『やはり、気付いていましたか』
驚きはなく、納得したようなルルーシュの声。
それに答えるコーネリアの声は、ルルーシュとは正反対に苦渋に満ちていた。
『気付いてなどいない。ただ違和感を持っただけだ。枢木スザク捜査の関係者として、結果的にお前が見つかったという偶然にな』
それは普通なら見落としてしまうほどの小さな違和感。
敵国に送られた皇子と、日本の首相の息子だった枢木スザク。面識があったかも分からない、もし出会っていたとしても立場を考えれば絶対に親しくはなれないだろう二人が、8年も経ってテロリストを追う捜査線上に同時に現れた偶然。
そんな取るに足らない違和感を、ルルーシュからブリタニアに対する怒りを聞かされたコーネリアはどうしても見過ごす事ができなかった。
『なるほど。しかしそれだけでは、この場所で待ち伏せする事はできないはずですが?』
『……ゲットーのテロリストが地下鉄網を使って逃走経路を確保している事は、軍部でも以前から指摘されていた。もしお前が我々から逃れる画策をして目的地をゲットーに指定したなら、地下へ逃走を図る可能性が最も高い。加えてお前が用意した古い地図には、地下道への入り口が記されていなかった』
チョウフ基地が襲われたという報告を聞き、思わず握り潰してしまった地図を見て、コーネリアはそれに気付いた。
この襲撃はあまりにタイミングが良すぎるのではないか、と。
ルルーシュがナナリーを迎えに出立し、そちらへ向けられた意識を逸らすように藤堂救出のためチョウフ基地が襲撃を受けた。ただの偶然と言われればそれまでだが、コーネリアはその時既に枢木スザクとルルーシュの関係を疑っていた。
だからこそ、このタイミングでの襲撃になんらかの作為を感じ取れた。感じ取る事が、できてしまった。
そうなれば後は芋づる式だ。
ルルーシュと枢木スザクは協力関係にあると仮定する。だとするとルルーシュが政庁から出たタイミングでの黒の騎士団の襲撃は、こちらの意識をチョウフ基地に向けるための陽動と考えられる。つまりルルーシュはブリタニアからの逃走を目論んでいる可能性がある。しかし政庁に来てからというもの、ルルーシュには携帯を始めとする外部との連絡手段は一切持たせていないため、枢木スザクと直接コンタクトを取る事はできない。それでも連携を取ろうとするなら人を介するしか方法はなく、ルルーシュが政庁でわずかなりとも心を開いているのはジェレミアのみ。ならばジェレミアは懐柔され、連絡役を担っている可能性が高い。ジェレミアがルルーシュ側ならば、用意された地図も信用に値するものではない。
そんな思考を辿って再びギルフォードが持ってきた地図とジェレミアが用意した地図を見比べたコーネリアは、地下への入り口の有無という二つの地図の決定的な違いに気付いたのだ。
『あの短い時間でこちらの意図を読み、逃走経路を絞りましたか。些かあなたを侮っていたようですね』
感心したようにルルーシュが薄く笑う。
政庁で話していた時は殆ど感情を声に乗せていなかった異母弟のその変化を、コーネリアは苦々しい思いで聞く。
ルルーシュが口にした内容も込められた感情も、明らかに自分を敵と認識したものだった。
『……ルルーシュ。お前に、一つ問いたい』
軍人として即断即決を旨とするコーネリアにしては珍しく、その問いを口にするのには覚悟を決める時間を要した。
いままで目を逸らし続けてきた疑念。あり得ないと否定し続けた仮定。
もしかしたらそれは、そうあってほしくないという、コーネリアの願望であったのかもしれない。
なぜならそれを認める事は、もうとっくに大切な異母弟との関係が、どうしようもないくらいに壊れてしまっている事を証明するものだったから。
『お前が――――ゼロなのか?』
もう、その疑惑を無視する事はできなかった。
今回の件は明らかに枢木スザクと個人的な友誼があるだけでは説明がつかない。
枢木スザクがいかにルルーシュを大切に思っていようと、黒の騎士団のリーダーはゼロだ。
ゼロが枢木スザクをどれだけ重用しているかは知らないが、たかだか一団員の友人を救うためにここまでの戦力を投入するなど考えられない。たとえルルーシュが皇族だと知っていても、わざわざ政庁から助け出すなどリスクが高すぎる。
考えられる可能性は二つ。
黒の騎士団、あるいはゼロにとってルルーシュがそれほど重要な存在か。
ルルーシュ自身がゼロであるか、だ。
『ええ。私がゼロです』
『――――なぜだ! なぜテロリストになどなった!』
半ば確信していながら、それでも否定して欲しいと願っていた問いを愛する異母弟にあっさりと肯定された事でコーネリアが声を荒らげる。
対照的にルルーシュの態度は冷めきっていた。
『その答えなら、既にあなたは知っているのではないですか?』
再会した時、ルルーシュは己の思いを言葉にしている。
今更同じ事を繰り返す気など、彼にはなかった。
『気持ちが分からないとは言わない……しかし! テロリストになどならずとも、他にやりようがあったはずだ!』
『残念ながらその言葉が出てくる時点で、あなたに私の気持ちは理解できないでしょう』
取りつく島もなくルルーシュがコーネリアの主張を退ける。
その態度は話し合いによる意思疎通を完全に拒んでいた。
しかし何より身内を大切に思うコーネリアは、一度や二度拒絶された程度で説得を諦められるような聞き分けの良い女ではなかった。
彼女は100パーセントの善意から、ルルーシュの翻意を望んで手を差しのべる。
『ルルーシュ。いますぐゼロなどやめて、私と共に来い。ゼロの正体が誰にも知られていないいまならまだ、お前を罪に問う事なく保護してやれる』
『お断りします。言ったはずですよ。私にはブリタニアの庇護も、皇族としての暮らしも必要ないと』
『分かっているのかルルーシュ! このままではお前はブリタニアに弓を引いた反逆者として処刑される! そうなればナナリーもただではすまないんだぞ!』
とうとう我慢しきれずコーネリアは怒鳴り声を上げた。
テロリストの末路は悲惨なものだ。それはテロリストの身内も例外ではない。元皇族という事もありナナリーまで処刑される事はないかもしれないが、ルルーシュという庇護者を失ってしまえば、ブリタニアに戻ろうと戻るまいと身体に障害を抱えるナナリーはまともに生きていく事すら難しい。それは考えるまでもなく自明の事だった。
『皇族だから許されるとでも思っているのか? 父上がそのような甘い人間でない事は、お前が身をもって知っているはずだ!』
8年前ですら、10にも満たない幼い兄妹を敵国に送った皇帝だ。実の息子とはいえ、反旗を翻していたと知って温情を掛けてくれるはずもない。
『いまならまだ間に合う! いや、いましか引き返せないのだ! だからルルーシュ、戻って来い! でなければ私は……私は、お前を――!』
その続きを、コーネリアは口にできなかった。
第二皇女であり、エリア総督でもあるコーネリアがテロリストであるゼロと相対した時、どうするのか。
そんなのは口にするまでもない。
しかし言葉にならなかったコーネリアの苦渋の叫びを聞いても、ルルーシュの態度には何も変化がなかった。
『話はそれで終わりですか?』
『ルルーシュ……!』
『私の答えは変わりません。あなたの言葉は、信用に値しない』
どこまでも高く厚い心の壁に阻まれて、コーネリアの言葉はルルーシュの心に届かない。
どうしてそこまで自分達の関係が離れてしまったのか、それを思い出してコーネリアは拳を握る。
『8年前、私は日本に送られるお前達を助けてやる事ができなかった。それを思えば、お前が私を信じられないのも当然だろう……』
『……』
『だが、いまの私はあの頃とは違う! お前達を守ってやれるだけの、地位も、立場も、力も手に入れた』
軍学校から卒業して幾ばくもない小娘だったコーネリアには、皇帝の命令で人質となる幼い兄妹を救う術はなかった。
だから今度こそは力になってやりたいのだと、そう訴える。
あの時は見捨ててしまった大切な弟妹。
確かに存在していた過去の関係を取り戻したくて、もう二度と見捨てるような真似はしたくなくて、コーネリアは全力で本心を叫んだ。
『頼む、ルルーシュ! 一度でいい! もう一度だけ、私を信じてくれ!』
機械を通した必死の叫びがゲットーにこだまする。
それは直接言葉を向けられていないギルフォードやジェレミアですら心を動かされるような、魂からの懇願だった。
答えはすぐには返ってこない。
肌を突き刺すような痛みを伴う沈黙が流れ、張り詰めた空気に騎士の二人が耐えきれなくなった頃、ようやくルルーシュからの反応が返る。
しかしそれは聞き分けのない子供でも相手にしているかのような、大きなため息だった。
『ならば最後に一度だけ、あなたの言葉が信じるに足るものか試させてもらいましょう』
うんざりとした態度を隠そうともせず、ルルーシュはおざなりに提案する。
『その結果の如何によっては、あなたの庇護下に入る事を真剣に検討いたします』
『本当か!?』
『ええ。ナナリーの名に誓って、約束しましょう』
おざなりでありながらも、最も大切な妹の名を出すルルーシュ。
それだけでルルーシュがどれだけ本気なのかはコーネリアにも伝わった。
『無理難題を吹っかける気はありません。私があなたに求めるのは一つだけ。過去にあなたが口にした言葉を、もう一度繰り返していただきたい』
『私が口にした言葉だと?』
思わぬ要求にコーネリアが訝しげにルルーシュの言葉を繰り返す。
『本当にそれだけなのか?』
『この土壇場で嘘はつきませんよ』
あまりにも簡単な条件。
それが罠である可能性もコーネリアは考えるが、すぐにシンプルであるが故に企みを介在させる余地はないと結論付ける。
何よりルルーシュがナナリーの名前を使って陰謀を図るとは思えなかった。
『分かった。むしろ望むところだ。私は皇女として、一度口にした言葉を翻す事など決してしない』
生まれた時から人の上に立つ者として育てられてきたコーネリアには、自身が口にする言葉がどれだけ重く、責任を伴うものか十全の理解がある。
不用意の一言で時には何百何千の命が失われる立場である身でありながら、常に堂々と公明正大に生きてきたコーネリアにとって過去の発言を蒸し返される事など、どうという事もなかった。
『いまの言葉、忘れないでください』
不要な念押しをして、ルルーシュは早速話し始めた。
『ご存じの通り、母が暗殺された私とナナリーは日本に送られました』
話の口火はそんなお互いの知る事実の確認だった。
過去の発言を求められると思っていたコーネリアは、思わぬ展開に目をしばたかせる。
『そして連れ戻される事もなく、ブリタニアは日本に宣戦布告。先の極東事変で私達は公式的には死んだ事となっております』
『……今更そんな話をしてどうする。お前が私に求めるのは、過去の事実ではなく過去の言葉ではなかったのか?』
『もし日本で親しくなったスザクの助けがなければ、敵国の皇子と皇女が凄惨な戦地で生き延びられたはずもなく、その死亡報告は正しいものとなっていたでしょう』
問いを無視したルルーシュの仮定に、コーネリアは思わず言葉に詰まる。
異母弟が語る『もし』の話は、限りなく事実に近い可能性であり、何よりその『もし』を疑いもなく信じたのが、他ならない自分であったからこそ。
『スザクのおかげで結果的に私達は生き残る事ができましたが、それまでの名は捨てねばなりませんでした。あの時、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとナナリー・ヴィ・ブリタニアは確かに一度死んだのです』
コーネリアの心境には頓着せず、ルルーシュはなんの未練も感じさせず自身と妹の死を口にする。
それは追い打ちの如く、ナイフを刺したような痛みをコーネリアの心に齎した。
『ここで一つ、あなたに問いたい。私達を殺したのは一体誰だと思いますか?』
唐突な問い掛け。
咄嗟に答えを返せないコーネリアの返答を待たず、ルルーシュは問いを重ねる。
『日本人でしょうか? いいえ。確かに私達は日本人に敵意を向けられ、時には襲われる事もありました。ですが私達を守ってくれたのもまた、日本人であるスザクです。それを踏まえれば、日本人はむしろ命の恩人と言っても良いでしょう』
質問に自ら答え、ルルーシュは話を進める。
その論調と日本人を擁護するような発言に、コーネリアはえも言われぬ嫌な予感を抱く。
『私達が恐れたのは、日本人ではない。名を変えて、死を偽装しなければいけなかった原因は、他にある』
それが何か。
ルルーシュの怒りを間近で目にしていたコーネリアには分かってしまった。
神聖ブリタニア帝国。
ひいては、皇帝陛下。
政治の道具として使い捨てにされた幼き兄妹は、同じ仕打ちを受けないために自らにまつわる全てを捨てるしかなかったのだ。
『話を戻しましょう。私があなたに繰り返していただきたい言葉、姉上が知りたいのはそれだけでしょうからね』
先日と違って怒りなど微塵も感じさせない声でルルーシュは自ら話の方向性を修正する。
それに安堵を抱きそうになったコーネリアは、次の異母弟の言葉に完全に言葉を失って青ざめた。
『成田連山の際に、あなたは仰りましたね。「私はイレブンに下げる頭など持ってはいない。我が弟妹を殺した、貴様らになど」と』
『――――』
『そしてこう続けた。「私は絶対にイレブンを許しはしない。この地で散ったルルーシュとナナリーのためにも、ブリタニア皇女として最期まで戦うのみ」間違いはありませんね?』
その確認に、コーネリアは言葉を返せなかった。
そしてルルーシュは一切の容赦なく、予想された言葉を続ける。
『姉上。あの時の言葉を、もう一度仰っていただけますか?』
『っ――!』
『私達を殺した者を許さない。その一言をいまここで聞く事ができたなら、私はあなたを信用する事ができるかもしれません』
パクパクと、コーネリアの口が言葉を吐き出す事もなく無意味に開閉される。
たった一言答えれば、ルルーシュが戻ってきてくれるかもしれない。それが分かっていながら、コーネリアの喉が意味ある言葉を発する事はなかった。
なぜならそれを口にする事は、祖国である神聖ブリタニア帝国と敵対する事と同義であったから。
成田の時、コーネリアはルルーシュ達が生きている事を知らなかった。だからこそ、彼らを殺したのは日本人だと、そう思い込んでいた。だがルルーシュとナナリーが生きているのであれば、その結論は覆る。先の問答でその答えは出てしまっている。
『やはり、言えませんか?』
失望すらない、予想通りの結果を淡々と確認するかのようなルルーシュの声が届く。
このままでは大切な異母弟が自分の手の届かないところへ行ってしまう。
それを理解しながら、コーネリアはどうしても答えを返せなかった。
もしここで成田の時と同じ事を口にすれば、それは当初に想定していた意味合いが逆転してしまう事に気付いていたから。
つまりルルーシュが自分の下に戻るのではなく、自分がルルーシュの下へ行く事となる。
ルルーシュをブリタニアに帰属させるのではなく、自分が黒の騎士団に帰順する事になると。
『ルルーシュ、私は……』
それでもなんとか思いとどまらせようと、コーネリアは必死に言葉を紡ごうとする。
しかし求められた答えを返せなかった彼女に、異母弟はもはや交渉の権利を認めなかった。
『自分より力のない者には許さないなどと理不尽な怒りを向けておきながら、相手が自分より強大だと分かれば簡単に前言を翻す。そんな者の言葉が信用に値するとでも思っているのか!』
『っ!』
これまでの余裕を滲ませた語調とは打って変わり、機械越しにも分かる怒りを隠そうともせずルルーシュは怒鳴る。
その迫力は、わずかに残っていた絆の糸が絶たれた事をコーネリアに確信させるのに充分なものだった。
しかしコーネリアが自覚するまでもなく、それはもうとっくに絶たれていたのだ。
今回の話は、既に絶たれていた絆の糸を再び結び直すチャンスが与えられたにすぎない。
だがそれは、コーネリアがブリタニアという枠組みに囚われていては不可能な事だった。
そしてルルーシュがコーネリアを信頼できないわけもまた、そこにあった。
彼女は言った。「お前達を守ってやれるだけの、地位も、立場も、力も手に入れた」と。
だがそれは裏返せば、地位も立場も力も意味を為さない事態に陥った時、自分にはどうする事もできないと言っているのと同義だ。
もし仮に彼女の庇護下に入ったとして、8年前と同様に皇帝が理不尽な勅命をルルーシュとナナリーに下した時、きっとコーネリアには身を切ってまで弟妹を救う選択は取れない。
自分とユフィを守るためと言い訳をして、最後には必ず見捨てる。
いま何も答えられないのと同じように。
その未来が分かっていたからこそ、ルルーシュは最初から異母姉になんの期待もしていなかった。
『8年前から、俺達を追い詰めるのはいつもブリタニアとそれに属するものであり、助けてくれたのは血を分けた兄妹ではなく日本人の友でした』
『ルルーシュ…………頼む。待ってくれ……!』
『二度とあなたの自己満足の言い訳に私とナナリーの名前を使わないでいただきたい。捨てた名とはいえ、貶められる謂れはありませんので』
皇族としてのルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとナナリー・ヴィ・ブリタニアは既に死んだ。
本来なら自ら死を偽装して名を捨てたルルーシュには、その名をどう使われようと文句を言う資格はない。
それでもあんな形で侮辱されるのは我慢ならなかった。
『道をあけてもらおうか、コーネリア。引く気がないというのなら、力づくで押し通る!』
再会した日に話を終えた時と同様、ルルーシュはもはやコーネリアを姉とすら呼ばなかった。
本来ならあの時点で、話は終わっていたのだ。
ただコーネリアがそれに気付いていなかっただけで。
『それでも……むざむざお前を行かせるわけにはいかん』
苦渋に満ちた声とは裏腹に、槍を構えるコーネリアのグロースター。
過去の絆は戻らないと理解しながら、その穂先は真っ直ぐとルルーシュの月下を捉える。
『恨まれようが憎まれようが、私は絶対にお前を連れ戻す!』
『初めから、手を取り合う道などありはしなかったんですよ。――――どけ。貴様の力など必要ない。俺の道は俺が切り開く!』
互いに思いを形にした咆哮を上げ、戦端が開かれる。
最初からフルスロットルで突進してくるグロースターを前に、ルルーシュは操縦桿を操作するのではなく手元に用意していたスイッチを押す。
すると事前に黒の騎士団に用意させていたチャフが地面から一斉に吹き出した。
『なに、煙幕…………いや、チャフか!?』
煙が月下を隠したのと同時にルルーシュは動き、グロースターの槍を回避する。
そのままあえて追撃はせず、煙の中で予め定めていた方向へ月下を走らせる。
『ジェレミア! ケース
『御意!』
チャフで視界が塞がれている中、ルルーシュとジェレミアの月下は迷いなく同じ方向へと進む。
あらゆる事態に備えて作戦を考えていたルルーシュにとって、この場で待ち伏せされる事も想定の範囲だった。
故にその対応も、逃げる方角も最初から打ち合わせ済みである。
『くっ、ルルーシュ!』
コーネリアの叫びが背後から聞こえるが、それを無視してルルーシュとジェレミアはチャフから抜け出して一目散に逃走する。
後ろからランドスピナーが地面を削る音が聞こえてくるが、チャフのせいでファクトスフィアが機能していないおかげか、その方角は若干ずれている。おそらくは音を頼りにこちらが逃げる方向を推察しているのだろう。
『ルルーシュ様、やはりチャフだけでは逃げ切る事は難しいようです』
『当然だな。いかに頭に血が昇っていようと、コーネリアは無能ではない』
不意を突いたチャフの仕込みで距離を稼げたとはいえ、そのまま撒けるとはルルーシュも最初から考えてはいない。
あれはあくまでも、虚を突いてその場での戦闘を避けるための子供騙しだ。
『ではやはり……』
『ああ。Gの4地点に入る。油断するな』
『イエス・ユアマジェスティ』
戦いはまだ始まってすらいない。
頭の中でこれからの展開を十数通りは想定しながら、ルルーシュは心の中で異母姉に挑発的な笑みを向けた。
――さぁ来い、コーネリア。貴様が望む8年前の異母弟など、もうどこにもいない事を思い知らせてやる!
コーネリアから逃げるため月下を操っているのは、もはやルルーシュ・ヴィ・ブリタニアではない。
そこにいるのは、仮面のテロリスト――――ゼロだった。
ピザが食べたい。
政庁の一室に軟禁されて数日が経ったC.C.が考えるのは、そんな己の欲求に正直な願望だった。
食事を運んでくる者には再三要求を伝えているのに、改善される気配はない。話を聞きたいならピザを持ってこいと予め告げていたはずだが、どうやら本気にはされなかったらしい。
「まったく、融通の利かないところはさすが姉弟といったところか……」
盛大なため息をついて首を振る。
ブリタニア側からの接触は、初日にコーネリアが来て以来は皆無と言っていい。食事や身体を拭くタオル、暇潰しの雑誌が運ばれてくるだけで、情報を引き出すために尋問、あるいは拷問をしてくるといったアクションもなかった。
おそらくはルルーシュとナナリーとの関係が分からないため、対応を決めあぐねているのだろう。自分の身元が分からない事もそれに拍車を掛けているかもしれない。
だが、いつまでもこのままという事はあり得ない。
ナナリーが見つからず、どれだけ調べても身元が不明だと分かれば、たとえ二人の知り合いといえどもコーネリアは強引な手段に出るだろう。
何せコーネリアにとって大事なのは、あくまでもルルーシュとナナリーの二人。たとえ自分を拷問に掛けようが、それを二人に伝えなければ致命的な関係の悪化にはつながらない。ルルーシュに手荒な真似ができない以上、こちらの口をなんとしてでも割らせようとしてくる事は簡単に想像がついた。
そしてその時は、目前まで迫っているだろうという事も。
「ま、私にとってはどうでもいいがな」
自身の悲惨な未来を思い描きながら、C.C.はなんて事もないかのように口の端を歪める。
ナナリーだけでも逃がそうと決めた時から、こうなる事は想定していた。
そしてそれが分かっていながら、C.C.は選択したのだ。
今更見苦しく足掻くような無様を晒すつもりはない。
そんな風にC.C.の思考が諦観の極致に入っていると、シュっと扉の開く音が聞こえてくる。
食事の時間にはまだ早い。ようやく尋問か拷問の時間かと視線を向け、そこにいた人物にC.C.はわずかに眉を上げた。
「ほぅ、これは思わぬ来客だな」
自然と口角が吊り上がる。
C.C.は囚われているとは思えない優雅な仕草で前髪を払い、頬杖をつきながら流し目で来客者を見つめた。
「誰が描いた絵かは想像がつくが、一応礼儀として聞いておこう――――なんの用だ?」
C.C.のその問いに、来客者は静かに笑みを浮かべた。
次回:忠義の刃