コードギアス~あの夏の日の絆~   作:真黒 空

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57:決別

 

 成田では駆けつけた時、そこにルルーシュの姿はなく、全ては終わった後だった。

 ゼロの事を託したカレンは退けられ、自分は友の危機にその場に居合わせる事もできなかった。

 あの日の選択を、何度後悔しただろう。

 あの日の無力を、何度呪っただろう。

 もしあの時にC.C.がいなければ、ルルーシュは死んでいたかもしれない。

 だが今回は――

 

「間に合ったよ、ルルーシュ!」

 

 投擲された大型ランスをヴァリスで吹き飛ばし戦場に降り立ったスザクは、ルルーシュの月下を背に守り拳を握り締めた。

 

「ありがとうございます。ジェレミアさん」

 

 グロースター2機に挟まれ破壊された月下。戦いの激しさを物語るその酷い有様を視界に収め、聞こえない感謝をスザクは心から告げる。

 彼がいなければ、自分はまた友達を守れなかった。

 

『良く来た、スザク!』

『ルルーシュ! 無事で良かった!』

 

 通信がつながって現れた友の顔に、スザクはこれ以上ないほど安堵する。

 最後に会ってからまだ一週間くらいのはずなのに、もう何年も会っていないような感覚だった。

 

『僕は何をすればいい?』

 

 止めどなく湧き上がる安心を戒め、スザクは端的に問う。

 まだ戦いは何一つ終わっていない。

 

『グロースターを破壊しろ。優先するのは五体満足の機体。腕と足がない方は最悪無視して良い』

『分かった!』

 

 返事をすると同時にランスロットが駆ける。

 優先標的となるグロースターは大型ランスの穂先をこちらに向けて待ち構えていた。すぐ近くには左の手と足がないグロースターに、破壊された月下の姿もある。

 生きているのか死んでいるのかも分からないが、そこにジェレミアがいる以上は巻き込むような戦い方をするわけにはいかない。スザクはヴァリスを腰にしまって代わりにMVSを抜いた。

 

 先に仕掛けたのは突進したランスロットではなく、リーチで優るグロースターだった。

 ランスロットが間合いに入る絶妙なタイミングでランスを機体の中心を狙って突き出してくる。

 それに対しランスロットは、急制動を掛けながらMVSでランスを横合いから殴るように逸らした。

 ランスロットの機動力であれば、回避してすれ違いざまにMVSで腕や足を斬り飛ばす事も可能だったが、グロースターのすぐ背後には壊れた月下がある。それを巻き込まないようにするには、グロースターと正面からやり合うしか選択肢はなかった。

 初撃を防がれたグロースターは、それも織り込み済みだったのだろう。わずかな逡巡もなくスラッシュハーケンを打ち出してくる。しかし超至近距離からのハーケンでも、スザクの反射神経とランスロットの高機動はそれを物ともしない。

 回避と防御の選択肢で、スザクは防御を選択。

 飛来するスラッシュハーケンを空中で鷲掴みにする。

 

『なに!』

 

 ギルフォードの驚愕の声が響く。

 ランスをいなされ、ハーケンを掴まれ、間合いは完全にランスロットのもの。

 あとはMVSを一振りすれば、グロースターはなす術もなく両断される。

 しかしギルフォードはランスロットの挙動に驚きはしても、この状況自体に動揺はしていなかった。

 ランスロットが勝負を決める一撃を振るう前に、側面からアサルトライフルの銃口が向けられる。

 それはコーネリアのグロースター。

 左手と共に落ちたアサルトライフルを拾い上げ、わずかな攻防の隙にランスロットの側面に躍り出たのだ。

 両手は塞がり、瞬時に回避できる体勢でもない。

 決定的な隙を晒すランスロットにコーネリアがアサルトライフルの引き金を引こうとしたその時、ランスロットは左腕を大きく引いた――――握り締めたスラッシュハーケンと共に。

 高出力のランスロットに引っ張られたグロースターは抵抗できず前へ引きずり出され、コーネリアが撃ったアサルトライフルの射撃をもろに背中へと食らう。

 そしてダメ押しとばかりに、ランスロットのMVSがグロースターの機体を一刀両断した。

 

『不覚っ!』

 

 脱出装置を起動させてグロースターが爆発し、スザクの視界からコーネリアの機体が消える。

 それと同時にランスロットは上空へとジャンプした。直後にグロースターの射撃が一瞬前までランスロットがいた空間を撃ち抜く。

 爆風と煙の範囲外まで飛び上がり、スザクは再びグロースターを視界に収める。

 いつものように空中からヴァリスを撃つ戦法は使えない。故に、スザクは躊躇わず切り札を切った。

 

「照準を固定。ハーケンブースター解放!」

 

 ランスロットの両手からロケットブースターにより加速したスラッシュハーケンが通常の倍する速度でグロースターへと飛翔する。

 コーネリアも驚異的な反応速度で跳び上がったランスロットに照準を合わせようとしたようだが、引き金を引く動作よりも早く襲い掛かるハーケンが残った四肢を破壊する。

 

 それで、勝負は決した。

 

 わずか数秒の攻防。

 まばたきの間に終わってしまう程度の時間で、決着はついた。

 

『終わったよルルーシュ。念のため破壊しておく?』

 

 爆発こそしなかったものの、頭と胴体しか残らなかったためバランスを保てず地面に崩れ落ちたグロースターを見ながらスザクが確認する。

 

『いや、充分だ。すぐに逃げるぞ』

 

 戦闘にもはや意味を見出さず、ルルーシュは撤退を指示する。

 満身創痍のコーネリアを捕らえる事も可能な状況ではあったが、そんな事をすればブリタニア軍は彼女を取り戻そうと死に物狂いで追ってくる。手持ちの札は全て切り、すぐに敵の援軍が駆けつけて来るこの場面でそこまでの余裕はない。逆にコーネリアを残しておけば、援軍は彼女の護衛にも人手を割く事になり追手の脅威は半減するだろう。

 

『了解。じゃあジェレミアさんを助けて脱出だね』

 

 この数日で何度も言葉を交わし、共にルルーシュを助けるために協力したジェレミアを助ける事に迷いはなかった。

 スザクにとってジェレミアはもはやブリタニア軍人ではなく、ルルーシュを大切に思う仲間であり、ただ一時の利害関係ではあり得ない。

 しかしその判断は許されなかった。

 

『すぐに逃げると言ったはずだ。ジェレミアは連れて行かない』

『えっ……?』

 

 あまりにも予想外の指示に、スザクの思考が一瞬止まる。

 念を押すように、ルルーシュはもう一度指示を繰り返した。

 

『ジェレミアは置いていく』

『どうして!?』

 

 まさかルルーシュにとって、ジェレミアは使い捨てて利用するだけの駒だったのかという邪推が頭をよぎり、スザクは首を振ってそれを否定する。

 

『大丈夫だよ。君とジェレミアさんくらい僕が守ってみせる。ジェレミアさんに機体がなくたって、これ以上怪我の一つも負わせやしないよ』

『そういう事じゃないんだ、スザク』

 

 合理的なルルーシュの懸念を推測してそれを払拭しようとするスザクだが、話の争点はそこではなかった。

 ルルーシュの乗る月下がある一点を指差す。

 

『ジェレミアが乗っていた機体を見ろ』

 

 振り返って、言われた通りに視線を移す。

 ジェレミアの搭乗していた月下は、おそらく大型ランスの突進をコックピットに受けたのだろう、頭部の辺り――主にコックピット部分は酷い有様だった。

 かろうじて原形を保っているが、コックピットは機体から分離し、一部がごっそりと削られている。

 

『あの破壊具合から見て、パイロットへのダメージも相当なものだ。現に何度もジェレミアに呼び掛けているが、返事はない』

『だったら尚更助けないと!』

『それができるなら最初からそうしている!』

 

 思いだけが先走るスザクの反論が、ルルーシュの怒声によってかき消される。

 その怒りはスザクに向けられたものというよりも、むしろ自分に対してのものだった。

 

『俺達はこの後も追ってくるブリタニア軍相手に撤退を続けなければならない! そんなハードな撤退行動を、重傷のジェレミアが耐えられると思うか!』

『っ――!』

 

 そこまで言われてようやく、スザクもなぜルルーシュがジェレミアを見捨てるような判断を下したのか理解した。

 

『俺達が連れて行くよりも、ブリタニアの最先端医療に任せる方がよほど生き残れる可能性は高い。ブリタニアからすれば俺を逃がす手助けをした反逆者とはいえ、生きていなければ話を聞く事もできないからな』

 

 その声に悔しさの色が混じっている事に気付き、スザクは唇を噛む。

 あれほど献身的に、地位と立場を捨ててまでジェレミアはルルーシュに尽くした。そんな相手を置いていく選択が、ルルーシュにとって容易いものであるはずがない。

 ましてやジェレミアは、ルルーシュを守るためにその身を犠牲にしたのだ。

 その忠義に報いる事もできず、逃げる事しかできないルルーシュの心境は想像するに余りある。

 

『分かったら行くぞ。この場で悠長にしている時間はない』

『……うん』

『逃走にはルート8を使う。追手には常に気を払え』

 

 指示も明瞭に、判断に迷いを感じさせないルルーシュだったが、言葉とは裏腹にすぐに動き出そうとはしなかった。

 ルルーシュの月下が顔を向ける先には、大破したジェレミアの月下が横たわっている。

 声を掛ける事も躊躇われ、そのまま数十秒の時間が過ぎた。

 だがそれも長くは続かない。

 遠方からブリタニアの援軍がやって来たからだ。

 

『ルルーシュ、敵の援軍が来た』

『…………分かった』

 

 スザクの報告に一瞬だけ躊躇いを見せ、ルルーシュの月下がジェレミアに背を向けて走り出す。スザクのランスロットもその後に続いた。

 後ろからグロースターがアサルトライフルを撃ってくるが、ランスロットのブレイズルミナスが全て防ぐ。

 

『待て、ルルーシュ』

 

 オープンチャンネルでコーネリアが語り掛けて来る。しかしルルーシュは返事をしなかった。

 罠に利用した建物群に向け一直線に駆ける。

 それは追って来れば容赦なく爆破して生き埋めにするという暗黙の脅しだった。

 

『頼む……待ってくれ』

 

 それでもコーネリアは言葉を止めない。

 ブリタニアの魔女と呼ばれる彼女には似つかわしくない懇願が零れ落ちる。

 それが良かったのか、悪かったのか。

 たった一言、答えは返ってきた。

 

『さようなら。姉上』

 

『ルルーシューーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!』

 

 建物に隠れて見えなくなる背中をなす術もなく見送りながら、コーネリアは異母弟の名前を叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全身を絶え間なく蝕む激痛。

 少しでも気を抜けば失いそうになる意識。

 ジェレミアがまだ気絶していないのは奇跡に近かった。

 だが意識があったところで、機体を破壊され、真の守護者(枢木スザク)が駆けつけたいま、もはやジェレミアにできる事など何一つとしてない。

 それでも、主を見送る、ただそれだけのためにジェレミアは想像を絶する痛みに耐えながら意識を保っていた。

 

(マリアンヌ様……私は、あの日の不忠を贖えたでしょうか?)

 

 目の前で戦うランスロットとグロースターを視界に収め、ジェレミアは心の中で敬愛するかつての主に問い掛ける。

 答えはない。

 当然だ。死者は何を聞かれようとも答える術を持たない。

 だからこそ、その答えはジェレミア自身が自分を許せるかどうか、結局はそれだけでしかない。

 

(私はあなたのご子息を、ルルーシュ様をお守りできたと、胸を張っても許されるでしょうか?)

 

 贖罪のために戦ったわけではなかった。

 以前の自分であれば、あの日の贖罪を果たせるなら命を捨てる事も厭わなかっただろうが、いまのジェレミアにとって戦う理由はもはやそこにない。

 しかしそれでも、今日の行動が贖いになればと、そう欠片も思わなかったかといえば嘘になる。

 

 この問い掛けが烏滸がましい自覚はあった。

 最後まで傍にいられないような体たらくで、人に託すという無能を極め、それでも守れたなどと自惚れるのは。

 だが、他ならぬ主が仰ったのだ。

 

 大事なのは、結果だと。

 

 だからたとえ敵に敗れようが、他人に役割を譲ろうが、どんなにみっともない無様を晒そうが、それを恥じる事はしない。

 しかしだからこそ、認めてほしかったのかもしれない。

 あの日、忠義を果たせなかったかつての主に。

 自分の在りようは正しかったのだと。

 

『ジェレミア、聞こえるか? 俺だ。ルルーシュだ』

 

 奇跡的に壊れていなかった通信機から主の声が聞こえてくる。

 もう何度も呼び掛けられているのに、ジェレミアにはそれに答える余力が残されていなかった。

 

(申し訳、ございません……ルルーシュ様)

 

 心の中で何度目かも分からない謝罪を紡ぐ。

 しかしそんな謝罪を否定するような答えが通信機から返ってきた。

 

『良くやった』

 

 聞こえてきた労いの言葉に、全身を苛む痛みがすっと立ち消える。

 

『お前の作った刹那が、俺の命をつないだ』

 

 その言葉を聞いた瞬間、脳裏によぎったのはあの悪夢の光景。

 階段を赤く染めた鮮血。穴だらけになった敬愛する后妃の死体。その腕の中で震える少女。そして絶望に満ちた少年の絶叫。

 瞼を閉じれば幾度となくフラッシュバックしたそれが、薄れて消えていく。

 ジェレミアの瞳から涙が溢れた。

 

(嗚呼――――私は、今度こそお守りできて……)

 

 もういない、敬愛する后妃が瞼の裏で笑ってくれたような気がした。

 それだけでジェレミアは満足だった。

 

『ジェレミア・ゴットバルトよ。お前は十全に俺の命を果たした』

 

 己の働きを認める言葉に、重傷とは思えないほどの安らぎを得る。

 贖罪を果たし、主君も守れた。

 

(これで、思い残す事は……)

 

 

『だが忘れるな。お前の忠節はまだ終わってはいない』

 

 

 じわじわと迫りくる死を受け入れようとしたジェレミアを、ルルーシュの言葉が引き戻す。

 どこまでも不遜に。どこまでも気高く。それが当然だと言うように。

 ジェレミアが勝手に満足して死にゆく自由を許さない。

 

『必ず戻って来い。待っているぞ』

 

 通信はそれを最後に切れた。

 ジェレミアのかすれた視界から、ルルーシュの乗る月下が遠ざかって小さくなっていく。

 

(イエス…………ユア…………マ……ジェ……)

 

 喜びと誇らしさで胸を満たし、その背中を見送りながらジェレミアの意識はそこで途切れた。

 





次回:兄妹
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