コードギアス~あの夏の日の絆~   作:真黒 空

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スザク生誕祭!
おめでとう!


35:嘘つきの真意

 

「ねぇ、ルルーシュ君ってどうしてクラブハウスに住んでるの?」

 

 時は戻ってルルーシュが学園を出る決意をした日の放課後。

 生徒会室にはリヴァルにカレンにニーナと、いつもの半分のメンバーしか揃っていなかった。

 

「何々カレンもルルーシュの事が気になる感じ?」

 

 カレンからの問いにリヴァルが面白がるような笑みを浮かべる。

 ミレイは祖父からの呼び出し、シャーリーはお父さんの件があってから生徒会室にはまだ顔を出していない、そしてルルーシュは連絡なし――つまりはサボりのため、話し相手がいなかったリヴァルにとってカレンからの質問は良い雑談のきっかけだった。

 そんなリヴァルの心境など一ミリも知らず、変に邪推された事を不快に感じながらお嬢様然とした猫を被ったカレンは、それを微塵も表に出さず答える。

 

「そんなわけじゃないんだけど、寮もあるのにわざわざクラブハウスに住むなんて普通じゃないでしょ?」

 

 学生らしい、なんでも色恋につなげようとする面倒な質問を適当に躱し、カレンは少し踏み込んで問う。

 リヴァルも茶化しただけでさして本気で訊いていたわけではないのか、変に引っ張らず両手を頭の後ろで組みながら答えを返した。

 

「んー俺も詳しく聞いてないんだけどさ、ナナリーがああだろ? だから寮に住むのは難しいんで、理事長に頼んで空いてる部屋を使わせてもらってるとかなんとか。後はルルーシュの両親と会長のお爺さんが知り合いらしいって話も聞いたかな……多分」

 

 自信がなさそうに最後にそう付け加えるリヴァル。

 頼りない情報だったが、ナナリーの足と目を考えれば深く訊ねづらい事柄であるのは理解できた。いくら友達だからといって、気軽に聞けるようなものでもないだろう。

 それにリヴァルの話はそれなりに説得力のあるものだった。

 確かに生徒にクラブハウスの部屋を貸し与えるのは破格の待遇ではあるが、ナナリーの事情を考慮すれば不思議というほどでもない。このアッシュフォード学園は殆ど施設がバリアフリーになっており、設立者である理事長に障害者への理解がある事は見て取れるし、没落しても人脈を失わないほどの人格者である事は孫娘のミレイからも聞いている。

 それに加えて知人の子供であれば、余っている部屋を貸すくらいはおかしくないだろう。

 だがとある疑念を抱いているカレンには、それを額面通りに信じる事はできなかった。

 

「でも寮がダメなら自宅から通学できなかったの? 私みたいに」

 

 アッシュフォードは全寮制ではあるが、事情があれば自宅からの通学許可も下りる。

 いくら車椅子で移動が大変とはいえ、わざわざクラブハウスに住まわせるのはやり過ぎのようにも思える。

 

「あールルーシュってなんか家族と上手くいってないみたいなんだよ。そんで多分、親はもう本国に戻ってるっぽいんだ」

 

 どことなく気まずそうに頬を掻きながらリヴァルが語った内容に、カレンは目を丸くする。

 

「それってクラブハウス以外に家がないって事?」

「多分だけどな。前に呼ばれたからっていきなり学校休んで本国に帰ったから、俺が勝手にそうなんじゃないかって思ってるだけ。あいつって昔の事とか家族の事とか話したがらないし」

 

 ナナリーの事は別だけどさ、とリヴァルは茶化すように笑う。

 

「ま、親との不仲なんて良くある話だし、無理に聞き出す事でもないじゃん? 俺だって人の事言えないしさ」

 

 その一言で、リヴァルも何か家族に対し思うところがある事が察せられた。

 カレンも人の事は言えないが、年頃の子供であれば親との関係に多かれ少なかれ頭を悩ませるものなのかもしれない。それでも自分は特殊過ぎたとは思うけれど。

 

「あっ、でもルルーシュってこのエリアが成立する前からこっちに来てたらしいぜ」

「えっ? そうなの?」

 

 思い出したように語るリヴァルの一言に、カレンが食いつく。

 

「ああ。このエリアって地震とか梅雨とか本国と色々違うだろ。なのに慣れてるみたいな事言ってたんで聞いたら、そんな感じの事ポロッと零してたんだよ」

「へぇ……」

 

 なんとなしに齎されたルルーシュの裏話に、カレンは表には出さなかったが内心で驚愕していた。

 日本人として育ったカレンは、当然戦前も日本にいた。

 だから知っている。

 戦前の日本人がどれだけブリタニアに対し差別意識を持っていたのかという事を。

 いま考えれば世論が反ブリタニアに傾いていたせいなのだろう。

 カレンはまだ子供だったが、ブリタニアの片親を持ち、髪が赤いというだけで心ない言葉をぶつけられた事が何度もあった。

 そんな世情下でブリタニア人が日本に滞在しているというのはよほどの理由があっての事だろう。

 胸の内の疑念を膨らませて考え込むカレンだったが、ふとリヴァルが意味深な視線をこちらに向けている事に気付く。

 

「なぁカレン。そりゃ個人の恋愛は自由だけどさ、いまはシャーリーの事もあるし、ルルーシュにアプローチ掛けるのはフェアじゃないっていうか……もう少し時期を待った方がいいと思うぜ」

「はっ……?」

 

 一瞬何を言われたのか分からず、思わず素で返事するカレン。

 そして意味を理解した途端、顔を真っ赤に染め上げた。

 

「だ、だから違うって言ってるじゃない! あんな捻くれた人、私全然好みじゃないから」

 

 リヴァルの的外れの忠告に捲し立てるように叫ぶと、カレンは立ち上がってそのまま生徒会室から出て行く。

 それは衝動的なものではあったが、聞きたい事も聞けたカレンとしてはその場を去る良い口実になってくれた。

 だがそんな事は当然分からないのが生徒会室に残された二人。

 同じ教室で二人の話を黙って聞いていたニーナは、カレンが出て行った扉からその原因になった男へと呆れたように視線を移す。

 

「リヴァル……」

「あれ、俺なりに気を遣ったつもりだったんだけど……失敗だった?」

「うん。多分、大失敗」

「マジか……」

 

 気が弱いのに遠慮がないニーナの言葉に、がっくりと肩を落とすリヴァル。

 明日にでも今日の失言を謝ろうと心に決め、二人しかいなくなった生徒会室で再び仕事へと戻る。

 そして出て行ったカレンはその足で租界の図書館へと向かっていた。

 その目的は生徒会室でリヴァルに聞いた事柄にも関連する調べもの。

 昨夜ゼロと話し、戦う決意を新たにしたカレンは、いままで色々あって忘れていた成田でのコーネリアの言葉を思い出していた。

 

『私は絶対にイレブンを許しはしない! この地で散ったルルーシュとナナリーのためにも、ブリタニア皇女として最期まで戦うのみ!』

 

「ルルーシュとナナリー……」

 

 コーネリアは確かにそう言っていた。

 カレンも知る兄妹の名前を口にし、『我が弟妹』と皇族である事を示唆していた。

 普通に考えれば、それがアッシュフォードのルルーシュとナナリーであるわけはない。名前が同じだけの別人だろう。

 死んだはずの皇族が植民地エリアで身分を隠しひっそりと暮らしているなんて、戦前の漫画でもあるまいしそんな事をする意味がない。

 だがカレンは日本人が皇族を殺害したという話を聞いた事がなかった。

 もし戦前にそんな事があれば当然国際問題として取り上げられるだろうから、事件が起こったのは戦争中なのだろう。

 しかし戦争中に皇族を殺害したのなら、日本政府は戦果として大々的にそれを公表したはずだが、カレンが知る限りそう言った事実はない。

 つまり、おそらくだが日本側はブリタニアの皇族を殺害したという自覚はない。もしくはそれを隠蔽せざるを得なかった何かがあったという事だ。

 その不自然さに気付いたカレンは、この件を調べる事に決めた。

 そして手始めにリヴァルに話を聞いたところ、ルルーシュは戦前に日本に来ていた事実が明らかになったというわけだ。

 

(ルルーシュが日本に来てたって事は、当然ナナリーもよね。戦前って事はまだ10歳くらいだろうし、その頃は親も一緒に来ていて、戦争で何かあって折り合いが悪くなったって事? それとも本当に皇族で、政治的な何かで日本に――ううん。10歳なら公務だってまだだろうし、皇族が日本に来る理由なんて庶民以上にあるわけない)

 

 なんでもかんでも疑惑と結び付けようとしてしまう思考を首を振って払い、カレンは図書館の一角で戦争があった時期のブリタニアの新聞に目を通していく。

 しかし一向にそれらしい記事は見当たらなかった。

 どの新聞社のどの記事も、初の実戦投入がされたナイトメアフレームやそれを操るブリタニア軍の功績を称えるものばかりで、皇族が攫われたとか殺されたとか、そんな事は一切書かれていない。

 むしろこれだけの戦力差で圧倒している戦争に、まだ子供の皇族が巻き込まれるというのもおかしな話だ。ブリタニアが攻め込まれているのならまだしも、戦場はブリタニアではなく日本なのだから。

 一か月も経たずに終結した戦争の記事に全て目を通したカレンだったが、結局皇族が死亡したという記事はどこにも見つけられなかった。

 無駄骨だったかと、落胆しながら念のため戦後の記事にも軽く目を通す。

 戦争で亡くなった者や行方不明になった者は新聞にも載るからだ。

 そしてカレンは、戦争の死亡者の欄を捲ろうとしたところで、片隅にある小さな記事を見つけた。

 

「えっ、あった……」

 

 その記事はまるで膨大な文字に隠れるかのようにひっそりと載せられていた。

 本来なら皇族というブリタニアにとって至上の存在が亡くなった事実は大々的に取り上げるべき事件なのにも関わらず、注意して読み込んでいなければ見つけらないほど目立たない形で。

 

「エリア11――旧日本に留学していたルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下、並びに妹姫であられるナナリー・ヴィ・ブリタニア殿下が先の極東事変に巻き込まれ逝去……」

 

 新聞にはそれだけしか書かれていなかった。

 どんな状況で、何があって亡くなったかも、そもそもなぜ留学していたかの経緯すら書かれてはいない。

 まるで意図的に情報が伏せられているかのような記事に、カレンの疑念は大きくなる。

 なぜ皇族が日本に留学していたのか、その経緯を知るためにカレンは戦前の新聞も漁ってみたが、結局それは分からずじまいだった。そもそもいつ留学したのかも分かっていないのだから、虱潰しに時を遡って調べていたのでは、いくら時間があっても足りない。

 結局その日の成果は皇族死亡の記事だけとなった。

 そして翌日、カレンは黒の騎士団のアジトで扇に当時の事について話を聞いた。

 

「日本人がブリタニアの皇族を戦争中に殺した?」

 

 カレンの質問を繰り返し、腕を組んだ扇は眉間に皺を寄せながら首を捻る。

 

「いや、俺はそんな話は聞いた事ないけどな。大方、日本を悪役に仕立て上げるためのブリタニアのプロパガンダじゃないのか?」

 

 カレンと同じように扇も聞き覚えがないらしくブリタニアのメディア戦略を疑う。

 だがいくら情報操作がお得意のブリタニアといえど、コーネリアのような皇族にも真実がねじ曲がって伝わっているとは考えづらい。

 

「じゃあ戦争前に皇族が留学で日本に来てたって話は聞いた事ありますか?」

 

 ダメ元でカレンは新聞で読んだ死んだ皇族について訊いてみる。

 扇は少しだけ考えた後、ポンと手を叩いた。

 

「留学……ああ! それは確かにあったな。ニュースでやってたよ」

「本当ですか!?」

 

 まさかこんなにも簡単に、あの記事が事実である事を裏付ける証言が聞けるとは思わなかったカレンが目を見張る。

 彼女が詳細を聞き出そうとする前に、扇は目を細め当時を振り返りながら語り始める。

 

「俺もあの頃は教師を目指してたからな。時事ネタにはそれなりに目を通すようにしてたんだけど、その時にはもうブリタニアと日本の仲は悪くてさ。なのに皇族が留学してくるなんて何事なんだって驚いたのを憶えてるよ」

 

 カレンの驚きには気付かず、扇は懐かしみ一人うんうんと頷く。

 これで皇族が日本人に殺されたかはともかく、少なくとも日本に留学してきていたという話だけは本当だと証明され、カレンは勢い込んでさらなる真相を求めた。

 

「結局その皇族ってどうなったんですか?」

「いや、そこまでは憶えてない……っていうか、その留学についての続報がなかったような気がするな。まぁニュースにならなかったって事は、多分ブリタニアと日本の関係悪化に伴って帰国したんじゃないか?」

「そう、なんですね……」

 

 追加の情報を得る事はできず、カレンは肩を落とす。

 確かにブリタニアの皇族の留学の様子などニュースになるような事でもないだろう。

 事件があったとかならまだしも、当時からブリタニアとの仲が悪かった事を考えれば、外国の皇族の日常生活など日本国民が知りたがるはずもない。まぁそれを掘り下げるのであれば、なぜそんな敵対関係に近い国の皇族が留学してきたのかという謎は残るわけだが。

 

「ちなみにその留学がいつ頃かって分かったりします?」

「ん? 確か戦争が始まる1年前とかだったかな。詳しい時期までは思い出せないけど」

 

 頼りない答えを返し、扇は質問ばかりのカレンに対し首をかしげた。

 

「でもどうしてそんな事知りたいんだ?」

 

 本来なら真っ先に出てくるであろう疑問がこのタイミングで出てくる事に、扇の人の良さが出ていた。

 その事に内心苦笑しながら、カレンは成田でコーネリアが言っていた事と、ブリタニアの図書館で見つけた記事について話す。無闇に混乱させるのはまずいと思い、ルルーシュとナナリーについては黙っておいた。

 

「だから本当にそんな皇族がいたのか気になって、ちょっと調べてるんです」

「なるほどな。コーネリアがそんな事を……」

 

 納得した様子で扇は頷くが、突然顔を引き締めてカレンの両肩を掴んだ。

 普段の人の良い態度とは裏腹に、酷く真剣な眼差しでカレンを見つめ扇は語り掛ける。

 

「だがなカレン。もし日本人が本当に皇族を殺してたとしても、戦争を仕掛けてきたのはブリタニアだ。たとえ子供だって、戦争中に敵国の皇族を討つのは当たり前の事だ」

 

 その言葉に、扇が何を心配しているのかカレンは察する。

 何事にも気を回すこの人らしいと思いながら、見当外れの扇の気遣いをカレンははっきりと否定する。

 

「はい。もちろん私もそれは分かってます。あいつらの兄妹を日本人が殺してたとしても、もっと多くの日本人が殺されました。私だって、お兄ちゃんをあいつらに殺されたんです。だからあいつらの事を私は絶対許しませんし、コーネリアの言い分を認めるつもりなんてこれっぽちもありません」

 

 強い意志の込めてカレンは自分の意思を告げる。

 その返答に安心したのか、扇も相好を崩す。

 

「そうか。それが分かってるならいいんだ。悪いな、疑うような事言っちゃって」

「気にしないでくださいよ。私も変な事を調べてる自覚はありますから」

 

 緊張した空気が緩み、扇は顎に手を当てながら話を戻した。

 

「だがそれ以上調べる当てはあるのか? ブリタニアの図書館でも分からなかったんだろ?」

「うーん、その皇族が留学してきた時の日本の新聞でも読めれば良かったんですけど……ない物ねだりしても仕方ないんで、ちょっと他の人にも聞いてみようかと思ってます」

 

 ブリタニアに攻め込まれ、敗北した時に日本の図書館など跡形もなく潰されている。

 当時の新聞などがない以上、それを知ってそうな人に聞くくらいしかカレンには調べる当てがなかった。

 しかしそれは意外なところから光明が齎された。

 

「あらカレン、新聞が読みたいの?」

 

 たまたま通りかかった井上が会話を拾って声を掛けてくる。

 突然の横槍に驚きながらもカレンは反射的に頷いた。

 

「あっ、はい。新聞っていっても、戦争前のやつなんですけど」

 

 咄嗟の受け答えのため、特に意味のない補足を加えてしまう。

 戦後は日本の新聞など作られてはいないので、読みたいというならそれは必然的に戦争中か戦前のものになる。

 

「それなら近くのゲットーで保管してる場所があるわよ。結構奥まった場所だけど」

「ホントですか!?」

 

 諦めていた情報源の存在にカレンは勢い良く食いつく。

 その反応に目を瞬かせながら、井上は頷きを返す。

 

「ええ。戦争に負けて日本の書籍とか文化的な物って一気になくなっちゃったでしょ。でもそういうのが無くなる事が耐えきれないって人達がブリタニアに隠れてひっそりと保管してるの」

 

 井上の説明になるほどとカレンは納得する。

 ブリタニアからすれば植民地になった国の文化や書物になど価値はない。そのままにしておけば、よほど重要なものでもない限り全て廃棄されるのがオチだろう。それにいち早く気付いた日本人が、捨てられる前にブリタニアの目から隠したというわけだ。

 

「それって私も見せてもらえたりしますか?」

「大丈夫よ。そこを管理してる一人が私の知り合いだから、話を通しといてあげる」

「ありがとうございます!」

 

 笑顔で親指を立てる井上に、カレンは深々と頭を下げる。

 その翌日、早速井上に教えてもらった場所へ赴いたカレンは当時の新聞を読み漁った。

 調べる時期は戦争の前の年の夏。

 カレンとの話の後で扇が黒の騎士団のみんなにもそれとなく聞いてくれたらしく、皇族が留学してきたのがちょうどその時期だと判明したのだ。

 だが一口に夏といってもその範囲は数カ月に及ぶ。

 扇の口振りからしても、大きな記事になったとは思えないその情報を見つけ出すのは困難を極めた。

 そしてカレンがその記事を見つける事ができたのは、連日通い詰めた三日目の事だった。

 

「ブリタニアの皇子と皇女が来日――これだ」

 

 ようやく見つけた記事にカレンの喉がゴクリと鳴る。

 そこに重要な情報が書かれている可能性が低いのを理解しながら、カレンは深呼吸して記事の内容に目を通していく。

 

「本日昼頃、ブリタニア皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下と、その妹姫ナナリー・ヴィ・ブリタニア殿下が留学生として日本に来日。なお、妹姫であるナナリー殿下は目と足に障害を持って……」

 

 読み進めていたカレンの目が驚愕にこれでもかというほど見開かれる。

 そこに書かれていたのは、カレンの疑惑を肯定するものばかりだった。

 

(目と足に障害って、これまんまナナリーの事じゃない。それに当時9歳と6歳って、年齢も同じ…………嘘でしょ、ホントにルルーシュとナナリーが、皇族……?)

 

 写真などは載っていないため決定的なものではないが、状況証拠は全てアッシュフォード学園に通っている二人が死んだとされる皇族である事を示していた。

 だがもし本当にルルーシュとナナリーが皇族だというなら、なぜ死んだ事になっているのか。身分を隠してアッシュフォードに通っているのか。

 皇族が死亡を偽装し庶民として暮らすからには、そこにはそうしなければならなかった深い事情があるはずだ。

 だが皇帝の次に崇められるはずの皇族が、死を偽装しなくてはいけない事情とは一体なんなのか。

 雲の上の事過ぎて、カレンには想像する事すらできなかった。

 緊張で震える手で新聞を掴み、カレンは読み進めた記事の最後に見慣れた単語が書いてある事に気付く。

 

「ブリタニアの皇子と皇女は、留学中は枢木首相の生家である枢木神社に滞在される――枢木?」

 

 それはカレンが共にブリタニアと戦う同志の名字。

 首相という単語からも、この記事に書いてある皇族が滞在する家が彼の実家である事は明白だった。

 

「つまりスザクなら、ルルーシュとナナリーが皇族かどうか分かる……?」

 

 言葉にして、カレンはその事実に胸が軽くなるような錯覚を得る。

 自分一人では手に余る疑惑に白黒つけてくれる仲間の存在に、カレンは新聞を片付け急いで黒の騎士団のアジトへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呼び出された公園に足を踏み入れたルルーシュは、すぐに目立つ緑色の髪を見つけた。

 公園に一人ぽつりと立ち、沈みゆく赤く染まった夕陽をぼんやりと眺めている。

 その姿は次の瞬間には消えてしまいそうなほど儚げだった。

 

「こんなところにいきなり呼び出すとは、どういうつもりだ。C.C.」

 

 挨拶もなしに、C.C.が纏う雰囲気になど一切構わずルルーシュは声を掛ける。

 C.C.はすぐには答えず、ゆっくりとまばたきを一度。

 そして振り返った時には、いつものように感情を読ませない皮肉気な笑みを浮かべていた。

 

「喜べルルーシュ。私はマオとやり直す事にした」

「……なんの冗談だ」

 

 突然の報告に、不快を隠そうともせずルルーシュが眉尻を上げる。

 それに対しC.C.は飄々と、まるで雑談でもするように気軽に理由を語る。

 

「なに、このまま一緒にいてもお前は私と契約しそうにはないからな。なら元鞘に戻ってマオが私との契約を果たす可能性に賭けてみようと思っただけだ」

 

 口元に弧を描きながら肩を竦め、当たり前だろうとでも言わんばかりの態度を取るC.C.。

 彼女がルルーシュのところにいたのは契約を交わすためであり、はっきり契約しないと断言しているルルーシュを見限るという判断は確かにおかしいものではない。このタイミングも、マオから何か契約に関する交渉でもあったと考えれば筋が通る。

 しかしあまりにも唐突過ぎる心変わりに、ルルーシュが納得するかは別問題だった。

 

「俺はお前の願いを叶えると言ったはずだ。それでは不満か?」

「前にも言ったが、力を持たないお前に私の願いが叶えられるとでも思っているのか?」

 

 ルルーシュが以前の約束を持ち出すが、C.C.は暗にお前では力不足だとそれを否定する。

 二人の視線が交差し、沈黙が降りたのは一瞬だった。

 C.C.はすぐに踵を返すと、後ろ手を振って別れの言葉を告げる。

 

「じゃあな、ルルーシュ。中々楽しかったよ」

「待て!」

 

 立ち去ろうとするC.C.をルルーシュが呼び止める。

 無視する事もできたはずだが、C.C.は意外にも素直に立ち止まった。

 

「まだ何かあるのか?」

「お前は俺の事について知り過ぎている。このまま行かすわけにはいかない」

 

 引き留めるというにはあまりに物騒な言葉を以て、ルルーシュはC.C.の離別を認めない。

 自分がゼロである事はもちろん、その出自が元皇子である事も、弱点になり得る学園の重要度やこれまでの黒の騎士団としての活動、反逆の軌跡の全てをスザクと同じく最初から見てきたのがC.C.だ。

 そんな人間をこのまま放っておけるわけもなかった。

 

「安心しろ。お前やスザクの事を他言するつもりはない。マオだって、私が行けばお前になど興味を失うだろう」

「そんな言葉を信用できると思うか?」

「ならばどうする? スザクを使って私を軟禁でもするか?」

 

 挑発するように髪を払いながらぶつけられたその問いに、ルルーシュは答えに詰まる。

 それはC.C.の言う方法が最善だと分かっていながら、それを実行する事が極めて困難である事を理解していたからだった。

 尋常ならざる力を持ち、致命傷を負ってもすぐに回復するC.C.が相手である以上、始末する事は不可能と言っていい。ならばC.C.の言う通り、情報漏洩を防ぐには彼女を拘束し外に出さないようにするしかないが、一体それはいつまでだ?

 ブリタニアとの戦いがいつ終わるかも分からない中、C.C.を軟禁し続けるなど現実的ではない。

 仮にマオの件が片付くまでと期限を切っても、いま自分達は学園を出て逃亡している最中なのだ。ひと一人を拘束しながらホテルを転々と逃げ回る事は難しいだろう。

 それに何より、ナナリーがいる。

 黒の騎士団として活動している自分とスザクにナナリーは不信感を抱いている。その状況でC.C.を拘束して連れ回そうものなら、ナナリーの自分達への信頼は地に落ちるだろう。ただでさえ余裕のない逃亡生活で、C.C.の拘束をナナリーに知られず隠し通す事などできるわけがない。

 

「甘いな」

 

 そんな葛藤を見透かしたように、C.C.は自分の問いに何も答えられないルルーシュの無様を糾弾する。

 

「お前の立場なら迷う必要はないはずだ。リスクを考えるなら拘束は当然の帰結だろう」

 

 自らの自由を奪う行為を当然とのたまうC.C.の瞳は、一切の情を感じさせない冷たいものだった。

 その刺すような気配に、ルルーシュは知らず息を呑む。

 

「非情に徹しようとしながら、いつも肝心なところで情を捨てきれない。シャーリーとかいう娘の件もそうだ。口を封じてさえしまえば後腐れもなかっただろうに」

 

 シャーリーの件の詳細を、ルルーシュはC.C.にもスザクにも語らなかった。

 しかし内容が分からなくとも、彼女が生きているという事実そのものが、C.C.にはルルーシュの甘えとしか思えなかった。

 ルルーシュはもう問題はないと言ったが、いかにシャーリーが口外しないと約束してくれたとしても、秘密を知っている以上それは絶対とは言い切れない。世の中には当人の意志とは関係なく情報を吐かせる手段は存在し、また状況によっては話さなければならない事態というのも生じる可能性はある。

 確実性を重んじるならば始末するのが最も安全なのは自明の理であり、もしそれができないほど大切なら、自分達の主張に準じてルルーシュは彼女を傍において守らなければならないはずだ。

 

「私を拘束した時のナナリーの反応でも考えたんだろうが、私に言わせればそれこそお前の甘さの証明だよ」

「なんだと……!」

 

 図星を突かれ、さらにそれを嘲られルルーシュは怒りを露わにC.C.を睨む。

 しかしC.C.はそれを真っ直ぐ見返し、遠慮も容赦もなくルルーシュが自分でも気付こうとしなかった部分を暴き出す。

 

「なぁルルーシュ。どうしてお前はナナリーに自分がゼロである事を隠したんだ?」

 

 突然話題に変えてC.C.は問うた。

 それに不審げに眉を顰めながら、ルルーシュは乱暴に答える。

 

「当たり前の事を聞くな。ゼロの正体を知れば、ナナリーにも危険が及ぶ。リスクを考えるなら何も知らせない方が……」

「詭弁だな。他の奴相手ならともかく、ナナリーはお前の妹であり皇族だ。正体を知っていようがいまいが、ブリタニアに見つかった時点で終わりだろう。正体が知られた場合を考慮するならむしろ、危機感を共有するためにもナナリーにはゼロである事を話すべきだったはずだ」

 

 最後まで言わせる事なく、C.C.はルルーシュの言い訳紛いの建前を切って捨てる。

 尤もらしい言い分を並べ立ててはいるが、冷静に状況を俯瞰すればルルーシュの行動はまるで理に適っていない。

 その目的がC.C.のようにナナリーを遠ざけるためのものであれば納得できなくもないが、そうでないならゼロである事を隠す事はリスクにしかならない。

 

「お前は分かっていたのだろう? ブリタニアに反逆する事を妹に伝えれば、必ず反対されると」

 

 ビクッと、ルルーシュの肩が震える。

 反論に詰まるルルーシュが何かを口にする前に、C.C.は畳み掛けるように続ける。

 

「だから何も言わずに秘密にした。悟られぬよう細心の注意を払って騙した。ナナリーのためと言い訳しながら、本心ではナナリーが犠牲を生むゼロという手段を肯定するわけがないと分かっていたから」

「っ……」

「お前とスザクは言っていたな。守りたいなら傍にいるべきだと。だが現実はどうだ? お前の傍に本当の意味でナナリーはいるか? 私には巻き込む事も遠ざける事もせず、上辺だけを取り繕ってるようにしか見えないが?」

 

 本当に失いたくないものは遠ざけるべきだと語った自分に対し、大切なものは自ら守るべきだと真っ向から対立したルルーシュとスザクの持論。

 確かにその考えにも幾分かの理がある事は認めよう。

 しかし言っている事は立派でも、それは行動を伴わなければ意味がない。

 人を守るという事は、口で言うほど容易いものではないのだから。

 

「いまだってそうだ。マオへの対処が先だから、ナナリーにも考える時間が必要だから、そんな風に自分に嘘をついてお前はナナリーと向き合う事から逃げている。最後の一線に踏み込ませず、踏み込まない事で、偽りの平穏を維持しようとしている。ナナリーの安全とブリタニアへの反逆、お前の目的のためにはそんな欺瞞は邪魔にしかならないと理解していながら」

 

 C.C.が見てきた限り、それはブリタニアに反逆するルルーシュの最大の矛盾だった。

 偽りの平穏を壊す覚悟で戦いへと身を投じたくせに、最も愛する妹には必死に虚飾で取り繕った平和を与えようとする。学園を出てもはや以前までの日常は失われているというのに、こちら側にナナリーを完全に引き込む事もせず宙ぶらりんのまま放置する。

 この5日間、腫れ物のようにナナリーに接するルルーシュの姿を間近で見てきたC.C.は、煮え切らずに逃げ続けるその心の弱さを、言葉とは裏腹に覚悟のなさを露呈するその態度を、ここぞとばかりに嘲笑う。

 

「お前は嘘ばかりだな、ルルーシュ。名前も嘘。経歴も嘘。正義の味方であるゼロなんて、存在そのものが嘘みたいなものだ。そして最愛の妹であるナナリーにも嘘をついて、最後は自分自身まで騙したわけだ。恐れ入るよ。私も大概長生きだが、お前みたいな嘘つきは見た事がない」

「っ、C.C.……!」

 

 名前を呼び射殺さんばかりの視線をぶつけてくるルルーシュだったが、終ぞ反論の言葉は返ってこない。

 舌戦を得意とするルルーシュのそれは、C.C.の言った事を内心で認めてしまっている事の証左だった。

 

「最後に忠告してやろう。本気でブリタニアを倒したいと思うなら、その甘さを捨てる事だ。でなければいつか必ず、お前の甘さは周りの者を巻き込んで取り返しのつかない事態を引き起こす」

 

 それだけ告げると、C.C.は再び踵を返して公園の出口へと歩き出す。

 離れて行くC.C.を止める術を持たないルルーシュは盛大に舌打ちを零し、その背中に吐き捨てる。

 

「餞別のつもりか」

「いいやこれは……」

 

 足を止める事なく、首だけで振り返りながらC.C.は答えた。

 

「単なる感傷だ」

 

 どこか物憂げに答えを返し、今度こそC.C.は去って行く。

 ルルーシュはただそれを見送る事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 C.C.との話を終えたルルーシュは、スザクに連絡を取って二人が移動したホテルへ戻った。

 聞いていた番号の部屋をノックすると、すぐにスザクが扉を開け出迎えてくれる。

 

「おかえりルルーシュ。無事で良かった」

「ああ。そっちも異常はないか?」

「うん。とりあえず尾行はないと思う」

「それは何よりだ」

 

 素早く互いの安否を確認し、何もなかった事にスザクは胸を撫で下ろす。

 しかしルルーシュの表情から険が落ちていない事に気付き、声を落として訊ねた。

 

「何かあった?」

「……その事で少し話したいんだが、大丈夫そうか?」

「チェックインしてすぐに君が作った防犯システムは起動させてるから、少しなら平気だよ。ナナリーに伝えてくるね」

「助かる。先に隣の部屋に行ってるぞ」

 

 部屋の奥へ引っ込むスザクから鍵を受け取り、ルルーシュは一足先に部屋を移る。

 ここから先の話はナナリーに聞かせるわけにはいかない。

 スザクが来るまでの間、頭の中で現在の自分達の状況を整理しながら、これからの行動計画について思考を巡らす。

 そして数分後、スザクが部屋へと入ってきた。

 

「お待たせ。それで、何があったの?」

 

 ルルーシュの正面に座ったスザクは、余計な問答をせず本題に入った。

 それに対し言葉を選ぶようにルルーシュはほんの少しだけ黙り込んだが、すぐに簡潔な答えを口にした。

 

「端的に言えば、C.C.が裏切った」

「……どういう事だい?」

 

 C.C.に呼び出されたのだから当然彼女に関する話だとは分かっていたが、その不穏な表現にスザクは表情を険しくし詳細を求める。

 答えるルルーシュは極力感情を出さないように意識しているのか、平坦な口調で先程聞かされたC.C.の決断を伝えた。

 

「あいつは俺と契約を結ぶ事を諦め、前の契約者であるマオとやり直す事にしたそうだ。いつまでも契約しない俺に業を煮やしたんだろうな」

「……」

「マオもそうだが、あいつは俺達の弱みを知り尽くしている。口外はしないと言っていたが、もはや俺達と袂を分かつ事になった以上、その言葉を全面的に信用する事は出来ない。分かるな?」

 

 目を細め、抉るような視線で確認してくるルルーシュ。

 スザクがそれに答える前に、ルルーシュは話を続けた。

 

「これからはC.C.も敵対勢力として考え策を練る。まずはあいつらがゼロの正体を――」

「ルルーシュ」

 

 駆け足に話を進めようとするルルーシュを遮って、スザクは目の前の友の名前を呼ぶ。

 水を差されたルルーシュはそのまま続ける事もできず、わずかに眉を顰めて視線でどういうつもりかと問う。

 

「僕は、C.C.は信用できる人だと思う」

 

 ルルーシュの意見から真っ向から対立する形で、スザクは己の考えをはっきりと口にした。

 それを聞いたルルーシュの表情が目に見えて厳しいものとなる。

 しかしスザクは構わず自身の見解を語った。

 

「彼女はたとえ僕らの元を離れたとしても、君の正体や僕らの居場所を誰かに話すような事はしないよ」

 

 これまでC.C.と接し、話してきた時間を思い出しスザクは確信を持って断言する。

 だがそれが共感を得られる事はなかった。

 

「お前がどうしてあんな女をそこまで信じられるのか、俺にはまるで理解できないな」

 

 返ってきたのは温度のない否定。

 情など感じさせない瞳で首を振り、ルルーシュは己の判断の根拠を語る。

 

「あいつは俺に契約を迫りながら、その力の詳細――ギアスとか言ったか、それを隠していた。マオの件にしても身勝手に力を与え、願いを叶えられないとみれば捨てたにも関わらず、のこのこと追ってきた奴をいままた利用しようとしているんだぞ。そんな奴をどうして信用できると言える?」

 

 いつも肝心なところで何も話そうとせず煙に巻き、結局は素性はおろか目的すら語る事のなかったC.C.。

 魔女と自称する彼女は、その真意を最後まで決して明かそうとはしなかった。

 そんな彼女が、ルルーシュの事もマオと同じように利用し、切り捨てるつもりがなかったとどうして言えるだろう。

 ルルーシュにはスザクがC.C.を身内と認識するあまり目を曇らせ、盲目になっているようにしか見えなかった。

 

「C.C.は確かに色んな事を隠してたけど、嘘は言わなかった。適当に誤魔化せばいいところも、不信を招くと分かっていてそれでも言えない事は言えないって、決して話そうとはしなかった。確かに契約としてはフェアじゃなかったかもしれないけど、僕はそれがC.C.の誠意の表れだと思う」

 

 スザクなりのC.C.を信じる根拠が語られる。

 言われて思い返せば、確かにC.C.は嘘をつくような真似はしていなかった。

 しかしそれは契約する上では当たり前の事であり、ルルーシュにとっては信じるに足る根拠とはとても思えない。

 

「契約相手に契約の詳細を教えない事が誠意の表れだと? お前はどこまでお人好しなんだ」

 

 苛立ち混じりに吐き捨てるルルーシュ。

 たとえ嘘をつき騙して契約したとしても、それがバレた時点で契約は無効となる。つまりC.C.が嘘をつかなかったのは誠意などではなく、単に嘘が露見するリスクを恐れただけに過ぎない。

 もし仮にC.C.に誠意があるというなら、とっくに彼女は契約の詳細を語っていたはずだ。

 そう語るルルーシュに、それでもスザクは自身の考えを曲げなかった。

 

「だってC.C.は僕とは契約しようとはしなかったから」

 

 思いもしなかった返しに、ルルーシュは口元に手を当て反論の言葉を呑み込む。

 

「力を与える代わりに願いを叶える、それがC.C.の契約の条件だよね。ならC.C.の願いを叶えるためには、契約者は多い方がいいはずだ。なのにC.C.は僕と契約を結ばなかった。僕じゃギアスに呑み込まれてしまうからって」

 

 下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、という諺が日本にはある。

 言い方は悪いが、力を求める人間と無差別に契約するのが、C.C.にとっては一番手っ取り早い方法のはずだ。

 しかしC.C.はそれをせず、スザクが力を求めても契約を拒んだ。

 その事実を持ち出すスザクに、ルルーシュはC.C.の言動を思い返して、彼女がなぜその判断に至ったかを分析する。

 

「つまりお前では力不足だと最初から分かっていたからだろう。願いを叶えられない相手と契約するなど、無意味でしかない。そんなものは誠意ではなくただの合理的判断だ」

 

 C.C.の目的は契約をする事ではなく、自身の願いを叶える事である。

 初めから契約を果たせない相手に力を渡す理由などない。

 

「でもギアスに呑み込まれるかどうかの器の大きさなんてどうやって判断するの? C.C.はああ言ってたけど、僕がギアスに呑み込まれない可能性だって少しはあったはずだよね」

「あいつには人知の及ばない力がある。それで器に足るかどうかの判断ができたのかもしれない」

「ならマオはどうしてギアスに呑み込まれてるのさ」

 

 その反論にルルーシュがわずかに言葉に詰まる。

 だがその程度で説き伏せられるわけもなく、ルルーシュは別の切り口から反論の言葉を口にしようとするが、その前にスザクは眉尻を下げ柔らかく笑った。

 

「誰にだって話せない事や、話したくない事はあると思う。それは僕らも同じでしょ? ルルーシュ」

 

 理詰めではない、他人を慮る事を念頭に置いた問いにルルーシュは今度こそ言い返せず黙り込む。

 つい先ほどC.C.にも指摘された通り、ルルーシュは多くの人間に嘘をつき、自身に関する様々な事を隠してきた。

 C.C.にはなし崩し的にある程度の事情は知られてしまってはいるが、それでも話していない事は山ほどあるし、もし関係が続いていたとしてもそれらを話すつもりはなかった。

 だからこそ自身の隠し事を引き合いに出されては、C.C.が自らの事情を語らなかった事をルルーシュが非難するのは難しい。

 

「……だとしても、それを契約に持ち込むのは話が違う。話せないと言うなら、最初からそんな契約は持ち出すべきではない」

 

 隠し事をしているのが問題なのではなく、その隠し事が契約にまで及んでいる事が問題なのだと、ルルーシュは話の肝要を正す。

 そしてそんなルルーシュの反論にスザクも同意を示した。

 

「うん。だから契約を結ばなかった事に関しては、別にそれでいいと思う。でもC.C.は嘘は言わなかったし、契約を強要もしなかった。僕と契約する事もできたのに、それもしなかった。分かりづらかったけど、僕はC.C.の態度にはきちんとした誠意があったと思う」

 

 これまでの話をまとめ、スザクははっきりとC.C.の人格を保証する。

 それに対しルルーシュは、眉間に皺を寄せて再度沈黙した。

 スザクの説得に納得した――というわけではない。

 持ち出された説得材料に対し、ルルーシュはその全てに反論できるだけの言葉を持っていた。

 例えばC.C.がスザクと契約しなかった理由の話だが、もし仮にスザクとC.C.が契約したとしよう。しかしそのスザクがギアスとやらに呑み込まれ心を壊せば、ルルーシュはどんな甘言を囁かれても絶対にC.C.と契約する事はなくなる。それを危惧したのだとすれば、C.C.が頑なにスザクと契約しなかった事にも説明がつく。

 それと同じようにスザクが語ったC.C.の誠意は、邪推しようとすればいくらでもその裏に潜んだ思惑を推察できる、信頼性の薄い根拠薄弱のものでしかない。

 

「それに隠し事はしてたけど、C.C.は何度も君を助けてくれたよ。新宿でも成田でも、君に信用してもらうためだったかもしれないけど、C.C.は身体を張ってくれた。違うかい?」

「……」

 

 だがそれはきっと、自分が初めからC.C.を疑って掛かっているからに過ぎないのだという事を、ルルーシュはここまでのスザクとの問答で気付かされていた。

 他人を見る時、ルルーシュはまずその人物を疑い、スザクはおそらく信じる事から始める。

 それは互いの性格や境遇によるところが大きく、それ自体にどちらが正しい、間違っているなどの判断を下せるものではない。

 しかし自分とスザク、どちらが人を見る目に優れているかという話になれば、判断は難しいところだった。

 

「だから僕は、C.C.は信用できる人だと思う。もしC.C.が僕達の事を話さないって言ったなら、その言葉は信じられるんじゃないかな?」

 

 スザクはそう笑って問い掛けてくる。

 しかしそれに容易く頷く事は出来なかった。

 もはや自分にとってこの議論の焦点が、C.C.を信頼できるかではなく、自分とスザク、どちらの人を見る目を信じるかに変わりつつある事にルルーシュは気付く。

 だがそれこそが危険な思考だと、これまでの議論でようやく頭が冷えてきたルルーシュは思いとどまった。

 

「お前の言いたい事は分かった」

 

 一度瞑目し、深く息を吐く。

 いつの間にか凝り固まっていた思考を解きほぐすように眉間を揉み、思考を整理して頭に血が昇っていた事実をルルーシュは自覚する。

 ナナリーへの暴露、学園との決別、マオからの逃亡生活にC.C.の裏切り。

 多くの事態が怒涛のように押し寄せていた事で、冷静な思考を欠いて肝心な事が見えていなかった。

 そしてそれを自覚した途端、この状況に即した明確な解が浮かんでくる。

 そのあまりに簡単な答えに、ルルーシュは自嘲と苦笑の間のような笑みを浮かべた。

 

「だがこの際、C.C.が信頼できるかというのはあまり問題ではない」

「……どういう事?」

 

 スザクの問いに即答する事はせず、ルルーシュは己の考えが間違っていないか頭の中でもう一度確認する。

 C.C.への悪感情と、直前に痛いところを指摘された事で自分を見失っていた、先程までの醜態を繰り返さないように。

 もし最初から自分の状態に気付けていたなら、これまでの議論が何一つ意味のないものだったと話し始める前から察せていただろうに。

 

「たとえあいつが信頼できるとしても、あいつの意思に反して情報が漏れる可能性がないとは言えないという事だ。それこそマオがC.C.の心を読んでこちらの弱みを全て軍にリークするなんて最悪の事態もあり得る」

「それは……確かにそうだね」

 

 ルルーシュの想定する未来を想像したのか、スザクも険しい表情で頷いた。

 お互いに意固地になって自分の主張を押し付つけるばかりで、冷静な判断ができていなかったのだと自覚し、この状況下でのストレスを甘く見ていた事を反省する。

 おそらくこうしてスザクと意見がぶつからなければ、視野が狭くなっている事にも気付かないままどこかで取り返しのつかない失敗をしていただろう。

 そういう意味では、C.C.の件でスザクと意見が対立し、議論を交わす事で思いがけずクールダウンできた事は幸運といえるかもしれない。

 

「お前の言う通り、C.C.を敵対勢力として考えるというのは行き過ぎだったかもしれないが、あいつの持っている情報が利用されるかもしれない以上は対策が必須だ。あいつはそれだけ俺達について知り過ぎている」

「うん……」

 

 冷静になって考えれば、ルルーシュもC.C.が積極的に自分達の情報を漏らすとは思えなかった。

 それはC.C.の人格を信頼しているからという理由ではなく、それによって無用なトラブルを呼び込むような危険を、軍に追われている彼女がわざわざ冒すわけがないという極めて現実的な分析だった。

 C.C.は飄々として行動の読めないところはあるが、決して無闇に敵を作るような愚かな女ではない。

 

「とりあえず、考えられるパターンを洗い出してみよう。話し合いはそれからだな」

「分かった。じゃあ対策がまとまったら呼んで。僕はナナリーの護衛に戻るから」

「ああ」

 

 話が一段落し、ルルーシュはパソコンに向き直って先程まで考えていた対策を一から見直す。

 C.C.への悪感情ありきで練った対策などどこに穴があるか分からない。

 まずは冷静に盤面を俯瞰するところから始めようとルルーシュは思考の海に沈もうとするが、そこでスザクが未だにこの部屋に留まっている事に気付く。

 

「どうした?」

 

 ルルーシュが問い掛けると、スザクはうんと頷き眉尻を下げる。

 

「さっきの話を蒸し返すわけじゃないんだけどさ、ちょっとC.C.の事が心配だなって」

「なに?」

 

 スザクの不安を理解できず、ルルーシュは眉を寄せる。

 彼女は自らの意思でマオの元に戻った。心配する必要があるとは思えない。

 そんなルルーシュの疑念を感じ取ったのか、スザクは理由を話す。

 

「ナナリーに君がゼロだって打ち明けた時もそうだけど、C.C.ってああ見えて責任感が強いところがあるから。もし今回の件も一人で背負い込んじゃってるんなら……」

「マオのところに戻ったのも、俺達を巻き込んだ責任を取るためだった、とお前は言いたいのか?」

 

 言わんとするところを理解し、話の先を引き継いだルルーシュの問いにスザクは頷く。

 改めて考えてみれば、C.C.の性格ならばその可能性もないとは言えない事にルルーシュも気付く。

 いままでも彼女は、たとえ誤解されようとも自らの真意を語る事はなかった。

 

「だとしても、なんの相談もなく出て行ったのはあいつの勝手だ。俺達が気にする事じゃない」

「ルルーシュ……」

 

 スザクの心配を解した上で、ルルーシュはすげなく切り捨てる。

 自分達も追い詰められているこの状況で、単独行動を取ろうとする人間を気遣う余裕などないと言わんばかりに。

 

「とにかく、俺達はできる事をやるしかない。ナナリーの護衛は任せたぞ」

 

 スザクの目を真っ直ぐ見て、ルルーシュは大切な妹を任せる。

 その視線に込められた信頼を感じ取り、スザクは頭を切り替え力強く頷いた。

 

「うん、分かった。じゃあ後でね、ルルーシュ」

「ああ」

 

 スザクが部屋から出て行くのを見送り、ルルーシュは再びパソコンへと向き直る。

 考える事もやる事も山積みで、余計な事にかかずらっている余裕はどこにもない。

 餞別ではなく感傷だと、そう告げた彼女の言葉を思い出しながら、ルルーシュはパソコンのキーボードに手を伸ばした。

 





スザクの生誕祭に合わせるために急いだので、少し議論の流れが強引になってますかね? もしかしたら後日少し修正するかもしれません。もし違和感があったなら感想などで教えてくれると嬉しいです。

次回:救済の手

次の話で第二部の初めから続いてきたマオ関係の話は決着です。
そして次話は今月中に投稿予定です。………………できたらいいな。
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