と思考エレベーターの構築を手伝ってあげて」
「かしこまりました。嚮主V.V.」
突然の嚮主の外出宣言だったが、男は動揺を見せず慇懃に礼を取った。
本来なら嚮主たるV.V.が嚮団から離れるのは好ましくない。しかしそれを咎める者はこの場には存在しなかった。
嚮団の者にとって嚮主であるV.V.は絶対であり、その意見に異を唱える事は許されない。
頭を下げる男の横を通り過ぎ、V.V.は遠出の準備を整えるため自分の部屋へと向かう。
「一応護衛くらいは連れていった方がいいかな。C.C.にギアスは効かないけど、面倒なのに絡まれる可能性もあるし、人手も必要になるだろうしね」
いくら不老不死とはいえ、自身に戦闘能力はない。
万が一を考えV.V.は頭の中で連れて行く護衛を人選する。
「エリア11か……」
いまから向かおうとしている場所の名前を呟くV.V.の瞳に、暗い輝きが灯る。
それはどこか飄々とした雰囲気を漂わせるV.V.には酷く珍しい瞋恚の感情だった。
「ついでにマリアンヌの息子の顔でも見ておこうかな。もしあまりにも似てるようだったら、あの女と同じように殺しちゃうかもしれないけど」
物騒な独り言を呟き、V.V.は邪悪に笑う。
浮かれている自分を自覚しながら、V.V.は遠く離れたエリア11に思いを馳せた。
豪華絢爛な一室。
ブリタニアの中でも贅を尽くされた部屋の中で、シュナイゼルは画面に映る人物との談笑を楽しんでいた。
『私は近々エリア11へ行く機会があってね。その際は神根島の遺跡の調査をしようと思うんだ』
ふと思い出したようにシュナイゼルが告げる。
その内容に含まれていた単語に、通信相手の表情がわずかに固まった。
『そこでもし何か分かったら君からも意見をもらいたいと思ってね。頼まれてはくれないかい? クロヴィス』
画面に映る優美さと気品を漂わせる金髪の麗人――クロヴィスは数か月前よりも随分と良くなった顔を曇らせた。
『私程度の見識で兄上の力になれるとは思いませんが……』
自信がないと語るクロヴィスに、シュナイゼルはいつもの柔らかい笑みを浮かべて首を振った。
『自分を卑下する事はないよ。そもそも神根島の遺跡を見つけたのは君の功績だろう?』
『それはそうですが……』
『父上もこの手の遺跡にご執心らしい事はバトレーから聞いている。どうも私や直轄の研究機関は考古学には疎くてね、是非とも君の意見を参考にさせてもらいたいんだ』
シュナイゼルの掛け値なしの評価にクロヴィスは悩ましい表情を見せる。
表舞台から身を引いた自分が今更、という考えを抱いているのは画面越しからでもシュナイゼルには察せられたが、あえて何も言わずに返事を待つ。
クロヴィスはその視線に居心地の悪さを感じながら考え込み、やがて諦めたように頷いた。
『……分かりました。役に立つかは別として、私見でよろしければ話せる事もあるでしょう。調査が済み次第、こちらに資料を送っていただけますか?』
『ありがとうクロヴィス。迷惑を掛けるね』
『迷惑などとんでもない。兄上にはバトレーの事を始め色々と便宜を図っていただいたのです。これくらいは恩返しにもなりませんよ』
心からの感謝を滲ませてクロヴィスは笑みを浮かべる。
しかしすぐに一転して深刻そうな表情になり、声を低くして口を開いた。
『兄上、一つだけよろしいでしょうか』
『ああ、もちろんだ。どうかしたのかい?』
『兄上は遺跡の件も含めて私とバトレーの研究を引き継いでいるようなので、一言お伝えしたいのですが……』
雰囲気が変わった事を察し、シュナイゼルも顔から笑みを引っ込めて頷く。
両手を組み眉根を寄せながら、それを口にするかいくらか迷いを見せた後、クロヴィスは一言だけ恩を感じている兄に告げた。
『……コードRには、お気を付けください』
突然の警告にシュナイゼルは顎に手を当て、クロヴィスが口にした単語を思い返す。
『コードRというと、君がバトレーに研究させていた特殊な力を持った少女の事だね』
『ええ。兄上がバトレーに研究を継続させているかは存じませんが、あれは危険です』
『ふむ。危険、というのは具体的にどのようなものなのかな?』
『……』
対策を練ろうにも詳細が分からなければ手の打ちようがない。
そう思ってシュナイゼルは訊ねたが、クロヴィスは即答できずに黙り込む。
そしてようやく出てきた返答はシュナイゼルにも予想外のものだった。
『……分かりません』
『分からない?』
危険と警告しながら、その詳細は分からない。
不可解な答えにシュナイゼルは端正な顔に皺を寄せる。
『私には――理解が及びませんでした。しかしあれが人知を超えたものである事だけは分かります。およそ人が手を出していいものではないのでしょう』
何かを思い出すように、わずかに身体を震わせながら語るクロヴィス。
その姿から、彼が表舞台を去った理由には少なからずコードRの存在が関与しているのだろうとシュナイゼルは察した。
『曖昧な事しか言えずに申し訳ありません。ですが恩義ある兄上には、あれの危険性だけはお伝えしておきたかったのです』
『なるほど。ありがとうクロヴィス。充分に注意させてもらうよ』
バトレーを引き取ってから、彼にどんな研究をさせているかはクロヴィスには話していない。しかしクロヴィスはせめてのもの誠意を示すためと、自分が行っていたコードRの研究や遺跡の究明など、表に出れば自らの進退すら危うくなるものも全て兄に語っていた。
今回の忠告も彼の兄に対する誠実さの表れなのだろうと、シュナイゼルはそんな弟の善良さに笑みを浮かべる。
『また連絡しよう。身体には気をつけるんだよ、クロヴィス』
『お気遣いありがとうございます。兄上もエリア11は寒暖差が激しいので体調を崩されないようご注意ください』
モニターから弟の姿が消え一息つくと、シュナイゼルは用意されていた紅茶を口にする。
非の打ちどころのない自身の舌に合わせた甘美な味を楽しみながら弟との会話を振り返り、未だ残る懸念に苦笑を零した。
「遺跡にコードRか。今回の調査で何か分かるといいんだけどね」
「私としては、そのような眉唾なもののために殿下が直接赴かれる必要があるのかが疑問です。帝国宰相ともなれば、やるべき事は山積みのはずでしょうに」
「おっと、これは手厳しいね」
すぐ傍にいた側近のカノン・マルディーニがその呟きに反応し疑問を呈す。
帝国宰相の仕事量の凄まじさを一番良く知っているカノンは、わざわざ本国を離れてまでシュナイゼルが極東の一エリアに行く価値を見出せなかった。
「エリア11は難しいエリアだ。今回の件がなくとも、一度視察しようとは思っていたよ。それにコーネリアやユーフェミアとも会っておきたいしね」
「まぁ。殿下がそんなにも妹思いであるとは思っておりませんでしたわ」
「からかわないでおくれよ。私にだって家族への情くらいあるさ」
大仰に驚いた様子を見せるカノンに、シュナイゼルも笑って答える。
「エリア11にはバトレーやロイド達もいる。先日完成したアヴァロンもロイドには見せておきたいし、あのエリアでやっておく事は多いよ。決して無駄にはならないはずさ」
「そういえば、ロイドからもあの機体を完成させたと報告がありましたね」
カノンとしても自らの主が意見を翻すとは思っていなかったのか、既知の名前に反応しあっさりと引き下がる。
「ちゃっかり予算を都合してほしいという要望と一緒にね。全く彼らしいよ」
「あれで腕が伴っているからタチが悪いと言いますか……。許可は出されるんですか?」
「それが約束だからね。それに彼は必ず予算以上のものを作ってくれる。こちらとしても出し渋る理由はないよ」
どこか期待を覗かせるシュナイゼルの様子に、カノンはハァと大きなため息をついた。
「全く、殿下とロイドは似た者同士でいらっしゃいますね」
「私とロイドがかい? それはまたどうして?」
「どちらも私などでは及びもつかない考えをされるところです。付き合わされるこちらはたまったものではありません」
愚痴を零すようにポッドでお湯を沸かしながらカノンは首を振る。
それに対しシュナイゼルは困ったような笑みを浮かべた。
「酷い言われようだね。私は何も特別難しい事を考えているわけではないよ」
「そうでしょうか? アヴァロンに続いてトロモ機関に建造させようとしているあれなど、私には何に使われるおつもりか想像もつきませんが」
「ダモクレスの事かい? あれをどう使うかなんて、私だってまだ考えていないさ」
「は?」
自分が放った疑問に対していつものように明確な解答が返ってくると思っていたカノンは、無思慮ともいえるシュナイゼルの返事に目を瞬かせた。
「あらゆる準備はね、必要となってから行うのでは遅いんだよ、カノン」
近くに置いてあったチェス盤の駒を手に取りながらシュナイゼルは己の持論を語り始める。
「例えばエリア11の極東事変。私達ブリタニアはナイトメアフレームを投入し、一か月と待たず日本を植民地としたね」
スムーズに駒を動かし、白の駒で黒のキングにチェックメイトを掛けるシュナイゼル。
「だがもし日本にブリタニアと同じナイトメアフレーム、もしくはそれに準ずる兵器が開発されていたとしたらそれほど簡単にはいかなかったはずだよ」
語りながらチェス盤の駒の配置を変える。
チェックメイトを掛けていた白のクイーンの前に、同じく黒のクイーンを置いてそのチェックメイトに待ったを掛ける。
「ブリタニアとの開戦の機運が高まってからでは兵器の開発など間に合うはずもない。つまり日本は万が一のためにそういった事態に備えておくべきだった。それを怠った結果、日本はブリタニアの手に落ちた」
再び黒のクイーンを盤上から叩き出し、白クイーンが黒のキングの首を取る。
それを見て納得したようにカノンは頷いた。
「なるほど。要するに殿下は必要だから準備をするのではなく、必要になる可能性に備えて準備だけはされておくと、そう仰りたいのですね」
カノンの解答に満足したようにシュナイゼルは微笑みながら黒のキングを手に取り、それを遊ぶように手の中でくるくると回す。
「手間を惜しまず万全の準備を整える。戦争も外交も変わらない、あらゆる勝負において必要なのはそれだけだよ。逆に言えばそれさえ行えば、ラウンズのような一騎当千の駒も、状況をひっくり返すような奇策も必要ない。どんな勝負にも敗北という二文字を刻む事はなくなるはずさ」
揺るぎない口調でシュナイゼルはそう言い切った。
帝国宰相の座につき、求められる成果を常に出し続けたシュナイゼルの言葉にはそれに相応しい重みがある。
しかし当のシュナイゼルはすぐに相好を崩し、苦笑しながら黒のキングを盤上へと戻した。
「とはいえ、ダモクレスが必要になるような事態にはそうそうならないだろうけどね」
肩を竦める主に、意図を察したカノンも軽い口調で答える。
「念のためであのようなものを建造しようなんて、殿下も随分と酔狂でいらっしゃる」
テーブルの上のカップの中が空になっている事に気付き、カノンはおかわりの紅茶を注ぐ。
「中華連邦やグリンダ騎士団の件も後々の準備というわけですか?」
側近のためカノンはシュナイゼルの仕事内容の全てを把握している。
その中でも喫緊では必要とは思えない案件を取り上げ、それがいま言っていたように万一に備えてのものなのかと訊ねる。
「ブリタニアの在り方を考えれば、今後何が必要になるかなんてある程度想像できるものさ。だから最も恐ろしいのは、こちらがまるで想像できないものだよ」
カノンの問いを遠回しに肯定しながら、シュナイゼルは胸の内の懸念を口にした。
「そういう意味で父上がご執心の遺跡やコードRは実に興味深いと言える。あれを理解できないと初めから投げ捨てては、どこかで足を掬われる危険がないとは言えないだろうね」
人は理解できないものを受け入れようとはしない。それは有史以来変わる事のない人の臆病さ故のものであるといえる。数世紀前に世界各地で起こっていた魔女狩りなどはその最たるものだろう。
しかし理解できないからと拒絶し、排斥するだけではいずれ手痛いしっぺ返しを受ける事になりかねない。その相手が未知の力を使うというなら尚の事、その脅威は計り知れないものになるだろう。
だからこそ本当に恐れるのなら、理解できないものを理解できるものに変える努力をすべきなのだ。
たとえ虐げた相手が復讐に現れたとしても、その能力が分かっており対処法が確立されているのなら、それは脅威足り得ない。
もしかしたら皇帝が古代の遺跡に興味を示しているのもそういった理由からなのかもしれない。
「いずれにせよ、結果が分かるのは未来の事さ。私達はその未来が少しでもより良くなるために布石を打っておく事しかできないんだよ。――――いまはまだ、ね」
含みのある言葉を残し、シュナイゼルはカノンが淹れてくれた紅茶を飲んで意識を切り替えた。
「さて、それではそろそろ次の準備を始めるとしようか。カノン、通信の用意を」
「かしこまりましたわ、殿下。少々お待ちください」
頭を下げ必要なものを取りに行くカノンを見送りながらシュナイゼルはいつもの穏やかな笑みを浮かべる。
その瞳が見据えるものがなんなのか、それを測れる者はどこにもいない。
ブリタニア側の幕間回。
次回こそ第二部が始まります。
区切りもいいので、もしよろしければ今作でみなさんが良いと思っているところや、ここは直した方がいいなと思っているところ、何話が好きか、この部分は読みづらかった、共感できなかったなど、全体を通しての感想などをいただけるととても嬉しいです。
どうしても自分で書いた文章の良し悪しは分かりづらいので、文章力向上や作品のクオリティを上げるために、みなさんの忌憚なき意見をお待ちしております。
また前回告知した息抜きおふざけ企画『~あの夏の日の絆~原作キャラクターコメンタリー』も公開しているので、興味のある方はお読みいただければと思います。
次回:生じる亀裂
舞台はまたルルーシュ側へと戻ります。