――嫌な流れだ。
逃げるルルーシュ皇子とジェレミアの機体を追いながら、心の中でギルフォードは呟いた。
事態はこちらの想定通りに動いている。
ルルーシュ皇子がゼロであった事も、ジェレミアを通じて黒の騎士団と連携を図っていた事も、説得に応じず逃げた事も、全て事前の行動予測通りだ。
唯一誤算があったのは、その内容。
異母弟に言い負かされる形で終わってしまった話し合いは、コーネリアから普段の冷静さを奪い去った。
もしコーネリアがいつも通りの冷静さを保っていたなら、話し合いが終わった直後に突進を仕掛けるといった短絡的な行動には出なかっただろう。あれのせいで自分達はあっという間にチャフに包まれ、結果的に逃走の隙を作ってしまった。
しかしそれも無理もないと、間近で二人の話を聞いていたギルフォードは主の軽率を諫めようとはしなかった。
皇族として、軍人として、厳格で優秀なコーネリアだがその実、身内には甘いところがある。
ユーフェミアに対する接し方にもそれは顕著に表れており、表面上は厳しくしていても最終的な判断は情に流される事が多い。
だからこそ今回もゼロであったルルーシュを即座に捕らえるのではなく、説得という形でコーネリアは連れ戻そうとした。
しかしその結果は、明確な断絶。
しかも過去に口にした言葉を持ち出され、己の意志の脆弱さを突きつけられるといった最悪のおまけつきだった。
そんな状態ではまともな判断などできようはずもない。
――まさかとは思うが、先程の会話はコーネリア殿下の判断力を奪うため? だとすれば、なんと狡猾な。
ギルフォードはコーネリアの異母弟であるルルーシュの事を良く知らない。
そういう皇族がいたという事実は知っていても、直接会ったのは先日の政庁が初めてであり、故にルルーシュの意図や思惑を読む事など不可能に近い。
だが、ルルーシュがゼロであるなら話は別だ。
成田の時には明らかに主を狙って策を仕掛けてきたゼロならば、たとえ身内であろうとコーネリアを動揺させるための駆け引きなど躊躇いなく仕掛けてくるだろう。
――しかし姫様はそこまで考えが及んでいない。
というよりも、気付けないほどに余裕を奪われた。というのが正しいだろう。
コーネリアにとって、いま追っている相手は忌まわしきテロリストの首魁ゼロではなく、異母弟ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアなのだ。
その認識でいる限り、コーネリアは自らが手の平の上で転がされている事実に決して気付けない。
もしかしたら先程のやり取りは、コーネリアを動揺させるためだけではなく、相手が身内である事を強く認識させる意図もあったのかもしれない。
だとすれば自分達はまんまとゼロの策にハマってしまった事になる。
『ルルーシュが建物群に入った。私達も追うぞ!』
主であるコーネリアの指示に、知らず知らずのうちに思索に耽っていたギルフォードは我に返る。
『お待ちください、コーネリア様!』
咄嗟に制止の言葉がついて出た。
『無策に追うのは危険です! 罠かもしれません!』
『何をバカな事を! ルルーシュにそんなものを準備できる時間などない! 罠などあり得ん!』
『では先程のチャフはなんとしますか! あれは明らかに私達の待ち伏せを想定して事前に用意されていたものです!』
『っ……!』
己の推察を即座に論破され、コーネリアが言葉に詰まる。
しかし本来の彼女であれば、指摘されるまでもなくこの程度の事には気付いていたはずだ。
『待ち伏せに対する備えをしていたのであれば、逃げ込んだ先にも何か仕掛けを用意していると考えるのが自然。無策に突っ込んでは、それこそルルーシュ様を逃してしまう事態になりかねません』
実際に、ここまではルルーシュの策に見事に踊らされている。
こちらは黒の騎士団と通じている可能性まで危惧してダールトン将軍を監視につけていたのに、華麗に出し抜かれてあと一歩のところで逃走を許してしまうところだった。コーネリア殿下がギリギリのところで地図の違和感に気付いたため首の皮一枚つながったが、それがなければこちらが気付かぬ内に逃げ去られていただろう。
しかしこの状況すら、ルルーシュの想定内でしかないのだ。
追って来いとばかりに逃げ込まれた建物群。その先に罠が待っていないはずがない。
しかしコーネリアは、ギルフォードの忠言を受けて黙考はしても、考えを翻してはくれなかった。
『……お前の言いたい事は分かる。だが罠に怯えていては、ルルーシュには追いつけん。ここは罠を打ち破る覚悟で真っ直ぐ追うべきだ』
その勇ましさはコーネリアの長所といえるだろう。
これまでも彼女は常人であれば臆してしまう状況でも、決して怯む事なく果敢に攻める事で道を切り開いてきた。
だがそれは戦況と敵の思惑を読み切った上での冷静な分析が土台にあってこそのものだ。
いまの状況とは根本から異なっている。
『意見具申を。私に考えがあります』
このままでは取り返しのつかない事態になると理解したギルフォードは、改まって重々しく告げる。
いかに異母弟の事で取り乱し焦っていようと、コーネリアは部下が滅多に見せないその態度を無視できない。
『……話せ』
『ハッ! まずあの建物群ですが、ナイトメアがギリギリ走行できる程度しか道幅がありません。もし奥まで入ったところで先程のようにチャフを撒かれでもすれば、我々は身動きが取れなくなってしまいます』
チャフが散布された状況ではファクトスフィアは機能しない。先程は音からある程度の方角が絞れたため追う事ができたが、周囲を建物に囲まれた上に視界も奪われては、追走はどうやっても不可能となる。
『また先程のチャフですが、短時間で広範囲に散布されるように設置されていました。もしあれが我々だけを想定したものであったなら、もっと小規模でも良かったはずです。すなわち、ルルーシュ様はもっと大人数と――我々が部隊を揃えて待ち伏せする可能性も想定していた事になります』
今回の件、ルルーシュの護衛にコーネリアから人員を出す事は暗黙の了解となっていたが、その人選と規模は直前まで伏せられていた。つまりルルーシュは、コーネリアが動かせる最大数の人員までは把握できても、それをどう運用するかについては分からなかった。だからこそ待ち伏せをされたあの場で、取り囲まれる可能性まで考えて脱出するための罠を仕掛けていたのだ。
『我々だけならともかく、一部隊を相手にあのような小細工だけで逃げ切れるとは考えておられなかったはずです。ならば我らに打撃を与え、多大な被害を出す事で足止めを図ろうと画策なさっているのではないでしょうか?』
『……つまり単なる足止めの罠ではなく、もっと大掛かりな罠が待ち受けていると?』
『ご明察の通りです』
ギルフォードの言わんとする事を理解し、コーネリアが続きを先取る。
実際問題、撤退作戦とはただ全力で逃げればいい、という単純なものではない。
明らかに敵よりも速力が上回っているならそれも悪くはないのだろうが、そもそも撤退する状況とは劣勢であるわけで、そのような状態で追ってくる敵よりも速く逃げる事など不可能に近い。
だからこそ無事逃げ延びるためには、相手を追ってこさせないための工夫が必要となる。
埼玉の戦いが良い例だろう。
あの時ゼロは、住民を逃すためにランスロットを囮にする事でこちらの目を逸らした。
そしてランスロットを逃がす際は、罠を使って打撃を与える事で追跡が不可能にまでこちらを追い込んだ。
ゼロはあの時と同じ事を、今回もやろうとしているのだ。
『仕掛けられた罠は、爆破による建物の倒壊だと思われます』
『なっ……!』
そのあまりに大規模かつ殺傷力の高い罠の推測に、一瞬コーネリアは言葉を失う。
『バカな! ルルーシュが私に対して、そんな危険な罠を用意するわけが――!』
『姫様! ルルーシュ殿下はゼロなのです!』
『っ!』
反射的に出た否定の言葉が即座に否定される。
主の認識を正すのはいまこの時を置いて他にないと、ギルフォードは普段なら絶対にしない畳み掛けるような論調で続けた。
『確かにルルーシュ様であれば、姫様を不用意に傷付けるような真似はしなかったかもしれません。しかしゼロは違います。成田でもその狡猾な策略に追い詰められた事をお忘れになったわけではないでしょう?』
『それは……』
過去の実例を出されてしまえば、身内だからなどという根拠薄弱な否定を固持する事はコーネリアにも難しかった。
苦しい境遇で生きてきたために少しばかり意固地になっているだけだと思っていた可愛い
『ルルーシュ様がゼロである事は、殿下本人もお認めになりました。であれば、相応の心構えを以て事に当たるべきです。ゼロの知略と手段を選ばない冷酷さは、相対した姫様が最もご存じのはずです』
埼玉。河口湖。成田。
たびたび現れては、ゼロは正々堂々と戦う事なく成果だけをかっさらっていった。
小賢しく、野蛮で、卑劣なテロリスト。
そんなゼロをルルーシュだと認めたくない心と、軍人として部下の言葉が正しいと断ずる理性が、コーネリアの中でせめぎ合う。
『るる……ゼロの策は、建物の倒壊だと言ったな?』
激しい葛藤の末、染みついた軍人としての思考に天秤が傾く。
もしここがナイトメアのコックピットではなく、自室や政庁の庭園であれば結果は違っていたかもしれない。
『はい。埼玉で愚かしくも私が嵌められてしまった罠と同じです。目的の場所に誘い込み、地形を使って撃退する。ゲットーの建物は脆くなっていますから、事前に爆薬を設置していれば倒壊させるのは難しくありません』
『なるほど……しかしあの建物群に入らずに我々だけでルルーシュを追うのは不可能に近い。援軍を待つにしても、その間に逃げられては元も子もないぞ』
『仰る通りです。そのため、援軍が来るまでは私があの建物群に入ってルルーシュ様の位置を追います』
『なに?』
問われた懸念も想定済みと、コーネリアが予想外の対応策をギルフォードは提示した。
『建物の倒壊にしろチャフにしろ、建物群の奥深くまで踏み込んだ相手に有効な罠です。ならばいつでも建物群から抜けられる位置取りをキープしながらルルーシュ様の現在地を把握する事だけに専念すれば、ルルーシュ様に逃げられてしまう事も罠に嵌まって深手を負う事もないでしょう』
ルルーシュとジェレミアが逃げ込んだ建物群は、地図によれば奥行きは長く続いているが、横の幅自体はそこまでない。外からでは中にいるナイトメアを追う事は難しいだろうが、それでも位置を掴むだけなら少しばかり中に踏み込んだ外縁部にほど近い距離からでも可能だろう。
『つまり私の役割は、お前からルルーシュの位置を聞き、反対側から逃げられないように待ち構えるといったところか?』
『はい。何よりもルルーシュ様を見失わない事が肝要。援軍が来れば包囲作戦が可能になりますので、我々がここで危険を冒す必要はないかと存じます』
待ち伏せしているところにルルーシュが現れた時点で、他の地下の入り口に配置していた親衛隊には合流するように指示を出している。そのため時間の経過はこちらにとって有利に働き、罠に飛び込んでまで急いで捕まえる理由はない。
そんな簡単な事にも気付かなかったコーネリアは、部下の忠言でようやく取り戻したわずかな余裕から口元を綻ばせた。
『ギル、それは私が勇み足だったと言っているのか?』
『い、いえ。そのような事は決して……』
『冗談だ。お前の案を採用する。決して油断するな』
『イエス・ユアハイネス!』
作戦が決まるのと同時に、二人のナイトメアが左右へと別れる。
瓦礫を並べただけと言われても誰もが納得してしまうボロボロの建物群は、まるで侵入者を歓迎する魔窟のように不気味な存在感を放っていた。
予め取りつけさせていたセンサーから、コーネリアとギルフォードが二手に分かれたのを見て取り、ルルーシュは心の中で感心した。
――ほぅ。考えなしに突っ込んでくるかと思っていたが、存外冷静だな。ギルフォードに止められたか?
8年前の付き合い、再会してからの1週間、そしてゼロと相対してきた数か月で、ルルーシュは姉であるコーネリアの気質を大方把握していた。
軍人としては優秀。総督としては文治政治よりもやや武断政治に傾いている。そして昔と変わらず、身内相手には甘く感情的になりやすい。
そんな彼女ならば、猪のように誘い出されてくれるかと罠を張っていたが、さすがにそこまで簡単にはいかなかったらしい。
逆に罠を警戒して立ち往生をしたり建物群に入ってこなければ、捕捉から逃れてこっそりと脱出する事もできたのだが、コーネリアの性格上そうした選択はあり得ないと分かっていただけに残念とも思わなかった。
追ってくるナイトメアの一機は建物群の周りを走り、もう一機は中には入ってきたが比較的に外縁部に近く、何かあった時に即座に離脱できる位置取りをキープしていた。
自分を捕まえるにはあまりに消極的な追走。
そこから見える相手の意図をルルーシュは正確に推測する。
――罠を警戒して深入りしていないだけか? いや、そんな中途半端な対処をいまのコーネリアが呑むわけがない。埼玉を経験しているギルフォードであれば、さっき見せたチャフはもちろん、建物の爆破による倒壊も読まれていると考えた方がいいな。
いかに頭に血が昇っているコーネリアといえども、待ち構える罠がどんなものか言い当てた上で説得されたならば耳を傾けざるを得ないだろう。
スザクに用意させた二つの罠が見破られている事を看破し、ルルーシュは躊躇なくそれらに頼った作戦を破棄する。
罠があると悟られた時点で、罠はその脅威が半減する。それがどんな罠かまで知られているのなら、ほぼ無力化されたと言っても過言ではない。
しかしそれは罠としては使えないというだけで、別の形で役立つ事もある。
『ジェレミア。パターン
『イエス・ユア・マジェスティ』
端的な指示にシンプルな答えが返る。
あらゆる事態を想定しているルルーシュにとって、罠の内容を見抜かれる事など痛くもかゆくもない。
この状況も、事前に想定した展開の一つでしかなかった。
なのに――
「……?」
知らず知らずのうちに操縦桿を強く握り締めていた事に気付いて、ルルーシュは首をかしげる。
失敗すれば後のない大勝負に柄にもなく緊張でもしていたのかと、息を吐いて肩の力を抜く。
それはルルーシュ自身も自覚していなかった苛立ちの発露。
自分を連れ戻そうと必死になるコーネリアに対して、無意識に感じてしまった理不尽な我儘。
そうまで大切に思ってくれていたなら、なぜ8年前にも同じように必死になってくれなかったのかという、心の奥底で生じたほんの少しの怒りが形になったものだった。
もしルルーシュがそれを自覚していたなら、くだらないと自身の感傷を一蹴しただろう。
所詮は皇帝の命令で手を引く程度の必死さになんの価値があるのかと。
自身を騙し、慰めるためのパフォーマンスに利用されるこちらの身にもなれと。
しかし、わずかに残っていた身内に対するそんな自分勝手な思いには終ぞ気付く事なく、ルルーシュは己の作戦を遂行するためにナイトメアを走らせた。
ルルーシュとジェレミアを追ってギルフォードが入った建物群は、建物同士の幅がまるで測ったようにナイトメア1台がギリギリ通れる程度しかなかった。しかも道の幅は一定ではなく、通り過ぎた横道を観察した限りどうやってもナイトメアでは通れない狭さの道も存在している。
罠ばかり警戒していたが、もし考えなしに突っ込んでしまっていれば、そうした地形を利用されて取り逃がしていた可能性も高いとギルフォードは肝を冷やした。
無論そうした狭い道は、建物の爆破された際には逃げ道にも使えない。どの道が通れてどの道が通れないのか、ルルーシュを追いながらそれを逐一把握しなければならない追走は中々に神経を遣うものだった。
――ゼロならば、いつでも逃げられると思わせながら通れない横道で逃げ道を塞ぎ、こちらを一網打尽にする罠を用意している可能性も充分に考えられる。
これまでの経緯――黒の騎士団の奇襲や地下への入り口の前に仕掛けられていたチャフ――で
ならば罠はもちろんの事、道幅などの地形情報も黒の騎士団を使って事前に調べ尽くしているだろう。
埼玉や成田では碌に調査する時間もなかったはずが、あのような地形を使った策を用いてきたのだ。準備する時間のあったこの場所に、どんな恐ろしい罠が仕掛けられているか分かったものではない。
――だが、たとえ時間があっても準備できないものもある。それがこちらのアドバンテージ。
どうしようもなく後手に回らざるを得なかった今回の追走劇だが、明らかにルルーシュ側に不足しているものがある。
それは、戦力だ。
いかに秘密裏に逃げ出すためとはいえ、ルルーシュの護衛がジェレミアだけというのは不用心にもほどがある。こうした待ち伏せを予測していたなら尚更、身を守るためにも護衛は厚くするべきだろう。
しかしルルーシュはそうしなかった。
なぜか? 用意ができなかったからだ。
護衛という名の監視役であるダールトンの部隊を押さえるための奇襲部隊、そしてコーネリアの目を逸らし、尚且つ戦力を割かせるための陽動でもあるチョウフ基地への襲撃部隊。この二つの部隊に全戦力を注がなくてはいけなかったため、ルルーシュは自らの護衛に戦力を残せなかったのだ。
その足りない戦力を補うためにこうして罠を用意したのだろうが、逆に言えばルルーシュは罠を張る事でしかそれを覆す術がなかった、という事だ。
しかしこちらは違う。
ルルーシュの事は親衛隊と純血派の一部にしか知らせていないため動かせる人員には限りがあるが、それはルルーシュに関わる人員だけである。ルルーシュと直接関わりのないチョウフ基地には親衛隊と純血派以外の援軍を送れば実質的な戦力の低下はなく、ダールトンが率いる部隊の人員を差し引いても、ジェレミアしか護衛のいないルルーシュよりも戦力は上である。さらに黒の騎士団が出てきた事で親衛隊以外と純血派以外の人員の導入も可能となっており、時間が経つほど戦力はこのゲットーに集まるだろう。
つまり時間経過が不利に働くルルーシュは、いつまでも罠を張ったこの建物群に籠城する事はできず、逃げ延びるためには罠を捨てて出てくるしかない。
――問題は私がルルーシュ様を見失えば、その隙に逃げられてしまう可能性が高いという事。
この建物群が占める面積は広く、一度見失えば二人で全方位を監視する事などまず不可能である。そのため包囲できる戦力が整うまでは、ルルーシュの位置を捕捉し続けなければならない。
だがコーネリアへの意見具申で時間を使ってしまったため、ルルーシュの機体は既に建物群の中に消えてしまっており、まずは見つけなければお話にならないというのが現状であった。
幸い、ランドスピナーが瓦礫を飛ばす音は聞こえてきているので、ざっくりとした位置は把握できており、すぐに逃げられてしまうという恐れはない。
しかし相手はゼロだ。
正確に機体を捕捉できていなければ、どんな手段でひっくり返されるかは分かったものではない。
一刻も早く追いつくべく、ギルフォードが加速しようとしたその時――
「――――!!」
通り過ぎようとした横道から突如として振り下ろされた斬撃を、ギルフォードは間一髪のところで大型ランスで防いだ。
『さすがはギルフォード卿。完全に不意を突いたと思いましたが、止められましたか』
『ジェレミア卿……!』
場違いな賞賛の言葉に、ギルフォードが奥歯を噛んで機体の中にいる人物の名を呼ぶ。
そこにはルルーシュと共に現れた時にすら抱かなかった怒りがありありと込められていた。
『このような卑劣な奇襲を行うとは……騎士の誇りをどこに捨てられた!』
『主君の望みを叶える事こそ騎士の本懐。そのための泥ならば喜んで被りましょう!』
裂帛の返答と共にジェレミアの操る月下が踊る。
大型ランスに防がれた廻転刃刀を引き戻し、目にも止まらぬ突きがグロースターの胸部に迫る。
『くっ……!』
戦場を経験してきた歴戦の軍人であっても反応しきれない最速の刺突。
だがギルフォードはそこらの軍人とは格の違う皇族の騎士である。
ジェレミアの正確無比な突きを再び大型ランスで防ぐ。
『見事。しかし、いつまで凌げますかな?』
ジェレミアの猛攻が激しさを増す。
上、下、右、左、縦横無尽の斬撃がグロースターを襲い、ギルフォードは防戦一方になりながら懸命にその全てを防ぐ。
避けるという選択肢は存在しない。
ナイトメアがようやく通れる程度の道幅しかないこの場所では、そもそも避けるだけのスペースが存在しない。
――これは、まずい!
廻転刃刀による斬撃は鋭く、普段刀剣の装備がないサザーランドに乗っているとは思えないキレを有していた。
それを防ぐグロースターの大型ランスは槍ゆえに防御に不向きであり、さらにはこの地形が一層その短所に拍車を掛けていた。
槍という武器の最大の特性はリーチの長さにある。
刺突という一点に特化した武器であるためだが、そのリーチの長さが今回ばかりは不利に働いていた。いや、長所を短所に変化させる場所に誘い込まれたというべきだろう。
何度も言うが、ここの道幅はナイトメア1台分しかない。そのため無闇に槍を振るおうとすれば、壁に激突してしまうのだ。
もちろんそれはジェレミアが扱う廻転刃刀も同じだが、ギルフォードの持つ大型ランスとはその長さは比べるべくもない。
また斬撃に特化した武器である廻転刃刀は、道幅の狭さによって攻撃手段に多少の制限はつくものの、その威力と脅威に変わりはない。
もちろん、この道の狭さでも槍が有利になる局面は存在する。
それは距離を取って真正面から相対した場合だ。
避けるスペースのない道幅でグロースターの突進から繰り出される大型ランスの刺突を防ぐ事は極めて困難である。いかにジェレミアといえど、それを受ければ大破は免れないだろう。
だからこそ、初手の不意打ちでジェレミアはそれを封じた。
ここまで距離を詰められ、一度守勢に回ってしまえば、再び距離を離すためには大型ランスによる反撃を繰り出すしかない。
しかし槍の攻撃パターンとは二つに限られる。突くか、薙ぎ払うかだ。
前者は当然不可能。そもそもそれをしたいがために距離を取りたいのだ。できるわけがない。
そして後者も、この道幅では不可能だった。
薙ぎ払うためにはスペースが必要であり、無理にしようものなら壁に阻まれ致命的な隙を晒す。
破れかぶれに刃のついていないランスを振り下ろしたところで、それは攻撃とも言えないアクションでしかなく、次の瞬間には月下の廻転刃刀がグロースターを破壊するだろう。
結果、ギルフォードは防御に不向きな大型ランスで、月下の斬撃をただ防ぐという選択肢しか選べない。
「っ……このままでは!」
ここにきてギルフォードは己の考えが甘かった事を悟る。
これまでゼロが仕掛けてきた大掛かりな罠にばかり気を取られ、自分はゼロが必ず罠での迎撃を狙ってくるはずだと思い込んでしまっていた。
そこを逆手に取られた。
もちろん罠は仕掛けられていたのだろう。
しかしゼロは、万が一罠を見抜かれる事も見越して、その先にも策を用意していた。
相手側の機体特性を潰し、自陣の機体特性をそのまま活かす、という策――だけではない。
それを含めたあらゆる事態に備えた無数の策だ。
おそらくコーネリアとギルフォードがどんな対応を取ろうとも、例えばグロースターの武装を大型ランスからスタントンファーや刀剣の類に変えていたとしても、さらにそれを考慮した一発逆転の策が待ち受けていたのだろう。
改めて味わうゼロの神算鬼謀に背筋が凍る。
もし自分が敗れてしまえば、コーネリアだけでルルーシュの追走は不可能だ。それどころか二人掛かりでコーネリアの機体を破壊され、主が捕虜にされる事態すらあり得るかもしれない。
最悪の未来が頭をよぎり、なんとしてもこの事態を打開せねばならないと、ギルフォードはジェレミアの猛攻を防ぎながら懸命に思考を回す。
故に、気付く事はできなかった。
追っていたランドスピナーの音が反転し、すぐ後ろまで迫っていた事に。
「俺の罠を見抜いた事は賞賛に値する。だが――」
コックピットの中でルルーシュが本心から賞賛を口にする。
そして静かに、右腕部に備えたハンドガンの照準をグロースターの無防備な背中に定めた。
「これで、チェックだ」
その宣言と共に、ルルーシュは邪悪な笑みを浮かべて銃弾を放とうとし――
『ルルーシューーーーーーーー!!』
「なに!?」
真後ろから聞こえた叫びに思わず振り返った。
そこで目にしたのは、自分が用意していた罠の爆心地を一直線に突っ込んでくるグロースターの姿。
「コーネリア!」
マントをたなびかせ、大型ランスを構えて突進してくるグロースターの搭乗者の名前を驚愕と共にルルーシュは叫んだ。
その優秀な頭脳は突然の事態に動揺する心とは裏腹に、視界に収めた情報を即座に分析する。
グロースターの速度。自身の機体との距離。爆破の罠の有効範囲と起動から建物倒壊までに必要な時間。
様々な情報とそれに対する無数の対応を一瞬のうちに計算し、ルルーシュは迷わず決断した。
『ジェレミア! 離脱だ!』
『御意!』
用意していた二つ目の罠の起動スイッチを押し、ルルーシュはランドスピナーをフル回転させて横道に逃げ込む。
同時に広範囲に仕込んでいたチャフが一斉に散布され、ルルーシュの操る月下やギルフォードやジェレミアが騎乗するナイトメアの姿を白の中へと消していく。
ルルーシュ自身の視界も遮られるが、十字路までの距離は把握しており、そこを曲がれば後は直進するだけなので問題はない。
問題があるとするなら、こうして離脱しなければならない状況にまで追い込まれてしまった、その一点だけだ。
「なんという醜態だ……!」
ギリッとルルーシュは奥歯を噛む。
もしコーネリアの突進の可能性をわずかにでも想定していたなら、対処は簡単だった。
愚かにも罠の爆心地を踏み越えようとするコーネリアを瓦礫の下に生き埋めにしてやれただろう。
しかしルルーシュはその可能性を頭から排除してしまっていた。
理由は簡単だ。
誰が罠があると分かっている場所に自ら飛び込んでくるなどという、バカげた愚行を冒すというのか。
そんなものは蛮勇どころかただの自殺行為だ。
だからこそルルーシュは爆破の罠を見抜かれたと察した時点で、その罠に本来の用途とは全く違う『壁』という役割を与えた。
コーネリアは自分達を逃がさないため、建物群に入ったギルフォードとは逆側にいる必要がある。つまりコーネリアとギルフォードは罠で隔てられており、それを回避して合流するには一度建物群を出て回り込むしかない。
つまりコーネリアとギルフォードは無自覚に、罠の爆心地を隔てて孤立したのだ。
そうなれば後は簡単。
孤立した敵を各個撃破すればいい。
そのはずだった。
「コーネリアっ……!」
敗因はコーネリアの軍人としての自制心を高く見積もり過ぎた事。
もしくは異母弟への執着――コーネリアに言わせれば愛、ルルーシュに言わせれば無自覚な自己正当化――を甘く見ていた事か。
もはや罠を壁としか認識していなかったルルーシュは想定外に突進してきたコーネリアに気付くのが遅れ、振り返った時には罠を作動させても有効打にはならない地点まで接近を許してしまっていた。
本来であれば愚かとしか言えない特攻に全てを狂わされたのだ。
その事実にルルーシュは、怒りのあまり操縦桿から手を離し拳を振り下ろす。
『ルルーシュ様!』
視界の封じられた道を駆け抜けてチャフの範囲外――建物群の外に出ると、先に建物群から脱していたジェレミアの機体が、すぐさま傍に馳せつける。
『無事か?』
『損傷はございません。ルルーシュ様はお怪我などございませんか?』
『こちらも問題ない』
手早く機体状態の報告を済ませ、ルルーシュとジェレミアは機体の向きを変える。
その先には2機のグロースターが大型ランスをこちらに向けて構えていた。
『チャフの中で右往左往していれば良かったものの……』
『ギルフォード卿の機体にはいくらかダメージを与えましたが、致命的なものではありません。どれだけ影響があるかも未知数です』
煩わしげに苛立ちを吐き出すルルーシュと端的に報告を済ますジェレミア。
その間にも二人が操るナイトメアは臨戦態勢を取る。
『ルルーシュ様、私が前に出て足どめを……』
『するからその間に逃げろ、とでも言うつもりか? お前はコーネリアとギルフォードを一度に相手にして、慣れない機体でどれだけの時間を稼げる?』
『それは……』
自らが犠牲になって追い詰められた状況の血路を開こうとするジェレミアの提言を最後まで言わせず、極めて冷厳にその実現性をルルーシュは問う。
『逃げ切る前にお前が撃墜されればその時点で詰みだ。俺はそんな分の悪い賭けをするつもりはない』
答えを待たずに結論を告げる。
通信画面に映るジェレミアは不敬にならないように悔しさを押し殺していたが、忠義を言い訳にした自己満足に付き合うつもりなどルルーシュには毛頭ない。
己と相手の命が懸かっているなら尚更だ。
『贖罪と自己犠牲を一緒くたにして判断を曇らせるな。破滅主義の忠節など俺には不要だ』
かつて
『申し訳ございません』
冷淡な口調に隠された心遣いに気付き、ジェレミアは主にそのような配慮をさせた己を恥じた。
『分かったならいい――あいつらの援軍が来る前に片をつけるぞ。前に出ろ。俺が援護する』
『イエス・ユア・マジェスティ!』
力強い答えと共にジェレミアの月下が飛び出す。
それを迎え撃つべくコーネリアのグロースターも大型ランスを構えながら突進してきた。
リーチでは廻転刃刀を持つ月下よりも大型ランスを装備したグロースターが上回る。
幾多の猛者を屠ってきたブリタニアの魔女の一突き。
速さと正確さが極限まで高められたそれを、ジェレミアは廻転刃刀を側面を叩きつける事でなんとか逸らす。
必殺の一撃が不発に終わり隙を晒す――そんな弱卒とはコーネリア・リ・ブリタニアはどこまでも無縁だった。
突進のための重心移動を感じさせない機体捌きでグロースターが月下に向き直り、そのままランドスピナーをフル回転させ強引につばぜり合いに持ち込む。
しかしこれは本来なら悪手。槍を扱うグロースターが距離を詰めた接近戦を演じるの不利にしかならない。
あのコーネリアがそんなミスをするのかと、押し切られないように槍を受けながらジェレミアが考えたのとほぼ同時に、遅れて突撃を仕掛けて来るギルフォードのグロースターを視界の端に捉える。
『――――』
このままコーネリアとつばぜり合いをしていれば回避は不可能の一撃。
長年共に戦場を駆け抜けた主従ならではの連携にジェレミアは息を呑む。
しかし――
『チッ……!』
舌打ちと銃声が同時に響く。
コーネリアのグロースターは大きく後方へ退き、一瞬前までグロースターがいた空間を銃弾が通り過ぎる。
グロースターの圧力が消え、自由になった月下は間一髪ギルフォードの突進を防ぐ事に成功した。
『感謝致します。ルルーシュ様』
『一々礼は不要だ。気を抜くな』
右腕部に装備したハンドガン、左腕部に装備したグレネードランチャーでコーネリアを牽制しながらルルーシュは答える。
月下に標準装備されている廻転刃刀を、ルルーシュは自分用に用意させた機体には意図的に省いていた。
それはもし戦闘が発生するような事態になった場合、相手が最低でもコーネリアの親衛隊クラスになると分かっていたからだ。
ルルーシュはナイトメアの操縦技術において自分が平均より多少は上程度の実力であると評価しているが、それでもコーネリアの親衛隊相手に近接戦で上回れるとは考えていない。
そのため最初から近接戦の選択肢を捨て、廻転刃刀の代わりにグレネードランチャーを装備する事で中距離戦に特化した装備を整えていた。
『ルルーシュ様。どうやらギルフォード卿の機体は……』
『ああ。機動力がコーネリアのグロースターと比べて明らかに遅いな』
二人の猛攻をなんとか凌ぎながら、ルルーシュとジェレミアが分析を共有する。
ジェレミアの実力はコーネリアやギルフォードと比べても遜色ない。だが慣れない機体と武器を使っている事もあり、一対一で上回れるとは考えない方が良い。加えてルルーシュの腕はこの中では間違いなく一段劣っており、さらに相手の二人は長年戦場を共にしてきた主と騎士だ。その連携は今日初めて共闘する自分達のコンビとは比べるまでもなく、戦闘は8:2で不利というのがルルーシュの事前予測だった。
しかし実際は、殆ど互角と言っていい戦況を作り出せている。
その要因をルルーシュとジェレミアは見抜く。
『移動の速度が半減していますが、槍を扱う速さは変わらぬようです』
『おそらく脚部の駆動系が損傷しているんだろう。――――これは、チャンスだな』
ニヤリと、コックピットの中でルルーシュが邪悪な笑みを浮かべた。
『ジェレミア、コーネリアを一人で押さえる事は可能か?』
『ご命令とあらば』
『ならギルフォードの機体は俺が破壊する。それまで耐え凌げ』
『イエス・ユア・マジェスティ!』
指示を受けると同時にジェレミアはコーネリアに向けて突進した。
少々強引な、捻りも工夫もない斬撃。当然それはいとも容易く大型ランスによって阻まれる。
しかしそれで良かった。
ジェレミアの目的は先程のコーネリアと同じく、お互いが動けなくなる均衡に持ち込む事だったのだから。
膠着状態に陥った隙を狙いギルフォードが穂先を向けて迫るが、ルルーシュがそれを許さない。
ハンドガンとグレネードランチャーで前進を阻み、回避のための旋回を強いる。そのまま巧みな銃撃でコーネリアから引き離し、一対一の状況を意図的に作り出した。
『くっ、姫様……!』
『お前の相手は俺だ』
ハンドガンによる銃撃でグロースターの回避方向を絞り、逃げた先にグレネードランチャーによる本命の攻撃を仕掛ける。
本来のグロースターなら容易に回避される戦法だが、機動力を削がれた機体ではそれも難しい。たとえ仕留める事はできずとも、確実に損傷は与えられる堅実な攻め方をルルーシュは選ぶ。
だが帝国の先槍と呼ばれる男の実力は、ルルーシュの予測を上回っていた。
避け切れないと判断したギルフォードは、なんと大型ランスで飛来するグレネードランチャーの弾を薙ぎ飛ばしたのだ。
『でたらめな……!』
そのまま距離を詰めようとしてくるグロースターを銃撃で牽制する。
深追いをしてくる事はなく、こちらを警戒して半円状に動くグロースターに銃口を向けながらルルーシュは深く息を吐き出した。
おそらくグロースターが損傷していなければ、接近を防げずに勝負は決まっていただろう。
それはこちらが廻転刃刀を装備していない事とは関係なく、それだけの実力差が自分とギルフォードの間にはある。
だが勝負というのは、単純な実力差だけで決まるものでもない。
「やはり隠している兵装はないようだな」
ルルーシュの銃撃に対してギルフォードのグロースターはアサルトライフルで反撃してくるが、両手にハンドガンとグレネードランチャーを装備している月下相手では手数に劣る。機動力の半減で近接戦の目はなく、中距離戦を強いられているのにも関わらず大型ランスを手放さない点から見ても、隠し玉は存在しないと見ていい。
グロースターは近接戦闘用に設計されているだけあって、近距離に比べて中・遠距離での戦闘力が著しく劣っている機体だ。基本装備はいまギルフォードが使っているアサルトライフルを除けば、内蔵式の対人機銃くらいしかない。もちろん場合によっては大型キャノンやザッテルヴァッフェといった連装式のミサイルランチャーを装備する事もあるが、そういった兵装を準備させないように今回ルルーシュは策を弄した。
それがここに来て思わぬ功を奏した。
グロースターの機動力を削げた事、月下の兵装を中距離特化にした事と合わせて、本来なら格上のギルフォードをルルーシュは圧倒する。
「機動力のないナイトメアなど、戦車と大差はない」
7年前、極東事変で初めてナイトメア・フレームが実戦投入されてからというもの戦場の様相は一変した。
かつては主流だった戦闘機や戦車は旧時代の遺物として価値を失い、各国はこぞってナイトメアの開発に乗り出した。
いまや戦争で用いられるのはナイトメアばかりで、他の兵器を見る事は殆どない。
ならナイトメア・フレームと旧時代の兵器との差はなんなのか。
着目すべき点はいくつもあるが、その内の一つは汎用性だ。
遠距離から撃つ、という一つの動作しかできない戦車や戦闘機とは違い、ナイトメアは装備によって近・中・遠距離の全てに対応ができ、その戦い方も様々。
刻一刻と変化する戦場で、その変化に対応できる幅広さがある。
そしてそれを可能としているのは、人型のフォルムと装備と機動力だ。
三つの内一つならまだしも、二つ以上失えばナイトメアは兵器としての利点を著しく損なう。
それは目の前のグロースターが証明していた。
『ルルーシュ様、どうかお戻りください! このような対立は、あなた様も本意ではないはずです』
『話し合いとは相手の意見に聞く耳を持つ意思があってこそ成立する。故に、いま求められるのは言葉ではなく銃弾だ』
ギルフォードの説得に耳を貸さず、ルルーシュは死角取るべくグロースターの周りを駆け回りながら両腕の武器で攻撃を仕掛ける。
しかしさすがはコーネリアの騎士。持ち前の操縦技術で被弾を避け、果敢にアサルトライフルで反撃までしてくる。
これまでの戦闘から、ギルフォードのグロースターが機動力に加えて方向転換などの動作も遅れる事は分かっている。そのため死角を取る事は比較的容易だが、ギルフォードはまるでこちらが見えているかのように回避をこなしていた。
「上手いな」
距離を取った銃撃戦で機動力がないのは致命的だ。
攻めるのには決め手に欠け、自分の機体を守るのにも動けなければ的になってしまう。
だというのに、ギルフォードは完全な守勢に回るのではなく隙を見て的確な銃撃を返してくる。
もちろんその程度ではルルーシュの有利は揺るがない。
慎重に、無理して攻めなければ致命的なダメージをもらう事はないだろう。
「戦況は間違いなくこちらに有利。だが……」
手数でも、機動力でも、こちらが上回っている。
何度かは確実に回避不可能な攻撃を撃ち込む事にも成功している。
なのに――
「決め切れない、か」
手数に物を言わせたごり押しも、機動力を活かした死角からの攻撃も、その操縦技術と戦闘勘で見事に跳ね除ける。
損傷は与えられても、それらはとても行動不能に追い込めるものではない。
それでもこのままいけば、いずれはルルーシュが勝つだろう。
有効的な反撃の手段がないギルフォードには、このままなす術もなく削られ続けるしか道は残っていないのだから。
「帝国の先槍か……なるほど。甘く見ていたようだな」
苛立ちに表情を歪めながら、小さくルルーシュは呟く。
確実な勝利を前にして、そこには余裕も喜びもなかった。
それも当然、ルルーシュにとってギルフォードに勝つ事は重要ではない。
できる限り早くギルフォードを無力化し、ジェレミアと共にコーネリアを倒す。
それこそがルルーシュが己に課した課題だった。
いくらジェレミアといえど、慣れない機体でコーネリアを長時間押さえるのは難しい。やられる前に援護に入らなければ、窮地に陥るのはこちらの方だ。
敵を分断して一対一の状況を作り出した時点で、もはやこの勝負は、自分がギルフォードを倒すか、コーネリアがジェレミアの機体を破壊するか、どちらが早いかを競うレースとなっている。
時間を掛けてギルフォードを倒せても、その間にジェレミアがやられてしまえばなんの意味もない。ルルーシュにはナイトメア戦でコーネリアを上回る技量などないのだから。
ジェレミアがなんとか長時間コーネリアの猛攻に耐えてくれたとしても、その間に敵の援軍が駆けつけてくれば全て終わりだ。
あらゆる理由から一刻も早い撃破は必須。
だがギルバート・G・P・ギルフォードは、機体が損傷していようが一筋縄でいく相手ではなかった。
「……今後はスザク相手にナイトメアの訓練時間を増やすか」
軽口を叩きながら決断を下し、ルルーシュは己の部下に秘匿回線で通信を入れる。
戦闘が始まってから既に15分弱。もはや安全策を取れる余裕はなかった。
一方、ジェレミアとコーネリアの戦いは互角の様相を呈していた。
元々二人の力量に大きな差はない。搭乗するナイトメアのグロースターと月下にしても、第五世代、第七世代相当と違いはあれど性能はそこまで大きく変わらない。
そのため二人の戦いが拮抗状態となるのは不思議な事ではない。
『ジェレミアよ、なぜ裏切った! 貴様が口にしたブリタニアへの忠誠は偽りであったか!』
『これまでの忠節に一点の曇りもございません。しかし先日、ようやく気付いたのです。私が真に忠義を尽くすべきは国ではなく、ルルーシュ様ただお一人だと!』
それでもこの均衡は言うほど容易いものではなかった。
ジェレミアが搭乗するのは日本製のナイトメアである月下であり、その設計思想や使い勝手はブリタニアのものとはまるで異なる。根本的なところから指摘すれば、コックピットからして前屈みになってバイクに乗るかのように設計されているのだ。とても使い慣れたサザーランドのように、とはいかない。
しかも相手はブリタニア皇族であるコーネリアである。いかにルルーシュを主と定めたジェレミアといえど、これまで仕えてきたブリタニア皇族に刃を向ける事が多大な精神的負担を強いる行為である事は疑いようがなかった。
『ただ言われた通りに従う事が忠義だとでも言うつもりか! 真にルルーシュを思うのであれば、ブリタニアに戻る事こそがあれのためになると、どうして気付かない!』
さらにはこの叱責である。
結果的にブリタニアを裏切る形となったジェレミアが動揺しないわけがないと、ルルーシュが形成悪しと考えるのも当然であった。
『殿下の仰られる通りです。ブリタニアの騎士であれば、たとえルルーシュ様の意に反しようともお止めするべきなのでしょう』
その推測を肯定するように、ジェレミアはコーネリアの主張を受け入れる。
しかしルルーシュも、コーネリアも、見誤っていた。
『されど形式通りの忠道に囚われ守るべきものを見失っては、そんな忠義など愚にもつかない。私はもう二度と、
ジェレミアの忠義は、もはや誰に何を言われようと微塵も揺るがぬほどに完成されていた。
『ルルーシュ様の気高きご意志こそ我が
一切の躊躇なく、ジェレミアが廻転刃刀をコーネリアのグロースターに振り下ろす。
まともに食らえば命さえ危ういその一刀を、グロースターの大型のランスが止める。
精神面の不安がないとはいえ、慣れない機体を操るジェレミアの不利は覆らない。
しかしその差を、ジェレミアは二つの方策で埋めていた。
『くっ……! いい加減、しつこい!』
力で押し返し、一度月下を払いのけるコーネリアだが、息つく暇もなく再び廻転刃刀の一撃が迫る。
さっきから、この繰り返しだった。
ジェレミアがコーネリアとの差を埋めるために取った方策は単純明快。距離を空けない、それだけである。
グロースターが装備する大型ランスが月下の廻転刃刀に勝る一番の長所は、リーチの長さだ。
建物群の中ではギルフォード相手にその長所を短所に変える事で優位を取ったが、今回コーネリアには長所を徹底的に潰す戦い方を選んだ。
とにかく間合いを詰める、廻転刃刀の届く範囲から離れない。
そうする事でグロースターが最も得意とする突進を封じ、月下の有利な間合いで立ち回る。
本来であれば機体操作に慣れるまでは慎重な戦い方を選ぶべきだろうが、それが相手の最も有利な戦況を作ってしまう事にジェレミアは気付いていた。故に超接近戦にて無理やり操縦の勘を掴む。一歩間違えれば即大破となる危うい立ち回りこそが、慣れない機体でコーネリアとまともに渡り合うための方策だった。
だがそれだけで差が埋まるほど、コーネリアも容易い相手ではない。
『邪魔だ!』
コーネリアの巧みな操縦技術により、機体距離を離される。
どれだけジェレミアが前のめりに攻めようと、好ましくない間合いでの戦いを強いられようと、その程度に翻弄される弱者に『ブリタニアの魔女』などという異名はつかない。
そして一度距離を取られれば、リーチで負ける月下は不利を余儀なくされてしまう。
だが、
『チッ――』
グロースターは月下に突進を仕掛けずに方向転換すると、あらぬ方向へと駆けて行く。
それを予期していたかのように同時に動き出した月下は、グロースターの側面から強烈な一撃をぶち込んだ。
『逃がしません』
ギリギリのところで廻転刃刀を防いだグロースターの足が止まる。
グロースターが向かおうとしたその先には、ルルーシュの月下とギルフォードのグロースターが戦いを繰り広げていた。
『おのれっ……姑息な真似を!』
これがコーネリアとの差を埋めるもう一つの方策だった。
この戦いは相手の機体を破壊する事の他に、もう一つ勝敗条件がある。
それはルルーシュが追跡不可能な範囲まで逃げる事だ。
たとえコーネリアがジェレミアの機体を破壊できたとしても、その間にルルーシュに逃げられてしまえば、そんな勝利に意味はない。
そしてルルーシュと戦うギルフォードは機動力が半減しており、もしルルーシュが逃げに徹すれば追いつく事はまず不可能。
だからこそコーネリアは、もしルルーシュが逃走を選んだとしても、それをすぐさま追える距離に居続けなければならない。それがたとえ、絶好のチャンスをふいにする選択であろうとも。
ジェレミアは背後にルルーシュがこない位置取りを徹底しており、突進の勢いのままルルーシュに近付く事はできず、コーネリアはどうやっても受け身に回るしかなくなっていた。
『これはルルーシュの戦術か?』
普段ならばあり得ない、目の前の相手に集中する事のできない状況を強制されたコーネリアが苦々しく問う。
認めたくはないが、その戦法の狡猾さは確かにゼロを思わせた。
『はい。不甲斐ない我が身に、コーネリア殿下と並ぶための策をルルーシュ様が与えてくださいました』
コーネリアの問いを肯定しながら、ジェレミアは廻転刃刀を絶え間なく繰り出す。
対するコーネリアはルルーシュとの距離を確認しつつ、紙一重のところで廻転刃刀を防ぎ、ハーケンを打ち出す。
何もグロースターの攻撃手段は大型ランスだけではない。ハーケンは近距離でも遠距離でも攻撃手段となるナイトメアの基本武装であり、戦闘のリズムを崩し意表を突くのにも適している。
だがその反撃もジェレミアは容易く回避し、お返しとばかりにハーケンを撃ち返す。
廻転刃刀にばかり意識が集中していたコーネリアは反応が遅れ、肩の装甲の一部がハーケンによって破壊された。
『っ……!』
機体のダメージにコーネリアの注意が逸れた一瞬に、ジェレミアはすかさず追撃に出る。
廻転刃刀による横薙ぎ。
コックピットを破壊する事さえ厭わない一撃を、大型ランスのブレードが紙一重のところで遮る。
「これも防がれるか、さすがはコーネリア殿下」
凄まじいまでのグロースターの反応に、ジェレミアは感嘆の声を零す。
二つの方策でグロースターの強みを封じた現状、いかに慣れない機体に搭乗しているといえど、この勝負はジェレミアに分があるはずだった。
しかし、得意戦術を潰し、不利な近距離の戦いを強いてなお、戦況は互角。
数多の戦場で常勝を当然としてきたブリタニアの魔女の底力は、実力を埋めるための小賢しい策など上回る。
「ルルーシュ様のご指示は時間稼ぎだが……」
チラリと時間を確認すれば、既に戦闘開始から10分以上の時間が経過していた。
このままでは主君がギルフォードを撃破する前に、敵の援軍が駆けつけてくる事も考えられる。
となれば、もはや時間がどちらに味方するかは誰にも分からない。
あちら側の戦況を確認する余裕はないが、無理をしてでもグロースターを戦闘不能にするべく賭けに出るべきかと、そんな上申が頭をかすめたタイミングで、ちょうどルルーシュから秘匿回線で通信が掛かってくる。
どうやらルルーシュもギルフォード相手に思いのほか苦戦しており、撃破にはまだ時間が掛かる見込みらしい。
この状況を打破するには、やはりコーネリアを戦闘不能に追い込むしかないと、ルルーシュとジェレミアの意見が一致する。
『できるな、ジェレミア』
『もちろんです。お任せください、ルルーシュ様』
主からの問いに即座に是と返す。
相手は皇族。
本来ならば刃を向ける事すら畏れ多く、実力においても己と同等以上の豪傑。
しかし相手が誰であれ、どれほどの力を有していようとも、主の前に立ち塞がるなら切り伏せるのみ。
『はあああああぁぁぁ!』
時間稼ぎではない、機体を断つための本気の一刀。
これまでは近接戦を強いるため、攻めの姿勢を見せてはいても常に相手の動きに対応できる受け身の戦い方をしていたが、もはやそのような小手先の戦法は不要。
目の前の敵を打ち砕くべく、ジェレミアは渾身の一撃を撃ち込む。
しかしコーネリアは巧みにランスを扱い、月下の一刀を容易く防ぐ。
『どうした? 何やら焦りが見えるな』
ジェレミアの攻勢がいままでと違う事を瞬時に感じ取ったのか、コーネリアは言葉を返しながらランスの側面に展開されたブレードを使って、近距離での反撃に刺突を返す。
いくらブレードがついてると言っても、それはランスのおまけのようなもの。それを用いた反撃は有効範囲が極端に狭い事もあって困難を極め、失敗すれば逆に隙を晒す事にもなりかねないものだったが、幾千もの戦場を渡り歩いてきたコーネリアの技量は並大抵のものではなかった。
思わぬ反撃に月下の角のような肩の装甲が破壊される。
『くっ……』
『焦りは注意力を散漫にし、隙を招く。軍人ならば憶えておく事だ!』
突き出したランスを手元に戻すのではなく、そのまま月下に叩きつけるようにしてグロースターは振るう。
刃のないランスの側面をぶつけられた程度でダメージを受けるようなやわな作りなどしていないが、装甲を破壊され体勢を崩した月下では、その勢いを受け止めきる事ができず慣性に従って弾き飛ばされた。
いままでは距離が離れれば、コーネリアは少しでもルルーシュへと近付いていた。
しかし今回はルルーシュの方を一瞥すらせず、そのままジェレミアへと突進してきた。
『なっ――!』
グロースターの突進。
それは予想していたとしても防ぐのが難しい強力な攻撃だ。
今回もコーネリアはルルーシュの方へ向かうだろうと高を括り、追撃しようとしていたジェレミアは虚を突かれて突進に対する対処がわずかに遅れる。
それが明暗を分けた。
身をよけながら廻転刃刀でランスを弾こうとするも、その動きを上回りランスの穂先は標的を逃がさない。
結果、グロースターの大型ランスは月下の左腕を二の腕から貫いた。
『っ、まだ……!』
咄嗟に左腕をパージし、残った右腕で廻転刃刀を振るう。
しかしそれは容易く躱されて再び距離を取られる。
いや、ただ距離を取られただけではない。グロースターはそのままルルーシュが戦う戦場へと加速していた。
『お、お待ちを!』
このまま接近を許せば、ルルーシュはギルフォードとコーネリアの二人を相手取らなければならなくなる。
たとえ自分が追いつくまでの一瞬とはいえ、その一瞬の虚を突かれてルルーシュが撃墜されてしまえばそれで終わりだ。
焦ったジェレミアはフルスロットルでグロースターの背を追い掛ける。
元々のスペックがわずかに勝っている事、そして左腕を失い重量が軽くなっているのが功を奏したのか、グロースターとの距離はみるみる縮まっていく。
しかしそれには、もう一つ理由があった。
追いかけられるグロースターが、意図的に速度を上げていなかったのだ。
『掛かったな』
あとわずかで追いつける。
そんな距離でグロースターが突如として停止し、振り返る。
それは致命的な間合い。
追いかける事に注力していた月下では対処に一手遅れ、既に構えていたグロースターのランスが突っ込んできた月下を貫くのに最適な距離。
『言ったはずだぞ。焦りは注意力を散漫にし、隙を招くと』
先程の言葉が勝利宣言へと意味を変える。
処刑台への階段を上がるように、自ら死地へと向かってくる月下にコーネリアはランスを突き出し――
『――――――――!!』
勝利を我が物にしようとしたその瞬間、大きな衝撃がコーネリアを襲う。
その正体は遥か後方、コーネリアが近付いた事で射程範囲ギリギリに入ったルルーシュの機体からの援護射撃だった。
『勝負を焦られましたね、コーネリア殿下』
射撃によってバランスを崩したコーネリアのグロースターに、月下が迫る。
もはや避けるのも反撃するのも不可能と見て、咄嗟にコーネリアはランスでコックピットを庇う。
しかし、ジェレミアの狙いは初めからそこにはなかった。
最悪なら命を奪う事も致し方ないと覚悟していたジェレミアだが、それでも進んで皇族の命を奪いたいと思っていたわけではない。
そして今回の勝利条件は、コーネリアを殺す事ではなく、ルルーシュが逃げ切る事。
故にこの絶好の好機に狙うべきは、最優先で守りを固められるコックピットではなく――
『不敬、お許しを!』
月下の廻転刃刀がグロースターの無防備な左足を切り飛ばす。
当然、足を奪った程度では破壊には至らず、脱出装置も作動しない。
だがこれこそがジェレミアと、そしてルルーシュの狙いだった。
『ルルーシュ様! 足を破壊し、機動力を奪いました!』
『良くやった! ケース
『イエス・ユア・マジェスティ!』
ジェレミアからの報告を聞き、わずかな迷いもなくルルーシュが撤退の判断を下す。
機体を損傷したコーネリアとギルフォードに、月下を追う術はない。
ジェレミアの一撃はまさしく、勝負を決める一刀だった。
『コーネリア様ああああぁぁあぁぁああああ!』
逃げようとしたルルーシュの背後から、ギルフォードのグロースターが一直線に突撃してくる。
主の負傷に冷静さを失ったか、片手に持っていたアサルトライフルも放り捨て槍を両手に構えている。
ギルフォード本人の姿は機体に隠れ見えないのに、グロースターからは鬼気迫る様がひしひしと伝わってくる。
しかし悲しいかな、ギルフォードの激情は搭乗する機体に影響を及ぼさない。
機動力が半減したグロースターが遠距離武器のアサルトライフルを捨てたとなれば、その牙から逃れる事など赤子の手を捻るよりも容易かった。
ルルーシュは迫ってくるグロースターを意に介さず、全速力でその場の離脱を選択した。
最低限の警戒だけ後方に残し、現在地からの逃走経路を即座に脳内に描き出す。
しかし最後の最後で油断したルルーシュは、その予想外に気付くのが一瞬だけ遅れた。
自分を狙っていると思い込んでいたギルフォードが追ってこず、そのまま直進していた事実に。
そしてその先に何があるのか、手遅れになるギリギリで気付き、咄嗟に声を張り上げる。
『ジェレミア――――!』
ルルーシュから撤退の指示を受けたジェレミアは、命令無視と分かっていてすぐにそれを実行に移す事はしなかった。
普段のジェレミアならばあり得ない反逆。しかしこの特殊な状況下が、主の命令よりも優先すべき事柄を守るためジェレミアの足を縫いつける。
ジェレミアが最も優先すべきもの、それは主の命。
敵の機動力を奪ったとはいえ、ルルーシュは安全圏に逃れたわけではない。
ルルーシュの射撃がコーネリアに届いたように、まだ敵の牙はルルーシュに届き得る。
かつて無力によって敬愛する后妃を守り抜けなかった男は、深く心に刻み込まれた挫折があるが故に、勝利を確信するような状況においても己の使命を見誤る事はなかった。
そしてジェレミアは目にする。
コーネリアのグロースターがアサルトライフルを抜こうと左腕を下げる動作を。
距離が遠いためにルルーシュの機体を破壊する事はできないだろうが、それでも逃げられぬように機動力を削ぐ事は不可能ではない。そうなれば、じきに到着するブリタニア軍の援軍にルルーシュは再び囚われてしまうだろう。
だが、コーネリアのいるそこはまだジェレミアの廻転刃刀の間合い。グロースターが狙いをつけ引き金を引くよりも、月下の刃が届く方が早い。
主への凶弾を許さず、ジェレミアが廻転刃刀を振り上げる。
その瞬間、主君の叫びが耳に届いた。
『ジェレミア!』
その声と同時に、ジェレミアも気付く。
背後から猛スピードで迫ってくるグロースター。
その手に握るランスの穂先が、己のコックピットに向けられている事に。
『――――』
もしギルフォードのグロースターが万全の状態なら手遅れだった。
ジェレミアはなす術もなく、ランスに貫かれてその命を散らす未来しか用意されなかっただろう。
しかし運命のいたずらか、グロースターの機動力が半減している事が幸いし、迎撃が間に合うギリギリのタイミングでジェレミアはそれに気付く事ができた。
だから、ジェレミアは感謝した。
己の幸運に。ランスが己に届くその前に、一瞬の時間を残してくれた奇跡に。
『守るのだ』
迫るランスに背を向けたまま、ジェレミアはコーネリアのグロースターだけを視界に捉える。
正確には、その手に握られたアサルトライフルを激情と共に睨みつけた。
脳裏に広がるのは、かつての絶望。
幼い愛娘を抱え、テロリストの凶弾により穴だらけになった敬愛するマリアンヌ后妃の遺体。
繰り返し繰り返し、数えきれないほど悪夢として蘇った、生涯雪ぐ事のできない不忠の光景。
『今度こそ――――!』
まるであの日を再現するかのように、忠誠を誓った主君に向けられた銃口。
それを因縁と共に断ち切る刃を、ジェレミアは振り下ろす。
『我が忠義に懸けてええええぇぇええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!』
月下の廻転刃刀が、アサルトライフルを持つグロースターの左腕を切り飛ばす。
直後、無防備となった月下の装甲を大型ランスが貫いた。
『が、はッ――!』
途轍もない衝撃がジェレミアを襲い、破壊された装甲の隙間から空が見える。
脱出装置は作動しなかった。
コックピットの一部もランスの一撃によって破壊されたために、正常に機能しなかったのだ。
機体が大破する事こそなかったが、その一撃は致命的であり、とんでもない量のエラーを吐き出し月下は火を噴いてガラクタと化す。
『ジェレミア!』
かろうじて破壊を免れた月下の通信機能がルルーシュの声を届ける。が、それに答える声はなかった。
『っ……!』
歯を食いしばる一瞬の沈黙を経て、ルルーシュの操る月下が再び逃走のため走り出す。
ここでジェレミアを助けに戻る愚を、ルルーシュは犯さなかった。
それがジェレミアの忠義に唾を吐きかける行いだと、ルルーシュは理解していた。
己の不甲斐なさを心底呪いながら一心に逃げる。
しかしコーネリアもまだ、諦めてはいなかった。
手首から先を失った左腕とアサルトライフルに見向きもせず、右手の大型ランスを持ち直して大きく振りかぶる。
ルルーシュは気付かない。
己の部下を犠牲にしてしまった悔恨が、普段の注意深さをルルーシュから奪い去る。
そしてジェレミアに気を取られて一瞬足を止めてしまったため、ルルーシュはまだコーネリアの射程範囲から逃れられてはいなかった。
止める者のいなくなったコーネリアの執念が、大型ランスの投擲という形で去っていくルルーシュの襟を掴む。
それに気付いた時には、もう遅かった。
空を切り裂いて迫りくる絶望に、ルルーシュはなす術もなく目を見開き――――
視界が黒く染まった。
純血派とは、虚名にあらず。
次回:守護者