『第二部・暴かれる秘密編』スタートです。
30:生じる亀裂
日本解放戦線の国外逃亡援護作戦は、ありていに言えば引き分けで終わった。
それは決着がつかなかったわけでも痛み分けで終わったわけでもなく、コーネリア軍も黒の騎士団も目的を達成できなかった故のものだ。
コーネリア軍は本来の作戦目標であった日本解放戦線の逃亡を許し、黒の騎士団はコーネリアの確保をギルフォードやダールトン、ジェレミア率いる純血派に阻まれ成し得なかった。お互いに損害は軽微だったものの、プライドの高い両軍の指揮官はそれを決して勝利とは呼ばなかった。
本来なら不本意な結果に対し反省点を検証し、屈辱を次なる作戦の糧にするルルーシュだったが、今回ばかりは前日に行われたばかりの作戦に対してなんら悔いを残してはいなかった。
正確には反省や後悔をする余裕すらなかった。作戦の成否など些事と切り捨ててしまうだけの情報が齎されたが故に。
「つまり、シャーリーが俺の部屋に来てゼロの仮面とスーツを確認して去って行ったと、そういう事だな?」
C.C.の説明を簡潔にまとめ、ルルーシュは念を押して確かめる。
問われたC.C.は神妙な面持ちで頷いた。
「ああ。ロックも簡単に開錠していたぞ。確実に正体がバレたな」
重苦しい沈黙が部屋を支配する。
そんな中、前回と同様にルルーシュ用に作られた秘密の通路からアッシュフォードに潜入し部屋に来ていたスザクが話に割って入る。
「ルルーシュ。そのシャーリーっていう人は……」
「俺のクラスメイトだ」
スザクの問いに簡潔に答えるルルーシュ。
しかしそれだけでは足りないと思ったのか、一言付け加えた。
「俺が……父親を殺した」
その一言でスザクは事情を察する。
あそこまでルルーシュを追い詰めた友達の身内の死。その当人だという事を。
「ルルーシュ。だいじょ……」
「それで? お前はどうするんだ、ルルーシュ」
気遣うスザクの言葉を強引に遮って、C.C.が問い掛ける。
「どうする、とは?」
抽象的な問いにルルーシュは眉を上げて問い返す。
その気配は剣呑な空気を放っていた。
「分かっているだろう? 始末するのか、という意味だ」
始末、という不穏な言葉に場が固まる。
ルルーシュは表情を険しくし、スザクは思わずといった様子で否定的な声を上げる。
「C.C.、それは……!」
「非人道的、とでも言うつもりか?」
スザクの言わんとする事を先回りするようにC.C.は問う。
グッと言葉に詰まるスザクに感情の読めない瞳を向けながら、C.C.はその甘い考えを否定する。
「だがこれは日本解放戦線を生きた囮とするのとは全く別の話だ。あれは必要のない犠牲と言えたが、今回の件は避けて通る事は出来ない。この状況で身内だからと甘い判断を下せば命取りになりかねない事くらい、いくら頭の弱いお前でも分かるだろう? まして相手は、ゼロを父親の仇と恨んでいる可能性が高い女だぞ」
C.C.の正論にスザクは反論できず黙り込む。
そもそもシャーリーの人となりすら知らないスザクは、この件において正しい判断を下せる情報を持っていなかった。
その判断ができるはずのルルーシュは、スザク同様沈黙を保つ。
「どうした? 安全を考えれば放置は愚策。ならば選択の余地はないように思えるがな。それともやはり、情でも湧いたか?」
黙考するルルーシュにC.C.は挑発的な問いを投げ掛ける。
わずかに嘲笑を含んだそれに、ルルーシュはギロリと彼女を睨みつける。
「黙れ。これはシャーリーを始末するとかしないとか、そんな次元の話ではない」
「……どういう事? ルルーシュ」
ルルーシュの発言の意図を理解できなかったスザクが怪訝そうに訊ねる。
それに対しルルーシュは口元に手を当てて少しだけ考え込むと、自身の思考を吟味するかのようにゆっくりと語り出す。
「今回の件は不審な点が多過ぎる。そもそもの話、なぜシャーリーは俺に疑いを持った?」
根本的な疑問。ルルーシュはまずそれを議題に挙げた。
今後の対処ではなく、なぜそれが起こったのかという根本的な問題と向き合う。
「俺の正体はここにいる三人しか知らない。アタッシュケースの解除コードもだ。もしシャーリーが父親の死をきっかけにゼロについて調べたとして、ただの女子高生が俺に辿り着く事などできると思うか?」
軍が必死に調査しても手掛かりすら掴めないゼロの正体。それを学生が、しかも数日で調べ上げたなんて事は常識的に考えてまずあり得ない。
「なんらかのきっかけで俺に対し疑念を抱いたとして、尾行などで俺が黒の騎士団の関係者であるという事くらいは突き止められたとしよう。だが、彼女だけではそれが限界だ。俺がゼロである事、そしてロックの解除コードを知る事などできるはずがない」
その2点は決定的な証拠と成り得るためルルーシュが最大限に警戒し隠し続けてきた事柄だ。たとえ調査に乗り出した者が自分と同等の能力を持っていたとしても、証拠を掴む事はできないと断言できる。
「なのにそのシャーリーっていう子は知っていた……」
「ああ。つまりシャーリーは誰かからそれらの情報を聞いた可能性が高い」
ゴクリと、スザクが息を呑む。
それはルルーシュの正体が顔も分からない誰かに知られている事を意味していた。
「俺達の誰にも気付かれずにその全てを調べ上げた人間がいると仮定すれば、この状況の辻褄は合う。そしてもしそれが事実なら、シャーリーの影に隠れている何者かの情報収集能力は脅威的だ。いや、脅威という言葉では生温い。いっそ透明人間でもいると言われた方が納得できるレベルだな」
何せアタッシュケースの解除コードはどこにもメモを残していない。それを外部の者が知る機会があったとするなら、実際にアタッシュケースを開けるその時に他ならない。
その可能性に思い至ったルルーシュは部屋にカメラがないか徹底的に調べたが、ついぞ見つける事は叶わなかった。もう回収されているだけかもしれないが、なんの痕跡も残さず――しかもこの場所で暮らすルルーシュやC.C.に気付かれる事すらなく部屋に侵入し隠しカメラを仕掛け、さらにそれを回収するというのは現実的に考えて不可能に近い。
「そして何より、そいつの行動は不可解過ぎる」
ルルーシュの眉間に一層皺が寄る。
C.C.も頷いてルルーシュの意見に同意を示した。
「確かにな。お前を落としたいなら、さっさとゼロの正体を軍にリークすればいいだけの話だ。ゼロの仮面という言い逃れできない証拠まで準備できるのにも関わらず、そいつがした事と言えばお前の友人である学生にゼロの正体を教えただけ。少なくともこちらが把握している限りでは、という前提はつくが」
こちらを決定的に追い込むだけの情報を握っていながら、その使い方があまりにお粗末である事をC.C.が指摘する。
シャーリーの裏に潜む何者かが何を考えているのかは分からないが、シャーリーにゼロの正体を教えるメリットがあるとは思えない。彼女はただの学生であり、なんの力も権力もない一般市民だ。友人を使う事でルルーシュを追い詰めようとしているとも考えられるが、ルルーシュを潰したいだけならC.C.の言う通り軍に情報をリークすればそれで済む話だ。しかし未だに軍がこの学園に押し寄せていない事を考えれば、軍に情報が渡っている可能性は薄い。
相手が何を目的に、どんな意図があって行動を起こしているのか、それらがまるで分からずルルーシュは苛立ち混じりに舌打ちを零した。
「もしシャーリーの口を封じたとしても、裏で暗躍している何者かの尻尾を掴まない限り情報漏洩の危険性は変わらない。つまり俺達がするべき事はシャーリーの口封じではなく、黒幕の正体――ひいてはその所在を調べる事だ」
険しい顔をしたままルルーシュはそう結論付けた。
ルルーシュの顔が晴れないのはその方法がまだ考えついていないからかと思ったスザクだったが、C.C.が挑発的に発した言葉でそれが間違いだったと気付かされる。
「それが分かっているならば、さっさとすればいいだろう」
「えっ?」
「……」
ルルーシュは答えなかった。
その様子にC.C.は冷たい視線を向ける。
「お前が気付いていないはずはあるまい。それを調べる方法に」
尚も黙り込むルルーシュに、C.C.は沈黙する事は許さないとばかりに話を続ける。
「現状では情報が皆無と言っていい黒幕を見つけ出すために最も有効な一手、それは――」
「シャーリーから直接聞き出す事、か」
観念したようにC.C.が言おうとした台詞を引き継いでルルーシュが答える。
それが苦渋の答えだった事は、ルルーシュの表情から簡単に見て取れた。
「その通りだ。そしてそれができるのは、あの娘と面識のあるお前しかいない。拷問するというなら話は別だがな」
拷問という単語にルルーシュとスザクが顔を顰める。
ルルーシュのためにも当然そんな事は考えられず、スザクは慎重論を口にする。
「でも直接会うのはさすがに危険じゃない? 僕はシャーリーって人の事は知らないけど、黒の騎士団のせいでお父さんを失ってるんでしょ? まともに話を聞けるとは思えないよ」
身内を亡くし、しかもその仇が友人であった事を知った高校生がまともな精神状態でいられるはずがない。
最悪復讐心に駆られ襲ってきてもおかしくない事を考えれば、直接会うのは避けるべきだとスザクはリスクを語る。
しかしC.C.はもちろんルルーシュも、その意見に賛同する事はなかった。
「相手は高校生だぞ? ブリタニアを倒そうとしている天下のテロリストが女子高生相手に怖気づいてどうする」
「お前の言う事も分からないわけではないが、いま俺達が打てる手はそれしかない。シャーリーが落ち着くまで待つ事も考えたが、裏で動いている奴がいつ誰に俺の正体を話すか分からない以上、今回の件は可及的速やかに片付ける必要がある」
二人からそれぞれの見解で案を却下されスザクは言葉に詰まった。
だが友達の父が死んだ事であれほど苦しんでいたルルーシュをその当人である友人に会わせるのはまだ避けたいと、スザクは必死に言い訳を考える。
「じゃあわざわざ会わなくても、シャーリーって人を尾行してその黒幕と接触したところを捕まえればいいんじゃない?」
「シャーリーとそいつの接触方法が分からない以上、有効な手段とは言えないな。メールや電話、手紙などでやり取りしている場合は完全な無駄骨で終わる可能性もあるし、次にいつ接触するかも分からない現状では無為に時間を浪費してしまう事もあり得る」
苦し紛れのスザクの案は即座にルルーシュに棄却される。
再び代案がないか考えようとするスザクだったが、その前にルルーシュが深刻な顔で続けた。
「それにこうなった以上、シャーリーとは一度話す必要がある。それがどんな結果になろうともな」
「ルルーシュ……」
覚悟を滲ませたその言葉に、スザクは何も言えなくなってしまう。
しかしC.C.は違った。
金色の瞳を細め、ルルーシュの覚悟を確かめるように静かに問う。
「その話し合いの内容次第では、お前はその女を――」
――始末するのか?
続く言葉をC.C.は最後まで口にしなかった。
睨むでもなく、真っ直ぐと見つめてくるルルーシュと視線合わせ、納得したかのように引き下がる。
そんなルルーシュを見て、スザクもそれ以上口を挟む事はしなかった。
「とりあえずシャーリーを呼び出してみるとしよう。メールを打つから少し待っていてくれ」
携帯を取り出すルルーシュにスザクは首をかしげる。
「電話じゃなくていいの?」
思いついた疑問をそのまま口に出すスザク。
それに対しあからさまに呆れたため息をついたのはルルーシュではなくC.C.だった。
「少しは考えろ。いまそいつが電話したとして、シャーリーとかいう娘が出ると思うか? こいつが父親の仇だと昨夜知ったばかりだぞ」
C.C.の説明にスザクがなるほどと頷く。
さっきまでは自分も身内に不幸のあった女の子がまともに話せるかも分からないと言っていたのに、いつの間にかそれを失念していた事実に気付き、急展開に頭がついて行けていない事をスザクは自覚する。
最も動揺しているのはルルーシュなのだから自分がこれではいけないと、自省し深呼吸をする。
そうして心を落ち着けているうちに、メールを打ち終わったルルーシュが携帯を置いた。
「二時間後に学内の礼拝堂に彼女を呼び出した。来てくれる可能性は低いかもしれないが、もし来ないようなら直接女子寮へ行くとしよう」
険しい表情を浮かべながらルルーシュが方針を告げる。
色々と思うところがあるのは察せられたが、その内心を無視してC.C.は現実的な問題点を口にする。
「もしその場所にお前の正体を娘に教えた黒幕が来たらどうするつもりだ? 最悪、その場で殺される可能性もあるぞ」
こういう時に余計な気遣いをせず、冷静に状況を俯瞰できるC.C.の存在はルルーシュとしてもスザクとしてもありがたいものだった。どれだけ追い詰められようと現実は待ってくれない。必要なのは慰めではなく状況に即した問題提起。それはスザクには補う事が難しい領域だった。
もう少し空気を読んでほしい、と思う時も多分にあるが。
「だからこそ学園の中に呼び出した。この学園のセキュリティはかなり強固だ。警戒レベルを引き上げれば、外部の人間が気付かれずに侵入する事は不可能に近い」
皇族を匿っている事が万が一にも漏れないよう、アッシュフォードの警戒網はルルーシュの協力の下、普通の教育機関とは比べ物にならない水準に達している。たとえその道のプロだとしても、突破するには相当骨が折れるだろう。
「相手はお前の秘密を誰にも気付かれずに暴くほどの奴だぞ。その強固なセキュリティがどれほど役に立つか疑問だな」
「分かっている。これほど諜報に優れた人間なら、こちらの警戒網を掻い潜り学園に侵入してくる事は充分に考えられるだろう」
C.C.の懸念にルルーシュも同意を示す。
先手を取られ、しかも相手の能力はこちらが想定できないほど高い事が分かっている現状、どれだけ用心しようとそれは万全足り得ない。
「だが現状ではこれ以上の対策は打ちようがない。ここは多少の危険は呑み込んででも情報を手に入れに動くべきだ。でなければ、取り返しのつかない事態にもなりかねない」
危険は覚悟の上。それでも情報収集を優先すべきというルルーシュの言葉に、スザクは表情を険しくさせる。
理屈は理解できるものの、スザクにとってそれはできる限り回避したいものだった。
「なら僕も二人の話し合いに同席しようか?」
「いや、ゼロの右腕だと知られているお前が隣にいては、ただでさえ警戒しているはずのシャーリーを怯えさせてしまう。そうなればまともな話し合いは望めないだろう」
危ないというなら自分がルルーシュを守ればいいと考えスザクは提案するが、それは当のルルーシュ本人によって拒否された。
「お前には俺の代わりにナナリーの護衛をしてもらいたい。黒幕の狙いが俺なら、この機会に狙ってくる可能性は充分に考えられるからな」
これほどまでにルルーシュを調べ上げている人間が、ナナリーの事を知らないなどあり得ない。
となれば、敵はシャーリーを囮に自身の最大の急所ともいえるナナリーを押さえようとしている可能性もあるとルルーシュは睨んでいた
「それはそうかもしれないけど……それじゃあ君の護衛はどうするの?」
クラブハウスにいるナナリーの護衛をするとなれば、礼拝堂の方に行くルルーシュは無防備になってしまう。
待ち合わせ場所をクラブハウスにしなかった事は相手の心情を考えればスザクにも理解できるが、肝心のルルーシュの安全が確保できないのでは素直に賛同する事は難しい。
「俺の方は自力でなんとかできる。少なくとも足止め用の仕掛けや道具を用意しておけば、クラブハウスまで逃げ切る事くらいはわけないさ」
「でもそれって、ルルーシュが一人の場合はだよね?」
「それは……」
スザクの追及にルルーシュは何も言えず黙り込んだ。
確かに万全の準備さえ整えれば、相手が誰であっても、たとえ集団だったとしても、ルルーシュなら礼拝堂からクラブハウスくらいまでなら逃げられるだろう。
だが今回、礼拝堂にはルルーシュだけでなくシャーリーという少女もいる。もし襲撃者が彼女諸共ルルーシュを始末しようとした場合、一般人である彼女を守りながら逃げ切れるとはスザクには到底思えなかった。
以前カレンにも言った通りだ。自分達は決して万能ではない。守れる数には限りがあり、全てを救うには力が足りない。
ルルーシュもそれが分かっているからこそ、何も答える事ができないのだろう。
嫌な沈黙が部屋を支配した。
そしてこのままではルルーシュが望まない結論を出してしまうだろう事がスザクには分かっていた。
いまは他の可能性がないかどうか必死に検討しているのだろうが、それが見つからなければ間違いなくルルーシュは決断する。
シャーリーという友達を見捨てるという決断を。
もちろんいざという時の覚悟は常にしているだろう。
彼女の父親を殺してしまった事を自覚したルルーシュは、自らの願いのためにあらゆる犠牲を背負う覚悟を既に固めている。それが彼女本人になったところで、恐らくルルーシュの覚悟が揺らぐ事はない。
だが実際に友達を見捨てるという選択が、ルルーシュの心に致命的な傷跡を残す事は確実だ。
己の願いのために友達を巻き込み、悲しませ、犠牲にした事実はルルーシュを蝕み、その人間性を削り、魂の一部を殺す。かつて父親を殺した自分がそうであったように。
それを覚悟しているルルーシュを否定するつもりなどスザクにはない。
だがもし回避できるというなら、それに越した事はないのだ。誰にとっても。
瞑目したスザクはゆっくりと開いた瞳を、話は聞いているものの関心がなさそうにぬいぐるみを抱いてベッドに転がっている少女に向けて、ルルーシュなら絶対にしない頼み事を口にした。
「C.C.、僕達に力を貸してくれないかい?」
「なに?」
「おいスザク――!」
怪訝そうに目を細めるC.C.に咎めるような視線を向けてくるルルーシュ。
それに構わずスザクは己の言い分を述べた。
「本当なら僕がルルーシュを守りたいけど、今回はどうしたって僕一人じゃ力が足りない。万が一の時、僕だけじゃルルーシュを守れないかもしれない。だから君の力を借りたいんだ」
自身の力不足を自覚し、それを悔しく思いながらスザクは隠す事なく自らの心中を曝け出した。
くだらない見栄やプライドを捨て、ただ真摯に頼み込む。
C.C.にはメリットのない身勝手な頼みだと理解していながら、スザクにはこれしか思い浮かばなかったから。
「もしルルーシュが襲われたら、僕が行くまでのほんの少しの間だけでいいから時間を稼いでほしい。成田の時みたいに、僕の代わりにルルーシュを守ってほしい」
成田の戦いでスザクはルルーシュのピンチに立ち会えなかった。
ルルーシュの事を託したカレンは強敵の前に敗北し、結果C.C.がいなければルルーシュはブリタニアに捕まっていた事だろう。
あの時自分は何を間違ったのか。
作戦を優先してルルーシュの傍を離れた事か、他人にルルーシュを任せた事か、単純な自分の力不足なのか。
優秀ではないと自覚している頭で悩みぬき、スザクは一つの結論を出した。
どれだけ守りたいと思っても、成田の時のように自分の力だけではどうしようもない事態は起こり得る。
ならばせめて、自分が行くまでだけでいい。わずかな時間、ルルーシュを守ってくれる信頼できる護衛がいればいいのだと。
わずかでも時間を稼いでもらえれば、必ず自分が駆けつける。
そしてそれは、カレンや黒の騎士団では務まらない。黒の騎士団総帥であるゼロではなく、ルルーシュ個人を守ってくれる存在が必要なのだ。
そう考えれば、頼める相手は一人しか存在しなかった。
「お願いだC.C.。君の力を僕達に貸してください」
深々と頭を下げて、スザクは懇願した。
ルルーシュと二人なら、自分達三人を守り切れると言ったあの言葉に嘘はない。
だがそれにこだわってルルーシュの心を殺すくらいなら、スザクはなんの躊躇いもなく助けを求める。
優先すべきは何よりも、彼らの命と幸せなのだから。
「スザク……」
その姿を見てルルーシュは呟くように名前を呼んだ。
聞かずとも親友の強い思いが伝わり安易な制止を口にする事は憚られた。
そしてその心からの願いを聞いたC.C.は静かに頭を下げるスザクを見つめていた。
「力が足りないと言うなら、力を得ればいい」
感情の読めない表情で黙り込んでいたC.C.から返ってきた答えは、承諾でも拒否でもなくそんな言葉だった。
その視線を頼み込んできたスザクではなくルルーシュに向けてC.C.は続ける。
「私は散々言ってきたはずだな、ルルーシュ。力が欲しいなら、この手を取れと」
C.C.の気配は既にいつもの飄々としたものではなかった。
自らを魔女と名乗る女が醸す空気に、知らず知らずのうちにルルーシュもスザクも呑まれる。
金色の瞳は映す人間の本質すら見透かすような底知れぬ深みを持ち、紡ぐ言葉はどんな人間すら誘惑してしまいそうなほど聞く者の心を掴み離さない。
「もし今回の事を乗り切れたとしても、同じような事はこれから先も必ず起こる。そのたびにお前達は私を頼り、あるいは他の誰かを頼り、立ちはだかる脅威を綱渡りのような賭けに命を賭して乗り切るつもりか? そんな奇跡的な博打がいつまでも成功すると、本当に思っているのか?」
嘲るように笑って、ゆっくりとC.C.は右手をルルーシュに向けて差し出した。
その意味は誰の目にも明らかだった。
C.C.がルルーシュと共にある理由。
王の力の譲与と願いの成就の取引。
いまこそそれを為す時だと彼女は祝詞でも唱えるように、美しく、厳かな声で告げる。
「私と契約しろ、ルルーシュ。そうすればお前は、強大な力を得る事ができる。それは私が直接手を貸すよりも遥かにお前の助けとなり、困難な道を切り開く起死回生の一助となる」
スザクはC.C.がルルーシュに契約を持ち掛ける姿を初めて見た。
あんなにも物臭でだらしない姿ばかりを見せるC.C.が、いまはまるで聖女か魔女のように見える現実に息を呑む。
そして当のルルーシュは険しい表情で黙り込んでいた。
決断に迷うというよりは、何かを考え込んでいるような様子にスザクは困惑する。
この状況下で、持ち掛けられた二択以外に何を考え込むような事があるというのか。
「なぜお前は、そこまで契約にこだわる?」
ようやくルルーシュが口にしたのは、返答ではなく疑念だった。
「お前の願いなら叶えると、俺はそう言ったはずだ。それを違えるつもりなど俺にはない。なのにどうしてお前は俺に力を与えようとする? 契約の形に固執する?」
鋭い視線をC.C.に向けながら矢継ぎ早にルルーシュは問う。
その様子からはありありとC.C.に対する不信感が窺えた。
「口約束では信用できないか? だとすれば契約にはお前が俺に渡すという力と同じように、なんらかの超常的な力でそれを履行させる強制力が生じるのか? それとも俺に発現する力が何か分からないというのは嘘で、その力でしかできない何かを俺にやらせるつもりか?」
状況から考え得る可能性を上げ、そのどれもが自身に不利にしかならない事にルルーシュは一層C.C.への疑念を募らせる。
もし願いを叶えるというルルーシュの言葉をC.C.が信じているのなら、無理に契約を結び力を与える必要はない。仮にルルーシュの身を案じているというなら、それを口にすればいいだけだ。
なのにC.C.は決して理由を語ろうとはしない。
「答えろC.C.。お前はなぜそこまでして俺と契約を結ぼうとする」
まるで敵対する相手に向けるような厳しい語調でルルーシュは問い詰める。
紫紺の瞳と金色の瞳が交差し、互いに決して目を逸らそうとはしない。
しかしC.C.の口から答えが返ってくる事はなかった。
「まただんまりか?」
C.C.は答えない。
その頑強な姿勢にルルーシュの眉間に寄る皺がさらに増える。
「理由さえ話せば、俺はお前から力を受け取り契約を結ぶ事も吝かではないと言っている。にも関わらずそれを拒否するという事は、お前が隠す秘密は俺にとって都合が悪いものであり、それを明かせば俺が契約を拒絶する事が分かっているからじゃないのか?」
ルルーシュがC.C.と契約を結ばない最大の理由がそれだった。
得体の知れない力を授かるというリスクは当然の事、最も大事な部分をC.C.は秘匿し、明かそうとしない。
こちらが聞き入れる姿勢を見せているのに、それでも黙して語らない。
その姿は相手を騙し、陥れようとしているように見られても仕方のないものだろう。
「C.C.、お前には命を助けられた借りがある。それに対して感謝もしている。だが何も語らず、歩み寄ろうとすらしない奴を信用する事は出来ない」
敵意は向けず、だが情を見せる事もなく、ルルーシュはC.C.への不信を正面から告げる。
「もう何度も言っているが、改めてはっきりと言っておく。お前がその胸の内に隠し続ける秘密を明かさない限り、俺が契約を結ぶ事はない。お前への借りは返すが、それはこの件とは全く別の話だ」
明確に拒絶の言葉を口にするルルーシュ。
何もC.C.の全てが信じられないなどと言うつもりはない。
なし崩し的とはいえ、ゼロである事も、元皇子だという事も知られている相手だ。
C.C.がその情報を軍にリークでもすればあっという間に自分は破滅する。
そんな相手を拘束もせず自由にさせている時点で、ある程度の信頼は預けていると言える。
しかし事契約に関してだけは、一切の信用ができなかった。
それは秘密を抱えている事はもちろん、彼女がその話題を口に出す時だけは普段のふざけた言動をやめ、これ以上にないほどに真剣な様子を見せる事も理由の一つだった。
きっと彼女はこの契約のためなら、何かを犠牲にする事も厭わない。
そう感じさせるだけの迫力があった。
「……だとすれば、私から言う事は何もない」
ルルーシュの宣言にC.C.は纏っていた空気を弛緩させ、チーズ君を抱きながらため息をつくように言った。
「C.C.……」
「好きにしろ。私も勝手にする」
投げやりにそれだけ告げてC.C.は部屋から出て行った。
もう何度目になるか分からない交渉の決裂にルルーシュは嘆息する。
その様子を見てスザクは申し訳なさそうに眉を下げた。
「ルルーシュ、ごめん。僕が考えなしにC.C.に頼んだりしたから……」
「いいんだ。俺もあいつも、互いに慣れ合うつもりはない。言いたい事があればはっきり言う。それだけの事だ」
疲れたように、力の抜けた声でルルーシュは答えた。
きっとルルーシュには自分がC.C.に頼み込んだ時からこの未来が見えていたのだろうとスザクは察した。
目元を押さえ、首を振るルルーシュはそれだけで意識を切り替えたようで、真剣な眼差しでスザクを見る。
「それよりもいまは黒幕への対策について考えるぞ。C.C.の助力を得られない以上、学園内にできる限りのセキュリティを敷く。まずは礼拝堂にカメラを設置して――」
話し合いまで残された時間は多くない。
それまでになんとか警戒網に穴を作らないようにするルルーシュの声を聞きながら、スザクは再び決意を固める。
たとえC.C.の協力が得られないとしても、彼と彼の妹だけは守るのだと。
それによってルルーシュやナナリーから恨まれる事になろうとも。絶対に。
いつから目が覚めていたのだろう。
気付けばぼんやりと天井を眺めていた。
起床したという感覚はなく、自分がずっと前から目を覚ましていた事は意識が微睡みもせず頭がはっきりしている事からすぐに分かった。分かったからといって、だからなんだという話ではあるけれど。
寝起き特有の倦怠感とは別のだるさを感じながら、シャーリーはゆっくりとベッドから上体を起こす。
同室のソフィは部屋にいなかった。きっと食事か買い物にでも行っているのだろう。
父が死んだ直後は学園から離れている母のいる自宅に帰っていたが、いまはもう寮に戻ってきている。
というより、自宅に帰る余裕がなかった。昨夜は学園のクラブハウスに忍び込んでいたから。
そこで見たものを思い出し、シャーリーは再びベッドへと身体を倒した。
悲しみと驚きと怒りでぐちゃぐちゃになった頭が、何かを考える事を拒絶する。
擦り切れてボロボロになった心が、もう全てを投げ捨てたいと叫んでいた。
自分を煩わせる感情も、この恋心も、全部を。
ゼロはルルーシュだった。
なんの罪もない父を殺し、日本人に祭り上げられているテロリストのリーダーは、よりにもよって自分が想いを寄せる男の子だった。
初めにそれを聞いた時は信じられなかった。
見ず知らずの男が語った嘘に本気で怒って怒鳴り散らした。
でもその人は色んな事を知っていた。黒の騎士団の事、日本解放戦線の事、ブリタニア軍の事、なんで山崩れが起きたのか、お父さんがどこにいて、何をしていて、どうして巻き込まれたのか。
そしてその全てを語った後、男は言ったのだ。
「君はね、自分の父親を殺した男に縋っていたんだよ。ルルさえいなければ、君がそんな悲しみを感じる事もなかったのに」
「ルルも酷いよね。自分が君の父親を殺したのに、それを隠して君の唇を奪ったんだ」
「罰を与えなきゃいけない。そんな悪魔みたいな男には」
「ここまで言ってもまだ信じられないかい? だったら君自身の目で確かめればいい」
「ルルの部屋に彼がゼロだと示す証拠がある。それを見つけるんだ」
「逃げちゃダメだよ。それじゃお父さんがあまりにも可哀想だ」
「お父さんの無念を晴らせるのは君しかいないんだから」
結果的に、その人が言った事は正しかった。
彼の部屋で厳重に隠されていたゼロの衣装。
それが雄弁に、真実を物語っていた。
そこからはもう憶えていない。
気付いたらベッドの上で天井を見上げていた。
いまは何時だろう?
今日はあの人と会う約束をしている。
あの人は、私がするべき事を教えてくれると言っていた。
お父さんを殺したゼロ――ルルに私が何をするべきなのかを。
「っ……!」
どうしようもなく身体が震える。
両手で身体を抱いて抑えようとしても、何も変わらなかった。
どうしてこんな目に遭っているのだろうと、擦り切れた頭で思う。
ほんの一月前までは幸せな日常を送れていたはずなのに。
どうして私ばっかり、こんなつらい気持ちを抱え込まなければいけないのか。
「もう……もう嫌だよ、お父さん……」
頭から毛布を被り、シャーリーは涙で枕を濡らす。
つらいだけの現実から目を背け、幼い子供のように声を出して涙する。
そんな中で枕元に置いてあった携帯がメールの受信を告げた。
あの人からだろうか。
約束の時間を過ぎても来ない自分を不審に思ってメールをしてきたのかもしれない。
メールアドレスは教えてはいなかったけど、何もかも見透かしているようなあの人なら自分のメアドくらい知っていてもおかしくはない。
枯れる事のない涙を拭って携帯を見る。
そこに記されていた送信者の名前にシャーリーは凍り付いた。
『話がしたい。11時に礼拝堂で待っている。 ルルーシュ・ランペルージ』
思考の停止した頭が、小学生でも分かる簡単な文字列を理解する事を拒む。
なのに目線は何度も文の上を往復して、逃げる事を許してはくれない。
知られてしまった。彼をゼロだと知った事を。
こんなタイミングで自分を呼び出す理由など、それ以外には考えられない。
なぜ、と混乱した頭で考えるも、すぐにそんな事はどうでも良くなって再び毛布を頭から被った。
さっきとは比べ物にならないほど身体が震える。
歯がガチガチと鳴り、悲しみからではなく恐怖から瞳が涙で滲む。
ルルーシュは自分を呼び出して一体何をするつもりなのか。
誰にも言わないように説得するつもりか、それとも手っ取り早く口を封じるつもりか。
もしかしたら謝罪をしてくれるのかもしれない。
だがそのどれであれ、シャーリーは恐怖しか感じなかった。
易々と人を殺せる人間と会う。それが怖くてたまらない。
そんな事はないと信じたいが、ルルーシュはゼロなのだ。のこのこと呼び出しに応じた先で、問答無用で撃たれてもおかしくはない。
友達に対して――ましてや想い人に対してそんな事を考えてしまう自分に嫌悪を抱き、それでもシャーリーはその可能性が絶対にないとは言い切れなかった。
それにまだ、ルルーシュに会ってどうすればいいのかも分かっていない。
あの人と会うのはこれからの予定で、呼び出しに応じるならそっちに行く事はできない。
――ならいっそ、すっぽかしてしまおうか。
あの人と会って、どうするか決めて、それからルルーシュとは会えばいい。
何もバカ正直に呼び出しに応じる必要はない。
「っ……」
でも、本当にそれでいいんだろうか。
そうやって逃げて、誰かに判断を任せて、それで私は納得できるんだろうか。
私はまだ、何も知らない。
彼がどうしてテロリストなんかやっているのかも。なんでお父さんを殺したのかも。それをどう思っているのかも。
「ルル……」
ベッドから出て、机の引き出しを開けて小箱を取り出す。
その中の写真を見て、シャーリーは大きく顔を歪めた。
ルルーシュの写真。
彼と一緒に過ごした、大切な思い出の記憶。
いつもなら幸せな気持ちになって眺めていたそれを見て、シャーリーは膝から崩れ落ちた。
「お願い……誰か…………誰か、助けて……」
罅の入った心の軋む音が、嗚咽と共に部屋に響いた。
次回:迷える心