「なに? それは本当か、ルルーシュ!」
政庁にある総督の執務室。
朝食の時に一言だけ「話がある」と告げ、それ以降口を開こうとしなかったルルーシュが、食事の後に執務室を訪ねて口にした一言にコーネリアは思わず掛けていた椅子から腰を浮かせた。
「ええ。これだけ日が経てば、さすがに俺も心配です。ナナリーをこちらに連れて来ましょう」
あれだけ頑なに拒んでいたのに、あっさりと前言を翻す言葉を告げるルルーシュ。
それにはコーネリアはもちろん、ルルーシュの話が気になって同室していたユーフェミアも喜びより驚きが勝ったようだった。
「で、でも、いいんですかルルーシュ? あなたはあんなに……その、嫌がっていたのに」
言いづらそうに言葉を濁したユーフェミアの問いに、ルルーシュは瞳を彼女に向ける。
その顔に親愛の情はなく、視線にも温かみはない。わずかに眉がハの字に寄っているところから、先の発言が前向きな感情からの言葉でない事だけがかろうじて読み取れた。
「本音を言えば、ナナリーをこんな場所に連れて来たくないという考えは変わっていない。しかしもう、限界だ」
「限界?」
考えは変わっていないという拒絶に悲しい気持ちになりながら、ユーフェミアはルルーシュの言葉の真意が分からずオウム返しに問い返す。
「俺が友人と話しているところをいきなり連れて来られた事は知っているだろう。当然ナナリーに事情を説明する機会もなかった」
その言葉にハッとユーフェミアは口元に手を当てる。
おそらくは本当に気付いていなかったのだろう。コーネリアの方は気付いていてあえて事実から目を逸らしていたというところか。
「ただでさえナナリーは心の変調が身体に現れやすいんだ。いつも身近にいた俺が突然姿を消して、音沙汰もないままもう4日も経っている。今頃は不安で寝込んでいてもおかしくない」
成田連山で作戦行動を取るためにルルーシュが何日か家を空けただけで風邪を引いてしまったナナリーだ。
学園を出て負担を掛けていたところに、最も頼れるはずの身内がいきなり帰ってこなくなれば心身になんらかの不調が現れる可能性は充分にあり得る。たとえスザクやC.C.がフォローしてくれていたとしても。
「このままナナリーを放っておくわけにはいかないが、姉上が俺を解放する気がない以上、出向いて安心させる事もできない。ならここに連れて来るしか選択肢はもうないだろう?」
コーネリアの言う通り3日後にシュナイゼルが来日し、本国に連れ戻されてしまえば帰ってこられるかも分からない上、仮に帰ってこられるにしても、いつ帰れるかは見当もつかない。
だからそうなる前に、ルルーシュは決断せざるを得なかった。
「しかしナナリーをこちらに連れて来るにあたって、いくつか条件があります。姉上」
コーネリアの片眉がピクリと震える。
探るような姉の視線と、まるで感情を読ませない弟の視線がぶつかり、執務室の体感温度が2度は下がった。
「言ってみろ」
「まず一つ、ナナリーは直接俺が迎えに行きます」
指を一本立て、もはやそれが決定事項であるかのようにルルーシュは宣言する。
その内容にコーネリアの眉間の皺の数が増えた。
「それはお前が一人で、という意味か?」
「いいえ。そうしたいのは山々ですが、許可してくださらないでしょう?」
問い返され、沈黙で答えるコーネリア。
ルルーシュがコーネリアを信用していないのと同じように、コーネリアもまたルルーシュを信用していない。それは身の安全という観点から政庁の一室にルルーシュを軟禁しているだけに留まらず、通信器やネットワーク環境すら与えていない状況が物語っている。
ルルーシュが自らの手から離れて逃げ出す事を危惧し、外部との連絡手段を絶つ事でその可能性を潰しているのだ。
「護衛は連れて行きます。俺とナナリーの身の安全のためにも、充分な人数をね」
暗に監視はつけてくれて構わないと告げるルルーシュ。
しかしそれでもコーネリアは良い顔をしなかった。
「迎えの者を遣わすのではダメなのか?」
なんとかルルーシュの条件を退けようとする態度からは、異母弟を外に出したくないという本心が透けて見えるようだった。
おそらくはルルーシュが逃げるのを警戒しているのも理由の一つだろうが、肝要は純粋に身の安全を危惧しての提案だろう。
黒の騎士団を始めとしたテロリストに襲われる危険はもちろん、生存を広く知られればルルーシュには他の皇族から刺客が送られてくる可能性が高い。今回ルルーシュがナナリーを迎えに行くとなると、身の安全を考慮して護衛も多くつける都合上どうしても人目を引く。となれば政庁内部にいる他の皇族の手の者にルルーシュの存在を知られる危険も大きくなってしまう。
しかしその程度のリスクはルルーシュも承知の上だった。
「先程も言った通り、ナナリーはいま突然消えた俺を心配して不安がっているはずです。そんな時にいきなり軍人に押しかけられて平静でいられると思いますか?」
「むっ……」
今更語るまでもなく、ナナリーの事は兄であるルルーシュが一番理解している。彼女の精神状態を持ち出されては、8年間の別離があるコーネリアに反論の余地はなかった。
「なら私かユフィが……」
「同じ事です。姉上はこの7年、俺達が何から逃げていたか理解していないのですか?」
往生際悪く妥協案を口にしようとしたコーネリアに、皮肉というにはあまりにも切れ味が鋭い問いが返る。
今度こそ何も言い返せず閉口する異母姉に冷たい眼差しを送りながら、改めてルルーシュは否定を許さぬ要求を突きつけた。
「ナナリーは俺が迎えに行く。これは絶対条件です」
「……よかろう」
ようやく、不承不承という体ではあったが許可が下りる。
「それで? いくつかと言うからには、他の条件もあるのだろう?」
険しい表情を保ったまま睨むようにコーネリアが問うてくる。
それに頷き、ルルーシュは二つ目の指を立てた。
「二つ目は護衛ですが、ジェレミア率いる純血派に指揮を執らせます」
「純血派に?」
「ええ。元々俺の護衛には純血派がついているのですから、問題はありませんね?」
「それは構わないが、どういう風の吹き回しだ? 数日前に護衛の話をした時は、勝手にしろと言ってまるで興味を持たなかったというのに」
いままでの言動から不審がるコーネリアの視線をルルーシュは軽く流す。
「姉上もご存じでしょうが、ジェレミアとは昨日話しました。その結果、信頼を置くに値すると判断しただけの事です」
「……」
昨日まで自分達姉妹とは会話すら拒絶していたとは思えないルルーシュの言葉に、なんとも複雑そうな表情をしてコーネリアは黙り込んだ。
ジェレミアとの面会を許可したのはコーネリアであり、だとすればこれは狙い通りの結果のはずなのだが、どうにも釈然としない思いが彼女の胸中に渦巻いた。
「ルルーシュ。ジェレミア卿とは、どんなお話をしたの?」
姉の難解な心境とは対照的に、純粋な好奇心からユーフェミアが口を挟む。
もしかしたらまともに会話をできていない異母兄との話の取っ掛かりになると思ったのかもしれない。
「……ジェレミアは母上に憧れていたらしくてな。ブリタニアにいた頃の話を少ししただけだ」
しかしルルーシュが口にしたのが亡き母の事であったため、迂闊に踏み込む事ができずユーフェミアは沈黙するしかなかった。
ジェレミアと話したというのだから、少しくらい踏み込んでも良いのかもしれないが、それはどう考えてもこの場でする話ではない。
「三つ目の条件は、ナナリーの世話をしている俺の協力者を罪に問わないでいただきたい」
コーネリアの目がわずかに細められる。
予想通りの反応に、答えを待たずルルーシュは続けた。
「ブリタニアからすれば元皇族を誘拐している極悪犯でしょうが、そいつは俺の頼みでナナリーを守ってくれているだけです。捕らえられる謂れはありません」
死んだ事になっている皇族と共にいる。どんな理由や経緯があろうと、ブリタニアではそれだけで重罪は避けられない。このままナナリーを迎えに行けば、ルルーシュの護衛としてついてきた軍人に協力者は捕まるだろう。
そんな不義理をルルーシュが許すはずもなかった。
「よかろう。お前の協力者を今回の件で罪には問わん」
意図が伝わり、今回の条件はすんなりと通る。
コーネリアは内心で既に捕らえているC.C.の存在を思い出していたが、ナナリーを連れ戻してから無罪放免すればいいだろうと表情には出さなかった。
「四つ目の条件ですが、姉上に教えてもらいたい事があります」
「それはわざわざ条件にするほどの事なのか?」
大事な異母弟の頼みであれば交換条件にせずともいくらでも答えるのに、と言外に告げてわずかに笑みを見せるコーネリア。
しかし次に異母弟の口から出た問いは、その笑みどころか彼女から全ての言葉を奪い去るほど衝撃的なものだった。
「母さんを殺したのはあなたですか?」
「なっ……!?」
それを口にしたルルーシュの態度は先程までと何も変わらない。
表情からも声からも視線からも、怒りや恨み、猜疑心といった負の感情は見受けられない。
しかしそれでも、問われたコーネリアはもちろん、傍にいたユーフェミアすら絶句し、まともに言葉を発する事ができなかった。
まさかそんな疑いを異母弟に持たれているとは露とも想像していなかったコーネリアは、たっぷり数秒後にようやく正気を取り戻し、椅子を蹴倒す勢いで猛然と立ち上がった。
「そんなわけがないだろう! お前は一体何を言っているのだ!」
「そうですルルーシュ! お姉様がそんな事をするわけがありません!」
姉の否定に妹も同意の声を上げる。
息の合った姉妹の心からの叫びに、ルルーシュは表情一つ変えなかった。
「8年前の事件の日」
その声は特段いつものルルーシュの声と変わらないはずなのに、姉妹の耳にはどこまでも冷め切ったものとして届いた。
「警護を担当していたのは姉上でしたね?」
「っ!」
「ジェレミアの話によれば、あなたの指示で警護の人数が減らされていたそうですが?」
驚愕にユーフェミアが目を見開く。
「お姉様! それは本当なのですか!?」
「違う! いや、確かに事実だが……そうではないのだ!」
詰め寄るユーフェミアに慌ててコーネリアは首を振る。
その様子は明らかに動揺していたが、ルルーシュは額面通りに受け取らなかった。
演技をしている可能性も考慮し、少しの欺瞞も見落とさぬように注意深く異母姉を観察しながら問いを重ねる。
「そうではない、とは?」
ユーフェミアからルルーシュに視線を移し、何か後ろめたい事があるかのようにすぐにそれを地面に落とす。
コーネリアの反応は尋常ではなかったが、それだけではまだ、何も判別はできそうにない。
「ジェレミアの言う通り、私はあの日最低限の人数を残して警護隊を引き上げた。しかしそれは……頼まれたからなのだ」
「頼まれた? 一体誰に?」
そいつが黒幕かと、仇への足掛かりが見えた事でルルーシュの表情がわずかに動く。
声にも先程より熱がこもっていた。
しかし額に手を当てて、何度も言うべきか迷う様子を見せながらようやく異母姉が口にした名前は、ルルーシュが欠片も予想もしていなかったものだった。
「マリアンヌ様だ」
「な、に……?」
冗談に思えるようなあり得ない名前を出された事で、無表情を保っていたルルーシュの眉根に深い皺が刻まれる。
しかしコーネリアは聞き間違いを否定するように再度繰り返した。
「私に部隊を引き上げるよう頼まれたのは、マリアンヌ様なのだ」
その答えに今度こそルルーシュの顔が明確に歪む。
怒りと侮蔑を瞳に湛え、それでもなんとかまだ冷静さを残した声でルルーシュは異母姉の言い分を確認する。
「暗殺された母さんが自分から警護を減らすように頼んだと、あなたはそう言うのですか?」
「……ああ」
「ふざけるな! そんなバカな話があるわけないだろう!」
テロで殺された被害者が、わざわざ自分から警備に穴を作って襲撃者を招き入れたとしか思えないふざけた答えに、とうとうルルーシュは平静の仮面をかなぐり捨てて怒鳴る。
言い訳にしても出来が悪い。子供でも騙せないような意味不明なコーネリアの回答に、自分はもちろん母まで侮辱された気持ちになってルルーシュは思いきり拳で机を叩く。
しかしそれでもコーネリアは、苦悩に顔を歪ませながら発言を撤回しなかった。
「信じられないのは分かる。だが、本当なのだ。本当に……マリアンヌ様に頼まれ、私は……」
その時の事を思い出しているのか、片手で頭を押さえコーネリアは血を吐くように真相を吐露した。
「私も、私だって……! あんな事になると知っていたら、警護を減らしたりなどしなかった……!」
悔恨に満ちた嘆きが静かな部屋に響き渡る。
その姿がとても嘘をついているようには見えず、ルルーシュは言葉を失う。
――バカな。
コーネリアの話を信じるなら、母はあの日、自分から離宮の警備を引き払わせた事になる。
それがどれだけバカバカしい事か、考えるまでもない。
しかし信じられないという思いとは裏腹に、ルルーシュの聡明な頭脳は知り得た情報を元にあらゆる可能性を模索する。
コーネリアが嘘をついている可能性。母が襲撃があると知っていた可能性。何かしらの偶然が不幸にも重なった可能性。
自問するたびに否定されていく数多の仮定を踏みつけに、ルルーシュは最近になって知った超常の力を思い出す。
ギアス。
もしマオのようにギアス能力を持った人間が関与していたなら、一見不可解とも思えるこの状況にも説明がつくのではないだろうか。
例えば、他者の意思を誘導したり、任意の相手の姿に化けられるギアスがあったなら、コーネリアに警備隊を引き上げさせる事など容易くできる。人気のない場所と時間に母を
C.C.はギアスによって得られる能力は人によって違うと言っていた。ならばそんなギアスが実在する可能性は否定できず、C.C.という存在がいる以上、他にギアスを他者に与えられる者がいても不思議ではない。
こんな事ならC.C.にもっと詳しくギアス能力について聞いておけば良かったとルルーシュは臍を噛む。
「お姉様はあの日の件について色々と調べられていましたよね。何か分かった事はないんですか?」
「それは……」
妹の問いにコーネリアは口ごもる。
その不審な態度を見逃さず、ルルーシュは厳しい視線を向けた。
「話せない――という事は、何か後ろ暗い事でもあるのですか?」
「違う! だが……これは宮廷でも隠されていた事実だ。不用意に話せば、お前達にも危険が及びかねん」
「そんな言葉で、俺が納得するとお思いですか?」
二人の安全を考えて答える事を躊躇うコーネリアだったが、今更危険があるからとルルーシュが引き下がるわけもなかった。
威圧感すら感じるルルーシュの視線に息を呑み、コーネリアは咄嗟に妹の様子を窺い見たが、ユーフェミアも答えを求めるように前のめりに自身を見ている。
逃げ場はないとそれで悟ったのか、コーネリアは深く息をついて調べ上げた真相を口にした。
「……父上のご命令で、シュナイゼル兄上がマリアンヌ様のご遺体を運び出したようだ」
「兄上が? 一体どこに?」
ルルーシュの問いに無言でコーネリアは首を振る。
そこまでは知らないという意思表示に、思わずルルーシュは舌打ちを零した。
「他に知っている事は?」
「これが全てだ。それ以上の事は、何も分かっていない」
自らの無力を悔やむように重々しく吐き出された答え。
第二皇女が積極的に調べながらもその程度の情報しか掴めていない事実は、宮廷の深い闇を感じさせるに充分なものだった。
「良いでしょう。ひとまず信じます」
表面上は落ち着きを取り戻したルルーシュの言葉に、コーネリアとユーフェミアはホッと安堵した表情を見せる。
身内に母の仇ではないかと疑われていたのだからその態度も納得だが、当のルルーシュは口ではそう言いながら、異母姉の話が全て真実だとは考えていなかった。ただこれ以上聞き出せる情報はなさそうだったため、話を円滑に進める目的で心にもない事を口にしただけだ。
「では最後の条件です」
その言葉に、姉妹は忘れていた本題を思い出す。
先程の話が衝撃的過ぎて、これがナナリーを連れ戻すための話し合いだという事が二人の頭からは抜け落ちていた。
それはある意味ルルーシュの想定通りで、だからこそ畳み掛けるようにルルーシュはその条件を口にした。
「ブリタニアに戻ったら、俺も母さんの事件の真相について調べます。ついてはその協力を頼みます」
「なっ……! それはダメだ! 危険過ぎる!」
思わぬ条件を突きつけられ、反射的にコーネリアは否定を返す。
しかしルルーシュはそんな返答を許さなかった。
「もし断るのなら、この話はなかった事に」
「っ、ルルーシュ……!」
取りつく島もないルルーシュにコーネリアは歯噛みする。
本来なら今回の交渉において不利なのはルルーシュの方だった。なぜならルルーシュの目的はナナリーの保護であり、この交渉が成立しなければそれは叶えられない。一方コーネリアはできるだけ早くナナリーを保護したいと考えてはいるものの、その居場所を知っているだろうC.C.の身柄は押さえており、たとえここでルルーシュとの交渉が成立しなくてもナナリーを見つけ出すのは時間の問題だからだ。
しかしコーネリアは、ただナナリーを保護できればそれでいいというわけではなかった。
できる限りルルーシュとの仲を良好にしたいと考える彼女としては、ここで歩み寄りを見せた異母弟の提案を拒絶し、さらなる隔絶が生まれてしまう事は避けたい。たとえこの話を断って首尾良くナナリーを見つけ出す事に成功したとしても、ルルーシュとの関係に修復不可能なほどの亀裂が入ってしまうなら、それはコーネリアにとって最悪とは言わずとも苦渋の結果と言えるものだ。
自分はただ異母弟の身を案じているだけなのに、どうしてこうも悪い方に話が進むのかとコーネリアは頭を抱えた。
しかし彼女にはどれだけ頭を捻ろうとも、答えなど一つしか用意されていなかった。異母弟が気付かれないように狡猾に仕組んだ答えしか。
「よかろう。だが無茶な真似はさせん。あくまで自分の身を第一に。慎重に行うのが条件だ」
「言われるまでもありません」
自分が厳しく監視していれば危険な事にはならないだろうと、不承不承で許可を出すコーネリアに、それを当然とばかりに頷くルルーシュ。
ようやく話はまとまり、コーネリアは内心でそっと息を吐いた。
「ではルルーシュ。早速聞くが、ナナリーはどこにいる?」
条件は全て吞んだ。
これでナナリーも安全だと安堵したコーネリアだったが、返ってきた答えはまたもや予想外のものだった。
「それは当日、ナナリーを迎えに行く前にお教えします」
「なに?」
あくまでもナナリーの居所を隠そうとするルルーシュに、話が違うとコーネリアは険しい視線を向ける。
だが当人は、そんな視線はどこ吹く風とばかりにまるで堪えた様子がなかった。
「いま教えては私が迎えに行く前にあなたが連れ戻そうとする可能性がありますからね。ナナリーの所在はギリギリまで隠させてもらいます」
「そんな不義理な真似をするつもりはない。警護の準備をするのに必要だから訊ねているのだ」
「信用できません。警護に関してはジェレミアと共にこちらで考え、当日に伝えます」
「しかしだなルルーシュ……」
「話は終わりです。ナナリーを迎えに行くのは明後日の昼前。心配しなくとも、出立の前には目的地をお知らせしますよ」
反論など聞く素振りを見せず、ルルーシュは優雅に一礼する。
「それでは失礼します」
「あっ、待ってルルーシュ……」
さっさと踵を返して部屋を出ていくルルーシュに、ユーフェミアが手を伸ばし追い掛けようとする。
しかし迷うように足を止めると、コーネリアの方を振り向いた。その意図を察して、コーネリアは頷く。
「ルルーシュと話したいのだろう? 行ってくるがいい」
「はい! ありがとうございます、お姉様」
元気良く笑い、ユーフェミアがルルーシュの後を追って出ていく。
それを微笑ましく見送り、コーネリアは掛けていた椅子の背凭れに体重を預ける。
「ひとまずはこれで安心……と、思っていいのか?」
言い切りたかったが、微かな不安から余計な疑問が口をついて出る。
「何かご懸念が?」
主の憂慮を感じ取り、いままでの話を口を挟まず聞いていたギルフォードが問い掛ける。
コーネリアは口元に手を当てて少しだけ考え込み、己が感じた輪郭のない疑問に形をつけた。
「……聞き分けが良すぎる。この程度で折れるなら、最初から協力的でも良かっただろうに」
ルルーシュの言い分はナナリーの精神状態を心配してという事だったが、それくらいの事は聡明な異母弟なら最初から気付いていたはずだ。時間が経てばいずれどうしようもなくなるなら、反発するのは無駄でしかない。
こちらがC.C.を捕らえたためナナリーを世話する人間がいなくなったからかとも考えたが、そもそもルルーシュにはC.C.を捕らえた事は伝えていない。ジェレミアにもユフィにもこの件は知らせていないので、ルルーシュが情報を得るのは不可能であるはずだ。
それにC.C.にナナリーの世話をさせていたのなら、彼女の精神状態が心配だという言い分も怪しく思える。それともルルーシュは、C.C.という女の事をそれほど信用してはいないのだろうか。
「考えすぎでは? 再会された際はルルーシュ様もいきなり政庁に招かれ混乱していたでしょうし、ジェレミア卿と話した事でブリタニアへ戻るのに前向きな考えを持たれたのであれば、さほど不自然ではないかと思いますが」
「ルルーシュが折れたのはこちらの誠意が伝わった結果、という事か?」
「はい。本国から隠れられていたルルーシュ様のお立場を考えますに、学園を出てからの生活が良いものであったとは思えません。目と足に障害を持つナナリー様の負担も大きかったでしょうし、抱かれていた不信感さえ拭われたのなら、ブリタニアに戻られる選択はルルーシュ様にとっても良いものであるはずです」
理屈の通ったギルフォードの説明に、コーネリアもなるほどと頷く。
確かにルルーシュがブリタニアに戻る事を拒絶していたのは、祖国に対する不信感が大きかったせいだ。それは再会した時の怒りに満ちた言葉を思い出せば簡単に察せられる。
しかしルルーシュは感情に振り回されるだけの浅慮な人間ではない。日本へと送られ一緒に過ごせなかったこの8年で立派に成長し、高い知性と器を手にするに至っている事は一目見てすぐに分かった。そんなルルーシュだからこそ怒りだけに目を濁らせる事なく、ナナリーの事まで考えてブリタニアへの帰属を選んだというのは納得のいく話だった。
もしかしたら未だに心を開いてくれない異母弟に、自分は知らず知らず疑心暗鬼になり過ぎていたのかもしれない。
そう考えを改めようとしたコーネリアの脳裏に、未だ拭い切れない最悪の推測がよぎった。
「……ルルーシュが何を思ってこの提案をしてきたか、それはいま話しても仕方のない事だな」
首を振って思考を切り替える。
異母弟すら疑う自分の思考が嫌になりながらも、それを表には出さずコーネリアは堂々とした態度でギルフォードに指示を出した。
「ダールトンを呼び戻せ。ルルーシュの提案を受け入れた以上、ナナリーの捜索は中止だ。これからの事については、ダールトンが帰ってきてから話し合う」
「イエス・ユア・ハイネス」
主の命を果たすべく、ギルフォードがすぐに行動を開始する。
それを見送りながらコーネリアは椅子から立ち上がって、窓の外に視線を向けた。
「何事も、起こらなければよいのだがな……」
ポツリと零した独り言は、ブリタニアの魔女と恐れられたコーネリアが口にしたとは思えない弱々しい響きだった。
黒の騎士団アジト。
そこに急遽集められたのは、泉や扇などの初期からのメンバーに加え、ディートハルトなどの新規で入った優秀なメンバーが合わさった幹部候補以上の団員達だった。
なぜ集合が掛かったのか誰一人として説明を受けていない団員達は、親しい者同士でその理由を小声で話し合う。
そんな中、一人の男が扉から入ってくる。
まだ若い面持ちの青年、枢木スザクは堂々とした足取りで全員の前に立つと、開口一番に告げた。
「次の作戦が決まりました」
その一言に、多少のざわつきが生まれる。
月に多ければ5つ以上の作戦を行う事もある黒の騎士団において、スザクの宣言は大して驚くに値しないものではあったが、いまの状況は以前までと大きく意味合いが異なっていた。
「スザク君、ゼロは……」
「ゼロはまだ極秘作戦中です」
ざわめきが大きくなる。
動揺する団員達の不信を肯定するように、改めてスザクは断言した。
「今回の作戦は、ゼロ抜きで行います」
それを口にした瞬間、場に大きな波紋が生じたのが、スザクにもはっきりと感じられた。
ある者は不安を口にし、ある者は困惑に表情を曇らせ、ある者はゼロがいなくて大丈夫なのかと怯えを露わにする。
黒の騎士団を結成してから、全ての作戦はゼロが発案し指揮を執っている。いくら戦闘力に優れたスザクが健在とはいえ、団員達の不安や怯えは当然のものだった。
「一体、何をするつもりなんだ?」
そんな中で微塵も動揺せずにスザクを見ていた男――泉が問い掛ける。
ゼロへの不信なのかスザクへの信頼なのか、泉はゼロなしの作戦と聞いても眉一つ動かさず真っ直ぐとスザクだけを見ていた。
その揺るがぬ態度に他の団員達も小声で話すのをやめ、答えを求めるようにスザクへと視線を集中させる。
「今回の作戦は――」
全員の瞳が自分を映しているのを確認したスザクは、端末を操作してスクリーンにある男の写真を映し出す。
その男は、かつての自分の師。
「ブリタニアに囚われている日本解放戦線中佐、藤堂鏡士郎の救出です」
原作アニメを見る限りルルーシュは8年前にコーネリアが警護の指揮を執り警護隊を引き上げた事まで知っていたようでしたが、それだけ容疑者として可能性が高いのにギアスを手に入れるまではコーネリアを懐柔する選択肢を考えていたというのが意外でした。ただルルーシュの性格なら近付いて情報を探り、もし黒幕に手を貸していたなら良いところで裏切って地獄に叩き落としてやる、みたいな恐ろしい事を考えていたのかもしれませんね。
今話と前々々話ではその心の折り合いをどうルルーシュがつけていたのかの考察が非常に難しく、かなり苦戦してしまいました。
次回:変わりゆく時間