ブリタニア軍から無事ルルーシュを助け出し、C.C.も戻ってきて万事解決となった今回の一件。
嬉しい予想外でナナリーの目も見えるようになり喜びを分かち合って一息ついたスザクは、念のため別室で電話を掛けていた。
「……はい…………そうですか……分かりました。では僕も後から向かうので、それまではよろしくお願いします」
通話を切り、携帯をポケットにしまって息を吐く。
それで意識を切り替えると、背にしていたドアを開いてみんなの下へと戻った。
「どうだった?」
椅子に座ったルルーシュが訊いてくる。
その表情にも声にも深刻さはなく、まるで天気予報の結果でも訊ねているようだった。
「あっちの作戦も問題なく成功したみたい。藤堂さんも無事助け出したって」
「ブリタニアの主力はこっちに揃っていたからな。そのせいで手痛いイレギュラーも起きたが……」
ジェレミアの事を思い出したのだろう。わずかにルルーシュの表情が曇る。
つられるようにスザクも沈みそうになるが、その前に不機嫌な声が飛んできた。
「おい、いいから早く席につけ。いつまで待たせるつもりだ」
「ああごめん。そうだよね」
言われて慌ててスザクもルルーシュの隣に座る。
対面にはC.C.、斜め向かいにはナナリーが座っていて、目の前には豪勢な食事があった。
「それじゃあ、改めまして――」
『いただきます』
両手を揃えて、全員が定番の挨拶を口にする。
ちなみにルルーシュとナナリーとスザクに用意されているのは同じ料理。しかしC.C.だけはピザだった。
そして真っ先に料理に――というかピザに――かぶりついたのもやはりC.C.だった。
「うまい。やはりピザは最高だな」
「咲世子さんの料理はどれも凄くおいしいんです。今回はスザクさんがC.C.さんにはピザだって言っていたので、咲世子さんにお願いして用意していただきました」
「そうか。たまにはお前も気が利くじゃないか」
「喜んでくれて良かったよ。C.C.には助けられてばっかりだからね」
「政庁じゃピザの一枚も出てこなかったからな。姉弟揃って融通が利かないものだ」
「俺をあの人と一緒にするな。と言いたいが、これに関しては俺も同じ事をしただろうな。捕虜や犯罪者にピザを振舞うバカなどいない」
「ちゃんとメリットも用意してやったんだぞ? 私の話を聞きたければピザを用意しろとな」
「おい、まさかそんな事でナナリーを売ろうとしたんじゃないだろうな?」
「そう目くじらを立てるな。誰もナナリーの話をしてやるとは言ってないだろう? もっとも、話す機会など結局訪れなかったがな」
「敵に捕まって、しかも総督相手にそんな減らず口が叩けるなんて、C.C.って相当な大物だよね」
「今頃気付いたのか? 鈍い奴だ」
「こいつはただ頭のねじが外れているだけだ」
「お兄様、C.C.さんをそんな風に言ってはダメです。私が許しません」
「っ、ナナリー……」
「ふっ、どうだルルーシュ。謝罪をするなら受け入れてやらん事もないぞ?」
「誰が謝罪など――」
「お兄様」
「くっ、おのれ魔女め…………………………悪かった」
「聞こえないぞ?」
「C.C.さんも、意地悪は言わないであげてください」
「仕方ないな。ナナリーに免じて許しておいてやろう」
「ルルーシュとC.C.を手玉に取るなんて……ナナリー、ホントに強くなったね」
「それはそうと、ピザをおかわ――」
「どうぞ。C.C.様」
「準備が良いな。しかも焼き立てだ」
「スザク様からC.C.様は1枚や2枚では満足しないとお聞きしておりましたので、食事が始まってすぐに追加を焼いておりました。あと何枚焼きましょうか?」
「そうだな。とりあえず3枚頼む」
「かしこまりました」
「さっきは聞きそびれたが、どうして咲世子さんがここに?」
「……端的に説明するなら、C.C.が捕まったから、かな?」
「話を省くな。詳しく聞く」
「分かった――――君からの指示を受けてジェレミアさんが電話を掛けてきたのが、ちょうどC.C.が捕まった後だったんだ。それでジェレミアさんと直接会おうと思ったらナナリーがここで一人になっちゃうから……」
「誰か信頼できる人間を呼ぶか、安全な場所に移す必要があった。という事か」
「うん。でも黒の騎士団のアジトやキョウトの人に預けるのは危ないと思って、でも他にあてもなかったからナナリーにも頼れる人がいないか聞いてみたんだ」
「なるほど。それで咲世子さんか」
「はい。咲世子さんなら私達がブリタニアから隠れている事も知っていますし、信頼できる人なので安心だと思ったんです」
「僕も君を助けるために地下協力員のリストには目を通していたから、そこに咲世子さんの名前があった事を憶えてたんだ。あとはここに呼んで話してみて、信頼できると思ったから僕がいない間ナナリーの事を頼んだって感じかな」
「得心がいった。話を聞く限りベストな人選だ。スザク、ナナリー、良くやってくれた」
「うん」「はい!」
「おかわりです。C.C.様」
「お前は本当にできるメイドだな」
「恐れ入ります」
「そういえばナナリー。目はついさっき見えるようになったばかりなのだろう? 疲れてないか?」
「心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫です。さっきまでは少しだけぼやけたりもしたんですけど、慣れてきたのかいまはC.C.さんの顔もはっきり見えますし、疲れたりもしていません」
「無理はするんじゃないぞ。目からの情報量は人が得る情報の80%を担うと言われている。いままではそれが遮断されていたのに、急に見えるようになったんだ。目はもちろん、それらの情報を処理する脳への負担は計り知れない」
「詳しいね。ナナリーのために調べたの?」
「当然だろう。ナナリーがいつ目が見えるようになっても良いように、足が動くようになっても大丈夫なように、関連する情報は全て頭に入れてある。目の負担を軽減するための眼鏡も準備していたんだが――俺の荷物はここにあるか?」
「ごめん。必要最低限のものしかここには持ってきてないや」
「謝るな。荷物を最小限にするのは当然の判断だ。だがもし必要になったらすぐに持ってくるから、遠慮せずに言うんだぞ。ナナリー」
「はい。ありがとうございます、お兄様」
「……そういえば、ラクシャータ・チャウラーが合流したんだったな」
「ん? 昨日アジトに来たけど、いきなりどうしたの?」
「いや、なんでもない。ただ彼女が医療サイバネティックスの専門家だった事を思い出しただけだ」
「もしかして。その女にナナリーを診てもらうつもりか?」
「えっ、私をですか?」
「安心してくれ、そんなつもりはないよ。まだ目が見えるようになったばかりなんだ。まずはそっちに慣れる事を優先しなきゃな」
「でもずっと見えなかった目が見えるようになったんだから、足の方もいつか動くようになるかもしれないよね」
「おい、あまり安易に希望を持たせるような事は……」
「いえ、私もそうなったら嬉しいです。また昔のように、お兄様と一緒に走り回りたいですから」
「ナナリー……!」
「やれやれ。ナナリーの目や足は治っても、兄のシスコンは治りそうにないな」
「そうだナナリー。何か見たいものはない?」
「見たいもの、ですか?」
「うん。やっと目が見えるようになったんだから、見たいものがあるならなんでも言ってよ」
「う~ん、そうですね……」
「遠慮しなくていいぞ。たとえどんなものでも俺が用意してみせる」
「守れない約束はするなよ、ルルーシュ。ついこの間も約束を破ったばかりなんだからな」
「俺がいつ約束を破った?」
「おや? 午後には合流すると言いながら1週間も帰ってこなかったのはどこの誰だったかな?」
「あれは不可抗力だろう!」
「不可抗力だろうとなんだろうと、お前が約束を守らなかった事実に変わりはなかろう?」
「くっ……!」
「あの二人は放っておいて、どうナナリー? 何かない?」
「あまり、思いつかないです。私が一番見たかったものは、もう見られましたから」
「ナナリー……」
「あっ、でもお世話になった生徒会のみなさんのお顔は見てみたいです」
「会長、リヴァル、シャーリー、カレン、ニーナ、か」
「でも生徒会って事は、アッシュフォード学園の人達だよね? あそこは――」
「ああ。俺がクラブハウスで暮らしていた事はバレているからな。万が一にでも俺が接触を図った時のためにコーネリアの部下が監視しているだろう」
「会いに行くにしても呼び出すにしても、自ら見つけてくれと言っているようなものだな」
「だが他ならぬナナリーのためだ。なんとか方法を考えて――」
「それでは私が生徒会のアルバムを持ってくるというのはいかがでしょう?」
「咲世子さんが?」
「ルルーシュ様とナナリー様がいなくなられてからは休暇をいただいておりますが、私は変わらずアッシュフォード家に雇われておりますので、生徒会室に忍び込んでアルバムを持ってくるくらいは造作もございません」
「なるほど、それは盲点だったな。ナナリーはそれでいいかい? 直接会う事はできないが……」
「はい。みなさんのお顔が見られるのであれば、それだけで私は嬉しいです」
「良し。じゃあ頼んでいいですか、咲世子さん」
「お任せください」
食卓から話し声と笑顔が途切れる事はなかった。
話題を探す必要がないほど、自然と言葉は溢れ、口元は緩んで穏やかな微笑みを形作る。
しかしどんなに和やかな時間にも終わりはくる。
目の前の食事を食べ終えたところで(C.C.だけは未だにピザをおかわりしていたが)、ルルーシュは名残惜しさに別れを告げて席を立った。
「そろそろ、俺とスザクは黒の騎士団に戻って今回の後処理をしてくる。C.C.とナナリーはここで――」
「待ってください。お兄様」
ルルーシュの言葉をナナリーが途中で遮る。
それは普段のナナリーなら絶対にしない珍しい光景だった。
驚くルルーシュと、真っ直ぐ兄を見つめるナナリーの同じ色をした紫紺の瞳が絡み合う。
「今日はずっと、私と一緒にいてくれませんか?」
可愛らしい我儘が妹から兄に届けられる。
こうしてナナリーが素直に言葉にして甘える事は滅多にない。
だからルルーシュも、驚きはしてもそれを断るという選択肢はなかった。
「スザク、すまないが……」
「分かってる。後処理くらい僕だけで平気だから、ナナリーといてあげて」
「恩に着る」
意図を汲んでスザクがルルーシュの肩を叩く。それを見ていたナナリーが感謝を伝えるように笑顔を向けると、スザクも笑顔で頷いてくれる。
そして再び兄妹はお互いしか目に入っていないかのように見つめ合った。
「話したい事が、聞きたい事が、たくさんあるんです」
「俺もだよナナリー」
手を重ねて一言を言葉を交わすと、二人はナナリーの部屋に消えていく。
それを横目で見送りながら、C.C.が一口ピザを齧った。
「長い一日になりそうだな」
「ナナリーがいなくなった日と同じくらいね」
「あるいは、ルルーシュが捕まった日と同じくらいな」
口にしてからその日の事を思い出して、うんざりするようにC.C.は顔をしかめる。
しかしそんな憂鬱な気分も、舌の上に広がる濃厚な美味に上書きされてすぐに消えていった。
「まぁ、あいつらにとってはそうでも、私にとっては変わらぬ一日だがな」
「捕まってた時と変わらないっていうのは、ちょっと言い過ぎじゃない?」
「快適だったぞ。ピザが食べられない以外はな」
実際問題、軟禁はされていても拷問されたり食事を抜かれたりしたわけではない。着慣れた拘束衣にすら着替えさせられる事もなかった政庁での囚われの時間は、C.C.にとってなんら痛苦を与えるものではなかった。
常人ならば拷問を恐れてとても平気ではいられない時間も、魔女にはピザの宅配を待つ一時と大差ない。
「C.C.」
改まって名前を呼んでくるスザクに、C.C.は初めて視線をそっちに投げた。
「ごめん。それからありがとう」
突然の謝罪とお礼。
ピザを噛み締めるC.C.は何を言わず、構わずスザクは続ける。
「君がいなきゃ、こうしてみんなで食卓を囲めなかったよ」
「だろうな。だが私は私のために行動しただけだ。お前のためでも、ましてやルルーシュのためでもない」
歴然とした事実としてC.C.は己の功績に頷き、しかし謝罪とお礼については突っぱねる。
その素気ない態度にスザクはなぜか笑みを零した。
「何を笑っている?」
「そう言うと思ったから」
「だったら最初からいらん事を言うな」
ジト目で睨まれ、スザクは肩を竦める。
「こういうのって、伝える事が大事でしょ?」
「お前が体力バカだという事は知っていたが、受取人のいない配達物は持ち主に返る事も知らないのか?」
どこまでもつれない魔女に、スザクは口で勝つのを諦めて立ち上がった。
「それじゃあ、僕もそろそろ行くよ。明日の朝には戻るから、ルルーシュに伝えておいて」
「あの兄妹の話に割って入れと言うつもりか? そんなのはごめんだ」
「確かに」
自分でも二の足を踏むなと、スザクは苦笑を零す。
面倒臭がりなC.C.がそんな事を了承するわけもない。
「咲世子さん。あなたの今後についても、明日話しましょう」
「かしこまりました」
後回しにされる事に不満の顔一つせず頭を下げる咲世子。
ルルーシュとナナリーに信頼されるメイドなだけはあるなと笑顔を返し、スザクは隠れ家を後にした。
咲世子もキッチンに戻り、一人残されたC.C.はピザを堪能して幸福な笑みを零した。
「ルルーシュ殿下が姿をくらまし、ジェレミア卿がそれに加担して意識不明の重体……?」
任務から帰投したヴィレッタは、親衛隊に呼び出されて戻ってきたキューエルから聞いた話があまりに衝撃的で呆然と目を見開いた。
「どういう、事でしょうか……?」
「どうもこうもない。ジェレミアは初めからルルーシュ様を逃がそうと画策し、それに気付いて連れ戻そうとしたコーネリア総督にあろう事か刃を向けた。結果、ルルーシュ様は逃亡され、ジェレミアは戦闘の末に負傷した。それだけの事だ」
忌々しいと言わんばかりに、キューエルは乱暴に吐き捨てる。
端的にまとめられたその内容は、一般兵なら卒倒していてもおかしくないほどの暴挙だった。できるならヴィレッタもそうしたかったが、どうにか堪えた。しかし次にキューエルが発した追加情報で本当に卒倒しそうになった。
「加えて、これは公にできる話ではないが、ジェレミアは黒の騎士団に関与していた疑いが濃厚との事だ」
「なっ……!」
ヴィレッタが上官の前であんぐりと口を開く醜態を晒す。
しかしキューエルはそれを咎めなかった。目の前で間抜け面をしている部下の心情がありありと理解できただけに。
「そんなわけはありません! あれほど皇室への忠誠を語っていたジェレミア卿が、黒の騎士団のスパイなんて事があり得るはずが……!」
自失から立ち直ったヴィレッタがジェレミアを庇って叫ぶ。
しかしそれには即座に反論のしようのない問いが返された。
「では今回の黒の騎士団の襲撃をどう見る? あれほど計画的な襲撃が単なる偶然であるはずがない。こちらの計画を黒の騎士団に流した内通者がいるはずだ」
「っ……」
今回の黒の騎士団との戦い、ランスロットがいたとはいえ戦力ではこちらの方が上だったにも関わらず、結果は完敗に終わった。
黒の騎士団の未知の兵器によりダールトン将軍を始めとした親衛隊の半分が無力化され、もう半分は伏兵により被害甚大。純血派は逃走した黒の騎士団を追ってそれに関わる事はできず、ランスロットも取り逃がした。
ゼロの策にしてやられたのは屈辱の極みだが、こうまで手玉に取られたのは情報が漏れていたせいなのは疑いようがない。
「今回の護衛計画の詳細を知っていたのは、ルルーシュ様を除けばジェレミア一人。我らでさえナナリー様をお迎えに上がる事は事前に知らされていても、どこに行くのか、人員をどう配備するのか、詳しい計画を知らされたのは今朝の事だ。我らの中に内通者がいたとしても、黒の騎士団があれほど周到な罠まで仕掛けて待ち構えられたとは思えん」
キューエルの言う事は尤もだった。
建物の爆破、未知の兵器の設置、伏兵の配備。どれをとっても一朝一夕に準備できるものではない。計画知っていたのはジェレミアとルルーシュだけであり、二人のうちのどちらか、あるいはどちらもが黒の騎士団に内通していたと考えるのが自然だろう。
「ですが、ジェレミア卿がテロリストに情報を流すなんて事、あるわけが…………っ!?」
言い掛けて、ヴィレッタは何かに気付いたかのように目を瞠り押し黙る。
ヴィレッタがわずかに俯いていたためそれに気付かなかったキューエルは、根拠のない否定を口にするのを避けたのだろうと続けた。
「意識が戻り次第、ジェレミアには入念な事情聴取が行われるはずだ。場合によっては国家反逆罪に問われる可能性もある」
最悪の可能性をキューエルは示唆するが、ヴィレッタはなんの反応も示さない。
不審に思いキューエルが顔を覗き込む。
「顔色が悪いぞ。大丈夫か。ヴィレッタ?」
ヴィレッタは何も答えない。
顔を真っ青に染めながら、身体はわずかに震えている。
「すまんな。突然の話で動揺しただろう。後処理は私がやっておくから、お前は休め」
ポンと、ヴィレッタの肩に手を置いてキューエルは休息を指示する。
ジェレミアの暴挙を聞かされて動揺していたとはいえ、なんの配慮もせずに苛立ちのままに話をしてしまった己の無思慮を恥じて。
「だが純血派のトップであるジェレミアが総督に刃を向けたのだ。我らの軍での立場も危ういものとなるだろう。それだけは覚悟しておけ」
最後にそう言い残し、キューエルはヴィレッタの仕事を引き継いでその場を去る。
残されたヴィレッタは視線を地面に落とし、未だに顔を青ざめさせていた。
しかしそれはジェレミアが暴挙を犯したショックからではない。ジェレミアがなぜそんな暴挙を犯したのか、その理由に思い至ってしまったからだった。
「まさか……そんな事が? いや、だが今回の動き、そうとしか……」
ブツブツと無意識に内心が声となる。
それに気付いてヴィレッタは急いで宿舎へと戻り自室に閉じこもった。
着替える余裕すらなく、机にノートを開いて考えを整理する。
ルルーシュ皇子とジェレミアの逃亡。黒の騎士団との協力関係。内通者の存在。ナナリー皇女がいたはずの建物の爆破。
そして、枢木スザクとルルーシュ皇子が知り合いであった可能性。
断片的な情報を整理し、矛盾がないように組み上げていく。
それはまるでパズルのような作業で、ヴィレッタが考えたくもない最悪の形にピースがはまっていく。
「まさか、まさかまさかまさか!」
嫌な予感はあった。
そもそもヴィレッタが最初に調べていたのは、枢木スザクの行方だ。その捜査線上にルルーシュ皇子が協力者かもしれない疑いが浮上し、ジェレミアによって死んだはずの皇族だと明らかとなった。
つまりルルーシュ皇子と枢木スザクが元から協力関係にあった可能性が濃厚なのだ。となれば今回助けに来た事からも、枢木スザクはルルーシュ皇子が皇族だと知っていた可能性が極めて高い。だというのに、黒の騎士団はブリタニア相手にそのカードを切っていない。
それはなぜなのか。
ゼロほどの知略があれば、利用方法などいくらでも思いつくはずだ。死んだ事になっているとはいえ、皇族という存在は交渉にも人質にも大いに利用できる。切り札として取っておくにしても、学生として自由にしておくなどあり得ない。今回のようにブリタニアに囚われる可能性を考えるなら、黒の騎士団のアジトから一歩も出さないのが最適解のはずだ。
枢木スザクがゼロにルルーシュ皇子が皇族である事を秘密にしているのか。
そんなはずがない。今回は我々が襲われた葛飾ゲットーの他に、チョウフ基地にも黒の騎士団の襲撃があった。明らかに黒の騎士団の全戦力が投入されており、ルルーシュ皇子が皇族だと知らなければここまでの大規模な奪還作戦は行わないだろう。いかに右腕である枢木スザクの知り合いだといえどもだ。
つまりゼロはルルーシュ皇子が皇族だと知っており、その上で自由行動を許し、囚われれば全戦力を用いても奪い返すほど重用している。
ここまでの特別扱いをする理由として考えられるのは、枢木スザク同様、ゼロにとってもルルーシュ皇子が重要な存在であるか、そもそもルルーシュ皇子本人が――
「ゼロであるか」
口にした途端、冷や汗がブワッと流れ出した。
もし、もし本当にルルーシュ皇子がゼロであったなら、今回の件は単にテロリストに皇族を奪われたとか、皇族がブリタニアから逃亡を図ったとか、そんな単純な話とは一線を画する大事だ。
これまでの、そしてこれからのブリタニアと黒の騎士団の戦いも、根本から話がひっくり返る。
つまりブリタニアと黒の騎士団の戦いは、そのままコーネリア皇女とルルーシュ皇子の皇位継承争いに成り代わるのだ。
宮廷の権力闘争がどうなっているのかなど、ヴィレッタには雲の上の話で詳しくは知らない。だがもしルルーシュ皇子――つまり黒の騎士団が勝利し、エリア11をゼロが手に入れたなら、それはそのままルルーシュ皇子がこのエリアを支配したに等しい。やり方は問題となるだろうが、エリア11を掌中に収めた後で黒の騎士団を罠にハメて壊滅させれば、結果的にこのエリアのテロリストは完全に屈服するだろう。
それを土産に己の生存を発表し、帝国中に力を示す。そんな事が可能なのかヴィレッタには想像もつかないが、他ならぬ皇帝陛下が『争い、競い、奪い合え』と宣言しているのだ。ブリタニアの魔女と呼ばれるコーネリア皇女以上の力を示したルルーシュ皇子を反逆者として処刑するような事はないように思える。それなりの罰は免れないだろうが、ルルーシュ皇子は国是に従っただけなのだから。
「だからジェレミア卿は、あれほど取り乱していたのか……」
ルルーシュ皇子を保護した時の上官の態度を思い出し、ヴィレッタはあの時の事がようやく腑に落ちる。
おそらくジェレミアはルルーシュ皇子の派閥だったのだろう。
そしてルルーシュ皇子についていたジェレミアの部下である自分が、敵対派閥であるコーネリア皇女に神輿であるルルーシュ皇子を差し出したのだ。誰がどう見ても裏切り行為でしかない。
だからこそ信頼を回復するために、ジェレミアは単独で黒の騎士団と協力してルルーシュ皇子を逃がした。7年前の戦争でルルーシュ皇子が死んでいなかった事はジェレミアも知らないようだったので、おそらくはそれ以前からの主従関係だったのだろう。ヴィレッタの報告で生存を知り、ブリタニアに戻らない理由を考えて事情を察したと考えるのが自然だ。その時点で黒の騎士団との関係やゼロである事を見抜いていたかは分からないが、少なくともコーネリア皇女に生存を知られるのがルルーシュ皇子の意思に沿わない事だけは確信していたのだろう。でなければ、ルルーシュ皇子を保護したと知ってあそこまで取り乱すはずがない。
「だがもしそうなら、私は一体どうすれば良かったのだ……」
片手で顔を覆い、ヴィレッタは天井を仰ぎ見る。
今回の一件で、手中に収めたと確信していた貴族への道が絶たれた事にヴィレッタは気付いていた。
本来ならルルーシュ皇子の保護の功績でコーネリア皇女から爵位を貰えるはずだったが、褒賞は公の発表の後という事になっており、ルルーシュ皇子が姿をくらませた事で功績自体が存在しないものとなってしまった。しかも純血派のトップであるジェレミアがそれに加担しているのだから、コーネリア皇女の純血派に対する評価は最悪だろう。今後は作戦に従軍させてもらえるかも怪しい。そんな立場では功績を上げて爵位を得るなど夢のまた夢だ。
「くそっ! ジェレミアめ! なんて事をしてくれたんだ……!」
ガンと、力任せに拳を机に叩き下ろす。
長年の夢が潰え、出世の目もなくなったヴィレッタの怒りが、原因となった上官へと向かう。
自分は一切間違った事などしていないはずなのに、身勝手な上官の行動で未来が絶たれたのだからそれも当然だった。
皇帝の他に爵位を与えられるのは、高い発言力と皇位継承権を持つ皇族だけ。このエリア11ではコーネリア皇女しかおらず、その第二皇女からの信頼は地に落ちた。もはやヴィレッタには、こんな辺境のエリアで閑職を回される道しか残されてはいない。
怒りを通り越して自暴自棄になってしまいそうになり、ヴィレッタはもうどうにでもなれとベッドにダイブした。
「いや、待てよ……」
自らの思考の何かが引っ掛かり、枕を抱きしめながら上体だけ起き上がる。
もう一度、一から同じ思考を辿り、それでも何に違和感を覚えたのか分からず、二度、三度とヴィレッタは思考を繰り返した。
そしてようやく気付く。
「爵位を与えられるほどの皇族……!」
いま現在、このエリアには確かにそんな皇族はコーネリア皇女しかいない。
しかし、今後はどうだろうか。
もし、黒の騎士団がエリア11の軍に勝利すれば、ゼロであるルルーシュ皇子はコーネリア皇女に匹敵するだけの力と立場を得る事になるのではないだろうか。
ならばいまからルルーシュ皇子の派閥に入り、そのお力になる事ができれば、おこぼれを授かる事も不可能ではない。
「だが、ルルーシュ様の私の印象は最悪のはず……」
忘れてはならない。帰還を望まぬルルーシュ皇子をブリタニアへと連れ戻したのは自分なのだ。
そんな者が力になりたいと申し出ても、信じてもらえるはずがない。そもそも自分はルルーシュ皇子がどこにいるかも、その連絡先すら知らないのだ。
いくらルルーシュ皇子の臣下になる事を望もうと、話せないのであればどうする事もできない。
「ならば、連絡できる者に取りなしてもらうしかない」
幸いな事に、ヴィレッタにはその当てがあった。
自分の未来を奪い、どん底に叩き落とした張本人であるジェレミア・ゴットバルト。
今回の逃亡にも加担した奴であれば、ルルーシュ皇子への連絡手段くらいは持っているだろう。
総督の意思に逆らった事で、ジェレミアは意識が戻っても拘束されるため、自由に動けない自身に代わりルルーシュ皇子に連絡を取る者をジェレミアも求めるだろう。
その座を掴み取る事ができれば、ルルーシュ皇子の信用を得る事ができるかもしれない。いや、なんとしても信頼を勝ち得てみせる。
「となれば、ジェレミアが目を覚ました時のために準備だけはしておくか」
再び野望の炎を瞳に宿し、ヴィレッタはニヤリと笑む。
しかし残念ながら、その計画は最初の段階で躓く事となる。
1週間後、ジェレミアは治療のため意識不明のまま人知れず転院した。
しかしどこの病院に転院したのかは書類不備により記載されておらず、忽然と姿を消したジェレミアの行方を知る者は誰一人としていなかった。
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50.5:ジェレミアの苦悩
軍の宿舎。
ルルーシュの命で協力者――枢木スザクとの初対面を果たして自室に戻ってきたジェレミアは、期せずして知る事となった衝撃的な情報を思い返して一人ブツブツと意味もなく部屋の中を歩き回っていた。
「ルルーシュ様がゼロだと? 枢木スザクは明言していなかったが……しかしルルーシュ様のお言葉と協力者を考えれば、そう考えるのが最も自然……」
あの場ではそんな事は些事だと言ったが――その言葉に嘘偽りなど微塵もないが、それは主がゼロであっても忠誠心は変わらないという意味で、過去の己の行いは全く別の話だ。
故に、ジェレミアは頭を抱えて悔恨に打ちひしがれる。
「だとすれば……ぁぁぁああああああああああああああ! 私はなんて事をぉぉ!」
指折り思い出す必要もない過去のフラッシュバック。
埼玉では枢木と相対し、その裏にいたであろうゼロの策を邪魔した。
片瀬率いる日本解放戦線の亡命では、ゼロ率いる黒の騎士団と正面から戦った。
そして何より成田連山では、主であるルルーシュ相手に銃口を向けたのだ。
騎士として、これ以上の不忠があるだろうか!
「申し訳ございません! 申し訳ございませんルルーシュ様! あぁぁあ――――! 私はなんという愚か者なのだ!」
頭をガンガンと壁に叩きつけてジェレミアは己の愚行を悔いる。
もし成田のあの時、邪魔が入らずゼロに抵抗でもされていれば躊躇いなく射殺していただろうと、そんな仮定の想像してしまい、余命数カ月と宣告された病人の方がまだしも顔色が良いだろうというほどにジェレミアの顔から血の気が引く。
「不忠も不忠! 幾度となくルルーシュ様の覇道を妨害するなど、たとえ知らなかったとはいえ許される事ではない! あまつさえ御身を害するなど、この命を捧げても償えぬ大逆!」
大股で一直線に部屋に置いてある剣を手にするが、そこでハッと目を見開く。
「いや、何を言っているのだ私は! ルルーシュ様は仰っていたではないか。過ちを犯したなら、自らの行動によって贖えと! 安易に命を捧げるなど、ルルーシュ様のお言葉を軽視する愚行の極み! だが、だがしかし! 私の罪は一体どれほどの功績によって贖えるというのだ!」
これまでも償い切れないほどの過ちを犯してきた上に、さらなる負債が重なっていた事実に、ジェレミアは剣を放り投げて頭を抱える。
もはや一生を懸けても到底清算できない己の愚行に耐えきれず膝が折れた。
「ああ、マリアンヌ様! どうか、どうかお教えいただきたい! 私はどうすれば――――」
「さっきからうるさいぞジェレミア!」
とうとう天を仰いで故人に救いを求めたジェレミアの騒音に業を煮やしたキューエルが扉を蹴破って怒鳴り込んでくる。
ジェレミアとキューエルは貴族の高官でもあるので一般兵よりも遥かに良い部屋を宛がわれていたが、それでも防音処置まで施されていない壁ではジェレミアの嘆きの叫びと騒音行為を完全に遮断する事はできなかった。
「キューエル! どうか私を殴ってくれ! 頼む!」
乱入してきたキューエルに希望の光を見出したジェレミアが鬼気迫る勢いで副官の肩を掴む。
目が血走り、万力で肩の骨を軋ませるジェレミアの姿が、キューエルの目には狂気としか映らなかった。
「な、何を言っているのだ貴様は! とうとう気が触れたか!」
「このような事で私の罪が減じられるとは思っていない! だが、だが私はこのままでは私を許せんのだ!」
「話を聞けえ!」
骨を砕くのではと錯覚するほどの力で肩を掴んでくるジェレミアの手を振り払いキューエルは叫ぶ。
しかしすぐさままた肩を掴まれる。どころか、キスでもするのではないかというほど顔を近付けられて、本能的にキューエルは恐怖を抱いた。
「頼む! 礼ならいくらでもする! だから、頼むから! 私を全力で殴ってくれ!」
「ええい、気持ち悪い! 離れろ! 乱心するのも大概にしろ!」
平手を食らわせる勢いでジェレミアの顔を押しのけるが、狂気の男はそれを気にも留めなかった。
「キューエルゥ! 全力で、全力で私をぉぉぉぉ!」
「誰か助けてくれええぇぇぇぇぇぇぇ!」
むさ苦しい上官に迫られる恐怖体験に耐えきれず、とうとうキューエルが部屋のドアを開けて救援を求める。
駆けつけた部下に拘束され、キューエルに全力で殴られて気絶するまで、ジェレミアの全力の叫びが途切れる事はなかった。
本当は今回のジェレミアの話と、咲世子さんをスザクが面接する話を合わせて1話にし、閑話として投稿しようかと思っていましたが、予定調和で終わりそうだったので面接話はカットして食事シーンで触れるだけに留めました。一応ざっくりとした内容としては、黒の騎士団のためにいままでお世話していた人(ルルーシュとナナリー)を害する事はできるか、みたいな問いをスザクが咲世子さんにしたようです。
本編中に入れなかったのは、展開的に咲世子とジェレミアの面接が連続してしまうのを避けるためですね。
書きためはこれにて終わりです。
次回:客人
出典
アプリゲーム Lost Stories
イベントシナリオ「激走ブライダル」
『ルルーシュとナナリーがブリタニアから隠れていた事を知っている咲世子』