戦場を渡り歩きブリタニアの魔女とまで呼ばれるようになったコーネリアは、誰と相対しても過度に緊張するような事はない。
たとえ相手が自分より皇位継承権が上の兄弟であろうが、自分より格上の豪傑であろうが、堂々と毅然とした態度で逆に相手を委縮させてしまうのがコーネリアという人物だ。
しかしいま、コーネリアは通信画面に映る人物を前に手に汗を浮かべ、カラカラの喉を潤そうと唾を飲み込むといった悪足掻きをしていた。
「ルルーシュとナナリーが生きておったか……」
エリア11総督から死んだはずの皇族であるルルーシュが見つかってからの一連の経緯を聞いた皇帝は、表情一つ変える事なく独り言のように呟いた。
その反応の裏に隠された感情が喜びなのか怒りなのか、それを判断できずコーネリアは判決を受ける罪人のような心持ちで続きの言葉を待った。
「皇子でありながら反旗を翻すとは、あれも血気盛んなものよ」
その声に責を問うような怒りや不快感は込められていない。
しかし内容が内容だけに黙っていれば話が不利な方向に転がりかねないと、コーネリアはたまらず口を挟む。
「いまは少々乱心しておりますが、ブリタニアに戻ればルルーシュも落ち着く事でしょう。ですので、二人にはどうか寛大なご処置を……」
「よい」
なんとか弟妹の罪を軽くしようと嘆願するコーネリアの言葉が厳かな一言に遮られる。
その事実にビクリと肩を震わせるが、皇帝が続けた言葉は最悪の予想とは正反対のものだった。
「力で以て望むものを手に入れようというなら、それは我がブリタニアの国是に沿うもの。あれの行動を咎めようとは思わん」
変わらぬ感情の見えない平坦な声音で、皇帝は息子の大逆を容認する。
そして直後、ニヤリと口元がわずかに緩んだ。
「ルルーシュがゼロになったのも、ブリタニアの進化の証。あの戦争を生き残り、戦火に牙をもがれる事なくむしろ研ぎ澄ましてきたというなら、その気概を歓迎すべきであろう」
常人には理解しがたい国の理念を体現した価値観が、本来なら首を差し出しても贖えない罪を正当化する。
身一つと足手纏いの妹を抱え敵国に渡り、自らの死を偽装してまで生き抜いた――――皇族として守られていたのでは手に入らなかったであろう強さを称える。
それは皮肉な話だった。
幼い頃にルルーシュを苦しめ国から追い出した国是がいま、ルルーシュの行いを肯定し、賞賛しているのだから。
「だが、負けるなら話は別よ」
ひとまず問答無用で処刑されるような最悪の事態は避けられたと、安堵していたコーネリアの表情が凍りつく。
見れば皇帝の顔からは笑みが消えていた。そしてその口から、君主として威厳に満ちた声が重く圧し掛かってくる。
「身の程も弁えず強者に牙を突き立てながら無様に敗れる弱者など、我がブリタニアには不要」
ついさっきまでルルーシュの反逆を笑っていたとは思えないほどあっさりと、皇帝は息子を切り捨てる。
8年前、ルルーシュとナナリーを日本に送ったのと同じように。
これがルルーシュの恐れていた事態かと、コーネリアは実感と共に息を呑んだ。
「コーネリアよ」
名前を呼ばれ、反射的にコーネリアは頭を下げた。
「あ奴を下し捕らえたなら、その処分は好きにせよ」
「ハッ! 感謝致します。陛下」
敗れ去る者への関心など一切感じさせず、非情な裁定が下される。
しかしコーネリアには、その無関心こそがありがたい。
「だが忘れるな」
望んだ返答を引き出せた事を喜ぶ間もなく、皇帝の視線が圧倒的な質量を持ってコーネリアに注がれる。
「もし敗れたなら、お主の全てはあ奴に奪われる事となる」
「っ……!」
「欲するものがあるのなら
弱肉強食。
競い合い、奪い合いこそがブリタニアの国是。
それは皇族――姉弟間であっても変わらない。
「エリア11を出ない限り、ゼロの件はお主に一任する。力を示せ。我が娘よ」
「イエス・ユア・マジェスティ」
コーネリアが強固な意志を示したのを見届け、通信が切られる。
それを確認し、コーネリアは深く息を吐き出した。
「ひとまず、最悪の事態は避けられたか」
内容に思うところはあれ、話の決着はコーネリアの望んだものとなった。
皇帝の気質を考えれば、捕らえ次第問答無用で処刑を命じられてもおかしくはなかった。
あとはルルーシュを守るために、ルルーシュを捕らえるだけ。
「余計なお世話だと、ルルーシュはそう言うんだろうな」
自分の力など必要ないと拒絶されたのを思い出し、口の端が歪む。
余計な思考を振り払い部屋を出ると、待っていたギルフォードがすぐに駆け寄ってきた。
「いかがでしたか?」
「ルルーシュとナナリーの件は、こちらで保護する許可がいただけた。あとは連れ戻すだけだ」
背後でわずかに安心した気配を感じ、いらぬ心配を掛けていた事を申し訳なさを覚える。
「ルルーシュの捜索はどうなっている?」
「未だ足取りは掴めておりません。葛飾ゲットーにも手掛かりは残っていないようです」
ゼロの周到さを考えれば、もはや完全に逃げられたと判断するべきだろう。
これ以上の捜索は無意味。となればやはり、エリア11総督としてゼロを捕まえる他に道はない。
「……」
一度瞳を閉じて、覚悟を決める。
愛する異母弟と本気で争う覚悟を。
ルルーシュのために、ルルーシュの意志を捻じ曲げる覚悟を。
「……もう、なりふり構ってはいられんな」
再び瞼を開いたコーネリアは、もはや肉親と刃を交わす事への躊躇いを殺した戦士の鎧をまとっていた。
その日の黒の騎士団の本拠はどこか浮ついていた。
日本解放戦線の藤堂鏡士郎救出作戦が上手くいった事も理由ではあるが、それ以上に極秘作戦のため姿を消していたゼロが戻ってくるというのが大きかった。
ゼロの定期連絡がなくなってから一週間。アジトに顔を出さなくなってからはもう二週間近く経っている。事前に話を聞いていた者は誰もおらず、唯一事情を知っていそうなスザクがその件に関しては口を噤んでいたため、黒の騎士団の中でも様々な憶測が囁かれていた。
ゼロは事故で生死の境をさまよっている。ゼロはブリタニアの手先だった。ゼロはブリタニアを倒すための大きな作戦の準備に動いている。ゼロは黒の騎士団を見捨てた。
それらの根拠のない流言飛語に興味はないが、カレンもゼロの帰還に心が浮つくのは他の団員と同じだった。
「ったく、ゼロは一体いつ来るんだよ。待たせやがって」
「まだ集合時間にはなってないだろ。どんだけせっかちなんだ」
すぐ近くで愚痴をこぼす玉城を南が諫めている。
既にゼロとスザクを除いたアジトの位置を知る団員の全員が集まっていた。その中には先日合流したラクシャータが率いる研究チームや救出した後そのまま黒の騎士団に残っている藤堂と四聖剣の姿もある。
「それにしても、極秘作戦ってゼロは何をしてたんだろうな?」
「泉達の話だと、コーネリアの親衛隊とやり合ったって話だぜ。しかも圧勝だったってよ」
「ホントかよ!? 俺もそっちに参加したかったな」
杉山と吉田の会話を聞き流し、カレンは一度瞼を閉じて頭の中を整理した。
ゼロが戻ってきたら話そうと決めていた事、それを筋道立てて話せるように確認していく。
数分経ってようやくまとまってきたところで、周囲のざわめきが聞こえてカレンは瞳を開く。
そこには予想通り、久しぶりに目にする仮面の男の姿があった。
「みな、良く集まってくれた」
久しぶりに見るゼロは前と何一つ変わらず堂々とした佇まいで、団員の視線を一身に集める。
すぐ後ろにはスザクも控えている。
「まずは作戦のためとはいえ長らく不在にした事を謝罪しよう」
胸に手を当て、ゼロはわずかに頭を下げる。
「しかしその甲斐もあり、ブリタニア軍には大きな打撃を与える事ができた。これからは本格的にブリタニアと矛を交える機会も多くなるだろう。全員、覚悟しておいてほしい」
その言葉に場の空気が引き締まる。
成田連山、日本解放戦線の国外逃亡の援護、チョウフ基地と、ブリタニアと争う作戦が続いている。
もう単なる小さなテログループではない。黒の騎士団はブリタニアとの戦争を視野に入れた組織へと成長しているのだと誰もが感じていた。
「話は変わるが、君達に紹介しておきたい人物がいる――入って来てくれ」
緊迫した空気を入れ替えるようにゼロがそう言うと、扉が開いて呼ばれた人物が入室する。
ゆっくりと壇上に上がり、ゼロの隣まで来た二つの見慣れた顔にカレンは目を見開いた。
「彼はルルーシュ・ランペルージ。そして彼女はナナリー・ランペルージ。スザクの客人だ」
紹介されたルルーシュとナナリーが頭を下げる。
突然ゼロがブリタニア人を連れてきた事と彼らがスザクの客人である事に団員がざわめく。
カレンもまた、彼らとは違った驚愕に見舞われ混乱の極致に至っていた。目が見えなかったはずのナナリーの瞼が開いている事に気付かないほどに。
――どうしてルルーシュとナナリーが……!? やっぱり二人は皇族? スザクとも知り合い? でも、なんで、黒の騎士団に?
「君達も知っての通り、スザクは元々ブリタニアの脱走兵であり、その逃走中に私と手を組むに至った」
団員達の戸惑いが収まるのを待たず、ゼロは再び話し始める。
「その際に私と交わした約束がある」
それは誰もが聞いた事のない話だった。
「私に全面的に協力する代わりに、彼の身内の安全を保障するというものだ」
団員の視線がゼロからルルーシュとナナリーに移った。
同時にここまで一言も発さないスザクにも集まる。
しかし彼らが口を開く事はなかった。
「今回の極秘作戦はブリタニア軍のスパイから情報を得る事で成功した」
再度話が移り、誰も詳細を知らなかった極秘作戦に触れられる。
「しかしスパイからの情報の受け取りに協力してくれたルルーシュの存在が軍に知られてしまった。彼は追われる立場となり、姿を隠す事を余儀なくされたため、このアジトで妹と共に匿う運びとなった」
簡潔に説明された経緯に、目の前のブリタニア人が以前からゼロに協力していた事が明らかになり、団員からの不信の目が多少は和らぐ。
同時に彼らが客人として招かれた理由にも納得する声が複数聞こえてきた。
「ゼロ。ここからは僕が」
一歩進み出て、ここまで沈黙を保っていたスザクが話を引き継ぐ。
「まず誤解しないでほしいんですが、僕は彼らの安全と引き換えに仕方なくゼロに協力しているわけではありません。僕は自分の意志でゼロと共に歩む事を決めました」
ゼロとは単なる利害関係の一致ではない事を前置きし、スザクは優しい眼差しをルルーシュと車椅子に座るナナリーに向けた。
「でも日本のために戦う以上に大切なものが僕にはある。それがルルーシュとナナリーです」
その一言に場が一気に騒然とする。
誰もがスザクと彼らの関係に興味と不審を抱く中、爆弾発言をした本人はそんな事を気にした様子もなくさらなる爆弾を投下した。
「もし黒の騎士団の誰かが、彼らがブリタニア人であるという理由で危害を加えたり理不尽な扱いをするようなら、僕は彼らと一緒にここから出ていきます」
まさかの脱退宣言に戸惑いと驚愕の声がそこかしこから上がる。
それらを全て置き去りにして、スザクはこの場にいる全員に聞こえるようにはっきりと告げた。
「僕にとって彼らは何よりも大切で、命を懸けても守ると誓った友達です。ルルーシュとナナリーのためなら、僕は誰が相手でも戦う。それがたとえ、ブリタニアであっても。黒の騎士団であっても」
まるでこの場にいる全員を威圧するように、スザクは鋭く全体を睥睨して宣言した。
普段は誰に対してもフレンドリーなスザクが発する剣呑な気配に、誰もが息を呑む。
そして理解した。もし彼らに無礼を働ければ、本当にスザクは黒の騎士団を去ってしまうのだと。
「脅すような事を言ってしまいましたが、別に彼らを特別扱いしてほしいなんて言う気はありません。ただ僕の客人として普通に接してほしいというだけです」
一瞬前までの殺気すら感じるほどの重厚かつ鋭利な気配が霧散し、安心させるようにスザクは相好を崩す。
言いたい事は言い終えたとばかりに下がるスザクに代わり、再びゼロが前へ出た。
「彼らには衣食住と安全を私の名前で保障する。ルルーシュにはいままでも私の仕事を手伝ってもらっていたので、事務作業などを依頼する事もあるだろう」
そう言ってゼロが視線を向けると、心得ているとばかりにルルーシュは小さく頷く。
通じ合うようなやり取りに、ルルーシュがスザクだけではなくゼロとも交友を持っている事が傍からでも窺えた。
「それからもう一人、紹介するべき人物がいる」
ルルーシュとナナリーを下げたゼロが扉に視線を向けると、新たに一人の女性が入ってくる。
「彼女はC.C.。私の協力者だ」
あからさまな偽名と共に紹介された女性は、とても珍妙な美女だった。
艶やかな緑の長髪に感情の読めない金色の瞳。顔立ちも肌の色も日本人のものではないためおそらくブリタニア人だろう。何より目を引くのが、彼女の服装。なぜかブリタニアの拘束衣を着用していた。
「詳細は省くが、今回の作戦で彼女もブリタニアから追われる身となったのでこちらで匿う」
ゼロが自分の事を話しているのに、彼女はまるで興味がないとばかりに視線をどこかに泳がせていた。
それに気にした様子もなく、ゼロは話し続ける。
「ただ誤解がないように言っておくが、彼女はあくまで私個人の協力者であり、黒の騎士団に入団したわけではない。住まいの提供とここでの活動の自由は与えるが、黒の騎士団の活動には参加しない」
その言葉に、ルルーシュとナナリーの時とは別のどよめきが生まれる。
当然だろう。ゼロの発言は客人ですらない部外者を居候させると言ってるに等しい。
新人には所在すら明かされないトップシークレットである黒の騎士団の本拠にだ。
誰もが真意を測りかねる中、ゼロは質問は受け付けないとばかりに話を終えた。
「以上だ。私がいない間に合流した者、何かしらの報告や相談がある者は後で私の部屋に来てくれ」
マントを翻して壇上を降りるゼロ。
殴られるように与えられた情報と突然終わってしまった集会に、カレンは頭を整理するのに少しだけ呆けてしまい、すぐ慌てて人をかき分けゼロの下へ急いだ。
「ちょっと、どいて――――ゼロ!」
人波を抜けると、ゼロはまだそこにいた。
どうやらスザクやルルーシュと話していたようだ。
突き刺さるルルーシュとナナリーの視線を感じながら、カレンはゼロだけを見つめる。
二人には話したい事も聞きたい事も山ほどあったが、いまはそれどころではない。
なんとか時間を作ってほしい、そう頼もうとしたところで、ゼロは待っていたと言わんばかりにカレンより先に口を開いた。
「カレンか。君には話がある。一緒に来てくれるか?」
「えっ? は、はい!」
ゼロはスザクにルルーシュとナナリーの案内を頼み、こちらを一瞥もせずにすたすたと歩いて行ってしまう。
それを追いかけてカレンは廊下を進み、ゼロの私室へと入った。
「座ってくれ」
促されるままに部屋に置かれたソファに座ると、ゼロも対面に腰掛けた。
久しぶりに一対一で向き合い、カレンは懐かしい緊張感に少しだけ居心地の良さを感じた。
「君も私に話したい事があったようだが?」
無駄話を嫌うゼロはカレンの感慨に付き合ってはくれず、一切の雑談を排して単刀直入に問うてくる。
合理的な性格もあるのだろうが、単純に忙しいのが理由だろう。
現在の黒の騎士団の状況確認や決裁が必要な案件の処理、先日の作戦の後処理など、やる事が山積みである事はそういったものに疎いカレンでも察せられる。
それほど多忙な中で時間を作ってくれたゼロに感謝しながら、カレンは居住まいを正してゆっくりと頷いた。
「はい。実は……」
「ルルーシュとナナリーの件か?」
「――――」
「スザクから話は聞いている。彼らが皇族だと疑っているらしいな」
訊ねようとしていた事をゼロの方から持ち出され、思わずゴクリと唾を呑み込む。
この件はスザクの預かりになってからも、何度か相談しようとしたが忙しさを理由に全て断られていた。
だからカレンはルルーシュとナナリーが本当に皇族なのかを知らない。スザクと彼らが知り合いであったかも聞いていない。
しかし今日、スザクがルルーシュとナナリーを連れてきた事で、その疑惑は確信に近いものとなっていた。
「カレン。君の疑いは正しい」
そしてゼロもそれを肯定する。
「彼らはブリタニアの元皇族だ」
ギュッと、無意識に拳を握る。
半ば確信していたとはいえ、ゼロの口からそれが事実だと告げられた衝撃は大きい。
何せ彼らは、カレンにとって生徒会の仲間だったのだから。
「それが分かっているなら、どうして二人を客人として扱うんですか?」
冷静にと、そう自分に言い聞かせながら問いを投げる。
しかしそれができたのはわずか数秒だけだった。
すぐに自分ではどうしようもない感情が口からついて出る。
「だって、皇族なんですよ。私達を殺して、全部を奪ったブリタニアの……!」
これは至極当たり前の話だが、黒の騎士団の団員――いや、日本人でブリタニアを良く思っている者など一人もいない。
自分達をイレブンと呼び、虐げる国に好意的な感情を抱けるはずなどなく、その怒りや恨みはブリタニアという国、そしてその象徴である皇族へと向かう。もし日本人にアンケート取れば、憎い相手トップ3は間違いなく、ブリタニア皇帝、コーネリア、クロヴィス、の三人の名前が並ぶだろう。
そしていま、新たに皇族だと明らかになった二人の存在。たとえクラスメイトでも――いや、クラスメイトだからこそ、カレンがルルーシュとナナリーに怒りを向けてしまうのは致し方ない事だった。
「カレン。君は彼らについてどこまで知っている?」
「えっ?」
質問に答える事なく返された問いに、カレンの口から思わず疑問符が零れる。
そこで誤魔化すなと言えるだけの無遠慮さを発揮できるほど、カレンにとってゼロは気安い相手ではなかった。
「えっと、ブリタニアとの戦争前に留学で日本に来ていた事、公には戦争中に死んでいる事、あとなぜかアッシュフォード学園に通ってる事、です」
知っている限りの情報を列挙する。
人となりも知ってはいたが、ゼロが聞きたいのはそういう事ではないだろうし、カレンの知る二人が本当に生徒会で接した通りの人物だったのかは、いまはもう分からなくなっていた。
「ではなぜ、彼らがそのような境遇にいるか考えたか?」
「それは…………はい」
疑いを持ってから散々悩んだ事を問われ、カレンは躊躇いながらも頷いた。
皇族であるはずのルルーシュとナナリーが、なぜ死んだ事になってエリア11で身分を隠して学生などしているのか。
考えられる理由は多くない。
罪を犯して逃げているとか、他の皇族から命を狙われているとか、あとは戦争前から日本にいた事を考えれば――
「その様子では察しはついているようだな――――そう。彼らは捨てられたんだ。生まれ育った国と家族から。政治の道具としてな」
推測を肯定するゼロの言葉に、拳が痛みを訴える。しかし思わず力が入ってしまった事にすら気付かず、カレンは沈痛な表情で唇を噛んだ。
ルルーシュとナナリーが日本に来たのは8年前。まだ親の保護が必要な子供だったはずだ。
そんな幼い子供が、親に、国に、捨てられた。しかも政治なんてものに利用されて。
一瞬、母や自分の事など気にも掛けないシュタットフェルトの父親を思い出し、カレンはブンブンと首を振った。
「ブリタニアとはそういう国だ。力のない者は、皇族であっても切り捨て利用される」
「…………」
「黒の騎士団は弱者の味方。身寄りのない彼らを助ける事に理由はいらない」
普段のカレンであれば、何度も聞いた黒の騎士団の理念に力強く頷いて同意を示していただろう。
だがルルーシュとナナリーを弱者と言い切るゼロの言葉に胸の奥が疼くような拒否感が湧き上がり、気付けばカレンは言い返していた。
「でもルルーシュとナナリーが皇族なら、ブリタニアへの人質とか、交渉にだって役に立つはずじゃ……!」
「自ら捨てた皇族にブリタニアが情けを掛ける事などあると思うか? 人質も交渉も無意味でしかない」
「成田でコーネリアは二人を殺された事を怒っていました。なら生きてるって教えてやれば交渉材料になるはずです!」
「そしてブリタニアと同じように、日本を取り戻すための道具として彼らを使い捨てるのか?」
「――――!」
むきになって大声を上げていたカレンは、ハッと、片手で口を覆った。
「そんなつもりで、言ったわけじゃ……」
「どんなつもりであれ、彼らの身柄と引き換えにブリタニアから譲歩を引き出すというのはそういう事だ」
青ざめるカレンに、ゼロは厳然たる事実を突きつける。
もしルルーシュとナナリーの生存を明らかにして、それを材料に交渉すればブリタニアは必ず彼らの身柄を要求してくる。コーネリアが彼らに情を持っているというなら尚更だろう。どんな条件で取引しようとも、交渉を成立させるためには彼らをブリタニアに引き渡すしかない。
「君の言う通りブリタニアではなくコーネリアを相手とするなら、ルルーシュとナナリーを人質なり交渉なりに利用する事は可能かもしれない。だがスザクとの約束を抜きにしても、私は彼らを政治の道具にするつもりはない。それは黒の騎士団ではなく、ブリタニアのやり方だ」
「あっ……」
その言葉に、カレンはゼロから紅蓮を託された日の事を思い出した。
『ブリタニアを倒すためには仕方ないのだと数多の罪なき者の犠牲を顧みる事がなくなったなら、ブリタニアを打倒できたとしても、その時私達はブリタニアと同じ存在になっているだろう』
いままさに、自分がその一歩を踏み出そうとしていた事に気付きカレンは身体を震わせた。
目的のために、クラスメイトを利用して切り捨てようとした事実に、滝に打たれたような罪悪感が押し寄せてくる。
「……っ」
だが、それでもカレンは素直にゼロの言葉を受け入れる事ができなかった。
二人の境遇もゼロの真意も理解して尚、心の奥底にあるしこりのようなものが、ランペルージ兄妹を拒絶する。
それはもう、理屈ではなく感情の問題だった。
「でも……ルルーシュとナナリーは、皇族で…………私達を、騙して……」
結局、カレンが二人を受け入れられない――――信じられない理由が、それだった。
ルルーシュもナナリーも、生徒会や学校のみんなを騙して、欺いていた。
友達の顔をして、仲間みたいな顔をして、平然と嘘をついていたのだ。
そんな人間を信用できるわけがない。
目が見えないと思っていたナナリーだって、さっき見た時には瞼が開いていた。
それと同じように他にどんなとんでもない嘘をついているのか、分かったものじゃないではないか。
だって二人はあのブリタニアの皇族なのだから。
私の、私達の全てを奪っていった、ブリタニアの――――
「カレン」
知らず知らずのうちに握った拳に血が滲むほど感情的になっていた思考を、ゼロの呼び掛けが引き戻す。
俯いていた顔を上げると、ゼロは一瞬だけ沈黙を挟み、いつもより幾分か柔らかい声で言った。
「級友が敵国の皇族だと知った戸惑いも、元とはいえブリタニア皇族への蟠りを捨てられない君の気持ちも理解できる。だが彼らの気持ちを一番理解できるのも君だと、私は考えている」
「私が、ですか……?」
思わぬ言葉に、カレンは怪訝な声で問い返してしまう。
たったいま二人を信用できないと疑っていた自分が、彼らの気持ちなんて分かるわけがない。
そう否定しようとして、その前にゼロは「ああ」と頷いた。
そして次にゼロが口にした言葉は、大きな衝撃をカレンに与えるものだった。
「紅月カレンとしてありたいと望みながら、シュタットフェルトの令嬢として暮らしている君なら分かるはずだ。人は生まれを選べない。そんな当たり前の不条理を。誰よりも」
一瞬前まで何を言おうとしていたかも忘れて、カレンは言葉を失った。
無意味にパクパクと、口が開いては閉じて、しかし具体的な形を伴って言葉は出てこない。
代わりに脳裏をよぎったのはいつかのスザクの発言だった。
『誰にだって話せない事や、話したくない事はある』
完全に思考が停止した頭に、その言葉だけが何度もリフレインする。
「落ち着いたら一度、二人と話をしてみるといい。ルルーシュとナナリーにも、元皇族である事を君が知っていると伝えておこう」
「……分かりました」
ゼロの提案に上の空で返事をして、カレンは部屋を退室した。
ふらふらと廊下を歩きながら、そういえばと、いままで考えもしなかった疑問が浮かぶ。
ゼロは自分にシュタットフェルトの名前を使って何かをしろと命じた事がない。
その理由がなぜなのか、なんとなく考えたくなくてカレンは頭から無意味な疑問を締め出した。
エリア11政庁、副総督執務室。
普段は部屋の主であるユーフェミアとその護衛くらいしか人の立ち入らない場所だが、今日ばかりは様子が違った。
何人もの職員が慌ただしく入っては出てを繰り返し、部屋の中には見慣れぬ机がいくつも増えている。その上には山積みのファイルがこれでもかというほど置かれており、いまもその量は増え続けていた。
「政策の資料はエリアと重要度に分けて並べてください。ゲットーの報告書はこちらに。それから次の予定はどうなっていますか?」
持ってこさせた資料の一つに目を通しながら、ユーフェミアがてきぱきと指示を出す。
その最中も視線はずっと文字列を追い、部下を一瞥もしない。
常ならぬやる気に満ちた副総督の姿に、護衛はもちろん資料を持ってきた職員達も驚きを隠せなかった。
「1時間後にクロヴィスランドの視察がございます」
護衛のサラがスケジュールを報告すると、文字列を追っていたユーフェミアの目が止まり、感情を抑え込むかのようにわずかに細まる。
それはユーフェミアが異母妹であるナナリーが帰ってきた時に一緒に遊ぼうと立てていた予定。
視察を決めた時は8年振りの交流が楽しみで待ちきれなかったが、いまとなってはもうなんの意味もない計画だった。
「そちらの予定はキャンセルしてください。他にやるべき事があります」
叶わなかった願いと未練を置き去りにして、ユーフェミアは引かれる後ろ髪を断ち切る。
やれる事をまずは精一杯にやる。
初めての全否定ともいえる叱責を経てそう決めたユーフェミアは、一度大きく深呼吸して再び資料と向き合おうとし、そこである事を思い出した。
「そうだ。お話を伺いたいのでここに招いていただきたい方がいます」
「かしこまりました。どなたでしょうか?」
聞き返され、答えを返す前にユーフェミアは心の中で自問する。
果たして、本当に話を聞く必要はあるのか。
やるべき事が他にあるのではないか。
招こうと決めた時に己に問うた言葉を繰り返し、それでも変わらない答えを再確認する。
「アッシュフォード家の孫娘。ミレイ・アッシュフォードさんをお呼びしてください」
私の知らないルルーシュを近くでずっと見てきた人。
皇族ではないルルーシュを知っている人。
彼女の話を聞けば、ルルーシュの気持ちを少しは理解できるだろうか。
私達とのつながりを捨てて、ゼロになったルルーシュの気持ちが。
後日譚。
あと2話ほど後日譚が続き第二部も終了の予定ですが、本話で投稿は一時休止にするつもりです。
中途半端なところではありますが、第二部終了まで書くと、即座に第三部に入らなければならない展開となっているので、ひとまずここで止めさせていただければと思います。
しばらくは一次創作の方に注力する予定なので期間は空いてしまうと思いますが、また戻ってくるつもりなので待っていてくれると嬉しいです。
投稿はいつになるかは分かりませんが、恒例の次回予告はしておきます。
次回:生きていて