オール・ハイル・ルルーシュ!
租界からゲットーへと下り、全速力でスザクは荒れた地面にバイクを走らせる。
ここまで法定速度どころか信号すら無視して、でき得る最速でやって来たスザクは、途中から追ってきた警察すらぶっちぎり租界を走破した。
バイクを走らせながら発信器の場所を確認すると、家を出た時から座標は動いていない。
細かい位置を読み取って道を選んでいくが、生憎と発信器で座標は分かるものの、それが地上なのか地下なのかは分からなかった。
スザクは直感に従い、迷わず地下へと潜る。
それはもしかしたら、ルルーシュと再会した時の記憶がスザクの心に根強く残っていたからかもしれない。
人気のない地下道を走り抜け、発信器の位置でバイクを止める。
座標は合っているはずだが、ナナリーの姿はない。
地上にいたのかと焦燥に駆られながら、スザクは叫んだ。
「ナナリー! 助けに来たよ! 僕の声が聞こえるなら返事をして!」
地下道に声が響き渡る。
反応はないだろうと半ば諦めていたが、意外な事に返事はすぐ近くから聞こえてきた。
「スザクさん? ここです! 私はここにいます!」
「ナナリー!」
声がした方向に目を向ければ、声はスザクからは瓦礫で死角となっている場所から聞こえているようだった。
すぐに駆け寄って瓦礫の奥を確認すると、そこには身体を小さくして隠れている黒髪のウィッグをつけたナナリーがいた。
「良かった! 無事だったんだね」
見た限り傷一つないナナリーの姿にスザクは心底安堵して、大きく息を吐き出す。
「はい。でもC.C.さんが私を助けるために、一人で囮になって……」
「なんだって!」
ここに辿り着くまでナナリーの事しか考えていなかったスザクは、ようやくこの場にC.C.がいない違和感に気付く。
そもそもこんなところにナナリーが一人でいる事、それ自体が最初からおかしかった。
「C.C.……!」
おそらく軍に見つかった結果、ナナリーだけでも逃がすためにC.C.は自分を呼び出したのだろう。
それを理解した瞬間、スザクを襲ったのは底なしの自己嫌悪だった。
自分がついていれば、C.C.一人に負担を背負わせる事はなかったのに。
ナナリーを守って囮になる役目は、自分こそが負うべきだったのに。
様々な後悔が脳裏をよぎり、しかしスザクは頭を振ってそれを無理やり追い出した。
いまは後悔している場合じゃない――!
「ひとまずここを離れよう。話はそれからだ」
「ですが、C.C.さんは……」
「僕らが捕まったら、C.C.だって怒るはずだよ。だからいまは逃げよう」
食い下がろうとするナナリーをスザクは本心を抑えつけて静かに諭す。
本当ならスザクもいますぐC.C.を助けに行きたかったが、C.C.が望んだのは自身の救出ではなくナナリーの保護だった。
自分は絶対の協力者ではないと言った彼女が、そんな行動を取った思いを汲み取って、スザクは彼女の救出ではなくこの場の離脱を選択する。
迷うナナリーが答えを出す時間を待つ事はできず、ヘルメットを被せてバイクに跨らせる。
――無事でいてね。C.C.。
心の中で祈りながら、ナナリーにしっかり掴まっておくように言い含めてスザクは新宿ゲットーを後にした。
食事を終えて自室に戻ってきたルルーシュは、ソファに腰掛けて姉妹の前ではまるで変えなかった表情を忌々しげに歪めた。
「まさかシュナイゼルがこのエリアに来るとは、厄介だな」
子供の頃から何度もチェスで対戦し、唯一勝てなかった兄の顔を思い出し舌打ちを零す。
政庁からの脱出の事を考えても、黒の騎士団の今後の活動を考えても、帝国宰相であるシュナイゼルの来訪など凶報でしかない。
特にシュナイゼルにまで自分の生存が知られてしまえば、逃げ出す事は殆ど不可能になるだろう。
「まぁいい。どうせそろそろ動き出さなければならないと思っていたところだ」
ため息を一つつきながら、ルルーシュは脱出のための期限が明確になった事で計画が練りやすくなったと頭を切り替える。
シュナイゼルがエリア11を訪れるまであと4日。
それまでにここから脱出できなければ、自分は本国に連れ戻され、再び政治の道具として利用される事となる。
「狙い目は……やはりユフィか」
食堂での異母妹の態度を思い返し、機は熟したとルルーシュは判断する。
ルルーシュがコーネリアやユーフェミアに対してすげない態度を取り続けてきたのは、何も子供っぽい反抗心からなどではなく、脱出のための布石だ。
この3日でリ家姉妹には自分がブリタニアを厭悪している事は充分に伝わっただろう。
コーネリアの方は総督という立場もあって説得は不可能だろうが、ユーフェミアの方にはこの状況に対する迷いが見て取れる。ならば、ルルーシュの弁を以てすれば懐柔も不可能ではない。
話の切り出しとしては、やはりナナリーの事を持ち出すのが有効だろう。
信頼できる人間に預けてはいるが、安否が心配だから連絡を取りたい。だが姉上には知られたくないから、足がつかない連絡手段を用意してほしい。
ブリタニアを信用していない自分が総督であるコーネリアにナナリーの事を秘密にしたいのはユーフェミアも察しているはず。断れば自分がさらに態度を硬化させる原因になりかねないし、頼られていると分かれば応えたいと考えるのがユーフェミアという少女だ。コーネリアに隠す事に関しては難色を示すかもしれないが、脱出を手伝えと言っているわけでもないのだから、その程度なら丸め込んで協力を取りつけられる目算は高い。
首尾よく連絡手段が用意できれば、スザクと協力して脱出の段取りを整えられる。いまの黒の騎士団の戦力では政庁に囚われた自分を救出するのは困難だが、無理を押し通してでも脱出を成功させなければそこで終わりだ。自分にも黒の騎士団にも未来はない。
「ひとまずはユフィを待つしかないな。今日も来てくれるといいんだが」
そう呟きながら、ルルーシュは大して心配していなかった。
自分が囚われてからというもの、無視し続けているにも関わらず毎日部屋を訪れて一方的に話し掛けてくる異母妹が、今日に限って来ないとも思えない。
ルルーシュが脳内でユフィ懐柔のための最適な流れを考えていると、テーブルに置かれた通信機が受信を告げる。
その通信機は使用人にすら同室を許さなかったルルーシュに対し、コーネリアから彼の身の回りの世話を任された使用人が考えた苦肉の策であり、主に食事や来客の知らせに使われている。掃除の時間はまだ先のはずなので、もうユフィが来たのかとルルーシュは通信機を手に取った。
「ルルーシュ殿下、純血派のジェレミア・ゴットバルト辺境伯がお目通りを望んでおります。いかが致しましょうか?」
「ジェレミア?」
ここに来てから初めての、姉妹以外の来訪者にルルーシュは眉根を寄せる。
純血派といえば、いまも部屋の外で自分の護衛をしている連中のはずだ。実際に顔合わせなどはしていないため、コーネリアが食事の時にそう言っていたのを聞いただけだが、そんな連中が自分に一体なんの用があると言うのか。考えられるとすれば警備体制に関する話だが、そんなものはコーネリアが決めているのでわざわざこちらに話を通す必要はないし、もしそんな話なら警護を始める段階で伝えにきているはずだろう。
これもコーネリアが自分を懐柔のために取った苦肉の策なのかと考えて、ルルーシュはそれ以上の思索に意味はないなと首を振る。
そこにどんな思惑があろうと、あるいはなかろうと、一介の軍人相手に話す事などルルーシュにはない。
顔を見る事もせず追い返そうと返事をしようとして、そういえばとルルーシュはジェレミアという名前に聞き覚えがあった事を思い出す。
――確か、成田で俺を捕らえようとしてC.C.にショックイメージを見せられた軍人がそんな名前だったな。俺やナナリー、そして母上の名前も口にしていたとスザクが言っていたか……。
C.C.のショックイメージは相手のトラウマを見せるという話だった。
つまりこのジェレミアという男は、8年前の暗殺事件に関わっている可能性が高い。
それを考慮すれば、とりあえず話を聞く価値はあるだろう。
――だが、いまはタイミングが悪い。ここでジェレミアから話を聞き出すのに時間を掛けては、ユフィを説得するのに支障が生じる可能性もあり得る。
ユーフェミアの懐柔に重要なのは、この政庁においてルルーシュにはユーフェミアしか頼れる相手がいないと彼女に思い込ませる事だ。そのためにルルーシュはこの3日、いかなる話し合いにも応じず頑なな態度を貫いてきた。それこそ8年前の事件当日、警備主任であったはずのコーネリアに話を聞くチャンスをふいにしてでも。
――優先すべきは政庁からの脱出。母さんの事件の真相を追うのは二の次だ。今更私情に振り回されて機会を失うわけにはいかない。
ユーフェミアの説得を考え、追い返した方が良いと理性の天秤が傾く。
しかしジェレミアが純血派だという事を思い出して、ルルーシュはもう一度考え直した。
ルルーシュの警備は純血派が担当しており、その警備体制はコーネリアが決めたもので詳細は部屋に軟禁されている自分には教えられていない。ユフィにはその辺りの事を聞いても分からないだろうし、下手にコーネリアに確認しようものなら怪しまれる可能性もある。その点、ジェレミアが相手ならば最適だ。自らの安全のために警備体制を知っておく事はなんら不自然な事ではなく、相手からの訪問という事ならばコーネリアに怪しまれる心配もない。脱出計画を練る上で自らの警備体制を熟知しておく事は成功率を格段に上げる事ににつながり、もしかしたら警備体制に変更を加えて都合の良い穴を作る事も可能かもしれない。
「……許可する。入れろ」
悩んだ末、ルルーシュはジェレミアの来訪を受け入れる。
どんな用かは分からないが、ジェレミアと顔を合わせる事はデメリットよりもメリットが大きい。ユーフェミアに関しても、説得の難易度は上がるかもしれないが、彼女の性格を考えれば多少ハードルが上がったところで取り込めるだろうという目算もあった。
「失礼致します」
扉が開くと共に力強い声が聞こえ、軍服の男が部屋に入ってくる。
青髪にオレンジ色の瞳を宿し、胸には赤い羽根の飾りをつけている。
しかし何より目を引くのは、腰に備える帯剣だった。
通常、皇族との謁見に武器を所持して臨む者などいない。純血派はルルーシュの警護を担っているためとも取れるが、部屋の外にも警備はいるはずであり、わざわざ帯剣する必要があるとも思えない。
まさか他の皇族からの刺客かと警戒するルルーシュだったが、男はその予想に反して、入室してすぐにソファに座るルルーシュを目にすると崩れ落ちるような勢いで跪いた。
「拝謁の機会を賜わりました事、望外の喜びにございます。このたびルルーシュ殿下の警備を担当させていただいております純血派が筆頭、ジェレミア・ゴットバルトと申します」
全身で敬意を表するかのように、文句のつけようのない礼を取るジェレミアに、ルルーシュはひとまずすぐに襲われるような事はなさそうだと判断する。
それでも警戒は緩めず、しかしそれを悟られないように、ルルーシュはジェレミアになどまるで興味がないようなぞんざいな態度で答えた。
「そうか。それで、なんの用だ?」
相手の目的も人となりも知らない以上、ルルーシュとしてはまず出方を窺うためにブリタニア嫌いの皇族として自然な問答を口にする。
忘れてはならないのが、この純血派という組織が自分を捕らえたという事実だ。
長年隠れ住んでいた自分を見つけ出した諜報能力は確かなものであり、その長であるジェレミアを警戒しない理由はない。
「……恐れながら、不忠なこの身をルルーシュ殿下に断罪していただきたく、この場へは参りました」
「なに?」
意味不明な事を告げるジェレミアにルルーシュは眉根を寄せる。
しかしジェレミアは怪訝な声を返したルルーシュの方を見る事もせず、跪いたまま頭を上げる事さえしない。
「いきなり来て何を言っている。不忠とはなんの話だ」
不快を隠そうともせずルルーシュは問い質す。
話の流れが想像していたものとはまるで違う事に戸惑ったせいでもあるが、たとえルルーシュでなくても会った事のない相手から突然自分を罰してくれなどと言われれば、いきなりなんだと気分を害しただろう。
「私は過去に三度、皇室に仕える身としてあってはならない不忠を犯しました」
唐突に語られる告白。
それが自分の問いに対する答えだと察し、ルルーシュはひとまずは様子を見る事にした。
「一度は忘れもしない8年前、ルルーシュ殿下の御母堂であるマリアンヌ后妃を守れなかった事です。私は護衛の任に就いていながら、その役目を果たす事ができませんでした」
その告解に、ルルーシュの眉がわずかに動く。
もし成田の後でその可能性に思い至ってなければ、ようやく見つけた母の死の真相を知るかもしれない男の出現に取り乱し、状況も忘れて問い詰めてしまっていたかもしれない。
「私が己の任を全うできなかったせいでマリアンヌ様はお亡くなりあそばされ、嫡子であるルルーシュ殿下とナナリー殿下は遠い異国の地に送られて命を落とされた。いえ、いまとなっては――命を落とした事にしなければならない事態に陥った、というのが正しいのでしょう」
ルルーシュが生きている事実を前に、ジェレミアはそう言い直す。
口ぶりから察するに、ジェレミアは死を偽装したのがルルーシュの意思だという事に気付いているようだった。
「私は己の力不足を悔い、今度こそ尊き皇室の方々をお守りするのだと純血派を立ち上げました。しかし数か月前には、クロヴィス殿下への襲撃を許す無様を晒しております」
「……」
「そして今回、私が作り上げた純血派がルルーシュ様にブリタニアへの望まぬ帰還を強いてしまいました。弁解のしようもない、私の不徳の致すところです」
そう言って、ジェレミアはずっと下げ続けていた頭をさらに深く下げる。
床につきそうなほど深く
「ルルーシュ殿下、どうか私に罰をお与えください。殿下が首を差し出せと命じられたなら、私は一欠けらの迷いすら抱かず、この命を捧げましょう」
どうやら帯剣は自分を襲うためではなく、断罪のために持って来ていたらしい。
だとしても褒められた行為ではないが、それについてとやかく言うつもりはルルーシュにはない。
そんな些事よりも聞かなければならない大事が、目の前にあるのだから。
「……ジェレミア」
「ハッ!」
ルルーシュが呼び掛けると、ジェレミアは頭を上げる事もせず力強く返事する。
おそらくは罪悪感がそうさせるのだろうが、ジェレミアの態度に言及する心の余裕は既になく、ルルーシュは口にするべきかわずかに迷いながらもその問いを口に乗せた。
「8年前のあの日、警備が厚い后妃の離宮にテロリストが容易に侵入できたとは思えない。だが事実として、母上は何者かに殺された。お前はその理由を知っているか?」
「それは……」
答えを迷うように言い淀むジェレミア。
その反応に何かを知っている事を察したルルーシュは、腹の底から湧き上がってくる激情を瞳に宿し片眉を吊り上げる。
「そこで言い淀むという事は、お前も母さんを殺した奴の手先か」
「滅相もございません!」
「ならば答えろ。なぜあの日、母さんは死ななければならなかった!」
これまではなんとか保っていた理性のタガが外れ、とうとうルルーシュは怒鳴り声を上げる。
それにびくりと肩を震わせ、しかし決して顔を上げる事なく、ジェレミアはようやく言い淀んだその先を告げる。
「……事件の当日、警備主任であったコーネリア殿下の指示でアリエスの離宮を警護する人員が減らされておりました」
「っ! やはりか……!」
改めて告げられた事実に、ルルーシュは激しく表情を歪ませる。
あの日、アリエス宮の警護担当がコーネリアであった事はルルーシュも知っていた。そして母以外に被害に遭った警護担当者が少なすぎる事も。
そこから推察される可能性は二つ。
コーネリアが母を殺した実行犯、もしくは協力者であるか。コーネリア自身も何者かの指示に従って警護隊を引き上げたか。
そしてそのどちらにしても――
「しかしながら、守り切れなかったのは警備を担当していた私の力不足によるものであり――」
「黙れ!」
皇族を弁護しようとするジェレミアをルルーシュは一喝で沈黙させる。
血が滲むほどに拳を握り締め、それでも冷静であれと自分に言い聞かせながら、母の死の裏にあった背景に無理やり思考を回す。
これまで怪しいとは思いながら、ルルーシュはコーネリアが母の暗殺に関与した可能性をそれほど高く見積もっていなかった。それは昔は仲が良かったからとか、母を慕っていたからという根拠のない希望的観測ではなく、単純な適性の問題だ。
コーネリアは腹芸を得意とする人間ではない。ユーフェミアのように全くできないというわけではないが、母の暗殺を企みながら内面を一切悟らせずにその子供に接するような鉄面皮を保つ事ができるような気質ではないはずだ。ましてや被害者である母は元騎士であり、身贔屓ではなく洞察力には優れている。シュナイゼルのような腹に一物どころか十物くらい企んでいそうな腹黒い相手ならともかく、コーネリア程度の腹芸を見抜けないとは考えづらい。初めから暗殺するつもりで演技して母に近付いた可能性も考えられなくもないが、そこまで狡猾なら今頃シュナイゼルと張り合えるくらいに皇位継承権が上がっている事だろう。
となると、やはりコーネリアが主犯である可能性は低いように思える。精々が協力者、といったところか。
――逆らえない相手から警備の当日に指示を受けて警護隊を引き上げた……そんなところか。
現実的に考えて、この辺りが一番可能性が高そうな推測だろう。
そうなると主犯の最有力は、リ家の后妃だ。
コーネリアの母である后妃は庶民の出だったマリアンヌを毛嫌いしており、娘達がアリエスの離宮に足を運ぶ事も快く思っていなかった。私怨と娘の皇位継承争いの利得を考え、ルルーシュとナナリーを蹴落とすために母であるマリアンヌを狙ったのであれば、充分に動機となり得る。
実際に自分とナナリーは日本に送られ、実質的に皇位継承争いから脱落している。もしこの企みが全てリ家の后妃の仕業ならば、その目論見は文句なしに成功していると言えるだろう。
しかしそれなら、なぜ今更になってコーネリアは自分達兄妹をブリタニアに連れ戻そうとしているのか、という疑問も出てくる。
生存が公になれば、皇帝の前でそれをいらないと豪語した自分はともかく、ナナリーの皇位継承権は復活する可能性が高い。いや、正式に剥奪されたわけでもないのだから、自分の皇位継承権も復権すると考えるのが自然だろう。
心の底からいらないどころか熨斗でもつけて突っ返してやりたい権利ではあるが、暗殺してまで奪った政敵の皇位継承権が戻るなど、リ家からすれば絶対に避けたい事態のはずだ。
だというのにコーネリアはいま、過去の暗殺をふいにしてまでルルーシュとナナリーをブリタニアに戻そうとしている。とても正気の沙汰とは思えない。
――いや、それとも……逆なのだろうか?
母を殺した罪悪感から、せめてその子供である兄妹だけは保護してやろうと、そう考えたのか。
コーネリアの性格からすると、そちらの方がまだ納得できる。
母の暗殺は指示に従って仕方なく協力――あるいは実行したが、いまになって異母弟妹が生きていると知って手を差し伸べた。
事実なら実に業腹な話だが、充分にあり得そうな話だ。
自らの都合で一度どん底へと突き落としておきながら、上から目線で同情し、手を差し伸べ、それが正しいと思っている身勝手で傲慢な思考。
一緒に暮らそうと、そう言ってきたコーネリアの姿がルルーシュの頭の中でぐにゃりと歪む。
「余計な擁護はいらない。他に何か知っている事はあるか?」
怒りを押し殺した声でルルーシュが問う。
まだコーネリアが仇だと決まったわけではない。
限りなく黒だからといって早計に決めつけてしまえば、間違っていた時に取り返しがつかない。
心の中で必死に自分に言い聞かせ、ルルーシュは冷静さを取り繕った。
「……ございません」
言葉少なに、ジェレミアはそれだけ答えた。
つまり真犯人を見たわけでもなければ、コーネリアが暗殺に関与している決定的な場面を見たわけでもない、という事だろう。命すら差し出す覚悟で贖罪に来たこの男が、今更真実を偽るとも思えない。
――姉上、あなたが母さんを……!
ギリっと、ルルーシュの口の中から歯軋りの音が鳴る。
まだ確定ではないとはいえ、少なくとも母の死の原因の一端が異母姉にあると知ったルルーシュは、必ず真実を問い質す事を心に決めた。
「マリアンヌ様の暗殺にクロヴィス殿下の襲撃、そして此度の一件。もはや私は自らの不忠を贖う術を持ちません。ですのでどうか、殿下の手で私を断罪していただきたいのです」
ルルーシュが姉に対し殺意と決意を固める中、男の声が思考を遮る。
それに不快感を抱きながらも、コーネリアの事はいま考えていても意味がないと、ルルーシュは強引に無意味な思考を打ち切る。
「ルルーシュ様。忠義を果たせぬ愚かな我が身に、どうか罰を」
深く深く、頭を下げて断罪を望むジェレミア。
正直ルルーシュには、ジェレミアに思うところはなかった。
母を守れなかったというが、コーネリアの指示で警備に穴が作られていたなら、それはジェレミアには関与しえない事態であり、落ち度があったとは言い難い。クロヴィスの件などルルーシュにはどうでもいいし、むしろそれがなければ自分は死んでいたのだから咎めるどころか賞賛を送りたいほどだ。
そして今回の一件にしても、死んでいたはずの皇族を見つけたなら保護するのは軍人として当然の行動である。軟禁されているこの状況に言いたい事など星の数ほどあるが、それはコーネリアとブリタニア皇帝に対してのものであり、責務を果たしただけの軍人を責めるのは筋違いというものだ。
しかしそれを口にしたところで、目の前の男が納得しない事は簡単に見て取れた。
「ここで俺が首を差し出せと命じれば、お前の忠義は果たされるのか?」
「マリアンヌ様をお守りできなかった時点で、私にはもはや忠義を果たす事は叶いません。そして不忠にしか生きれぬ我が命に、もはや価値はございません」
ただただ断罪を望み、己の命を投げ出すジェレミアにルルーシュはわずかに目を細める。
しかしその感情を表に出す事はなく、ルルーシュは淡々と問うた。
「お前は俺に望まぬ帰還を強いたと言ったな。そう考えた理由は?」
「ルルーシュ様とナナリー様はこの7年、平民としてこの地で暮らしていたと聞き及んでおります。正体を明かし、保護を申し出れば皇族として帰還が容易い環境であったにも関わらず、それを為さなかった理由はブリタニアへの帰還を望んでいないからだと考えた次第でございます。また政庁にお越しになってからのルルーシュ様のご様子は、決してご帰還をお喜びになられているものではありませんでした」
「お前はなぜ総督であるコーネリアではなく、俺に罰を求める?」
「私が忠義を果たせなかったために、殿下は御母堂であるマリアンヌ様を失われました。そしていま、こうして望まぬ場所に留まる事を強いられております。全ては私の不徳の致すところ。ルルーシュ様を置いて、私の不忠を裁く方はいらっしゃらないと考えたためであります」
ルルーシュの問いに一切のよどみなくジェレミアは答える。
その姿は既に覚悟が固まっている事実を如実に物語っていた。
単なる形ばかりの懺悔ではあり得ず、ましてやルルーシュに取り入るための演技という線もない。ジェレミアは本心から裁かれるために――自分に命を差し出すためだけにここへ来たのだと、ルルーシュは悟らざるを得なかった。
それを証明するように、これまでのジェレミアの言葉にはただの一言も、許しを請う言葉がない。
「俺はお前の命など欲しくはない」
だからこそルルーシュは、はっきりと告げた。
無意味な自殺に付き合う義理などないと。
自分が求めているのは、そんなやけっぱちな忠心ではないと示すために。
「お前が過ちを犯したというなら、自らの行動によってそれを贖う道を選べ」
「それは……どういう意味でしょうか?」
思わぬ答えにジェレミアは初めて戸惑いを露わにする。
それを無視して、冷静に――冷徹に、ルルーシュは
いままでの言動からあらゆる可能性を考慮し、ジェレミア・ゴットバルトという男を推し量る。
「一つ問おう。ジェレミア・ゴットバルトよ」
その上で、ルルーシュは決して避けられぬ問いを落とした。
「お前は皇帝が俺を殺せと命じたなら、それに従うか?」
「――――!」
息を呑む音が静かな部屋に響き渡る。
ブリタニアに忠誠を誓う者ならば、この問いにはイエスと答える以外にはない。中には明言を避ける者もいるかもしれないが、明確な否を返すような軍人などいてはならない。
だがジェレミアははっきりと、そんな軍人の不文律を破った。
「たとえ皇帝陛下のご命令でも、亡きマリアンヌ様に誓って、私がルルーシュ様を害するような事はございません」
力強くジェレミアは断言する。
それはジェレミアの口にする忠義が、盲目的にブリタニアに捧げられたものではない事の証明だった。
「ならば俺が皇帝を殺せと命じれば、従うか?」
間髪入れずルルーシュは続けて問う。
しかしそれはブリタニアに戻る事を望んでいないルルーシュであろうと、決して安易に口にしてはいけない言葉だった。
皇帝暗殺を示唆するその問いは、誤魔化しようもなく国家反逆の意志の表れなのだから。
「申し訳ございません。皇帝陛下を手に掛ける事など……私にはできません。ましてや敬愛するマリアンヌ様が愛した方となれば、尚の事」
今度は先程のものと違い、苦渋の答えだと分かる葛藤に満ちた声だった。よく見れば肩も震えている。
ジェレミアからすれば、己の忠誠を誓った国と、かつて守れなかった憧れの存在の息子、その二つを天秤に掛けられているのだから当然の反応とも言えるだろう。
「では俺と皇帝、相反する命令が下ったとして、お前はどちらに従う?」
しかしルルーシュは容赦などしない。
どこまでも残酷な二択をジェレミアに強いる。
この程度の問いに答えられないなら、それまでの男だったというだけの事。
精々利用するだけ利用して、それを罰にでもしてやろう。奴自身もそれを望んでいるのだから。
「ここに訪れる前の私ならば、その問いに答える事は叶わなかったでしょう」
打って変わって、穏やかな口調でジェレミアは答える。
「しかしルルーシュ様は断罪を望む私に対し、何よりも先にマリアンヌ様の事件の詳細を問い質され、真相の究明を図ろうとなさりました」
「……」
「そして私は聞きました。ルルーシュ様の怒りを押し殺したお声を」
先程と同じように、その声も身体も、震えていた。
だがそれは迷いからでも葛藤からでもない。
感動に身を震わせたジェレミアの足元の床が、落ちてきた水滴で濡れる。
「ルルーシュ様。あなたはいまもなお、マリアンヌ様のために戦おうとしておられるのですね」
その問いに、ルルーシュは答えなかった。
しかしジェレミアはもはや、答えなど必要としていなかった。
改めて確認するまでもなく、ルルーシュの思いを確信していたが故に。
「マリアンヌ様への忠義を果たせなかった不肖な我が身、その全てをルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下に捧げると誓います」
跪いた姿勢のまま背筋を正し、
これまでジェレミアは、皇帝の12の剣、ナイトオブラウンズの頂点であるナイトオブワンを目指していた。
敬愛するマリアンヌ后妃を守れなかった己の忠道は、その高みに至る事でしかもはや果たせないと考えていたからだ。
しかし、それは過ちであったとジェレミアは悟った。
真に忠節を示すのであれば、自分は8年前になんとしてでも彼ら兄妹について行くべきだったのだ。
たとえ皇帝陛下の命に反しようが、軍を辞める事になろうが、亡きマリアンヌ后妃の代わりに命を賭してでも幼き兄妹を守る事こそが、己の使命だった。
だというのに、自分は型通りの規律に縛られ、守るべき方を守れなかった。失ったと、思い込んでしまった。
しかしそんなかつての過ちを正す機会が幸運にもいま、訪れた。
たとえ地の底に落とされようと誇りを失わず、時が経とうと亡き母のために戦う気概を抱き続ける閃光の忘れ形見。
断罪のみを望んだ自分に、贖罪の道を示した王の器を持つ主君。
ジェレミア・ゴットバルトが忠節を捧げるべきは、目の前の人物をおいて他にはいない。
たとえ何を裏切る事になろうとこの忠義にだけは背くまいと、ジェレミアは
「面を上げろ」
ルルーシュの無機質な声が命じる。
しかしジェレミアは顔を上げなかった。上げられなかった、というのが正しいかもしれない。
部屋に入ってからというもの、ジェレミアは一度も頭を上げていない。
そんな資格はないと言わんばかりに、頑なに視線を床に固定し、首を差し出す姿勢を取り続けている。
「もう一度言う。面を上げよ、ジェレミア・ゴットバルト」
「ハッ!」
二度目の命令に、迷いを振り切るようにジェレミアは勢い良く頭を上げる。
そこで初めて、紫紺の瞳と目が合った。
「剣を寄こせ」
「仰せの通りに」
ジェレミアは躊躇わず自決用に持ってきていた剣を鞘に収めたままルルーシュに差し出す。
次の瞬間に首が身体から切り離されようと、ジェレミアにはなんの悔いもなかった。
剣を片手で受け取り、ルルーシュはそれを鞘から抜き放つ。
一瞬、ジェレミアの脳裏には専任騎士叙任の光景が浮かぶ。
しかし剣の切っ先はジェレミアの肩ではなく、喉元へと突きつけられた。
「お前は俺のために、いままで積み重ねた全てを捨て去る事ができるか?」
背筋が凍るような、氷で造られたナイフを連想する鋭利で冷たい声だった
もしここで偽りを述べれば、その瞬間に命を絶たれる事を確信させる冷徹な瞳がジェレミアを射抜く。
それは皇族としての教育を受けず、市井で育ったはずの青年が持つはずのない、王の威風だった。
思わず頭を垂れそうになり、喉元に突きつけられた剣のせいで叶わず、ジェレミアは自らに向けられた紫紺の瞳から視線を逸らせないまま忠誠の言葉を紡ぐ。
「イエス・ユア・ハイネス」
その返答に、ルルーシュはまだ剣を下ろさない。
ジェレミアを見定めるように、視線を固定したままさらなる問いを重ねる。
「お前は俺のために、自らの信念に反した行動を取る事ができるか?」
「イエス・ユア・ハイネス」
答えるジェレミアにも、もはや戸惑いはなかった。
自らが仕えるべき主の問いに、命を懸ける覚悟で忠義を誓う。
「お前は俺のために、許せないと考える者の手を取る事ができるか?」
「イエス・ユア・ハイネス」
ルルーシュの凍てつくような眼差しに、臆する事なくジェレミアは答えた。
殺される事など恐ろしくはない。
この忠義を疑われる事こそが、ジェレミアにとって何よりの恐怖だった。
「いま一度問う。先程の宣言に、偽りはないな?」
「この命と忠義、そしてマリアンヌ様の名に誓って虚偽はございません」
命知らずにも、ルルーシュの母の名を出して宣誓するジェレミア。
そのオレンジ色の瞳に一片の揺らぎもない事を見て取り、ルルーシュは喉元に突きつけていた剣を下ろした。
「いいだろう」
剣を鞘にしまい、ジェレミアへと返す。
返却された剣を恭しく両手で受け取るジェレミアを見下ろしながら、ルルーシュは左手を真っ直ぐに掲げた。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる」
とうの昔に捨てた名。
しかしいまだけはそれを名乗り、掲げた左手を水平に振り払う。
「ジェレミア・ゴットバルトよ。その身命を賭し、俺をこの牢獄から全力で救い出せ!」
元皇族とはいえ、正式に死んだ事になっているルルーシュには軍人に命令を下す権限などない。
当然ジェレミアがそれに従う義務もない。
しかしそんな事は関係がなかった。
かつての閃光を彷彿とさせる威容に、ジェレミアは心から膝を折って誇らしさに涙を零す。
「イエス・ユア・マジェスティ!」
それが軍令に背く命令だと理解しながら、ジェレミアに迷いはなかった。
仕えるべき
ルルーシュと。そして守り切れず死なせてしまったかつての憧れである、マリアンヌに。
「この命、尽き果てるその時まで、我が全てはルルーシュ様のために!」
新宿ゲットーの片隅。
そこで軍の車両に囲まれて、一台の車と一人の少女が身動きを封じられていた。
「ダールトン将軍! 車内には誰もいません!」
「なんだと!」
車を確認する部下からの声に、指揮をしていた男――ダールトンが驚愕の声を上げる。
視線を部下から拘束している緑髪の少女へと移し、憎々しげに睨みつけながら問い質す。
「同乗していた車椅子の少女はどこだ?」
「さて、知らないな。初めからこの車には私一人しか乗っていないぞ?」
肩を竦め、少女はふてぶてしくとぼける。
車内には車椅子が残されており、ただ一人乗車していた少女が立って歩ける以上、その発言が嘘だという事はバレバレだった。そもそも少女の態度には嘘を隠そうという気が微塵も見られない。
「知っている事を話せ。嘘をついても貴様のためにはならんぞ」
顔を近付け凄むダールトン。
大抵の一般人なら竦み上がって洗いざらい吐いてしまう迫力だったが、少女はまるで堪えた様子もなく無言でニヤリと笑む。
その図太い態度に、この場で情報を引き出すのは難しいとダールトンは瞬時に判断する。
「こいつを政庁へ連行しろ。尋問はあちらの者に任せる。他の者はここら一帯を捜索だ!」
逃走を図る前、確かに車へ乗車したのは二人であり、一人は車椅子に乗っていた。
ならば追跡中に何度か見失ったそのタイミングで降ろしたとしか考えられない。
重点的に捜す場所をピックアップするためダールトンが部下に地図を持ってくるよう指示を出していると、拘束されている少女は不敵に笑った。
「私の話が聞きたいなら、とびきりのピザを用意させておけよ」
拘束されている立場とは思えない、まるで自分が皇族であるかのような不遜さで少女は傲慢に命じる。
ふざけた発言にダールトンはわずかに片眉を上げたが、それ以上の反応は示さず部下に指示を飛ばした。
「連れていけ」
抵抗する様子を見せず、拘束された少女はブリタニアの車両へと乗せられる。
車が向かう先は、ルルーシュが囚われているブリタニア政庁。
こうしてルルーシュを助け出そうとした少女もまた、政庁という名の牢獄に囚われた。
サブタイトルを『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる』にしようかと考えて、ネタバレが過ぎるので諦めました。
そんな本話でしたが、大多数の方の期待通り囚われたルルーシュの味方になったのはジェレミアでした。
あまり予想通りになりすぎるのも面白くないかもと、あえてジェレミアを無視してユーフェミア籠絡ルートも考えましたが、ここ以上にジェレミアが活きる機会は今後なさそうだったので、当初の予定通りジェレミアがルルーシュの仲間ルートに一歩足を踏み出しました。
ここから信頼を勝ち得て原作のような忠臣になれるかは彼次第となります。
ちなみに成田戦は今回の話を書くためだけに詳細を描写したようなものなので、もしあれを書こうとした時点で今話の構想が出来上がってなかったら成田の顛末はダイジェストで済ませていた可能性が大でした。
次回:望んだ盲目
出典
ピクチャードラマ⑤
STAGE:4.33
『ナイトオブワンを目指していたジェレミア』