アッシュフォード学園クラブハウス。
その内の一室である生徒会室は、生徒会長のミレイの人柄もあって放課後の時間はいつも騒がしい。
しかしここ最近はその騒がしさも鳴りを潜めていた。
「静かだなぁ……」
上半身を机に預け、片手で書類仕事をこなしながら青髪の少年が退屈さを声に乗せる。
いま現在、生徒会室には少年の他に生徒は一人しかいない。
そのもう一人に視線を向けて、青髪の少年――リヴァルは同意を求めた。
「ニーナもそう思わないか?」
問われた眼鏡の少女――ニーナは目の前のパソコンから視線を外して振り返る。
「うん、そうだね。みんないないし」
「だよなぁ……」
生徒会室全体を見渡すニーナに倣い、リヴァルも上半身を起こしてやけに広く感じる室内をゆっくりと首を回して眺める。
そこにはいつも突飛なイベントを思い立って企画する生徒会長も、それに文句を言いつつ押し切られる副会長も、慣れた様子でイベントの詳細を訊ねる体育会系の少女も、呆れながらも的確なツッコミを入れる赤髪の令嬢も、楽しそうなイベントに純粋な期待を膨らませる車椅子の女の子もいない。
ここ数日はずっとそうだ。
「なんかさ、急に変わっちゃったよな」
ため息と共に、リヴァルが落胆を零す。
いつからこんな風になってしまったのか。そう考えた時に真っ先に思い当たるのは、シャーリーの父親がテロに巻き込まれた事件だった。あれからシャーリーは一度も生徒会室に足を運んでいない。そしてそれに続くように、ルルーシュも姿を見せなくなった。授業にも出ず、クラブハウスからもいなくなっており、会長に聞いたところによると家庭の事情でナナリーと共にまた休学したらしい。なんの説明もなく突然いなくなった事に文句を言ってやろうと電話も掛けたが、一度も通じなかった。
そして最近になって病弱なカレンも再び休みがちになり、会長も家の事情とかですっかり顔を出さない日が続いている。
幸い生徒会の仕事が少ない時期なので人手がなくても問題はないのだが、リヴァルとしては暇で時間を持て余すより、忙しくても良いからみんなで会長のイベントに振り回されていたかった。
「あーあ、また前みたいに戻れるのかな?」
思わずそんな愚痴が口をついて出る。
「リヴァル、寂しいの?」
ニーナの質問にうーんと、リヴァルは頭の後ろで手を組みながら首をかしげる。
「寂しいっていうかさー……なんつーんだろ?」
上手く言葉にできない気持ちをなんと言えばいいか悩み、たっぷり5秒弱も考えてようやく近い表現を見つける。
「物足りない、かな」
その答えを聞いたニーナもリヴァルの気持ちが理解できたのか、同調するように口元を緩めながら頷いてくれた。
すっかり人の気配のなくなってしまった生徒会室をもう一度リヴァルは見渡す。
まるで夢のように一瞬で過ぎ去ってしまった騒がしい日々に思いを馳せて、重たいため息をついた。
「どこ行っちまったんだよ。あのバカは」
窓の外、空の向こうに視線を投げながら、再び上半身を机に倒してぼそりと呟く。
その寂しげな響きを、同じ生徒会室にいるニーナだけが聞いていた。
同時刻。
場所は同じアッシュフォード学園の倉庫内。
件の生徒会長とその婚約者が密会を果たしていた。
「ふぅん、これがあの……」
「はい。第三世代型ナイトメア・フレーム、イオシリーズのガニメデです」
二人の目の前にあるのは、アッシュフォード財団の主導下で開発が進められたが、8年前のマリアンヌの死によってアッシュフォード家の発言力が低下した事によって生存競争から脱落してしまったナイトメア・フレーム。
それを目にした男の瞳に激しい好奇の光が宿るのを、ミレイは横目で確認する。
しかしそれはすぐに引っ込み、男はガニメデから自分へと向き直る。
「で、いきなり僕と会いたいなんて言ってこれを見せたのには、どんなわけがあるのかな?」
眼鏡の位置を直しながら婚約者――ロイド・アスプロンドが問う。
顔は笑っているが、その薄く細められた目は普段のおちゃらけた態度からは想像できない鋭さを宿している。
ミレイは淑女として穏やかな微笑みを浮かべ、平然とそれを受け流した。
「ロイドさん。私はあなたのプロポーズを受けようと思います」
ミレイとロイドが会うのはこれで二度目。一度目はロイドの研究室でお見合いをした。
その時ロイドは、時間の無駄だから結婚しようと告げ、戸惑うミレイの反応を見てひとまず話を婚約に落ち着けた。
だがロイドからのプロポーズは取り消されたわけではない。
「書類や手続きの準備がまだ済んでいないので、すぐにというわけにはいきませんが、それも近いうちには終わります。式の日取りや場所、招待客などの選定はこちらの方である程度段取りを整えています。今日はそれまでにお互いの事を知っておいた方がいいと考えたため、お招きさせていただきました」
ミレイの言葉は丁寧な口調でありながら、どこか有無を言わせない迫力があった。
プロポーズをしたのはそちらなのだから、あくまでもこれは合意の上だと言わんばかりに話をどんどんと進める。
「ロイドさんは研究者とお聞きしていたので、興味があるかと思ったのですがいかがでしょう? 基礎フレームだけですが、ガニメデはかつて閃光のマリアンヌ様がテストパイロットを務めた機体ですよ」
そして自分と結婚した際のメリットを示す事も忘れない。
ここ数日でロイドの事を調べたミレイは、自分の婚約者がどれだけ普通の貴族と違うのかを知った。
だからこそ彼女は自分に好意を抱かせるようなやり方ではなく、呼びつけて直接ガニメデを見せるといった、本来ならあまりの無礼に相手が激高して破談になるような手段を選んだのだ。
「前に会った時と比べて随分と積極的だね。何か心境の変化でもあったのかい?」
餌に飛びつくような真似はせず、ロイドが真意を問うてくる。
調査の結果、ロイドは他人の事になど関心がないと推測していたミレイは内心で驚きながら、それを表に出す事はせず笑顔の仮面を被った。
「いえ。ただ気付いただけです。いつまでも我儘な子供ではいられないのだと」
ロイドの表情に変化はない。
彼の経歴からガニメデを見せればすぐにでも結婚に賛同すると思っていたが、どうやらそこまで考えなしの人間ではなかったらしい。
曲がりなりにもブリタニアの伯爵なだけはあるのかもしれないと、ミレイは内心ロイドに対して抱いていた失礼な評価を修正した。
「ガニメデの実機はこの通り現存して動かす事も可能です。マリアンヌ様が実際にテストパイロットを務めた時のデータもまとめてあります。当時の開発主任と話したいという事であれば、場を設ける手筈も整っています」
畳み掛けるように相手が欲しがりそうなものをミレイは挙げていく。
より露骨に自分と結婚した際のメリットを提示する様は、もはやビジネスだった。
惜しむ事なく全ての手札を切ったミレイは、最後に自分の胸に手を当てて問い掛ける。
「他に何か、私に望むものはありますか?」
まるで自分を道具のように扱うその問いに、ロイドの目が意表を突かれてわずかに見開かれる。
以前に会った時にはまだ年相応の子供にしか見えなかった少女の覚悟を秘めた眼差しに、ロイドは自然と口元を緩めた。
「あはぁ」
まだ18の少女が自分のような人間との結婚を決意する。
その覚悟の重さをなんとなく察しながら、しかしロイドは深く考えようとしなかった。
本人の中で折り合いがついているのなら、自分が気にする事ではない。
考えるべきなのは、彼女が必死に集めたであろう自分を口説き落とすためのデータや状況。
それらは見事にロイドの嗜好を理解したものであり、元々の目的だったガニメデについてくるというなら不満などあろうはずもない。
「なーんにもないよ。これからよろしくね、僕のフィアンセ」
何も考えていないような笑みを浮かべ、ロイドが手を差し出す。
淑女として洗練された一礼を返し、ミレイはその手を取った。
「ええ、よろしくお願いします。ロイド伯爵」
そうして互いにとってメリットのある、しかしそこに愛はない、極めてブリタニアの貴族らしい結婚が確約される。
それは彼女が口にした通り、子供でいられる時間の終わりを物語っていた。
タイムリミットまで、残り2日。
藤堂鏡士郎の救出が急遽決まり、決行までの時間がない事もあって大急ぎで団員達は準備を進めていた。
本来なら準備期間がまるで足りない今回の作戦だが、スザクが常に出撃できるように用意だけは徹底させていたおかげで、キョウトから送られてきたナイトメアの受け入れとチェック、部隊の調整など、最低限の備えを行えば充分に出撃は可能だった。
そのため団員達は総出でアジトをあくせくと走り回る。それを客分であるため手伝う事もできず遠目に眺めるのは、今回共に作戦に従事する四聖剣だ。
「枢木の奴、一度は断った癖に今度は協力するだなんて、一体どういうつもりなのかな?」
「大方キョウトに咎められたのだろう。簡単に意見を翻すくらいなら、最初から承諾しておけばいいものを」
まだ年若い朝比奈の疑問に、こちらも若い千葉が答える。
一度拒絶されたせいもあって、二人はスザクに対する不満を隠そうともしない。
「おいおい、こっちは協力してもらう立場なんだぞ。その言い草はないだろう」
「卜部の言う通り。我らには一大事でも、黒の騎士団にとっては厄介事でしかない。感謝こそすれ、罵る資格などないぞ」
二人の失礼な物言いに年長者組が苦言を呈する。
藤堂を尊敬するあまり彼を中心に物事を考えてしまう二人と違って、経験を積んだ卜部と仙波には自分達の要求がどれだけ相手側に負担を強いているのかが分かっていた。そのため一度断られたのも当たり前のものと考えており、黒の騎士団に対して別段不満を持ってはいない。
「でもゼロは作戦に参加しないどころか、顔も見せないんですよ。それにあいつら、草壁中佐を殺して片瀬少将だって見殺しにしてる」
反省の色を見せず、さらなる不満を朝比奈は重ねる。
彼は元から黒の騎士団には良い印象を抱いていない。独断専行をしたとはいえ仲間は殺され、手を組んだはずの上官すらも見捨てられた。しかもそのせいで自分達は藤堂を守り切れず敵に捕らえられてしまったのだ。朝比奈にとって――いや日本解放戦線にとって、黒の騎士団は最初から邪魔な存在でしかない。
「そんな奴らと仲良しこよしなんてどうやったって無理でしょう? それに今回はゼロだけじゃなく枢木だって……」
「ならば朝比奈、お主は作戦から外れるがいい」
「は?」
たまっていた鬱憤を抑えきれず口早に吐き出す朝比奈を遮って、重々しく仙波が告げる。
その発言に朝比奈は片眉を吊り上げた。
「どういう事ですか? 僕に藤堂さんを助ける作戦を加わらず、ここで呑気に待ってろって言うんですか?」
「左様」
仙波の短い肯定。次の瞬間、朝比奈はバンと机を叩いて立ち上がった。
「ふざけてます? いくら仙波さんだからって返答次第じゃ許しませんよ」
「我らは協力を求めた立場であり、藤堂中佐の救出は黒の騎士団の指揮の下で行われる。大事な作戦に個人的な感情を捨てられない人間は邪魔にしかならん。それが分からぬお主ではなかろう?」
「っ、それは……!」
「頭を下げ協力を願い出た時点で、どんな不満や遺恨があろうと、我らは過去を水に流さなければならん。違うか?」
腕を組んだ仙波から厳しい視線を向けられ、いきり立っていた朝比奈も思わず怯み息を呑む。
そこには階級は下なれど、藤堂よりも遥かに経験を積んだ老兵ならではの威厳と風格があった。
「お主と千葉はまだ若い。実力はあれど、儂らと違って割り切る事は難しかろう。私心を捨てられぬのならここで大人しく待っておれ」
先程朝比奈と同じように不満を零していた千葉にも、仙波はこの作戦から降りるように勧める。
実力を認める先輩からの忠告に二人は俯いて押し黙り、しかしすぐに朝比奈は顔を上げて宣言した。
「行きますよ、僕は。必要なら黒の騎士団に尻尾だって振ってやります。藤堂さんのいる場所が、僕の居場所ですから」
迷いのない強い言葉。
千葉の方にも視線を向けると、彼女も朝比奈と同じ意見だと頷くのを見て、仙波は瞑目した。
「よかろう」
その様子を眺めていた卜部は、意見がまとまった事を見て取って、空気を換えるうようにパンと手を叩いた。
「ま、グダグダ言うのは全部中佐を取り返した後で。ってこったな」
卜部の言葉に全員が力強く首を縦に振った。
そして四聖剣とは少し離れた同じ場所で、黒の騎士団の団員は作戦に向けたナイトメアの整備に勤しんでいた。
「やっぱり配線が複雑だな」
「無頼よりも高性能だから当然と言えば当然なんだが、整備する側からしたら厄介なもんだ」
「いいから押し込んでとっとと蓋閉めちゃえよ。やる事は他にもいっぱいあるんだって!」
突貫工事の作戦だけあって急ピッチな作業に苦戦する南と吉田に、下から玉城が叫ぶ。
整備が不十分で作戦中にナイトメアが異常を起こせば生死に直結するためおざなりに済ませていい作業ではない。それを理解させるために二人が反論しようとしたところで、思わぬところから横やりが入った。
「もっと丁寧に扱いなさいよ! あんたらの100倍はデリケートに生んだんだから」
「だ、誰だあんた!」
「その子の母親」
玉城が振り返れば、そこにいたのは白衣を纏った者達だった。
二人の男を引きつれるようにして立つ褐色肌の女性は、尊大な態度で玉城に不快気な視線を向けている。
「ラクシャータさん、ですよね? お待ちしていました」
その様子に気付いたスザクが、彼女に声を掛けながら歩み寄る。
「あんたが枢木スザク? よろしく。噂は色々聞いてるわ」
ラクシャータと呼ばれた女性が、キセルを持つ手とは逆の方の手でスザクが差し出してきた手を取る。
「慌ただしくてすみません。なにぶん作戦前なもので」
「気にしてないからいいよ。それよりあんたが、あのロイドの機体に乗ってるパイロットなんだって?」
「ロイドさんを知っているんですか?」
「腐れ縁でね。……ふぅん、なるほど」
質問を軽く流して、ラクシャータがスザクの身体を上から下までじっくり眺める。
「後であんたが乗ってる機体もじっくり見せてもらうよ。それからデータも取らせてもらうからね」
「それは構いませんが、作戦が終わった後にお願いします」
ニヤリと笑って一方的に告げて来るラクシャータの要求をサラッといなすスザク。内心では初対面で興味を持つのが機体とデータである事に、目の前の女性はロイドと似たタイプの人間だと、本人が耳にすれば怒り狂いそうな事を考えていた。
「ところで、ゼロは不在なんだって?」
「ええ、いまは極秘作戦の最中なので。戻ったら改めて紹介します」
その返事にラクシャータは一度キセルを吸い、わざとらしくため息をついた。
「残念だね。折角手土産を用意したって言うのに」
「月下の事ですか? 僕は乗りませんが、性能は聞いています。ゼロも喜ぶでしょう」
「違う違う。あの子と、それからこれは別」
そう言ってラクシャータが持ってきたケースを開くと、中からパイロットスーツが出てくる。
「これ以外にも何か?」
「そうなんだけど、あんたが相手じゃねぇ……」
苦笑しながらラクシャータは言葉を濁す。
その土産をスザクでは扱いきれないだろうと考えているのが、態度から簡単に察せられた。
「念のため、詳しく聞かせてもらってもいいですか? ゼロの代わりとしてここにいる以上、できる限りの事は知っておきたいので」
元々自分の頭が良いわけではないと自覚しているスザクは、ラクシャータの値踏みに腹を立てる事はなかった。
しかし作戦前に折角の土産を放置するのも憚られ詳細を訊ねる。
「ま、いない相手へのプレゼントを寝かせておくってのも無駄だしね」
一度は考える様子も見せたラクシャータだが、やがてキセルを指で叩きスザクの要求を呑む。
しかしそれはそれとして、警告も忘れなかった。
「でも雑には使わせないから、そのつもりでね」
ニヤリと、妖艶な笑みが向けられる。
着々と、作戦開始の時間が近付いていた。
タイムリミットまで、あと1日。
次回:あまりにも早い再会