コードギアス~あの夏の日の絆~   作:真黒 空

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56:守護者

 

 ルルーシュがコーネリアと相対するより少し前、スザクはブリタニア軍を相手にして慣れない指揮を執っていた。

 

『敵の強引な攻撃に付き合う必要はない。危険だと思えば躊躇わず引いて数で囲うんだ。敵機の撃墜にこだわらず、あくまでも足止めを優先する事を忘れるな』

 

 当初は部隊の殆どが自分より年上だったため敬語で指示を出していたスザクだったが、他ならぬ隊員達の要望によりその不要な気遣いは是正されていた。

 隊員たちからすれば、年下とはいえ圧倒的な力を持つ隊長であり、かつ枢木玄武元首相の息子でもあるスザクに敬語を使われるというのは居心地が悪いのだ。

 

『スザクさん、やっぱりあんたの援護に何機かそっちに……』

『必要ありません。それよりも、敵機の動きに注意を払ってください。戦闘のどさくさで何機か離脱しようとする可能性があります』

 

 だが全体に指示する時はまだしも、相手が個人になると敬語に戻ってしまうのはスザクの人柄故か。

 戦闘中に指摘する事でもないので、指示を受けた泉は一言了解と返して戦闘に戻る。

 いまのところブリタニア軍との戦いは想定通りに進んでいた。

 ジェレミアを通してルルーシュから事前に聞いていた敵の戦力と予想される戦術、そしてこちらが取るべき対応は全てが噛み合っており、部隊指揮官としてまだ未熟なスザクでも戦いながら戦況の把握ができるほどの余裕があった。

 あと10分も経てばルルーシュはブリタニア軍が追跡不可能な場所まで逃げ切れるだろう。

 それまで目の前の敵を足止めするくらいはこのままなら問題はない。

 スザクがそう確信するのとほぼ同時に、秘匿回線に通信が入る。

 

『枢木スザク』

 

 通信画面に現れたのは、ルルーシュと共に逃げているはずのジェレミアだった。

 このタイミングでの通信は予定にない。嫌な予感を抱きながらスザクは通信に応じる。

 

『どうしましたか? そっちで何か異変が?』

『ああ。コーネリア殿下とギルフォード卿に待ち伏せされていた』

『っ、やっぱり……!』

 

 それはルルーシュが想定していた数あるパターンの内の一つ。

 取り越し苦労で終われば良かった懸念が当たってしまい、スザクは無意識に操縦桿を強く握り締める。

 

『待ち伏せをしていたのは二人だけですか?』

『目視できる範囲で他に機影はない。故に、ルルーシュ様はおそらくケースγ(ガンマ)に作戦を移行するだろう』

 

 今日に備えて必死に叩き込んだ作戦パターンの一つを思い返してスザクは頷く。

 

『分かりました。こちらも予定を早めて、ただちに作戦に移ります』

『うむ。こちらの状況は随時報告する』

 

 報告は終わり通信が切られそうになって、慌ててスザクは待ったを掛ける。

 まだ何かあるのかと訝しげに眉を寄せるジェレミアに、スザクは悔しさと切実さを滲ませた言葉を零した。

 

『ジェレミアさん…………ルルーシュの事を、頼みます』

『言われるまでもない。ルルーシュ様は私が必ずお守りする』

 

 今度こそ通信が切られる。

 ルルーシュの危機に傍にいられない状況が成田と同じ流れを辿っているようで、無意識にスザクはきつく唇を噛んだ。

 

『泉さん、作戦を次の段階に進めます。準備は良いですか?』

 

 あの時と同じ過ちを繰り返しているのではないか、そんななんの根拠もない不安を頭を振って払いのける。

 以前とは違う。流れに身を任せる事しかできなかった自分とは決別した。

 弱気になりそうなる心を奮い立たせ、スザクは副官に通信をつなぐ。

 

『了解です。こっちは問題ないですが、随分と急ですね』

『状況が変わりました。もう一刻の猶予もありません』

 

 余計な情報は伝えずに、指揮官として必要な事だけをスザクは告げる。

 

『タイミングは僕が見極めます。ですので、後の指揮はお願いします』

『任せてください。ヘマはしませんよ』

 

 大任を任され、泉はニヤリと笑う。

 頼もしい部下の声を聞きながら、スザクは荒々しい操縦でグロースターを一機地に沈めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スザクがジェレミアと通信しているのと同じ頃。

 ブリタニア側ではダールトンとギルフォードが同じように情報の共有を行っていた。

 

『ルルーシュ様とジェレミア卿はこちらで捕捉しました』

 

 通信がつながってすぐギルフォードから告げられた事実に、ダールトンの眉間が深い皺を刻む。

 

『お二人は黒の騎士団のナイトメアに騎乗しています。つまり――』

『ルルーシュ様はゼロだった、というわけか』

 

 ため息でもつくかのように、大きく息を吐き出しながらダールトンは続く言葉を引き取る。

 ギルフォードも同じ思いなのか、声にはどことなく影があった。

 

『ゼロであるかはまだ断定できませんが、最低限黒の騎士団とつながっていた事は確実となりました。姫様の推測が最悪の形で的中してしまいましたね……』

 

 重苦しい沈黙が場を支配する。

 しかしそれも一瞬の事で、軍人である二人はすぐさま頭を切り替えた。

 

『すまんギル。迂闊にもルルーシュ様から目を離してしまった』

『お気になさらずに。ルルーシュ様と黒の騎士団が結託していたなら、いくら将軍でも抑えるのは困難です』

 

 非生産的な謝罪はすぐに終わり、話はすぐに現状への対応へと移る。

 

『こちらから援軍を送るか?』

『いえ、その必要はありません。既に別の地下の出入り口を見張らせていた部隊に合流するよう指示を出しています。到着すればルルーシュ様を連れ戻す戦力としては充分すぎる数が揃います』

 

 ルルーシュが目的地としていた場所から近場で地下へ入れる地点は全部で4つ。その内、最も近かった地点をコーネリアとギルフォードが担当し、他の地点を親衛隊に任せている。方角がまるきり別なため、実は方々に散らばった部隊を集めるよりもダールトンの部隊から援軍を貰う方が早く戦力は整うのだが、ギルフォードにはそれよりも優先してダールトンに望む事があった。

 

『将軍には枢木スザク――ランスロットを足止めしていただきたい』

 

 その一言に、空気がぐっと引き締まる。

 

『あの機体の突破力は脅威です。ルルーシュ様と合流されれば、いくら数で優っていようと逃亡を許す恐れがあります』

 

 それはかつて埼玉で圧倒的に優勢でありながらも、むざむざ取り逃してしまったギルフォードだからこその懸念。

 

『最悪、他の雑魚は逃がしても構いません。なんとしても枢木スザクだけはその場に釘付けにしてください』

 

 自由にさせれば全てをひっくり返す危険を持っている。

 ギルフォードは枢木スザクをそう評した。

 そしてそれはダールトンも同意見だった。

 

『その間にルルーシュ様は私と姫様が連れ戻します』

『なるほど。承知した』

 

 状況を的確に分析したギルフォードの指示に、ダールトンは首を縦に振り理解を示す。

 戦略目的はルルーシュ皇子の奪還。最大の障害は枢木スザク。

 酷くシンプルで分かりやすい。

 

『枢木スザクは私に任せろ。その代わり、姫様とルルーシュ様はお前に任せたぞ』

『はい。必ずや』

 

 言葉少なに信頼を預け合い、通信が切れる。

 直後ダールトンは、別の通信チャンネルを開いて声を張った。

 

『全部隊に告げる。ルルーシュ様とナナリー様は既に戦闘区域から離脱された。現時点より目的を戦線の押し返しから、敵部隊の足止めに切り替える』

 

 これまでダールトンが率いるブリタニア軍は、ルルーシュとナナリーがどの方角に逃げたか分からずにいた。そのためルルーシュとナナリーが逃走先に唯一絶対に選ばない方角である、敵部隊が現れた西へと無理やり戦線を押し上げて戦っていた。

 しかし既にルルーシュの現在地は知れている。無理をしてまで戦線を上げる必要はない。

 

『ランスロットはこれまで通り私の部隊で動きを抑える。キューエル隊、クラウディオ隊は戦いながら互いの部隊で敵を挟み込むよう位置取りを取れ。ルルーシュ様とナナリー様が安全圏に入られるまで、1機たりともこの場から逃がす事は許されん!』

『イエス・マイロード!』

 

 ダールトンの命令に一糸乱れぬ応答が響く。

 元々部隊はダールトン隊とジェレミア隊――つまりコーネリアの親衛隊と純血派の2部隊だけだった。しかしランスロットが現れた事によってダールトンがそちらに注力せざるを得なくなり、細かい指示がどうしても滞ってしまうため、急遽親衛隊はダールトン隊とクラウディオ隊に分かれて部隊運用をする事となったのだ。そして純血派の方もジェレミアがルルーシュの護衛としていなくなったため、指揮はキューエルが代わっている。

 

 指示を終え、改めてダールトンは目の前のランスロットを観察する。

 距離を取って7機で囲み、決して近付けさせないよう徹底させて戦わせているが、それでもランスロットを押さえる事は容易ではなかった。

 武装や出力もさる事ながら、その機動性と精密性がダールトンの知るナイトメア・フレームという枠を大きく外れている。

 いままでのナイトメア戦とはまるで異なる3次元の戦闘、まるで生身の戦士を相手にしているかのような鋭く滑らかな動き、事前に部隊の者に戦闘データを分析させていなければ鎧袖一触に蹴散らされていただろう。

 

「敵ながらやりおる」

 

 賞賛に近い言葉がダールトンの口から零れる。

 相手がナンバーズだからといって、その実力に不当にケチをつけるようなみみっちい自尊心などダールトンは持ち合わせていない。

 枢木スザクを自分より一段も二段も上のパイロットとして認め、その上で己の役割を果たすため全力で足止めに徹する。

 撃墜など最初から考えない。そんな欲を掻けば、一瞬で戦況をひっくり返される確信があった。

 

『ダールトン将軍、敵が逃走を開始しました』

『なに?』

 

 突如入ってきた報告に眉を寄せるが、それに答える時間は与えられなかった。

 ランスロットが投げた何か、それを撃ち落とすと同時に大量の煙を吐き出したからだ。

 

『発煙筒か!』

 

 瞬く間に煙が広がり、包囲の一角を担っていた数機のナイトメアの姿が見えなくなる。

 そしてランスロットはあろう事か、何も見えない煙の中へと突進した。

 

『ランスロットがそちらに突っ込んだ。マルクス、カイザの両名は下がりながら弾幕を張れ!』

『イエス・マイロード!』

 

 突発的な事態にも関わらず、一切の動揺がない部下からの応答。

 コーネリアによって鍛え上げられた親衛隊は、この程度の戦場の変化で揺らぐほど甘くはない。

 

『他の者は煙の範囲内に入らないようにしながら包囲を続けろ。ファクトスフィアを使ってランスロットの位置を常に把握するのだ!』

『イエス・マイロード!』

 

 命令を出しながら、ダールトンもファクトスフィアでランスロットの動きを確認する。

 その瞬間ダールトンの巌のような表情に驚愕が走った。

 

『なっ――』

 

 ランスロットはこの煙と弾幕の中で全くスピードを落としていなかった。

 それどころかさらに加速し、マルクスとカイザの機体にいまにも接触を――

 

『な、なんだと!』

『あんな動きが可能なのか!』

 

『どうした! 何があった!』

 

 マルクスとカイザの驚愕の声に、すぐさま報告を指示する。

 

『ランスロットが我らの頭上を通り抜けていきました!』

『まるで弾丸です! 包囲を抜けられました!』 

 

 予想外の報告にダールトンがすぐさまレーダーを確認すると、ランスロットの反応は確かにマルクスとカイザの機体を越えて南東へと直進していた。

 

『追え! あの機体だけは決して逃してはならん!』

 

 叫びながらダールトンも機体を操作して、すぐさまランスロットを追い掛ける。

 煙幕の範囲を離れれば、すぐに黒銀の機体は目視できた。

 

『クラウディオ、キューエル、そちらの状況はどうなっている』

 

 追跡の最中でクラウディオとキューエルに通信をつなぐ。

 このタイミングでの逃走だ。もしかしたらランスロットは囮で、他の者がルルーシュ皇子の援軍に向かう可能性も捨てきれない。

 

『現在逃走する敵兵を追っております。奴らは部隊で逃げるのではなく、各個で逃走を図っており、それぞれが別の方角へ逃走しているため我らも部隊を分ける事を余儀なくされました』

 

 ダールトンが出した指示は足止めであり、もし敵がまとまって逃げようとしたならそれを阻む事は難しくはなかった。しかしまるで素人部隊のように蜘蛛の子を散らして黒の騎士団が逃げた事により、逃走自体を止める事が不可能となってしまった。本来であればそれは、逃走手段としては下策だ。殿(しんがり)も置かず、それぞれが別で逃げれば各個撃破の格好の標的となる。

 しかしこの状況においては、なんとも忌々しい厄介な逃走へと変貌する。

 

『敵兵が逃げた方角は?』

『北から西回りに南までです』

 

 ルルーシュ皇子のいる場所は現在地から北東の方角。

 枢木スザクが逃げているのは南東の方角。

 

『現時点を以て敵の追走を中止。キューエル隊は部隊を半分に分け、一隊は北に逃げた黒の騎士団だけを追え。無理して撃墜する必要はないが、決して北東方向へだけは近付けさせるな。残った一隊は東方面へ向かえ。ランスロットは必ずそちらへ方向転換する。我らの部隊と挟み撃ちにするぞ』

『イエス・マイロード』

『クラウディオ隊は我らの部隊と合流。共にランスロットを叩く』

『イエス・マイロード』

 

 ルルーシュ皇子がゼロである事が明らかになったいま、黒の騎士団が彼の指示で動いている事は明白だ。

 この襲撃もルルーシュ皇子が逃げるための一手だと考えるのが自然だろう。

 だとすればなんとしても防ぐべきは、ランスロットとルルーシュ皇子の合流。それだけだ。

 そのために最善の指示をした自信のあるダールトンだが、一つだけ懸念もあった。

 

 ――純血派は、こちら側と見て良いのか?

 

 今回の件、外部の連絡手段がなかったルルーシュ皇子に代わり、ジェレミアが黒の騎士団と連絡を取っていた事は疑いようがない。そこで問題となるのが、ルルーシュ皇子に従っているのがジェレミア個人なのか、それともジェレミアが率いる純血派なのか、という点だ。

 ルルーシュ皇子が爆破された時の動揺とここまでダールトンの指示に従っている点を考慮すれば、純血派が裏切っている可能性は低いかもしれない。しかしこちらの動向を把握するために、大人しく従っている可能性も否定はできない。

 だからこそダールトンは純血派に別行動を取らせた。

 尤もらしい理屈をつけて分断し、枢木スザクと合流される前に親衛隊だけでランスロットを仕留める。

 もし純血派だけでルルーシュ皇子の下へ向かうなら、業腹だが潔く見逃そう。

 ギルフォードには負担を掛ける事になるだろうが、あちらには別の援軍も向かっている。純血派と少数の黒の騎士団を相手取るくらいは可能なはずだ。

 最悪は純血派に自分達の部隊が足止めされ、ランスロットを逃がしてしまう事。

 それだけは避けなければならない。

 

『将軍、ランスロットが正面の建物に入ります。いかが致しますか?』

 

 部下からの問いにランスロットが入ろうとしている建物を見る。

 外観だけ見ても、その建物は一般的な民家やマンションではないようだった。

 高さは6階建てだがビルのように細長くはなく、横の面積に比べて縦の面積が少し勝っている程度。壁面に窓は存在せず、その大半が吹き抜けになっているのは、ゲットーの建物だからというわけではなく初めからそう造られているためのようだ。

 

(罠か? だとしても、ここで逃すわけにはいかんな)

 

 地図を表示し、純血派がこちらに向かっていない事を確認してダールトンは決断する。

 

『クラウディオ隊はランスロットを逃さぬようにビルを包囲しろ。我々の部隊はこのまま追って中に入るぞ。伏兵の可能性もある。決して油断するな』

『イエス・マイロード』

 

 ランスロットに続けてダールトンの部隊が中に入る。

 建物の中は当然電気が通っておらず、光源といえば外から入ってくる陽光だけのため薄暗い。

 ナイトメアの視界を暗視モードに切り替えながら、ダールトンは先に入ったランスロットを探しつつ建物の構造を確認する。

 

『ここは、立体駐車場か……』

 

 所々に建物を支える柱が立ちながら中を無駄に仕切る壁がない構造と、均等な間隔で地面に並ぶ車輪ブロックを見て、ここがなんの建物か理解する。

 普通の立体駐車場ではないのか、天井がかなり高くナイトメアでも屈まずに移動できそうだった。建物内では動きを制限される事の多いナイトメアだが、ここでなら多少の不便はあるものの比較的に自由に動き回る事ができるだろう。

 だがあくまでそれは、動き回るだけなら、という話だ。

 

『各員、大型ランスの使用には気をつけろ。無闇に振り回せば柱にぶつかり動きが阻害される』

 

 もし枢木スザクがこの建物が立体駐車場だと知って中に入ったとなれば、目的の一つは大型ランスの制限だろうか。

 そう考えて、ダールトンはすぐに首を横に振った。

 大型ランスの攻撃で一番怖いのは薙ぎ払いではなく突進だ。

 そしてこの場所は、車輪ブロックや数多い柱のせいで縦横無尽に動くのは難しい。車両よりも何倍も巨大なナイトメアであれば道に沿ってしか移動できないだろう。

 だとすれば、この地形はランスロットよりもむしろグロースターに利があると言える。

 ならばやはり、この建物のどこかに伏兵を隠しているのか。

 しかし吹き抜けになっているこの建物の構造上、いくら薄暗いとはいえ伏兵を隠しておくには不向きだろう。

 一番有効なのは入った直後に強襲する事だろうが、1階に敵がいる様子はない。

 

『将軍、左奥にランスロット発見。上階に上がろうとしているようです』

 

 部下の報告に目を向ければ、闇に溶け込んだ黒銀の機体が視界から消えようとしているところだった。

 

『追うぞ! 伏兵及び反撃を常に警戒しろ! 爆破による罠も考えられる。その際は吹き抜けから即座に離脱せよ!』

『イエス・マイロード』

 

 上階に昇るには螺旋状になっている上り坂を上がる必要がある。当然道幅は狭く、ナイトメアが一台通るのがギリギリであるため並んで昇る事はできない。螺旋状であるため加速もできず、グロースターが最も得意とする突進攻撃も封じられてしまう。

 枢木スザクからすれば、最も奇襲を仕掛けやすい絶好のポイントだろう。振り返ってヴァリスを撃つだけで、こちらは損害を免れない。

 息を呑み、最大限に警戒しながら上階へと昇るダールトンだったが、しかし予想に反して枢木スザクからの攻撃はなかった。

 2階へ上がると、奥に3階に上がるための螺旋通路に向かうランスロットの後ろ姿が見える。

 

「なんのつもりだ……何を狙っている?」

 

 相手の意図が読めず、コックピットでダールトンは眉をひそめる。

 わざわざランスロットの機動力を捨てて建物の中に入ったのだから、何か考えがあってのものかと警戒していたのに、いまのところ影も形もない。

 あるいは上階に伏兵を潜ませているのかもしれないが、わざわざ上の階で待ち構える意図も分からなかった。

 

「ファクトスフィアにも反応はないか……」

 

 念のため上階に向けてサーチするも、ナイトメアが潜んでいる様子はなかった。

 いよいよ枢木スザクが何を狙っているのか分からず、ダールトンはまるで黒く濁って底の見えない沼に足を踏み入れてしまったような不気味な感覚を抱く。

 しかし引き返す選択はあり得ない。

 罠を警戒しながら、ランスロットを追ってダールトンの部隊はひたすら上階へと昇って行った。

 

「……」

 

 ダールトンの嫌な予感とは裏腹に、いくら昇っても想定した奇襲はなかった。

 伏兵が潜んでいるといった事も、罠が待ち構えている事もなく、ランスロットを屋上へ追い詰める事に成功する。

 屋上となれば厄介だった柱や車輪ブロックもなくなり、ダールトンの部隊は横に広く展開する事が可能となる。屋内よりもさらにグロースターに有利であり、ランスロットには不利な場所だ。

 

『どんな思惑があったのかは知らんが、この状況ではどうしようもあるまい。終わりだ。枢木スザク』

 

 ダールトンが勝利を宣言したと同時に、グロースター全機がアサルトライフルの銃口をランスロットに向ける。

 逃げ場もなく一斉射撃に晒されれば、いかに第七世代型ナイトメア・フレームであるランスロットいえどひとたまりもない。

 ブレイズルミナスも悪足掻きにしかならず、もしスラッシュハーケンを使って地上に逃げようとしても、この建物はクラウディオ隊によって包囲されている。上からダールトンの部隊に、そして下からクラウディオの部隊に銃撃を受ければその時点で詰みだ。なす術もなく破壊される未来しか待ってはいない。

 結局枢木スザクが何を狙っていたのかは分からないままだが、ここまで追い詰めた時点で勝負はついた。

 

『全機、せい――!』

『将軍! 伏兵です! 伏兵が現れ……うああああぁぁぁああ!』

 

 ダールトンが銃撃を命じようとしたそのタイミングで、予想外の通信が入る。

 それは建物を取り囲んでいるクラウディオ隊のものからだった。

 

『何があった!?』

『黒の騎士団の伏兵により、包囲の一部が決壊! これより応戦に入ります!』

『なんだと!』

 

 焦燥に塗れた部下の報告にレーダーを確認すれば、味方の機体が数機ロストしていた。

 いきなりの奇襲にクラウディオ隊の動きは乱れ、応戦のために建物の包囲も崩れていく。

 

「やられた……!」

 

 コックピットの座席に拳を振り下ろし、ダールトンは怒りと共に吐き捨てる。

 おあつらえ向きに立体駐車場という奇襲場所を用意された事で、伏兵がいるなら建物内だと思い込まされていた。おそらく奇襲や罠がなかったのも、あえて何も仕掛けない事で外ではなく内に思考を誘導するためのものであり、その思惑にダールトンはまんまと嵌まってしまったのだ。

 もしかしたら純血派の存在も、伏兵による奇襲を成功させるための思考を誘導する罠の一つだったのかもしれない。

 警戒するべきは純血派の裏切りだと思わせる事で他の罠への意識を逸らし、さらにはその戦力を分断させる。

 もし純血派を疑わず合流させていれば、この奇襲にも対処できていただろう。

 

「この緻密な策、間違いなく……ゼロ!」

 

 何重にも張り巡らせられた狡猾な策略に、これまで散々煮え湯を呑まされた仮面のテロリストの存在を感じ取ってダールトンは歯噛みする。

 思えばルルーシュ皇子がゼロだと聞いた時点であらゆる罠を警戒しなければならなかったが、直前まで話していたルルーシュの印象があまりにゼロと一致しなかったせいで心のどこかで油断があったのかもしれない。

 

『だが、ランスロットだけはここで破壊する!』

 

 たとえ自分の部隊が全滅しようと、ランスロットさえ仕留めればこちらの作戦目標は達せられる。

 規格外のランスロットなくして、ルルーシュ皇子は逃げ切れない。

 そしてこの状況でランスロットに切り抜ける術はない。

 

『全機、斉射!』

 

 ダールトンの命令を契機にグロースターが一斉にアサルトライフルの引き金を引こうとする。

 しかしその直前――――全てのグロースターが音を立てて機能を停止した。

 

「なに……!?」

 

 あり得ない状況にダールトンは何度も操縦桿を操作するが、機体はうんともすんとも言わない。

 そしてそれは、ダールトンだけではなく部隊の全機体が同じだった。

 

「何が起こった!?」

 

 ダールトンが事態を把握できないのも仕方のない事だった。

 それを引き起こしたのは、黒の騎士団に合流したラクシャータ―・チャウラーが持ち込んだ公には存在を知られていない装置だったのだから。

 

 ゲフィオン・ディスターバー。

 

 サクラダイトに干渉し、強制的に範囲内のナイトメアの第一駆動系を停止させるそれは、スザクが立つその場所一点だけを除く形で真下の階の天井に設置されていた。

 

『――――!』

 

 なんとかしてグロースターを動かそうとしていたダールトンは、こちらに向けてヴァリスを構えるランスロットに気付き反射的に叫ぶ。

 

『総員、脱出だ! 急げ!』

 

 叫ぶと同時に脱出装置を作動させる。

 ダールトンに続いて隊員が次々と脱出装置で離脱しようとするが、無慈悲にもそれを待たずにランスロットのヴァリスから弾頭が放たれる。

 数秒後に待っていたのは、視界を埋め尽くす大爆発。

 ダールトンを含めた親衛隊が搭乗していたグロースターの大半が、ヴァリスの一撃を食らって大破する。

 幸い、逃げ遅れた者はいなかった。

 しかしダールトンは破壊される己の機体と、それを確認もせずビルから飛び降りるランスロットをただ見送る事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ジェレミア!』

 

 薄れてゆく意識が、この世で最も大切な主の声によってつなぎ留められる。

 だがそれに答える余裕は、既に残されていなかった。

 声を出すどころか、目を開いている事すら限界に近い。

 軍人としての長年の経験が、自分の身体がかつてないほどの重傷を負っていると教えてくれる。

 即死しなかったのは、おそらくランスの穂先がコックピットからわずかに逸れていたおかげだろう。

 月下が音を立てて倒れ、ジェレミアもまたコックピットごと地面に投げ出される。

 その視界に、ルルーシュの月下に向かってグロースターがランスを投擲しようと振りかぶる姿が映った。

 しかしそれを見ても、ジェレミアの心が動揺する事はなかった。月下が沈んでいくその最中に、一瞬だけ見えた黒があったが故に。

 

(私の役目は、ここまでか……)

 

 わずかな悔しさと達成感を得て、ジェレミアは笑みを作ろうとして痛みで失敗する。

 全身を走る激痛に意識を持って行かれそうになりながら、なんとか頭を動かして結末を見届けようともがく。

 それは心配だからでも、不安だからでもない。

 それは今度こそ、主を胸を張って見送るため。

 悔恨と無力感に苛まれ、涙と謝罪を呑み込んで見送った8年前のあの日を繰り返さぬためだ。

 

(あとは、頼む)

 

 ランスが投擲される。

 一直線にルルーシュへと加速するランスはしかし、突如として上空から降ってきたエネルギー弾に撃ち落とされた。

 直後、ルルーシュを庇うように黒銀の機体が降り立つ。

 不忠を繰り返した愚かな騎士は役割を終え、真の守護者が王の下へ馳せ参じる。

 その男の名を、役立たずな口の代わりに心の中で祈るようにジェレミアは呟いた。

 

(枢木スザク)

 





前回の終わりが「視界が赤く染まった」でも「意識が途切れた」でもなく「視界が黒く染まった」だったので、今回の展開を予想していた方も、もしかしたら多かったかもしれませんね。

ちなみに今回使用されたゲフィオン・ディスターバー。原作では18話の式根島で初登場でしたが、ラクシャータが黒の騎士団に入ったのが17話のチョウフ基地襲撃で、学園でスザクの騎士就任を祝っているところにお迎えが来て式根島につながっているため、開発は黒の騎士団に来る前に終わっていたと判断しました。もし構想が既に出来上がっていて黒の騎士団に入ってから開発したとすると、さすがに製作期間が短すぎて実用化には至らないと考えたためです。

次回:決別
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