子供の頃、スザクにとって世界はとても悲しいものに見えた。
それは十歳の幼い時分に戦争という、およそこの世で最も大きな悲劇を生み出す争いを体験したからかもしれない。
いまだに続けられる戦争と植民地で起こるテロリズム、そこから生まれる飢餓や病気、それに付け込む汚職に腐敗、差別。繰り返される憎しみの連鎖。
戦争だけが原因ではなくとも、それらはまるで留まるところを知らない。
この連鎖を誰かが断ち切らなくてはいけない、そう強く思ってはいても何もできず、方法すら分からないまま7年もの時は過ぎた。
分かっている事はただ一つ。間違ったやり方では、その連鎖を募らせてしまうだけという事。
それだけはきっと、間違いないのだろう。なぜならこのエリア11の現状が、それを証明しているのだから。
「ルルーシュ……」
先程まで一緒にいた友人の名前をスザクは呟いた。
自分とは違って頭のいい彼なら、その方法が分かるのだろうか。
そんな事を考えてすぐに首を振る。
分からないからこそ、彼は間違った方法でこの国を壊すと言ったのだろうから。
その先に待つのが破滅だとしても、苦難と後悔しかない道のりだったとしても、彼はきっと迷わず歩み続ける。妹が安心して暮らせる世界を創るまで、決して止まる事はない。
「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけ、か」
とても彼らしい言葉だと思った。
初対面の時、勘違いから喧嘩して一方的に暴力を振るってしまったが、彼は一度も殴られた事に対して恨み言を言わなかった。殴り掛かったのは自分だから、殴られる事も当然。きっと、そう考えていたのだろう。
プライドが高く、どんな時でも矜持を忘れない。尊敬に値する友達だ。
けれどルルーシュは気付いているんだろうか。撃たれる覚悟をもって戦い、もし本当に撃たれ倒れてしまえば、ナナリーが一人になってしまうという事に。自分が死ぬ事を覚悟していたとしても、ナナリーを一人にする事を彼が許容するとは思えない。目も足も不自由なナナリーが唯一の身内であり守護者でもあるルルーシュという存在をなくしたら、きっと彼女だって生きてはいけない。
それこそ彼と同じくらいナナリーを大事にしてくれて、命を懸けて彼女を守ってくれるような存在がいなければ――
『スザク……ナナリーを……ナナリーの……こと、だけは……』
不意に懐かしい声が耳の奥に響いた気がした。これは、いつの――
「ようやく戻ってきたか」
思考の沼に沈んでいた意識が外部からの刺激で急速に引き戻される。
無意識に浮かんできた聞き覚えのある声は、一瞬で頭から離れ跡形もなく霧散してしまう。
「スザク君……」
心配そうに自分の名前を呼ぶ女性――セシルさんに返事をしたかったが、それは目の前の状況が許さなかった。
前回のデータを踏まえた改良が夜には終わるから、夕食後に一度シミュレーターを試してほしいと言われていたため帰ってきた特別派遣嚮導技術部のトレーラーには、ロイドとセシル、特派の技術者の他に明らかに風貌の違う男達がいた。
彼らの事をスザクは知っていた。
先の新宿事変で自分の上官だった人間達。クロヴィス総督の親衛隊だ。
「枢木一等兵――いや、いまは枢木准尉だったか。貴様を国家反逆罪の容疑で連行する」
「まさか! スザク君がそんな……」
「部外者は口を挟まないでもらおう」
突然告げられた罪状にセシルさんが否定の声を上げるが、まるで取り合ってはもらえず遮られる。
ただスザクは驚きながらも言葉の端に違和感を覚えた。
自分は間違いなく軍令に逆らって親衛隊の人間を害した。
ならば自分は容疑者ではなく国家反逆の大罪人として連行されるはすだ。
「自分は……」
「抗弁なら尋問室でゆっくりと聞いてやる。拘束しろ」
疑問を口にしようとするもそれは認められず、組み敷かれ両手に手錠をはめられる。
抵抗しようと思えばできたが、スザクは完全な無抵抗でそれを受け入れた。
「スザク君!」
「大丈夫です。セシルさん」
咄嗟に気休めの言葉が口からついて出るが、それはなんの説得力もなかった。
拘束されたスザクは強引に立たされ、隊長の男と視線を合わされる。
その男の表情は嫌悪と憎しみと嗜虐心と、とにかくスザクに対する悪感情に染まっていた。
「サルがクロヴィス殿下の親衛隊隊長たる私に逆らったのだ。覚悟はできていたのだろうな?」
どすの利いた声で凄み、男はすぐに部下に命令した。
「連行しろ」
セシルが心配そうにスザクを見るが、彼女には何もできない。
特派は第二皇子シュナイゼルの技術チームで軍属扱いではあるが、エリア11の軍からすればいわばお客様扱いであり、許されている権限は多くない。軍の出征に従軍したり、所属の緩い軍人を引き抜いたりするのがやっとだ。軍法に従ってスザクを連行する親衛隊を止める事など許されるわけもなかった。
スザクは特派のトレーラーから連れ出され、軍内で問題を起こしたものが収容される施設、その中でも防音が備えられた尋問室に叩き込まれた。手錠のカギは本来なら部屋の中心にあるべき隅の机に置かれ、それを奪おうと思えば親衛隊を突破するしかない。おそらくそれを見越してこれ見よがしに鍵を机の上に置いたのだろう。なんとかして鍵を手に入れれば逃げられると、そんな現実的には不可能な希望を持たせて、それを摘み取りたいのだと親衛隊の嗜虐的な笑みが語っていた。けれどそれはスザクにとってまるで無意味な行為だった。当のスザクには逃げるつもりなどこれっぽちもなかったのだから。
「まさかまだ軍に残っているとはな。第2皇子の肝いり部隊であれば軍令違反から逃れられるとでも思ったか。だとすればイレブンとはどうしようもなく愚かな人種らしい。名誉ブリタニア人の皮を被っても、所詮はサルという事か」
「そんな事は……ぐっ!」
否定しようとしたスザクが口を開くも、それは乱暴に頬を殴られる事で止められた。
「誰が発言を許可した。貴様は自分がここに連れてこられた意味も理解できんのか?」
「意味……?」
「貴様のような名誉ブリタニア人を最初から国家反逆罪の大罪人として連行したのでは即座に処刑だ。しかし容疑者として連行すれば、事実確認と背後関係の特定のため、捕らえた我々に尋問の許可が下りる。この違いが貴様には分かるか?」
答えなどいらないとばかりに男はスザクの腹を蹴り飛ばした。
「がっ……!」
「やれ」
冷淡な命令と共に、数えるのもバカらしいほどの拳や蹴りが身体中に殺到する。
尋問などという生易しいものではない。そもそもスザクは何かを吐けと強要されているわけではない。
つまりこれは粛清だ。自分達に逆らったスザクをただ痛めつけるためだけの、言うなればストレス解消。
だがそれも当然の事だった。本来ならボロ雑巾のように使い倒すだけの名誉ブリタニア人に抵抗され、手傷まで負わされたのだ。飼い犬に手を噛まれたまま何もせずただ処刑では、彼らの気は収まらないだろう。
「名誉ブリタニア人という栄誉を与えられながらブリタニアに逆らう愚かしさ、イレブンとは本当に理解しがたいサルだな。まさかこうなる事が分からなかったわけでもあるまい」
嘲笑を浴びせられながら、スザクにそれに答える余裕はない。
暴力の嵐に見舞われるスザクが声を発そうとしても、それはすぐに呻き声や痛みに対する苦痛の声に変わってしまう。
だがそんなリンチを受けながらスザクはどこか安心していた。
ずっと、後ろめたかった。自分の生存を喜んでくれた友達の気持ちを嬉しく思いながら、それでも胸の奥に刺さる棘のようなものは抜けてはくれなかった。
どうしてルールを破った自分が罰されずにいるのか。罪を犯した自分が、何をのうのうと生きているのか。
あの日、父親殺しという大罪を犯しながら裁かれる事のなかった自分。また裁かれる事もなく罪を重ねて生きるのかと、罪悪感は決してスザクを逃してくれる事はなかった。
出頭しようと思ったが、それでも友人の生存を確認するまではと口をつぐんだ。それが罪を重ねる事だと分かっていながら。
本来ならルルーシュの生存を確認した後、自首するつもりだった。だが彼が、そしてナナリーが自分の生を望んでくれて、その決心が揺らいでしまった。それがいけない事だと分かっていながら、どうするべきか迷ってしまった。
だからこれでいいのだ。
罪を犯した自分が逮捕され、罰を受ける。たとえ死ぬ事になったとしても、それがルールであり、正しい事なのだから。
(ごめん。ルルーシュ……)
生きろと、自分なんかにそう言ってくれた友に、心の中で謝る。
「ああそうだ。枢木准尉、貴様にはこれだけは訊いておかねばならんな」
その言葉でスザクに振るわれていた暴力が止む。
地べたに転がりながらスザクは視線だけで男を見上げた。
「あのブリタニアの学生はどこにいる?」
「なぜ……そのような、事を……」
息絶え絶えに問うスザク。だが答えの代わりにスザクの腹には強烈な蹴りが見舞われる。
「うぐっ!」
「貴様に質問する権利は与えていない。訊かれた事に答えればいいのだ」
咳き込むスザクを踏みつけに男は答えを強要するが、友人を売るような真似をスザクがするはずもなかった。
「彼は、一般人です。捜す必要なんて、ないはず……」
「それを決めるのは貴様ではない。我々だ」
反抗的なスザクの態度に、またも蹴りの雨が降り注ぐ。
スザクは亀のように丸まってそれに耐える事しかできない。
「しかしそんな事も分からないとはな。貴様は本当に名誉ブリタニア人か?」
侮蔑や嘲笑を聞いていられる余裕はスザクにはない。だが、次の言葉だけは別だった。
「捕らえて処刑するために決まっているだろう」
瞬間、心臓が止まったような気がした。
全身を苛む痛みがまるで他人事のように感じられ、全身の血が凍ったかのように身体が固まる。
「なぜ……」
やっとの事でそれだけ絞り出す。
だがその答えは非情なものだった。
「テロリストは例外なく処刑だ。当然、あの学生もな」
「彼は、テロリストではなく、一般人です……処刑なんて……」
「貴様とあの学生は毒ガスを開け、女の拘束を解いた。そしてそれによりクロヴィス殿下は重大な心の傷を負われたのだ。間接的だろうと皇族を傷付けたあの学生は、テロリストでなくとも貴様と同様万死に値する」
「そんな……」
言いがかりのような強引な理屈に言葉を失う。
けれどブリタニアではそれは正しいのだ。
どれだけ小さかろうと、どれだけ関りが薄くとも、その原因の一端を担っているのであれば、皇族を害した者が許される事はない。
「違います。毒ガスのカプセルは勝手に開いただけで、自分達が開けたわけではありません。ましてや彼は巻き込まれただけで……」
「そんな事はどうでもいい。事実がどうだろうと、貴様らはあの女と共に一度は逃げた。それはつまり、クロヴィス殿下を傷付けたあの女を助けたという事だ。それはテロなどよりよほど重い大罪だ」
「ですが……」
「黙れ!」
怒声と共に一際強く顔面を蹴り飛ばされる。
脳が揺れ一瞬スザクは気絶しかけるが、なんとか意識を保つ。
鼻からツーと血が流れるのが分かった。
「あの女さえいなければ、こんな事にはならなかったのだ! クロヴィス殿下は自室にこもられ、我ら栄誉ある親衛隊は皇族を守り切れない無能の烙印を押され本国に返される! これほど屈辱的な事があるか。しかもそれがあんな小娘と学生、果ては名誉ブリタニア人のせいだと!? ふざけるな!」
感情任せに何度も何度も踏みつけられる。
人体の急所を理解している踏みつけ方に、スザクは痛みに耐えるのがやっとだった。
「なんなのだあのオカルト染みた力は! あんなものがあると知っていればそれなりの対処ができたのだ! それを、それを、それを!」
男の言っている事はスザクには意味不明だったが、あの少女がクロヴィスを傷付けた事だけは理解できた。それも親衛隊を無力化した上で。
「小娘一人にやられただと! それを手引きしたのが名誉と学生だと! 誰に言えるというのだそんな事!」
吐き捨てると同時に全力でスザクの鳩尾を蹴り上げた男は、息を切らしながら親の仇のように床に這いつくばるスザクを睨みつける。
「まずは貴様だ。次に学生。そしてあの女。順番に殺してやる。決して逃がしはしない。生きてきた事を後悔する程痛めつけた上で、無惨に殺してやる」
憎しみに染まり切った瞳でそう言い切る男。
もはや彼に何を言っても無駄な事はその目を見るだけで誰にでも理解できた。
無論、スザクにもそれは分かった。だが受け入れる事などできるわけもなく、スザクは説得という一縷の可能性に縋って無理矢理声を絞り出す。
「待って、ください。自分は、どうなっても構いません。ですが……彼だけは、民間人の彼だけは、許してください」
「まだ分からんのか。皇族を害した大罪人に慈悲などない。処刑したのち首を晒して見せしめにしてくれるわ」
「そんなのは、間違ってる……!」
「名誉の分際で我々を侮辱するか!」
袋叩きが再開され、反論する事もできなくなる。
痛みと衝撃に必死に耐えながら、スザクは考える。これまでの人生で一番、脳が焼き切れるんじゃないかと思うくらい考える。
どうすればいいのか。何をすれば、友達を救えるのか。
彼が皇族である事を打ち明ければ助けられるだろうか? いや、ダメだ。信じてもらえるとは思えないし、もし信じてもらえたとしても、そうなれば親衛隊はそれこそ死に物狂いで彼らを探すだろう。死んだ事になっていた皇族を見つけ出し保護する。それは今回の失敗を帳消しにする程の功績になる。けれど見つかって連れ戻されれば、ルルーシュ本人が言っていた通り彼らは政略の道具にされ使い潰されるだけだ。それを回避するために、彼はいま必死になって隠れているのだから。
ならここにいる親衛隊を無力化すればどうだろう? もはや抵抗する事すらできないくらい痛めつけられているが、それでもなんとかして親衛隊を無力化し、彼らが本国に送還されるまで動けなくすればルルーシュは助かるだろうか?
無理だ。現実的じゃない。痛みは気合でなんとかなっても、両手を拘束された状態では戦えない。無力化なんて夢のまた夢だ。それに親衛隊は――誰よりこの隊長の男は、本国に戻ったとしても諦めはしないだろう。必ず戻ってきて彼に見当外れの復讐を果たす。憎しみに満ちた目が、それを如実に告げている。
ならどうしたらいい? 友達を救うために、僕はどうすれば――
自分はいい。ルールを破ったのだ。罰を受けるのは当然だ。でも彼は違う。ただ巻き込まれただけなのだ。悪い事など、間違った事など何一つしていない。なのに彼はこれまで過ごした学園を出て、そしていま命を狙われている。
これがルールなのだろうか。彼らはルールに従えば殺されるしかないのか?
一触即発の敵国に十にも満たない年で送られ、皇族として何不自由ない生活をしていたはずなのに埃っぽい土蔵に押し込まれて、日本人の子供からブリキの皇子と殴られながら買い物して、そして死んでもいいと言わんばかりに連れ戻される事もなく戦争を始められて。
ルルーシュが何かしたのか? こんな理不尽な仕打ちを受けてまで懸命に生きている彼を、それでも足りないとばかりにどうしてこんなにも追い詰める?
彼は、僕達はただ、ほんの小さな幸せを探していただけなのに。
『無理なんだよ、スザク。ブリタニアという国がある限り、俺達は決して真っ当に生きる事などできない。俺はナナリーの幸せのためにも必ず、ブリタニアをぶっ壊す』
ルルーシュの言っていた事が、ようやくスザクにも実感として理解できた。
いつこんな状況に陥ってもおかしくないと、彼は分かっていたのだ。思えば7年前からそうだった。彼はいつだって、自分と妹以外の全てを警戒して、近付けさせず、なんでも一人で行っていた。用意された食事には決して手をつけず、殴られると分かっていながら買い物に出て、プライドの高い頭を下げてまで食料を確保していた。それは偏にいつ誰に殺されてもおかしくないと、正しく自分の置かれた境遇を理解していたからに他ならない。
ブリタニアという国がある限り、彼らが安心して暮らせる事はないのだ。
それがようやく、スザクにも分かった。
でも、だとしたらどうすればいい?
このままいけばルルーシュは殺される。
八つ当たりのような理由で、理不尽に命を奪われる。
それを止めるには、どうしたら――
スザクには分かっていた。一つ。たった一つだけ、この状況でルルーシュを守る方法がある事に。
だがそれをすれば、またルールを犯す事になる。父親を殺してしまったあの時と同じように。また取り返しのない悲劇を起こしてしまうかもしれない。
あの日、自分は間違った。そのせいであんなにも多くの人が死んだ。日本人はイレブンと呼ばれるようになり、自由も権利も文化も誇りも奪われ、あまりに多くのかけがえのないものが失われた。
その悲劇を、もう一度繰り返すのか?
それだけは、ダメだ。絶対に繰り返してはいけない。あんな凄惨な悲しみを、もう二度と、誰にも味わせるわけにはいかない。
だがそれを覚悟してルールを破らなければ、ルルーシュは死ぬ。
どんなに理不尽な目に遭いながらも、妹のために懸命に生きている心優しき親友は、彼らに殺される。
選べるのは一つだけ。
どちらかを、選ばなければならない。
ルールか。友か。
多くの悲劇か。一人の命か。
ルルーシュ……僕は、どうすれば――
『撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ』
撃たれる覚悟、それならあった。
罪を犯した自分が、いつか誰かに撃たれる事は、覚悟していた。
でも、だけど、それでは足りない。
撃たれる覚悟じゃない。撃つ覚悟が、僕にはない。
ルールを破る事も、ルルーシュを見殺しにする事も、僕にはできない。
僕の命なら、どうなってもいいのに。僕の命でルルーシュを守れたなら、それでいいのに。
「貴様も。あの学生も。あの小娘も。殺しただけではすまさん。一族郎党草の根分けても探し出し、皆殺しにしてくれる!」
それは怒りを発散するためだけの叫びだった。
大して意味もない。スザクにさらなる無力感を、絶望を与えるためだけの、本当にそうするかも怪しい言葉だった。
けれどもそれは、男が思っていた何倍もの衝撃をもってスザクの鼓膜を震わせた。
(一族、郎党……)
頭に浮かぶのは優しい笑顔。
ルルーシュが何よりも慈しみ、自らの命よりも大切にしているかけがえのない宝物。
『生きていて、くださったんですね……』
自分の生を涙を流して喜んでくれた少女。
彼女が――殺される?
ルルーシュだけでなく、ナナリーまで。
『生きてくれ。スザク。俺はお前という親友を、たとえ敵同士になってしまったとしても、失いたくはない』
こんなにも罪に塗れた僕を、事情があると察しながら何も聞かずに、それでも生きろと願ってくれた友を。その友の、心優しい妹を。
見殺しにするのか?
ルールのために犠牲になれと。そう言うしかないのか?
それは――それは――間違って、いないのか?
間違った方法でないと、自分達は生きていけないのだとルルーシュは言った。
死を偽造し、身分を隠し、戸籍もなく見つからないよう隠れ住む。そんな生活しかできないのだと。
もし正しい方法を取れば、また人質としてどこかの国に飛ばされて、今度こそ本当に死ぬだろうと。
この国が認めていないのだ。彼らが生きる事を。
だからルールを守ろうとすれば、彼らは死ぬ。
もし、もし仮に彼らを見殺しにして、ルールを守って、ブリタニアを変えられたとして。
それを僕は誇れるだろうか?
彼らの墓の前で「君達の犠牲は無駄じゃなかった」なんて、そんな言い訳とも自己満足ともつかない報告をして、胸を張れるのだろうか?
僕が求めていたのは、そんな正しさの果ての結果なのだろうか?
正しい方法で結果を出さなきゃ意味がないと思っていた。
間違った方法で得た結果なんかに、価値はないんだと。
でもそんな犠牲の上に成り立つ正しさは、本当に絶対的に正しいものなのか?
彼ら二人を見殺しにして得た結果には、それに見合う価値が本当にあるのか?
それは間違った方法で得た結果と、何が違う?
『スザク……ナナリーを……ナナリーの……こと、だけは……』
思い出す。
赤い血で汚してしまった、あのガラスのような幸せを。かけがえのない、約束を。
あの日、父親殺しという最大の間違いを犯した自分。
多くの死体の山を見た。多くの死体の横を歩いた。その死体の全てが、これはお前のせいだと言っている気がした。
お前が父親を殺さなければ自分達は死ななかったのだと、自分達が死んだのは全てお前がいたからだと、そんな呪詛が聞こえた。
数えきれない後悔と、死んでしまった方がいいのではないかと葛藤する眠れぬ夜に、己の喉にナイフを当てて気が遠くなるほど自問して、それでも死ぬ事なんてできなくて。
罪の重さに押し潰されそうになりながら、軍に入って同胞の命を奪い、こんな事が正しいのかと己に問い続け、答えなんて出ないままこれが贖罪だと。そう言い聞かせて己の罪に蓋をした。
けど、本当に間違いだけだっただろうか? 守れたものは、救えたものは、一つもなかったのか?
『スザク』
『スザクさん』
(そうだ。僕は――)
間違いだらけの人生で、でも、それでもたった一つ。
考えなしに振り回して全て零れ落ちてしまったと思っていたその手のひらに、たったの一つだけ。
叶えられた約束が。いまもまだ、ずっと紡がれていた約束が残っていた事を、スザクはようやく思い出す。
『ナナリーの……こと、だけは……守ってくれ。スザク』
「分かったよ。ルルーシュ」
鎖が切れた。
あの日からずっと、自らを縛り続けていた鎖の切れる音を、スザクは確かに聞いた。
気付けば、スザクは動いていた。
バネ仕掛けの人形のように跳ね上がり、両腕を拘束されたまま自分を殴っていた男達に体当たりする。
咄嗟の事に棒立ちになっていた親衛隊がドミノのように倒れ、その隙をついて壁を走るスザクは隅にあった机の上から自らの手錠のカギを手に入れすぐさま後ろ手でそれを外す。
拘束が解かれたスザクに対抗できる人間はこの場にいなかった。
武器を取り出そうとする親衛隊を、それを上回る圧倒的な速さをもってなぎ倒し、スザクは隊長の男の懐から銃を奪ってその額に当てた。
「やめろぉ! 貴様何をしているのか分かっているのか! これはブリタニアに対する反逆だぞ! 私を撃てば、貴様には死よりも恐ろしい未来が待っているのだぞ!」
憎しみと、それを上回る恐怖を持って叫び散らす男に、スザクは一度深く息を吸った。
「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけ……」
親友の言葉を口の中で繰り返す。
撃たれる覚悟のない男の瞳を見つめ、それをかつて殺した父と重ね。
その重たい引き金にスザクは手を掛けた。
自分を、世界さえも変えてしまいそうな瞬間を通り過ぎ覚醒、黒き騎士。
意識したわけではないのですが、OP曲である「COLORS」に沿うような一話になっていたかもしれません。
今話は過去の描写に小説版の話も組み込んでいます。
ただ小説版の話を入れるのは今回と、次回以外はあまりしないつもりです。読んでいない人も多いと思いますし、私も実は全部読んでいるわけではないので。
次回:唯一のルール
次でプロローグは終了です。