コードギアス~あの夏の日の絆~   作:真黒 空

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69:穏やかな時間

 

 エリア11の政庁屋上には、建物の用途とは掛け離れた庭園が広がっている。

 元エリア総督クロヴィスが造ったその庭園は、総督が許可を出した者だけが足を踏み入る事を許され、見上げれば晴れやかな青空が広がるそこで、今日は二人の少女がティータイムを楽しんでいた。

 

「おいしい~。やっぱり疲れた身体には糖分が最高ね」

「マリーは働き過ぎなのよ。今日だってコーネリア殿下とセシルさんに言われなきゃ、休もうともしなかったでしょ」

「だって総督補佐になってからやる事が多いんだもの。エリア11の内政状況の把握に、テロリストの排除でしょ。特派の機体データと戦闘データのチェックに予算の割り振り。あとグリンダ騎士団発足のための人員の選定とか各界の根回しとか、もう嫌になるわ」

 

 マカロンを口に放り込みながら、不満を顔いっぱいに乗せてマリーベルが愚痴を零す。

 それに苦笑しつつ、向かいに座るオルドリンは人差し指を立てる。

 

「大変なのは分かるけど、少しは休まないと身体が持たないよ。コーネリア殿下も、そう考えてお休みをくださったんだろうし」

「分かってるわよ。だからこうして素直に休んでるんじゃない」

「そんな事言って、私が没収しなかったらパソコン持ち込んで仕事しようとしてたくせに」

 

 軽口を叩き合いながら和やかに笑い合う。

 今日ばかりはマリーベルも、普段の凛々しい皇女の殻を脱ぎ捨てて年頃の少女らしく表情を崩していた。

 

「それにしても政庁の屋上にこんな綺麗な庭園を造るなんて、さすがは芸術肌のクロヴィス殿下だよね」

 

 手入れが行き届いた綺麗な庭園に見渡しながら、オルドリンは敬服と共に親友の異母兄を賞賛する。

 するとどこか遠い目になってマリーベルも庭園を眺める。

 

「きっとルルーシュ兄様とナナリーのためね。ここはアリエスの離宮にそっくりだもの」

「ルルーシュ様とナナリー様って、たしか……」

「ええ。この地で夭折(ようせつ)した、私の異母兄(おにいさま)異母妹(いもうと)よ」

 

 幼い頃からマリーベルと親しかったオルドリンは、その二人の名前を知っていた。

 同時に、マリーベルが何度も二人に会いに離宮へ足を運んでいた事も知っている。

 

「懐かしいわ。あの頃はよく、庭園で遊んだものだから」

「マリー……」

 

 それはまだ、オルドリンもマリーベルも、そしてきっとルルーシュもナナリーも子供でいられた時の事。

 いまではもうどうやっても戻る事ができない、ただ無邪気でいられたかけがえのない時間。

 

「お二人のためにも、早く枢木スザクと黒の騎士団を倒さなきゃだね」

 

 エリア11(この地)に送られた二人がどうなったかは、オルドリンも知っていた。

 マリーベルよりも前に皇帝に逆らった皇族の末路を知らないわけがなかった。

 だから努めて明るく、オルドリンは笑い掛ける。

 そしてマリーベルもまた、笑顔を返した。

 

「そうね。もうすぐユフィのゲットー再建も始まるし、上手くいけば黒の騎士団も一網打尽にできるかもしれないわ」

「その時は任せておいて! 私の機体もばっちり完成したし、黒の騎士団も枢木スザクも私が全員捕まえてみせるわ」

「調子の良い事言って、オルドリンの機体は枢木スザクのランスロットよりスペックが低いじゃない」

「うっ……で、でもフロートがついてるんだし、私の方が有利でしょ」

「じゃあ今度模擬戦をしましょうか? 私はフロートなしで戦うから」

「マリー? 私を甘く見過ぎてない?」

「そういう事は私に勝ってから言ってもらわないと」

 

 年頃の少女が笑顔になって話すには物騒な話題を二人は楽しげに語り合う。

 そうしていると、ふとオルドリンが顎に指を当てて首をかしげた。

 

「そういえば、結局ゼロって何者なんだろう?」

 

 黒の騎士団の話題につられてオルドリンが話しに出したのは、いまこのエリアで最も有名な仮面のテロリスト、ゼロ。

 その正体は未だ謎に包まれ、世間でもその仮面の中にどんな顔があるのかは注目の的となっている。

 

「それはゼロの正体が誰かって事?」

「うん。敵としか思ってなかったからあまり深く考えた事なかったけど、顔を隠してるのってきっと理由があるからだよね?」

「それはそうでしょうけど……顔を隠す理由なんていくらでも考えられるから、結局捕まえてみなきゃ理由も正体も謎のままよ」

「そう言いつつ、マリーならある程度の予想がついてるんじゃないの?」

 

 思慮深い親友の性格と頭脳を知っていたオルドリンは、好奇に満ちた視線でマリーベルを見つめる。

 それに肩を竦めながら、マリーベルは素気なく答えた。

 

「期待されたって、全部憶測の域を出ないわよ?」

「それでいいよ。軍議じゃないんだから、当てずっぽうでもいいから教えて」

 

 グイグイと答えを迫ってくる親友に、マリーベルは苦笑しながら仕方ないとばかりに己の推測を語った。

 

「一番可能性が高そうなのは、枢木スザクのSPってところかしら?」

「えっ、SP?」

 

 予想外の答えにオルドリンが目を丸くする。

 その反応が想定通りで、マリーベルは笑みを零す。

 普通に考えれば、黒の騎士団において枢木スザクの上位の地位にいる人間が、彼の護衛だと言われても納得はいかないだろう。

 

「オルドリンはどうして黒の騎士団のリーダーは、枢木スザクじゃなくゼロなんだと思う?」

 

 すぐに推測の根拠となる核心には触れず、マリーベルは問いを投げた。

 

「それは……枢木スザクよりゼロの方が頭が良くてカリスマがあるからとかじゃないの?」

「残念。それだけじゃ枢木スザクの方がリーダーに適任よ」

 

 オルドリンの答えにマリーベルが指でバツを作る。

 

「枢木スザクの父親は日本最後の首相で、最後の侍なんて呼ばれるほどイレブンに――――特にテロリストには未だに人気が高いの。だから息子である枢木スザクがリーダーをやった方が、正体不明の仮面の男なんかよりよっぽどイレブンの支持を得やすいし、組織としての統率も取りやすいはずよ」

 

 頭が良いだけではリーダーとしては不足であり、求心力では枢木スザクが勝る。

 見解を否定されたオルドリンは小首をかしげながら、うーん、と再度考え込んで思いついた答えを口にする。

 

「じゃあ枢木スザクがゼロに惚れ込んで、だから従ってる、とか?」

「確かにそれも可能性としてはあり得るわ」

 

 今度はすぐに否定される事はなく、マリーベルもその意見を掬い上げる。

 

「ブリタニア軍人の時にゼロに口説かれてテロリストになる事を決め、それがクロヴィス兄様の親衛隊にバレたせいで国家反逆の容疑を掛けられ、仕方なく口封じをして軍から逃げ出した。これなら枢木スザクの脱走の経緯にも筋が通る」

 

 枢木スザクの足跡を辿りながら、オルドリンが口にした動機を加えて味付けする。

 だがその後でマリーベルは、またもや首を横に振った。

 

「でもそうなると、やっぱり枢木スザクにリーダーを任せない理由がないのよ」

「そうかな? ゼロに惚れ込んでるんなら、枢木スザクがその下につくのは当然なんじゃない?」

「枢木スザクの視点だけで考えるとその通りね。でもゼロの視点だと違うわ。元首相の息子とはいえ、ブリタニア軍人である枢木スザクを口説くのは相応のリスクが伴う。そこまでして手に入れた枢木スザクという駒を、リーダーではなく右腕として運用するのはあまりにも効率が悪いわ。ゼロが利益よりも自己顕示に重きを置く人物ならそういう可能性もあり得るけど、これまでの作戦を見るにそうとも思えない」

 

 読み込んだ資料から導き出されるゼロというテロリストの人物像は、感情よりも利を優先する合理的な指揮官だ。

 そんな人物なら、自分がわざわざリーダーにならなくとも、参謀として振舞い影から組織を動かせばいいと考えるだろう。

 枢木スザクがゼロの上に立ちたくないと強硬に主張した可能性もあるが、それを良しとするような甘い男とも思えない。

 

「でもだからって、どうしてゼロの正体が枢木スザクのSPなんて結論になるの?」

 

 いままでの話にある程度の納得を見せながら、それがマリーベルの語るゼロの正体に結びつかずオルドリンは話は戻す。

 

「一言で言うなら、ゼロが前線に出るから、かしら」

 

 またしてもオルドリンには理解できない答えが返ってくる。

 そして言葉足らずはマリーベルも分かっており、すぐに続けて語る。

 

「これまでの戦闘データを見るに、ゼロのパイロットとしての腕はそこまで高くない。なのにゼロは撃墜される恐れのある前線に何度も姿を現している。どうしてだと思う?」

 

 その問いはオルドリンも何度か考えたものだったので即答できた。

 

「部隊の士気を上げるため、じゃないかな? ほら、コーネリア総督みたいに」

「そういう考え方もあるわ。でも私はもっと単純な理由じゃないかと思うの」

「単純な理由?」

「私達ブリタニアが考えてるよりもずっと、ゼロの命には価値がないから」

 

 それはオルドリンが思ってもみなかった考え方だった。

 目を丸くするオルドリンにマリーベルは憶測でしかない己の推測を語る。

 

「失っても惜しくない。あるいは代わりがいる。だから簡単に命を張れるんじゃないかしら」

 

 本来指揮官が前線に出てくる事は戦場において滅多にない。コーネリアが特殊なだけで、どれだけパイロット技術が優れていようとも指揮官は後方で待機するのが常道だ。しかしゼロはパイロットとしての腕もそれほど高くないのに、必要もなく殆どの戦場で前線に出てくる。その理由をマリーベルは、ゼロの命に対するブリタニアと黒の騎士団の意識の差だと結論付けた。

 

「それは……ゼロが本当は黒の騎士団のリーダーじゃないって事?」

 

 ゼロの正体がSPだと推測もそこから来ているのかと問うオルドリンに、マリーベルは口元に手を当てながらその根拠を語る。

 

「成田の戦いが顕著だと思うわ。最も危険なお姉様のいる最前線にはゼロが、比較的危険の少ない日本解放戦線の援護には枢木スザクが向かった。二人の能力と立場を考えるなら、本来役割は逆だったはずよ」

 

 土砂崩れにより分断されていたコーネリアは孤立していたが、時間が経てば援軍が押し寄せるのは分かり切っている。

 ブリタニア軍にとっても指揮官であるコーネリアが最優先であり、日本解放戦線の殲滅は優先度が下がる事を考えれば、最も重要且つ最も危険な最前線に枢木スザクを配置するのが最善手といえるだろう。

 

「でもランスロットは結局最前線に来たはずだよね?」

「あれは黒の騎士団が既に撤退を始めていたし、ランスロットの進行ルートも主戦場からは外れていたわ。日本解放戦線を囮にするのに彼らから離れる必要があって、たまたま前線に近付く形になってしまっただけと考えるのが自然よ。その証拠に、機体が損傷して撃墜するには絶好のチャンスだったコーネリア姉様には近付いてすらいないもの」

 

 わざわざ危険を冒して最前線に来たのなら、大将首であるコーネリアを狙わない理由はない。

 つまり撤退ルートが前線と重なっただけだろうとマリーベルは語る。

 土砂で埋もれた場所を横切る無茶を押し通した事には驚いたが、ランスロットの機体性能と枢木スザクのパイロット技術があれば、むしろ誰も通らないルートを開拓する方が安全だと考えるのも納得がいく。

 

「ゼロは仮面の存在よ。捕まったり殺されたりしても、中身を挿げ替えてしまえば象徴は失われない。たとえブリタニアがゼロを捕らえて処刑したと発表しても、影武者だったと言われてしまえば中身を誰も知らない以上はどうやったって否定はできないもの」

 

 だからこそ平気で前線に出て命を危険に晒してしまえる。

 でも、とマリーベルは険しい顔で軍人としてのジレンマを話す。

 

「ゼロが形だけの象徴であれ、ブリタニアとってその重要性は変わらない。一方で枢木スザクは戦闘力は高くても所詮は兵の一人でしかないから、足止めの必要性はあっても撃破の優先度は低くなる。少なくともゼロと枢木スザクのどちらかしか仕留められないとすれば、オルドリンだってゼロを狙うでしょう?」

 

 たとえゼロの命に価値がなかったとしても、それは確かめてみなければ分からない。

 だからこそゼロと枢木スザクを天秤に掛ければ、必ずその秤はゼロに傾く。

 

「つまりゼロは、枢木スザクを守るための囮って事?」

「私はその可能性が一番高いんじゃないかと思ってるわ」

 

 万が一の時、枢木スザクの代わりとなるための生贄(スケープゴート)

 それこそがゼロの役割だとマリーベルは語った。

 

「他にも枢木スザクが日本解放戦線に入らなかったとか、推測を補強する理由はいくつかあるけど、結局はどれも憶測でしかないわね。答え合わせはゼロを捕まえた時までお預けよ」

 

 最後はお手上げだとばかりに肩を竦めて、マリーベルは己の推論を締めくくった。

 親友の推測になるほどと感心しながら、オルドリンは朗らかに笑う。

 

「きっとすぐに真実が分かるよ」

「ええ。私もそう思うわ」

 

 そして 話題は手元の紅茶とマカロンに移る。

 穏やかな時間は迫る嵐を予感させながら、ただゆっくりと過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございました」

 

 緑の色の液体に満たされたカプセルの中で浮かんでいた男が、中の液体を抜かれて膝をつき、目を開いて最初に口にした一言がそれだった。

 その様子をカプセルの外から見る二人の男女は男の挨拶に答えなかったが、男は一人で喋り続けた。

 

「いえ、暗いという事は夜。私の挨拶は誤り。正しき挨拶こそ正しき私。誤りに恥じるばかり」

 

「……ご覧の通り意識は回復しましたが、脳へのダメージが大きかったようで、知能と言語機能に問題が生じております」

 

 男の状態を端的に説明し、バトレーは隣にいる人物の様子を窺う。

 しかしバトレーの視線など意に介さず、コーネリアはただじっとカプセルの中のジェレミアを見つめていた。

 

「……」

 

 その重苦しい沈黙に、バトレーは静かに息を呑む。

 シュナイゼルとコーネリアが交わした約束により、ジェレミアの治療状態は随時コーネリアに報告していた。詳しい実験内容などは当然明かしていないが、ジェレミアの意識が回復した事は報告せざるを得ず、尋問のための引き渡しには早いという話には耳を貸さず、コーネリアはこの研究所にやってきてしまった。

 

「人払いしろ」

「は……?」

「聞こえなかったか?」

「い、いえ。ただちに」

 

 端的なコーネリアの指示に、バトレーは慌てて部下を連れてその場を去る。

 辺りに誰もいなくなった事を確認し、コーネリアはカプセルの中で変わり果てたジェレミアと再び相対する。

 治療のために身体を機械化したとは聞いていたが、全身の半分近くが機械となっているその姿はあまりにも痛々しい。本人がした事を考えれば当然の罰であり、命が助かっただけでも奇跡なのだから同情の余地などありはしないが。

 

「ジェレミアよ。ルルーシュはどこにいる」

 

 聞きたい事だけをコーネリアは簡潔に問う。

 するとジェレミアはバッと顔を上げて全身を震わす。

 

「お、おおおっ……るるるルルーシュ様! マリアンヌ様のご子息! それは我が主!」

 

 感極まったように天井を見上げて歓喜の声を上げるジェレミア。

 ただルルーシュの名前に反応しただけで、答えになってないジェレミアの反応にコーネリアは眉を寄せる。

 

「もう一度聞く。ジェレミア、ルルーシュはどこだ?」

「おや? 貴方様はコーネリア様! 刃を向けた失礼を謝罪! しかし我が主はルルーシュ様! 貴方様の部下は違います!」

 

 問われた事でようやくコーネリアに気付いたジェレミアは、頭を下げてすぐに上げる。

 そしてテンション高く、おかしな口調で勝手に話し続けた。

 

「ルルーシュ様を守れた私の心はハッピー! 忠節は継続! 帰参こそ我が使命!」

 

 その言葉に、支離滅裂になっているものの人格が変わっているわけでも記憶に問題があるわけでもない事を察し、コーネリアは望む答えを促す。

 

「そうだ。ルルーシュだ。お前が戻るべき主の居場所はどこにある?」

「どこではNO! 私がいるべき、それはルルーシュ様のお傍に直立! 主がいるところジェレミア・ゴットバルトが存在!」

 

 会話ができているようでできていない事実に眉を寄せ、もう一度問いを投げる。

 

「……ルルーシュの、お前の主の居所を教えろ」

「命令は拒否します! 私が従うはルルーシュ様! 命令可能もルルーシュ様! 私を運用するのはルルーシュ様!」

「もういい」

 

 変わり果ててもルルーシュへの忠義を貫こうとする男から情報を抜き出す事を諦め、コーネリアは壊れた男から背を向ける。

 そして部屋を出る直前、振り返る事もせずに一言だけ言葉を残した。

 

「ジェレミア・ゴットバルト。貴様のその忠義だけは認めよう」

 

 言葉とは裏腹に苛立ちと共に吐き捨てられた言葉の正しい意味を、男が理解する事はなかった。

 





皇女としてのマリーベルばかり描写していたので、素のマリーベルも描写しないとキャラを誤解されてしまいそうなので息抜き回。
途中から真面目な話になってしまった事もあって、もう少し年相応にはっちゃけたところを見せられたんじゃないかというところが反省点。

あと改造ジェレミアの言語チョイスが難しすぎてトレースしきれない……。

次回:盤外戦
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