5周年記念に投稿再開します。
カレンとの話を終え、続けて藤堂、ラクシャータとの顔合わせを済ませたゼロは、息つく暇もなく昨日の後処理を行った後、今度はディートハルトとソファを挟んで向かい合っていた。
「スザクについて、話があるんだったな」
「はい。正確には黒の騎士団という組織の中での、彼の扱いについてです」
ゼロが促すと、ディートハルトが深刻な面持ちで頷く。
その態度にゼロは、これが今日最後の重要案件になりそうだと予感する。
「ゼロ。あなたは彼を特別扱いしすぎではないでしょうか?」
余計な前置きなどせず、団員が誰も踏み込まなかった部分にディートハルトは疑問のメスを入れる。
それはある程度予想した通りの問いだったため、さして動揺もせずにゼロは問い返す。
「それは客人の事か? それともゼロ不在時の臨時指令権についてか?」
「どちらもですが、比重が大きいのは後者です。本来トップであるあなたの不在時には、扇さんや泉さんのような立場の人間が指揮を執るべきであるはずです。枢木隊長は飛び抜けた戦闘能力を持っているとはいえ、黒の騎士団においては一部隊の隊長でしかない。条件付きとはいえ指令権を与えるのはやり過ぎです」
黒の騎士団はゼロをトップとして、戦闘や工作、研究などの運用用途によって部隊が分けられており、さらには戦闘部隊や工作部隊の中でも多くの隊に分割されている。スザクは数ある戦闘部隊の隊長の一人であり、直接的な指揮権を持つのも自分の部隊の団員だけだ。
一方、扇と泉は元々テログループのリーダーをやっていた事もあり、それぞれ部門を総括する立場にある。その権限はゼロに次いで大きいため、ディートハルトの言う通り本来ならゼロの不在時には扇か泉のどちらかが黒の騎士団をまとめる役割を担うのが指揮系統的には正しい。
しかし実際の権限と団員達の認識は違う。
初めからゼロと共に戦っていた事もあり、黒の騎士団の団員の殆どがスザクを組織のナンバー2だと考えている。それはゼロが『ゼロ不在時の臨時指令権』を与えているのも大きく影響しており、そのためスザクは一部隊の隊長という立場にありながら、黒の騎士団において立場以上の発言権を有していた。
そしてゼロもそれを分かっていながら放置している。というより、スザクの立ち位置をそのように調整したのはゼロだった。
「スザクとは黒の騎士団創設前からの付き合いであり、私が最も信頼を置く人間だ。私の代わりは彼にしか務まらないと判断した。加えて騎士団内での人望も厚く、私に代わりトップに立つ事を不満に思う団員も少ないだろう」
「それが問題なのです」
理路整然と己の判断の根拠を語るゼロに、あなたは分かっていないと言わんばかりにディートハルトは首を振る。
「黒の騎士団において枢木隊長の人気は絶大です。枢木玄武元首相の嫡子という出自、元軍人でありながら皇族の親衛隊を殺害して逃亡した経歴、そして誰よりも優れたナイトメア操縦技術。本人の人柄も良く、あなたよりも枢木隊長がトップに立つべきだという団員も一定数いるほどです。幸い彼が黒の騎士団よりもブリタニア人の客人の方が大事だと宣言した事で団員達から不信の声も上がっているようですが、それも微々たるものに過ぎません」
ディートハルトが語った現状は、黒の騎士団を立ち上げる前にルルーシュが懸念していた事態の一つだった。正体不明の仮面の男よりも、ネームバリューとストーリー性のあるスザクの方が日本人から信頼を得る事になるのは自明の理だ。だからこそルルーシュは当初、スザクをリーダーにしようと考えたのだから。
しかしそれだけならまだ問題とはいえない。それが問題となるのは、スザクを支持する声が明確にゼロを上回るまで膨れ上がった時だ。
「お前が危惧しているのは、黒の騎士団が私とスザクの派閥で二つに割れる未来か?」
「それも懸念の一つではあります。ですが、私が恐れている事態はもっと深刻です」
一層表情を険しくし、ディートハルトは己の懸念を訴えた。
「今回あなたは枢木隊長以外の誰にも伝えず極秘作戦を開始し、連絡を絶ちました。もしあなたの身に何かあったとしても、私達には知る術がありません。そうなれば黒の騎士団はなし崩し的に枢木隊長がトップに成り代わっていたでしょう」
「つまりお前はトップの座を奪うために、スザクが私を害すると?」
想定通りの話の展開に先んじてゼロが問う。
すると意外にもディートハルトは首を横に振った。
「そうではありません。もし枢木隊長にその気があるなら、この機会になんとしてもあなたを排除していたでしょう」
当初、ゼロの言った通りの事を懸念していたディートハルトだが、こうして無事にゼロが戻ってきた事でそれは払拭されていた。しかしだからといって、問題の根はそれで片付くほど単純なものではない。
「問題は枢木隊長が実際にそれを行うかどうかではなく、それができてしまう立場にいるという事です」
そこまで聞いてようやくゼロも、ディートハルトの憂慮を理解した。
「先程もお話しした通り、黒の騎士団には枢木隊長こそがトップに相応しいと考える者が多くいます。いまはまだ他愛のない雑談のタネとして消費されている程度ですが、今後本気にする輩が出てこないとも限りません。枢木隊長にその気があるかどうかは関係なく」
ディートハルトを納得させようと準備していた言葉を呑み込み、ゼロは指を胸の前で組む。
ディートハルトが言いたいのは、ゼロがスザクを信用しているとかいないとか、そんな話ではなかった。問題の焦点はそれよりもずっと根本的な、組織の構造的な欠陥だ。
黒の騎士団はゼロのカリスマと能力、そしてスザクの人望と戦闘力で成り立っている組織であり、団員もブリタニア軍も一般市民さえも二人を組織の顔であり心臓だと考えている。
だが本来、それは好ましい状態とは言えない。一人が欠けてももう一人が支えられる、といえば聞こえはいいが、組織のトップの役割はリーダーに集約されるべきものだ。もちろんリーダー不在時にはそれを補える人材も育て、組織の運営に支障をきたさない体制作りは必要だろう。しかしその人物は決してリーダーと同格であってはならない。
しかも黒の騎士団は同格に近いスザクが『ゼロ不在時の臨時指令権』を持っているため、事実上いつでも乗っ取りが可能な体制になってしまっている。いまはまだそれに気付いている者がいないため問題となっていないが、今後気付く者が出た時にその不発弾がどれだけ大きな爆発になるかは誰にも分からない。
ゼロに信頼されているスザクなら問題ないと考える者もいるだろう。ディートハルトのように組織の体制に危惧を抱く者もいるだろう。そしてスザクこそトップに相応しいと考えてゼロの排除に動こうとする者も、いないとはいえない。
もしそんな輩がスザクのためにと、自分と同じ考えを持つ者を集めて勢力を形成すれば、スザクやゼロの意思とは関係なしに黒の騎士団は割れる事となる。もしかしたら、安易にゼロの暗殺に踏み切る輩が出ないとも限らない。
そして何より問題なのは、それらの問題が取り返しのつかないところまで表面化しない可能性があるという事だ。
これが単に『スザクの方がリーダーに相応しい』という意見が多数派になるほどスザクの人気が高まった、というだけの話なら、その推移が目に見えている分だけ対処は容易だろう。しかし事実上の組織の乗っ取りというルールの穴をつくようなやり方をする以上、もし事が起こるとしても実行する者は間違いなく秘密裏に準備を進めるはずだ。そしてその目論見が成功するにせよ失敗するにせよ、暗躍を許してしまった時点で黒の騎士団は組織としての脆さを露呈する事となる。
それがどれほど致命的か、不発弾の危険性を誰よりも早く理解したからこそディートハルトはわざわざ直訴に来たのだ。
これらの危惧が全て、黒の騎士団という組織においてスザクが『ゼロ不在時の臨時指令権』を持っている事が原因だと気付いて。
「あなたと枢木隊長の間にある信頼関係については理解しているつもりです。ですが、それと組織の運営は切り離して考えるべきです。でなければ枢木隊長の存在が組織を崩壊させる起爆剤にもなりかねない」
どこまでも合理的にディートハルトは黒の騎士団における枢木スザクの扱いの問題点を指摘する。
そしてそれは、ゼロを納得させるだけの説得力を持っていた。
「なるほど……貴重な意見だ。考えておこう」
「ありがとうございます」
そう言って頭を下げるディートハルトの声音には、わずかに安堵の色があった。おそらくにべもなく意見を跳ね除けられ、左遷される事態も覚悟しての忠言だったのだろう。
「話はそれで終わりか?」
「はい。あとこれは、頼まれていたデータです」
データを渡し、ディートハルトが去っていく。
それを見届けて、ルルーシュは仮面を外してソファに身体を預けた。
「思った以上に、使えるようだな……」
ディートハルトが有能な人材であった事実に口元を緩めながら、自分とは違った視点を持つ人材の貴重さとその少なさにため息をつく。
組織の運営にはディートハルト、ナイトメアの研究開発にはラクシャータ、戦術にはスザクとカレン、候補として藤堂と四聖剣。
黒の騎士団を立ち上げた時よりは格段に人材が揃ってきたとはいえ、まだ足りない。
「せめてあと一人、戦略面で俺とは違った視点を持つ人材が欲しいところだな……」
らしくもなく、ないものねだりが口をついて出る。
首を振って意識を切り替えると、ルルーシュは残っている仕事に取り掛かった。
「お久しぶりです。藤堂さん」
ルルーシュ(に変装した咲世子)とナナリーとC.C.にアジトの案内をしたスザクは、三人と別れて藤堂に用意された客室へと来ていた。
幸いな事に藤堂は一人で月下のマニュアルを読んでおり、部屋に四聖剣の姿はない。
「スザク君。7年振りだな。元気にしていたか?」
マニュアルを閉じ、藤堂は立ち上がって快くスザクの来訪を歓迎してくれる。
久しぶりの再会にスザクの顔には自然と笑みが零れた。
「はい。藤堂さんは大変だったみたいですね」
「君ほどではないがな」
互いの辿った足跡は知っていたため、苦笑いを浮かべ合う。
片やブリタニアに捕まり処刑されかけたところを救出され、片やブリタニア軍人になったと思ったら皇族の親衛隊を殺害してテロリストに転身。とてもではないが、大変なんて言葉で済む軌跡ではない。
「ところで君の客人と紹介があった二人の事だが……」
ゴホンと咳払いをし、口元に手を当てながら藤堂が不自然に言葉を濁す。
その理由を察し、スザクはここに来た理由を相手の方から切り出してくれた事に胸を撫で下ろした。
どう切り出すべきか悩んでいたが、これなら不自然に話題を変える必要はない。
「藤堂さんはご存じでしたね」
まるでいまその事に思い至ったといわんばかりの態度で話に乗っかる。
「お察しの通りです。二人とは8年前に出会いました」
「やはり……」
明確に個人名は出さず、どうやって会ったかもあえて省いて答える。
藤堂もそれで充分だったのか、神妙な表情で頷いた。
「ゼロはこの事を知っているのか?」
「はい。ゼロと桐原さんには僕から話しました」
「なるほど。桐原公にも……」
傍から聞けば何を話しているのか分からない会話。
しかし二人にはそれで会話が成立しており、意図も意味も十全に伝わる。
ならば、何も問題はない。部屋の外に漏れるような声量では話していないが、いつ誰が聞いているかは分からないのだから。
「僕は無闇にこの話を広めるつもりはありません。なので藤堂さんも……」
「分かっているよ。他言はしないと誓おう」
「ありがとうございます」
藤堂は一度口にした事を翻すような人間ではない。彼が他言しないと断言したなら、たとえ拷問されようとも、主君である片瀬に問われようとも話す事はないだろう。
幼少期に師事していたためそれを知っていたスザクは、この件はひとまずクリア、と親友の言い方を心の中で真似て安堵する。
「ゼロとはもう話しましたか?」
「ああ。助けてもらった事の感謝と、今後の身の振り方について話をさせてもらった」
緊張の解けたスザクが問うと、藤堂はその時の事を思い出すように腕を組んで首を深く縦に振った。
「君が彼についていくのも頷ける。確かな実力と人を惹きつけるカリスマを感じたよ」
成田の件でゼロの智謀を知っていたからか、色眼鏡なしで藤堂はその力を適正に評価してくれたようだった。四聖剣のように成田の事を根に持っている様子もない。
「身の振り方というのは、具体的にどんな話をしたんですか?」
その質問になぜか藤堂はわずかに眉間に皺を寄せた。
「……選択肢をもらった」
「選択肢?」
「ああ。ここに残るか、片瀬少将を追って中華に渡るかの選択肢だ」
一度そこで話を切り、藤堂はテーブルに置いてあったコップの水を飲んだ。
成田の戦いで壊滅的な被害を受けた片瀬帯刀率いる日本解放戦線は、黒の騎士団の助力もあって中華連邦に逃げ延びた。再び戦える力が残っているとは思えないため、藤堂が片瀬の下に駆けつけても戦略的に意味がなく、日本のためを考えるなら黒の騎士団に残るのが正解だ。
頭の悪いスザクにもそれくらいはすぐに分かったため、藤堂に理解できていないわけはないが、だからといってそう簡単に割り切れるものでもないだろう。
「中華に渡るつもりなら、その手配はしてくれると言っていたよ。ゼロにメリットはないだろうに、ありがたい話だ」
感謝を滲ませるようにわずかに口の端を上げて藤堂は笑う。
確かに藤堂の言う通り、わざわざ手間を掛けて助けたというのに中華に送り出してしまっては、黒の騎士団が得るものは何もない。
藤堂という前線指揮官は、実戦経験の少ない黒の騎士団からすれば喉から手が出るほど欲しい人材であり、それを無条件に手放すのは組織として間違った選択といえる。
しかしルルーシュなら何か考えがあるのだろうとスザクは大して気に掛けず、あえて引き止めようともしなかった。
「藤堂さんはどうするつもりなんですか?」
引き止める代わりにスザクが問い掛けると、藤堂の眉間の皺が増えた。
「……正直、迷っている。本来なら主君である片瀬少将の下へすぐに駆けつけるべきなのだろうが、黒の騎士団にはブリタニアに捕まっていたところを助けられた恩もある。幸い答えは待ってもらえるようだから、朝比奈達とも相談して決めるつもりだ」
義理堅い藤堂らしい答えだった。
藤堂が中華に行くとなれば当然四聖剣もついていくのだろうから、一度相談するというのも納得だ。
「もちろん、黒の騎士団にいる間は作戦にも協力するつもりだ。その時は君と肩を並べて戦えるな」
期待するように視線を向けてくる藤堂に、スザクは笑みを返して手を差し出した。
「楽しみにしています」
「私もだ」
差し出された手を藤堂が掴み、握手を交わす。
7年前とは違い、いまは師弟ではない。
対等な立場での握手に、二人は別種の感慨を抱いた。
「やぁ、久しぶりだね。コーネリア」
「兄上」
大型浮遊航空艦――アヴァロン。
ブリタニア本国においても実用化できていなかったはずのそれから降りてきた、帝国宰相第二皇子シュナイゼル・エル・ブリタニアを前にコーネリアは真っ先に頭を下げた。
「このたびは、直接出迎える事もできず申し訳ございません。総督としての不手際、誠に恥じ入るばかりです」
シュナイゼルがエリア11に来日したのは二日前の事だ。政庁に寄る事もなく神根島での調査を優先したのはシュナイゼルだが、本来なら現地まで出向いて総督であるコーネリアか副総督であるユーフェミアが出迎えるのが礼儀というもの。
しかし先日に起こったある事情によって、コーネリアもユーフェミアもそれどころではなくなってしまい、調査を終えたシュナイゼルを遅れて出迎えるという無礼を働く結果となってしまった。
「顔を上げてくれコーネリア。君が謝罪をする必要はないよ。事情は聞いているからね」
朗らかな笑顔で、シュナイゼルは異母妹の失態など気にも留めない。
そして報告にあったその理由を話題に上げた。
「黒の騎士団の襲撃があったんだって?」
「はい。枢木スザクの目撃情報があったためゲットーに出向いたところ、そこで襲撃を受けました」
「ふむ。被害は?」
「……親衛隊の半数が罠に掛けられ壊滅しました。重傷者も多数おります」
「被害は親衛隊だけかい?」
「いえ、純血派の部隊にも被害が出ています。中には意識が戻らぬ者も……」
「君の軍にそれだけの打撃を与えるとは、噂通りゼロは強敵のようだね」
ブリタニアの軍の中でも一際精強と言われているコーネリアの軍を圧倒したゼロ。
その力を改めて聞きシュナイゼルは感嘆を零す。それは相手を上げる事でコーネリアとその配下の評価を落とさない配慮でもあった。
「悔しいですが、ゼロの手腕は認めざるを得ません」
シュナイゼルの高評価にコーネリアも同意を示す。
それが意外で、シュナイゼルはわずかに眉を吊り上げる。
彼女の性格なら次は捕らえてみせると息巻くと予想していたのに、まさか素直にゼロを認めるとは思ってもみなかった。
「それから、枢木スザク」
続いてコーネリアが口にした名は、シュナイゼルも聞き覚えがあった。
「軍から離反した元首相の息子だったね」
「はい。イレブンではありますが、奴も脅威です。枢木スザクが操るランスロットによってこちらが受けた被害は甚大。ギルフォードとダールトンも敗北を喫しました」
「……」
コーネリアらしからぬ発言の連続に、単なる談笑が政治的な会話へと移行している気配を感じ、シュナイゼルは目を細めた。
国是主義の考えに染まっているコーネリアが、強敵とはいえナンバーズを評価する事は珍しい。それも自身の配下の敗北を引き合いに出してまでとなれば、シュナイゼルの知る限りこれまで一度としてなかった事だ。
ならば先程のゼロの件と合わせても、何かしらの意図を含んだ言葉と見るのが妥当だろう。
そしてそれの意味するところに、シュナイゼルはもう察しがついていた。彼女がわざわざランスロットの名前を出したのもそのためだろう。
シュナイゼルの推測を証明するように、コーネリアは話題の焦点を移す。
「枢木スザクもさることながら、第七世代型ナイトメア・フレームであるランスロットの脅威が凄まじい。機体性能を十全に発揮されれば、こちらのナイトメアでは歯が立ちません」
「……」
「さすがは兄上の研究チームが開発した機体です」
普段のコーネリアなら思っても絶対に口にしない痛烈な皮肉。
彼女の立場からすれば宰相相手に喧嘩を売っても良い事などない。
その思惑を見通しながらシュナイゼルは一切の動揺を見せずに、いつもと何一つ変わらぬ穏やかな笑みを浮かべた。
「褒められるとこそばゆいが、こちらの過失を君に押しつけてしまっているようで申し訳ないね。枢木スザクもランスロットも元は特派の所属だ。彼が君の部隊に与えた被害を考えると、私も胸が痛むよ」
普段なら過ちを認めるような言質など取らせないが、コーネリアの慣れない交渉術に対する好奇心が上回り、シュナイゼルはにこやかに餌を撒く。
政治的な駆け引きが得意ではないコーネリアは、思惑通りあっさりとそれに食いついた。
「兄上はなぜあの研究チームを解体しないのですか? あれほどの汚点を刻んだチームなど、残していても兄上の名前に傷がつくだけでしょう」
「確かに彼らが犯した過失は許されるものではない。枢木スザクとランスロットがいまも我が国に被害を齎しているなら尚の事ね」
シュナイゼル以外の皇族であれば、特別派遣嚮導技術部は即時解体、責任者であるロイドは良くて投獄、最悪処刑されていただろう。
何せ巨額の予算の殆どを費やして生み出した次世代機を盗まれた挙句にテロリストが利用しているのだ。それもよその部隊から引っ張ってきた名誉ブリタニア人によって。加えてその名誉ブリタニア人は皇族の親衛隊まで殺害して脱走しているのだから、その責任を問われて特派に所属していた全員が銃殺刑となってもおかしくはない。
コーネリアの言は正しく、減俸や予算削減といった罰ともいえない処置で済ませるシュナイゼルが異常なのだ。
「しかしこうも考える事はできないかな? 彼らは我が国を脅かすほどの力を生み出す事に成功した研究者だと」
その言葉にピクリとコーネリアの眉が動く。
「だから兄上は彼らを罰する事もなく重宝しておられるのですか?」
「罰する事だけが罪を償わせる方法ではないよ。牢に入れるよりも、チームを解体して野に放逐するよりも、その頭脳を活かして我が国のために貢献する事こそが何よりの贖罪になるとは思わないかい?」
弱肉強食を謳う皇帝の息子とは思えない寛容さで以て、次世代機を生み出す頭脳と技術力が失われる悲劇をシュナイゼルは否定する。
その尤もらしい詭弁に合理性の鎧をまとわせた弁舌は、戦場を政治ではなく戦いの中に置いているコーネリアには覆すのが難しい。
「兄上の見識には驚かされるばかりです」
よってコーネリアは戦場を自分の領域に引っ張り込んだ。
「しかし誰もが兄上のように賢いわけではありません。実際に枢木スザクとランスロットによって被害を受けた者は、特派の処遇に納得しないでしょう」
特別派遣嚮導技術部はシュナイゼルの組織だ。当然、その処遇はシュナイゼルの胸三寸である。
しかし特派からの脱走兵と奪われた機体は現在もブリタニアに被害を齎し、何人もの兵が討たれている。これで特派が本国に帰っていたなら恨み言を言うだけで済んだかもしれないが、未だに特派は相応しい罰も受けずにのうのうとエリア11に留まっている。
ランスロットにやられた者や、その身内の怒りと恨みの矛先が特派に向かうのも当然と言えた。
「なるほど。私には軍人としての視点が欠けていたようだね」
軍の士気や心情の部分を槍玉に挙げられては、現場にいないシュナイゼルに反論は困難だ。
それでも帝国宰相の弁舌を以てすれば煙に巻いて丸め込む事もできたが、シュナイゼルはあえてそうしなかった。
「であれば、君が求めるのは特派への厳正な処罰かな。それとも本国への送還かい?」
コーネリアの非難を誠実に受け入れ、その先を問う。
といっても、コーネリアがそれらを求めていない事は分かっていた。
特派を罰したところでコーネリアにはなんの益もない。わざわざ帝国宰相に責任を問うてまで、ランスロットにやられた鬱憤を晴らすといった子供染みた真似を、この異母妹がするわけがない。
「いいえ、そのような事は望みません」
「なら特派の機体の提供かな? 先程君が言っていたように、第七世代ナイトメアであるランスロットの性能は他のナイトメアと一線を画する。同じ条件で戦うための機体が必要なら喜んで差し出そう」
おそらくこれが本命だろうと、シュナイゼルはそう推測して申し出る。
プライドの高いコーネリアは枢木スザクに敗れる原因を搭乗する機体だと考え、条件を同じにすれば勝てると踏んでいるのだろう。研究チームである特派の特性を考えても、目的はその技術力、もしくは技術力の結晶であるナイトメアだと考えるのが最も合理的だ。
コーネリアの軍に特派が作った機体を十全に操れるパイロットがいるかは疑問の残るところだが、実戦データが取れるならこちらとしても悪い話ではない。試験機も完成していまは予備パーツで遊んでいるらしいが、実戦データがなければ研究が進まないとロイドも愚痴を零していたため、喜んで提案に乗ってくれるだろう。
しかしコーネリアはこれにも首を横に振った。
「ふむ。では君は特派に対して何を望むんだい?」
予測が外れた事を意外に思いながら、シュナイゼルは問う。
その目は珍しく、わずかに興味と期待に輝いていた。
なぜならこの問いは、特派を通じて第二皇女コーネリアが帝国宰相シュナイゼルに何を求めるのか、という問いでもあったからだ。
「犯した過ちは自らの手で始末をつける。それが正しき責任を取り方です」
問いに答える意味の重さに欠片も怯む事なく、コーネリアはシュナイゼルの目を真っ直ぐに見返しながら答えを告げた。
思いもよらなかった回答に、シュナイゼルの眉が微かに上がる。
「つまり君は――」
「はい。枢木スザクとランスロットを捕らえる、もしくは始末する事こそが、特派の使命であると考えます」
軍人らしいといえる剛毅な結論。
数秒ほどコーネリアとシュナイゼルの視線が無言でぶつかり合う。
「なるほど」
先に視線を外したのはシュナイゼルの方だった。
その顔に穏やかな笑みを湛え、異母妹の考えに理解を示す。
「良く分かったよ。すまないね。色々と気を回してくれたようで」
「とんでもありません」
「迷惑を掛けてしまったお詫びに、エリア18に私の正規軍を回しておくから、君の軍を呼び戻すといい。ささやかなプレゼントだが、受け取ってくれるかい?」
「ありがとうございます。ご厚意、謹んで頂戴いたします」
見落としていた部分を指摘してくれた礼というには、あまりにも大きなお返しをシュナイゼルは簡単にプレゼントする。そしてそれを遠慮なく受け取るコーネリアに――――やはり彼女は何かを隠していると確信した。
残念ながらそれが何かまでは分からないが、ある程度の推測は可能だ。
元来政治的な話を好まないコーネリアが特派の過失に言及し、それを監督する
自らの手で枢木スザクを捕らえる事で責任を取らせるというのはいかにも軍人らしい考えだが、特派は軍の組織とはいえあくまで研究チームだ。デバイサーすらいない彼らに枢木スザクを捕らえる事などできるわけがなく、その程度の事が分からないコーネリアではない。
それに彼女の性格を考えれば、相手がどれほどの脅威でも――いや、脅威であればあるほど、己と傘下の者の力で雪辱を果たそうと奮い立つはずだ。だからこそシュナイゼルも、彼女が要求するのは戦力ではなく、あくまでも
――もし仮にコーネリアが自分の軍ではゼロと枢木スザクに勝てないと判断したなら、ゼロも同じ結論に至るはず。すぐさま攻め込んでこないのはおかしい。
シュナイゼルが聞いている範囲でも、黒の騎士団がそこまでの規模の組織に成長しているとは思えない。正面からぶつかればまず間違いなくコーネリア軍が勝つだろう。そしてコーネリアは優勢な状況で怖気づくような臆病さとはどこまでも無縁の人物だ。
つまり彼女の真意は、単純な組織の強さとは別のところにある。
――まだ成熟していない黒の騎士団のエースを潰すために私の手を借りる。そんな情けない真似は彼女のプライドが許さないはずだ。つまり、
その優先したい何かの候補に真っ先に挙がるのはユーフェミアだろう。
コーネリアがユーフェミアを溺愛しているのは周知の事実。彼女のためであればプライドなど容易く捨て去る姿は想像に容易い。
しかしそれでは、枢木スザクとつながらない。
もし仮に枢木スザクがユーフェミアの命を狙っていたとしても、警護を強化して襲撃に備えれば済む話だ。
副総督として厳重に警護されているユーフェミアを、たかが一テロリストが害せるとも思えない。
そのためこの線は薄い。
であれば――と思索を深めようとして、シュナイゼルはいま考える必要はないと頭を切り替えた。
「ああ、そうだ。話が戻るのだけど、先の黒の騎士団との戦いで意識の戻らない者がいると言っていたね」
「ええ。純血派のリーダーが未だ目を覚ましておりません」
「なら私が治療を請け負おう。本国に腕の良い医療チームがいるんだ。すぐにこっちに召喚するよ」
突然のシュナイゼルの提案に、慌ててコーネリアは手を振った。
「いえ、そこまで兄上を頼るわけには……」
「遠慮しないでくれ。実はちょっとした打算もあるんだ」
「打算ですか?」
ああ、と頷いてシュナイゼルは笑顔で胸の内を明かす。
「クロヴィスのところの研究チームが私の下にいる事は知っているだろう? その実験に協力してくれる軍人を探していてね。無事に治ったなら少々付き合ってもらいたいのさ」
治療の代価としては悪くないだろうとシュナイゼルは語るが、コーネリアの反応は芳しくなかった。
「……申し訳ございません兄上。その者は黒の騎士団と内通していた疑いがありまして、目を覚ましたならこちらで取り調べる必要があるのです」
軍の不始末を告げ、コーネリアが頭を下げる。
思いもよらない事実を聞かされたシュナイゼルは、ふむと顎に手をやって考え込んだ。
「なら目覚めた後に、一度そちらに引き渡そう。その代わり取り調べの結果に関わらずこちらに返してもらえるかな。もし内通が事実なら、処罰はこちらの実験が済んだ後で厳正に行うと約束しよう」
先程とは異なり、実験に非人道的なものが混じる事がシュナイゼルの口振りから示唆される。
それに嫌悪を抱いたわけでもないだろうが、コーネリアの眉が動き、沈黙が挟まった。
しかし負傷者はコーネリアの親衛隊ではなく純血派の人間なのだから、本来なら悩むような話でもないはずだ。負傷者がテロリストと内通の疑いがあるというなら尚更、交渉材料として引き渡せば帝国宰相に借りを作れる分だけ有益だろう。なのになぜか、コーネリアは即決できず迷う様子を見せる。
その彼女らしくない優柔不断をシュナイゼルは静かに観察していた。
「……分かりました。ただし有罪であれば処罰はこちらで行います。でなければ兵が納得しないでしょう。それと治療状況は随時こちらでも確認できるようにお願いいたします」
「ああ。全てそのようにしよう」
コーネリアが出した条件を笑顔で承諾し、その後いくらか会話をしてすぐに別れる。
総督と宰相という立場だけあってお互いに忙しい。用件を話し終えれば、いつまで雑談に興じているわけにもいかない。
待機していた副官と合流して廊下を歩きながら、シュナイゼルは手早く指示を出した。
「本国にいる正規軍の派遣と医療チームの手配、それからエリア23にいる彼女のスケジュールを確認しておいてくれ。時間を見て話がしたい」
「エリア23というと、まさか――」
意外そうな顔をする副官に、シュナイゼルはいつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべた。
「可愛い妹の願いは叶えてあげないとね」
液晶に映る名前を見た時に感じたのは安堵だった。
それが意外で、少し嬉しくもあった。
鳴り続ける電話の着信音を無視して表示される名前を眺め、一度深く息を吸って、吐く。
いつもならこれだけ待たせればなんの未練もなく切って掛け直してくる人なのに、着信音は鳴り止む気配を見せない。
それがどんな意味を持つのか考えながら、電話に出た。
『シャーリー』
こちらが何かを言う前に、名前を呼ばれる。
その声にはどこかこちらを気遣うような響きがあった。
『うん』
『連絡できなくて、すまなかった』
最初に届けられたのは謝罪。
『ナナリーが世話になったらしいな。ありがとう』
『うん』
次に感謝だった。
『この前は、あんな事になってしまって悪かった』
『うん』
そしてもう一度謝罪。
『改めてお詫びの場を設けたいが、俺はもう無闇に出歩けなくなってそれが難しいんだ。だから――』
『ルル』
再び重ねられそうな謝罪の気配に、言葉を遮って名前を呼ぶ。
『いいよ。何も言わなくて』
『シャーリー……』
少しだけトーンの落ちた声。
誤解、させてしまっただろうか。
『代わりに二つだけ聞かせて。ルルは無事? もう安全なの?』
二度ほどまばたきをする沈黙があり、答えが返ってくる。
『ああ。心配は……いや、何も問題はない』
逡巡を挟んだ声はいくらか固いものとなっていた。
わざわざ言い直さなくてもいいのにと思うが、それも彼らしい。
出会った頃はあんなにも何を考えているのか分からなかったのに、いまじゃこんなにも分かりやすい。
『そっか』
だからその言葉も自然に口から溢れ出た。
『なら、良かった』
電話越しに、驚いたような気配があった。
少しだけ口元が緩む。
『ルル』
名前を呼ぶ。
数えきれないほど繰り返してきた、あの日常と同じように。
『次に会う時に、全部話してね』
嘘でもいいから。
そんな心の声は聞こえなかっただろうけど、すぐに力強い返事が届いた。
『約束する』
大きな決意が込められていそうな声に、笑ってしまいそうになった。
これはそんなに大層なものじゃないのに。
こんなの、ただの他愛のない口約束。いままで数えきれないくらいしたものと同じ。
あなたが授業をサボるのと同じくらい、簡単に反故にできてしまうもの。
『うん。約束』
でもだからこそ信じたい。
あなたがその程度のものを、ちゃんと守ってくれるって。
私との約束を、大事にしてくれるって。
『だから…………死なないでね』
電話を切る。
耳から離して、暗くなった画面をなんとなしに見つめる。
しばらくそうしていたが、心の区切りをつけるように携帯を机に置き、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。
沈んでいくマットレスの柔らかさを感じながら瞼を閉じる。
きっと。
永遠に続くと錯覚していた日々はもう帰ってこない。
恋心にばかり振り回されていたほんの数週間前までの想いも、くだらないイベントに必死になって取り組んだ生徒会室での笑顔に満ちた時間も、元の形を取り戻す事はない。
それを受け入れるのに、随分と時間が掛かった。
だからあなたの全部を受け止めるのには、もっとずっと時間が掛かるのだろう。
それでも、次に会えた時にはきっと答えを出すから。
「お願い――」
生きていて。
電話ではどうしても言えなかった一言が零れ落ちる。
この憎しみと恋心がどうなってしまうのかは、自分でも分からないけれど。
この思いだけは、嘘偽りのない本心だと分かるから。
まだ予定していたところまで書きためられていないのですが、5周年の魅力には抗えず投稿再開する事にしました。
なんとか書きため分を投稿する間に、区切りの良いところまで書き切れるよう未来の自分に期待したいと思います。
次回:ルルーシュ同盟