コードギアス~あの夏の日の絆~   作:真黒 空

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42:ブリタニアの動向

 

 ブリタニア政庁、総督執務室。

 そこにはいま六人の男女がいた。

 総督であるコーネリア。そして彼女の腹心であるギルフォードにダールトン。

 そしてコーネリアの命によりルルーシュ保護の経緯を報告をしている純血派の三人である。

 

「なるほど。つまりルルーシュの生存は枢木スザク捜索の過程でたまたま発覚したというわけか」

 

 純血派の報告を聞き終えたコーネリアは、提出されたルルーシュとナナリーに関する情報に目を通しながら頷く。

 その殆どを一人で調べ上げたため代表して報告を行ったヴィレッタは、皇女の言葉に恭しく頭を下げる。

 

「仰る通りです。その後は先程も説明させていただいた通り、アッシュフォードへ確認に行った際にルルーシュ様のご学友を見つけたため、話を聞こうと後を追ったところ殿下と会っておりましたのでそのまま保護させていただきました」

 

 改めて事のあらましがヴィレッタの口から説明され、その横で聞いていたジェレミアがわずかに肩を震わせる。

 しかしそれに気付いたのはヴィレッタとは逆隣にいたキューエルだけだった。

 いまこの場にいる者の注目は、深刻そうな表情で眉間に皺を寄せるコーネリアに注がれていた。

 

「……」

「姫様?」

 

 口元に手を当てて黙り込んでしまったコーネリアに、ギルフォードが呼び掛ける。

 他の面々もいきなり沈黙した彼女を心配するように見つめていた。

 しかしそれにすら反応を示さず、コーネリアは何やら考え込んでいる。

 そしてギルフォードがもう一度強めに呼び掛けると、ようやく自らに向けられる視線に気付き、咳払いをしてなんでもないと手を振った。

 

「話は理解した。まずは、よくぞ我が弟を保護してくれた。あれの姉として、またこの地を預かるエリア総督として礼を言おう」

「勿体なきお言葉です」

 

 コーネリアの謝辞にヴィレッタも即座に返す。

 手に持っていた書類を机に放ったコーネリアは、身体の前で指を組みわずかに眉を下げた。

 

「しかしルルーシュはこの7年死んだ事になっていたため、この件を無闇に公表すればエリア11はもちろん本国にも無用な混乱を招く。それを避けるために私が直接父上に報告を行い、対応を協議する事にした。私と父上の話し合いが終わるまで、この件に関する一切に緘口令を敷くので徹底せよ」

「イエス・ユアハイネス」

「そのせいもあってこの件に関する褒賞も全ての協議が済み、ルルーシュの生存を内外へと公表した後になる。即座に報いる事ができずに悪いが、我が弟を保護してくれた功績は大きい。必ずや功績に匹敵するだけの恩賞で報いる事を約束しよう」

「ご配慮、深く感謝致します」

 

 深く頭を下げるヴィレッタ。

 礼節に則った綺麗な所作ではあったが、その内心は喜びを態度に出さないよう堪えるのに必死だった。もし誰の目もない状況であれば、盛大にガッツポーズをしていただろう。

 死んでいたはずの皇族の保護、それは彼女が目標にしていた貴族位を得るには充分すぎるほどの功績である。

 つまりいまのコーネリアの言葉は、ヴィレッタにとって長年の夢の成就が約束された事に等しい。

 

「お前達は退出後、できる限り速やかにルルーシュに関する報告書をまとめ提出せよ。その後は追加の指示があるまで宿舎にて待機。すぐに動けるように準備だけはしておけ」

「イエス・ユアハイネス」

 

 退出を命じられ、純血派の三人は執務室から出る。

 完全に扉が閉まり周りに人がいない事を確認すると、ヴィレッタは抑えきれないとばかりに弾んだ声を上げた。

 

「まさかこんなにも早くルルーシュ殿下を保護できるとは思いませんでした。これも全て、ジェレミア卿が殿下のお顔を憶えていらした故の功績ですね」

 

 嬉々として語るヴィレッタに反して、それを聞く二人の顔は明るくない。

 特にジェレミアは苦虫でも嚙み潰したような顔をして何かを言おうとしたが、寸前で呑み込んで押し殺した声を出す。

 

「話は後だ。宿舎に戻るぞ」

「……ジェレミア卿?」

 

 その態度に違和感を憶えたヴィレッタが名前を呼ぶが、聞こえなかったのかジェレミアはさっさと廊下を歩いて行ってしまう。

 困惑したヴィレッタがキューエルを見ると、彼は眉間に皺を寄せてなんとも言えない表情をしながら首を横に振る。

 

「行くぞヴィレッタ。いまは何も言わずついて来い」

「……了解しました」

 

 何か事情がある事を察し、それ以上は言及せずヴィレッタは黙って後を追った。

 そのまま政庁を出て、用意されていた車に乗り込む。

 普段はジェレミアが真ん中に座るはずだが、今回はなぜかキューエルが真ん中に座っていた。

 しかしそれについて聞けるような雰囲気ではなく、無言のうちに車は発進する。

 

「ヴィレッタ……貴様はルルーシュ様を政庁へお連れする際、殿下のご意思を確認したか?」

「は?」

 

 重苦しい沈黙が漂って数分、唐突にジェレミアが固い声で問う。

 突然なされた意図の分からない問い掛けに、ヴィレッタは思わず呆けた声を出してしまう。

 しかしそれがいけなかった。

 

「ルルーシュ様は自らブリタニアに戻りたいと仰られたのかと訊いているのだ!」

 

 車内にジェレミアの怒鳴り声が響く。

 視線を合わせればジェレミアは怒りの形相でこちらを見ており、訳も分からずヴィレッタはその迫力に息を呑んだ。

 

「落ち着けジェレミア。お前の言いたい事は分かるが、ヴィレッタを責めるのは筋違いというものだ」

 

 ジェレミアの視線を遮るように、キューエルが身体の向きを変えヴィレッタを庇う。

 思わずホッと息を吐くヴィレッタだったが、上官の怒りを買った理由が分からず小声で問う。

 

「キューエル卿、何か私は誤った判断をしてしまったのでしょうか?」

「誤った判断だと、貴様……」

「だから落ち着けと言っているだろう。ヴィレッタは軍人として当然の行いをしただけだ。そこに落ち度はない。むしろ過失があるとすれば、方針を伝えもせず突っ走ったお前にこそあるはずだ。違うか?」

「っ、それは……そうかもしれんが……!」

 

 ヴィレッタの質問にさらなる怒りを爆発させかけたジェレミアだったが、逆に責任を追及されて口ごもる。

 二人の中では話が通じているようだが、ヴィレッタは自分が叱責される理由に見当もつかず、ただただ戸惑うしかなかった。

 

「申し訳ありません。話が見えないのですが……」

 

 激怒する上官にヴィレッタはひたすら恐縮するしかなく、それを見たキューエルが顎に手を当てて何やら考え込む。

 だがそれも数秒の事で、すぐに結論が出たのか声を潜めて話し始める。

 

「大きな声では言えんが……ジェレミアはルルーシュ殿下が生きている事を、コーネリア総督に報告するつもりはなかったのだ」

「報告をしない……? それはいかなる理由なのでしょうか?」

 

 軍人として報告・連絡・相談は基本であり義務だ。意図的に報告をせず事実を隠す事は明確な軍令違反であり、ましてや死んでいたはずの皇族が生きていたという重大な情報を隠蔽したとなれば厳罰は免れない。軍人の中でも殊更忠義心の強いジェレミアがブリタニアに叛意を抱いているとは思わないが、純血派のリーダーがそのような行為に手を染めようとした事実は、ヴィレッタにとっても他人事として聞き流せるものではない。

 

「ルルーシュ殿下とナナリー皇女殿下の境遇を考えた時、お二人は自らのご意思で死を偽り、本国に隠れてこのエリアで暮らしていた可能性がある。その場合、お二人を保護する事はそのご意思に反してしまう。そのためジェレミアは、まずはお二人のご意向の確認を最優先に考えていたのだ」

 

 もちろんその際にお二人が本国に戻られる事を望んでいれば総督にも報告したと、キューエルは付け加える。

 それはいかにも皇室主義の純血派らしい考えではあったが、ジェレミアやキューエルとは違って、軍令に逆らってまで皇族の意思を尊重しようなどと考えていなかったヴィレッタはわずかに顔をしかめた。

 

「しかしいくらルルーシュ様とナナリー様が望んでいたとしても、貴き皇室に庶民と同じ生活をさせるというのは問題かと思われます。お二人がもし皇族だとテロリストに知られてしまえば危険が及ぶ可能性もありますし、護衛すらいないのでは事故などによる突発的な危機にも対処できません」

 

 バカ正直に否定しては自らの立場が危うくなるため、いかにも二人が好みそうな理由をでっち上げ反対意見を口にする。

 だがジェレミアの皇室への忠誠心は彼女の想像を遥かに超えていた。

 

「そんな事は分かっている! だからこそ私がこの身を賭してお二人を守る覚悟を決めていたのだ! だというのに貴様は――!」

 

 車内の扉に拳を叩きつけジェレミアが再びヴィレッタを睨みつける。

 いまにも掴み掛かりそうな剣幕に彼女は反射的に身を竦める。

 そんな彼女を助けたのは先程と同じように二人の間に座るキューエルだった。

 

「ジェレミア、先程も言ったようにヴィレッタに責はない。もし謂れなき理由で彼女を責めるなら、私も黙ってはいないぞ」

「キューエル卿……」

 

 頼りになる上官の背中に思わずヴィレッタはその名を呼ぶ。

 一方キューエルから鋭く睨み返されジェレミアは、正論故に言い返す事ができず行き場のない怒りに身体を震わせたが、なんとか理性の方が勝ったのか唸るように息を吐き出してヴィレッタから視線を外した。

 

「こうなってしまってはもうどうしようもない。いまは方針を立て直し、ブリタニアにお戻りになったルルーシュ様とナナリー様に、我ら純血派がいかにお力になれるかを考えるべきではないか?」

 

 指を組み、その上に額を乗せて俯くジェレミアにキューエルは明確な指針を示す。

 ジェレミアは顔を上げず、そのままの姿勢で何度か大きく深呼吸をした。

 

「……そうだな。貴殿の言う通りだ。キューエル卿」

 

 長い沈黙の後でようやく返事をしたジェレミアの顔には、もはや先程までの激情はなかった。

 しかし完全には抑えきれておらず、眉間には皺が寄り、声には未だに消しきれない怒りの感情が見え隠れしていたが、キューエルもヴィレッタも気付かないふりをした。

 

「すまなかったなヴィレッタ。些か頭に血が昇っていたようだ」

「いえ、私の方こそジェレミア卿の意図を察する事ができず、申し訳ございません」

 

 形だけの謝罪である事は明らかだったが、それを指摘する事なくヴィレッタは頭を下げる。理不尽に怒りをぶつけられたとはいえ何かしらの被害を被ったわけではないのだから、わざわざ虎の尾を再び踏む必要はない。

 形式の謝罪に中身のない陳謝を返しながら、内心ヴィレッタは己の幸運に感謝していた。

 いまのこの状況が自分が思っていたよりもずっと綱渡りだった事を知ったからだ。

 そもそもジェレミアとキューエルは当たり前のようにルルーシュ皇子の意思を尊重する事を最優先に考えているが、ヴィレッタからすればそんなのは冗談ではない。

 ヴィレッタが純血派に属しているのは、二人のように皇室への忠義のためではなく、単に出世のためだ。その目的において死んでいたはずの皇族の保護は、これ以上ない成果であり決して見逃せない大事。なのに軍に逆らってまでルルーシュ皇子の意思を優先してその生存を秘匿しては、出世のチャンスを逃すどころの話ではなく、発覚した時にその責任が純血派全体に及ぶ。

 純血派は解体。そのメンバーは除隊、良くて降格だろう。当然その後の出世の道など完全に途絶える。貴族位など夢のまた夢だ。

 ジェレミアとキューエルはそれで本望なのだろうが、巻き込まれる身としてたまったものではない。

 

 もし仮にルルーシュを見つけるより前に先程のジェレミアの方針を聞いていれば、ヴィレッタは上官の命令と軍規の板挟みにあっていた。

 出世のためだけなら、ルルーシュ皇子と共に二人の画策も全て総督に話すのが正解とも思えるが、事はそう簡単な問題ではない。確かに上官を売って総督に取り入るのは、倫理的にはともかく損得勘定だけで考えるなら正しい。しかしそれには大きなリスクを伴うのだ。

 たとえ相手に非があったとしても、内部告発をした者への心証というのは悪くなるのが避けられない。味方を売ったという事実が、その人間の信用性を著しく損なうからだ。

 もしコーネリアがその例に漏れず、上官を告発した軍人など信用に置けないと判断してしまえばヴィレッタにとっては最悪だ。おそらくはルルーシュ皇子を保護した手柄という名目で、適当に階級を上げた後で栄転と称して地方に飛ばされるだろう。純血派という寄る辺を失ったヴィレッタになす術はなく、出世の道はそこで終着。飛ばされた先で飼い殺しにされる未来が待っている。

 かといってジェレミアやキューエルの事を告発せずにルルーシュ皇子を保護するのも悪手だ。そんな事をすれば上官の命令に背いた事で純血派から追い出される事は目に見えており、たとえ皇族保護の恩賞で出世できたとしても後が続かない。もし幸運が続き首尾よく貴族になれたとしても、軍人でありながら辺境伯でもあるジェレミアの恨みを買った結果、爵位ごと叩き潰される可能性すらないとはいえないのだ。

 

 つまりヴィレッタにとってはどの道も地獄。

 今頃、選択肢のない袋小路に迷い込んでいた未来も充分にあり得た。

 そう考えると、皇族の保護の恩賞を総督から約束され、上官との軋轢も最小限に抑えられたこの現状は、偶然に偶然が重なった奇跡的な幸運の結果といえるだろう。

 もしジェレミアがルルーシュ皇子の生存にあれほどの動揺をせず、先に自らの方針を説明していれば、ヴィレッタの出世への道は完全に閉ざされてしまっていたのだから。

 己の豪運に冷や汗を掻くヴィレッタは、気付かれないようにそれを手の甲で拭う。 

 

「宿舎に戻り次第すぐに、報告書をまとめ今後について協議する。異存はないな?」

「ハッ!」

「当然だ」

 

 内心をおくびにも出さず、ヴィレッタは威勢良く返事をする。

 部下の内心に気付かない二人の上官の意識は、既に忠義を捧げる皇族に向かっていた。

 危ういところで瓦解を免れた純血派は、表面上の一致団結を見せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 純血派が出て行った執務室では、いつもよりも若干重たい空気が漂っていた。

 中にいるのはコーネリアとギルフォード、それから呼び出されて急遽やって来たダールトンの三人だけだ。

 

「予想していた通り、純血派もナナリー様の居所に関する有力な手掛かりは持っていなかったようですね」

 

 ギルフォードが声に若干の落胆を乗せて事実を改めて告げる。

 元々期待薄である事は全員が分かっていた。

 皇族に忠誠を誓う純血派のトップが呼び出しにすぐに応じられた時点で、有益な情報がない事に予想はついていたからだ。

 もし有力な手掛かりがあってナナリーの捜索に手を割いていたのなら、こんなにも早く政庁に来られるはずがない。

 

「仕方なかろう。話を聞くにルルーシュ様を保護できたのも偶然の要素が強い。何せ初めは枢木スザクの捜索をしていたと言うのだからな」

「むしろそこから思いがけずルルーシュ様を発見できた事の方が、幸運だったという事でしょうか」

「そういう事だな」

 

 腕を組み、難しい顔をしながらダールトンが頷く。

 彼はルルーシュ生存が発覚した時点で呼び出していたため純血派よりも早く政庁に来ており、既に事情を説明してその後の方策についても話し合った後だった。

 

「……枢木スザク、か」

 

 ダールトンが口にした名前を拾って、コーネリアがポツリと呟く。

 深刻な顔をして何やら考え込んでいる主に、ギルフォードは即座に問う。

 

「何か気になる事でもありましたか?」

 

 己の騎士からの問いにコーネリアは答えない。

 というよりも、聞こえてすらいなかった。

 純血派から報告を聞いてからずっと、コーネリアの頭にはあり得ない疑惑がこべりついて離れなくなっていた。

 

 ――枢木スザクの協力者の候補にルルーシュが挙がっただと? それは本当に……ただの偶然なのか?

 

 8年前、皇帝の勅命でルルーシュとナナリーは日本に送られた。人質としてである事は誰の目にも明らかだったが、建前は留学だ。皇子と皇女の身柄を預かるのは当然日本でも地位の高い者に限られる。

 そうなると当時首相だった枢木家に二人が預けられた可能性は充分にあり、ルルーシュと枢木スザクに面識があった可能性はゼロではない。

 そして何より、コーネリアは数時間前にルルーシュ本人からブリタニアへの怒りを聞かされている。

 もしルルーシュの怒りが自分が思ってるよりもずっと根深く、大きいものであったなら?

 ルルーシュと枢木スザクが初めから、それこそこの地がエリア11になった時から、ブリタニアに敵対する同志であった可能性も――

 

「姫様!」

「っ!」

 

 大声で名前を呼ばれ、頭をよぎった最悪の想像がかき消される。

 顔を上げると、ギルフォードが心配げな顔でこちらを見つめていた。

 

「大丈夫ですか? 何やら深刻なお顔をなさっておりましたが?」

「あ、ああ……大丈夫だ。少しルルーシュとナナリーについて考えていたものでな……」

 

 首を左右に振ってコーネリアは自分でも信じられないような想像を誤魔化す。

 それを信じるような二人ではなかったが、深く追及する事はなかった。

 代わりにダールトンが重たい空気を吹き飛ばすように少し大きな声を上げる。

 

「しかし驚きましたな。あのマリアンヌ様のご子息が生きておられたとは。当時はまだ10の子供だったと記憶しておりますが」

「さすがは閃光のマリアンヌと呼ばれた方の血を引いておられるお方ですね。生存の報告を聞いた時は、私もすぐには信じられませんでした」

 

 意図に気付いたギルフォードも即座に賛同の声を上げる。

 二人の気遣いに気付いたコーネリアは、根拠のない推測を考えないようにして感慨深く頷いた。

 

「ああ。本当に良く生きていてくれたものだ。ナナリーに至っては目も見えなければ足も不自由だというのに……よほど運が良かったのだろうな」

 

 二人が生きていた驚きと、その事の対応に追われて忘れていた安堵が今更になって胸に広がりコーネリアは嘆息する。

 再会は不穏なものとなってしまったが、彼女の異母弟への愛情は損なわれていなかった。

 

「もしかすると、戦時中もアッシュフォードが何かしらの支援をしていたのかもしれませんね。でなければいくら優秀とはいえ、子供だけで戦火を乗り切れるとは思えません」

 

 ブリタニアの日本侵攻が一か月と足らずという短期間で終わったとはいえ、ナイトメアが実戦で初投入された事もあり日本への攻撃は苛烈を極めた。敵国の皇子という立場であるルルーシュとナナリーが二人だけで生き抜ける環境だったとはとても考えられない。だからこそアッシュフォードからの死亡報告を誰一人として疑わなかったのだから。

 

「そうなるとやはり、アッシュフォードを無闇に罰するわけにはいかんな。二人が生きている事を秘匿していた事は許しがたいが、処罰はルルーシュの話を聞いてからにするとしよう」

 

 諦めたように首を振り、コーネリアは雑念を払う。

 

「話を戻すぞ。いま最優先で考えるべきはナナリーの捜索だ」

 

 それまでの雑談に近い口調ではなく、総督としての威厳に満ちた声でコーネリアが告げる。

 主の雰囲気が変わったのを感じ取り、腹心の二人の表情も引き締まったものへと変化した。

 

「ルルーシュの生存を公にできない以上、ナナリーの捜索は親衛隊だけで行う。時間が限られているこの状況で数を動員できないのは痛いが、こればかりはどうしようもないだろう。指揮はダールトン、お前に任せる」

「かしこまりました。必ずやナナリー様を見つけ出して保護致します」

 

 コーネリアからの指名に力強い答えが返る。

 それに小さく頷き、コーネリアは続けて具体的な指示を出す。

 

「捜索場所は先程も話し合った通り、まずは租界にある全てのホテルにナナリーと思わしき人物が宿泊していないか確認を取る事から始めろ。それで見つけられれば早いが、なんの手掛かりも得られなかった場合はアッシュフォード学園とこの政庁や軍の宿舎から離れた租界から捜索を始め、難航したならば比較的に治安の良いゲットーも捜索範囲に含める」

「確認を取るホテルの順番はルルーシュ様が発見されたホテルから近い順が良いかと思われます。ナナリー様はお身体に障害もございますので、ルルーシュ様としては妹君を残して遠出するのは避けたかったはず。加えて長距離の移動は逃亡生活をする上でもリスクにしかなりませんので」

 

 ギルフォードの理に適った提案にダールトンは口元に手を当てながらゆっくりと頷く。

 そのまま少しだけ考え込み、頭の中で捜索方針をまとめた。

 

「手間ではありますが、ホテルには電話ではなく直接赴きルルーシュ様とナナリー様の顔写真を見せて確認を取る形を取りたいと思います。変装していた可能性も含めて、ルルーシュ様とナナリー様と同じ年頃でチェックインした男女は捜査対象とし、女性側が明らかに自力で歩行していたと確認が取れた場合は白としましょう」

「しかしその方法では膨大な時間が掛かるだろう。ルルーシュとナナリーがホテルを取っていなかった可能性もある。人員と時間が限られている現状でそのロスは看過できんぞ」

「仰る通りです。なのでこの方法はルルーシュ様が発見されたホテルの近郊にある場所のみで行おうと思います。先程ギルが言っていた通り、いま最もナナリー様がおられる可能性が高いのはそこでしょうからな」

「……この状況ではそれが最善手か。なんとももどかしいものだ」

 

 指先で机を叩きながら、コーネリアが深く息を吐き出す。

 アッシュフォードからの聞き取りで少しでも手掛かりが得られれば打てる手も増えるかもしれないが、捕らぬ狸の皮算用ほど無意味なものはない。

 

「しかし姫様、捜索を親衛隊に任せるのであれば、ルルーシュ様の護衛はどういたしましょう? 捜索隊とは別に何人か当てましょうか?」

「ただでさえ少ない人員を分けるのは避けたいが、この状況では致し方ないか……」

 

 ルルーシュの事は緘口令を敷いているので親衛隊以外には漏らせない。とはいえ立場的にも状況的にもルルーシュの護衛は必須だ。他の皇族の間者がルルーシュの事を知れば、生存の報告が上がる前に始末しようと考えてもおかしくはないのだから。

 葛藤はあるものの他に選択肢はなく、コーネリアが決断を下そうとしたところでダールトンが思わぬ提案を口にした。

 

「ならば純血派に任せるのはいかがでしょう?」

「純血派に?」

「はい。彼らならば既にルルーシュ様の生存を知っております。幸いと言っていいかは分かりませんが、ルルーシュ様は政庁から外出される心配はございませんので、護衛に必要な人員も多くはありません。であれば先程の3人に加えて他数名にだけ周知すれば、護衛としては充分かと思われます」

 

 考えてもみなかった人選にコーネリアはなるほどと頷く。

 ルルーシュの情報を提出させた時点で純血派は役目を果たしたとして無意識にこの件から外していたが、皇室に忠誠を誓う組織である純血派はルルーシュの護衛として適した人材であるといえる。情報流出の可能性が最小限に抑えられる点も好ましい。

 

「確かジェレミアはアリエス宮の事件でマリアンヌ様をお守りできなかった事を悔いていたな。であれば、その忘れ形見であるルルーシュを命を賭してでも守ってくれるか」

「仰る通りかと」

 

 成田で聞いた話を思い出し、コーネリアは自分と同じ後悔を抱いている男の顔を思い出す。以前ギルフォードもジェレミアの忠義に関しては本物だと太鼓判を押しており、成田では自分も命を助けられた。今更その腕と忠誠を疑う理由はなく、ジェレミアならば自分が手塩を掛けて育てた部下に匹敵する覚悟で異母弟の護衛をしてくれるだろうとコーネリアは決断を下す。

 

「良し。ならばルルーシュの護衛は純血派に任せるとしよう。速やかに必要な人員を選抜するように命令を出せ」

「イエス・ユアハイネス」

 

 コーネリアの命令にギルフォードが頭を下げ、携帯端末を取り出して早速純血派に連絡を取る。

 一方ダールトンはそれを横目に自らも動き出すべく主に別れを告げる。

 

「それでは姫様、私は直ちに捜索隊を編成しナナリー様の捜索へ向かいます」

「ああ。我が妹を頼んだぞ、ダールトン」

「お任せください。必ずや朗報をお持ち致します」

 

 力強い言葉と共に退室するダールトン。

 それを見送るとコーネリアは自らが座す椅子に深く凭れ掛かった。

 

「ひとまずルルーシュとナナリーについてはこんなところか。問題は山積みだがな」

 

 天井を見上げて一息つく。

 一度瞼を閉じて気を休めるが、電話をしていたギルフォードの声が途絶えたのを契機に再び瞼を持ち上げる。

 

「何か他に喫緊で話すべき議題はあったか?」

 

 視線を向けると同時に問うと、元の場所に戻ってきていたギルフォードは持っていた資料をパラパラとめくりそれに答える。

 

「石川で不穏な動きがあると報告が入っております。鋼髏(ガン・ルゥ)を確認したという情報もあり、おそらくバックには中華かEUが控えていると思われますが、対応はいかが致しましょう?」

「こんな時に余計な真似を……本来ならば私自ら出向いて北陸を平定してやるところだが、時期が悪い。付近の基地に援軍を送り鎮圧させよ」

「かしこまりました。それから予定されていた美術館の落成式ですが、ルルーシュ様との一件があり心を痛められているユーフェミア様に出席を強いるのは酷かと思われます。ですので代理の者を立てようと思いますが、よろしいでしょうか?」

「ああ。あんな事があってはユフィも人前に出れるような心境ではないだろう。適当に見繕っておいてくれ」

 

 その後も細々とした事を話し合い、総督として裁可を下していく。

 ようやく一段落つこうかという頃、コーネリアは思い出したように自分から議題を出した。

 

「そういえば、先日捕らえた藤堂の処刑がもうすぐだったな」

「はい。予定では2日後の夕刻を予定しております」

 

 ギルフォードとしても成田で相対した藤堂の処刑は意識していたのか、資料を見る事なくよどみなく答える。

 その返答にコーネリアは指を組んで少しだけ考え込み、何かしらの結論が出たのか眉間に皺を寄せて首を振った。

 

「奴の処刑は延期だ。執行日は後日改めて決める」

「かしこまりました。変更に問題はございませんが、理由をお聞きしてもよろしいですか?」

「もはや日本解放戦線はないとはいえ、あれを処刑した時のテロリスト共の反応が予想できん。もし日本解放戦線の残党が仇討ちとばかりに活気づけばそちらに手を取られる事になり、ナナリーの捜索に支障をきたす可能性がある」

 

 主の懸念を理解し、ギルフォードは表情を険しくしながら頷いた。

 

「なるほど。奇跡の藤堂の名はテロリストには無視できないもの。処刑する事で大人しくなるならまだしも、藤堂の死を大義名分に各地のテロリストが団結するような事態になれば、厄介な事になりかねませんね」

「そういう事だ。いまはどんな些細なものであれ、時間や人員を割く事になり得る要素は可能な限り排除しておきたい。藤堂の処刑はナナリーが見つかった後で改めて執り行う」

 

 こうして元日本解放戦線、藤堂鏡志朗の命の期限は本人の与り知らぬところで伸びる事となった。

 いくら仲間から信頼を得ていようと、テロリストの間で名が通っていようと、ブリタニアから見ればただの軍人崩れのテロリスト。

 皇族であるナナリーとテロリストの処刑、どちらを優先するかなど考えるまでもなかった。

 

「他には何かあるか?」

「いえ、姫様の裁可が必要な案件はこれで全てです。休憩中だったというのに心労の大きい案件が続いてしまいお疲れでしょう。後は私に任せてお休みください」

「そうはいかん。ナナリー発見後の二人の待遇や政治的立ち位置に関する根回し、それから万が一ナナリーが見つからなかった時の対策、考えておかねばならん事は山のようにある。休んでいる暇などない」

「しかしユーフェミア様同様、姫様もルルーシュ様とのお話を終えてからというもの目に見えてお疲れのご様子。そのような状態では良い案など浮かぶものではございません」

 

 普段ならコーネリアの判断に従うギルフォードだが、この時ばかりは主に異を唱え譲ろうとはしなかった。

 それが意外だったのか、コーネリアはわずかに目を細める。 

 

「いくらダールトン将軍といえど、ナナリー様の捜索にはそれなりの時間が掛かる事でしょう。ルルーシュ様とナナリー様のこれからについては、お休みになられた後でじっくり考えるのがよろしいかと存じます」

 

 いつもよりもどこか強い語調でそう進言するギルフォード。

 その理由を察して、額に手を当ててコーネリアは首を振る。

 

「……そんなに、疲れて見えたか?」

「はい。正直、ユーフェミア様と変わらぬほどお疲れに見えます。ダールトン将軍も気遣われているようでした」

「部下にも見抜かれるほどあからさまに態度に出してしまうとは……総督失格だな」

 

 盛大に息を吐き出して背凭れに身を預ける。

 主のそんな姿に、ギルフォードが労わるような視線を送る。

 

「ルルーシュ様は突然の環境の変化に戸惑われているだけかと思われます。落ち着けば姫様のお気持ちもご理解していただけるでしょう」

 

 コーネリアの疲労の原因を察しギルフォードは慰めの言葉を口にする。

 その推測は正しく、しかしそれだけでもなかった。

 コーネリアがここまで激しく疲弊しているのは、いまも頭を離れない最悪の可能性を、「そんな事はあり得ない」と、どうやっても切り捨てられないが故のものだ。

 だがそれを口に出すわけにはいかない。

 自身の内心を隠し、コーネリアは薄く笑った。

 

「……だといいがな」

「姫様……」

 

 普段は絶対に見せない主の弱々しい笑みに、ギルフォードは何を言っても届かない事を悟り静かに口を閉ざす。

 気まずい沈黙の後、コーネリアはゆっくりと立ち上がってため息と共に告げた。

 

「お前の言う通り、私は少し休ませてもらおう。何か動きがあれば、すぐに知らせよ」

「イエス・ユアハイネス」

 

 執務室を出て行く主君を見送るギルフォードは、形式的な返事をして頭を下げる事しかできなかった。

 

 死んでいたはずの皇子が保護された。

 それはとても喜ばしい事のはずなのに、それを心の底から喜んでいる者の姿はどこにもなかった。

 





できれば前々回やっておきたかった会議を文字数と純血派+ダールトンの移動時間を考慮して省いたので、1話挟んで仕切り直しました。
そのせいか動きがない回になってしまったのが個人的な反省点。純血派はともかくコーネリア側の会議に関しては本気で省略してしまうか迷ったのですが、細かいながら入れておかなければいけない情報もあったのでそのまま投稿させていただきました。

今回でようやくルルーシュが捕まったと聞いたみんなの反応話は終わりです。
まさか自分でもこれだけで4話使うとは思ってもみなかったですね。

次回:提示される最悪

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