コードギアス~あの夏の日の絆~   作:真黒 空

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50:名誉

 

 政庁の一室、ガラス張りの空間に椅子だけが置かれた場所にC.C.は軟禁されていた。

 本来なら牢屋か尋問室にぶち込まれるはずだが、着慣れた拘束衣どころか綺麗な洋服を与えられた環境は、軍に捕まったのではなく客人として迎えられたのかと錯覚するほどの待遇だ。

 しかし当のC.C.はそれに然したる感慨を抱いていなかった。

 逃げられないのなら、冷たい鉄格子の中だろうと、贅を凝らした豪華な客室だろうと、大した変わりはない。

 それは奇しくも、政庁の別の部屋に軟禁されているルルーシュと同じ考えだった。

 どうせなら忠告通りにピザでも用意しておけば少しは口も軽くなるものをと、C.C.が不満を感じていると扉が開き誰かが入ってくる。

 その人物を見てC.C.は愉快気に口の端を吊り上げた。

 

「ほぅ。まさか総督自らお出ましとはな」

 

 忙しいだろうに、よほど異母妹の事が気になるらしい。

 言外にそんな意図を込めたC.C.の挑発的な笑みに反応したのは、言葉を向けられた本人ではなく、その後ろに控えていた騎士だった。

 

「貴様、口を慎め! コーネリア殿下の御前だぞ!」

 

 怒鳴って鋭く睨んでくるギルフォードにC.C.は答えず、態度を改める事もない。

 皇族を前にあまりに傲岸不遜な女に対しギルフォードはもう一度口を開こうとして、それを主であるコーネリアが制した。

 

「貴様がナナリーと一緒にいたという女か」

 

 冷たく見下ろし、居丈高にコーネリアが問う。

 一般人であれば竦んで口も軽くなるのだろうが、しかしこれは相手が悪すぎた。

 

「はて、ナナリーとは誰の事かな?」

 

 浮かべた笑みを引っ込めもせず、C.C.は空々しくとぼける。

 その態度にコーネリアはわずかに眉根を寄せた。

 

「名はなんという?」

「C.C.だ」

 

 コーネリアの目が鋭く細まる。

 

「ふざけているのか?」

「冗談は嫌いだ。私は至って、大真面目だよ」

 

 そう答えるC.C.の表情は変わらず挑発的な笑顔。

 皇族を前にして畏まるどころか不敬を繰り返すC.C.に、ここ最近の苛立ちもありコーネリアは思わず舌打ちを零した。

 

「もういい。貴様は訊かれた事にだけ答えろ」

 

 余計な問答は怒りが煽られるだけと判断してコーネリアは追及するのをやめた。

 この場に来た目的を果たす事だけに集中する。

 

「どうして貴様はナナリーと共にいた?」

「だからナナリーとは誰のこと……」

「無駄に煙に巻くのはよせ。貴様と車に乗り込んだ車椅子の少女だ」

 

 ダールトンからの報告で、既にコーネリアはC.C.を名乗る女が誰とどこにいたかは知っている。

 遠目で同行していた車椅子の少女がナナリーとははっきり確認できなかったそうだが、軍人を見て逃げた事と、逃走の最中に同乗者をどこかに逃がした事から考えても、おそらく間違いはないだろう。

 問題はナナリーと共にいた目の前の少女が何者か、それが一切分からなかった事だ。

 身分を証明するようなものは何一つ持っておらず、いま現在も外見から身元を調べているが、目ぼしい情報は掴めていない。

 

「私も最初は世話をするつもりなどなかったんだがな。任されてしまった以上、放り出すのも寝覚めが悪いというだけの話さ」

 

 反抗的な態度とは裏腹に、意外にも少女は素直に答える。

 それは質問の意図とは違う答えだったが、内容自体は到底聞き流すわけにはいかないものだった。

 

「任されたとは誰にだ? ルルーシュか?」

 

 ナナリーを任せた、というのであれば彼女の面倒を見ていたルルーシュから頼まれたと考えるのが最も自然である。

 しかしナナリーを心底大切にしているルルーシュが、身元不明の女に妹を任せるとは考えづらい。

 

「そもそも貴様は、ルルーシュとナナリーとはどのような関係なのだ?」

 

 あるいはそれこそが、ナナリーの居場所よりもコーネリアが聞きたい事だった。

 それが分からない事には、目の前の少女をどのように扱えばいいのかが決められない。

 もしナナリーの居所を聞き出すために無体な真似をして、彼女が二人にとって大切な人間であったなら、コーネリアは弟妹からの信頼を完全に失う事もあり得る。

 アッシュフォードの処分と同じく、コーネリアの知らない間に二人と関係を築いた人間の取り扱いには慎重を期す必要があった。

 しかしこの女に対してはそんな配慮は不要かもしれないと、ここまでの会話からコーネリアは値踏みする。

 こんな礼儀も弁えていないような生意気な女が、ルルーシュやナナリーと親しい関係であるはずがない。大方、アッシュフォードを出たルルーシュがナナリーを介助するために雇った護衛か世話係というところだろう。

 しかしそんなコーネリアの予想に反して、女が口にした答えは想定していたどんな関係をも超えたとんでもないものだった。

 

「そうだな……あえて言葉にするなら、二人の将来について何度も話した仲、といったところか?」

「なっ――?」

 

 まさか、婚約者?

 そんな関係が頭をよぎり、コーネリアの目が大きく見開かれ口が半開きになる。

 隣で話を聞いていたギルフォードも、主ほどではないが驚きに目を瞠った。

 そんな二人の様子をニヤニヤと眺めるC.C.。

 腹立たしい捕虜の態度にコーネリアはなんとか驚愕から立ち直り、不快さに眉を歪めた。

 

「貴様のような女がルルーシュとだと? そのような戯言、私が信じると思うか?」

「そう言う割には随分と動揺してるじゃないか。なんならあいつに確かめてもらっても私は一向に構わないぞ」

 

 その皮肉気な言い様に「できるものならしてみろ」という言外の挑発が含まれている事にコーネリアは気付く。

 そしてそれの意味するところまで正しく理解してしまい、腹立たしさから奥歯を噛み締めた。

 

「ナナリーはどこにいる?」

「さぁな。私よりもあいつに訊いたらどうだ?」

 

 答える気などないとばかりに、怒りを煽るような笑みを浮かべて肩を竦める女。

 あまりの無礼に再びギルフォードが声を上げようとするが、その前にコーネリアは踵を返した。

 

「戻るぞ、ギルフォード」

「姫様……よろしいのですか?」

 

 まだ聞くべき事を聞き出せていない。そんな疑問が顔に出ているギルフォードに小さく頷き、もはや顔を見る事すら不快だと態度で示すようにコーネリアは大股で部屋から出る。

 

「コーネリア様。先程の捕虜については後ほど私が再び尋問を行いましょう。必ずやなんらかの手掛かりを手に入れてみせます」

 

 下手な慰めなど主には逆効果であると察して、ギルフォードは今後について話す事で少しでも怒りを散らそうとする。

 しかしコーネリアの反応は芳しくはなかった。

 

「いや、やめておけ。あれの扱いは間違えれば、取り返しがつかなくなるかもしれん」

 

 舌打ちと共に吐き捨てるコーネリア。

 その口振りに自分が察せなかった何かを主が掴んでいた事に気付き、ギルフォードは癖で眼鏡を位置を直しながら問うた。

 

「あの女は、それほどにルルーシュ様とナナリー様に親しいと?」

 

 女が身元不明である以上、取り返しがつかないというのは二人の事だろう。

 その推測は当たっていたらしく、コーネリアは首を縦に振った。

 

「腹立たしい事だがな。あれの振舞いを考えるに、間違いはあるまい」

「私には騙っているだけに見えましたが、何か確信がおありなのですか?」

 

 皇族と親しいと思わせる事で、その皇族と同等の立場に自分があると勘違いしている無礼者。

 ギルフォードの女の印象はそんなものだったが、どうやらコーネリアの見解は違うようだ。

 

「確かにその可能性がないとも言えん。だがそもそもの話、あれはなぜそんな事ができたと思う」

「なぜ、ですか? それは……っ!」

 

 コーネリアに問われ、答えようとしたギルフォードが何かを察したように目を見開く。

 

「気付いたようだな。ルルーシュが皇族だと知らなければ、騙る事すらできるはずがない」 

「つまりあのC.C.という女は――」

「ああ。ルルーシュとナナリーが皇族だと知っている。つまりそれほどにあの二人と深い関係だという事だ」

 

 思わずギルフォードは息を呑む。

 わざわざ言うまでもなく、ルルーシュにとって自らが皇族であるという情報は最も隠さなければならない生命線だ。もし誰かに知られて通報されてしまえば即座に軍が保護しようと動き出す。それだけならまだしも、他の皇族を支持する者の耳に入れば、最悪皇位継承のライバルを消すために暗殺者が送り込まれる可能性だって大いにあり得る。

 だからこそブリタニアへの帰還を望む望まないに関わらず、素性を明かす相手は慎重に選んでいるはずであり、つまりそれを知っている者はルルーシュから確かな信を得ているという事になる。

 少なくとも金で雇った相手だったり、状況的に仕方ないからと大して親しくもない知り合いに頼っただけなら、ルルーシュは決して自らの事情を詳らかに話したりはしないだろう。

 

「しかし姫様がお二人を大切にされていると分かってあのような物言いをしていたとすれば、必ずしもお二人が皇族だと知っていたわけではないのでは?」

 

 女の不遜な態度もあって疑いを捨てきれないギルフォードは別の可能性を提示する。

 情報を聞き出さなければならない都合上、コーネリアは何度もルルーシュとナナリーの名前を出している上に、そもそも総督が直接尋問に来ている時点で異例の事態だ。

 そのためコーネリアと二人が親しいと当たりをつけて、あたかも自分がルルーシュと深い仲にあると思わせる振舞いをしたとすれば、必ずしもあの女と兄妹が親しいとは限らない。

 しかしそんなギルフォードの仮定は、既にコーネリアも検討済みだった。

 

「あれはルルーシュが私に対して良い感情を抱いていない事すら知っていた。でなければ、あのような言い方をするわけがない」

 

 あの場はブラフで乗り切ったとしても、女が言っていた通りもしコーネリアがルルーシュに話を聞けば嘘は露呈する。しかし、あの女は間違いなく確信していたのだ。

 ルルーシュは決して、コーネリアに対して自分やナナリーの事は話さないと。

 皇族同士が皇位継承のライバルである事は事実だが、別に全員が全員、普段から互いを敵視しているわけではない。ルルーシュが皇族と知っているだけでは、保護された後にどんな態度を取るかなど分からなかったはずだ。

 なのにそれを理解していたという事は、おそらくルルーシュは普段から彼女に対してブリタニアに対する怒りを口にしていたのだろう。つまりそれだけ本音で話し合う仲という事になる。

 

「しいて他にも理由を挙げるなら、単なる雇われ者が総督である私相手にあんな口を利けると思うか?」

「……無理ですね。総督直々の尋問となれば大抵の者は全てを自白するでしょう。職務に矜持を持っている者でも、黙して語らないのが関の山かと」

 

 皇族に不敬を働く者は首を刎ねられても文句を言えない。

 ブリタニア臣民であれば、その程度の常識は子供でも知っている。にも関わらず、あの女は無礼な態度を最後まで改めもしなかった。その姿勢は、ブリタニアを嫌っているルルーシュと親しい仲と言われれば、確かな説得力を感じさせるものだった。

 

「あの女がナナリーを匿っていた事は間違いない。話を聞き出せずとも、身元さえ割り出せれば自ずとナナリーも見つかるだろう」

「現在情報部の者を総動員して調べさせております。アッシュフォードと交流のある家の者を中心に調査をしておりますので、素性が割れるのは時間の問題でしょう」

 

 ルルーシュとナナリーが日本に送られたのはまだ子供の頃であり、自力でコネクションを作れたとは思えない。もし二人が皇族だと知っていて尚且つ手を貸しているのだとすれば、アッシュフォード経由で協力を求めた可能性が最も高い。

 この調査が実を結び女の身元が割れれば、その家が所有している物件にナナリーが匿われているとみて間違いはないだろう。

 そのため先程の尋問で名前だけでも聞き出したかったのだが、それを察した上であの態度を取っていたのならあ少女も相当なやり手といえる。

 

「情報統制の方は問題ないか?」

「ハッ。あの者を捕らえた事を知っているのは、実際に拘束したダールトン将軍の捜索部隊と、私の部下だけです」

 

 明瞭な答えを返し、ギルフォードは心配そうに顔を曇らせた。

 

「しかしよろしかったのですか? ルルーシュ様は事情が事情だけに致し方ありませんが、ユーフェミア様にまで秘密になさって……」

 

 部下の忠言に、コーネリアも目に見えて表情を暗くする。

 

「いまだけだ。あの子は秘密を抱えるのに向いていないからな。もし口を滑らせてルルーシュが知る事になれば、さらに心を閉ざしてしまう事態にもなりかねん」

 

 ナナリーを保護するという大義名分があるとはいえ、当のルルーシュがそれを拒絶しているのだ。

 そんな時に親しい者を拘束したなどと異母弟に告げればどうなるか、そんなのは火を見るよりも明らかだろう。

 

「ナナリーさえ見つけ出せば、全てが上手くいく。いまは全力であの子を捜し出すのみだ」

 

 言い聞かせるように口にし、コーネリアは迷いを振り切るように歩く速度を上げた。

 主のそんな姿に騎士は何も言う事ができず、ただ黙ってその後を追うだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が深い闇の中、ジェレミアは単身ゲットーへと足を踏み入れた。

 いつもの軍服は着ていない。

 目立たないよう青髪をハットで隠し、装いも潜入用の小汚い服へと変えている。

 万が一にでも耳目を引くわけにはいかない。そのための変装だった。

 いま向かっているのは、主であるルルーシュの協力者が顔を合わせたいと指定してきた場所である。

 なぜわざわざゲットーなどを待ち合わせ場所にしたのかは疑問に残るところだが、もしかしたらこちらを警戒しての場所指定かもしれない。

 本国から逃げていたルルーシュ皇子の協力者を名乗ったのが、軍属である自分なのだ。何らかの罠である可能性を考えるのも当然といえば当然だろう。ゲットーならば租界よりも見晴らしが良く、兵は伏せづらく包囲は敷き難いため、罠だと分かればすぐに逃げられる。

 そこまで考えてゲットーを指定したなら、さすがはルルーシュ皇子の協力者と言えるだろう。

 まだ見ぬ人物をそんな風に評価していたジェレミアは、ようやく指定された場所に辿り着く。

 

 そこはかつての球場跡だった。

 かつてはスポーツで賑わったのだろうが、いまはもう見る影もない。

 日本人でもないジェレミアはそれについてはなんの感傷もなく、軍人としてその建物の構造に着目する。

 興行を目的としているため人は多く入るが、人員を忍ばせておくには不向き。だが中に入れば球場の外は見えなくなるため、秘密裏に球場そのものを囲まれてしまえば逃げる事は困難を極めるだろう。

 一方で敷地そのものが広く、隠れる場所がない点は密会には適しているとも言えた。

 本来密会というのは誰にも邪魔されない屋内の個室などで行うものだが、ここなら中に入ってこない限り誰かに見咎められる心配はない。そして話の内容はよほど近付かなければ漏れる事はないだろう。懸念点は入り口を封鎖しない限り立ち入りが自由であり、閉鎖された空間ではない事か。だがそれも監視役を置くなどすれば解決する。

 

 密会というイメージを覆すような球場跡の中へジェレミアは躊躇わず足を踏み入れる。

 中には誰もいなかった。

 スポーツをするために平らになっている地面にも、観客席にも、スタッフなどが出入りする部屋にも、人影はない。

 まだ来ていないのか、それともどこかで様子を窺っているのか。

 

「私はジェレミア・ゴットバルト! 指示通り単身にてこの場に参上した!」

 

 球場全体に聞こえるように声を張るが、どこからも反応はない。

 半ば予想していた通りの状況に、ジェレミアは球場の真ん中で仁王立ちし、協力者が現れるのを待った。

 腕を組み、瞼を閉じて微動だにしないその姿は、まるで球場に建てられた銅像のようだった。

 しばらくして、ようやく何者かが土を踏む気配を感じ、ジェレミアは振り返る。

 そしてそこにいる人物に目を見張った。

 

「初めまして、と言っていいんでしょうか。あなたとはナイトメア越しに一度お会いしていますね。といっても、あの時のあなたは正気ではありませんでしたが」

 

 言った本人は知らなかったが、ナイトメア越しであれば2度会っていた。

 しかしジェレミアにそれを指摘する余裕はなかった。

 現れたその男が、あまりにも予想外の人物であったから。

 知らない相手ではなかった。むしろジェレミアは、その男について多くの情報を知っていた。

 軍に所属している人間で、目の前の男について知らない人間など存在しない。

 一度はブリタニアに膝を折ったにも関わらず反旗を翻し、いまやゼロと並びブリタニアの不倶戴天の敵となったテロリスト。

 その名は――

 

「僕は枢木スザク。ルルーシュの友達です」

 

 片手を胸に当て、枢木スザクが名乗る。

 ジェレミアにとっては信じがたい立場と共に。

 

「貴様が、ルルーシュ様の友だと……!」

 

 あまりにも荒唐無稽な言葉に、ジェレミアの声が震える。

 神をも恐れぬ虚言に即座に首を刎ねてやりたい衝動に駆られ、しかしジェレミアは主が自らに問うた言葉を思い出した。

 

『お前は俺のために、許せないと考える者の手を取る事ができるか?』

 

 もしやあれは、この時のための問いだったのだろうか。

 紛う事なきブリタニアの宿敵である枢木スザクと、自分を助けるために手を組む事ができるのかと。

 あの時、ジェレミアはイエスと答えた。その答えに偽りはない。

 ならば刹那でも迷う事は、己の忠義に唾を吐く事と同義である。

 

「……失礼した。先程は聞こえていなかったかもしれぬため、もう一度名乗っておこう。私はジェレミア・ゴットバルト。ルルーシュ様に御身の救出を命じられた、あの方に忠誠を誓う者だ」

 

 それ以外に自分を飾る言葉など必要ないとばかりに、軍の地位も辺境伯の肩書もジェレミアは口にしなかった。

 そしてルルーシュの忠臣を名乗った以上、枢木スザクへの隔意も捨てる。

 この場に現れた以上、枢木スザクがルルーシュの協力者である事は疑いようがない。

 つまり枢木スザクは祖国に歯向かうテロリストなどではなく、主君の友であり協力者。それ以上の情報は必要ない。

 

「いや……待て。そうすると、まさかルルーシュ様は――!」

 

 枢木スザクへの隔意に決着をつけたと同時にジェレミアは気付いてしまう。

 この状況で主君が助けを求め、それに即座に応じる者。

 果たしてそんな人間がただの友であるのかと。

 

「……一つ、君に問いたい」

 

 自らの至った途方もない推論に狼狽しながら、それでもジェレミアは強い自制心で取り乱さず冷静を取り繕った。

 

「なんですか?」

「ルルーシュ様は黒の騎士だ――いや」

 

 俺が皇帝を殺せと命じれば従うか。

 そう問うたルルーシュの瞳を思い出す。

 あれは人の下についた人間のものではない。

 自らの意志で道を切り拓く覚悟が宿っていた。

 となれば、その答えは一つ。

 

「ルルーシュ様は――――ゼロなのか?」

 

 ただのテロリストでありながら、全ての力ある者に審判を下すと宣戦布告した身の程知らずの反逆者。神聖ブリタニア帝国の覇道に幾度となく立ち塞がり、ジェレミアも何度となく矛を交えた宿敵。

 その男の正体が、神聖ブリタニア帝国の元皇子であり、主君であるルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだというのだろうか。

 信じられない。そんな思いをまざまざと表情に浮かべて問うジェレミアに、スザクは感情の読めない視線を返した。

 

「だとしたら、あなたはどうするんですか?」

 

 試すように問い返され、ジェレミアは我に返る。

 ルルーシュがゼロだったら、自分はどうするのか。

 それは神聖ブリタニア帝国とルルーシュのどちらにつくのかと、そう問われているのと同義だ。

 だとすれば、自分はその答えを既に出しているではないか。

 

「枢木スザク」

「はい」

「無意味な問いだった。いまの質問は忘れてくれ」

 

 今度はスザクが驚く番だった。

 しかしそんなスザクの驚愕を余所に、ジェレミアは自らの行動理念を語る。

 

「私はこの場に、ルルーシュ様の命を遂行するために参上した。いまの私にとってその任を果たす以外の全ては些事。ルルーシュ様がゼロであるかどうかなど、私が知る必要のない事だ」

 

 主君がゼロであったという事実に狼狽えはしたものの、政庁からルルーシュを逃がそうとしている時点で、自分はもはやブリタニアにとって裏切り者である。

 それでも主の道を歩むと決めたのはジェレミア自身だ。今更ゼロの正体がルルーシュであると分かったところで、何を恐れる事があるというのか。

 

「ではあなたは、ルルーシュがブリタニアと戦うテロリストだったとしても協力するというんですか?」

「無論だ。私はルルーシュ様を主として仰ぐ事を決めた。相手が誰であれ、ルルーシュ様が剣を向ける者こそが我が仇敵」

 

 一欠けらの躊躇いすらなく、ジェレミアは言い切った。

 誓いは既に主に捧げてきている。ならば、もはやジェレミアは主に振るわれる剣であり、そこに私心は存在しない。

 

「枢木スザクよ。ルルーシュ様を助け出すためなら、どのような無理難題でも命じるがいい。私はこの忠義に懸けて、その全てに応えてみせよう」

 

 たとえ祖国に弓退く事になろうとも。

 言外に示された覚悟に、スザクはわずかに気圧される。

 これまで何度となく戦い、命を奪い合った相手。

 そんな人間に、主の命令だからと生殺与奪すら含めた行動の全てを委ねる事のできる者が、一体どれほどいるだろう。

 完成されたブリタニアの騎士の在り方に、スザクは知らず知らず息を呑んだ。

 

「ジェレミアさん。あなたはブリタニア軍の中でも地位の高い貴族将校のはずです。もしルルーシュがゼロであり、それに協力したなら、あなたは祖国を裏切った反逆者の汚名を被る事になる。それでも構わないと?」

 

 改めてスザクはジェレミアにその決断の意味を示す。

 仲間だった者と殺し合うだけではない。

 いままで築いてきた地位も、栄誉も、ジェレミア・ゴットバルトという名前すらも、たった一度の選択で生涯(そそ)ぎ落とす事のできない泥に塗れる事となる。

 それはジェレミアだけに留まらず、本国にいるであろうゴットバルト家の人間にも被害を及ぼすだろう。

 爵位は剥奪。生家は取り潰しに。家族は絶望に叩き落とされ、ジェレミア自身は祖国の地を二度と胸を張って歩く事もできない。そんな屈辱の人生が待っているとしても、後悔はないのか。

 そう問うスザクに、ジェレミアはゆっくりと瞳を閉じる。

 

「ルルーシュ様は私の部下のせいで、そのお心に反してブリタニアへと連れ戻されてしまわれた。それは部下を御しきれなかった私の責任。この命を以てしても償いきれぬ私の罪だ」

 

 拭い切れない悔恨を滲ませて自らの失態を語り、ジェレミアは目を開いて拳を握る。

 

「だがルルーシュ様はその罪を許し、私に償う機会を与えてくださった。知らず知らずのうちに主を裏切ってしまった私のような不忠者を信じ、御身を救い出せと、そう命じてくださったのだ」

 

 語る声には力が満ち溢れていた。

 このまま進めば築き上げた栄光は泥に塗れ、二度と輝かしい身分には戻れなくなるというのに、憂いも未練もその声からは感じ取れない。

 

「これほどに嬉しい事があろうか。私は騎士として、何があろうともルルーシュ様のご下命を遂行する」

 

 代わりにその声に宿るのは、喜びと誇らしさ。

 晴れ晴れとした笑みまで浮かべ、ジェレミアはスザクの問いに対する答えを告げる。

 

「汚名などではない。苦渋の選択ですらない。この先、誰になんと言われようが、私は自身の決断に恥じ入るところなど何一つとてない」

 

 まるで世界にただ一つの勲章でも得たかのように、ジェレミアは大きく胸を張った。

 

「これは、名誉である」

 





今章が始まった時の予告にもあったジェレミアの最後の台詞は、原作アニメR2の11話でジェレミアが嚮団に連れてこられたバトレーに言った台詞の転用です。正直、今回の話はジェレミアにこれを言わせたかったがために生まれた1話です。

あと気付いたかもしれませんが、今回C.C.が囚われているのはR2でカレンが囚われていたのと同じ場所になっています。またスザクとジェレミアの密会場所も、オレンジ事件の後にジェレミアがキューエルに粛清されそうになった場所です。

ちなみに自分でもちょっと驚きなのですが、43話から今話までの話はスザクサイドもルルーシュサイドも全て同じ1日の話です。
1日の中の時系列はスザクサイドとルルーシュサイドで多少前後していますが、スザク視点では、四聖剣の訪問、桐原との通信、C.C.との話し合い、ナナリーの失踪、連れ帰ってからのお悩み相談、ジェレミアとの密会、これらは全部1日の出来事になります。
作中での表現を優先しましたが、正確な時系列を話すなら、ルルーシュがジェレミアを味方にしたのはスザクが隠れ家に戻ってC.C.と話すよりも前の話になります。その後のスザクへの連絡が夜になったのは、ルルーシュが軍の情報をジェレミアから得ていたり、怪しまれないように軍務が終わってからジェレミアが行動に移ったためです。
もしルルーシュがすぐにスザクと連絡を取るようジェレミアに命令していれば、スザクがあんなにも取り乱す事はなく、それに連動してナナリーがスザクの叫びを聞く事もなくなって、44話からの一連の流れは全てなくなっていたかもしれません。

余談が長くなってしまいました。
恒例の予告です。

次回:心変わり
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