コードギアス~あの夏の日の絆~   作:真黒 空

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今話でもう40話、そして50万字を越えました。
ここまで長く続いたかと少々感慨深いですね。

そんなわけでルルーシュ誕生日おめでとう!
オール・ハイル・ルルーシュ!


40:かつて家族だった者達

 

「状況を整理するぞ」

 

 C.C.が新たに取ったホテルの一室でスザクとC.C.は向き合っていた。

 隣の部屋にはナナリーがおり、彼女がボタンを押すだけでスザクの持つ受信機が鳴り異常事態を報せるようになっている。

 

「いまから約1時間前、ルルーシュから軍に捕まった旨を知らせるメールが届いた。連絡はそのメールだけで、以降は一切なし。報道機関からはいまのところなんの発表もなく、軍も表向き動いている様子はない。そしてお前とナナリーがここに来るまで、怪しい人物は一人もいなかった。間違いはないか?」

 

 お互いの報告をまとめたC.C.の確認にスザクは無言で頷く。

 既に二人は入念にお互いの情報交換を終えていた。

 スザクはこのホテルに移動するまでの状況と電話で言った事の再確認、そして黒の騎士団に報告させた軍の動きを。C.C.はスザクが来るまでに調べたネットやテレビなどのニュースについて。

 

「やはり、少し妙だな」

「……どういう事?」

 

 自身でまとめた情報に、口元に手を当てて怪訝そうに呟くC.C.。

 いまの話にどこか不自然な点でもあったかとスザクは首をかしげた。

 

「スザク。お前はなぜルルーシュが軍に捕まったと思う?」

 

 向けられた問いに答える事はせず、C.C.は逆に質問を返した。

 

「それは……やっぱりマオから密告があったんじゃない? 昨日君を連れていく事ができなかったから、まずは邪魔なルルーシュを排除するために軍にゼロの情報を売ったのかと思ってたけど……」

 

 昨夜の一件は既にスザクもルルーシュから報告を受けて把握している。

 そのためスザクは今回の事件がマオの手によるものだと疑っていなかった。

 

「そうだな。私も最初はそう考えていた。だがもしルルーシュが捕まったのがマオの仕業なら、なぜあいつは私に対してなんのアクションも起こしてこないんだ?」

 

 視線をテーブルに落とし、スザクに話すというよりは自分に問い掛けるようにC.C.は己の疑問を口に出す。

 

「マオの目的は間違いなく私だ。そのマオが理由はどうあれ私と行動を共にしているルルーシュを排除しようとするのはお前の言う通り当然だろう。だがそれならルルーシュを排除したこのタイミングこそが、私に接触を図る最大のチャンスのはずだ」

「……言われてみれば、確かにその通りだね。マオは君の連絡先も知ってるんだよね?」

「ああ。だが一向に連絡してくる気配がない。あるいはお前と私が合流するのを見越してそっちを張っているのかとも考えたが、尾行はなかったと言っていたな?」

「うん。まず間違いないよ。もしギアスを使って目の届かない範囲にいたんだとしても、対策はしてきたからここの位置までは絶対に知られてないと思う」

 

 マオのギアスの最大有効距離は500メートル。徒歩での移動ならまだしも、車を使って移動すればたとえマオが同じく車を使って追ってきていたとしてもその距離を維持する事は難しい。C.C.から連絡が来るまでは目的地も定めずコインの裏表で向かう方角すら決め、信号を使って尾行対策もしていたのでマオがギアスを使ったとしても追跡をする事は不可能に近かっただろう。

 

「ならばマオがお前をどうするつもりでいたとしても、取るべき行動は私に連絡する以外にあり得ないはずだ。でなければ、あいつは私の居場所さえ知る術がないんだからな」

 

 理論立てた説明にスザクも状況の不可解さを察する。

 同時にC.C.が何を言いたいかも理解した。

 

「つまりC.C.は、ルルーシュが捕まったのはマオの密告が原因じゃないって考えてるの?」

「というより、そうとしか考えられない、といった方が正確だな。まずはルルーシュを徹底的に潰すつもりかとも考えたが、そうなるとやはりお前やナナリーも今頃軍に捕まっていなければおかしい」

 

 ルルーシュを追い詰めるのなら、弱点であるナナリーや助けに来るであろうスザクを放っておく理由はない。居所もルルーシュの思考を読めば簡単に分かったはずなのに、スザクやナナリーに対しては軍からなんらアクションはない。その温い手口はC.C.の知るマオのものではなかった。

 

「マオを逃がした翌日にルルーシュが捕まった。あまりにもタイミングが良かったせいで今回の件はマオが裏で手を引いているのだろうと考えてしまったが、もしかしたらそれは私達の勝手な思い込みなのかもしれない」

 

 ルルーシュはたとえ怪我ですぐには動けないにしても、マオが軍に密告だけならするかもしれないとは言っていたが、それでも昨日の今日でマオがすぐに動き出せたとは思えない。それにまともに動けないはずのマオが、ルルーシュの現在地を特定するのは現実的に考えても難しいはずだ。

 

「でも……それならどうしてルルーシュは捕まったっていうの?」

「分からん。それを推測するには、情報が足りなすぎる」

 

 スザクの問いにC.C.は首を振って答える。

 ルルーシュですら予想できなかった事態を前に、情報戦において彼よりも劣るC.C.とスザクはあまりにも無力だった。

 

「だがマオの密告じゃないのなら、最悪の事態だけは避けられているのかもしれん」

「最悪の事態? これ以上に悪い状況があるっていうのかい?」

 

 C.C.の安易とも取れる言葉にスザクが噛みつくように問う。

 それを歯牙にもかけず、C.C.は問いを重ねた。

 

「一つ訊こう。ルルーシュはどういう理由で軍に捕まってると思う?」

「は……? そんなのゼロとして国家反逆罪で捕まったに決まってるじゃないか」

「違うな。間違っているぞスザク。ルルーシュにはもう一つ軍に捕まる理由があるはずだ」

 

 当たり前だと思っていた前提を問われてスザクが答えると、それは即座に否定される。

 面食らいながら改めてスザクが考え直し、すぐにC.C.の言う通り別の理由に思い至った。

 

「まさか……ブリタニアの皇子として?」

「そうだ。この件にマオが関わっていないとすれば、むしろそちらの可能性の方が高い」

 

 半ば確信しているようにC.C.は深く頷いた。

 実際ルルーシュとゼロを結びつける証拠など、実際に仮面を取った素顔を見るか、ゼロの衣装や仮面などの物証を発見される以外にはあり得ない。

 しかしそれらはルルーシュが最も警戒し、細心の注意を払って隠してきたものだ。ギアスという超常の力を使ったマオ以外に辿り着けた者がいるとは思えない。

 ならばルルーシュが捕まった理由は自然と、皇族としての出自である可能性が高くなる。

 そしてそれは、この状況における唯一と言っていい朗報だった。

 

「もしゼロだとバレていないなら、ルルーシュはテロリストではなく皇族として手厚く扱われているだろう。軍の方もあいつを救出しようとする人間がいるとは想定していないはずだし、何より情報を引き出すために拷問されたり、すぐに処刑されるような事はまずないと断言できる」

「そっか……うん。そうだね。その通りだ」

 

 C.C.の推測に初めてスザクの顔は明るくなり何度も頷く。

 陰鬱だった空気がわずかにだが良くなり、豆粒ほどの光明が見える。

 だが最悪の事態は避けられても、最悪の状況は何も変わってはいない。たとえゼロである事を隠し通せたとして、皇族であるルルーシュはいずれ本国へと護送されて政治の道具とされる未来が待ち受けているのだから。

 

「とりあえず、いまは何より情報が必要だ。このままでは何をするにも動きようがない。ルルーシュが残していた対策案にも、情報収集を第一にするよう書かれていたんだろう?」

「うん。得られた情報によって対策も変えてるみたい」

 

 最初の確認の時にスザクから聞いた、ルルーシュが万が一自分が捕まった時のために用意していた数十にも渡る対策案。

 その内容を改めて問われてスザクは頷く。

 

「ならばお前は黒の騎士団に行って指示を出してこい。ルルーシュがいない現状、黒の騎士団を動かせるのはお前だけだ。ナナリーの事は、私が面倒を見といてやる」

「えっ、いいの?」

 

 思わぬ協力姿勢にスザクが目を丸くする。

 これまでルルーシュの身の安全以外でC.C.が協力を申し出てくれる事など一度もなかった。そのため今回もルルーシュ救出に関しては手伝ってくれても、それ以外の事で協力はしてもらえないと考えていたのだ。

 驚くスザクにしかしC.C.はめんどくさそうに手を振る。

 

「その辺りの話はもうルルーシュと済ませている。元々お前らが黒の騎士団の活動をする間、ナナリーの世話は私がする手筈になっていたんだ」

 

 ルルーシュに一度話した事をもう一度説明するのも億劫で、また時間もない事からC.C.は細かい経緯を省く。

 スザクも気になりはしたものの、この状況で詳しい説明を求めるほど空気の読めない真似はせず引き下がる。C.C.が一度口にした事は守る性格だという事を知っているのも大きかっただろう。

 

「分かった。じゃあナナリーの事は頼むね。あと、ルルーシュの事はナナリーには――」

「安心しろ。知らせてもいたずらに不安にさせるだけだと言うんだろう? それくらいお前に注意されずとも弁えているさ」

 

 スザクの懸念を先回りして頷くC.C.。

 普段のだらしない態度からは掛け離れた頼りになる姿に、スザクは思わず安堵の息を吐く。

 

「心配するまでもなかったね。なら僕はすぐにでもアジトの方に行ってくるから、僕が戻るまでナナリーの事を任せたよ。守ってあげてね」

「ああ。こっちの事は何も気にしなくていいから、お前も上手くやれよ。間違ってもゼロがブリタニアに捕まったなんて口を滑らすんじゃないぞ」

「うん、もちろんだよ」

 

 話し合いが終わり、スザクは早速立ち上がって外出の準備を始める。

 C.C.はルルーシュが残したという対策案を確認するためにノートパソコンを立ち上げるが、目的のファイルを開く前にスザクの背に視線をやって、わずかに躊躇いながらも呼び掛けた。

 

「スザク」

 

 名前を呼ばれたスザクは、手を止める事なく肩越しに振り返る。

 

「言っても無駄な事は分かっているが、あえて言っておく」

 

 そう前置きしたうえで、C.C.は電話越しにも告げた忠告をもう一度口にする。

 いままで話したどんな言葉よりも深刻な声音で以て。

 

「焦るな。そして落ち着いて行動しろ。いまの時点でお前が政庁に突撃しなかった事は褒めてやる。だからどうかそのまま、耐え続けろ」

 

 C.C.は理解していた。

 表面上は冷静に見えるスザクだが、その実少しも冷静になどなれていないのだという事を。

 いますぐにでも政庁に駆け出したい衝動を必死に堪えて、自分と言葉を交わしていただけなのだという事を。

 

「ここから先は綱渡りだ。ナナリーを守りながら、敵の本拠に囚われたルルーシュを助け出さなければならない。一つのミスで、わずかにつながっているかもしれない救出の糸は簡単に切れてしまうだろう」

 

 ルルーシュ風に言うなら、この状況はチェックを掛けられたに等しい。

 受け手を間違えれば、あっという間にチェックメイトに追い込まれてしまうのは明らかだ。

 そしてその一手を返すのは、囚われたルルーシュでも傍観者を気取ってきた自分でもない。

 

「この窮地を打開する鍵を握っているのは、間違いなくお前だ」

 

 振り向いたスザクを指差し、厳かにC.C.は告げる。

 

「お前の不用意な一言、考えなしの行動一つで、ルルーシュは死ぬ」

 

 ヒュっと、スザクが息を呑む音がする。

 大袈裟などではない、厳然たる事実を認識させるため、C.C.はあえて言葉を選ばず話す。

 ただでさえ余裕のないスザクをさらに追い詰めてしまう結果になろうとも、この状況で感情に任せた安易な行動をスザクに許さないために。

 

「いまここで改めて理解しろ。お前がミスをしてもカバーしてくれる存在(ルルーシュ)はいない。それどころかルルーシュを殺す最後の一押しをお前がしてしまう事すらあり得るんだ」

 

 あまりにも残酷な未来を語るC.C.。

 顔から血の気が失われていくスザクを見つめながら、それでもC.C.は一切の配慮をせず言い切った。

 

「そしてルルーシュが死ねばナナリーも生きてはいけない。それを決して、忘れるな」

 

 鋭利に細められた金色の瞳が、スザクに背負わされたものの重大さを突きつける。

 何よりも、それこそ自分の命よりも大切な存在が、己の言動一つで失われるのだと。

 そのあまりの責任の重さにスザクの身体が意思に反して震える。

 同時に血が昇っていた頭がわずかに冷えるのを自覚した。

 

「……どうして」

 

 青白い顔のまま、乾いた声で絞り出すようにスザクは訊ねる。

 

「C.C.はどうして、手伝ってくれるの?」

 

 その問いに、おそらく大した意味はなかった。

 スザクにしてもC.C.が裏切るのを疑って訊いたわけではないだろう。

 ただ追い詰められていっぱいになってしまった結果出てきた言葉が、そんな疑問だったというだけの話だ。

 それを察してC.C.は素っ気なく答える。

 

「別に、大した理由じゃない。契約をする前にあいつに死なれるのは困る。ただそれだけの話だ」

 

 自分の行動指針は変わらない。

 己の目的のためにも、いまルルーシュに死なれるわけにはいかないのだと、C.C.は本心からそう語る。

 

「それにたとえ単なる口約束だろうが、一度交わした契約を破るのは私の主義に反するからな」

 

 別れる前に話した約束を思い出し、C.C.はぶっきら棒にそれだけつけ加えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、こちらで少々お待ちください。何かあれば、外の者にお申し付けいただければ何用も良きに取り計らいますので」

 

 ルルーシュが案内された政庁の一室は、どうやら来客用の客間のようだった。

 高級なソファとテーブル。その上に置かれた水差しに見栄えを気にした調度品。

 ベッドはない事から見るに、もし自分を幽閉するつもりならまた別の部屋に案内されるのだろうと、ルルーシュは冷めた頭でそんな事を考える。

 ひとまず落ち着くために、水差しからグラスに水を移して喉を潤した。

 

 ――この状況、ひとまず皇族として遇されているのは間違いないが……俺がゼロである事は知られていないのか? それとも、ゼロであったとしても皇族には無礼を働けないというだけの対応か? 

 

 自らの置かれた不鮮明な状況に対し思考を巡らせながら、ルルーシュは窓の外を見る。

 何階かも分からないほどの高みからの光景に表情を歪める。

 これほどの高さでは、たとえナイトメアを使っても窓から自分を救出する事は不可能だろう。

 

 ――そもそもどうして俺の居所がバレた? 予想外にマオの手が早かったか、それとも完全な別口か……。

 

 得られているわずかな情報から、原因を推理する。

 タイミング的にも状況的にも、マオがゼロの正体と居場所を軍にリークした、という線が一番濃厚だろう。

 ルルーシュがあのホテルにいる事を見つけられるのは、読心のギアスを持つマオくらいのものだ。昨夜逃げたように見せかけて後をつけられた線も、腕の怪我の事を考えれば限りなく薄いがないとは言えないだろう。

 しかしC.C.に拒絶され錯乱していたマオの事を思い出すと、どうにも腑に落ちないのも確かだった。

 そしてもしマオでないとなると、あの場所、あの時間にルルーシュがホテルにいる事を知り得たのは一人しかいない。

 ルルーシュが直接呼び出した、シャーリーだ。

 

 ――彼女が、俺を売った? あり得ない事ではない。シャーリーにとって俺は父親の仇。それだけで軍に情報を売る理由は充分だろう。だが、しかし……。

 

 理性は限りなく黒だと告げるが、心がそれを否定する。

 彼女のあの態度が、涙が――演技だとはどうしても思えない。

 それにもし彼女が自分を売ったと考えるなら、不自然な点もある。

 彼女が実際にホテルに来た事だ。

 シャーリーが軍にゼロの情報をリークしたとして、自分とホテルの部屋で直接会う必要はない。待ち合わせ場所だけ軍に教えればいいだけで、わざわざ自分と会うのはリスクが高すぎる。人質にされる可能性もないとは言えないのだから。

 加えてゼロを捕らえるつもりだったなら、あの程度の人数で来るのもおかしい。

 相手はテロリストだ。どんな危険な武器を持っているかも分からないのに、たかだか10人弱の軍人しか派遣しないというのはあまりに心許ない。ゼロを捕まえる千載一遇のチャンスに人員を渋る理由もないだろう。情報の確度が低いためかもしれないが、それでも必要最低限の人数すら満たしているとは言い難い。

 そして何より、あのヴィレッタとかいう軍人は自分が皇族である事を知っていた。

 当然、シャーリーはそれを知らない。

 もしかしたらシャーリーが密告をする際に自分の写真などを渡し、それを見た軍人が皇族である事に気付いたのかもしれないが、それはあまりにも可能性が低いと言わざるを得ない。

 もし仮にそんな低い可能性があり得たとしても、最初から皇族である事が分かっていて自分を迎えに来たのなら、その人選にも疑問が残る。

 相手はテロリストでもあるのだから軍人なのはいいとして、最初から自分を皇族として扱うつもりだったなら迎えにはそれなりに階級の高い将校が任じられるはずだ。

 間違ってもそこらの下士官に任せる仕事ではない。

 

 ――あまりにも状況が不可解だ。情報が不足しているせいで全体像が見えてこない。まるで出来の悪い絵画でも見せられているようだな。

 

 軍に情報をリークしたのがマオでもシャーリーでもないとすれば、一体誰なのか。

 可能性を挙げるならマオ以外のギアス所有者、といったところだろうか。

 もしそうなら、直接会ってもいない相手の思考を推測するなど徒労でしかない。

 それにこの状況が全くの偶然という線もないとは言えないだろう。

 軍の捜査網にたまたま自分が引っ掛かり、皇族として見つかってしまったという可能性だ。

 だとすれば、自分はとんだ間抜けだ。

 用心に用心を重ねて、移動中は変装でもしていれば防げていた事態だったという事なのだから。

 

 自嘲するように唇を歪めるルルーシュ。

 それと同時に扉をノックする音が聞こえ振り返る。

 

「入るぞ」

 

 無遠慮な声に答える前に扉がスライドし、部屋に入ってくる見知った女性二人と一人の騎士。

 二人の女性――コーネリアとユーフェミアは、ルルーシュを見るなり大きく目を見開いた。

 

「まさか、本当にルルーシュなのか……!?」

「ルルーシュ、本当に……生きて……!」

 

 唇を震わせ信じられないとばかりに息を呑むコーネリアと、目に涙を浮かべ感動に打ち震えるユーフェミア。

 8年振りに再会した異母姉妹を前にルルーシュは――極めて丁寧にお辞儀をした。

 

「これはこれは。総督閣下に副総督姫殿下ではございませんか。お初にお目に掛かります。ルルーシュ・ランペルージと申します」

 

 礼儀作法に則った完璧な所作に、感動の再会を夢見ていた姉妹は意味が分からず固まる。

 しかしそれに頓着せずルルーシュは一方的に皇族に対する口上を述べた。

 

「私のような平民が皇族の方にお会いできるとは光栄の至り。なぜこのような場に招かれたのかは存じませんが、この幸運に感謝致します」

 

 すらすらと心にもない事を口にして、ルルーシュは静かに二人の反応を窺う。

 ユーフェミアは他人のフリをされた衝撃で呆然としている。一方コーネリアは――

 

「……ルルーシュ貴様、ふざけているのか?」

 

 さすがは数多くの戦場を経験した軍人と言ったところか。コーネリアは既に自失から立ち直り、怒りの形相でルルーシュを睨んでいた。

 

「滅相もございません。何か私の態度にご不快な点がおありでしたでしょうか?」

 

 怒るコーネリアの心情を完璧に理解しながら、ルルーシュは態度を崩さず逆に問い掛ける。

 予想通りそれはコーネリアの怒りに油を注ぐ結果となった。

 

「全てだ! 何がお初にお目に掛かるだ! お前は私の弟であろうが!」

 

 激情を露わに再会した異母弟を怒鳴りつけるコーネリア。

 しかしそれを受けてもルルーシュの表情は微塵も揺らぐ事がなかった。

 

「どなたと勘違いしているのかは存じませんが、私が総督閣下のご姉弟など、畏れ多い話でございます」

「ルルーシュ……!」

 

 ふてぶてしく白を切るルルーシュの態度にコーネリアは表情を歪め歯噛みする。

 二人の間に剣呑な気配が立ち込め、一触即発の空気が漂う。

 

「ルルーシュ、どうして他人のフリなんてするの?」

 

 そんな中、ポツリと悲しげな呟きが零れた。

 ハッと二人が振り返ると、そこには静かに涙を流すユーフェミアの姿があった。

 

「折角また会えたのに……私達とはもう、話したくもないの……?」

 

 縋るように自らに手を伸ばしてくるユーフェミアに、これまで完璧に保ってきたルルーシュの表情がわずかに崩れる。

 しかしそれが気付かれる事はなかった。

 コーネリアもギルフォードも、いまだけはルルーシュの事を見ていなかったから。

 

「ユフィ……」

 

 憐れみを誘う妹の様子にコーネリアが思わず名前を呼び、責めるようにルルーシュを睨みつける。

 しかしその時にはルルーシュの仮面は持ち直されており、完全な無表情でコーネリアの眼光を受け止めた。

 感動の再会のはずが一触即発の空気にまで陥り、予想外の流れに危機感を抱いた騎士が皇族同士の会話に割って入る無作法を承知で進み出た。

 

「ルルーシュ様。私はコーネリア殿下の騎士、ギルバート・G・P・ギルフォードと申します。差し出がましくも口を挟む事をお許しください」

 

 片膝をついてそう申し出るギルフォードにルルーシュは沈黙で答える。

 自分を皇族ではなく平民だと主張している手前、ルルーシュにギルフォードの発言を止める権利はなかった。

 

「ルルーシュ様を保護された者からの報告で、ルルーシュ様はアッシュフォード学園で目と足が不自由な妹君と一緒にお暮しになられていたという事が判明しております。極東事変で亡くなられたルルーシュ様の妹君であるナナリー様も、同じ障害を負われていたかと存じますが、これも偶然の一致でしょうか?」

 

 質問の(てい)をなしているが、それは事実上の断定だった。

 同じ名前、同じ身体障害を負った人間が偶然その者が死んだ地に居合わせるなど、現実的に考えてあり得ない。

 鋭く自分を睨むコーネリア。涙を浮かべて見つめてくるユーフェミア。そして敬意を払いながらも油断なく自分を観察してくるギルフォード。

 三者三様の眼差しを向けられ、ルルーシュは冷静に引き時を察した。

 

 ――ここまでだろうな。

 

 偶然の一致と押し通す事は不可能ではないが、些か見苦しい上に、いまも自分を睨みつける総督が許しはしないだろう。

 それに、必要な情報は既に得られた。少なくとも自分がアッシュフォード学園で過ごしていた事まで調査されている事実が裏付けられたのは大きい。

 深く息を吐き出すと、それまでの慇懃な態度を崩しルルーシュは皮肉げに笑う。

 

「なるほど。軍が本気を出せば、ひと一人の個人情報を調べるのに時間はいりませんか」

 

 白を切るのを諦めたように振舞いながら、その実ルルーシュは注意深くコーネリアとギルフォードの反応を窺う。

 ユーフェミアは意図的に無視した。彼女が軍の情報を知っているとは思えなかったからだ。

 

「確かに私はかつてあなた達の兄弟であった時期がありました。お久しぶりです、姉上。それからユフィ。まさかこんな形で再会する事になるとは、思ってもいませんでしたよ」

 

 喜びの感情などまるで示さず、むしろ皮肉たっぷりにルルーシュは改めて挨拶をした。

 それに対し素直なユーフェミアは良かったと涙を流したが、コーネリアは先程までのルルーシュの態度もあってか烈火の如き怒りを露わにした。

 

「ルルーシュ……生きていたのならなぜ名乗り出なかった! この7年、私達がどんな思いでお前の死を悼んだと思っている!」

 

 感情のままに怒鳴りつけるコーネリア。

 新兵であれば竦んでしまうほどの怒気を当てられ、しかしルルーシュはそれに全く臆する事はなかった。

 それどころか――

 

「ハッ」

 

 堪えられないとばかりに鼻で笑う。

 その態度にコーネリアの眉間にはさらに深い皺が刻まれた。

 

「何がおかしい?」

「失礼。まさかそのような事を聞かれるとは思ってもみなかったもので」

「なんだと?」

 

 挑発気味に答えるルルーシュに、コーネリアの怒りは留まる事を知らず膨れ上がっていく。

 しかし次の一言で、その怒りは矛先を見失う事となった。

 

「逆にお聞きしましょうか。姉上は私と同じ立場であったなら、本国へと帰られましたか?」

「っ、それは……」

 

 ルルーシュの鋭い問いにコーネリアは答えに詰まる。

 そしてその反応こそが、何よりも雄弁にコーネリアの真意を物語っていた。

 

「理解していただけたようですね。それが答えですよ。身一つで敵国に人質として放り出され、連れ戻す事もなく宣戦布告。そんな状況で敵国の皇族がどうなるかなど、火を見るよりも明らかでしょう。生きて本国に戻ったとしても、今度はEUか中華連邦にでも送られ同じ事の繰り返し。それこそ死ぬまでね」

「……」

 

 ルルーシュの語った内容に反論するべき言葉をコーネリアは持たなかった。

 実際に口答えしただけで幼い兄妹を敵国に送った皇帝だ。国に戻ったところで同じ事にならない保証などあるわけがない。

 険しい顔で黙り込むコーネリアに、ルルーシュは乱暴にソファに腰掛けると肩を竦めて笑って見せた。

 

「それで? 姉上は私をどのように使うつもりで連れ戻したのですか?」

「違う! 私はお前を利用しようなどとは考えていない!」

 

 どうせお前も皇帝と同じで自分を政治の道具にするつもりだろうと問うルルーシュに、コーネリアは即座に否を返す。

 しかしその程度でルルーシュの態度が軟化するわけもなく、ソファに座りながら手と足を組んで尊大に問うてきた。

 

「ほぅ。ならばお聞きしましょうか。エリア11の総督であるコーネリア皇女殿下は、自分の死を偽っていたかつての弟をどうされるおつもりで?」

 

 試すような視線がコーネリアに向けられる。

 コーネリアは異母弟が8年ぶりに再会した自分達姉妹に敵意を剥き出しにしている理由を悟り、憐れむように眉を下げた。

 その変化を敏感に感じ取り、ルルーシュはほんのわずかに不快気に顔を顰める。

 

「私はお前やナナリーを政略の道具になどする気はない。させるつもりもない。本国に戻る事に抵抗があるというなら、私がこの地でお前達を保護しよう。だからまた、私達と共に姉弟として暮らそうではないか」

 

 先程までの怒りなど感じさせない優しい声で、コーネリアは手を差し出し自らの望みを語る。

 死に別れていたと思っていた仲の良かった異母弟。憧れていたマリアンヌ后妃の忘れ形見。

 かつては敵国に送られるのを黙って見ている事しかできなかったが、地位も権力も手にしたいま、コーネリアに彼ら異母兄妹を見捨てる選択肢はなかった。

 

「なるほど。あなたの考えは理解しました」

 

 コーネリアの真摯な訴えを聞き、ゆっくりとルルーシュは頷く。

 分かってくれたかとコーネリアも笑みを零す。

 

「そうか、なら――」

「ですが私は姉上の庇護下に入るつもりなどありません」

 

 安堵して今後の話をしようとしたコーネリアの言葉を遮り、ルルーシュは異母姉の厚意をばっさりと切り捨てた。

 予想外の返事にコーネリアはマジマジと異母弟を見るが、自分を見返す瞳に思わず息を呑んだ。

 ルルーシュの言葉にも視線にも、自分を家族だと感じさせる温かみが一切込められていなかった。

 

「もし姉上が本当に私達兄妹の事を思うなら、今日の事は全てお忘れください。あなたの弟妹であったルルーシュとナナリーは既にこの世を去りました。ここにいるのはルルーシュ・ランペルージというただの庶民に過ぎません」

 

 淡々と、家族への親愛の情などまるで見せずにルルーシュは語る。

 そこにはわずかな未練も執着もない。

 

「ブリタニアの庇護も、皇族としての暮らしも、もはや私達には不要です。むしろ迷惑でしかない」

 

 むしろその声には抑えきれない苛立ちが宿っていた。

 ソファから立ち上がり、真っ直ぐと異母姉の目を見つめながらルルーシュはきっぱりと告げる。

 

「姉上。私があなたに望む事はたった一つです。放っておいてください。8年前には母と、妹の足と光を奪われ、7年前には敵国でようやくできた居場所さえも奪われた。もうこれ以上、あなた達から奪われるのはごめんだ」

 

 吐き捨てるように、自分を思ってくれる異母姉に怒りを向けるルルーシュ。

 その言葉には彼のブリタニアへの明確な憎悪が垣間見えており、そしてブリタニアに属するコーネリアも同じように見られている事は明らかだった。

 異母弟にからそんな感情を向けられるとは思っていなかったコーネリアは、動揺しながらも必死にルルーシュの言葉を否定しようとする。

 

「奪うなど、ルルーシュ! 私は――!」

「そんなつもりはないと? だとしても、私の結論は変わりません」

 

 自身を説得しようとするコーネリアの言葉を遮り、ルルーシュは首を振る。

 いまの状況そのものが自分の日常を奪う行為だと気付いていない異母姉の言葉に、耳を傾ける意味など見出さず。

 

「もはや言葉は尽くしました。私が求める答えは一つです、姉上」

 

 鋭く細められた紫紺の眼光がコーネリアを射抜く。

 こんなにも強い目ができる弟だったかと、コーネリアは昔との違いに我知らず息を呑んだ。

 しかしいくら愛する異母弟の願いであろうと、その望みに頷いてやる事はできなかった。

 

「……ここから出す事はできん。いまこのエリアは治世も安定していない。もしお前を放り出して何かあれば、私はマリアンヌ様に顔向けができなくなる」

 

 折角再会できた異母弟。その命を危険にさらす選択をコーネリアは選ぶ事ができない。

 それにコーネリア個人の願いとしても、このまま愛する異母弟と別れるなどあり得なかった。

 たとえいまは急な状況の変化に戸惑っていたとしても、いずれはまた自分達と暮らす事を望んでくれるはずだと、8年前の思い出を頼りにそう考えて。

 異母姉が葛藤の末に出した望まぬ答えを聞いても、ルルーシュが怒り出すような事はなかった。

 ただ無表情で頷くと、もはや興味を失ったとでもいうようにコーネリアから視線を外す。

 

「そうですか。ならばご退室を。あなたと語るべき事はもはやありません」

 

 背を向けて窓際まで近付き、彼女達が入ってくる前にそうしていたように再び眼下の街並みを見下ろす。

 その背中から感じ取れる明確な拒絶の気配に、誰もが掛ける言葉を見つけられなかった。

 説得の言葉などいくら口にしても無駄だと分かる異母弟に、しかしこれだけは訊いておかなければならないとコーネリアは口を開く。

 

「ルルーシュ、一つだけ訊きたい。ナナリーはどこにいる?」

 

 問われたルルーシュは肩越しに振り返ると、警戒するように目を細めた。

 

「それを聞いてどうするおつもりで?」

 

 まるで敵でも睨みつけるようなルルーシュの眼差しに怯みながら、それを表に出さずコーネリアは堂々と答えた。

 

「当然、保護する。先程も言った通り、このエリアはまだ安定していない。テロリスト共が闊歩する街で、目も見えず身体も不自由なナナリーを一人にするのはきけ――」

「その可能性を危惧するのであれば、いますぐ私を解放してください。この8年、私はこのエリアでずっとナナリーを守り続けてきました。それはこれからも変わりません」

 

 身体ごと振り返り、ルルーシュは再度己の意思を伝える。

 しかしコーネリアはつらそうに表情を歪めながら首を振る。

 

「悪いが、それはできないと言ったはずだ。いままで大丈夫だったからと言って、これからもそうだという保証はない。ナナリーもお前もこの政庁で保護するのが一番安全なのだ。分かってくれ」

 

 心の底から異母兄妹の身を案じ、コーネリアはそう頼み込む。

 このエリアにおいていま自分達がいる政庁ほど安全な場所など存在しない。

 二人の身の安全を考えるのであれば、たとえどれほど嫌がられようとここで匿うのが最善なのだと、完全な善意から説得の言葉を吐き出す。

 

「頼むルルーシュ。私を信じてくれ」

 

 胸に手を当て、真っ直ぐと相手の瞳を見つめコーネリアは訴えた。

 8年前のように姉弟としてもう一度信頼を預けてほしいと、そう願い出る。

 あれほど仲が良かったのだから、誠意を込めて伝えれば思いは届くとコーネリアは疑っていなかった。

 そんな異母姉の懇願の眼差しを、ルルーシュは正面から受け止めた。

 しかしその表情がわずかにでも揺らぐ事はなかった。

 

「あなたはご自分のしている事が理解できていないようだ」

 

 コーネリアの真摯な訴えに返されたのは、異母弟の絶対零度の視線と言葉のみだった。

 

「いまあなたがなさっているのは、ナナリーの安全を人質に取った私への脅迫です。妹の安全を保障してほしければ、自分の要求を受け入れろと言っているに等しい。それを言葉を飾り立てて信じてくれとは、どこまでも上から押しつけてくれるものですね」

「私はそんなつもりなど――!」

「弁解は結構です。それがあなた達ブリタニア皇族のやり方だという事は分かっていますから」

 

 コーネリアに言い訳の機会を許さず、ルルーシュは冷徹に吐き捨てた。

 

「何を言われようと、私はナナリーの居場所をあなたに教えるつもりはありません。あの子はいま、こんなところよりもよほど安全な場所にいます。あなたの保護など必要ない」

 

 もはや敵意を隠そうともせずルルーシュは言い切る。

 鋭く睨みつけてくる異母弟に、それでもコーネリアはなんとか説得しようと反論の言葉を懸命に探しながら口を開く。

 

「だがルルーシュ――」

「ご退室を。コーネリア皇女殿下」

 

 もはや姉とも呼ばず、ルルーシュは会話を強引に終わらせる。

 先程よりもいっそう強くなった拒絶の気配に、コーネリアは説得を続ける事ができず言葉を呑み込むしかなかった。

 この場は一旦引き下がり、時間を掛けて説得していくしかない事を悟り言われた通りに退室しようとする。

 しかし彼女の妹はまだ諦めてはいなかった。

 

「ルルーシュ……」

 

 か細く、それでいて切実な声がユーフェミアの口から零れ落ちる。

 これまで黙って二人の話を聞いていた彼女は、泣きそうな表情で異母兄に問う。

 

「あなたはもう、私達を兄妹とは思ってくれないの?」

 

 その問いにルルーシュの表情がわずかに歪む。

 何かを求めるように、願うように、ユーフェミアは両手を胸の前で合わせて、ルルーシュに向けて一歩踏み出す。

 

「一緒に遊んだあの頃には、もう……戻れないの?」

 

 愛する異母妹の心からの願いに、ルルーシュが保ってきた仮面が罅割れる。

 それは再会をしてから初めて、ルルーシュから漏れ出た親愛の情だった。

 コーネリアとは違って立場に囚われないユーフェミアの思いがダイレクトに心を揺さぶり、仮面に隠されていた身内への愛情を引きずり出す。

 妹に真っ直ぐな気持ちをぶつけられて平気な顔をしていられるほど、ルルーシュは冷血漢には成り切れない。

 

「戻れたらと、そう考えた事がなかったと言えば嘘になる」

「ルルーシュ……」

 

 本心から、自らの思いを吐露する。

 その答えにユーフェミアの顔に喜びが浮かび、コーネリアとギルフォードも表情を明るくした。

 しかし――

 

「だが、どれほど願おうと時が巻き戻る事はない」

 

 覚悟を宿した声で以て、ルルーシュは自身の願いを断ち切る。

 再び仮面を被り直したルルーシュの顔にはもはや、彼女に対する親愛の情は浮かんでいなかった。

 

「ユフィ。あの頃とはもう、何もかもが違うんだ」

「そんな、ルルーシュ……」

「出て行ってくれ。君と話す言葉など、俺はもう持ち合わせていない」

 

 涙を零すユーフェミアに背を向け、ルルーシュは今度こそ話を終える。

 慕っていた異母兄の訣別の言葉に、ユーフェミアはその場に膝をつき打ちひしがれる。

 

「ユフィ……!」

 

 声を押し殺して泣く妹の姿に思わず駆け寄り肩を抱くコーネリア。

 ユーフェミアを傷付けたルルーシュを見上げるように睨むが、結局その口から何かしらの非難の言葉が紡がれる事はなかった。

 妹を慰めながらコーネリアが、そしてユーフェミアとギルフォードが部屋から出て行く。

 人の気配がなくなった部屋でルルーシュはしばらく窓の外を見下ろしていたが、やがて無言でソファに腰掛けると大きく息を吐き出した。

 

「……ユフィには、悪い事をしたな」

 

 異母姉妹の前では決して出さなかった親愛を滲ませる声を、ポツリとルルーシュは零す。

 しかしそこに悔恨の色はなかった。

 

「それでもこれが、俺の選んだ道だ」

 

 膝の上で両指を組んで握り締めながら、揺るぎない意志で呟く。

 たったそれだけで意識を切り替えると、ルルーシュは先程の会話を振り返った。

 コーネリアの言動、ギルフォードが漏らした情報、わざわざ怒らせた甲斐もあって得られたものは多い。

 

 ――あそこまで言われてコーネリアがゼロの事を話題に出さなかったという事は、まだ軍に俺がゼロである事は知られていないようだな。なら俺の居場所に関する情報源はマオでもシャーリーでもないだろう。俺が出て行った事で焦ったアッシュフォードが軍に密告したという線が一番濃厚か。

 

 とっくに軍に顔が知られ捜索されていたのだとしたら、あのホテルを軍人が見つけられた事にも納得がいく。

 アッシュフォードでの生活を知られていた事や、ギルフォードの反応から見ても、自分の身辺はある程度調べられていた事は間違いない。

 結果論ではあるが、学園を出た判断は正しかったというわけだ。

 もしあのまま学園に残っていれば、自分はもちろんナナリーまで囚われていた事だろう。

 

 ――俺が偶然軍に見つかったのならば、現状ナナリーやスザクにまで軍の手が及んでいる心配はないな。スザクには俺が軍に捕まった事だけは知らせてあるし、その上での対策案も残してある。C.C.がどう動くかは不安の残るところではあるが、ひとまずあちらの心配はしなくていいだろう。

 

 酷い状況ではあるが、最悪の事態だけは避けられている事に少しだけ安堵する。

 スザクやナナリーまで捕まっていれば、本当にもう打つ手がなくなっていた。

 愛する妹が自由の身であり、最も信頼する友が健在ならば、望みはまだ絶たれていない。

 か細い糸だが、逆転の目はまだつながっているはずだ。

 

 ――だとしても、絶体絶命である事に違いはない。コーネリアがこちらの思惑通りに動くのなら、俺の事が本国に知られるまで少しは時間を稼げるだろうが、上手くいったとしても所詮は一時凌ぎだ。なんとかスザクに連絡を取って逃げる術を見つけなければ、黒の騎士団もゼロもここで潰える。

 

 ギリっと、奥歯を噛み締めるルルーシュ。

 抑えきれない感情を表すように、組んだ指には血管が浮き出るほどの力が込められていた。

 

「……こんなところで、終わるわけにはいかない。俺自身のためにも。スザクやナナリーのためにも」

 

 押し殺した声が誰もいない部屋に響く。

 そしてルルーシュはグラスに残っていた水を飲みほして立ち上がった。

 実質的に幽閉されている現状で自分にできる事などないに等しいが、それでも部屋の中を調べるくらいの事はできる。どうせ部屋は移る事になるため意味はないだろうが、それでも何もせず諦めているよりはいくらかマシだろう。

 自分でも期待していない可能性のため早速部屋の調査に取り掛かろうとして、そこでふと、ルルーシュはどうでもいい事に気がついた。

 

 ――そういえば、部屋に一人というのも久しぶりだな。

 

 C.C.が押しかけてきてからは、常に彼女が傍にいた。

 学園を出てここ最近はホテル暮らしだったが、それもスザクとは同室だったので一人になる事もなかった。

 どうという事もないが、一人きりの部屋はこんなにも静かだったのだと、そんな事をルルーシュは思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姫様、少し休まれた方がよろしいのでは?」

 

 一人になりたいと望むユーフェミアを自室へと送り届け、今後の事について話し合うためにやってきた政庁の執務室でギルフォードは自らの主を気遣いそう提案した。

 

「そうも言ってはいられん。ルルーシュが生きてこの地にいたと分かった以上、やるべき事はいくらでもある」

 

 豪奢な椅子に腰掛けたコーネリアは疲労が隠せない顔を軽く振り、ギルフォードの心配を退ける。

 表情を引き締めて軍人の顔となり、やるべき事を頭の中で整理したコーネリアは早速これからの指針を語る。

 

「まず何よりも優先すべきは、ナナリーの捜索だ。ルルーシュは安全な場所にいると言っていたが、それを鵜呑みにするわけにもいかん。すぐさま捜索隊を編成し、身柄を捜し出して保護するぞ」

 

 ルルーシュにあれほど拒絶されたとはいえ、コーネリアに死んでいたはずの彼らを見捨てる選択肢はなかった。

 自分を信頼するどころか敵意すら向けられた事に思うところはあるが、それも異母弟の境遇を考えれば仕方のない事だろう。

 これから旧交を温めていく事で少しずつ失った家族としての溝を埋めていけばいい。

 そのためにもまずは、もう一人の異母兄妹であるナナリーを見つけなければ話にもならない。

 

「改めて確認しておくが、ナナリーの居場所に関する情報はないんだったな?」

 

 ルルーシュが見つかったと聞いた時点で、ナナリーについてもコーネリアは大まかな話を聞いていた。

 しかしいかんせんルルーシュの部屋へと向かう道すがらだったので、細かい報告を聞いている余裕はなかったのだ。

 

「はい。ルルーシュ様を発見した純血派によると、戦後の7年間は私立アッシュフォード学園にて過ごされていたようですが、つい先日に学園から姿を消し、以降の行方は分からなくなっていたようです」

 

 純血派から齎された報告を思い出しながら、ギルフォードは分かっているだけの情報を答える。

 コーネリアへの報告のため、ギルフォードはある程度の経緯を純血派から直接聞いていた。

 

「ならばどうやってルルーシュを見つけたのだ?」

「ルルーシュ様が秘密裏にご学友と会っている現場に立ち会えたようです。ですので、ルルーシュ様が学園を出てからどこで暮らしていたのかも判明しておりません」

 

 ギルフォードの報告を聞き、思った以上に情報が少ない事にコーネリアは表情を曇らせる。

 住んでいる場所はおろかここ最近の行動すら分からないとあれば、ナナリーの捜索は困難を極めるだろう。

 

「ルルーシュに直接訊いたところで、あの様子では答えてくれんだろうな」

「コーネリア様……」

 

 ナナリーを保護すると言った自分をあれだけ激しく拒絶した異母弟の姿を思い出し、コーネリアは苦々しく呟く。

 気遣わしげにこちらを見てくる騎士の視線を感じながらも、陰鬱になりそうになった気分を振り払うように首を振る。

 

「ひとまず情報を集める必要があるか……純血派の人間に即刻詳細な報告書を提出させよ。いや、それでは遅いな。報告書は別途作成させるとして、現段階でルルーシュに関して調べた情報の全てを重要度の大小関係なく提出させ、この件に関して最も詳しい者を呼び出せ。私が直接話を聞くとしよう」

 

 報告書を作成させる手間さえ惜しみコーネリアは命じる。

 一刻も早く捜索隊を編成しナナリーを捜さなければならない現状、手掛かりとなる情報は一つでも多い方が良い。

 

「それとアッシュフォードにも詳しく話を聞く必要がある。状況から考えても、あの家がナナリーを匿っている可能性が最も高いのは明白だ。すぐにこちらの手の者を送り、多少強引な手段を用いてでも情報を引き出せ」

「かしこまりました」

「ただし、極力手荒な真似は控えよ。ルルーシュがアッシュフォードに対して恩を感じていた場合、あの家への仕打ちでルルーシュがさらに態度を硬化させる可能性も捨てきれんからな」

 

 コーネリアとしては煮え切らない、どっちつかずの対応を指示する。

 それは酷く珍しい光景だった。

 いつものコーネリアならば、異母弟の死を偽装し匿っていたアッシュフォードを罪人としてひっ捕らえ、投獄してから情報を引き出すくらいの事はやってもおかしくはない。

 しかしこれ以上ルルーシュへの心象を悪くして、姉弟間の溝を深める事をコーネリアは恐れた。その思いが果断な姿勢を常とするコーネリアに一歩ブレーキを踏ませる。

 アッシュフォードに実害なく情報を引き出そうとするなら交渉か脅迫くらいしか方法はないが、これまでルルーシュとナナリーを本国から匿ってきた彼らがその程度で容易く情報を渡す可能性は低い。そしてそれはナナリーの捜索を致命的に遅らせる事にもなりかねない。

 その危険を理解しながら、それでも主の苦悩を察するギルフォードは反論なく是の答えを返した。

 

「あとは本国への報告か……」

「通信の準備を致しますか?」

 

 皇族であり死んだ事になっていたルルーシュとナナリーが生きていたのであれば、皇族としてもエリア総督としてもブリタニア本国――つまりは皇帝へ報告しないわけにはいかない。ルルーシュがそれを望んでいない事は態度から察せられるが、こればかりはコーネリア個人の問題ではなく与えられた立場における責務でもあるので、蔑ろにするわけにはいかないのだ。

 しかしそれを即決できない理由がコーネリアにはあった。

 

「いや、この件に関する報告はひとまず置いておく。ルルーシュの事を知る人間にも緘口令(かんこうれい)を出せ。ナナリーの捜索も親衛隊だけで行い、他の兵には知られないようにしろ」

「緘口令……ですか? 理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

 ともすればコーネリアの立場を悪くしかねない命令に、ギルフォードは戸惑いながら理由を問う。

 帝国の先槍とも呼ばれるギルフォードは、主の命にただ唯々諾々と従う名ばかりの騎士ではない。それがたとえ主の意思であろうと、コーネリアに不利益となるのであれば忠言を返す事も辞さない本物の騎士である。

 問われたコーネリアは眉間に皺を寄せた険しい顔で一度黙り込み、口元に手を当て声を抑えながら答えた。

 

「あまり大きな声では言えんが……ルルーシュとナナリーの生存を報告したとして、父上がどのような判断をなさるか、それが分からないからだ」

 

 皇帝批判にもなりかねない危うい発言をするコーネリア。

 その発言の重さに、ギルフォードも身を固くする。

 

「もちろん私も全力で二人を守るつもりではいるし、何があろうと政治の道具になどさせるつもりはない。しかし生きていたのなら一度顔を見せろと本国に呼び戻された場合、ルルーシュは当然の事、私にもそれを拒否する事はできん」

 

 ルルーシュには本国に戻るのが嫌ならこの地で保護するとは言ったが、皇帝に呼び出されてしまえばコーネリアは立場上それに応じないわけにはいかない。謁見の際にルルーシュの保護を願い出る事は可能だろうが、それでも一度は本国に帰る必要が出てくる。

 

「ナナリーが見つからずエリア11に取り残されてしまうこの状況では、ルルーシュはたとえ一時的にでも本国に戻る事を嫌がるだろう。そうなれば、ただでさえ深い溝ができてしまったルルーシュとの関係が悪化しかねん。いや、関係が悪化するだけならまだいいが、8年前のように謁見の場で父上に暴言でも吐いてみろ。今度こそ処刑されても文句は言えん」

 

 その情景を想像し、コーネリアは成田で絶体絶命の状況に追い詰められた時でさえ感じなかった恐怖に身を震わせる。

 顔を青ざめさせる主にギルフォードは息を呑み、その憂慮を取り払おうと否定の言葉を口にする。

 

「ルルーシュ様は理知的なお方のようでした。そのような無思慮な事はされないのではないでしょうか」

「私もそう思うが、あれには前例がある。守るべきナナリーが一緒ならまだしも、一人であれば感情のままに暴走しないとは言い切れん。先程の態度を見れば尚更な」

「……確かにルルーシュ様はブリタニアという国に対して強い怒りを憶えておられる様子でしたね」

 

 姉が差し伸べた手を拒絶し、あろう事か迷惑だと言い切ったルルーシュの姿を思い出してギルフォードも反論の言葉を呑み込む。

 ルルーシュのブリタニアへの怒りがどれほどのものなのか測れるまでは、コーネリアの言う通り皇帝と謁見させるのは避けるべきだろう。

 

「それに、ナナリーの事もある」

「ナナリー様ですか?」

「ああ。現状ナナリーは生存している事は分かっていても、その所在は明らかになっていない。この状況でもしルルーシュだけ発見した事を報告すれば、名乗り出てこないナナリーはブリタニアに叛意ありと見なされかねん」

「そんなまさか……!」

 

 いくらなんでも実の子供相手に――それも目と足が不自由な少女を反逆者と断ずるなどあり得ないと反論しようとするギルフォード。

 しかし8年前に10にも満たない我が子を敵国へ人質として送った父親の冷酷さを知っているコーネリアには、その推測を頭から否定する事はできなかった。

 

「もちろんこれは最悪の可能性だ。しかしナナリーは皇位継承権も低く、さらにはマリアンヌ様の暗殺事件の際に目と足に障害を患っている。宮廷においては弱者に分類される存在であり、我が国の国是は弱肉強食だ。報告した際もし父上に見つからないなら捨て置けとでも言われてしまえば、その時点で表立ってナナリーを捜索する事もできなくなり、たとえ見つかったとしてもブリタニア内でのナナリーの立場は非常に危ういものとなってしまう。そしてそこまでナナリーの立場が下がってしまえば、私が後見としてナナリーを保護したとしても守り切れるかどうか……」

 

 口にしながら、コーネリアはそれが充分にあり得る未来だと背筋を凍らせる。

 あの父ならば死んでいたはずの子供が生きていたと聞いても、関心を示さず放置する姿が容易に想像できてしまう。

 しかしそれは、ルルーシュはもちろんナナリーも保護したいと考えているコーネリアには最悪の展開だった。

 故に彼女は、その未来を回避すべく命令を下す。

 

「本国への報告はナナリーが見つかってから行う。それまでルルーシュとナナリーについては外部はもちろん、内部にも知られないよう情報を規制しろ」

「かしこまりました。……しかしもし、ナナリー様の捜索が難航された場合はどう致しますか?」

 

 一口に情報を隠すと言っても、それには限度がある。

 政庁の中にはおそらく、このエリアの情報を横流ししている他の皇族の手の者もいるはずだ。

 皇位継承権を争う皇族の中ではそういったスパイ染みた行いは日常的に行われており、エリア11の前総督がクロヴィスであった事も考えれば、まず間違いなく政庁の中には前総督時代からそのまま残っている間諜がいるはずだ。

 本来ならそういった間諜はこちらの足を引っ張る事はなく、ただ鮮度の高い情報を自分の主に送るだけなので放置していても問題ない。

 しかしルルーシュの事を本国に報告しないとなれば、そうも言ってはいられなかった。

 本来ならルルーシュの件はすぐさま本国への報告が必要な案件であり、意図的にそれを遅らせるのは明確なルール違反だ。もし発覚すればコーネリアはなんらかの処罰を受け、ルルーシュも強制的に本国へ連れ戻されてしまうだろう。

 となるとルルーシュが生活する上で必要な衣食住は間諜に気付かれないよう全てこちらで用意しなければならないし、できる限り存在を隠すためにルルーシュには生活空間を制限してもらう必要がある。それはルルーシュの同意も得られていない現状、異母弟を軟禁するに等しい行為であり、自由を奪われたルルーシュがさらにこちらへの不信を強める事は火を見るよりも明らかだった。

 間諜の耳目とルルーシュの疑心、二つをギリギリのところで誤魔化せる時間。それをコーネリアは熟考の末に見定める。

 

「一週間、それを期限とする。もし一週間後までにナナリーが見つからなかった時は、私からルルーシュの事を父上に報告しよう。……その際は、シュナイゼル兄上にお口添えを頼むべきかもしれんな」

 

 自分だけでは無理でも、帝国宰相であるシュナイゼルからも皇帝に口添えしてもらえれば、ナナリーの立場を保つ事も可能かもしれない。

 そんならしくもない他力本願を抱きながらコーネリアはつけ加えた。

 

「とはいっても、いまから見つからなかった時の事を考えても仕方ない。とにかく全力でナナリーを捜し出すぞ!」

「イエス・ユアハイネス!」

 

 首を振り、弱気になっている気持ちを奮い立たせコーネリアは宣言する。

 その意志を支えるようにギルフォードも胸に拳を当て敬礼を返す。

 様々な思惑が交わり、エリア11という盤面は大きく動こうとしていた。

 





ルルーシュの誕生日なのにルルーシュに優しくない話でした。
展開的にルルーシュが幸せな話を書くのはどうやっても不可能でしたね。

次回:守りたいもののため

今年の投稿はこれで最後かな?
間に合えばクリスマスあたりにもう一話投稿したいですね。
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