コードギアス~あの夏の日の絆~   作:真黒 空

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前話においてランスロット・クラブについて全く説明していなかった事に気付き、本文中に付け足しています。前話の投稿日の昼には付け足したので、午前中に読んでいた方にはご覧いただけていないと思います。もし読んでおらず気になる方がいれば、お手間ではありますがチェックしてみてください。


66:目的のため

「ただいま戻りました、お兄様」

「お帰りマリー。報告は聞いているよ。大活躍だったようだね」

 

 九州から戻り執務室に直行したマリーベルを出迎えたのは、笑顔のシュナイゼルだった。

 直前まで中華連邦へのその後の対応についてコーネリアと話していたようで、小型の通信端末がテーブルには置かれている。

 

「軍学校での成績は知っていたけれど、初めての実戦でこれだけの成果を上げるとはね。私も兄として鼻が高いよ」

「ありがとうございます。ですがお兄様からお褒めの言葉をいただけるだけの相手ではありませんでした」

 

 シュナイゼルの賞賛に優雅な礼を返しながらマリーベルは謙遜ではない本音を口にする。

 

「中華連邦の支援を受けていたとはいえ、所詮は逃げる事しかできなかったテロリストなど、お兄様の研究チームが作った機体を以てすれば羽虫も同然です」

「それも彼らのナイトメアを使いこなせる君とジヴォン卿がいてこそだよ」

 

 互いを褒め称えながら、シュナイゼルとマリーベルは対面のソファに腰掛ける。

 

「もう少し妹の武勇伝を詳しく聞きたいところだけれど、君も忙しいだろうから本題に入ろうか」

 

 政庁に戻ったマリーベルがその足で宰相に用意された執務室を訪れたのは、何も自分の功績を報告するためではない。シュナイゼルから時間ができ次第、自分の下へ来るようにと伝えられていたからだ。

 このタイミングで異母兄が自分に話すべき事柄に心当たりはなく、マリーベルは静かにシュナイゼルの言葉を待つ。

 

「マリー。エリア11にいる間だけでもコーネリアの補佐をやってみないかい?」

 

 すぐに返事はできなかった。

 答えに迷ったからではない。

 答えが分かり切っているはずの問いを、優秀な異母兄がわざわざ口にした理由が掴めなかったからだ。

 

「それはどういう意図があってのご提案ですか?」

 

 いくら考えても真意が読めず、マリーベルは直接それを問う。

 

「お兄様もご存じの通り、特派の特別顧問になったとはいえ、わたくしにはグリンダ騎士団設立のためにやるべき事が多くあります。とてもコーネリアお姉様の補佐をする余裕はありません」

 

 騎士団発足にあたっての書類の作成、団員の選定、各界への根回しなど、マリーベルは特別顧問になる前から時間などいくらあっても足りないほど精力的に動いており、デバイサーとしてのデータ収集の時間さえ紅茶の時間を削ってなんとか捻出しているほど忙しい。とても総督補佐という激務をこなせる隙間などありはしない。

 しかしシュナイゼルは異母妹の拒否にもまるで笑みを崩さずに頷いた。

 

「もちろん君の事情は理解しているよ。だが良く考えてみてほしい。グリンダ騎士団を設立する事は、君の目的ではないはずだ」

 

 マリーベルの眉がわずかに動く。

 その反応すら見透かしていたかのようにシュナイゼルは続ける。

 

「君の望みはテロリズムを根絶する事。そのための剣としてグリンダ騎士団を必要としているだけで、騎士団の設立は手段でしかない」

「……」

 

 マリーベルは支援を受けるにあたって、シュナイゼルに自分の目的と意志を既に伝えている。

 だからシュナイゼルがそれを知っているのは不思議な事ではない。問題はいまそれを持ち出した理由の方だ。

 

「特派の特別顧問として君をここへ呼んだ理由は話したね」

「軍から脱走してテロリストとなった枢木スザクの始末。及びランスロットの奪還、もしくは破壊です」

「その通り。これはコーネリアの要請――というより、彼女が特派の責任の取り方を提案し、私がそれを受け入れたためだ」

「それがいまなんの……」

「つまりコーネリアが君に求めている役割は、黒の騎士団との戦いにおいて枢木スザクに勝利する、それだけだという事だよ」

 

 マリーベルの言葉を遮って、シュナイゼルは彼女が決して聞き流せない事実を語る。

 

「しかしこのエリアには黒の騎士団以外にもテロ組織が数多く存在している。君が潰した中華連邦の支援を受けた日本解放戦線の残党など、その最たるものだろう」

 

 その二言に、マリーベルの表情がシュナイゼルでなければ気付かないほどわずかに険しくなる。

 テロリストが好き勝手している現実は、マリーベルにとって決して許せるものではない。

 

「コーネリアも積極的に潰して回っているようだが、知っての通りエリア11は抵抗活動が激しく、全てを排除するには手が足りていないのが現状だ」

 

 シュナイゼルが言っている事は正しい。そしてそれはエリア11の問題には留まらない。

 だからこそマリーベルは、対テロリスト部隊『グリンダ騎士団』の構想を立ち上げたのだから。

 

「……手が足りないからといって、コーネリアお姉様は使えるものは全て使う、というタイプではありませんね」

 

 マリーベルの知る異母姉なら、誰かに頼るのを良しとはせず、多少効率が悪かろうが全てを自分の手で片付けようとするだろう。

 言わんとするところを理解したのが伝わったのか、シュナイゼルは口角を吊り上げる。

 

「特派で書類仕事をしながらデータを取るだけでは、君の腕も(なま)ってしまうんじゃないかな?」

 

 珍しく煽るかのように問うシュナイゼルに、その意図を十全に解してマリーベルは思案する。

 当然、総督補佐の仕事はテロリストの殲滅だけではない。むしろ会議や書類仕事が大半で、そうした軍事行動は稀だろう。それを考慮すれば、グリンダ騎士団設立のための準備に時間を費やした方が将来的にプラスである事は間違いない。

 だがテロリストがのさばっているのを潰せる立場にいながら、それを呑気に傍観するなら『グリンダ騎士団』を創設する意味そのものがなくなってしまう。

 

「テロリストの排除をわたくしとオルドリンが行えば、必然的に特派のデータ収集にも役に立つという事ですね」

 

 最終的に利よりも感情を優先してしまう自分を理解し受けて入れているからこそ、マリーベルは異母兄の手の平で転がされているのを知りながら、それを呑む。

 だがそれも致し方ない事だった。そもそもマリーベルの目的自体が、自身の深い憎しみに根付いたものであり、それを蔑ろにする事は己の誓いに唾を吐くのと同義なのだから。

 ならばマリーベルのすべき事は、感情を優先する自分を無意味に恥じる事ではなく、それを許容した上で利も取れる手段を講ずる事だ。寄り道を目標までの最短ルートになるよう構築すれば、それはもはや寄り道ではなく最大効率で目的を達成するための布石となる。

 

「エリアの政策に直接関与できる立場だからこそ、できる事もある」

 

 一瞬で相手側の利まで計算した異母妹の聡明さに笑みを深めながら、思惑に乗ってくれたささやかな礼として、シュナイゼルはちょっとしたアドバイスを送った。

 

「この機会にそれを学ぶのは悪くはないんじゃないかな。ナイトメアを使って直接叩き潰すだけが、テロを根絶する手段ではないよ」

 

 帝国宰相らしい、軍学校を卒業したマリーベルには抜け落ちやすい視点の助言だった。

 それに感謝を覚えながら、それでもやり込められた事が少しだけ癪だったため、マリーベルはちょっとした意趣返しに気になっていた事を訊ねる。

 

「お話はそれだけですか、お兄様」

「うん?」

「わたくしをお姉様の補佐になさりたいのには、もう一つ理由があるのでは?」

 

 思ってもみなかった質問だったのか、シュナイゼルはいままでの笑顔とは違う苦笑に近い笑みを零した。

 

「君は察しが良いね。マリー」

「やはりお兄様も理由をご存じではないのですね」

 

 曖昧に問いを肯定したシュナイゼルの答えに、マリーベルもまた疑念を確信とする。

 先程の話でも軽く話題に上がった事ではあるが、コーネリアは何かを為そうとする時、誰かに頼るような事はしない。全て己の力で成し遂げようとする。だというのに枢木スザクに関してだけは、シュナイゼルに丸投げした。

 そこには必ずなんらかの理由があるはずだ。

 

「直接確認はされたのですか?」

「聞いて素直に話すくらいなら、最初から隠したりはしないと思わないかい?」

「それはそうでしょうけれど……」

 

 少しだけ躊躇い、マリーベルは率直な疑問を口に出した。

 

「私を総督補佐にしてまで暴く必要がおありなのですか?」

 

 それが最もマリーベルが不思議に思った事だった。 

 シュナイゼルに一連の話を聞かされた時から、コーネリアには別の思惑があるのは分かっていたが、マリーベルはそれをさして重要視していない。

 あの異母姉がブリタニアを裏切るような真似をするなどあり得ず、やり方からして皇位継承権を上げるためにシュナイゼルを陥れようとしているわけでもないだろう。枢木スザクとランスロットの排除も、ブリタニアとしては当然の対応だ。

 例え何を隠していようと、謀略の気配がなく手段も真っ当ならば、そこにどんな思惑があろうと問題はない。

 そんなマリーベルの考えから生じた疑念を、シュナイゼルはあっさりと肯定した。

 

「必要はないさ。だから君も無理に探ったりはしなくていい」

「ではなぜこのような迂遠な真似を?」

 

 思惑を暴く必要がないなら、シュナイゼルにはコーネリアの特派に対する言及を受け入れる必要がない。

 マリーベルにとっては好都合ではあったし、特派としてもデータ収集ができるので悪い事ばかりではないだろうが、異母妹とはいえコーネリアへの借りを認めるようなやり方は賢いとはいえず、シュナイゼルらしくもない。

 まだ読めない意図があるのかと深読みするマリーベルの視線を受け止めながら、シュナイゼルはいつもの穏やかな笑みを浮かべてあっさりと答えた。

 

「ただ気になるだけさ。妹の可愛い隠し事が、ね」

「……趣味が悪いですよ、お兄様」

 

 盛大なマリーベルのため息が執務室に零れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九州の件が片付いて二日。

 ようやく後処理も大方の目処がついて一段落がついたため、久しぶりに可愛い妹との時間が取れると喜んでいたコーネリアは、副総督として訪ねてきたユーフェミアの話を聞いて喜ぶどころか表情を険しくした。

 

「ゲットーの再建工事だと?」

「はい。副総督として現在放置されているゲットーの再建工事を行いたいので、総督に許可をいただきたいのです」

 

 珍しくコーネリアを姉と呼ばず、総督と呼んで政策の許可を求めるユーフェミア。

 その姿はコーネリアが望んだものであったが、その内容は素直に頷けるものではなかった。

 

「なぜいまゲットーの再建なのだ?」

 

 ユーフェミアがゲットーやエリア政策についての資料を集めさせている事は知っていた。

 しかしそれは副総督の自覚が芽生えたためだと考えていたコーネリアは、なぜ突然、それもよりによってゲットーの再建などに着手しようとしているのかと困惑する。

 

「このエリアのために私ができる事――いいえ。やるべき事はこれだと考えたからです」

 

 言い淀む事もなく、はっきりとユーフェミアは答える。

 それはやる気と勢いだけで政務に取り組もうとしていた以前とは明らかに違う態度だった。

 

「ゲットーが再建されれば、住人の生活環境が改善します。それは生産力の向上にもつながり、結果的にこのエリアを豊かにするはずです」

 

 いままでにない副総督としての視点での言及は、ただの同情心だけの提案ではない事を証明するものだった。

 この短い間に何があったのかと、あまりの成長ぶりにコーネリアは内心驚くが、その提案を通せるかどうかは残念な事に別問題だった。

 

「ダメだ。許可できん」

「お姉様!」

 

 縦に振りたくなる首をギリギリのところで横に振ると、間髪入れず妹の必死な声が自分を呼ぶ。

 

「どうしてですか! ゲットーをこのまま放置しておく事は、ブリタニアのためにもならないはずです」

 

 ユーフェミアの言っている事は正しかった。

 いまは途上エリアのこの地を衛星エリアに昇格するためには、ゲットーの再建は不可欠。いつまでも放置しているわけにはいかない。

 

「確かに私もいずれはゲットーの再建は行うつもりだ。しかしそれは、いまではない」

「ではいつならいいのです? ゲットーではいまも苦しんでいる人が大勢いるのですよ」

 

 ゲットーに住むイレブンを案じるユーフェミアの言葉は、国是主義に染まったコーネリアの心には届かない。しかしコーネリアもイレブン憎しで妹の政策を認可しなかったわけではない。

 

「ユーフェミア副総督。私がゲットーの再建を後回しにしているのには、明確な理由がある」

「理由、ですか? それは一体……」

「この地に蔓延るテロリストの存在だ」

 

 その答えが腑に落ちなかったのか、ユーフェミアは眉間に皺を寄せる。

 まだ副総督として経験の浅い妹には分からないのも無理はないと、コーネリアは説明を続けた。

 

「テロリストを根絶やしにする事なくゲットーの再建を行えば、奴らのテロにブリタニアが屈したと侮られかねん。そうなれば調子に乗った奴らはさらなるテロを起こし、この地に混乱と騒乱を招くだろう」

 

 実際にそうした事件は他のエリアでも起きている。

 テロリストが活気づくのはもちろんの事、ゲットーが再建されて生活に余裕のできたナンバーズがテロリストとなるケースも存在する。そんな悪循環から治安が乱れ、途上エリアから矯正教育エリアとなったエリアも過去にはあるほどだ。

 

「だからこそ、ゲットーの再建はこの地のテロリスト共を一掃した後に行う。いまはその時のため、準備だけに留めておくのがいいだろう」

 

 するな、とは言わない。折角やる気になった妹の熱意を挫きたくはないから。

 しかし情だけで許可を出す事は総督としてできなかった。

 

「ですが、それではいまも苦しんでいる人達は……!」

 

 拳を握り、顔を歪めるユーフェミアにコーネリアまで胸が苦しくなる。

 それでもコーネリアは姉として、総督として、心を鬼にして必要な事を告げねばならなかった。

 

「ユフィ。あまりイレブンに入れ込むな。それはお前の弱みになりかねん」

「っ……!」

 

 思わず何かを言い掛け、寸前のところで肩を震わせながらそれを吞み込むユーフェミア。

 険悪な沈黙が流れる執務室で、助け舟は意外なところからやってきた。

 

「姫様。差し出がましいとは思いますが、私もユーフェミア様のゲットー再建案には賛成です」

「なに?」

 

 一歩進み出て、ダールトンが進言する。

 まさか部下から反対されると思っていなかったコーネリアは、視線を鋭くしてダールトンを見た。

 

「どういう事だ、ダールトン」

 

 圧のある上官からの問いにも慣れたもので、ダールトンはまるで怯む事なく己の意見を口にする。

 

「姫様のご懸念は尤もです。しかし先の九州の件で、我らの武威をテロリスト共も痛感した事でしょう。ならばいまゲットーの再建を行ったとしても、安易にテロリスト共が動く事はないと思われます」

 

 日本の再興を宣言した九州のテロは、各地のテロリストが呼応する間もなくマリーベルの活躍によって終息した。

 ニュースでは大々的にエリア11に赴任したマリーベルの活躍が取り上げられており、中華と日本解放戦線が手を組んだにも関わらず鎧袖一触で蹴散らされた事実は、この地の反ブリタニア勢力の気勢を確実に挫いだ。

 だからこそこのタイミングでのゲットーの再建は、ブリタニアに逆らうよりも従った方が賢いと、むしろイレブンの心を揺さぶれるのではないかとダールトンは説く。

 

「テロリストを掃討すれば、我らはこの地を離れる事になります。それまでに多少の時間はあるでしょうが、とても全てのゲットーを再建する時間はないため、その後の再建はユーフェミア様にお任せする事となるでしょう」

「……その時になっていきなり全てを行うよりも、いまからノウハウを覚えた方が良いと、お前はそう言いたのか」

「仰る通りです。仮にもし何か失敗をしてしまうような事態になったとしても、我らがいれば対処は可能です」

「なるほど……」

 

 ダールトンの提言にコーネリアは口元に手を当てて黙り込む。

 少しして結論が出たのか、一つ頷いてユーフェミアを見た。

 

「いいだろう」

「お姉様っ!」

 

 ユーフェミアの顔が先程までとは打って変わって輝く。

 それに笑みを零しそうなりながら、コーネリアは総督として告げる。

 

「ユーフェミア副総督。まずはゲットー再建の計画書を作成するところから始めるように。許可を出すかは計画書を吟味した上で判断する。それでいいな?」

「はい! もちろんです!」

 

 元気良く返事をして、早速作ってきますと足早にユーフェミアは退室していく。

 それが微笑ましく、コーネリアはもはや取り繕う必要もなく頬を緩ませた。

 

「まさかユフィが、あんな提案をしてくるとはな……」

「先日アッシュフォード家の子女を補佐になさったようですが、その影響でしょうか?」

「かもしれん。まったく……良い影響なのか、悪い影響なのか」

「少なくとも、政務に意欲的なのは悪い事ではないかと」

 

 ギルフォードと談笑して、コーネリアは視線をダールトンに移した。

 

「それにしても、お前がユフィの提案に賛成するとは意外だったな」

 

 軽い調子でコーネリアが話を振るが、ダールトンはなぜか神妙な顔で慇懃に答えた。

 

「ユーフェミア様が目指されるもの、まずはそれを知らなくてはと思いましたので」

「どういう意味だ?」

 

 重々しいダールトンの答えにコーネリアは眉根を寄せた。

 その深刻な様子に、ユーフェミアに賛成した理由が語られたものだけでない事を察して。

 

「先日護衛をさせていただいた際に、ルルーシュ様からユーフェミア様について耳に痛いお言葉をいただきました」

「っ……!」

 

 思わぬところで出てきた名前に、コーネリアの表情が強張る。

 

「ルルーシュ様がゼロであった事は大変残念ではありますが、いただいたお言葉はユーフェミア様を大切に思われているが故のものであったと確信しております」

 

 複雑な思いにコーネリアが折り合いをつける間に、ダールトンは言葉を選びながらルルーシュと話した所感を述べる。

 ギルフォードが心配そうに視線を送ってくるのを感じながら、コーネリアは時間を掛けて口を開いた。

 

「……ルルーシュはなんと言っていたのだ?」

 

 コーネリアの声は、いくつもの感情を無理やり抑えつけたような響きをしていた。

 その事には触れず、聞かれたままをダールトンは答える。

 

「何を教えるにしても、まずはユーフェミア様が何を望み、どんな政治を敷こうとお考えか理解するべきだと」

「それは……ユフィが総督になってこのエリアをどう治めるつもりなのか、という事か?」

「ルルーシュ様はユーフェミア様が副総督として政策に関わっていない事を憂慮されていました。ただ総督の仕事を見ているだけでは学べるものは少なく、経験にもならないと」

 

 遠回しに、いままでしていた事はユーフェミアのためになっていなかった。そうルルーシュが言っていた事を告げ、暗に自分も同意見だとダールトンは語る。

 コーネリアもそれを察し、額に手を当てて首を振った。

 

「だからユフィが提案してきた政策を見守り、経験を積ませるべき……という事か」

「はい。ユーフェミア様のためにも、その理想を理解するためにも、それが最善であるかと」

「…………」

 

 言いづらいである事をはっきりと告げるダールトンに、コーネリアは返す言葉を持たなかった。

 自分が妹のためにしてきた事が間違いだとは思わない。思わないが、改めて指摘されればダールトン――というよりルルーシュの言にも一理あると認めざるを得ない。

 これまでは自分がこのエリアを綺麗にしてからユフィに渡すのだから、総督としての在りようを隣で見せて学ばせるだけでいいだろうと考えていた。しかし本来、エリアの総督とはそのような甘い立場ではない。いくら優秀な補佐官をつけようと、総督の経験が浅く能力も低ければ、必ず付け入ろうとする輩は現れる。

 コーネリアがルルーシュに総督にならないかと提案したのも、優しく経験の浅いユフィには総督は難しいかもしれないと考えたからであり、だからこそユフィを成長させ、導こうとするダールトンとルルーシュの方向性は正しい。

 しかし――

 

「ユフィのゲットー再建案がルルーシュの――ゼロの策略である可能性はないか?」

 

 ルルーシュの提案をそのまま通すというのは、ゼロがエリアの政策に介入する事に等しい。

 実際にゼロとしてのルルーシュと相対していないユフィでは、おそらくルルーシュの仮面を被ったゼロの策略は見抜けない。だとすれば、このエリアがゼロの手の平で踊らされる可能性すらある。

 そしてそれはダールトンにも否定はできなかった。

 

「……あり得ます。ユーフェミア様が政務に意欲的になったのはルルーシュ様がいなくなられた直後からです。ここからいなくなられる前に、ルルーシュ様から政務についてのアドバイスを受けていたのかもしれません。それでなくとも、ユーフェミア様はご自身のお悩みをルルーシュ様に相談されていたとの事です」

 

 自分にも相談がなかった悩みをルルーシュに? と内心でコーネリアは動揺するが、なんとか表情には出さず抑え込む。

 いまはそんな事を気にしている場合ではない。

 

「もしかすると補佐に就いたアッシュフォードの子女が、ルルーシュ様からの指示でユーフェミア様を誘導している可能性もあるかと」

 

 ギルフォードの指摘に、その可能性もあったかとコーネリアは唸る。

 アッシュフォードはルルーシュを匿っていた。ならばルルーシュがゼロだという事も知っており、いまも連絡を取り合って間接的にユーフェミアを黒の騎士団の都合の良いように利用しようとしているという線は捨てきれない。

 さすがに穿ち過ぎかと思わなくもないが、相手はゼロだ。どんな智謀を巡らせているか分かったものではない。

 

「ダールトン。すまないが、しばらくの間はユフィについてやってくれないか?」

「それは……ルルーシュ様の介入がないか確かめよ、という事でしょうか?」

 

 わずかに躊躇いながら確認するダールトン。

 コーネリアは複雑そうな顔をしながら頷いた。

 

「もちろんそれもある。だが同時に、不慣れな政務に励むユフィをサポートしてやってほしい」

 

 万全を期すなら、黒の騎士団を――ゼロを捕らえるまでユーフェミアには何もさせるべきではない。

 それを理解しながらコーネリアは妹の笑顔を思い出し、それを曇らせてしまう選択を取れなかった。

 

「幸い私の方はマリーが補佐に就いてくれる事となった。お前がいなくなるのは痛いが、なんとかなるだろう」

 

 ダールトンが補佐につけば、少なくとも黒の騎士団の利になるようなあからさまな誘導は止められる。

 同時に経験の浅いユフィの助けにもなってくれると、ルルーシュへの疑心で揺れるコーネリアはそこを妥協点とした。

 

「承知致しました。ユーフェミア様のサポートはお任せください」

「頼んだぞ。ダールトン」

 

 信頼できる部下の心強い返事に、コーネリアはひとまず胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 豪華絢爛に飾り付けられた大ホールに豪勢な食事がそこかしこに並び、着飾った貴族が仮面の笑顔で談笑する。

 それを眺めながら、ミレイは心の中で密かにため息をついた。

 パーティー好きのミレイではあるが、それは純粋に楽しむためのパーティーやお祭りが好きなのであって、こういった大人の社交界は好みではない。

 それでも参加したのは、両親からの言いつけから逃れられなかったわけではなく、あくまでも自分の意思だった。

 

「アッシュフォード嬢。ご婚約おめでとうございます」

「ありがとうございます。クルネ卿」

 

 今日何度目かも分からない祝いの言葉に感謝を返して、そこかしこの参加者がしているのと同じ笑顔の仮面を被る。

 ロイドと婚約をした時点で、アッシュフォードを立て直したいと考える両親から社交界に積極的に参加するように言われており、どんな伝手で手に入れたのか分からない招待状が送られてきてはいたが、ミレイはこれまでできる限り理由をつけて足を運ぶ事はなかった。

 伯爵と婚約した事で両親への義理は果たしている。アッシュフォードを再興したい気持ちは分かるが、これ以上は自分の人生に口を出されたくはない。

 そう思っていたが、ルルーシュがゼロだと知り、なんの因果か自分がユーフェミアの補佐に就いた事で状況は大きく変わった。

 だから、もう逃げるつもりはない。子供でいる事をやめ、大事な時間を手放し、結婚する事すら躊躇わない自分がいるべきは、もはや学園の生徒会室ではなく目の前のパーティー会場なのだ。

 

「なんでもユーフェミア様の補佐をしていると聞きましたが?」

「ええ。年齢が近い事もあり、ユーフェミア様も何かと相談しやすいと思っていただけたのかもしれません」

 

 耳聡い者にはミレイが副総督補佐に任命された事は知られている。

 伯爵の婚約者というだけならわざわざミレイに話し掛ける者も少ないだろうが、この機会にコーネリアに守られているため迂闊に関わる事のできなかったユーフェミアの情報を得ようと――あわよくば取り入って甘い蜜を吸おうとして、ミレイに声を掛けてくる者は後を絶たない。

 そんな輩が望む情報をミレイはあえて口にして餌を撒く。

 

「ユーフェミア様はとてもお優しい方なので、イレブンやゲットーの現状にお心を痛め、改善策を考えておられます。私も補佐するためにナンバーズについて学ばせていただいているのですが、中々難しいものですね」

「ユーフェミア様も奇特な方ですね。イレブンなどにお心を割かれるとは」

 

 やれやれと首を竦める男に、ミレイは外れだと判断して適当なところで話を切り上げる。

 ミレイが来たくもないパーティに参加している理由は、ブリタニアの貴族の中にいるかもしれない主義者を見つけるためだった。

 皇族にすらユーフェミアのような主義者寄りの人間がいるのだ。貴族や資産家の中にもそういった主義者がいる可能性は高い。もちろん声高に反ブリタニアやナンバーズ救済を主張するような者はいないだろう。しかし潜在している彼らを見つける事ができれば、黒の騎士団の――ルルーシュの役に立つ。

 だからこそミレイはここ最近、両親の思惑に乗る形で多くの社交界に参加し、ユーフェミアが主義者寄りの思想を持っている事を吹聴していた。やり過ぎれば副総督の評判を落としていると責任を問われかねないが、ユーフェミアには支援者を探すためと説明しているので、ミレイ自身が副総督を貶めるような発言さえしなければ問題に発展する可能性は低い。

 コツコツ社交界に参加した甲斐もあって、ユーフェミアがイレブンとゲットーに関心を持ち、それをミレイが手伝っているという噂は順調に広まっている。あとはその噂をもっと広く浸透さえ、聞きつけた主義者がミレイに声を掛けてくるのを待つだけ。

 しかし初めから分かっていた事ではあるが、当たりを見つける事は中々できそうになかった。

 思い通りにいかない事にため息をつきそうになり、なんとかそれを堪える。こういう場でそんな隙を見せれば侮られるだけだ。

 そもそもいまはまだ撒き餌の時期。収穫を期待するには早すぎる。

 

「アッシュフォード嬢。楽しんでおられますか?」

「これはノックス卿。ええ、とても有意義な時間を過ごさせていただいております」

 

 そしてミレイの仕事は、餌を撒く事ではなく、それに獲物が食いついてからが本番だ。

 声を掛けてきた輩が本当に主義者の思想を持つ人間なのか、それともユーフェミアに近付きたいだけの俗物なのか、はたまた事業に関わって利益を得たいハイエナなのか。それを見定めなければならない。

 それこそが他人を容易く信じてしまうユーフェミアにはできない、副総督補佐であるミレイ・アッシュフォードの役割。

 そしてルルーシュ(ゼロ)の味方である、ミレイにできる唯一の事。

 

「ノックス卿は近々新事業を立ち上げるご予定だとか?」

「これはこれは、さすがはアッシュフォード家のご令嬢だ。耳が早いですな。実はイレブンを使い新たな娯楽を考えておりまして……」

 

 仮面の笑顔を纏い、ミレイは自らの戦場に身を投じる。

 没落したアッシュフォード家には縁がなかった、貴族の社交界へと。

 





次回:念願
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