スザクと7年振りに会ってはしゃぎ過ぎたナナリーを早目に寝かせ、自室に戻ったルルーシュは出国のための計画を練っていた。
親衛隊がスザクの言う通り本国に送還されるとしても遊んでいる余裕はない。一刻も早くブリタニアの手から逃れるために、空いている時間の全てをルルーシュは出国のための準備に費やしていた。
そんな中で追手を警戒するために設置した探知機が何者かの接近を告げる。
すぐに監視カメラの映像を確認したルルーシュは、見慣れた茶髪を確認し気の抜けた息を吐いた。
「あいつ、どうしたんだ? こんな時間に」
忘れ物でもしたのかとも思ったが、そもそもここに来る時スザクは手ぶらだった。
軍の方で何か動きがあったのかと失った緊張感を取り戻し、ナナリーを起こさぬようルルーシュはインターホンを鳴らされる前に自ら外に出た。
「3時間ぶりだな、スザク。何か言い忘れた事でも……」
挨拶もそこそこに用件を聞こうとし、暗闇で見えづらかったスザクの顔がはっきりと見えてルルーシュは言葉を失った。
顔の至る所から血が流れて腫れ上がり、数時間前までの姿は見る影もない。衣服に汚れがないのは着替えたからだろうが、明らかに病院に行かなければならないほどの大怪我だ。
「何があったスザク! 待ってろ、いま救急車を……」
「ルルーシュ。話があるんだ。いいかな?」
「後で聞いてやる。いまは……」
「ルルーシュ」
救急車を呼ぼうとするルルーシュの名前を再度呼ぶスザク。
その真剣な声音と表情に、ルルーシュも思わず電話を掛けようとしていた手を止める。
「話があるんだ。大事な」
真っ直ぐに自分を見る瞳。
その目には憶えがあった。自分の意見を決して変えようとしない、昔と同じ頑固な瞳。そんな目をしているスザクに何を言っても無駄な事は、これまでの経験から嫌というほどルルーシュは知っていた。
「分かった。だが救急箱を取ってくるから少しだけ待ってろ。話は応急処置をしてからだ」
「うん。ありがとう」
家の中から救急箱を持ち出し、隠れ家から少し離れた人気のないベンチで傷の手当てを行う。
一通りの処置を終え、ガーゼを救急箱にしまったところで、スザクは再び口を開いた。
「君に、隠していた事があるんだ」
そう、スザクは口火を切った。
隠し事がある事は、ルルーシュも気付いていた。
我儘で我の強かったスザクを、大人しく優等生にした何か。
あれほどまでにルールを遵守する事にこだわらせる、それこそ呪いのような何かが。
だがスザクの口から紡がれた真実は、ルルーシュのどんな予想も超える事実だった。
「僕はね、7年前のあの日。父さんを殺したんだ」
「な、に……」
あまりに衝撃的な告白に言葉を失うルルーシュ。
ベンチから立ち上がり、遠く離れたゲットーの街並みにスザクは目をやる。
「父さんは徹底抗戦を唱えていた。そしてルルーシュ。父さんはあの時、ナナリーも殺そうとしていたんだ」
「なんだと! ……いや、なるほどな。大方どこかの皇族とでも取引したか」
明かされる事実に驚き乱暴に立ち上がりながらも、ルルーシュの明晰な頭脳はその背後にあったものを正確に読み取る。
皇位継承権を剥奪されたとはいえ、ルルーシュやナナリーが死んだわけではない。何か功績を上げたり、強い権力を持った別の皇族が後ろ盾になれば、再び皇位継承権が戻る事も考えられる。それを危惧した皇族が枢木玄武と取引したというところだろう。
おそらく取引内容は自分とナナリーを殺す事。だが裏切られる可能性を考え、玄武も牽制として一人は生かそうと考えた。そして殺す方に選ばれたのはナナリーだったというわけだ。
目も足も不自由な皇女ではどうあがいてもブリタニアではのし上がれない。ならば体力はなくとも頭のいい兄の方を生かした方が効果的と考えるのは当然の結論と言えた。
「僕はそれを止めたかった。徹底抗戦を唱える父さんを殺せば、戦争は終わると思った。無駄な血が流れる事はもうなくなるんだと」
「……枢木玄武日本国首相は、徹底抗戦を唱えるタカ派を収めるために自らの死を持って諫めた、か」
「うん。戦争を止めたい、そして君とナナリーを守りたい。あの時の僕はその事で頭がいっぱいだった」
何一つ間違っていない思いは、幼すぎるが故に安直な行動に走らせた。
振り返り、その時の事を悔やむように拳を握るスザク。
「あまりにも浅はかな、幼い衝動的な行動だったといまは思う。父ともっと話し合えたかもしれない。殺すんじゃなく、重傷を負わせるだけでよかったかもしれない。君達二人と一緒に逃げる事もできたかもしれない。でもあの時の僕にそんな事を考える余裕なんてなかった。ただ戦争なんか続けさせないために、君達を守るために、僕は……」
そこでスザクは言葉を切った。
その胸の中にどんな感情を宿しているのか、表情からは読み取れない。
それは一言で説明できるようなものでもないだろう。
「あの戦争が僕達を引き裂いた。そしてそれをあんな結末にしてしまったのは僕だ。僕のせいで、たくさんの人が不幸になった。僕のせいで、たくさんの人が死んだ」
「違う! ブリタニアと日本の間にはサクラダイトの利権を巡る争いがずっと続いていた。お前が父親を殺さなくとも戦争は起こった。むしろ早期に戦争を終結させた事で、他のエリアと比べても日本の被害は驚くほど少なく、日本は完全にブリタニアに屈する事なくいまも抵抗するための戦力を残している。国力の差を考えれば、最善の負け方だ。だからお前があの戦争の事で責任を感じる必要なんて一つもない」
己を責めるスザクの言葉に、ルルーシュは色を成して反論した。
戦争の責任が一人の人間に背負わされる事などあってはならない。たとえ玄武が生きていたとしても、日本は敗北しただろう。徹底抗戦を唱えていたと言うなら、被害はむしろ膨れ上がったはずだ。スザクが背負うべきは父親を殺したというその一点のみで、戦争で生まれた犠牲まで背負う必要などどこにもないのだ。
「ありがとうルルーシュ。でもいいんだ。この結果は、僕が背負わなきゃいけないものだから」
穏やかに、だが誰にも否定させないという強い意志を感じさせる声で、スザクは言い切る。
「間違ったやり方に意味はない。ずっとそう思っていた。正しいやり方でなくちゃ、より残酷な悲劇を生み出してしまうだけなんだと思い知らされたから。軍に入ったのもそれが理由なんだ。中からこの国を変えたかった。今度こそルールを守ってブリタニアを変える事が、僕の贖罪なんだって、そう思った。でも違ったんだ。確かに間違っていたかもしれない。だけど間違いだけであるはずがなかった。だって君とナナリーが、こうして生きていてくれるんだから」
つらそうに、だが誇らしげに、スザクは語る。
「あの時、父さんを殺した時。僕はきっと、君とナナリーの命と、父さんの命を秤にかけたんだ。そして、君達を選んだ。あの時の僕にきちんと考える時間なんてなかったけど、それでもきっと僕は分かっていたんだ。誰よりも、何よりも、父さんよりも、僕にとって大切なのは君達二人なんだって」
「スザク……」
スザクにとっておそらく最大のトラウマであるだろう父親殺し。それを語りながらスザクは泣きそうな顔で微笑んだ。
己の最も晒したくない傷を自ら抉りながら、それでも確かに笑ったのだ。
「さっき軍に戻ったら、クロヴィス殿下の親衛隊に捕まったんだ」
唐突に話題を変えるスザク。
いままでの話は到底すぐに切り替えられるようなものではなかったが、それでも聞き流せない話にルルーシュは目を細める。
「殺されそうになって、でもそれでいいと思った。ルールに従って死ねるなら、それでいいって」
「スザク、またお前は……!」
険しい視線でスザクを睨みつけるルルーシュ。
当然だろう。死んでほしくないと願ったすぐ後に、死を受け入れたのだから。
ごめんと、小さく謝ってスザクは続ける。
「でも君を殺すって言われて、一族郎党皆殺しにしてやるって、そう言われて、気付いた時には僕は動いていた。彼らを叩きのめして、銃を奪って、そこで自分が何をしているのか気付いて、でも迷いはなかった。7年前と同じで君とナナリーを守るために、僕は自分の意志で、彼らを殺した」
言い淀む事もなくはっきりとスザクは己の手を汚した事を告げる。
7年前と同じくルールを破った事を、何一つ隠さず打ち明ける。
だがそれは懺悔でも贖罪でもない。
いわばそれは、スザクにとっての決意表明だった。
「それが間違ってるって事は分かってた。僕が皇族の親衛隊を殺したりなんかすれば、軍の名誉ブリタニア人が酷い目に遭うかもしれない。イレブンに対する弾圧も強まる。途上エリアから矯正エリアへの降格もありえる。父さんを殺してしまった時と同じで、取り返しのつかない悲劇が生まれてしまうかもしれない。そんな事、全部分かってた」
「……」
「人殺しは間違ってる。間違った方法に価値なんてない。でも、それでも僕は、彼らを殺す事に躊躇いはなかった。ずっと思い違いをしていたんだ。いや、本当は最初から分かってた。なのに僕が気付かないふりをしていただけだ。心を押し潰すくらい、つらい罪から逃げるために」
スザクをずっと縛っていた罪悪感という鎖。父親を殺し、悲劇を起こし、なのに裁かれる事がなかったという負い目。それは罪の重さも相まってスザクの心を歪に捻じ曲げた。死んでしまいたいほどの後悔と自分を許さない自罰意識はやがて、贖罪の中で破滅を望む倒錯した自殺願望へと変化し、父親を殺す前に抱いた一番大切な思いは、心の奥深くへと押し込められた。
「ごめんルルーシュ。君が昔から言っていた通り、僕がバカだったよ。こんな分かりきった事に気付くのに、7年も掛かったんだから」
でも、確かにそれはスザクの心の中に残っていた。
どれだけ後悔に苛まれても、どれほど重い罪を背負っても、変わる事のなかったたった一つの思い。
7年前既に選んでいた、スザクにとって一番大事なもの。
「僕はルールよりも、君とナナリーが大切だ」
7年前に言えなかった言葉が、ようやく形を成して紡がれる。
責任を押しつけたくなくて目を背け続けていた己の真実。
遠回りに遠回りを重ねて、ようやく見つけた答え。
血にまみれた手では掴む権利などないと拒絶していた友人の手を、今度は自分の方から取る。
もう二度と訪れる事はないと思っていた、あの夏の日に思い描いた三人一緒の明日を迎えるために。
「僕に守らせてほしい。君達二人を。これからもずっと」
「スザク……」
真っ直ぐに自分を見つめてくる深碧の瞳。それをとても綺麗だと頭の隅で思いながら、ルルーシュは問うた。
「いいのか? 俺と共に来れば、平穏な道は歩めないぞ」
「だからこそ、僕が守るんだ」
「悲劇が繰り返されるかもしれない。あの戦争の時よりも、もっと大きな悲劇が」
「僕が止めたとしても、君は止まらないだろう? なら部外者として目を逸らすんじゃなくて、敵対者として対峙するんでもなくて、僕は君と共に戦いたい」
「ルールなど、俺は守るつもりはない。お前の言う間違ったやり方でしか、俺は進めない」
「いいんだよ、もう。何かに縛られるのはやめにしたんだ」
数時間前あれだけルールにこだわった己を思い出して、スザクは笑んだ。
「僕は君とナナリーを守る。それが僕の決めた、僕の唯一のルールだ」
7年前、ブリタニアを壊すとルルーシュが叫んだ時と同じくらいに決意の込められた宣言。
なのにそれは、あの時の叫びに比べてとても透明で澄んでいた。
憎しみにも罪悪感にも捕らわれない、純粋な誓い。
己にとってのたった一つを決める選択。
それはまるで騎士の宣誓のようだった。
「……」
ルルーシュは返事をせずに空を見上げた。
雲一つない澄み切った夜空には、星がまばらに浮かんでいる。
「俺達が日本に送られる前、母が殺された」
ようやく口を開いたルルーシュから出た言葉は、それまでのスザクの話とはまるで無関係のものだった。
「テロリストの仕業だという事になっているが、警備の厳しいブリタニア宮に侵入して尻尾も掴ませずに逃げる事など、どこの誰であろうとできるはずがない。犯人が見つからないまま捜査が打ち切られたのも、帝国の威信と警備の観点からしてあり得ない。不自然な顛末と結果。まだ幼い俺でもすぐに犯人は見当がついた。テロリストなどではない、他の皇族の手の者だ。俺の母は騎士侯だったが出は庶民。他の皇族達にとっては目障りな存在だったのだろう。汚い権力闘争の末に母が殺され、ナナリーは巻き込まれて光と自由に動ける足を失った。だというのに俺の父、ブリタニア皇帝は母の葬式にもナナリーの見舞いにも来なかった。その事が許せず俺は皇帝に謁見を申し込み、そこで全てを否定された」
「否定? 否定って……どういう事?」
「死んでいる。生まれた時から、俺は死んでいるのだそうだ。身にまとった服も、家も、食事も、命すらも。全て与えられたもの。故に俺は、生まれてから一度も生きてはいない。そう言われたよ」
「酷い……親が子供に、そんな事を……」
「死んでいる俺に権利はない。取引材料としてナナリーと共に日本に行けと命じられ、母も後ろ盾も失った俺に拒否する力はなかった。仲の良かった皇族も誰一人助けてくれず、その後はお前も知っての通りだ」
自嘲するように笑う顔を見て、スザクの方がつらそうに顔を歪める。
「じゃあ君が、食事も掃除も、全部自分でやってたのは敵国だからってだけじゃなくて……」
「もちろん、それが一番の理由だけどな。玄武がナナリーを殺そうとしていた事を考えても、それは正しかった。だがやはり、意地もあったんだろう。あの男に否定された生を、俺は生きているのだと、そう証明したかったんだ」
十にも満たない子供が、目と足が不自由な三つ下の妹を抱え、誰もが自分を敵視する敵国で、誰にも頼らずに生きる。
それがどれだけの苦労だったかを、スザクは知っていた。
「戦後はアッシュフォードが匿ってくれたが、それも決して信頼できるものではなかった。没落したアッシュフォードからすれば死んだとされた皇族を匿うのはリスキーだ。だがそれに見合うリターンとして、もし俺が皇族に復帰すれば爵位を手に入れる事が可能になる。それでなくとも、成長した俺とナナリーをブリタニアに売れば復興の足掛かり程度にはなるだろう。つまり俺が皇族に復帰する目途が立たなければ、いつ見限られて売られるか分からないような関係だった」
「……」
「アッシュフォード一門にも信用できる人間はいたが、それも一枚岩でない以上危険性は変わらない。それにアッシュフォードに売られずとも、いつどこで正体がバレるか分からない。見つからないように隠れながら、賭けチェスで軍資金を貯める日々。だがそれが全て、逃げるための手段でしかない事は分かっていた。解決になどならない、ただの時間稼ぎであり未来はないのだと。降り積もる澱が心を殺していくのを感じながら、それでも無力な学生の身ではできる事など一つもなかった」
拳を握り締め、忌々しいと表情を歪め語るルルーシュ。
その表情が不意に緩んだ。
「だが、俺はもう無力ではない」
いままでのどこか諦観を含んだ怒りとはまるで違う、力強さを感じさせる声でルルーシュは自分の言葉を否定した。
紫紺の瞳に射抜かれ、それを誇るようにスザクは頷く。
「そうだね。君には僕がいる」
互いの視線が絡み合う。
そこに一点の曇りもない事をお互いに見て取り、同時に苦笑した。
「本当は、お前には俺の代わりにナナリーを守ってほしかったんだがな」
「もちろんナナリーは必ず守るよ。でも君だって僕が守る」
「簡単に言うが、人ひとりを守るのだって一筋縄ではないんだ。しかも俺達には常に危険が付きまとう。いくらお前でも俺とナナリー、二人を守るなんて……」
「簡単だよ」
ルルーシュの言葉を遮ってスザクは微笑んだ。
こんな事も分からないのかと、いくらかルルーシュをバカにしたような調子で。
「確かに僕一人じゃ、君とナナリー、二人を守り切るのは難しいかもしれない。でも君と二人なら話は別だ」
意表を突かれたのか、ルルーシュが目を丸くする。
珍しいその表情を見ながら、スザクはなんて事のないように、けれど確信をもって告げた。
「君と二人なら、僕ら三人、全員の命をきっと守れる」
「ふっ、そうだったな。俺とお前、組めばできない事などないか」
「うん。7年前からそうだった」
二人にとって当たり前の事実を確認し、ルルーシュはスザクに手を伸ばす。
「俺は必ずナナリーが幸せに暮らせる世界を創る。そのためにスザク、お前の力を貸してくれ」
「違うよルルーシュ。間違ってる。力を貸すんじゃない。僕が君と同じ道を歩くんだ。あの夏の日のように」
そう言ってスザクはルルーシュの手を取った。
「いつかみたいに、また泣いて立ち止まるなよ」
「君の方こそ、スタミナ切れでへたり込まないでね」
軽口を叩き合い、笑い合う。
再会してからやっと、あの頃のようになんの含みもなく、純粋に。
「俺は、俺達は、ブリタニアをぶっ壊す」
「そして創ろう。ナナリーが――僕ら三人が、幸せに暮らせる世界を」
あの夏の日、取り合えなかった手を二人は固くつないだ。
これにてプロローグは終了です。
前話のあとがきでも述べた通り、今話はスザクの過去のトラウマに小説版の理由を追加しています。原作の「戦争を止める」という理由だけでも良かったのですが、小説版の「ナナリーを守るため」というルルーシュの願いもあった方が流れが綺麗かと感じたので入れました。
ルルーシュとスザクが手を組み、物語はいよいよ本編へ。
これからはメインキャラ以外もバンバン出していく所存です。
次回:嵐の前の台風