お久しぶりです。
最近の話は執筆カロリーが高くて投稿が遅れ気味ですが、気長に付き合ってくださるとありがたいです。
スザクは苛立っていた。
ルルーシュから緊急信号が届いてもう3日。
その間、何一つとして進展がないためだ。
唯一得られた情報といえば、軍の人間が租界で目と足が不自由な少女について調べ回っているという事だけ。
間違いなくナナリーを捜しているのだろう。
ルルーシュが囚われた事が発覚してすぐに、ナナリーとC.C.はホテル暮らしをやめてルルーシュが用意していた隠れ家に移っている。
本来ならマオへの対策でルルーシュが元々用意していた隠れ家は全て破棄する予定だったが、C.C.が新しく準備した隠れ家は入居できるようになるまでに数日は掛かる。その間もいままでと同じようにホテルで過ごすよりは安全だろうという結論に至り、緊急の避難場所としてルルーシュの隠れ家を使う事にしたのだ。
マオに居所がバレる恐れはあったが、いまはマオよりも軍に見つかる方が危険は大きい。そのためマオ対策として、隠れ家にはC.C.でも充分に迎撃できるだけの武器と逃げ切るための道具を用意し、見つからないようにでき得る限りの手を打つ事で妥協点とした。
居場所がバレた際にマオが直接乗り込んでくるのではなく軍に通報する可能性もあったが、それはマオの目的を考えれば限りなく低いとC.C.は語った。
なぜなら隠れ家には基本的にC.C.とナナリーしかいない。もちろんスザクも出入りするが、状況が状況だけに黒の騎士団のアジトにいる時間の方がずっと長くなる。
つまりC.C.と接触するのに充分すぎるほどの状況が既に整っているのだ。
心を読めるマオであればスザクがいない時間帯を狙うなど容易く、目と足が不自由なナナリーは邪魔者足り得ない。こんな絶好のチャンスにわざわざ軍を介入させる理由はない、というのがC.C.の見解だった。
そして3日経ったいまもマオからのアクションはなく、それはこの状況における数少ない幸運と言えた。
「スザク君、少しいいか?」
ノックの音と共に扇の声が聞こえてくる。
硬い声音から単なる雑談や私用でない事を察して扉越しにスザクは応じた。
「どうしましたか? 何か新しい情報でも?」
報告はディートハルトや井上から直接受けているためそんなわけがないと分かっていながら、焦りからスザクはそう問い返す。
案の定、扇から返ってきたのは否定の答えだった。
「いや、別件だ。来客がきてる。しかもキョウトからの紹介状つきだ」
「来客?」
思わぬ内容にスザクは眉を寄せる。
「ああ、スザク君も名前くらいは知ってるんじゃないかな。相手は日本解放戦線の四聖剣だ。どういう用件かはまだ聞いてないが、なんにせよゼロの代わりにスザク君にも話を聞いてもらいたい」
ゼロと連絡がつかなくなっている現在、『ゼロ不在時の臨時指令権』を使った事もありスザクが実質的な黒の騎士団のトップになっている。組織に関わる重要な案件が生じた際に対応が求められるのは当然だった。
「なんでこんな時に……」
「スザク君?」
「なんでもありません。……分かりました。行きましょう」
苛立ちと共に大きく息を吐き出し、スザクは部屋から出て扇と共に四聖剣が待つという倉庫に向かう。
その間にスザクは歩きながらキョウトからの紹介状に目を通した。
真剣な様子で紹介状を読むスザクを横目で見て、こっそりと扇がため息をつく。
扇の目から見て――いや他のメンバーの目から見ても、最近のスザクの様子は明らかにおかしかった。
いつものスザクならばアジトにいる間は積極的にメンバーとコミュニケーションを取り、暇な時は訓練に勤しむか新人や仲間に指導をしてくれていた。
しかし最近はアジトに来るなりゼロの私室にこもり、挨拶くらいしかまともに交流を持とうとしない。ゼロに代わってディートハルトと井上に何かの指示を出したというが、その内容を聞いてもはぐらかすし、日に日に苛立っているようにも見える。
いまだって普段のスザクなら自分を呼びに来た扇に対してお礼を欠かす事はなかっただろうし、紹介状にしても軽く流し見するだけで内容自体は扇に訊ねていたはずだ。だが目を皿のようにして紹介状を読むスザクはわずかな見落としすら許さないとばかりの迫力があり、そこにいつもの穏やかな余裕は欠片もない。
――やはり、ゼロに何かあったのか?
スザクからは現在ゼロは単独で極秘の作戦を行っているため連絡が取る事ができないと聞いている。
だが尋常ではないスザクの様子を見るに、とてもそれだけとは思えなかった。
ゼロの代わりに慣れない立場に立たされているプレッシャーや、極秘作戦を行うゼロを一人で支えている負担を差し引いても、いまのスザクはあまりにも異様であり、何かに追い詰められて切羽詰まっているような危うさがある。
もしかしたらゼロは極秘作戦などではなく、事故か何かで怪我をしてアジトに来る事ができなくなってしまったのでないだろうか。だからスザクはゼロの代わりに仕方なく指揮を執り、いまもゼロの身を案じているのではないか。
そんな推論が何度も扇の頭によぎった。
もちろんこれは単なる推測でしかないため、誰かに吹聴するような真似はしていない。
だが仮に自分の推測が正しいなら、スザクが嘘をついているのは自分達に余計な心配をさせないためだろう。まだ成人にも達していない子供に重荷を背負わせるのは大人として心苦しいが、ゼロの正体を知るのがスザクだけである以上、込み入った詮索もできない。自分にできる事があるとするなら、それは少しでもスザクの負担を減らせるように陰ながらサポートする事くらいのものだ。
そう思って扇は黒の騎士団の雑事をできる限り自分や同じ立場の泉と共にこなしてきた。
しかし今回の件のようにどうしてもトップの判断が必要になる事態は出てくる。
それに心苦しさと、いまのスザクに冷静な判断ができるのかという不安を抱えながら、扇にはせめて一緒に話を聞く程度の事しかできない。
「スザク君、着いたよ」
言葉を掛けると同時に、倉庫の扉を開ける。
その先には軍人らしく背筋を真っ直ぐに伸ばして立つ四人の男女がいた。
「お会いできて光栄です、枢木スザク殿。私は藤堂中佐に仕える四聖剣の一人、仙波崚河と申します」
一際歳を食った壮年の男が進み出て頭を下げる。
スザクは自分よりも遥かに年上の軍人に頭を下げられても物怖じする事なく頷きを返し、自分からも名乗った。
「枢木スザクです。キョウトの紹介状には目を通させてもらいました」
堂々としたスザクの態度に、後ろにいたとさか頭の軍人は意外そうな顔をし、反対に眼鏡を掛けた若い軍人は不愉快そうに目を細めた。
その反応を目の端で捉えながらスザクは態度を変える事をしない。
「こちらへどうぞ、四聖剣の方々。粗末ではありますが、腰を落ち着ける場所をご用意しています」
スザクの到着を待っていた団員の案内があり、倉庫の中で準備された簡素なテーブルを挟んだ椅子に、スザクと扇、そして四聖剣の面々が腰掛ける。
ちなみにスザクが来る前にも四聖剣は休めるよう椅子を用意されていたが、軍人として礼儀を弁えている彼らは固辞していた。
テーブルに着き、扇と仙波以外の四聖剣の自己紹介が終わり、スザクは時間が惜しいとばかりに本題に入った。
「早速ですが、こちらに来た用件を聞かせてもらってもいいですか? こちらも立て込んでいて、無駄話をしている暇はないんです」
年上、さらにはこれまで日本のために戦ってきた先輩である日本解放戦線の四聖剣相手に、硬い声で礼儀を欠くような物言いをするスザクに扇は顔を引きつらせる。
相手側の軍人も数名、気分を害したように眉をひそめていた。
「それならば単刀直入に話させていただこう。お力を拝借したい」
しかし四聖剣の代表として話を進める仙波は、そんなスザクの無礼を気にした様子もなく本題に入る。
その態度には若造の言動に振り回される愚を犯さない確かな威厳があった。
「理由は?」
「藤堂中佐が捕虜とされた」
「なっ、あの奇跡の藤堂がですか!?」
思わぬビッグネームの大事に扇が驚愕の声を上げる。
それに仙波は重々しく頷き、端的に経緯を語る。
「我らを逃がすために一人犠牲となったのだ」
その言葉に、後ろにいた四聖剣の若い二人の顔が曇る。
仙波は必要がないので口にはしなかったが、藤堂がブリタニアに捕まった時に一緒にいたのは四聖剣全員ではなく、朝比奈と千葉の二人だった。
「おそらく近々処刑される事になるだろう。そうなる前に我らは藤堂中佐を助け出すべく動くつもりでいる」
確信と強い意志の込められた声で仙波はそう宣言する。
彼の言う通り、テロリストの末路など銃殺と相場が決まっている。もし助け出さなければ藤堂は近いうちに確実に殺されるだろう。
しかしいくら四聖剣がいるとはいえ、成田で壊滅的な被害を出し、片瀬を始めとした主要なメンバーが中華へと国外逃亡した日本解放戦線の残党に、ブリタニアの施設を襲撃して藤堂を助け出すだけの力が残っているとは思えない。
「つまり黒の騎士団にそれを手伝ってほしいと?」
「左様。協力を約束していただけるなら、キョウトからも新型を貸してもらえる手筈になっている。いかがだろうか?」
四聖剣全員の視線が鋭さを持ってスザクを射抜く。
隣からも扇が心配げな視線を送っていた。
そんな中にあって、スザクは表情一つ動かす事はなかった。
藤堂が捕まった事を聞いた時点で、スザクには四聖剣が黒の騎士団に助力を求めてくるだろう事は予想がついていた。
そしてそれに対する返答も、話を聞く前から決まっている。
仙波や紹介状の件を考慮すれば、四聖剣だけでなくキョウトも藤堂の救出を望んでいる事は明らかだ。
スポンサーであり何かと協力してくれるキョウトの頼みであれば、黒の騎士団としても無視するわけにはいかない。
しかしそんな政治的なしがらみなど、いまのスザクにとってはどうでもいい事だった。
「お断りします」
「えっ、スザク君!?」
スザクの返答に扇が目を丸くする。
それを無視してスザクは四聖剣に別れの言葉を告げた。
「話がそれだけならお帰りを。先程も言いましたが、いまはこちらも立て込んでいるので」
そう言ってスザクはあっさりと立ち上がる。
話は終わったとばかりに去ろうとするスザク。しかしその背に猛然と抗議の声がぶつけられた。
「ちょっと待ちなよ。断るってどういう事さ!」
振り向けば、眼鏡を掛けた若い軍人――朝比奈が怒りを露わにこちらを睨んでいた。
「どういうも何も、言葉通りです。黒の騎士団があなた達に協力する事はできません」
「だからそれがどうしてかって聞いてるん……!」
「落ち着け朝比奈! こっちは助力を頼んでる立場だぞ!」
「卜部さん! でも……」
「枢木殿、理由をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」
こちらに詰め寄ろうとする朝比奈を卜部という軍人が止め、仙波が改めて問うてくる。
スザクはそんな彼らを無表情に見返した。
「理由が必要ですか?」
「理由も聞かずはいそうですかと納得できるほど、藤堂中佐の命は我らにとって軽くない」
そう告げる仙波を始めとした四聖剣の面々の視線は力強いもので、スザクが立ち去ったとしても到底このまま引き下がるようには思えない。
「分かりました」
強引に話を終わらせては後々面倒な事になると感じたスザクは、小さくため息をつきながら席に戻る。
その態度に若い軍人は何か言いたそうにしていたが、スザクは彼が口を開く前に話し始める。
「僕としても藤堂さんは恩師に当たる人です。助けられるものなら助けたいという思いはあります」
本来ならスザクにも、藤堂の処刑は到底無視できるような話ではない。
子供の頃に厳しくも稽古をつけてくれた師匠。そんな恩ある相手をむざむざ死なせたくないと考えるのは当たり前だ。
「だったらなぜ協力を拒む?」
女の軍人――千葉が眉間に皺を寄せながら問う。
彼女達からすれば、だったら手を貸せと言いたいのだろう。
しかしスザクが断ったのには当然理由がある。
「いまそちらに協力できるだけの余力が黒の騎士団にはないからです」
「なに?」
千葉は眉を顰め、一度倉庫を見渡す。
「しかし団員達の手は空いてるようだが?」
千葉の言う通り、倉庫にいるメンバーはナイトメアの整備や装備の点検をしているが、その空気は緩んでおりとても忙しそうには見えない。中には雑談をしている団員もおり、スザクの言葉を疑うのも自然と言えた。
しかしスザクは首を振って千葉の疑念を退ける。
「それは一部の者に限られます。黒の騎士団では現在、ブリタニア軍と戦うための作戦が秘密裏に進行しています」
その言葉に扇がギョッとした顔でスザクを見る。
扇が知る限りでそんな作戦は行われていなかったからだ。
しかしディートハルトと井上がスザクの命令で何かをしているのは確かであり、ゼロも極秘の作戦を行っていると説明を受けている。
それがなんのためなのかは聞いていなかったが、ここ数日スザクがいつでも出撃できるように準備だけは整えさせている事を知っていた扇は、成田の時のように今度は自分達にも秘密でブリタニアと戦う作戦を立てていた可能性に思い至る。
背筋に嫌な汗をかく扇だったが、それに気付くわけもなくスザクは淡々と話を続けた。
「僕やゼロもそちらの作戦に手が取られて、藤堂さんを助けるだけの余力はありません。よって黒の騎士団があなた達に協力する事はできません」
「藤堂さんの命よりも作戦の方が大事ってわけ?」
まるで人情を感じないスザクの説明に、朝比奈が噛みつくように吐き捨てる。
スザクは怯む事なく、視線を仙波から自分を見下ろす年上の軍人に移す。
「逆にお聞きしますが、もし日本解放戦線が健在でブリタニアへの作戦が進行している最中に、黒の騎士団からゼロが捕まったから助けてくれと頼まれたら、あなた達は力を貸してくれましたか?」
「っ、それは……!」
立場を逆転した質問を返され、朝比奈は口ごもる。
それを判断する立場にいない彼でも、上官である片瀬がなんと答えるのか想像がついたのだろう。仮に朝比奈が判断を下せる立場にいたとしても、おそらく答えは変わらなかったはずだ。
「ならば手の空いている者だけでも貸してはいただけないだろうか? 口ぶりから察するに、その作戦に従事していない者も中にはおられるはず」
理屈で反論を封じられた朝比奈に代わり、仙波が別方向からの提案を口にする。
すぐに代案を考えられる辺り、軍人でありながら交渉にもそれなりに長けているのだろう。
しかしその提案も即座に首を振るスザクによって退けられる。
「お断りします。捕虜になったテロリストを収監している施設が、そんなありあわせの救出部隊で突破できるとは思えません。僕はゼロの代行として、無謀な作戦に大事な団員達の命を預けるわけにはいきませんので」
建前上スザクはそう取り繕った。
本当はいつ状況が変わりルルーシュの救出作戦を決行するかも分からない現状、無闇に戦力を減らすような愚を犯すわけにはいかなかったからだ。これがルルーシュであれば、形だけ協力を約束してキョウトから新型を借りつけた後、適当な理由をつけて藤堂の救出作戦を先延ばしにして、自分の目的のために借りた戦力を使ったかもしれないが、スザクにそこまでのずる賢さはなかった。
「さっきから聞いてれば偉そうに。そもそも藤堂さんが捕まったのは、成田で君達が僕ら日本解放戦線を見捨てた事が原因なんだよ。その責任を少しは感じないわけ?」
殺気さえ混じっていそうな目でスザクを睨みつけながら、朝比奈は根本にある責任の所在を問う。
藤堂や四聖剣がなぜ片瀬達日本解放戦線と共に中華へ渡らなかったかといえば、成田の件で主力部隊と逸れてしまったからだ。そしてそれは成田において黒の騎士団が片瀬を助けなかったせいであり、回り回って藤堂が捕まったのはお前達のせいだと、朝比奈はそう言いたいのだろう。
確かに成田での戦いが終わった直後は、スザクも日本解放戦線の被害は自分のせいだと罪悪感を抱いた。しかしいまそれを認めてしまえば、朝比奈はだったら藤堂を助けるのに協力しろと強引に要請を通そうとするだろう。
だからスザクは過去の罪悪感を押し殺し、以前ルルーシュが自分を慰めるためにしてくれた説明をそのまま口にする。
「成田での戦いで日本解放戦線は黒の騎士団の指揮下に入っていたはずです。僕はその指揮系統に則り片瀬少将に撤退を指示しました。それに従わず、あなた達と合流しようとして壊滅的な被害を出した責任をこちらに押しつけられても困ります」
「なんだって……!」
遠回しに自業自得だと罵られ、机を叩いて朝比奈が立ち上がる。
それを卜部が諫めるのを横目に、朝比奈ほどではないが怒りに満ちた鋭い視線を千葉がスザクへと向ける。
「お前は藤堂中佐の弟子だと聞いていたが、その恩を仇で返すつもりか?」
「組織の人間であれば、個人的な感情より組織の論理を優先するのは当然の事かと思いますが? まさか軍人であるあなた達がそれを理解していないとでも?」
痛烈な皮肉に千葉の表情が歪む。
それを無表情に見ながら、スザクは内心自嘲する。ルルーシュの事を最優先にしている自分が言えた台詞ではないと。
しかしいまは感傷に浸っている時ではない。
スザクは再び立ち上がり、感情を込められていない声音で告げた。
「話は終わりです。どうぞお引き取りください」
四聖剣との話し合いが終わって数時間後、ゼロの私室にいたスザクに桐原からの通信が入った。
「藤堂の救出を断ったらしいのう、スザク」
挨拶もそこそこに桐原が責めるように問うてくる。
しかしそれが本気でない事を知っているスザクは眉一つ動かさずに言い返した。
「桐原さんも分かってるはずでしょう。いまは一刻も早くルルーシュを助け出さなきゃいけないっていうのに、余計な事にかかずらっている余裕はありません」
既に桐原にはルルーシュがブリタニアに捕らえられた事を伝え、情報収集などの協力を要請している。こちらに他の作戦に戦力を割く余裕がない事を知らないわけがない。
だというのに紹介状まで持たせて四聖剣を送ってきたのはどういうつもりかと、スザクは桐原を睨みつける。
「しかしのうスザク。本当にそれは可能か?」
スザクの睨みなど平然と受け流し、桐原は指先で顎を撫でる。
質問の意図が掴めず、スザクは眉を顰めた。
「……どういう意味ですか?」
「どうと言われてものぅ、そのままの意味じゃよ。ゼロが囚われておるのはこのエリア11で最も守備の固い政庁。そんな場所からあ奴を救い出すだけの力など、いまの黒の騎士団には到底なかろう?」
桐原の問いは質問ではなく確認だった。組織が大きくなってきたとはいえ、黒の騎士団はまだ成長途中の組織であり規模は全盛期の日本解放戦線よりも小さい。桐原の言う通り、とてもブリタニア軍に正面から太刀打ちできるような力はない。もしそれができたなら、スザクはすぐにでも政庁へ襲撃を掛けていただろう。
「だから、それをなんとかしようと情報を集めて……!」
「なんとかできるとでも? ゼロの策もなしに」
「っ!」
自分でも危惧していた部分を突かれて、スザクは反論できず口ごもる。
その隙を逃さず畳み掛けるように桐原は続けた。
「希望的観測や根性論を抜きにして考えた時、ゼロの救出がどれほど困難なものかなどお主にも分かっておろう? いや、困難などという言葉に逃げるのはこの際やめにしよう。それはもはや、不可能よ。ましてや不可能を可能にする奇跡を起こす男が、敵側に囚われておるのではな」
強い語調で桐原が断言する。
いくら情報が集まろうが、それを活かす頭脳がないのであれば宝の持ち腐れだ。いままで全ての作戦をゼロが考案してきた黒の騎士団では、政庁に囚われたルルーシュを救い出す作戦など立てられるはずがない。
しかしそれを認めるという事は、ルルーシュの救出を断念するという事だ。そんな事ができるはずもなく、スザクは猛然と反論した。
「だからといって、諦めるわけにはいきません! どうにかしてルルーシュを助ける方法を考えないと!」
拳を叩きつけて立ち上がるスザクに、桐原は片手を上げて落ち着くよう諫める。
「早まるでない。儂もあやつを助けるのを諦めろと言っているわけではない」
前言を翻すかのような桐原の言葉に、スザクは怪訝な顔をしながら再び椅子に腰掛ける。
冷静とは言えないまでも話を聞く準備ができた事を見て取り、桐原は頷く。
「儂が言いたいのは、いまは時機を見るべき時ではないかという事よ」
「時機……ですか?」
「左様。お主の考えではあやつはゼロとして捕まったのではなく、ブリタニアの皇子として捕らえられたという話であったな?」
「確実ではありませんが……おそらくは。でも、それがどうしたって言うんです?」
「答えを急くでない。ブリタニアの皇子として連れ戻されたのであれば、あやつが犯罪者として処刑される事はない。おそらくは8年前と同じように、政治の道具としてブリタニアは有効に活用しようと考えるじゃろう」
桐原の推測はC.C.と同じものであり、スザクも同意見だったため頷いて続きを促す。
そんなスザクの態度に桐原は片眉を上げたが、特に言及せず話を続ける。
「しかし子供でしかなかった8年前ならばともかく、いまのあやつはブリタニアの植民地となったこの地で黒の騎士団という組織を作り上げるほど優秀な男。そう容易くブリタニアの思い通りにはならぬはずじゃ」
そう言われて、スザクも口元に手を当てて想像してみる。
もしルルーシュがブリタニアに連れ戻されたとして、どう動くのか。確かに桐原の言う通り、弱肉強食の国是の通りに他国を侵略する手伝いをしたり、ブリタニアの理不尽な支配統治に協力するとは考えづらい。むしろ自分を国に戻した事を後悔しろと言わんばかりに、最低限自分の身を守りながら好き勝手に振舞う姿が簡単に目に浮かぶ。
スザクがその結論に至ったのと同時に、桐原はニヤリと口角を上げる。
それはキョウトの重鎮に相応しい邪悪な笑みだった。
「ならばあやつにはブリタニア側の内側へと潜ってもらい、獅子身中の虫として動いてもらうのが良いとは思わんか?」
「っ! 桐原さん、あなたはまさか……!」
最悪の推測がスザクの頭をよぎる。
それを肯定するかのように笑みを深め、桐原はここに来てようやく己の考えを明かした。
「幸いな事にブリタニアに捕まったのはあやつ一人じゃ。足手纏いとなる妹さえいなければ、ゼロとしての才覚を持つあやつがブリタニアの傀儡になる心配はなかろう。いまは悲劇の皇子としてブリタニアへと帰還し力を蓄えてもらい、そしていずれ時機が来れば大組織へと生まれ変わった黒の騎士団と共に内外からブリタニアを破壊する。それがあやつを助け出すにもブリタニアを打倒するにも、最も効率が良く成功率が高い現実的な策よ」
絶句するスザクに朗々と桐原が笑顔で語る。
呆然と口を閉ざすスザクの反応を待たず、桐原は指を一本立てた。
「そしてそのためには黒の騎士団の戦力増強が不可欠。藤堂は良い戦力になってくれるじゃろう」
話が最初に戻ってくる。
おそらく桐原は通信を始める前からこの形に話を持って行く事を決めていたのだろう。
中からブリタニアを変える。
それはルルーシュと再会する前にスザクが目指していたものだ。
しかし桐原の語るそれは、スザクが以前考えていた思想とは似ているようでまるで異なる。
スザクはあくまでも正規の手順に則ってブリタニアを変えようとしていたが、桐原はブリタニアを壊すための効率の良い手段として、ブリタニアの外だけではなく内にも爆弾を用意しようとしているのだ。その爆弾の火種となる、ルルーシュの安全など考慮せずに。
ようやく桐原の真意を理解したスザクは、青ざめながら勢い良く何度も首を横に振る。
「ま、待ってください! 黒の騎士団はゼロの組織です! ゼロがいなきゃ、この先戦っていく事なんて……!」
「ゼロは所詮仮面の英雄。いくら力を持っていても、祖国のために立ち上がった真の英雄には求心力では敵うまい」
反論は想定済みとばかりに桐原は即座に切り返す。
一度はルルーシュにも提案され、だが断ったスザクには到底受け入れられない最悪の結論を。
「スザク。ゼロに代わり、お主が黒の騎士団の総帥となるのだ」
血の気が引く、というのはこういう事を言うのだろう。
その言葉を聞いたスザクは分かりやすく顔面蒼白となり、返す言葉を失った。
「お主であれば誰も文句は言わぬ。ゼロは事故で亡くなったとでも伝えれば、正体を知らぬ者は納得するしかあるまい」
桐原はスザクの顔を眺めながら楽しそうに問題点を潰す。
もはや桐原の中でそれが決定事項になっている事は明らかだった。
「桐原さんは……ゼロを、ルルーシュを……見捨てるんですか?」
やっとの事で、スザクは声を絞り出す。
そんなスザクの問いにやれやれと桐原は呆れたように首を振った。
「先程から言っておろう。見捨てるのではない。これはいずれ助け出すための布石よ」
「……」
「黒の騎士団の戦力であやつを助け出すために政庁へ特攻しても、玉砕は目に見えておる。酷な事を言うようじゃが、スザク。いまは耐え忍ぶ時よ」
耳触りの良い言葉が右から左へと通り過ぎる。
どれだけ言葉を飾り立てようと、桐原が言っているのは政庁に囚われたルルーシュを見捨てるという事だ。そして当然、桐原もそれを分かって話している。スザクの反論を聞こうとしない態度がそれを物語っている。
協力してもらえると思っていた相手に裏切られ、スザクの思考が完全に停止する。
そんな脳裏に、ぼんやりとC.C.に言われた言葉が響く。
『お前の不用意な一言、考えなしの行動一つで、ルルーシュは死ぬ』
僕は、間違えてしまったのか……?
「どうやら呑み下すのには時間が掛かりそうじゃな。明日、また連絡する。その時までに心の整理をつけておくがよい」
通信が切れて、画面がブラックアウトする。
それと同時にスザクは座っていた椅子から崩れ落ちた。
膝をついて四つん這いになりながら、土下座するように頭を床にこすりつける。
その姿勢のまま、何度も、何度も、スザクは己の拳を床に叩きつけた。
スザク以外の誰もいない部屋で、ただ拳を打ちつける音だけが途切れる事なく響き続けた。
プロットの段階では今話は四聖剣の話で切ろうと思っていたのですが、文字数が少なめだったため桐原さんとの話し合いも追加しました。
そしたら前半のナイトオブセブンモードの冷徹スザクと、後半のマオに心折られた軍人時代のような動揺スザクとの落差が酷い事に。
これも前々回出れなかったからって年甲斐もなく張り切ってしまった狸さんのせいですね。
今作では仲間になって以降メンタル的に最強だったスザクですが、それもようやく崩れました。ここからもっと追い込みを掛けていきましょう。
次回:一人の無力
もしかしたらサブタイトルは変更するかもしれません。